それでも俺は、冥王様を助けたい。   作:歌詠

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第13話 和解の儀

 

 

 

 

 

 既にポセイドンは神殿内の祭儀場へ戻ったようだ。

 俺はアヴニールとアテナちゃんと一緒に神殿へ入り、コツコツと足音のよく響く通路を早足で通った。

 ほのかな緊張感に心臓のリズムがいつもより早く感じる。

 白い通路のつきあたり、祭儀場前まで辿り着くと、早速アヴニールが固く閉ざされていた両開きの扉を開いた。

 

 

「……は、」

 

 そして俺は、絶句した。

 

 ──眼前には、果てのない宇宙が広がっていた。

 

 愕然としながら目をこらしてみれば、近くには太陽系の恒星と惑星たちが。遠くには、氷の粒を散りばめたような星々が、闇色の宙に点々と瞬いているのが確認できる。

 CGとか、投影機などでは必ず生まれてしまう視覚的な荒さも、一切ない。

 

 奥の方にはミトラスと自立した鉾のポセイドンが。すぐ横にいたアテナちゃんは、アイギスに乗ったままホバー移動して地面のない闇色の宙へ突入していく。

 扉の前に居るアヴニールに目線で『これ大丈夫?』と伺ってみるが、『問題なし』とでも言うような良い笑顔の頷きが返ってくるのみ。

 

 ええいままよと、意を決して、足を踏み入れてみる。

 

 ……うん、よかった、見えないけどちゃんと地面はあるらしい。

 身体が蒸発して消えたり宇宙の果てに真っ逆さまに落ちることもなかったので、思わず安堵のため息を吐きだした。

 

「来たか」

 

 そっと零れるように呟かれた声に、視線を向ける。

 よく見れば、宇宙の闇に溶けてしまいそうな黒い貫頭衣を着たハーデスと、その後ろに静かに控える黒いドレス姿のパンドラと黒い鎧のアイアコスの姿を確認する。

 

(……冥界勢は全体的に、色彩の偏りがでかいんだよなー)

 

 いるとは思っていたが、3者ともに髪色も衣装も黒いから、背景の闇に紛れる保護色になってしまっていて非情に気づきにくかった。

 とりあえず挨拶代わりに声を投げかけてみるか。

 因みに蝶を追いかけ回すことになった恨みは消えていなかった。

 

「なあ、ハーデス、祭儀場が宇宙空間になってるんだけど」

 

「儀式を行う最善の形にしただけだ」

 

「??」

 

「ただそう見えるだけだ、気にする必要はない」

 

 以上、簡潔な回答ありがとう。

 いやもうちょっと、こう、ないんですか。

 しかもすっかり頭から抜けていたが、いつものノリでハーデスにため口を聞いたからか、後ろにいるパンドラさんの視線が般若みたいに怖くなってきた。ゆるして。

 隣のアイアコスは不敬だけどハーデスが許してるならいっかみたいな顔してるじゃん。頼む、パンドラさんもそのスタンスでいこうそうしよう。

 

「ハーデス、準備を代わってくださって有り難うございました」

 

「アテナよ、そなたは女神としての自覚を持て」

 

「ええ、気をつけますね」

 

 

「…………」

 

 どうやら宇宙空間に驚いているのは俺だけのようだ。

 なんだろうこの周回遅れでついていけてない疎外感。

 周囲を見渡すが、冥界勢も海域勢も、もう金色の線で描かれた丸い円のような場所に入って準備完了の空気を出している。

 あれ、もしかしてこれから始まる儀式の内容を知らないのって、俺だけ? 

 

「なんだろう。すっげえ場違いでお腹痛くなってきた」

 

 フォーマルなドレスコードを指定されてたのに一人だけ連絡漏れで私服できちゃった痛い奴みたいな心境である。

 

「なにを言っているのだ零よ。お前は“誓いの刻み手”なのだから、気をしゃんと持て」

 

 アヴニールがしごく真っ当そうにツッコミをいれてきた。

 だけどちょっと待ってほしい。

 

「そもそもの話、その“誓いの刻み手”がどういうお役目なのか聞けてないんだよ俺」

 

「む? そうだったのか」

 

『なに、生真面目な冥王あたりが説明しているのだと思ったのだが』

 

 準備万端な空気をだしてた鉾のポセイドンも、意外そうな声を上げる。

 打ち合わせとかしてなかったんだろうか。

『なあに誰かが説明していてくれるだろう』みたいなやり方は、非情によくないと思います。

 現に俺があぶれてます。

 

「ハーデスから刻み手について聞けるぞってタイミングで、アヴニールがアテナちゃんがいないって飛んで来たんだよ。だから俺は何も知らないまま手ぶらで来ました、対戦よろしくおねがいします」

 

「まあ、そうだったのですね。私もてっきりハーデスが説明しているだろうと……」

 

「対戦……? 何を言ってるんだ、零の世界特有の言い回しか?」

 

『ええい、自棄になって意味の分からんことを口走っておる、戻ってこい。おい冥王よ、説明の途中だったのなら今ここで話してやれ。この男、自棄になると何をやらかすかわからんぞ』

 

「案ずるな、よくわかっている」

 

 すごく失礼な話をされている気がする。

 

「異邦人、誓いの刻み手たるお前の役割は、そう難しいものではない」

 

 どうやらハーデスが説明をしてくれるようで、俺は素直に頷いて傾聴することにした。

 ちゃんと目線を向けてても、全身黒ずくめのハーデスは、そのまま背景の宇宙の闇に溶けて消えてしまいそうに思えた。

 真っ黒クロスケの神様が、威厳のある、よく聞き取りやすい声で言葉を紡ぐ。

 

「誓いの刻み手とは即ち、契約が正しく為されるよう各々の神の魂に“代償”を刻む者のことを言う。代償のないただの口約束では拘束力も発動せず無意味だからな」

 

「……それってつまり、ハーデス達のうちの誰かが“和解の約束”を破ったときに、報いを受けるようにするってことか」

 

「そうだ。お前は、我ら3神の誓いを預かり、正しく誓いが果たされるように、我らの魂に直接、代償を刻むのだ。理解したな」

 

「……ああ」

 

 理解はした。

 契約を守らない者には不履行の代償を。人なら違約金を払って済ませるあれだ。

 だが、神々が約束を破った際に支払う“代償”とは、なんなのか。

 足下からじわじわと這い上がってくるような不快感、嫌な予感に、苦いものを食べたときみたいに、眉間に力がこもってしわが寄る。

 3神は、何を誓いに賭けるつもりなのか。

 そもそも、どうして俺が誓いの刻み手として選ばれたのか。

 

「怖じ気づいたか」

 

「いいや、他にやる奴はいないんだろ、俺がやる」

 

 挑発するようなハーデスの言葉に、毅然と言い返す。

 既にやると約束した以上、覚悟をきめなければならない。

 不安と焦燥を呑み込んで、俺は先を促すようにハーデスを見やった。

 

「心が決まったか。ならば儀式を敢行する。各々、配置につけ」

 

 凜とした声が、闇色の宙に響いた。

 一同はハーデスの言葉に従うように、透明な地面を踏みしめて、自らの配置につく。

 聖域、海域、冥界、3つの陣営が、綺麗に正3角形になるように並ぶと、透明な地面から、黄金の光が溢れた。

 小さな驚きとともに見やれば、足下には、黄金の陣が浮かび上がっていた。

 基盤となる円の中に、正3角形が収まるように線が引かれていて、その3つ角にもそれぞれ各陣営が入れるくらいの、小さな円が描かれていた。

 また随所には、神代の文字だろうか、解読不可能な文字がびっしりと埋め込まれている。

 準備に時間がかかっていたのはこれのせいか、と心中で納得して、俺は入り口付近に立ったまま、一同に視線を戻した。

 

 小さくも凜々しい女神アテナと、アイギスを預かり後ろに控える牡羊座のアヴニール。

 海皇ポセイドンの宿った黄金の三叉鉾(トライデント)と、その鉾を白い布ごしに恭しく持つ、海龍のミトラス。

 静かに佇む冥王ハーデスと、その後ろに控える二人の側近、冥闘士の指揮者パンドラと、天雄星ガルーダのアイアコス。

 

 錚々たる顔ぶれが一堂に会して、今ここに、“和解の儀”が執り行われようとしている。

 

(なんだかちょっとだけ、感慨深いな)

 

 交わることのなかった3つの陣営が、同じ目的のために手と手を取り合おうとしている光景は、とても価値のある、尊くて眩いもののように映った。

 瞼に焼き付けるように、彼らを見守る。いつか、元の世界の輪廻に還るそのときも、この景色だけは、忘れないように。

 

「我らはここに、誓いを結ぶ」

 

 ハーデスが、始まりの言葉を口にする。

 彼らの足下から溢れていた黄金の光が、呼応するように、猛々しい炎のように勢いを増し始める。

 

「幾星霜の時を経てもな、過ぎ去らぬ諍いに、終決を告げる」

 

彼方(かなた)より此方(こなた)へと、受け継がれし希望の光を、命の旅路を、終らせないために」

 

『星辰よ、天空の同胞たちよ、我らの誓いを見守り給え』

 

 冥王ハーデス、女神アテナ、海皇ポセイドン。

 彼らは一心に願うように、思いを共有し、手渡すように、言葉を紡いでいく。

 

「誓いの刻み手よ、こちらに」

 

 海龍のミトラスが、俺を呼んだ。

 仄かな緊張とともに、意を決して、海域の元へと足を踏み出す。

 俺は、神器トライデントに宿るポセイドンと、海龍のミトラスと、真っ直ぐに向き合った。

 

 すると、まるで俺の喉が意思をもったかのように、口から勝手に、音が言葉となって流れ出た。

 

「──海皇ポセイドンよ、御身が魂に刻む代償を、明示しなさい」

 

『海と大地に立つ権利を懸けよう』

 

「……ならば誓いを破ったとき、貴方は永遠に海と地上に干渉できなくなります。よろしいですか」

 

『それでいい。では刻み手に、我が魂の断片を渡そう』

 

「っ……!」

 

 ポセイドンが言い終わると同時に、ボウッ! と俺の心臓に、蒼白い炎が灯る。

 ──熱い。

 幸い痛みはないが、自分よりも遙かに格の高い存在の強い意志が、脈打ち、焼け付くような熱を放出しているのを感じる。

 目の前のポセイドンは、“魂の断片”と言った。

 つまりは、ポセイドンの魂の欠片を、刻み手である俺が、一時的に預かっていることになるのか。

 

 勝手に動く口に、神の魂の断片である炎。

 平時ならば混乱している事象が立て続けに起きているはずなのに、不思議と思考は明瞭かつ冷静だ。

 勝手に刻み手としての言葉が溢れるのは足下に綴られた黄金の陣のせいか? ならば思考が混乱せずにいられるのも陣のせい? 

 これではまるで己の意思を制御されているみたいじゃないかと、胸中に言いようのない不安が生まれてく。

 

「誓いの刻み手よ、ここに」

 

 今度は、アヴニールが俺を呼んだ。

 脈打つ魂の欠片を左胸に抱えて、俺は女神アテナと牡羊座が待つ陣まで向った。

 地面から溢れる金色の光に包まれた小さなアテナの前で、俺は目線が近づくように、膝をついた。

 

 また、言葉が勝手に溢れ出してくる。

 

「──女神アテナよ、御身が魂に刻む代償を、明示しなさい」

 

「私は、人類の護身者としての誇りを懸けましょう」

 

「……ならば誓いを破ったとき、人々のなかから、貴方が御身を賭して人類を守護してきた記憶が、消失します。民草は女神アテナを味方ではなく、無辜の民を巻き込んで戦いを繰り広げた身勝手な神と認識するようになるでしょう……っ……よろしい、ですか」

 

 なんだ、これ。

 自分の口から出たとは思いたくもない内容の言葉に、反射的に顔をしかめる。

 アテナちゃんの意思を尊重したい気持ちと、代償の内容を変えてほしいと思う身勝手な思いで、俺は縋りつくように彼女を見やった。

 しかし、アテナちゃんは静かに微笑むだけで、代償を撤回することはなかった。

 

「構いません。私の魂の欠片を、刻み手たる貴方に託します」

 

「……っ」

 

 彼女が告げると、優しい金色の炎がふわりと舞って、俺の心臓を覆い始めた。

 ポセイドンの炎と隣り合うように燃える彼女の魂の欠片からは、例え女神としての誇りを失ってでも人を守ろうとする、彼女の確固とした覚悟と信念が宿っている。

 これが人を愛する女神の、決意の表れなのか。

 分かりきってたことのはずなのに、率直に、重いなと思った。

 心臓に灯る炎が増えたせいなのか、酒をいいだけ飲んだときのように、思考と視界が不明瞭になってくる。

 

「誓いの刻み手よ、来なさい」

 

 パンドラが、俺を呼んだ。

 芯の通った彼女の声に導かれて、冥界の神と2人の部下が待つ場所へ向う。

 足取りが重い。

 心臓を包む2神の魂の炎と、足下から溢れる金色の光に、頭はくらくらとして、景色は歪みつつあった。

 しかしもはや俺の意思とは無関係に、足が、冥王たちの元へと歩みを進めていく。

 

 碌でもない嫌な予感がする。

 自分でやると決めたのに、この儀式を続けるべきではないと思う自分がいた。

 まるで内臓をざらついた紙で直接掴まれているような気味の悪さに、心臓がばくばくと脈打って、すぐにでも吐き出してしまいそうだった。

 

 そもそも誓いを破らなければ、どんな代償であれ心配する必要なんてないはずなのだ。それなのに、せめて取り返しのつく内容であってくれと、切実に願っている己の矛盾。

 とうとうハーデスの目の前に辿り着いてしまうと、喉が勝手に空気を取り込んで、忌々しくも声をつくり始めてしまう。

 

「──冥王ハーデスよ、御身が魂に刻む代償を、明示しなさい」

 

 

「余は、この命を懸ける」

 

 

「──、」

 

 やめてくれと、叫びだしたかった。

 しかし、身体の自由が効かない。

 言葉は溢れる。

 俺の意思なんて関係なしに、誓いの代償を、綴りつづける。

 

「………………ならば、誓いを破ったとき、貴方の魂と肉体は砕け散り、永遠に失われるでしょう。冥王ハーデス、貴方は二度とこの世に蘇ることができなくなります。……よろしい、ですか」

 

「よい、余の魂の一部を、お前に預ける」

 

「っうう……!」

 

 ふざけんな、なにもよくねえよ。

 そう怒鳴ってやりたいのに、全身の力が抜けて、金色の光が溢れる地面に崩れるように倒れ込んでしまう。

 宵闇のようなきらきらと輝いた魂の光。

 受け取りたくもない、託された魂の断片が、俺の心臓を覆い尽くした。

 もはや暴力的な、破裂してしまいそうなほどの力の奔流に、思考が埋め尽くされていく。

 

 地面に両手をついて歯がみする俺に、ハーデスが語りかける。

 

「異邦人よ、お前が受けとった魂の欠片は、我らの魂と繋がっている。刻み手であるお前はこれより、我らの記憶の中へと入り、記憶の中の我らを探して、その灯火を掲げなければならない。そうすることによって初めて、代償は正しく刻まれることとなる」

 

「っ──ハーデス! なに簡単に、命懸けてんだよッ! 他にも代償になるものなんて、いくらでもあるだろう!!」

 

「お前は本当に、余の覚悟が、軽率だと思うか」

 

「っ……」

 

 違う、あんたの選択が軽率だって言ってるんじゃない、そういう意味で怒鳴ってるんじゃない。

 命を大切にしてほしい。

 例え、和解の約束を破らない限り、失われないのだとしても、命を質に入れるような真似だけはしないでほしい。

 もっと自分を大切にしてほしい。

 俺はただそう、伝えたかった、だけなのに……、

 とうとう両手の力が抜けて、金色に光る床に倒れ伏してしまう。

 意識が、遠くなる。

 

「……卑怯だ。俺に、生きることから逃げるなっていうのなら、あんたも、生きることから、逃げるなよ」

 

「…………」

 

「なあ、ハーデス……!」

 

「確かに、託したぞ」

 

 答えることなく、ハーデスは会話を打ち切った。

 もう目の前の神がどんな表情をしているのかも朧気になって、判別がつかなくなっている。

 辛うじて開いていた瞼は、誰かの冷たい手に強制的に閉ざされて、それっきり、俺の意識は何もない暗闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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