ヤバイ子ちゃん 作:きばらし
●月✕日
女子高生として初めての夏休みが終わった。
何一つ特別なイベントはなかった。友達と海に行ったり肝試ししたりめくるめく恋の予感にときめいたりはせず、朝起きてご飯食べてごろごろして宿題して寝る。気分転換に海に行くことはあったけど、3日くらい外へ一歩も出ないのはしょっちゅうだった。
花の女子高生としてこれはいけない。
やっぱりどうにかして友達を作ろう。友達がいればもっと楽しいはずだ。16にもなってスマホの連絡先がお父さんお母さんだけはまずい。
明日から2学期。
秋までに友達を作るぞ。
●月✕日
やっぱムリ。友達なんて都市伝説だ。
自慢じゃないけど私は小学生の頃から一人も友達がいない。超常現象レベルで友達が作れない。
いやほんとに不思議で、なんで私みたいにかわいくて人当たりも良くて頭もいいイケイケJKがずっとぼっちなのか分からない。最初はみんな仲良くしてくれるけど、気づいたら一人になってる。で、こっちから話しかけにいったら幽霊でも見たような顔をして。
あーやばい。
初めてそうされたときのこと思い出した。ちくしょー。
はいはい、どうせ私は一生ぼっちの社会不適合者ですよ。友達なんてクソくらえ。
もういいや、今日も海に行ってさっぱりしよ。
●月✕日
怖い怖い。なんなの一体。
今、隣の席の女子にものっそいチラ見されてる。気づかれてないつもりだろうけど、私は人の視線には敏感なのだ。
なんなのホントに。みんな私のことなんてプリント渡すときくらいしか見ないのに、めっちゃ見られてる。
たしか四谷さんだっけ。中学でも同じクラスだったから覚えてる。
あ、視線が止んだ。
ああああ、バカ。バカをした。何見てるのって話しかければよかった。つい怖くてスマホ日記に逃避しちゃった。
鬱だ。
今日も海に行こう……。
●月✕日
最悪だ。死にたい。せっかくのお休みだったのに。
電車に乗ったらそこそこ混んでて、一人分の空きスペースしかなかった。そこに座ったら、地獄だったんだ。
隣のおっさんの体臭がえげつなかった。汗とタバコと加齢臭が混ざり合って軽いバイオテロ兵器だった。
でも座ってすぐ立ったらおっさんが気を悪くするかもと思って、次の駅までガマンすることにした。気遣いができる私えらい。
で、テロに耐えながら正面を見たら、四谷さんが座ってた。目が合った。
クラスメイトだし目礼くらいしようかと悩んでたら、目をそらされた。
刺激臭とミスコミュのダブルパンチ。もうやだ。
結局耐えられなくなって、走ってる途中で別車両に逃げた。
なぜ私のようにかわいくてコミュ力抜群でイケイケなJKがこんなみじめな思いをしなければならないのか。つらい。
海に行こう。
●月✕日
やった! やったぞ!
クラスメイトとお話できた。おなじみ四谷さんと、その友達の百合川ハナさん。あんなに楽しく話せたのは久しぶり、ていうか親以外で初めてかも。
きっかけは四谷さんだった。急に話しかけてきて、私がアタフタしてるうちに百合川さんも参戦。話を合わせていると、よかったらお昼一緒にと誘ってくれた。三人でごはんを食べながら、昨日のテレビの話とか、担任の話とかしたり。百合川さんが食べても食べても足りないみたいだったから、私がいつも持ち歩いてる煮干しをあげた。喜んでくれた。
ただ、話しかけてくれた理由がよく分かんなかった。
四谷さんが、助けてくれてありがとうとか、あのヤバイのやっつけてくれて、とか言ってた。先日の電車でのことらしいけど、どういうことだろう? 私はおっさんの匂いに負けて席を立っただけなのに。
まあいいや。
ここからの立ち回りが勝負。どうにか二人と仲良くなって、あわよくば友達になりたい。
頑張るぞ。
●月✕日
友達候補の二人について情報をメモする。
四谷さんは美人さんだ。さらっとした黒髪と整った顔立ち、スタイルのいい身体はモデルみたい。まさにクールビューティなんだけど、すごく友達思いで百合川さんに甘くて、よく世話を焼いてる。お姉さん気質。いい匂いがする。
百合川さんは天真爛漫な食いしん坊。常に何かを食べてて、私の煮干しはすでに業務用3袋は犠牲になってる。でも本当に幸せそうに食べるからついついあげちゃう。今度お寿司をおごってあげたい。いっぱい食べて。匂いは、甘くておいしそう。
順調だ。お昼休みだけじゃなく休み時間もお話しできてる。もうそろそろ友達になれるんじゃないか。
英気を養うため、海へ行こう。
●月✕日
四谷さんが分からない。
移動教室で廊下を歩いていると、たまに珍獣でも見るような目を向けてくるのはどうしてなんだろう。理由を聞いてもなんでもないよとしか言わないし。
あ、そうか。
私の横顔がかわいすぎて見惚れてるんだ。なんたって私はかわいい賢い天才と三拍子そろった美少女だからな。なんで気づかなかったんだろ。
この調子なら近いうちに友達になってくれるに違いない。
●月✕日
四谷さんにあーんされた。食べさせ合いっこ。
仲良しみたいで嬉しかったけど、何の脈絡もなく急にあーん・アプローチを仕掛けてきたからびっくりした。
四谷さんはたまに突拍子のないことをする。
●月✕日
生きててよかった。世界のすべてにありがとう。
今日、歴史が動いた。
私は思い切って、四谷さんと百合川さんに「友達になってください」とお願いした。
そしたら百合川さんが煮干しを貪りながら「もう友達だよ」って。
泣いちまったよ。今も泣いてるよ。
友達がいると、こんなにあったかいんだな。
こんな日はやっぱり、海に行くに限る。
・
・
・
四谷みこは見える子ちゃんである。
ごく普通の女子高生でありながら、ある日を境に突如人ならざるものがはっきりくっきり見えるようになった。
彼らを見てはいけない、見えることを気づかれてはいけない。本能的にそう悟ったみこは、怪異たちに徹底的なシカトを決め込む。たとえ怪異がどれほど醜悪な外見をしていようと、家の中にまで現れようと、悲鳴を我慢し全力でスルー。それが見える子ちゃんと化した四谷みこの日常である。
そんなみこをして思わず二度見してしまった怪異は、隣の席のクラスメイトだった。
「えっ」
「どうしたの? みこ」
「な、なんでもない」
休み時間。親友の百合川ハナに生返事を返し、向き直る。
「でね、夜中にお腹が空いて目が覚めたんだけど、冷蔵庫見たらハンバーグとカレーと肉じゃがしかなくて!」
「いや十分すぎ……前もそんなこと言ってなかった?」
「そうだっけ?」
ハナとの雑談に応じながら、視界の隅にうつる隣の席を意識した。
(まぶしっ。え、何これ。なんの光?)
それはみこが普段よく見るような、気味の悪いものではない。白く、清浄な光。どこまでも澄み切った透明な光が、隣の席で燦然と輝いている。
見える子でないハナや他のクラスメイトは何も反応していない。その手の種類のものであるのは明らかだ。気取られないよう視線だけ動かして、発光源の生徒を確認した。
(たしか、
ごく普通のボブカット、幼い顔立ち、細身の身体。目立つところのないクラスメイトの一人だ。中学でも同じクラスだったものの、話したことはほぼない。それどころか、隣の席にいたことも今まで忘れていた。影が薄いのだ。
みこだけでなく、クラスメイトの誰もシズミを一瞥すらしない。かといってシズミが孤立しているわけではなく、体育や家庭科のグループワークなどではなんだかんだ誰かと組めているし、悪い評判もない。むしろ人当たりがよく話しやすいとまで聞く。ただ、いつの間にか誰もシズミの存在を気にかけなくなってしまう。影の薄い不思議な子。
そのシズミが光っている。とてつもなく光っている。
(もしかして今までずっとこんな風に……何?)
光の次は、音だった。みこの耳に奇妙な音が響く。
ざーん、ざざーん。波打ち際のような音。潮騒。イヤホンからかすかに音漏れしているような遠さで、穏やかな波音が聞こえる。
謎の光と潮騒の音。意味がわからないが悪い予感はしない。その日からみこは、物静かなそのクラスメイト、和二シズミを意識するようになった。
シズミは休み時間をほとんど自席で過ごし、スマホにすさまじい速度のフリック入力で何かを打ち込んでいた。時折煮干しをカバンから取り出してしゃぶっているのを見てみこは吹き出したが、クラスメイトの誰もそれを気にしていなかった。
(まさか幽霊とか……いやでもみんなも見えてるみたいだし、普通に触れるし……)
見れば見るほど何かがおかしいシズミの生態に、みこは混乱した。
よく分からないけど悪い感じはしない不思議な女の子。そんな認識を覆したのは、ある日の電車での出来事だった。
(プレゼント、買えてよかった)
弟といっしょに母親の誕生日プレゼントを買いにでかけた帰りの電車内。弟の恭介はみこの肩に頭をのっけて居眠りしている。
車内の混み具合はまあまあで、みこの正面の座席が一人分だけ空いている。
そこに見覚えのある少女が座った。
(あ、シズミちゃん)
クラスメイトの和二シズミ。地味な私服姿の印象をかき消すほどド派手な謎の光をめいっぱい放射しており、気づかない方が難しい。かすかな潮騒も聞こえてくる。
(まぶしっ)
目が合ったものの、眩しすぎてつい顔をそむけてしまう。話しかけるほどの仲でもないので、そのままそっぽを向く。
電車が発車してしばらく経つ。すると、嫌なものが視界に入った。
(うわあ、またなんか来た……)
ズタ袋と大ぶりのオノを引きずる不気味な人影。コートに覆われた図体は電車の天井に届きそうなほど大きく、フードの下に見える形相はどう見ても尋常ではない。
それはみこが普段見えないふりをしている異形のものたち──その中でも特に『ヤバイ』と形容する類のものだった。案の定、乗客たちはそれにまったく気づいた様子もない。
ぞわぞわと粟立つ肌を感じながら、みこはいつも通り見えない風を装う。
(えっ!)
が、怪人がオノを振り回し乗客たちを切り刻みはじめたために、みこのスルー力が揺らぐ。
怪人は順番に乗客たちへオノを振り下ろしていく。やはりそういうモノなのだろう、オノを振られた乗客たちはかすり傷一つなく、気にした様子もない。
(これ順番回ってくる!)
しかし平気なのはアレが見えてないからだ。見える子であるみこは、たとえケガを負わずとも振り下ろされるオノをスルーできるかどうか。
どうにか弟を連れて移動しようとするが、
「あーもしもし、お疲れ様です──」
(だめ、動けない!)
怪人は、向かいの席で立ち上がった乗客に反応して切りかかった。下手な動きを見せればみこも同じ目に遭うだろう。
(やられた人なんともないし、無視してれば大丈夫……うん、私なら乗り切れる……!)
ばくばくと早鐘を打つ心臓の鼓動を聞きながら、必死で自分に言い聞かせるみこ。
そうして恐怖に耐えていると、向かいの席でまたも誰かが立ち上がった。
(あ、シズミちゃん……!)
クラスメイト、和二シズミだ。まばゆい後光と潮騒の音を背負い、立ち上がる。
みこがあっと声を上げるまもなく、怪人が振り返りざまシズミへ斬りかかる。
分厚い刃がシズミの身体をすり抜ける──ことはなかった。
『アア?』
オノが消えた。それを振り回していた怪人の腕も同じく、何か強い力に引っ張られるようにして消失した。
怪人はなくなったオノと腕に唖然としていたが、
『ア、アアア!?』
突如膝をついて苦悶の声を上げる。
叫喚しながら残った手で喉元をかきむしっており、何か異物を取り除こうとしているように見える。芋虫のような指が喉を刳り、真っ黒な飛沫が上がる。
不意に、怪人の目と口から黒い何かが溢れ出す。一見血のようだが、強烈な磯臭さがみこの鼻を突いたことで正体が分かる。
(海水……?)
怪人は両目と口と鼻から大量の海水を吐き出し呻吟している。
まるで陸にいながら海で溺れているようだ。そう思ったとき、先程まで聞こえていた穏やかな潮騒が、ざぶざぶと激しく打ち付ける波濤のような音に変化していることにみこは気がついた。
音は徐々に大きくみこの耳に響く。何かが水中から近づいてくる様を想像し、ぞっとした。
その音がひときわ大きく、ざぶん、と跳ねる。
怪人の上半身が消えた。食いちぎられた、とみこは直感する。
残された怪人の両足は黒い靄となり、跡形もなく消滅した。
みこはハッとしてクラスメイトの姿を探す。別車両へ移動していく後ろ姿が見えた。
「た、助けてくれた……?」
みこはそう悟った。
シズミが席を立ったタイミングは明らかに不自然だった。座ってから一駅分の時間すら経っていないのに立ち上がる動機がない。さらに、あの不気味な波の音。怪人の気を引くためにわざと立ち上がり、何か不思議な力でやっつけてくれたのだろう。
つまり、シズミも見える子なのだ。
ーーー
翌日。
「あの、シズミちゃん」
「……えっ」
「昨日はありがとう。あのヤバイやつやっつけてくれて。すごく助かった」
「えっえっ、何それ、てか名前呼び……ん、いや待って待って、何の話?」
「えっ」
「えっ」
みこは休み時間になるや否や、友人のハナではなく真っ先にシズミへ声をかけた。
助けてもらったお礼のためもあるが、何より同じものが見えている心強い味方を得たのが嬉しかった。
が、シズミは目に見えて困惑している。視線がぐるぐる回って耳まで赤くなり声が上ずっていた。
「ほら、昨日の電車で」
「う、うん。四谷さんいたね。こ、声かけようかなって思ったんだけど、めめ、迷惑かなって思って、そ、そのあの」
「……あのままだと、私にまで順番回ってきてた。だからありがとう」
「順番……? あっ、もしかして何かの隠語? 流行りのスラングを駆使した高度な会話? ごめんなさい分からない、すぐ覚えるから教えて!」
「うん、もういい」
「そんなぁ!」
みこはため息をついた。
シズミは涙目になってあたふたしている。分からないふりをしているようには見えない。同じものが見える理解者ではなかった。
であればあの波音と海水は、突然立ち上がった動機は何だったのかと首を傾げていると、横から割り込む声。
「みこー! シズミちゃんと何話してるの?」
百合川ハナだった。首に回される腕、背中に感じる弾力。くりくりした瞳がすぐ横からみこの顔を覗き込み、続いてシズミにも向けられた。
「珍しい組み合わせだね」
「な、なんて距離感……物理心理ともにスキがない……!」
「あはは、何驚いてるのシズミちゃん。あ、ていうかこうやって話すの地味に初めてじゃない? 中学でも同じクラスだったのになんでだろー。ね、みこ、それで何の話してたの?」
「昨日電車で偶然会ったから、そのことをちょっとね」
「そうなんだ! みこはお母さんにプレゼント買いに行ってたんだよね。シズミちゃんは何してたの?」
「ちょ、ちょっと寿司を食べに」
「お寿司屋さん!?」
ハナが目をキラキラさせて食いついた。その後好きなネタは何か、何皿までいけるか、ガリが美味しすぎるなどと話すうち、今日のお昼を一緒に食べる流れになった。
最初は戸惑っていたシズミも次第に慣れてきて、ハナの明るさもあってか普通に話せるようになった。
「百合川さんよく食べるね」
「まあねー。でも今日はいつもよりお腹が空くなあ。なんでかなー」
みことシズミのお弁当に物欲しそうな視線を向けるハナ。
するとシズミはおもむろにカバンへ手をつっこみ、大きな袋を取り出す。その袋には業務用煮干し、と書かれてある。
「これ食べる?」
「食べる!」
「いや、なんでよ」
みこの呆れた視線をものともせず、ハナはスナック菓子のごとく煮干しをもさもさ食べ始める。シズミはその見事な食べっぷりに「ほあー」と感心の声を上げていた。
この日からみことハナは、シズミとよく絡むようになった。
「シズミちゃーん」
「はいよ」
ハナはお弁当含む大量の食料を持ち込んでいるが、それが尽きるとシズミに煮干しをねだる。みこはその様子を眺めつつ、時折シズミへ不思議そうな目を向ける。
「四谷さんも食べる?」
「ううん、いい」
例の光は四六時中輝いているが、目が慣れた。近くにいると聞こえてくる潮騒の音は元々気になる音量でもない。みこも、シズミを煮干し携行が趣味で友達の少ない不思議な友人として扱うようになった。
「匂いとか先生に注意されないの?」
「されたことない。なんたって流行の最先端なんでね。今どきの女子高生といえば煮干し携帯っしょ」
「そんな流行ないから」
「あるの、私の中では!」
「それただのマイブーム」
シズミはどこから来るのか分からない謎の自信に満ちていた。驚くほど前向きで、みことハナと一緒のときは常にドヤ顔をしている。嫌味な感じはなくむしろ微笑ましい。友人になって初めて知った一面だ。
もう一つ気づいたのは、シズミの特徴的な歯だ。
(なんかギザギザしてるような……気のせい? 目の錯覚?)
ギザギザしているように見える、気がする。面と向かって話すときちらりと見える歯が尖っているような、そうでもないような。
みこは違和感を覚えたその場で確かめることにした。
たまたまその時が教室でのお昼休みだったので、自分のお弁当のおかずを一品箸で掴み、シズミに差し出す。
「あーん」
「えっ?」
「急にどうしたの、みこ?」
「なんか無性にあーんしたくなった」
「そんなことある!?」
目を丸くするハナと、なぜか慄然とするシズミ。
「わ、私が食べさせあいっこの栄誉に賜るなんて恐れ多すぎて……!」
「いいから早く、あーん、ほらほら、あーん」
「なんか四谷さん色々雑じゃない?」
「そんなことないよ」
そんなことはあった。日頃からヤバイものたち相手に見えない芝居を強いられているので、特にリスクのない今は不自然さを取り繕う気が起きない。結果、流れを無視した極めて雑なあーんに至った。
シズミはみことおかずを何度か見比べると、ままよとばかり食いついた。小さなお口が開かれ、歯がよく見える。
普通の歯だった。むしろ歯並びがよく、色もいい手入れのよく行き届いた健康的な歯だ。ギザギザしているのはやはり気のせいだった。
「おいしい!」
「シズミちゃんいいなー。私もみこにあーんされたいなー、ちらちら」
「はいはい」
気のせい、のはずなのだが。
ひな鳥みたいに口を開けるハナへ次々と餌付けしながら、みこはシズミを盗み見た。頬に手を当て幸せそうな笑みを浮かべているが、その口元にはどうしてもギザギザの印象がある。確かにこの目でそうではないと確認したにもかかわらずだ。
見えないはずなのにそう見えるギザ歯。何度考えても分からない友人のミステリーにみこは混乱した。
それにも増してみこを驚かせたのは、シズミが纏う光の効果だった。
ある日、廊下を三人で歩いていると、進路上に『ヤバイ』何かが現れた。
このままでは三人ともそのおぞましい何かにぶつかってしまう。みこはどうにか見えてない体で回避しようと頭を働かせ始めたが、その必要はなくなった。
(え……!?)
その『ヤバイ』ものは、自分からみこたちを避けた。正確には、シズミの光を恐れ慄くように後ずさり進路を開けたのだ。
それを見たとき、みこはふと思いついた。
(もしかして、守護霊とかそういう……?)
みこは見える子ちゃんになってからというもの、オカルト関連の情報をある程度調べている。その中でシズミの光に思い当たることがあった。
悪いものから守ってくれる良い憑き物。いわゆる守護霊があの光の正体ではないか。
だとすればかなり助かる。今のようにヤバイものが現れても、ゴキブリやらなんやらとでっち上げて見えない芝居をする必要がない。守護霊を恐れてヤバイものから道を譲ってくれる。
気づけばみこは、シズミに熱い視線を送っていた。
当然、シズミもハナもそれに気づかないわけがない。
ある日三人で連るんでいると、シズミは神妙な面持ちで言った。
「四谷さん、気持ちは分かるよ。私はかわいくて賢くて天才なイケイケ女子高生だから」
「は?」
急に何言ってんだこの子。ハナも菓子パンと煮干しを貪りながら目を丸くしている。
「いや、隠さなくていいって。最近私を熱い目で見てるの知ってるから。惚れたんでしょ?」
「誰が誰に」
「あなたが私に」
「フッ」
「鼻で笑われた!?」
相変わらずの自信に思わず失笑。
それで終わりになるはずが、ハナが悪ノリしてくる。
「そんな、みこ! あたしとは遊びだったの!?」
「ハナ」
「え、マジでそういう関係だった!? あらまあ」
「あらまあじゃないから! もう二人とも!」
囃し立てるシズミ、悪ノリを続けるハナ。休み時間にこんなやり取りをするものだから、周囲のクラスメイトたちの中は三人をそういう関係だと誤解する者も出始めた。
シズミは前向きだが、多少自信過剰になるところが欠点。
そのような認識が覆されたのは、いつもの日常の一コマだった。
「あのさ、二人とも」
放課後、通学路にて。
シズミはみことハナに向き直ると、口を開いて、かと思うと閉じて、深呼吸を挟んでからやっと言った。
「私と友達になってください!」
「え?」
今更何の冗談だろうか。みことハナは顔を見合わせる。
しかしシズミの口を真一文字に引き結んだ真剣な表情は、冗談を言っているようには見えず、二人も真面目に言い返す。
「もう友達だよ? ね、みこ」
「うん、私もそう思う」
率直にそう答えると、シズミは唖然として立ち尽くし、程なくくしゃりと泣き顔になった。かがみこんでしくしく泣き出す。
「シズミちゃん!?」
「ど、どうしたの!?」
「う、嬉しすぎる……」
シズミは嗚咽混じりに語った。小さな頃からどうしても友達ができないこと。最初は仲が良くても、いつの間にか一人ぼっちで遠巻きにされること。だから初めて友達ができたのが嬉しくて仕方ない、と。
みこはハナと一緒に励ましながら、シズミの自信が虚勢なのを察した。いつも一人ぼっちになってしまうのはきっと辛い。それをそのまま受け止めるのはもっと辛いから、虚勢を張って強がっていた。それが自信過剰の原因だろう。
「うう、良かったねぇ……!」
「良かったよう、我が友……!」
「……ふふっ」
抱き合うハナとシズミを眺めながら、みこは微笑む。
耳に届く潮騒の音は、とても穏やかだった。