飛んでいった蝶の鱗粉を追いかけて、アトランティスの都市を右に左へ走ってく。
「はあ、はあ、ああもう、待てってば!」
黒い蝶。ハーデスが
しかし建物や障害物に阻まれることなく、その上を飛んでいくので、人の足で追いかけるのは見失う一歩手前くらいに結構ぎりぎりだ。
全力に近い速度で走り続けること早数分、そろそろ限界を感じ始めていた頃、ひらひらと空を舞っていた
「あれ、ここって、俺が寝てた民家じゃないか……?」
俺が数日間すやすやと眠っていた白石造りの民家。
どうしてここに? と疑問に思い屋根にとまった蝶を見やるが、動く気配は一切ない。
この中に、蝶が目的としていたアテナちゃんがいるのだろう。
少しだけ懐疑的な気持ちになりながらも、民家の中に入る。1階にある部屋を覗いてみたが誰も居ないので、2階へとつづく階段をのぼる。
俺が寝ていたベッドのある部屋に入ると……切り取られた窓辺に、ポツンと、2頭身のアテナちゃんが立っているのを発見した。
無事で良かったと、口を開きかけるが、落ち込んだような、俯きがちな少女の暗い表情に、俺はかけるべき言葉を見失ってしまった。
どう話しかけるべきか逡巡しているうちに、窓辺の少女は俺の存在に気づいたのか、ビー玉みたいにまん丸な目をハッとしたように見開いて、
「っ! 零さん! どうしてここへ……ああ、もしかして、もう儀式の時間になってしまったのですね」
「正解、それで呼びに来た……んだけど、そんなことより大丈夫か? 誰かに酷いことでも言われたとか、ちょっと色々と疲れちゃったとか」
いつも朗らかな笑顔で場を和ませてくれた彼女の暗い表情に、つい心配になってしまって、あれやこれやと聞いてしまう。
人でも神でもある彼女の悩みの解決に、凡人でしかない俺にできることは少ないだろうが、アテナちゃんは始めて合ったときも俺を励まして勇気づけてくれた恩人だから、小さなことでも力になりたかった。
「零さん、お心遣いありがとうございます。ごめんなさい、どうやら居なくなった私を探すのにご迷惑をかけてしまったようですね」
「平気だよ。……あのさ、詮索しない方がいいなら聞かないけど、もし嫌じゃなかったら、どうしてこんな場所にひとりでいるのか、教えてくれないか」
思いきって問うた俺に、アテナちゃんはほんの一瞬迷う素振りを見せた。しかしすぐに「わかりました」と首肯して、四角く切り取られた窓辺の先にある、ほのかに明るい夜の海の天蓋を見つめながら、ぽつりぽつりと語り出した。
「神殿にて儀式の準備をしている途中に、長年の探しものを見つけてしまったのです」
「長年の探し物?」
「はい、ずっとずっと探し求めていたのに、ちっとも出てきてくれなかった、大事なもの。それが突然、視界の端っこに現れてしまったらもう……気づいたらときには、衝動のままに、追いかけてしまっていたのです」
大事なのに、ちっとも出てこなかったもの?
そんなものが、この世の中にあるのだろうか。大事なものってのは、大概近くのいる人や物であることが多い気がする。
彼女の言っている言葉の意味をすぐには理解できなくて、むむむ、と考え込む俺に、アテナちゃんは穏やかな表情を崩さぬままに、口を開いた。
「ハーデスから聞きました。零さんのいた世界には、“聖闘士星矢”という、聖闘士である少年少女の戦いの物語があるのだと」
唐突に、少女は俺の世界の漫画の話をもちだしてきた。
聖闘士星矢。俺のバイブル。命を燃やして戦う、主人公ペガサスの星矢や、沢山の人と神による、戦いの物語。
どうしてこのタイミングでそれを切り出すのかと視線を向けると、彼女は意を決したように言った。
「女神アテナとしての私の使命が、人の世の平穏を守ることだとすれば──人としての私の夢は、ペガサスの聖闘士と出会うことなのです」
聖戦ごとに人間に転生する女神アテナの、人としての夢。
それが、ペガサスの聖闘士に出会うこと……?
「……俺の知ってる物語の中だと、ペガサスは聖戦のたびに女神アテナの側に現れたって書いてあった」
「ええ、この世界でも零さんの知る物語と同じ、神話の時代から続く聖戦が訪れる度にペガサスの宿星を受ける者が誕生して、アテナと共に命を賭して戦ったとされています。ですが、
「!」
ペガサスが存在していない。
その事実は静かに、しかして激甚に、俺の思考を大きく揺るぶった。
数百万年前の永久凍土の中に埋まっていた
しかし、常にアテナと共に戦ったとされるペガサスが、今回の騒動のようなアテナや地上がピンチになってる状況で現れないのは、異常事態と言わざるを得ない。
「前聖戦には、ペガサスはいたんだよな」
「ええ。しかし、前聖戦の生存者である今の教皇は、ペガサスの話をするといつも悲しそうな顔で口を閉ざすのみ。しつこく聞いたら“和解の儀が終れば、お話しいたしましょう”なんて後に回されて、今回の騒動のせいでけっきょく聞けず仕舞いになってしまったのです。恐らく243年前の聖戦で何かが起きたのでしょうが……分かっていることは、前聖戦がひどく混沌とし、長引いてしまったという事実だけ」
気落ちしたよう、にアテナちゃんはため息をついた。
少女の俯き顔に、ぎゅっと胸を締め付けられるような気持ちになる。根掘り葉掘り聞くのは躊躇われるが、彼女の憂いを断つためにも、俺は心中に浮かんでいた疑問を投げかけることにした。
「……なあ、どうしてアテナちゃんは、ペガサスに会いたいんだ?」
「え?」
「確かに、女神アテナとペガサスには、切っても切れない繋がりがあるんだと思う。だけど、アテナちゃんはペガサスと会うのは“人としての私の夢”ってあえて言い分けただろう。その理由が気になって」
俺の問いに、アテナちゃんは目をパチパチとさせてから、自分でも言い換えた理由が咄嗟にわからなくなってしまったのか、小さな手を口元に当て、自問自答を開始した。
そうして数秒ほど、うんうんと唸って考え込むと、やがて神妙な顔で、絞り出すように言った。
「それは……ペガサスに会いたいのは、この私の我が儘でしかないからです。ハーデスと和解することになり、ポセイドンも巻き込んで、私達は聖戦を止める決定を下しました。聖戦が起きないのなら、聖戦のたびにアテナと共に戦ってくれたペガサスが現れないのも、理屈としては正しい帰結でしょう」
そこまで言って、「だけど」と彼女は言葉を続けた。
「ただ、会って話をしてみたいのです。
戦ってほしいわけじゃない、守ってほしいわけじゃない。
いつもアテナの側にいたというペガサスが、どんな方なのか知りたいのです。
お元気ですか、どんな歌が好きですか、貴方は覚えてないかもしれないけれど、貴方が一生懸命に守った人々の子孫が、世界中でこの今を生きているんですよ。
頑張ってくれてありがとう、たくさん傷つく貴方を守れなくてごめんなさい。
貴方が残してくれた命のバトンを、今度は私が引き継いで、きっと次に繋げてみせますから。
だからどうか安心して、ゆっくりと休んで、見守っていてくださいね。
……そんな、ささやかな気持ちを、伝えたい」
大切な宝物を抱きかかえるような、優しい声が、祈りのように響いてる。
「アテナちゃん」
「ふふ……なんて言って、大事な儀式の準備を放りだしてしまうなんて、今日の私はよくない私ですね。私の緊張が生みだした夢か幻のペガサスを追った結果、零さんを走り回せてしまって。きっとアヴニールも心配していることでしょう」
「いや、夢でも幻でもない。俺も会ったよ、ペガサスに」
「……えっ?」
「白い羽の人。ちゃんとした姿は視認できなかったけど、声は十代半ばくらいの少年で、高千穂峰で道に迷ってた俺を助けてポセイドンのとこまで導いてくれた。はっきり姿を見せてはくれないけど、ここで目を覚ました時もちょうど今アテナちゃんが立ってる窓辺に、ペガサスのいた痕跡があったんだ。だからさ、アテナちゃんの前にもちらっと現れたのなら、きっと、俺たちのこと、見守ってくれてるんじゃないかなって思う」
「っ──それでは、私が見たあの綺麗な翼も、見間違いではなかったというのですか?」
驚きから、喜びに。
心の底から嬉しそうに、彼女はまろい頬を緩ませて、花が咲くように微笑んだ。
声音は、毎日水をあげていた花の芽がでてきたのを見つけたときのような、とても静かな喜びようではあったが、見ている俺まで嬉しくなってしまう、陽だまりのような温かい笑顔だった。
「ペガサス……きっと何か事情があって、姿を見せてはくれないのかもしれませんが、いつか必ず見つけ出したあかつきには、お茶の席につきあってもらわなければなりませんね……!」
「ちょっと話すだけじゃなかったっけ?」
「楽しくお話しするための茶席です! その時が来たら、零さんにも付き合って頂きますからね」
「大歓迎だけど、積もる話もあるだろうし初回はペガサスと2人きりで話した方がよくないか? 2回目以降の機会があったら誘ってほしい……あでも、俺そのときまでこの世界にいるか怪しいな」
「ふふ、そのときは私が零さんを輪廻へ送らぬよう、ハーデスを説得します」
「おー、でもハーデスって生真面目だから怒られそう」
「いいんです、零さんはこの世界の秩序を守るための戦いに、十分すぎる以上に貢献してくださいましたから。ご褒美もなく、元の世界の輪廻に返すなんて、けちです、けち」
アテナちゃんはニッコリと笑うと、くるくる飛んできたアイギスの円盤のうえに元気よく飛びのった。
どうやら憂いがひとつ消えたみたいだ。
「さあ神殿に行きますよー!」と前進を開始したアテナちゃんを見て、原作の沙織さんもなかなかにアグレッシブな性格だったけど、アテナって皆そうなのかなと思いながら、彼女の後を追って階段を降りていく。
今回の予期せぬ戦いや、双子神の呪いのせいで魂と肉体を切り離されて不安もあるだろうに、それでも前を向いて突き進む逞しいアテナちゃんの姿に、なんだかこちらまで勇気づけられるようだった。
民家を出ると、ハーデスが創り出した
海の水で満たされた空は、星空の明るい夜くらいに、きらきらとした優しい明るさを保っていて、中央神殿へ向う俺たちの足下を照らしてくれた。
小走りで小道を出て、大通りを真っ直ぐと進んでく。
儀式の時間は目前まで迫ってた。
「零さん」
「ん?」
「もう、気づいているかもしれませんが、私たち3神は、皆さんに隠しごとをしています。本来ならば私の口から告げるべきではないのでしょうが……零さんには少しでもお話しすべきだと考えました。全てをお話しすることは出来ません。それでも、聞いてくれますか?」
アイギスに乗ったまま首だけ振り返った彼女は、迷いが消えたような真剣な声で切り出した。
今でしか言えないとでもいうような、切羽詰まった彼女の表情に、俺は迷わず首肯した。
「いいよ、聞くよ」
「感謝します。本来ならば異邦人である零さんを巻き込んでしまったことを反省し、謝罪すべき場面ではあるのですが」
「もう世界なんて関係ないよ。アテナちゃん達だって異世界人の俺に手を差し伸べてくれただろ。最初は流されてただけだけの俺だけど、今はちゃんと、自分の意思でここにいる」
「……ふふ。初めてお会いしたときよりもずっと、良い目をするようになりましたね」
彼女は透き通った翠玉の瞳を細めて、優しく笑った。
なんだかくすぐったくなる笑顔だ。内心ちょっとだけ気恥ずかしさを覚えていると、アテナちゃんはひとつ呼吸をおいてから、語り出した。
「
俺の予想を遙かにこえて、始まったのは、宇宙規模のお話だった。
彼女の言う混沌とは、ギリシャ神話の始まり、全ての物が一つだった原初の混沌のことを指してるのだろうか。
途方もない遙か昔、ファーストスターも、神々の物語りすらも生まれていない始まりの時を、少女は追想している。
「インフレーションがなんども起こり、宇宙になろうとするモノが何度も生まれて何度も滅びて、気が遠くなるほどの試行回数を重ねてやっと、今の宇宙が生まれたのです。
よいですか、何がが生まれようと、変わろうとするときはいつだって、世界は混沌としているもの。
“神のみぞ知る”などという言葉もありますが、その混沌がどのような姿へ行きつくのかは、例え運命の三女神でさえあろうとも知ることは叶わないのです」
個が全に入り交じってぐちゃぐちゃになってしまったモノ。混沌。
(そういえばミトラスも誰が敵で味方かわからないと言っていたな)
まるで今の戦いを表したような言葉だと思う。
物言わず考えを巡らせる俺に、アテナちゃんは厳格な女神然とした芯の通った声で言葉を紡ぐ。
「この世に変わらないものはありません。例え不変に思える星空であっても、悠久の時のなかで姿を変えていく」
中央神殿へ続く長階段が、数十メートル先まで近づいてきているのに、構わず少女は語り続ける。
俺に、何かを伝えようとしている。
「滅びは避けるべきものです。ですが、どうしても避けられぬ滅びを前に、その滅びを受け入れようとしている者がいるのなら……私はその者の意思を尊重し、見守るべきなのだと考えました。滅んで砕けた星がいつか新星へと変わるのか、それとも砕けたまま、宇宙の藻屑とただよって、何ものにもなれずに消えていくのか……その行く末を、見守るべきなのだと」
彼女をのせたアイギスが、神殿へ続く階段の前で、停止する。
「……アテナちゃん?」
「零さん、“聖闘士星矢”は、好きですか」
また、唐突な質問だ。
走り疲れて肩で息をする俺と、目線が合う位置にアイギスを浮遊させて、彼女は俺の返答をじっと待っている。
混沌だとか星の生誕だとかの話をしていたのに、どうして聖闘士星矢の話にチェンジしたんだろう。
流れをうまく掴めなくて少々困惑してしまったが、とりあえず、正直に答えてみることにした。
「そりゃ、好きだよ。大好きだ」
「どうしてそう思うのですか?
皆が同じ物語を面白いと言うから、好きだと勘違いしているのかも。
自分にはない特別な力を持った戦士たちの華々しい生き様に没入することで、つらい現実から逃れる手段にしているだけかもしれません。
それとも、悪が討たれて間違いが正される空想の世界のお話と、理不尽な現実を重ねて、鬱憤を晴らしているだけの可能生もあります」
「……すごく、アテナちゃんらしくない、ねちっこくて嫌な聞き方をするんだな」
「それでも、答えてください」
「…………」
有無を言わさず、真っ直ぐな瞳で俺を見据える小さな女神。
ひどい質問だと思うのに、悪意は一切感じない。
ああこれは真面目に答えないと駄目な問いかけなのだと、俺は閉口して真剣に考えた。
正直な気持ちを言葉にしよう。
取り繕った綺麗な答えをだしても、何の意味もないのだろうから。
「実際、アテナちゃんの指摘も的を射てる。
そもそも俺が聖闘士星矢を知ったのは、大勢いるファン達がつくったイフストーリーに魅せられて、原作を買ったのが始まりだし」
最初は、1巻だけ読んでみよう、そんな軽い気持ちで手に取った。
「だけど気づいたらのめり込むように読んでた。この漫画はきっと自分の中にある空っぽの穴に埋まる何かをくれるんじゃないかって、先を急ぐようにページをめくった。そして気づいたんだ。登場人物みんな、架空の存在のはずなのに、俺よりよっぽど“生きてる”んだってことに。敵も味方も、なにか間違ったものを変えるために、理不尽な現実に打ち勝つために必死になって戦ってる。誰もが諦めてそんなの無理だやめちまえって言うようなことを、誰かがやらなくちゃならないのなら自分がやるって言って、命を投げ打ってでも本懐を遂げようとする」
物事の解決手段として、力に頼らなければいけない世界。
本来なら頼りになるはずの白銀や黄金の聖闘士のほとんどは敵対して、アテナは死の淵にいたり。ポセイドンの引き起こした洪水に地上が呑み込まれそうになったり。ハーデスが惑星を動かしたことにより太陽の光が途絶えて、地上が闇に満たされたり。
命を奪いに襲ってくる相手から、生き残るためには、あどけない子供であれ戦士になり手を血で染めることを強いられる、理不尽で残酷な世界観。
「……これだけ苦労したんだから報われてほしいって思うペガサスは、姉さんに再会する前にハーデスの剣に心臓を貫かれて生死を彷徨ったままだ。
「それなのに、好きなのですか」
「ああ。だってさ、みんな理不尽な世界を懸命に生きようとしてる。足掻いて藻掻いて、泥や傷に塗れても未来に進もうとする。敵であれ実力を認めた相手なら褒めたりするのも好きだし、誰かのために怒ったり泣いたりできるキャラたちだから、かっこいいなって憧れる。一読者としても、世の中の不平不満を嘆いてばかりいないで、もう少し自分にできることを精一杯頑張ってみようかなって、自分の人生に向き合う勇気をもらった」
すかっとすぱっと、テンポの良い少年漫画をしている部分もあれば、シャカのような、幼年期にガンジス川に浮かぶ死体を見て苦しみに支配された生を憂い、やがては悟り、沙羅双樹の木の下で苦しみだけではない変わりゆく無常の生を語る戦士もいた。
何度、命というものについて、考えさせられたことだろう。
必死に戦って、必死に考えて、一生懸命に命を使って、何かを残そうとする彼らの姿。
だから架空の物語だと理解していても、好きになった。
自分もそんなふうに生きてみたいのだと、冷え切った心に熱いなにかが流れてきた。
「零さん。その物語のアテナは、ハーデスやポセイドンたちとは、敵対していたのでしたね」
「ああ、沙織さん……アテナは、歩み寄るために語りかけたんだけど、手と手を取り合うことにはならなかった。まあ、ポセイドンはハーデスとの戦いのときに、ちょっとだけ聖闘士たちに力を貸してくれたんだけど」
利害の一致ではあったが、冥界に黄金聖闘士の聖衣を転移させてくれた。
一度は敵対したポセイドンが最終決戦にのぞむ聖闘士たちに力を貸してくれる展開は、純粋に、嬉しく思った。
(……だけど結局、ハーデスとは、最後まで命を奪い合うしかなかったんだよな)
もしあの物語に続きがあったら。
オリュンポスの神々を相手取るような展開が繰り広げられたら、そのときは、ポセイドンがしたようにハーデスが星矢たちに力を貸してくれる展開もあったのだろうか。
それとも、あの人嫌いの冥王は、滅び去った後も人を憎み続けたのか……そればかりは、わからない。
だけど、だからこそ強く思う。
ハーデスが、人を見守る道を選んだこの世界の奇跡を、たった一時だけの偶然で終らせてはいけないのだと。
「ふふ、星の数ほどあるお話の中から、この世界とよく似た物語に出会えたのは、ある意味必然だったのかもしれませんね」
ある程度語り続けた俺に、アテナちゃんは微笑ましそうに頬を綻ばせた。
なんだか必要以上に話してしまった気がしてきて、普通に恥ずかしくなってきた。
顔が熱い。これ絶対血がのぼって赤くなってる。
「……あの、それで……結局のところアテナちゃんが言ってた“話すべきこと”って何だったんだろう」
「それは、」
『小娘ども、早く神殿にあがってこい! 星辰が過ぎれば、儀式ができなくなるだろう!!!』
ドカーン! と神鳴を落とされたみたいな大声に、耳がびりびりと痺れて使い物にならなくなる。
見上げれば、長い階段の先、神殿の入り口付近にいる鉾のポセイドンがぷりぷり怒っていた。
「びっっくりした、心臓止まるかと思った……」
俺がカチンコチンに固まってるうちに、心配そうな顔をしたアヴニールが階段を駆け下りてくる。
「アテナ様! ご無事で良かった……何があったのかは私からは伺いませんが、儀式の準備は冥王が引き継いでくださり、完了しておりますゆえ」
「まあ、ハーデスが。有り難うございます、アヴニール。ハーデスにも、お礼を言わねばなりませんね」
ほっこりとした和やかな笑みを浮かべて、アテナちゃんはアヴニールに言葉を返す。
気苦労でいっぱいになってたのだろう、アヴニールは肩に入ってた力を抜いて、今度は俺に向き直った。
「零、すまなかったな。アテナ様を連れてきてもらって感謝する」
「あーいいよいいよ俺もアヴニールをアイアコスに差し出したり酷いことしたから、これでチャラにしようチャラ」
「それとこれとは話が別だが?」
「ごめんなさい許してください」
「はあ……仕方のない奴め、今回だけだぞ」
全力で手を合わせて頭を下げたら、アヴニールは呆れつつも目を瞑ってくれたようだ。ちょろい。
時間もないということで、俺たちは階段を急ぎ足で上っていく。
「零さん、お話に応じてくださって有り難うございました。手短に、先ほどの続きですが……どうやら最初から、お話しするまでもなかったようです」
「はい?」
「私が何を言おうとも、変わらずに、零さんはひとりで全てを背負い込もうとしているヒトを見たら、本気で怒って、飛び込んできてくれると分かってしまいましたから。……思えばあの海原の戦いの時点ですでに、未来は決していたのかもしれません」
また神様は、人間には理解のできない領域で話を進めてる。
自己解決は大変よろしいが説明してくれと脱力する俺に、アテナちゃんはアイギスに座ったまま、ふよふよと階段の上を浮遊しながら言った。
「さあいよいよ儀式が始まります。儀式が終れば直ぐにでも双子神との決戦に望むことになるでしょう。覚悟を決めて。泣いても笑っても、もう引き返すことはできないのですから」