クソの役にも立たない副作用持って転生した   作:恒例行事

1 / 3
前編

 ハロー神様、元気してるか。

 

 いきなりこんな電波を送られても困るだろうから、しっかり自己紹介をしておこう。

 俺の名前はノスタルジア、古い名前は■■■。検閲がバリバリ働いてるから記憶の片隅にでも追いやって、今の名前だけ覚えてくれればいいさ。

 

 因みにノスタルジアってのはギリシャ語で望郷を意味するらしい。

 中々皮肉の効いたいい名前だから気に入ってるんだが、他の連中にとっては別の意味に聞こえるからあんまり好感触じゃあないね。中には豚って意味のヤツもいるんだが、ソイツに伝えたら殴られちゃった。

 

 話が逸れたな。

 

 神様曰く、俺に特別な力を授けた。

 だから世界を救って見せろ。そうでないのならお前は役立たずで鑑賞の道具にすらならんゴミだ────少々言葉は強すぎるかもしれんが、大体こんな感じ。

 

 文句を言おうにもわざわざ強い力を授けてくれるってんだから、俗に言う『強くてニューゲーム』って奴? まあ死んでる身だし拒否する理由もない、だから安請負した訳なんだが。

 

 飛ばされた世界は科学が発達してないし、よくわからん謎の力を取り扱ってるし、星だの国だの色々蛮族のような文化を持っているせいで世界を救おうにもな〜んにもできない。

 授けられた力も別にすごくないし、こんなんで世界を救えってのが無理なんだよ。

 

 だから神様。

 俺にもっと素晴らしい力を授けてください。

 こんな中途半端な力じゃなくてさ、世界を七色に染め上げるような魔法をくださいな。

 

「今日もお祈りかしら、ノスタルジア」

 

 ああ、うん。

 たまには敬虔なクリスチャンの振りでもしようと思ってね。

 案外似合ってるだろ? おれが神に祈りを捧げてる姿は。

 

「そうね。思わず苦笑が溢れる程度には」

 

 あっ、ひっでーの。

 そんなんだから国中で脅し文句として使われるんだぞ。

 

 悪い子には窓の影(スピラスキア)が迎えに来るぞって。

 

「あら、死にたかったのならそう言えばいいのに」

 

 暴力反対! 

 暴力反対! 

 これは紛れもない上司からの弾圧であり抵抗のできない身分の人間を虐げて快楽を得ている悪魔の所業である! 

 

 そんなおれの抵抗も虚しく、頬に突き刺さった彼女の拳の感覚が脳を駆け抜けた。

 

「隊長が呼んでるわ。あなたの出番だそうよ」

 

 グオォ〜〜〜!! 

 ゴロンゴロンのたうち回って痛みを軽減するが、なぜかじわじわ痛みが増幅していく。

 

「いいじゃない。どうせあなたは痛みがある方が強いんだから」

 

 そういう問題じゃあないんだよな。

 心の問題だよ。痛みに苛まれれば苛まれるほど強くなる性質が確かにあるとは言え、積極的に痛い思いをしたいわけじゃないんだ。

 

 痛みに打ち震えているおれのことなんて放置して、非道で血も涙もない我らが紅一点はどこかへ消えてしまった。

 日常で使える黒トリガー(・・・・・)は便利だなー。おれに与えられたトリガーって絶妙に使いづらいんだよね。どうにも戦闘向きっていうか、場を荒らすことばかり念頭に置かれているような設計。

 

 おれはちゃんと技術班に世界を救える最高のトリガーをお願いした筈なのに、世界はいつだってこんなはずじゃないことばかりだなぁ。

 

 ────と。

 

 虚しい虚しい独りよがりな妄想はここまで。

 ここからは酷く現実的で冷たい真実が記されているばかりだ。正直、気が滅入る。

 

 でも逃げられないからなぁ。

 頑張って生きていくしかないよなぁ。

 

 それこそ、()にでも祈るようにさ。

 

『────ノスタルジア。出番だ』

 

 祈りの時間すら満足にくれない我らが隊長の声が脳に響く。

 本来ならば痛みも感じないように設定できるはずなのに、神様から授かったクソッタレな力のせいでおれだけ打ちひしがれる羽目になった。

 

 気軽に返事してから、ゆっくりと立ち上がる。

 

 目の前に開いた空間の先は、どうにも見覚えのある景色が広がっている。

 倒壊した建物、対照的に整備された灰色の道路。コンクリートで形作られた綺麗な道は通るのに不快感を与えず、乗り心地の良さという形でおれたちに楽しみを与えてくれる。

 

 生きていくのには困らない、娯楽に溢れた世界がそこにはあった。

 

 あ〜〜〜あ、恋しいな〜〜故郷。

 アフトクラトルは悲しいことに娯楽が少なすぎて退屈なんだ。医療設備も日本に比べたらカスだし、トリオンを使わないとなーんにも出来ないのが致命的すぎ。

 

『お前の役割は撹乱だ。エネドラとは別の地点……そうだな。基地周辺で暴れろ。内部に侵入しても構わん。自決はこちらで判断する』

 

 はいはい了解了解。

 どうせ捨て駒ですよっと。

 神様が与えてくれた力は世界を救うどころか人命を奪い世界を揺らがす最悪な者が手にしてしまった。

 

 故郷に帰りたい気持ちは強いのに、頭に埋め込まれた角が邪魔して行動できん。

 思考パターンにすら影響を与えられるような科学力はあるくせに、おれのサイドエフェクトによる影響は治してくれない。ちょっと非人道的すぎるんだよな〜、ウチの隊長。

 

 コンクリートで舗装された道路に降り立って、深呼吸。

 

 多少埃や砂で汚れてはいるが、多少は懐かしい気持ちになる。

 それこそノスタルジーに浸っているような感覚だ。

 

 故郷を想う、望郷。

 

 今故郷に戻ってきたと言うのに────こんなクソの役にも立たないサイドエフェクトは、世界を救わせてはくれないらしい。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 生まれは日本だった。

 

『キミ死んだけど、なんかやり残したことある?』

『世界を救うことくらいっすかね』

『じゃあやってきてね。面白かったら高評価するから』

 

 あ、あと特典もあげるよ。

 

 そんな軽いノリで死後の対話を終え、謎の光に包まれて意識を失った。

 そんなYouTubeのエンディングみたいな感じでいいのかと思いはしたが、所詮人間というおれの身では神の全てを推し量ることなんて出来ないと諦めて身を委ねたのだ。

 

 そうして現代日本に転生を果たしたおれは、神様(他に呼び方がない)が一方的に押し付けた力がなんなのかを知る術も持たずに生まれ落ちてしまった。

 普通なら前世の知識もあるし俺TUEEEE出来る! ノスタルジアしか勝たん! ってなると思うんだが、残念なことにノスタルジアくんは可哀想なくらい不幸なヤツだった。

 

 熱が40度くらいあって、生まれた瞬間から死の淵に瀕することになった。

 

 虚弱体質で未熟児──前世では少し問題がある言い方になりつつあった──だったおれは、モノの見事に出鼻を挫かれてしまったのだ。まあ熱で頭がぼんやりしてるんだから思考もままならんし、そもそも脳が小さいからロクに自我を出すことも出来なかった。

 

 そこら辺は転生パワーでどうにかしてくれると信じていたがそうはならなかったんよね。

 まったく、世の中はいつだって世知辛い。もうちょっとおれに対して都合のいい世の中になってくれても損はしないし得をするんだぜ? 

 

 奇跡的に生き残ることができたが、流石に42度くらいまで上がったという記録を見た時は肝を冷やした。おれ、死にかけてるじゃん。

 

 まともに思考ができるようになったのは小学校に通いだしてからなので、創作でよくある「幼少期から特訓して最強生命体!」みたいなことは何もできなかった。刃牙クンがいかに強靭で恵まれた怪物なのかを思い知ったよ。

 おれは刃牙になれなかった。親父は範馬勇次郎じゃなかったから大丈夫だったわ。

 

 そんな感じで小学校に入学し、ちょっとずつおれの自我を身体に馴染ませることおよそ一年と言ったところか。

 

 二年生になりクラス替えをしたのだが、その時にある男の子に出会った。

 

 糸目が特徴のナイスガイ、(つつみ)大地(だいち)くんである。

 流石に前世ではN歳(おれの名誉のために伏せ字)だったため、少しクラスに馴染めなくなりつつあったおれに話しかけてくれたのだ。

 

「きみ、何読んでるんだ?」

 

 当時のおれは語彙力を取り戻すべく小難しい言い回しばかりの文学を好んで手に取っていたため、そういう部分が余計に同い年の子供たちに敬遠される理由として挙げられていた。イキり文学太郎呼ばわりされて大変不名誉な思いをしたのだが、心無い一言が堤くんの心を傷つけたのだ。

 

 なぜなら、堤くんも小難しい本を好んでいたから。

 

 弱冠八歳、小学二年生にして既に文学に手を出してる時点でおれからすればレベル高すぎ案件なのだがそんな事情は向こうは知ったことではなく、糸目をキラキラ輝かせながら(?)おれに付き纏って来た。そうだよね、この年齢でそんな本の趣味を共有できる人は少ないからね。

 

 おれとしても同い年であるのにかなり落ち着いた様子の堤くんと過ごすのは心地よく、気が付けばクラス内で『賢い文科系』として双璧をなすポジションになっていた。

 

「またテストで満点じゃないか。流石は■■■だ」

 

 ふっ、止せよ。

 国語のテストは敵ではない。

 算数のテストはケアレスミスで90点だった。なんで四則計算しかないのにおれは間違えたんですかね。

 

 転生チートを持って無双してやるぜ、なんて意気込んでいたのだが、この頃になるとすっかり現実を見る羽目になっていた。

 

 前世の記憶があってもおれがアドバンテージを維持できるのは最高でも中学生くらい。

 神様が授けたという謎の力も未だに発現する事はなく、唯一他の人間と違うのは前世の記憶がある事とやたらと不幸な事が多いくらいだ。生まれた途端高熱に魘され生死を彷徨い母親はそのまま衰弱してしまい死亡、父親は病院に向かう途中に車で事故に遭い死亡。

 

 祖父や祖母も既に亡くなっており、引き取ってくれる親族もおらず、おれは幼稚園の時点で施設暮らしとなった。

 

 教師も腫れ物として取り扱ってくるし友達は堤くん位しかいないし、こんな状況でまだ無邪気にチートを信じろと言う方が無理がある。

 

 ハ~~~ア、異世界転生ってチート持っていけば楽なんじゃ無かったのかよ。

 そもそもおれに授けたチートってなんなんすかね。それがわかればまだ己を活かす事が出来るかもしれないのに、現状で発覚してる情報が少なすぎ。

 

 堤くんと二人で本を読んだり図書館に行ったり本屋に行ったり、色々過ごして遊んでいるうちに気が付けば時が経ち。

 

 おれ達は、中学生になっていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「■■■くん、今日空いてるかしら」

 

 仮に空いていたとしたらおれに何をするつもりだ? 

 

「あら、物騒ね。私がそんな酷い事をするように見える?」

 

 見えるって言うか被害者なんですけど。

 君は加害者でおれは被害者、その力関係が分かってないとは愚かと言わざるを得ないな。

 

「残念。今日は鮪メロン炒飯を振舞おうと思っていたのに」

 

 ぜぇ~~~ったいに食べません! 

 死んだときの記憶は無いがもう一度死に近付くつもりはない。なんだよ鮪メロン炒飯って、人が食べられる組み合わせじゃねーだろ。

 

「きっと大丈夫よ。一昨日は美味しそうに食べてたじゃない」

 

 一昨日のはまあ……美味しかった。

 晩飯代わりに貰えると美味しいし、一人暮らしだと自炊が面倒くさくてどうにもね。

 二日に一度のペースで飯を作ってもらっている事実には正直申し訳ないと思っている所存であります。

 

 おれが感謝を伝えると、整った顔立ちの女──加古(かこ)(のぞみ)は楽しそうに笑った。

 

「いいのよ。趣味だし」

 

 趣味で人の味覚を破壊しつくすエゲつない炒飯を生み出すのはやめてほしいんだけど……

 

「料理って言うのは挑戦と引き換えに対価を得ているの。好奇心こそが発展させる術よ」

 

 クックパッドで虫料理すら調べられる時代なんだからもう少し他人を頼って欲しい所だが、これまた惜しい事に加古ちゃんが作る炒飯は八割くらいの確率で美味しい物が爆誕する。ありえん組み合わせでも案外美味しいことがあるから一概にやめろとは言えないし、そもそも善意で作ってくれてる時点でおれに口を出す権利はない。

 

 おれが口を出せるのは炒飯の味だけである。

 

「で、どうなの。空いてるの?」

 

 チッ、駄目だったか。

 この女はさ、おれに予定が無いのをわかってて聞いてんだよ。

 

 だっておれ、この学校に友達いないもん。

 それこそ加古ちゃんくらいしかおれに話しかけてくる奴はおらず、身体を鍛えたりも特にしてないので、体育の時間に目立つことも出来ずにクラスカースト下層として悠々自適に生きている。

 

 小学生時代は堤くん位しかまともな友人がおらず、中学はお金の事を考えて進学校を選択しまだ辛うじて通用する前世の知識を有効活用して特待生として入学した。

 

 堤くんは普通校、おれは進学校。

 涙ながらに二人で再会を誓い合ったのだが、おれが施設を出て選んだアパートが堤くんの家から結構近かったので感動の再会は二日後の朝に行われた。でも学校が違うし向こうは向こうで新しいコミュニティに入ってるっぽくて結果的におれはぼっちになってしまった。

 

「■■■くん、友人少ないのよね」

 

 喧嘩売ってる? 

 男女平等犯罪上等、あまりおれを怒らせない方がいい。

 加古ちゃんは顔が綺麗なので腫れたりしたら大変だからチョップ程度で許してやろう。

 

 くすくす笑いながら加古ちゃんは鞄を肩にかけて帰宅の準備をいそいそ始めた。

 

「六時くらいに行くわ。冷蔵庫空けておいてね」

 

 はー、自由だな。

 確かにおれは美人で大人びた女性に「少年」って呼ばれたいと言う欲望はあるが、加古ちゃんは美人だけど自由人で同い年。同い年に少年って呼ばれるのあんまり嬉しくないしなんかクサくて涙出そうになる。

 

 颯爽と立ち去った加古ちゃんを尻目に、おれも程々にして帰る事にする。

 

 金が無いから特待生として色々恩恵を受けてはいるが、その恩恵を得るための努力は欠かせない。

 天才じゃないからな。授業を受けただけで全てを理解できる程優秀じゃないから毎日机に三時間くらい向き合って真面目に集中しなけりゃならん。携帯は持ったら遊んじゃいそうだから買ってないし、ゲーム機にも手を出してない。

 

 転生して得られたのは不幸な貧乏学生の一人暮らしでした、と。

 

 でも前世では全く得られなかったかわいい女の子と謎の交友があるって点だけは爆アドじゃん? 

 二日に一回のペースで晩飯(炒飯限定)作ってくれるんだぜ。

 これもう通い妻だろ。

 モルモット的な意味合いだったとしてもLIKEの感情があるのは間違いない。

 

 中学生特有のエナメルバッグに教材ジャージ8×4のシーブリーズ、これが健全な男子中学生の持ち物だ。加古ちゃんは見た目を結構気にするタイプの子だからな、おれとしても貴重な交友関係は保っていきたい所存。

 

 堤くん? 彼はゲーセンに誘ってくるからたまに遊んでる。

 大人しそうな顔つきと趣味のくせにめっちゃ麻雀とか競馬のゲームやろうとすんだよな。

 しかも大穴一点賭けとか3連単とか平気でチャレンジする。涼しい顔で賭けるんだぜ、大量のメダルを。狂ってる。

 

 そんなどうでもいい事を考えていたらいつの間にか家に着いていた。

 

 おれの借りてるアパートは1Kのボロ部屋。

 ゴキは出ないけどクモは出る。雨は入ってこないけど風は通り道だと勘違いしてる。そんな感じのパワーバランス。

 

 玄関入って無駄に使いこまれて掃除も丁寧にされているキッチンが左手にあり、右手にトイレと風呂。

 

 まあまあじゃないだろうか。

 都内の方とかこの程度の部屋でも高いし、三門市は栄えているのにそこら辺が安めで助かる。

 一部屋五万とか言われたら泣いちまうよ。

 

 リビングに入って鞄を置いて、洗濯機にジャージYシャツその他諸々を放り込んで風呂を準備する。

 前世は面倒くさがって朝シャンしてたけど、今世のおれは一味違う。汗は搔いたままにしないし体臭に気を付けるし髪の毛やムダ毛にも気を配っている。

 

 べ、別に前世より顔がいいから少しでもまともにしようなんて考えてる訳じゃないんだからねっ! 

 

 いや実際みんなそうするだろ。

 だって前より明らかに顔立ち整ってるんだもん。

 典型的な馬顔だったが、今の俺は韓流アイドルとまでは言わないものの街中を歩いていればそこそこイケメンだと言われる程度────つまり、上の中くらい。

 

 加古ちゃんがおれに話しかけてきてくれた理由もそこら辺があるんじゃねーの。

 顔がそこそこ整ってて本をいつも読んでて成績優秀な特待生で天涯孤独の一人暮らし中学生。目立つ要素がバチバチにあるから、加古ちゃんみたいに面白い娘にとっては無視できない野郎だったんだな。

 

 ボロアパートとは言え今はおれの城。

 綺麗に片づけてこそ男の器量が試されると言うもの、実際綺麗に整ってるおれの部屋を見て加古ちゃんは楽しそうだった。何が楽しいのかはわからなかった。

 

 絨毯にコロコロをかけて汗を更に掻きつつも、風呂が沸いただろうから掃除を止める。

 人間的には圧倒的に格が上がった気がするが、社会的地位に関しては滅茶苦茶下がった気もする。いやでも待てよ、特待生として進学校に入学できた時点でこれは転生チートなのではないだろうか。人生を自分の思うように進められるのは普通にチートだろ。

 どういう風に頑張ればいいかってのがわかってて、自分の力で実行できる。

 

 神様はおれにこう在れと願ったのだろうか。

 それとも面白おかしく生きてみろと微笑んでいるのだろうか。

 そんな事より見ただけで全てを覚えられるようなチート能力が欲しいんですが、後天的に付与する事は出来ませんか? 

 

 神様はクーリングオフはしないらしい。

 不幸な事にバスタブに罅が入っていてお湯が漏れまくっていたため、お風呂ではなくシャワーで全て誤魔化す羽目になった。

 

 

 

「はい、どうぞ召し上がれ」

 

 コトリと音を立てておれの目の前に置かれたのは、恐らく炒飯だと名前がついた謎の食べ物。

 赤い果肉と紅いまぐろ、この組み合わせがホカホカの炒飯の上に並べられているだけで食欲が失せてくるが、極めつけにメロンの果汁がしっかりと炒飯に含まれているのが駄目だろう。

 

 あの、これ、試食とかしましたか? 

 

「ええ。刺激的な味だったわ」

 

 味覚死んでんじゃねぇのコイツ。

 炒飯はパサパサなのが美味しいのに今回の場合メロン果汁でザバザバなんだよ。浸かってんだよ米がよォ! ぼったくり中華店でもここまでひでーのは出さねーぞ。

 

 でも目の前でパクパク食べ進める加古ちゃんを見るとそんな事も言えない。

 メロン味? まぐろ味? 炒飯? どこにフォーカスを当てればいいのかわからんくらい味が渋滞してるんだが、加古ちゃん的にはこれは失敗に入らないようだ。その内堤くんにもおすそ分けしてやるからな。

 

 覚悟を決めて、メロンとまぐろと炒飯を同時に口に放り込む。

 口の中でふんわりと香る甘い果実、生臭さが強く残ったまぐろ、甘ったるい液体をしっかり吸った炒飯。

 

 コラ~~~~~~! 

 これでもかってくらいザバザバの濃厚メロン果汁の中には米粒が入っており、怒りのあまり水で全部飲み込んでしまいました~~! 

 

「案外イケるわね」

 

 イケませ~~~ん! 

 加古ちゃんは味覚が駄目なんじゃないだろうか。

 いやでも、八割くらいの確率でちゃんとした炒飯が出てくるんだ。今日のは見え透いた地雷だっただけでいつもはもっとまともなんだよ。

 

 根本的に料理の腕(炒飯を作る腕と言った方が正しいかもしれない)は悪くない。

 ただ好奇心がおれを殺すだけで。

 

 せっかく作ってもらったし、二割の失敗を恐れて八割のごちそうを逃すわけにもいかないから必死に口に放り込む。

 感覚遮断的なチート能力これからくれませんか? そうしたら毎日加古チャーハン(加古ちゃんと炒飯を織り交ぜた激ウマギャグ)を食べても大丈夫な身体になる。女の子のためにチートを願えるようになるとは、おれも随分と成長したもんだぜ。

 

 ヴォエッ、吐き気が来る前に水で飲み込み呼吸を整える。

 ひっひっふー、ひっひっふー、痛みは感じてないが口の中に漂う不快感を水で洗い流してからスプーンを置いた。

 

 加古ちゃん、今回はあんまりよくなかった。

 

「そうかしら?」

 

 ……炒め物なのに、果汁で浸かってるのが駄目だったな。

 

「言われてみればそうね……」

 

 納得して頂けたようでなによりだ。

 メロンはメロン、まぐろはまぐろで食べた方が美味しい。

 生ものを混ぜるのは金輪際なしにしないか? 

 

「モノによるわ。コレ(・・)と思ったら作らなきゃ気が済まないもの」

 

 ですよね~。

 加古ちゃんはそういう娘だからな。

 将来彼氏になる奴は苦労しそうだぜ。

 

「次は納豆あんこ炒飯とかどう?」

 

 やめてくれ。

 おれは完食する自信が無い。

 

「なんだかんだ言って食べてくれるじゃない」

 

 食べない訳にはいかんだろ。

 せっかく作ってくれたんだしな。

 女の子の手料理だぜ。同級生が手料理作ってくれることなんて一度も無かったから毎日ウッキウキよ。でも味だけは保証してくれねぇかな。

 

「作り甲斐があるわ」

 

 キラリと顔を輝かせた。

 加古ちゃんも食べ終えたようなので食器を持って台所に向かう。

 ウチのキッチンは狭いからな。二人で料理とかマジで出来ないし、加古ちゃんにもこんな狭い場所で料理させるの非常に申し訳なく思っています。炒飯作れる程度の火力は出るのがまた怖い所なんだな、これが。

 

 作ってもらう代わりにおれは自主的に片付けをしている。

 一人暮らしなのに食器とかが増えてるのは喜ばしい事だろうか。陽キャ中学生ってこんな感じなの? 

 おれ陰キャだったから全然知らないんだけど。

 

 まじかー。

 これがデフォルトだとしたらそりゃあ『オタクくん……w』ってバカにされる筈だよね。

 

 皿を洗い終え、冷蔵庫の中からリンゴを取り出して皮を剥く。

 家事も必然的に自分でやらねばならないが故にある程度のスキルが磨かれた結果、料理もそこそこ出来る家庭派中学生へと進化した。勉強は特待生、趣味は読書、特技は家事。こんな優良物件他に居るかってくらいのアドバンテージを有しているが、不幸体質と天涯孤独というちょっと珍しい家庭環境がマイナスを呼んでいる気がする。

 

 どう? 

 加古ちゃん、おれと結婚しないか。

 

「■■■くんと? う~ん……」

 

 あ、悩むんですね。

 いーよいーよ、どうせおれはその程度の相手だ。

 陽キャ女の子に弄ばれてるN歳(名誉の為に伏字)の男です。

 

 何を考えているかはわからない表情でくすくす笑った後に、加古ちゃんは直球でおれを振った。

 

「だって■■■くん、私のこと好きじゃないでしょ」

 

 いやいや、好きだぜ。

 毎日炒飯が恋しくなるくらいには頭の中で想ってるさ。

 

「嫌よ。箔付けには使われたくないもの」

 

 うっ。

 べ、別にそんなつもりで言った訳じゃないぞ! 

 告白でもなんでもないし、冗談冗談。おれは今の加古ちゃんとの関係性がお気に入りなんだ。

 

 リンゴが丸裸になったので、食べやすいサイズにカットしていく。

 

 フルーツナイフは使いやすい。

 切れ味の悪い百均の包丁は野菜を切るにはいいんだが、鶏肉とか切るにはあまりにも適していない。切れ味が悪いとかそういう次元じゃないんだよな。

 でもお金ないし…………

 貧乏学生としてはもっとお手軽に使えるアイテムがあると助かる。

 

 皿にリンゴを適当に盛り付けて机の上に置く。

 ウ~ン、我ながらそこそこの完成度。どうぞ加古さま、納めください。

 

「そういう所は好きよ」

 

 女の子だし果物好きでしょ。

 そんな浅い考えでリンゴを手にした訳だが、思いのほか好評で安心だ。

 

 一欠片手に取って、うむ。

 まあまあだな。甘すぎないが酸味が強い訳でもない。

 スーパーに売ってる普通のリンゴだし、特筆するようなことは何もない。

 

 だってのに、加古ちゃんは楽しそうに食べてくれる。

 

 いい娘だね~。

 実際学校でもモテてるのにどうしておれに構ってくれるのだろうか。

 進学校とはいえ異性交遊が無い訳ではなく、加古ちゃんは美人なので人気がある。ちょっと不思議ちゃんっぽい部分も含めて魅力的なんて見方をしてるイケメンもいるくらいだ。

 

 これでまだ中学二年生なのだから恐ろしい。

 将来的に男を手玉に取る魔性の女になるに違いない。既に非モテ男代表格のおれが篭絡されつつあるのだからそれは確かだ。

 

「次はうさぎのリンゴが食べたいわ」

 

 へいへい、勉強しておきますよ。

 リンゴがお気に入りなのは覚えたからそこは任せてくれ。

 カレーの隠し味にリンゴって聞いた記憶があるけどなんとか組み合わせられるかな。いやでも、女の子にカレーご馳走するのってどうよ。ナシだろ。

 

 もっと良い香りの上品な料理を振る舞うべきだな。

 

 フォークでリンゴを突き刺して咀嚼する。

 シャクッといい音を奏でながら、口の中に甘い香りが広がる。

 絶妙な酸味がいい具合に組み合わさっているようで、加古ちゃんのメロンまぐろ炒飯を食べた後だと尚更美味しく感じた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「■■■、お前ちょっと成績やばいぞ」

 

 三者面談(先生とのタイマン)にておれが言われた言葉だった。

 中学生レベルの勉強とはいえサボることなく頑張っていたのにも関わらず、おれの成績は徐々に右肩下がりで落ちていた。

 しょうがないよね。

 だっておれ、勉強嫌いだもん。

 

 興味のあることしか集中できない典型的なタイプ。

 それでも生きていく上で頑張らなきゃいけないとはわかっていたので毎日勉強は欠かしていなかったのに、中学三年の夏でコレである。

 夏期講習とかいくお金ないしなー。

 自分の力で頑張るしかないんだけど、やり方が悪いのかな。

 

 先生の言葉をまとめると、『進学校のウチでこの成績は悪くないしいい方だけど特待生としてやっていくにはちょっと厳しくなってる』とのこと。

 特待生ってそういうモンなのかな。

 まあ入学時だけ努力して在学中に適当やる奴がいたらマズいか。

 

 先生はおれの事情をそこそこ知っているし結構親身に考えてくれる人なので、『高校で特待生を得るにはもっと勉強しないとキツいぞ』ってことなんだろうな。

 う〜ん、現実は非情なり。

 おれはおれなりに努力しているのにそれが実を結ぶとは限らない。

 気持ちだけじゃクリアできないもんなんだよな〜、現実って。

 

 近況や進学先の話をして、いや〜将来不透明っすね〜ワッハッハーと話をして終了。

 あー、辛ぇわ。

 精神年齢はそこそこ上のはずなのに、身体に引っ張られてるのか脳機能の問題なのかは知らないが、めっちゃ不安定。

 

 簡単に言うとヘラりやすい。

 

 しょぼしょぼしてるぜ。

 堤くんがいれば現実逃避の賭け事ができたかもしれんが、そもそも堤くんは成績優秀。進学校に来てないだけで普通校で上位20人くらいには入ってる。でも進学校と普通校じゃあ勉強してる範囲が違うから頼りにすることはできない。

 

「あ、■■■くん」

 

 そう言うキミは加古望ちゃん。

 出席番号順じゃないのか。

 

「何時でもいいって提出したらこの時間になったの」

 

 加古ちゃんからは溢れ出る不思議美女オーラがあるのだが、加古ちゃんママはそうでもない。

 普通のお母さんって感じがする。

 

 どうも、いつも望ちゃんに美味しい炒飯をいただいてます。

 

「こちらこそどうもありがとうね〜。望ったら料理が好きなのはいいけど、色々アレンジしようとするから……」

「お母さん。先生が呼んでるわ」

 

 パタパタとスリッパの音を立てて教室に入っていく加古ちゃんママ。

 

 おれと加古ちゃんってどういう関係で見られてるの? 

 

「仲の良い男女じゃないかしら」

 

 まあおれも加古ちゃんみたいに可愛い子とそう見られてるのは嫌じゃないが……

 加古ちゃんも変わってるね。

 

「そう?」

 

 うん。

 その、あれじゃん。

 おれのこと振ったじゃん。

 

「…………ああ、去年の話。別に振ってないわよ」

 

 えっ。

 

「そんなことも見抜けないんじゃまだまだね」

 

 くすくす楽しそうに笑って加古ちゃんは教室へと足を進めた。

 お、おれは精神年齢N歳……中学生に惑わされるような弱さはしてない。素数を数えろ、1・3・5・7・11・13……! 

 

「少しは調子が戻った?」

 

 む。

 ……………………。

 

「顔に出てる。今日行くから教えなさい」

 

 いやっ。

 何もないから話すようなことも無いな〜って感じするわ。

 

「はいはい。それじゃあ後でね」

 

 教室に加古ちゃんが消えていった。

 ふ〜〜……

 敵わないな。

 

 もうおれの唯一のアイデンティティである『転生』した事実を忘れた方がいいかもしれん。

 授かったチート能力は発現しないし。

 世界を救うってなんだよ。

 宇宙人でも襲ってくんのか? 

 

 もしそうだとしたらおれが今積み上げているもの全てが壊れるんだが、流石に耐えれないから勘弁してほしい。

 神様〜〜、どうかおれに祝福を。

 幸せを願うくらいの幸福を頂いてもよろしいでしょうか。

 

 ササッと家に帰宅していつも通りのルーティンを終わらせ、Tシャツ短パンに変身したおれは椅子に腰掛けた。

 

 な〜にが転生者じゃ。

 中学生の勉強すら一番上を維持できないくせに自分を特別扱いする意味なくないか。

 自分が虚しいだけだ。

 精神年齢が高くて馴染めないと言い訳をして、おれは目を逸らしているだけ。

 

 結局のところ、自分の社交性が問題で友人が出来ないだけだ。

 大きなグループに属することが出来ないのはおれに問題があるからで、幼稚なのもおれ。

 

 あ〜あ、嫌な現実。

 でも逃げられないしな。

 何もかも捨て去ってでも勉強に集中して、テストで点をとる。今のおれに求められていることはそれだけ。

 

 ふー…………

 

 疲れたな。

 あ、やばいかも。

 涙出てきた。おれって本当にメンタル弱いな。

 もっと頑張らないと。

 

 ちょっとだけ。

 ちょっとだけ寝よう。

 そうすれば復活できる。辛い時は寝て体力と心を休ませるんだ。

 あー、胸のあたりがズキズキする。久しぶりにこんな感じになるな。

 

 ストレスに強い人間だったらよかったのに。

 せっかくなんだからそれくらいの特典つけてくれてもよかったじゃねぇか。

 神様は思っているより理不尽で不平等だ。育った環境がモノを言うならおれに言い訳できる余地はなく、生まれた瞬間に全てが決まっているとしたら、そんなにも悲しいことはないだろう。

 

 母親はいない。

 父親もいない。

 祖父も祖母もすでに亡く、親族に連絡をとる手段すらおれには残っていなかった。

 

 施設の人は優しかった。

 優しかったけど、どうしようもないくらいに他人だった。

 親としてではなく教育者としておれに触れ合ってくれた。それが嬉しくなかった訳ではないし、寂しくない訳でもなかった。

 

 でも絶対的に助けてくれる人たちじゃあない。

 おれが将来に困っても助けてくれない。親と他人じゃあ決して埋められない溝がある。

 

 …………ああ。

 そういうことか。

 おれはもう、逃げ場がないんだ。

 

 だから、逃げ場がないのに──崖っぷちだぞと宣告されて、想像以上に苦しんでるのか。

 

 理由はわかった。

 一回寝させてくれ。

 この心を落ち着かせるには、頭をリセットする必要がある。

 

 深呼吸のように息を吸って、吐いて。

 カーテンも閉め切ったおれの小さな城は相変わらずボロいけど、クーラーも何もついてない地獄のような環境に唯一通過してくれる風だけが救いだ。

 

 カチ。

 ガチャガチャ。

 ドンドンドン! 

 

 はいはいわかってました。

 どうせ来るだろうとは思ってたよコンチクショー! 

 さっき言ってたもんな! おれが悪かったよ、勝手にヘラって。

 

 起き上がって玄関まで歩き鍵を開ける。

 

「来るって言ったでしょ」

 

 どうやらおれが鍵を閉めていたことに立腹しているらしい。

 防犯上の理由で閉めなければいけなかったんだ。合鍵を渡すのは流石にアレだし。

 

 手に持っていた袋を受け取って中に招き入れる。

 

 これは……リンゴか。

 おれが適当に買ってくるリンゴより真っ赤で美味しそうなんだけど、これ高級品種だったりしないよな。

 

「あら、よくわかったわね」

 

 マジかよ。

 あの加古ちゃんが悪魔的炒飯の素材以外をおれにくれるなんて……! 

 ヘラってみるもんだな。

 

「今日はそれを使うの」

 

 神は死んだ。

 なあ、高級品を台無しにするのやめないか? 

 おれは加古ちゃんの炒飯は好きだが、それはそれとして果物は好きなんだ。好きな物を全部混ぜれば美味しい時もあるが今回ばかりは別々に食べたいな~っておじさん思うワケ。

 

「今日は煮込み鯖リンゴ炒飯よ」

 

 人が食べれるものなんですかねそれ。

 鯖と果物って絶望的に合わなさそうだけどどうするん。試食とかした? 

 

「メロンの時は果汁が原因だったわ。今回は最初からリンゴを炒めておくことで無駄なく処理するつもり」

 

 ん~~そっかそっか、失敗から学んでるね~。

 違うだろ。

 まず混ぜちゃいけないって言ってんだよ。

 

「なによ。私なりに反省して半年間は果物使わなかったじゃない」

 

 復活したら意味ねンだわ。

 

 おれの不安を他所に加古ちゃんは自信に満ち溢れた表情でテキパキと材料を並べていく。

 

 加古ちゃんがおれに興味を持ち話しかけてきたのは中一の夏頃。

 テストで毎回一位争いをしている癖に全然目立たず本ばかり読んでいるガリ勉イケメン(自称)を見て何故か絡んできて、趣味の炒飯作りを振舞ってくれた。

 

 なんと六歳の頃から作り続けてるらしい炒飯作りだが、個人的お気に入りリストは充実してきたから他人に作りたくなったらしい。加古ちゃんらしいと思う。

 

 もう二年くらい経つのか。

 二日に一回のペースでおれの家に来ている加古ちゃんだが、何故か学校では浮わついた噂が立たない。

 まあ不思議ちゃんだし、「そういう子」で収まる範疇……範疇なのか……? 

 

 おれは少なくとも加古ちゃん関連で男に絡まれたことはない。

 

 ねぇねぇ加古ちゃん。

 

「なに?」

 

 加古ちゃんって好きな男いるの。

 

「…………どう見えるかしら」

 

 いないと思うわ。

 そうじゃなきゃおれに構ったりしないし。

 

「■■■くんって、そういう所あるわね」

 

 ん? 

 炒飯を炒め始めたからなにも聞こえなかった。

 まあまだ中学生だし、そんな何でもかんでも恋愛にこじつけるのは悪いな。

 

 カンカンカン、とフライパンを叩く音がする。

 流石に家庭で本格的な中華設備は整えられなかった。つーか道具の殆どが加古ちゃんによる持ち込みなんだが、たまにアップグレードされてる所を見るにかなり手をかけている。

 おれの百均製包丁を見て珍しく表情が固まっていたのはいい思い出だ。

 

 あー、制服でエプロンの女の子が部屋にいるのって冷静に考えるとすげーな。

 前世のおれじゃあ考えられなかった話だ。

 やはり顔か。おれの転生チートは顔だったのか。 

 イケメンに生まれたのは誇らしいことだ。親から貰った身体なんだから大切にしろ、なんてのは詭弁だな。

 

 所詮世の中は顔だ。

 

 そんな風にいじけていたところ、机に山盛りの炒飯が盛られた。

 あの……なんか量が多くないですか? リンゴに至っては突き刺さってるんですけど。

 

「育ち盛りだし食べれるでしょ」

 

 そういう問題じゃなくね? 

 スプーンを突き刺してみた感じ味は問題なさそうだ。鯖が入ってるらしいんだが見当たらない。

 加古ちゃんはすでに食べ進めている。顔色に変化はなし、少し耳が赤いくらいなので辛いのか……? いや、材料的に辛く出来るのは胡椒しかないし……

 

 香りはあまり悪くない。

 炒飯らしいしょっぱそうな香りに加え甘いリンゴの匂い。鯖の匂いはしない。

 でも具を見たら鯖っぽいちっちゃいのがあるから多分これだな。めっちゃ丁寧に下処理した? もしかして。

 

 一口頂く。

 …………うまい。

 ここ一週間毎回当たりだったからそろそろ下振れするかと思ったが、加古ちゃんの料理の進歩は目覚ましいな。元から成功率は高かったがこんな見えすいた地雷をテーマにして完成させるなんて……! 

 

 ふっ。

 流石は加古ちゃんだ。

 将来いいお嫁さんになること間違いないな。

 

 加古ちゃんの料理を毎日食べられる奴は羨ましい限りだ。

 

「……で。なんで今日はあんなにしょぼくれてたのよ」

 

 そういやそれが本題だったな。

 焼きリンゴ(これが正しい名前なのかは不明)を単品で貪りつつ、そういう日だったと濁すことにする。

 中学生に相談する内容じゃないし。人生がちょっと詰みかけてて頑張らなくちゃいけないってだけで、別にそんな悲観することでもない。おれが知らないだけで世界にはもっと苦しんでる人もいる。

 

 やるべきことがはっきりわかってるのだからいいじゃないか。

 

「ウソね」

 

 見抜かれちゃった。

 加古ちゃんって不思議ちゃんな部分が多いのに、めちゃくちゃ鋭いんだよな。

 

「成績でも落ちた?」

 

 ギクっ。 

 

 な、なんの話かな。

 おれは君より成績がいいから心配される筋合いはないね。

 

「私は本気出してないだけだからいいの。■■■くんは違うでしょ」

 

 …………よくわかってるじゃん。

 炒飯を食いつつ、加古ちゃんの話に耳を傾ける。

 

「特待生制度はよく知らないけど、■■■くんの事情なら知ってるつもり」

 

 なるほどね。

 

 確かに最近思い詰めるようなことなかったし。

 それこそテストの点も少しずつ落ちてるくらいでそこまでは悲観してなかった。今すぐに制度資格失効なんて鬼畜な話じゃないし、このままだと将来やばいよってだけの話。

 

 そして、もし失敗してしまえば。

 

 おれの人生は一気に堕ちていく事実に怯えて、それを誰も助けてくれない現実が嫌で、精神的に少し思い詰めただけだ。

 

 その旨を濁して伝える。

 正直、情けない。

 相手は中学生だ。

 中学生の女の子にこんなこと相談したってどうにもならない。

 

 でも加古ちゃんは、おれとは違って賢い娘だ。

 これだけ仲良くしてくれる子に嘘を吐き続けるのもよくないような気がする。少なくともおれは加古ちゃんのことを気の知れた友人だと思っているし、どれだけ偏屈な考えをしても、嫌いでどうでもいいやつに数年間手料理を振る舞う女の子はいないと思う。

 

 だから、その…………

 あれだ。

 自信はないけど、加古ちゃんには話しておくべきだと思ったんだ。

 

 友達だから。

 

 おれの話を聞き終えて、加古ちゃんは水を一口飲んだ。

 せっかく作ってくれた炒飯も冷めてしまった。

 スプーンで一掬いして、口に運ぶ。

 

 冷めた米とリンゴがぐちゃぐちゃに混ざって、さっきまでは美味しく感じていた筈なのに、おれの味覚は正常に働いてくれなかった。

 緊張からか妙に喉が渇いてしょうがない。

 口の中のものを全部飲み込んでから、改めて水を流し込んだ。

 

「…………要するに」

 

 ゴクリ、と喉を鳴らす。

 

「勉強すればいい訳ね」

 

 そういうことです。

 長ったらしく泣き言をつらつら書き連ねたが、要するにおれの努力不足。

 頑張って勉強して安定した人生を送ればいいですよってだけの話だ。

 

「歯痒いけれど、私がしてあげられることは無いわ」

 

 だろうね。

 成績だけならおれの方が上だし、加古ちゃんはおれと同じタイプだろ。

 出来るだけ自分の興味のあることしかやりたくないし力を使いたくない。目的を達成するためならそれなりに苦労はできるけど、それに全力を費やすのは好きじゃない。

 

 大丈夫だ。

 聞いてくれてありがとう、結構気が楽になったよ。

 加古ちゃんがいてくれて助かった。

 

「…………ふふっ。そう?」

 

 おうともさ。

 情けないところ見せるのは正直、本当に、非っ常〜〜にいやだ。

 おれがくそ情けない転生(笑)野郎なのはいい。百歩譲っていいが、最後の砦である女の子への意地だけは残しておきたかったのだ。

 

 だって今世顔がいいし。

 

「言っておくけど、あなた結構モテてるのよ」

 

 マジ? 

 

「大マジね」

 

 おっ、まじか。

 結構自信湧いてきたかもしれん。

 確かにおれの人生は崖っぷちで後戻りのできないものかもしれないが、生きてるだけで女の子がおれのことを認めてくれるならそれはそれでいいんじゃないか。おれのことを好きって言ってくれる女の子を好きになる自信がある。

 

 ……あれ? 

 でもおれチョコとか貰った記憶ないんだけど。

 加古ちゃんに作ってもらったチョコチップ炒飯(封印したい記憶)しか覚えがないね。

 

「それとこれとは話が別ってことじゃない?」

 

 そういうものなのか……

 まあ、女の子が言うんだから間違いない。

 

 先程まで緊張でズキズキ痛んでいた胸の痛みはすっかり鳴りを潜め、加古ちゃんとの僅かなやり取りでおれの気力は回復した。

 我ながら現金な奴だとは思う。

 でもしょうがない。

 かわいい女の子と二人きりで会話して励ましてもらえるなんて夢みたいだから。

 

 会話が一段落したので、すっかり冷めてしまった炒飯を一度温め直すことにした。

 レンジはそこそこの性能のやつがいつの間にか設置されており、持ち込んだ加古ちゃん曰く「家で使わなくなったもの」らしい。おれが必要最低限だと思って買ったレンジより全然性能良かったのでありがたいんだが、そこまで世話されてしまうと加古ちゃんママに申し訳なくなってくる。

 

 リンゴ温めていいのかね、これ。

 

「多分ダメね」

 

 おれのやつホカホカなんだけど……

 

「リンゴ単品で食べるなら砂糖をかけると良いそうよ。■■■くんは甘い炒飯をご所望?」

 

 いいえ! 

 しょっぱい炒飯大好きです! 

 

 無事に温まった炒飯を食べ終えて食器を片付け、今日の宿題を確認する。

 ちゃんと色々考えながらやろうとは思ってるんだけどな〜。どうにもおれは勉強の仕方がダメなのか、覚えが悪いのか。下手なんだよ。

 

 前世でまともに勉強してこなかったから、とりあえずテスト用に詰め込むことは出来るんだが……数式とか応用系がすごく苦手。体育も苦手。身体を動かすのは得意じゃない。

 そんな風に机と睨めっこしていると、後ろから加古ちゃんが覗き込んできた。

 

「…………明日、放課後空いてるかしら」

 

 明日? 

 まあ、もちろん空いてますけど……

 堤くんも受験の時期だしあまり遊んでないって言ってたし、おれもそれに倣ってあまり遊ぶことはない。堤くんがゲーセンに通ってる間にかわいい女の子がご飯作ってくれるようになったと言ったら泣きながら喧嘩に発展したが、その後変な炒飯を実験台として与えられている事実を伝えると泣きながら同情してくれた。

 

 加古ちゃんがおれに予定聞いてきたの久しぶりじゃね? 

 前に聞いてきた時はアップルパイのお店に行きたいってのに着いていったとき。あれは今思うとデートじゃないかと思わなくもないけど、何でもかんでもそういう風に思うのもよくないと自省したばかりだ。

 

 なになに、連日炒飯作ってくれる? 

 それともあれか、近所のお好み焼き屋さん連れてってくれるのか。

 

「それは明日のお楽しみ。とりあえず今日は帰るわね」

 

 送ってくよ。

 もう暗くなり始めてるし。

 

 制服の加古ちゃんとTシャツ短パンのおれ。

 組み合わせとしては悪いんだが、おれの顔がそこそこ整ってるからまだ許されてるかもしれん。

 軽く世間話に程度の話をしつつ、加古ちゃんの家の前に着いたのでそこで別れた。

 

 ふー……

 世界の危機を救うどころか、おれの人生の危機をただの女の子に救われてしまった。

 神様はまだおれの人生を見てるのだろうか。もし見てるとすれば、どういう感想を抱いているのか。そもそも神様が求める道楽ってなに。わからない。

 

 一体どんな能力を与えてくれたのだろうか。

 死の間際にしか発動しない系の能力とか? そもそも与えられてない可能性の方が圧倒的に高いから、もういっその事忘れたいな。

 

 おれの自尊心はすでにズタズタで、プライドもなけなしのものが残っていたけどついさっき捨てた。

 おれは別に特別じゃない。

 ありふれた凡人で、人生の選択肢を多く与えられた側じゃない。

 言うなれば主人公じゃあないんだ。

 

 …………とりあえず。

 おれにできることからやっていくしかない。

 現実はいつだって非常である。

 

 ふー〜〜……

 

 仕方ない。

 加古ちゃんに失望されないためにも、おれなりにもっと頑張るしかないな。

 

 とりあえずダメだった教科の基礎から勉強し直すか。

 中一の範囲から問題解き直して行こう。

 

 

 

 翌日。

 

「お前が■■■か」

 

 そうですけど……

 加古ちゃんに呼ばれた場所には何故か男がいた。

 正確には加古ちゃんもいるけど、おれの知らんイケメンと気の良さそうな男の子が一人。

 

 え、なに。

 

 このイケメンめっちゃ無愛想なんだけど。

 ついに取り立て? 友情料の取り立てに来た? 加古ちゃん。

 

「そんな訳ないでしょ」

 

 ため息を吐きつつ、加古ちゃんは説明してくれた。

 

「こっちの無愛想な方が二宮(にのみや)くん、優しい顔つきの方が来馬(くるま)くんよ」

「……お前、なにも説明してないのか」

「加古ちゃんらしいね……」

 

 ふむ? 

 どうやらなにかしら事情があるらしいな。

 実は私の男なのって言われたら泣きながら地面に顔を打ち付けつつ祝福(怨嗟)を送るところだったが、そこまで無慈悲な女王様ではなかったようだ。

 

こいつ(加古)が珍しく頼み事があると言うから来てみれば……」

 

 頼み事? 

 おれ何にも聞いてないけど、どういうことっすかね。

 加古ちゃんに視線を向けると全く悪びれた様子はなく、疑いの目を向けている自分が間違っているのかと思うくらいにまっすぐおれを見ていた。

 

「伝えてないもの。知ってる訳ないわ」

 

 ……??? 

 

「帰る。馬鹿にしやがって……」

「ま、まあまあ二宮くん。■■■くんが困ってるのは本当だと思うよ」

 

 フン、と鼻を鳴らして背の高いイケメンは不愉快そうにおれを見る。

 おれが困ってる…………え、昨日の話? 

 奨学金のプロフェッショナルとかそういうこと? 

 

「違う違う。この二人の成績は私の知り合いで一番良いから、あなたの家庭教師としてどうかと思ってね」

 

 ほへ〜。

 二宮……あぁ、思い出したぞ。

 おれが一番高得点取った時の数学で満点取って一位を譲らなかった奴、来馬くんは一番得意な国語と社会で毎回おれ以上の点数とって譲ってくれない憎き奴。

 

「に、憎き奴……ぼくも■■■くんの名前は知ってたんだけどね。特待生制度で入学した一人暮らしの変わった子って噂」

 

 なんだその噂。

 その噂が立ってて話かけてきたのが加古ちゃんだけってマジ? 

 

 相変わらず加古ちゃんは楽しそうに微笑んでいるが、対象的に二宮くんは苛立ちを隠せない様子。

 来馬くんはそんな二人を見て困った顔をしている。

 

「俺はお前に興味はない。だが、こいつ(加古)に舐められたままなのは容認できない」

 

 え、なんの話? 

 そう思って加古ちゃんに視線を向けると、謝るような仕草で手を合わせていた。

 

「…………加古、それも嘘か」

「嘘じゃないわ。一緒に勉強(・・)をしていたのは事実よ」

 

 炒飯の勉強ならしてますけど。

 おれがその一言を告げると、二宮くんは盛大なため息を吐いた。

 

「なら話はここで終わりだ。加古、どうでもいいことに時間を使うのはお前の勝手だが──俺を巻き込むな」

「どうでもよくなんてない」

 

 なんか喧嘩しそうな雰囲気なんだけど……

 来馬くんに視線を向けると、彼もおれのことを見ていた。

 いや止めれないよ。

 事情知らないもん。

 

「俺達は受験生だ。無駄に時間を使うことは許されない」

「あら、困っている人に手を差し伸べる余裕もないのかしら。二宮くんらしいわね」

 

 ピクリと眉を顰める二宮くん。

 薄ら笑いを浮かべてはいるが目が笑ってない加古ちゃん。

 おれに止めて欲しそうな視線をバチバチ向ける来馬くん。

 

 ふ〜…………

 

 事情もなにも知らんが、とりあえず加古ちゃんが悪いのはわかる。

 煽るのをやめて話を聞かせてくれ。

 どっちの肩を持つこともできないし、おれが悪いなら謝る。

 

 睨み合いは終わったが、加古ちゃんはおれから顔を逸らした。

 えぇ……なんかやっちゃった? 

 不思議ちゃんではあるけど、筋の通らないことはしない子だ。

 何か理由があるとは思うのだけどおれに説明する気はないらしい。

 

「…………あっ、そういう事か」

 

 夏場だと言うのに冷え切った空気の中、来馬くんが納得の声を上げた。

 

 ちょいちょいと二宮くんだけを呼ぶように手を動かし、二宮くんもそれに対して眉一つ動かさず応じた。

 高圧的なだけの人かと思ったけど思ったより素直なんだな。

 イケメンでギャップのある俺様系男子、か…………

 

「……加古が? 冗談だろう」

「いやでも、そうじゃないかな。多分そういう事だと思うよ」

 

 驚いた表情の二宮くんが加古ちゃんを見る。

 相変わらずおれから見えない角度に顔を逸らしているが、その姿を見て二宮くんは大きな大きなため息を吐いた。

 

「最初から素直に言え。こんな滅茶苦茶な話にならずに済んだ筈だ」

「うるさいわね。二宮くんのくせに」

 

 今度は切れ味がないな。

 二宮くんも感じていたのか、ピクリとも表情を動かさずにおれの方を見る。

 

 あー、そのさ。

 さっきおれの家庭教師をしてくれるって言ってたよな。

 

「お前に時間を使うという事がどういうことか、理解しているか」

 

 そりゃ当然。

 おれたちは今年受験生だ。

 受験生の夏休みは大事、夏期講習に行くなり塾に行くなりやることはたくさんある。それも全部将来のために、道に迷わないための選択肢を手に入れるための時期。

 

 同い年で成績優秀な人間に教えを請うことがなにを意味するか。

 それくらいはわかってるつもりだ。

 

 二宮くんの表情は動かない。

 おれを測っているのか、時間を使うに値すると考えてくれているのか。

 素直に言えってさっきは言っていた。多分二宮くんは、包み隠され煙に巻かれるような言い方を好まない。加古ちゃんと相性が悪そうに見えるのはそれが原因だろう。

 

 だからおれは正直に言う。

 アホほど情けない話だが、おれは崖っぷちだ。

 ここで意地を捨てて他人に助けを請わなくちゃやっていられないという予感すらある。

 

 二宮くん。

 おれは天涯孤独で、頼れる大人はどこにもいない。

 成績が落ちたのはおれの自己責任だ。誰のせいでもなく、ただおれの頭が悪かった。それだけの話。

 

 唯一相談できる友達が、おれのことを考えて、こうやってチャンスをくれた。

 おれは逃したくない。

 多分だけど、ここがおれの人生における岐路だと思う。

 おれはそれを大袈裟だとは思わない。

 

 二宮くん、来馬くん。

 本当に情けない話ですまない。

 おれが一人で努力してなんとかできる状況じゃなくなった。二人に迷惑をたくさんかけると思う。

 

 おれに勉強を教えてくれ。

 

 もうN歳だなんだのと言い訳するプライドは要らない。

 加古ちゃんがなぜわざわざ周りくどいやり方をしたのかはわからないけど、でも、ヒール役になることも厭わないくらいにはおれのために行動してくれた。その事実を無碍にしてまで意地を張るつもりはない。

 

 おれは優秀な人間じゃない。 

 中学校の勉強ですら一番を維持できず、高校でトップクラスの成績に食い込めるかどうかも不明。特待生として入学しなければおれの人生の時間はどんどん費やされていくだろう。アルバイトを始めて生活費を稼ぎ、成績を維持するために夜更かしをして、授業に集中できずに成績を落とし、アルバイトをしているから勉強する時間もとれず────安易に予想できる、おれの近い将来だ。

 

 それは避けたい。

 高校に進学してもおれは加古ちゃんとの関係は維持したい。

 好き…………かどうかは、わからん。でも、友達としての距離感は保っていたい。加古ちゃんの炒飯を忘れたくないからな。

 

 おれが頭を下げてたっぷり三十秒くらい。

 二宮くんがなにを考えたのかはわからないけど、とりあえず納得はしてくれたみたいで。

 

「…………いいだろう」

「ぼくも協力するよ」

 

 …………いいのか? 

 自分で言っておいてなんだけど、結構無茶苦茶言ってるぞ。

 

「珍しいモノを見せてくれた礼だ。それに、他人に教えることで自分が理解出来てない部分を知ることも出来る」

 

 大人だ……

 くっ。

 イケメンでクールで大人。

 勝てる要素が一個もねぇぞ。どうなってやがんだ神様ぁ! 

 

「……加古。お前本当にコレ(・・)なのか?」

「なんのことかわからないわ」

 

 くそっ、親しげに話しやがって。

 おれの方が加古ちゃんと仲良いからな。多分。

 否定されたら嫌だから絶対言わないけど。

 

 そしてよろしく来馬くん。

 おれのことを是非助けてやってくれ。

 

「う、うん。なんだか凄い自信だね」

「話してみると面白いタイプなのよ」

 

 まあ学校じゃ根暗ぼっちだからな……

 それを言われると何も言えない。

 

 おれァ■■■ってモンだけどよォ、オタクが来馬くんで間違いねぇか? 

 

 ノリに乗ってオラついてみたが、来馬くんには苦笑され加古ちゃんはいつも通りくすくす笑い二宮くんは真顔だった。

 

 へへっ……

 協調性ねーわおれら。

 確信した。

 全員バラバラの性質すぎて本来は混ざり合うことがなかった組み合わせが輝いてる気がする。

 

 よろしく三人とも。

 どうかおれを助けてくれ。

 こう見えて結構ガチ目に困ってるんだ。

 

「だろうな」

 

 二宮くんが同意してくれた。

 来馬くんも神妙な顔つきをしている。

 加古ちゃんはどことなく申し訳なさそうな顔だ。

 

 三人とも賢いなぁ。

 おれが置かれている状況を理解して、その手助けをする事の大きさを正確に理解してる。

 おれが中学生の時(前世)はもっと馬鹿だったぜ。

 進学校だから? いや、違うな。

 

 単に皆が優れているんだ。

 

 そんな三人が、わざわざおれのために手を貸してくれる。

 

 逃げ場はない。

 それでも。

 おれにとってそれだけで十分に救われたような気分だった。おれは一人じゃないんだと、少しでも思えたから。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから、おれの日常はそこそこ変わった。

 昼休み、給食を最速で食べ終えて図書室にGO。その日の授業の復習を軽くノートに纏めつつ、十分後くらいに二宮くんと来馬くん、加古ちゃんが来てくれるのでそれから勉強を始める。

 図書室の利用方法としてはあまり正しくないかもしれないが、先生と図書委員に事情を話して許諾を貰った。

 

 図書委員はともかく先生方は快く受け入れてくれた。

 正直、滅茶苦茶ありがたかった。

 おれが頭一つ下げて他の方法を模索していれば、こんなにも一気に状況が変わっていたのかと今更思った。

 

 放課後、加古ちゃんはともかく二人とも用事があったりするのでそこら辺を考慮して五時頃におれの家に集まる。四人入るにはちょっと狭かったが、布団を押し入れに収納したり手を抜かずに整頓したら案外なんとかなった。

 

 毎日は無理だけどな。

 三日に一回くらいのペースで二人で来る。

 加古ちゃんは変わらず二日に一回のペースできた。二人で勉強するのも結構楽しいものだった。

 

「…………加古。なんだこれは」

「なにって、炒飯よ」

 

 時間が遅くなり加古ちゃんが手料理(魔改造炒飯)を作った時は傑作だった。

 来馬くんは先入観に囚われずホイホイ口に運ぶおれを見て食べ、信じられないような顔をしながらおれを見つめる二宮くんは写真にとっておけばよかったと思うほどだ。

 

「俺は食わん」

「あら、二宮くんともあろう者が炒飯から逃げるのね」

「……なんだと」

 

 チョロいな……

 煽られて眉をピクリと反応させる二宮くんは何度見ただろう。

 クールで冷静かと思ったが、おれの想像する以上に煽り耐性がなく感情的な男だったのだ。

 これはずるいだろう。

 顔が良くて俺様系なのにおもしれー男とか最強じゃん。

 

 その後結局食べてた。

 意外と美味かったらしい。

 

 一学期の成績を微妙に終えてしまったので、本命はこの夏休みだった。

 二宮くんも来馬くんも塾に行ったりはしないが、それでも勉強に時間を費やすつもりだったらしい。だからまあ、勉強に集中できる環境を作れるのはプラスになると判断してくれたのだろう。

 

 二日に一回のペースでおれの家に来て勉強をして、クーラーがないおれの家が暑すぎてキレた二宮くんが家に招き入れてくれたり、来馬くんの家は実は豪邸だからおれに見せないようにしてたと回りくどい気配りを知り、加古ちゃんの家はほぼ毎日送り届けているので最早加古ちゃんママとパパの知り合いになってしまった。

 

 そうして夏休みを過ごし、中学三年の夏休みだと言うのに特別なイベントも何も起きず勉強漬けで終わった。

 

 その甲斐あって夏休み明けのテストは全教科高得点を維持できたし、二学期の総合的な評価も満足のいくものだった。

 二宮くんや来馬くんも成績が下がるどころか上がったようで、ほっとした。

 

 加古ちゃん? 

 加古ちゃんはアレ、うん。

 かなり上がったけど本人はなんとも思ってなさそうだった。らしいよね。

 

 打ち上げと言うのが正しいのかはわからないが、冬休みの直前に四人で行った焼肉は格別の味だった。

 なぜ焼肉なのかって? 

 おれが行きたかったからだよ! 

 こちとら生まれてこの方一度も焼肉屋で肉焼いてないんだぞ。

 

 その事実を伝えると二宮くんが一番乗り気になった。

 アイツ訳わかんねぇわ。めっちゃ良いやつで面白いんだけど。

 

 もちろんおれはお金が心許ない(非常にやんわりとした表現)ので安い食べ放題がいいと言ったのだが、なぜか焼肉に詳しい二宮くんがそこそこのお店に行くと言い出した。来馬くんもめっちゃ乗り気だった。おれが一番怖くなってた。

 

 もちろんそんな金はないからいいと言ったのだが──なんと男来馬、親の経済力を遺憾無く発揮しおれに一食分奢ってくれると言い出した。

 まじヤベェよ。

 いくら親が金持ちでも中学生だぞ。

 中学生でこんな脂乗ってる和牛食っていいのかよ……

 そう思いながらおれに遠慮する選択肢はなかった。

 

 目の前にあんな美味しそうな肉があって食べないのは無理。

 来馬くんの奢りに肖るのは非常に心苦しかったが、この恩は一生懸けて返すつもりです。

 

 そして、冬休み。

 受験の最後の追い込みを四人でしていたときの話だ。

 

 

 

「初詣に行きましょう」

 

 ……初詣。

 これまた突飛な話だね、加古ちゃん。

 

「お前はいつも唐突すぎる」

「初詣かぁ……」

 

 おれは当然家族がいないから暇なんだが、三人はそうじゃない。

 それぞれ家庭があって家族がいる。中学三年生の半年間をおれが束縛してしまっているのだから、そんなところまで付き合わせてしまうのは正直申し訳ない。

 

 その旨を伝えると、三人揃って呆れた表情になった。

 

「今更ね」

「今更だ」

「今更だね」

 

 な、なんだなんだみんな揃っておれのこと責めやがって。

 終いには泣くぞ! 

 

 二宮(・・)が。

 

「黙れ」

「言うようになったわね、二宮くんも」

 

 当然のように加古ちゃんが作った炒飯、通称加古炒飯(命名:おれ)を食べる二宮が睨んでくる。

 へっ、今さらその程度の脅しなんか怖くないぜ。

 総合的な評価では負けたが、国語社会はおれの勝ちだからな。

 そこ忘れんなよ。

 

「俺の方が勝ち越している。お前が威張れるのはそれだけだし、そもそも来馬に負けてるからノーカウントだ」

 

 あっ、それはずるじゃん。

 そんなこと言ったら二宮も来馬くんに負け越してるが? ん? 

 

 視線を合わせてバチバチ睨み合うおれたちだが、その手と口が止まることはない。

 

「まあ、ひとまず安心ね。■■■くんの成績に関しては」

 

 その件を出されればおれに出来る行動は平伏するのみになってしまう。

 大変お世話になりました。

 三人がいたお陰で首の皮一枚繋がっています。

 

「力になれたなら良かったよ」

 

 来馬くん、聖人すぎ。

 友達だからって凄い親身になって教えてくれたお陰で、来馬くんに二点差くらいで負ける程にはおれの成績は上がった。

 コレ嬉しく思って良いのかな、良いよね。

 

「元々お前は出来る教科は出来ていた。苦手分野を克服すればこの程度は容易かった筈だ」

 

 マジでこいつ素直じゃねぇな。

 いや、めっちゃ素直なんだけどさ。

 今言った言葉も『俺は元々お前のことできる奴だと思ってたぜ』だし。

 

「本番が控えてるけど、一つだけいいかしら」

 

 ネギ筋子炒飯(当たりだった)を食べ終えて、おれはとりあえず加古ちゃんの話に耳を傾けることにした。

 

「なんだかんだ半年間、結構長い付き合いをしてきたのだけど────私たち学生らしいことしてないじゃない」

「…………十分してるだろ」

 

 おやおや? 

 

 二宮的にはおれたちは十分学生らしいことをしているらしい。

 確かにな。放課後家に集まって勉強とか仲の良いグループですらあんまりやらんだろ。遊ぶとかじゃなくて勉強がメインってのが珍しい。

 

 いや〜〜、そっかそっか。

 ニノくん的にはおれたちは十分友達だってことか。

 嬉しくておじさん涙出ちゃうよ。加古炒飯の犠牲になった間柄ってのは、思っていたより強い絆をもたらしてくれた。

 

「チッ……」

 

 苛立ちを隠さない二宮。

 もうこれ平常運転だからな。

 おれは初対面のとき二宮は他人に厳格で自分にもストイックなクールなイケメンだと思っていたが、蓋を開けてみれば天然イケメンだったからおれからの一方的な好感度はうなぎのぼりだった。

 

 すごい迂遠な言い回しをしているかと思ったが、その実正反対。

 二宮は常に真っ直ぐなことしか言ってない。

 加古ちゃんみたいにぐねんぐねん周りくどく物事を伝えるかと思ったけど、吐き出してる言葉は直球なものばかりだった。

 

 さっきのもそう。

 加古ちゃん的にはもっと出かけたりして遊んだりしよう、という意図があったのだが、二宮的には放課後集まって勉強してる時点で友人だと捉えていた。こういう所があって可愛いやつなんだよな〜。

 

 来馬くんもその意図を理解してか、苦笑しつつ二宮を見た。

 

「…………初詣に行くとして。なら、先にその日の分を終わらせるぞ」

 

 ナチュラルに年末年始もおれの勉強に付き合ってくれる宣言をしてくれた二宮。

 お前やっぱ良い奴すぎるだろ。なんで普段からそんなツンケンしてんの? 

 そうじゃなかったら絶対モテてるわ。

 

「でも二宮くんは生意気だもの。女の子はそういう所が気になるのよ」

「お前が女を代表して語るときは大抵碌でもないときだ」

「デリカシーないわね。少しは■■■くんのことを見習いなさい」

 

 おれを槍玉に挙げるのやめてくれませんか? 

 ほらみろ〜、二宮の顔がめっちゃ複雑な表情にかわっちまったじゃ〜〜ん! 

 

「まあまあ二人とも。初詣、ぼくは全然大丈夫だよ」

「それじゃあ決まりね。朝8時にここ集合にしましょ」

 

 神社に直接行くわけじゃないのか……

 

 まあいいけどね。

 なんかちょうど良くおれの家は三人の家の中継地点くらいにある。集まるには最適な場所だ。

 

 炒飯を食べ終えて宿題が終わったのを確認し、去年の高校入試過去問を問いていく。どのタイプの問題が出ても満点近くが撮れるようになって来たし我ながらよく出来てると思うが油断は禁物だ。

 練習でうまく出来ても本番で失敗しては意味がない。

 おれたち四人とも進学先は一緒だからな。勉強会という形で集まれて本当に助かったし、加古ちゃんには感謝してもしきれない。

 

 友達も出来たしな。

 なによりそれが大きい。

 たしかに逃げ場は今も無いけど、手を差し伸べてくれる友人がいる。その事実だけで心は楽になるもんだ。何もかも曝け出せる友人ってのは大切だぜ〜? 

 

 来馬くんは家がお金持ち。

 正直こんな狭い家に招き入れるのは悪いと思うのだが、当時のおれはそんなことを全く知らなかったので普通に接してしまった。後々になってめちゃめちゃお金持ちの豪邸に住んでいる事を知り反省したが、来馬くんは本当にいい人だったので逆に謝ってきた。

 来馬くん曰く、『嫌味みたいにならないかなって心配してた』そうだ。

 人格者すぎる…………

 

 二宮は面白い奴だ。

 口では結構反発するけど、その言葉の意味はめちゃくちゃ前向きでそのままだったりする。辛辣に聞こえる言葉も噛み砕けば『もっと頑張ればお前はできる』みたいな意訳だったりするんだ。それを加古ちゃんとおれで揶揄うと不愉快そうに舌打ちをしつつ否定しないのもまた良い。

 なんでこいつ彼女いないんだろ。

 そう言う所が女の子にモテないのか。

 だとしたらおれはそうならないように気をつけないと。

 

 加古ちゃんは相変わらず不思議ちゃんだけど、夏以降かなりおれに気をかけるようになった…………と、思う。自信がない。

 女の子がおれに興味を持ったのかと勘違いするならまだいいが、それ以上深い勘違いをすると将来そうじゃなかった時のダメージが大きすぎる。加古ちゃんが二宮くんを揶揄う時におれを対比として挙げることがあるんだが、その度に二宮がなんとも言えない顔をして来馬くんが苦笑いするのも気になる。なんか二人の方が解釈できてる感じするじゃん。ムカつく。

 おれが一番最初に出会ったとまでは言わないが、加古ちゃんに対してどうにも拗らせちゃった部分があるのは否めない。

 

 いや、普通拗らせるだろ。

 おれのために手料理を作ってくれるだけじゃなく、友人との出会いのきっかけも与えてくれた。好きにならない方がおかしくない? おれは加古ちゃん好きだよ。友達として。

 異性として好き、は……う〜ん。

 多分好きなんだろうけど、自覚したくない。

 自覚したらおれは隠せる気がしないからな。多分好きじゃないって思い込むことにしてる。

 

 これで加古ちゃんがおれのこと特にどうとも思ってなかったら恥ずかしいし、何より今の関係が壊れてしまう。

 それだけは避けたかった。

 加古ちゃんに彼氏ができたら? 

 

 泣く。

 

「…………今日はここまでだな」

 

 軽くため息を吐きながら二宮が言った。

 確かに、これ以上詰めても今日は仕方ないような気もする。

 全員過去問はそれなり以上にできるようになったし、二宮とおれの成績が拮抗する程度には向上した。もしかしておれ天才なんじゃないかと自惚れることはなく、みんな(加古ちゃんも含む)が丁寧にわかるまで教えてくれたから出来たことだ。

 

 おれはもう過信しない。

 転生したという事実だってどうでもいい。

 世界を救うような力を与えられているかどうかなんて気にしちゃいない。

 

 今世は決してぐらつかない。

 おれはちゃんと一人の人間として、恥のない──この場合社会的な意味で──人生を送ってみせる。

 

 そんなおれの決意など知る由もなく、せっせと片付けをした三人はあっという間に帰り支度を終えた。

 

「元旦の朝8時に集合だ」

「それまでは休みにしましょう。二日間だけど、良い休息になるんじゃないかしら」

「うん。そうしようか」

 

 二日間休みか。

 溜まってる本があるから読んでおくのも良いかもしれん。

 久しぶりに堂々と娯楽に現を抜かせるいい機会だ、存分に休ませてもらおう。

 

 帰宅する二人を見送って、途中の交差点あたりまで加古ちゃんについていった。

 女の子だからな。

 三門市はたまに行方不明者が出たりするので夜の一人歩きはやめろと言われている。

 幸いおれの家は明るい表通りに面しているので、三人とも薄暗い道を通ることはないからギリギリ許されているようなものだ。

 

「■■■くん」

 

 何かな、加古ちゃん。

 

「……あの時は、ごめんなさい」

 

 あの時? 

 いつのことだろう。 

 加古ちゃんの殺人炒飯(二宮はヤバいと思った瞬間口をつけない卑怯さを持ち合わせている)を三人分まとめておれに食わせた時の話だろうか。来馬くんを気絶させるわけにもいかないのでおれが完食したが、そのあとの二宮は妙に優しさに溢れていた。

 

 オッ、やべ。

 思い出したらお腹痛くなってきた……

 

「…………失礼ね。もういいわ」

 

 ああっ。

 冗談だよ加古ちゃん。

 おれが君の炒飯にケチつけるわけないだろ? 誰よりも炒飯を愛してる男だぜ。

 

「知ーらない。馬に蹴られてしまえばいいのに」

 

 なんでだよ〜。

 モテないおれへの当て付けか。

 ……あっ! 

 そうか、そう言うことか。

 

 おれがモテないのはこうやって茶化そうとするからか……

 

 二宮みたいな辛辣素直(意味不明)もモテないが、おれのような茶化すタイプもだめ。

 ちゃんと空気を読めるようになりなさいという加古ちゃんからの警告。

 

 変わるよ。

 変えてみせるよ……加古ちゃん。

 

「…………はぁ」

 

 ため息を吐いてしまった。

 

 夜の街頭は明るく照らしてくれる。 

 将来は不透明だが、良い友人たちに出会えたおかげで不安は無くなった。

 ……もしも、この友人関係が絶たれるような危機が起きるとすれば。神様の言った通り、世界を救わなければいけないような時が来たら。

 

 この身を犠牲にしてでも、必ず守ってみせる。

 

 …………本音を言うなら。

 そんなこと起きないでくれれば良いのにって、願わざるを得ないけど。

 

 加古ちゃんとの楽しい逢引き(一方的な視点)は短い。

 交差点についてさえしまえばあとはもうすぐそこだ。だから、加古ちゃんとは元旦まで会えない。

 

 会えないのが寂しいなんて思うってことは、やっぱりおれは────…………

 

 いや、やめよう。

 今はまだそのときじゃない。

 振られたらどうする。高校に入学してからにしよう。高校に入学して、加古ちゃんがそれでもおれに興味を持ってくれていたなら──臆病なおれでも、覚悟ができると思うから。

 

「それじゃあね、■■■くん」

 

 うん、じゃあね。

 おやすみ、加古ちゃん。

 

 交差点を抜けて消えていく加古ちゃん。

 

 良い娘だなぁ。

 おれなんかにはもったいないくらいだ。

 でもなんとなく、わかってはいるんだ。加古ちゃんがおれに何かしらの好意を向けてくれていることくらい。

 

 踏み込めないのは、おれの弱さが原因だ。

 もしそうじゃなかったらどうしよう、本当はおれのことは友人としてしか見ていなかったらどうしよう。

 いや、きっとそうなんだ。

 そうやって後悔をたくさんしてきただろう。

 

 恋愛感情は嫌いだ。

 おれに悲しみしかくれなかったから。

 おれは恋愛感情で良い思いなんか一度もしたことがない。

 臆病でごめん、加古ちゃん。

 これが勘違いだったら尚更ごめん。

 

 逃げ場がないから。

 これ以上何かを失いたくない。

 失えないんだ。

 

 加古ちゃん、二宮、来馬くん、堤くん。

 おれの狭い交友関係に唯一いる友人たち。

 

 もう、一人は嫌だ。

 

 …………あー、気持ちわる。

 中学生らしいポエムを心の中で奏でてしまい恥ずかしくなる。

 冬の寒さで誤魔化せるだろう。頬の熱さは冷たい風が流してくれる。

 

 さっさと家に帰ろう。

 帰って、ゆっくりと本でも読むさ。

 

 ジャケットのポケットに手を入れて、年末が近いのに変わらず夜の街を往く大人達を見る。

 おれも将来、そこに混じる事が出来るだろうか。

 今は勉強だけ出来ていればいい。

 勉強で成績を上位にするのがおれの仕事だ。

 

 じゃあ、将来はどうしよう。

 いい大学に行っていい会社に就職するなんて話はよく聞くが、具体的にはなにがいい仕事なんだ。

 他人を顎で使える仕事が誇れる仕事か、現場で身を粉にして働くのが誇れる仕事か。

 

 勉強とは違う。

 学校のテストと違って正解なんて何処にもない。

 おれが何を求めているのか────それをちゃんと考えておかないと駄目だな。

 

 そして。

 この時のおれは、今にして思えば、浮足立っていたのだろう。

 崖っぷちだった現実が友人の協力によって僅かに前進し、入試の対策も満点に近い出来だ。

 高校も特待生制度の資格を十分得られる安息感をどうにも忘れられず、これまで保っていた緊張感のようなものが途切れてしまったのだ。

 

 違和感は、すぐ傍まで迫っていたのに。

 

 いつも通りボロアパートの前まで戻って来た時。

 屋根の上に、誰かが立っているのが見えた。

 薄暗い夜の暗闇の中だ。顔は愚か、姿かたちも朧気だった。

 

 急速に、血の気が引いた。

 

「対象確認。トリオン測定開始」

 

 日本語だった。

 おれにもわかる言語だ。それも流暢とかそういうレベルじゃなく、日常会話に使用しているだろうと思うくらい。

 

 言葉全てを聞き取る事は出来なかったが、おれの事を何らかの対象だと言った。

 

 おい。

 ここは表通りだぜ。

 人目がそこら中にある場所で、こんな堂々と不審者が現れるもんかよ。

 

「測定終了。Aクラス認定」

 

 家には戻れない。

 ここから警察署、または交番まで時間がかかる。

 一番近い場所にある飲食店に逃げ込むにも二十秒は走らなくちゃいけない。

 

 ……いけるか? 

 

 つーか、屋根の上に普通に上がってる時点で常人じゃ無い。

 最悪だな。

 おれが日常を失いたくないと思った途端これか? 

 

「────捕獲、開始」

 

 次の瞬間、さっきまで屋根の上にいた男が目の前に現れた。

 

 なに。

 なんだ、なにが起きた。

 物理法則思いっきり無視してやがる。

 

 叫び声を上げることも間に合わず、口を手で封じ込まれた。 

 

 マジでやばい。

 押さえつける力が尋常じゃない。

 本当に人なのか疑いたくなるほど、顎が外れるんじゃないかと思わされる程に異常な握力……! 

 

 いやだ。

 やっと、やっとなんとかなりそうだったんだ。

 邪魔しないでくれよ。

 

 おれの…………

 

 おれの人生は。

 これからなんだよ。

 今更遅いんだ。

 こんな非日常望んじゃいない。

 ふざけんな、ふざけんなよ。

 

 おれの口を押さえつける手を思い切り握り締める。

 ビクともしねぇ、鉄パイプの方が可愛げがあるくらいだ。

 

 衝撃が、頭に響く。

 どうやら殴られたらしい。

 痛みよりも先に衝撃が突き抜けて、視界が揺れ動く。

 明滅する視界はおれの限界を容赦なく示し続けており、如何な抵抗をしても、もうおれは逃げる事が出来ない現実をひたむきに見せつけてくる。

 

 ふ~~~~~…………

 

 こんなもんか。

 結局、おれはこの程度か。

 この男はおれを捕獲すると言っていた。今ここでおれを殺さない理由は全てそこに集約されてるんだろう。

 快楽殺人ではなく計画的な何かに巻き込まれる。

 

 あれだけ頑張ったのになぁ。

 おれの努力は無意味か。

 結局、神様が言った通りだったってか。

 なにが世界を救ってこいだ。救わせるつもりはない癖によく言うぜ。

 

 ふざけやがって。

 

 拳に力を込めて、視界がまともに見えない中で立ち上がる。

 こっちが社会の理不尽さに負けないように頑張ってるってのに、お前らは何なんだ。平和に暮らしてる一般人に突然攻撃を仕掛けるなんざ頭がイカれてるとしか思えない。許せるわけ無いだろ。

 

 よくも、おれの人生の邪魔をしてくれたな。

 

「…………対象ランク、A+に変更。こりゃ大当たりだ」

 

 妙に嬉しそうな男の声を最後に、俺の意識は途絶え。

 

 これがおれにとって、玄界(・・)における最後の記憶となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。