それでも俺は、冥王様を助けたい。   作:歌詠

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第8話 青空の下で

 

 

 

 

 

 視線の先で、漆黒の長髪が、風にふかれて揺れている。

 夜の帷を閉じ込めたような髪の隙間からは、亀裂のはしった鎧が見える。

 俺に背中を向けたハーデスは、消えたタナトスとヒュプノスのいた空をじっと眺めて、動かずにいた。

 

「…………」

 

 大丈夫か? 無理するなよな、とか、太陽の光は平気なのか、とか。当たり障りのない言葉ばかりが喉まででかかっては、消えていく。

 だってこいつは、信頼してたはずの部下に謀反を起こされた。

 だから今はきっとどんな言葉よりも、そっとしておいてやるのが一番な気がして。俺は目を離したら消えてしまいそうなハーデスの背中をじっと、静かに見守っていた。

 

『おい、人間』

 

「……俺は人間なんて名前じゃないんですけど」

 

 かけられた声に、ぶっきらぼうに返す。

 もはや神に対する敬虔さのかけらもない態度の俺に、鉾に宿ったポセイドンは『どうでもよいわ』と一蹴して自らの要件を述べた。

 

『いいからこの我が依代に刺さったままの黄金の三叉鉾(トライデント)を引っこ抜け。ハーデスの呪いがついたままの肉体にこれ以上刺さっておられんわ。魂が腐る』

 

「ああーそういえばアテナちゃんもポセイドンも肉体が呪われたからって理由で、一時的に神様の武器に魂を収めてんだったか。…………でもこれ大丈夫か? 抜いたら血がどばーって出そう」

 

『案ずるな、私が依代として選んだこの男は生まれつき頑丈でな。加えて今は仮死状態にしておいてある。鉾を抜いても死にはしない』

 

「それならいいけど」

 

 ちょっと不安だったため一応、アテナちゃんの方にもちらっと目線を送って反応を窺うが、こくりとスマイルつきの頷きが返ってきたため、ひと思いに依代の青年の腹に刺さった槍を抜いてみる。

 なんの抵抗もなくするりと抜けた。

 穂先は真っ赤な血で染まっていて非情に物騒だったが、ポセイドンのいうように青年の腹から血があふれる危うい事態にはならなかった。

 

「はあ。それにしても気の毒な奴だな。ポセイドンに間借りされたと思えば、今度はタナトスに肉体を奪われて偽ポセイドンをやらされるとか」

 

 血で濡れた黄金の三叉鉾(トライデント)の穂先をポケットに入っていたハンカチで拭いながら、同情混じりに呟く。

 横たわる依代の顔を覗き込んでみるがぐったりとしていて、目を覚ます気配は一切感じられない。

 

(……この顔、既視感があるんだよなあ)

 

 深い海のような長髪に、ぼろぼろに砕けた金色の鎧を身に纏う、十代半ばから後半ぐらいの青年。

 うん、どことなく原作に登場したジュリアン・ソロと似た顔立ちをしてる気がする。

 ジュリアン・ソロ。原作でポセイドンの依代に選ばれたりキャラクターである。

 星矢の原作によればポセイドンはこの世に降臨する際にはギリシャ有数の海商であるソロ家の嫡男の肉体を借りているそうだが、ジュリアン同様この男もソロ家の血を引いているのだろうか。

 

「知った顔なのか」

 

「…………え?」

 

「そう見えたが、違うのか」

 

 いつの間にか、空を眺めていたハーデスが、こちらへ視線を向けていた。

 侮蔑も呆れも嫌悪もない、ごくごく普通な声音の問いに、俺は一瞬驚いて目をぱちくりさせた。

 

「えっと……似た顔は知ってるけど、この人を見るのは初めてだ。ほら異次元空間で話した聖闘士星矢って物語があったろ。そこにポセイドンの依代になるジュリアン・ソロって登場人物がでてきてさ。そのジュリアンの顔立ちと重なる部分があるから、もしかしたらソロ家の血筋なのかなって思ったんだ」

 

「そうか。あながち、お前の推論も間違ってはいないのだろう」

 

 翡翠の眼がまっすぐと向けられる。

 なぜだろう。ハーデスとの会話は基本的に手探りだった。そもそも最初は真面な返答すらなかったし殆どがキャッチのできてない下手くそなボールの投げ合いみたいになっていた。

 それなのに今は、誠実に耳を傾けてくれているような錯覚を覚えてしまう。

 

「……って、そうだよハーデスあんたが一番の重傷者だ! 喋ってる場合じゃない、はやく傷の手当てをしないと!」

 

「……大した傷ではない」

 

「いや鎧が黒いからわかりにくいけど血だらけだろ。どこをどう見ても大した怪我じゃん」

 

「お前が気にする必要はない」

 

「…………」

 

 すげなく返されてちょっと落ち込んだ。

 距離感がうまくつかめなかった。

 鎧が砕けて流血が海に流れていっているのに、平然とした顔で言い換えされても説得力がねえよ。

 いやでも神だし、痛みを止めれられたりするのだろうか。

 渋い顔で考え込んでいると、ハーデスが剣呑な声で問うてくる。

 

「それよりも、お前はなぜ余の元へ戻ってきたのだ。せっかく戦いに巻き込まれぬよう、地上へと落としてやったのに」

 

「なぜって……ハーデスの気配が弱まっていくのがリアルタイムで……こう、虫の知らせみたいな、妙な感覚で届いてきたらそりゃ心配にもなるだろ」

 

「そもそもなぜ余のことを覚えている。余はあのとき、お前の記憶を封じたはずだが?」

 

「は? なにそれ知らない」

 

「アテナ、何か心当たりはないのか」

 

「私ではありませんよ。そもそも意識がありませんでしたし、アイギスの力でもないでしょう」

 

「ならば海皇よ、この人間の記憶の封を解いたのはお前か?」

 

『たわけ。私なわけがないだろう。誰が好き好んでこの阿呆の記憶を弄らねばならんのだ。この馬鹿はお前とアテナに助力するよう懇願しに山頂へ来たのだから、お前がうっかり封じ忘れたのではないか』

 

「異次元空間から空へ投下する際に、落下時の加護も含めて2度確かめたのだ。そのような些末な過ちは犯してない。……ふむ、思い返せば、余が設定した座標からそれた地点に引き寄せられるように落ちていったな。危険はないからと放置したが、何者かに干渉されたのだと考えれば説明がつくか」

 

「ん? ──うわっ!?」

 

 と、なんだか途中から置いてけぼり感を感じていると、突如としてハーデスが、ぺかーっと赤く光る手で俺の頭を掴もうとしていた。

 パトカーのサイレンみたいな物騒な色の光に、俺は本能的にやばいと思い、急いでアテナちゃんの後ろに逃げ込んだ。そして、両手でポセイドンの宿る鉾を握りしめながら、ハーデスを睨んで威嚇する。

 ハーデスは酷く面倒くさそうに目を細めた。

 

「逃げるな」

 

「嫌だよなにその光!? なにするつもり!?」

 

「余がお前に施した記憶の封を、即座に解いた者がいる。故に、お前の頭の中を調べ上げて、再びほころびがないよう封印をし直す必要がある」

 

「はあ!? やめろよ、なに当然のように俺の記憶封じようとしてるんだよ!」

 

 抗議の意を込めて声を上げると、そんな俺を見かねたのかアテナちゃんが一歩前に出る。

 

「ハーデス、流石に私の目にも余ります。今簡単に零さんに危険な術が施されていないか調べてみましたが、特にそういった気配はありませんでしたよ」

 

 アテナちゃん? いつの間に? 

 

『だいたい、この異邦人はお前に助太刀したことにより、双子神どもの恨みを買ったのだから、今更記憶を封じて人里に追いやっても遅いだろう。目の届く場所に置いた方が面倒ごとを呼び込まずに済む』

 

 ポセイドンも加わって、ハーデスを諫めるように各々の主張を口にしてくれる。

 しかしハーデスは眉間に皺を寄せたまま、険しい表情で言ったのだ。

 

「死ぬところだったのだぞ」

 

「……え?」

 

 まるで命を大切にしなかったことを咎めるように、ハーデスは俺を睨みすえていた。

 

黄金の三叉鉾(トライデント)は、かつての神々ノ大戦(ティタノマキア)に終止符をうった3神器のうちのひとつだ。到底、小宇宙の扱い方も知らぬた凡人に扱える武器ではない。無理にでも握ろうとすれば、肉体のみならず、魂をも砕かれていただろう。それを……あのような無茶な戦いをするとは。お前も海皇も、いったい何を考えているのだ」

 

「そ、それは……」

 

 全くの正論に返す言葉が見つからず、ずきり、と胸が痛んだ。

 まさか人嫌いのハーデスに、命を無駄にするな、なんて叱られるとは思いもしなかった。

 

 別に褒められたかったわけじゃない、お礼を言われたくてやったんじゃない。

 俺はただ、ハーデスとアテナちゃんの力になりたかっただけなんだ。

 自分でも無茶をした自覚はある。

 せっかく助けてもらった尊い命を、投げ出すような愚かな行為はしたくなかった。

 

 でも、あんたの力になるには、命を懸けるくらいくらいじゃなきゃ、だめだったんだ。

 

「ごめん、ハーデス……」

 

 謝るだけ謝って、俺はハーデスの視線から逃げるように目を伏せた。

 命は粗末にしちゃ駄目だ。だけど、人は永遠に生きられる存在じゃない。

 いつかは朽ちて、土に還る。

 だったらせめて、その命の使い方だけは、自分の意思で決めていい。

 そしてあのとき、どんどん弱っていくハーデスの気配を感じたとき、俺は決めたんだ。

 生きるということが、命を使うという意味ならば、ここであんたの為に命を使い果たしても悔いはないのだと。

 だから、おじさんの“生きてなければ意味が無い”という優しい言葉も、ポセイドンの忠告さえも撥ね除けて、俺は決死の覚悟で鉾を抜いたんだ。

 

「叱ってくれてありがとう。救ってもらった命なのに粗末にして悪かった」

 

 下を向きながら、だけど、と口を開く。

 

「俺は何度繰り返しても、同じ道を選ぶと思う。後悔してないし、多分一回死んだせいでネジでもはずれて、そういう性分になったんだ。馬鹿な人間だって、放っておいてくれよ」

 

 苦笑しながら顔を上げる。

 ハーデスは眉間に皺を寄せたままだった。

 

「……異邦人、お前は……、」

 

 何か言いかけるが、続く言葉はなかった。

 ざざん、ざざんと、穏やかな潮騒の音だけが、折り重なるように辺りに響く。

 俺たちを乗せたアテナちゃん制作花びらの船が、ぷかぷかと海上を流れて、爽やかな風が首筋を撫でていく。

 

『まったく辛気くさい奴らだ。おい人間、他にも謝罪するべき相手が居るだろう』

 

 心地よい静寂をポセイドンが打ち壊した。

 

「……ああうん。アテナちゃん、ハーデスが怖いからって後ろに隠れちゃってごめん」

 

「ふふ、構いません。どうやら零さんも、私を小さくてもちゃんと頼れる女神だと認識を改めてくれたようで何よりです!」

 

『ちがーう! 小娘ではない、このポセイドンに何か言うことはないのかと言っているのだ! お前が死なずに黄金の三叉鉾(トライデント)の力を扱えたのは、この私がお前を守るために膨大な小宇宙を使ってやったからなのだぞ!?』

 

「あ! だからあんなに死ぬ死ぬ言ってたのに俺無事だったのか」

 

 竜巻を断ち切るため“抜いたら死ぬ”と忠告されていた黄金の三叉鉾(トライデント)を無理やり引き抜いたのに、無事でいられたのはポセイドンのお陰だったとは。

 

「あれ、でもどうして助けてくれたんだ。あんたハーデスのことは疑ってるから手を貸すつもりはなかったんじゃないのか」

 

『……お前のせいだ。流石に、ハーデスとアテナのどちらもが助けた人間を、みすみす私が見捨て我が鉾により絶命させたとなれば、この海皇の立場がない』

 

「そういうものか?」

 

『そういうものなのだ』

 

 正直、神様方の考えは俺の頭では理解が遠かったが、納得しておくことにする。

 そっかあ、ときらきら光る鉾を見つめながら、俺は素直にポセイドンに礼を述べることにした。

 

「ありがとうポセイドン。ハーデスがこれ以上傷を負わずに済んだのも、アテナちゃんがこうして笑顔でいられるのも、ポセイドンのお陰だよ。本当にありがとう。なにか、言葉だけじゃなく、お礼として渡せるものでもあれば良かったんだけど」

 

『要らん要らん、お前に用意できる物などたかが知れておるわ。それよりも後ほど一つ役割を与えるから、そのつもりでいるように』

 

「ん、役割って?」

 

『その時がくれば説明する…………そら、そろそろ海上にいるのも飽きただろう。どこかの冥王も数千年分の陽の光を浴びただろうしな。移動するぞ』

 

「余計なお世話だ」

 

「ポセイドン、どこへ向かうつもりなのですか?」

 

『アトランティスだ』

 

「!」

 

 ポセイドンの口にした名前に、一同が目を見開く。

 アトランティス。

 かつて大西洋にあったとされる伝説の古代都市。都市を納めた王家はポセイドンの末裔だったがらしいが、人が混じるにつれて衰廃し、やがて海中へと沈んだ。

 といっても本当に実在したかは定かではない。ツチノコとかムー大陸とかそういうオカルトちっくな系統の、謎に包まれた神話の王国なのである。

 

『迎えが来たようだな』

 

 俺の手の中の鉾が震える。ポセイドンの意思に導かれるように、自然と地平線の方へ視線をやった。

 

 

「──海龍(シードラゴン)のミトラス、ポセイドン様の召集に応じ、ここに参上いたしました」

 

 

 何も無かった空間に唐突に、黄金色の甲冑を身に纏う男が現れた。

 

(うわ、これってテレポーテーションってやつか)

 

 つまるところはどこでもドアなしの空間移動。聖闘士星矢のキャラクターがよく使ってた便利な技だ。

 

「ポセイドン様、不躾にも黄金の三叉鉾(トライデント)を握るその者は……」

 

 恭しそうに膝を突いて口上を述べた海龍が、鉾を持った俺に、じとりと冷たい視線を送ってくる。

 なんだなんか睨まれてるなと困惑していると、鉾に宿ったポセイドンが発声した。

 

『よい、このくらいなら目を瞑る。一応は此度の戦いの功労者でもあるのでな』

 

「左様ですか。貴方様のご意志ならば、私が口出しするのも烏滸がましいことなのでしょう。……そこの者、黄金の三叉鉾(トライデント)は丁重に扱うように」

 

「あ、はい、わかりました」

 

 素直にお互い頷きあって、海龍のミトラスとやらは、今度はハーデスとアテナちゃんへ一礼をした。

 

「ご挨拶が遅れてしまい恐れ入ります、私は現代唯一の海闘士、ミトラスと申します。

 冥府の王ハーデス。戦の女神アテナよ。先んじてポセイドン様より事情は伺っております。傷の治療と、休養の準備は整っておりますゆえ、今から皆様をアトランティスへお連れいたします」

 

「まさか海闘士がいたとはな」

 

「よろしくお願いします海龍のミトラス。私の姿が見え、ポセイドンの声も聞こえるということは、貴方は阿頼耶識(あらやしき)に目覚めているのですね」

 

「ええ、阿頼耶識……8識は、生まれ持ちながらも持て余していた能力ではありますが……このようにポセイドン様のお役に立てて幸運に思っております」

 

 兜からのぞく、広大な海を閉じ込めたような双眼と、同じ色の長い髪。

 ミトラスという名は原作にはいなかったから、アヴニール同様、この世界の戦士なのだろう……と観察していると奇妙な点に気づいてしまう。

 よく見てみればこのミトラスという男、足下で横たわっている海皇の依代の青年と、うり二つの顔をしているではないか。

 

「もしかしてミトラスって、ポセイドンの依代の人と双子なのか」

 

「ああ、そうだ。そこで寝こけているのはソロ家の長男にして我が兄のミトラス。ポセイドン様の依代に選ばれたというのに、肉体を敵対者に奪われる心底情けない男だ」

 

「ミトラス? ミトラスはあんたじゃないのか」

 

「私も兄もミトラス。同じ名だ」

 

「ええー?」

 

『まったくお前はすぐに話を脱線させるな。他に話したい事柄があるならアトランティスについてからにしろ。出発するぞ』

 

 ポセイドンの言葉に苦笑いしつつも頷く。

 するとミトラスが右手のてのひらを開いて、青白い光をつくりだし始めた。

 恐らく彼の小宇宙なのであろうその光は、ずわっ! と一瞬で巨大なシャボン玉みたいに広がってアテナちゃんが創り出した花びらの船ごと俺たちを呑み込んだ。

 球内は水で満たされていたが、不思議と視界は明瞭で、息もできる。

 

「冥界の双子神たちに探知されぬよう、特別なルートを通ります。移動の負荷を減らす過程で十数分ほど、夢うつつの如き時間が流れるかもしれませんが、害はありませんのでご安心を」

 

 ドボンッ! と、水の玉ごと、海の中に落ちる。

 ミトラスの言ったように、だんだんと睡眠のときのように意識が薄らいできた。

 疲れてはいたので、休むのには丁度いいだろう。小さな空気の粒がどんどんと産まれては昇り、消えていく。

 遠ざかっていく陽の光に別れを告げて、俺は揺蕩う水の音に耳を澄ませながらそっと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







閲覧ありがとうございます。
手直ししてたら結局時間がかかってしまううごごごご。
今更ながらの注釈ですが、アヴニールは聖闘士星矢ロストキャンバス外伝に登場したお方で、今話に登場したミトラスsはオリキャラとなっております。
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