頭の中を弄られトリガー
おれの人権をガン無視した施術を行ったとはいえ、それなりの手間とコストをかけたおれを軽視するつもりはないらしい。施術後にこれまでのフィードバックを行うために医療施設に放り込まれ、それと同時にトリガーの名前も教えられた。
ディアドラ曰く、『頭の中弄って敵意向かないようにしてるから問題ない』だと。
クソッタレが。
憎まれ口は叩けてもここにある感情は親しみのような感覚。
胸の内が暖かくなるような不快感がおれの全身を包み込んでいる。
ハァ〜〜…………
ンなことしなくてもいきなり攻撃なんかしないっての。
ディアドラはそこら辺納得してるからやる気はなかったらしいんだが、領主サマが念には念をって事で【ハイレインが治める領内における犯罪行為の禁止】を擦り込まれてる。
だから外に出ればワンチャンあるかもしれんが、おれは定期的にメンテナンスしないと死ぬ身体なのでそんなことをするわけがないと判断された。
嫌なところで合理的で不愉快だね。
ああいう大人にだけはなりたくないと誓いながら、おれは結局流されるだけの人間に成り下がってしまった訳だが。
「うんうん、サイドエフェクトも調子がいいな」
楽しそうっすね。
情緒不安定で不快感を隠そうともしない暴君ディアドラはどこに消えてしまったのか、ここにいるのはただただ研究を楽しそうに進めている美人である。ただし頭に角が生えている。
「あー? そーだな、結構楽しいぜ」
そうっすか。
まあクチュクチュ頭の中を棒でいじられる感じじゃなくて安心した。
頭についた禍々しい黒のトリガー角にへんな機材を接続して、それを立体映像に変換して見てるんだが……正直なところおれにはさっぱりだ。
翻訳機能はついてるけど、文字の翻訳はできないそうだ。
「容量が足りねーんだよ、それくらいお前の奴は特別なのさ」
ふーん。
おれとしては死ぬ前に玄界に地に足つけられればそれでいいけど、
おれの呟きを聞いて、ディアドラはやけに楽しそうな表情で語った。
「今んところはねーだろな。けど数年後はどうなってるか知らねぇ」
数年後?
なんかイベントでもあるのか。
もしかして領主代替わりとかしてくれたりする? めっちゃ温情持った領主サマになるとか……いや、ねーわ。人体実験繰り返す国の領主にそんな人間性の整った人材が選ばれるわけがない。
「あくまで噂だが、この星を支えてる【神】の寿命がそろそろ来るって話だ」
へぇ。
ならワンチャンス巡ってくる可能性があるのか。
しかし、アレだな。お前はおれにそんな甘くしてて問題ないのか? 堂々と脱走したいって感情露わにしてるんだけど。
「今すぐにって話じゃないし問題ねぇ。お前が黙ってれば何も問題ないからな」
…………ふむ。
どんな心境の変化かは知らんが、ディアドラは思っていたよりおれの都合も優先してくれるみたいだ。
施術の時も色々ハイレインと言い合いしてたし、根本的な相性が良くなくて反骨精神を抱えているのかもしれん。
おれにとってはありがたいことだ。
目的は依然として変わらず、最終的に玄界の地に足つけること。
あわよくば加古ちゃんと会って話したいし、来馬くんに一食分の恩を返さねばならんし、二宮と焼肉に行かねばならん。
やりたいことは数え切れないほどにあるのにそれが実行できる可能性は数年後まで先延ばしされてるってのは、結構精神的に辛いもんだ。
「おっ、グングン数値が伸びてやがる……」
うるせー!
人のヘラヘラタイムを邪魔すんじゃねー!
こちとら弱冠十四歳、花の厨二病全盛期だぜ。
こっちの世界にも厨二病って概念存在してんのかな。
「ン〜〜、やっぱり脳に直接作用するタイプとはいえサンプルとしては数が揃ってねぇから微妙だな…………でも複数パターン用意できれば一気に解決する問題でもねぇし、とりあえずコイツのデータを緻密に書き記して保存して……」
研究者って感じだなぁ。
出会った当初然り施術中然り、おれはコイツのことをマッドサイエンティスト(狂った科学者)だと思い込んでいたが、事実は異なるのではないだろうか。
だって冷静に考えてみればおれは金で買われた存在だ。
最悪脳だけにされても文句は言えない。
なーなーディアドラ。
アンタって結構優しいところあるよな。
「今いいところだから黙ってろ」
あ、はい。
寝っ転がってるだけなのも暇なので、腕に取り付けてあるトリガーに目を向ける。
コイツの名前は【
アフトクラトルの技術の結晶でもある、黒トリガーを基にして構築された強化トリガー。
どうやらおれの角にはこのトリガーの使い方もインストールしているらしく、寝るたびに見知らぬ誰かの戦ってる景色が流れ込んでるのが最近の悩みだ。
強くなるには戦って経験を得るしかない。
経験を得るには何度でも繰り返し戦うしかない。
だが、模擬戦として扱うにはあまりにもこのトリガーは向いてなさすぎる。
「効率的でいいだろ? 角を介して他者の経験を吸い込むなんざ、他の国じゃやれねぇ手法だ」
そりゃまあ人道的に……
角をつけるだけで定期的にメンテナンスしないと生きていられない身体になるのは最悪だろ、普通に考えて。
『強くなれるからいいじゃん』で納得できる領域を軽々飛び越えて、国の奴隷になることが確定してんだわ。少なくともおれみたいな存在は。
「まあ聞けよ。お前にとって悪いことばかりでもない」
そう言うとディアドラは立体映像から目を逸らし、おれに小さな装置を投げてきた。
……これは?
「使えばわかる」
はぁ、そうっすか。
拒否する権利は当然ないので、スイッチを押して起動する。
おれの眼前に展開される立体映像──以前の物とは違い文字は一切書き込まれておらず、簡易的な絵と図だけで構成された内容だった。
「今から大体四年か五年後、アフトクラトルの惑星軌道予想図だ」
オイオイ…………
おれに見せていいのか?
「構いやしねぇよ、そもそもアタシが作ったモンだからな。そのアホ程デカい星がお前の大好きな玄界で、ウチはその周りを飛んでる比較的大きめの星だ」
えっ。
つーことは、あれか。
この予想図が合っているなら、おれは四、五年後に玄界に帰るチャンスがあるってことか。
「所詮仮説だ。そしてこの星の神がダメになるタイミングがそこ近辺ならば、確実にハイレインの野郎は玄界を狙う」
なんで断言できるんだ。
他の領主もいるんだし、別勢力が玄界を狙うって可能性もなくはないだろ?
「あいつは根暗で陰湿だからな。こう考えるのにも相応の理由があるんだが、お前に教えても意味がねぇ」
つまり教えてくれないと。
来たばっかりのおれが熟考するよりもアフトクラトル生まれアフトクラトル育ちで尚且つ立場も権力もそこそこ持ってるディアドラの考えの方が正しいに決まってる。
こうやって聞かせて希望をもたせて、少しでもいい結果になるように操作しようってか。
「ハッハッハ、よくわかってるじゃんか!」
クソが。
楽しそうに大笑いをかましたディアドラは装置を取り上げて、おれの角に埋め込んだ。
えっ、なんですかその機能。
確かにおれの角は他人の分よりデカくて窪みがあってもバレないだろうけど、そんな隠し方ある?
そうして満足気に頷いて、荷物をまとめ始めた。
「お前なりに考えとけ。ハイレインにはハイレインのやり方があって、お前にはお前の理想がある。そしてアタシにもアタシなりの終着点があるのさ」
…………ふーん。
完全に信用するとかは無理だが、おれのサイドエフェクトが研究に役に立つ限りはおれ側に立ってくれそうだ。
ハイレインが処分するとか言い出したら止めてくれよ、頼むぜ。
「そいつはお前次第だな。精々役に立てよ?」
ご主人様にそう言われちゃあ、頑張らないわけにはいかんな。
飴と鞭、バランスよく与えてくださいな。
◇ ◇ ◇
おれは普通に傭兵に捕まってこちら側の世界にやってきた訳だが、こちら側の世界での戦争や略奪というのは思いの外スマートで残虐である。
捕虜に暴行を加えたり拷問したりはしないけど、その分星の確保とかトリガーの確保とかは本当にシビアだった。
見知らぬ誰かの記憶は時が経てば経つほど苛烈なものに変わっていき、トリオン体とは言え生身の人間を殴殺した際の感触を味わった時は飛び起きて吐くくらい気持ち悪かった。
おれが殺したわけじゃないのにいつまでの脳裏にこびりつく、死ぬ寸前の恐怖を味わっている人間の顔。
気味が悪くて仕方ない。
その影響で寝付きも悪くなったし、サイドエフェクトは常に発動してる。
ディアドラは『データが増えたから寧ろいい』とか言って毎日どんどん新しい映像投与してくるし、そろそろおれの人格が狂い始めてもおかしくない頃合いだった。
ひたすら精神だけが摩耗していく日々。
でも、おれはどうしても諦めることは出来なかった。
どれだけ辛くてもどれだけ苦しくても、おれは絶対に生きる理由だけは見失いたくなかった。
おれはまだ思い出せる。
頭の中を弄られたけど、ディアドラもそこら辺は理解がある。
アフトクラトルに親しみは抱かないし恩もない。
おれを形成する要素は全て玄界での出来事だけだ。
以上、日課の自己暗示終了。
目を開いて、少しだけ差し込む灯りを受け取る。
妙に無機質な部屋の中をぐるりと眺めてから身体を起こした。
部屋に備え付けの鏡に映るおれの姿は少し人間離れしたものになってしまって、角が特大の異物感を放っている事に辟易しながら溜息を吐いた。
あ~あ、今日も今日とてお仕事だ。
玄界に居た頃は『将来の仕事ちゃんと考えなきゃな~』とかお気楽に考えていられたのに、ブラック企業も真っ青の畜生として扱われているせいで将来が真っ暗だ。ブラックだけに。やかましいわ。
脳と角が繋がってる影響かは知らんけど、おれの目は片方が黒く染まっている。
黒トリガーを模してる強化トリガーを使ってるしトリガー
適当に寝ぐせを治してからトリオン体に換装する。
トリオン体になれば目の違和感は消え去るが…………
どちらにせよ角が生えてるのはおかしい。
玄界に戻ってもこんな角が生えた生命体は受け入れられないような気もする。
頭痛が少しするのを不快感と共に飲み込んで、扉から出た。
無機質な部屋の外、これもまた無機質な廊下。
多少の装飾が施されてはいるけれど、どうにも人が住んでいられる環境には見えない。
どちらかと言えば実験施設のような印象を受けてしまうだろう。
まあ実際人が住んでる場所じゃないんだけどね。
ゆっくり歩いて行って、少し広めの空間に出る。
中央に長机にも似た円卓が置いてあり、大きめのモニターが配置されている。
この場所の、というより──この
「早起きですな、ノスタルジア殿」
ヒョエッ……
いきなり陰から出てこないでください。
おれは小心者なんだ、驚いて寿命が縮んじゃうかもしれないんで。
「ほっほ、アナタほど豪胆な者も中々おりませんよ」
サイドエフェクト使用中は気が強くなっちゃうんでね、最近はストレスで常に気が荒くなりつつありますわ。
本当に、ほんっとうに良くない傾向なんだけどサイドエフェクトの所為だしな~~、抑えられなくて最悪ですよ。ヴィザ翁からディアドラに何か言ってくれません?
「私は専門外ですから。ディアドラ殿のお考えを尊重していますがゆえ」
くそったれめ!
飄々とした態度でキッチンへと向かっていく爺さんを見送る。
ヴィザ翁────恐らくハイレインの治める領内に於いて、老練の戦士であり最強の戦士。
御年六十歳を超える怪物で、国宝指定されている黒トリガーを使いこなす。
トリガー
でもあの人戦い好きだしそれでいいのかもしれない。
おれは嫌だよ、定年の年齢まで戦争に駆り出されて殺し合いさせられるの。
今もそうだ。
これから戦争に向かうってのに、おれの心は全く持って高揚しない。
それどころか精神的に負荷をかけられつづけてハゲが出来そうなレベルだ。ハゲが出来そうなくらいが一番いい調子ってのもまたムカつく。
キリキリ痛む胃痛もトリオン体なら感じないし、生身で居る方が余計ストレスを感じてしまう。
ごめん皆、もうおれは元の身体(生身での生活)には戻れないかも……
「なにクネクネしてやがんだ気持ちワリー」
おっ、エネドラじゃんか。
おはよう、今日も朝日が眩しいな。朝日は差し込んでいませんけど。
おれは今日も元気だぜ。お前の姉に取り付けられた角がズキズキ頭痛を呼んで目覚ましになってくれるから朝から快調だ。
「朝っぱらから喧しいんだよ! 黙っとけ」
こちらはトリオン体だと言うのになんの躊躇もなく蹴り飛ばされた。
シクシク、おれは泣きながら机に倒れ込んだ。
勿論痛みは一切ありません。
トリオン体って便利だね。
ガシガシ頭を掻きながらエネドラも別の部屋へと消えていく。
角をつけてから判明した事だが、おれのサイドエフェクトはトリオン体の状態が最もパフォーマンスを発揮できるようだ。
生身では身体能力に限界があるし何よりトリオンに抵抗できない。
痛みで受けるストレスより痛みで行動が阻害されるデメリットが大きすぎて、おれの予想通りと言うべきか、最初からこっちの世界で戦う事が前提になってるような能力だ。
なら日本で生まれなくてもいいじゃ~ン! と僅かながらに思ってしまったが、それじゃあ加古ちゃんに会えない。
だから日本に生まれたことは良い事だ。
こっちの世界に最初から生まれてれば、もしかしたらディアドラと本当に姉弟のような間柄になれてたかもしれない。
でもサイドエフェクトあるしな……
ディアドラ√は存在しない。
それがおれの脳内会議で長きに渡って(およそ十秒程度)議論された末に導き出された結論だった。
いくらおれでも女の子を選ぶ権利はある。
なぜなら顔がそこそこいいから。
顔がよくてサイドエフェクトもあってトリオン能力もある。
へっへ、これで女に人気が出ない方がおかしいぜ。
おかしいぜ。
おかしい……
どうしておれの人気はないんだ?
アフトクラトルの走狗になってからおおよそ一年以上経つし、
おれの存在は少なくとも領内じゃそこそこ有名だし、もっとキャーキャー黄色い声援を浴びていても文句は言われないだろう。なぜ? どうして人気が出ないのかわからないの。笑えばいいかな。
ニヘラッと笑顔を輝かせる。
やっぱ寡黙でクールな二宮タイプより明るい笑顔の来馬くんタイプの方が人気が出るんだよ。
ガキ大将が持て囃されるのは中学生までで、高校生からは『○○クンって……その……優しいよねっ』と、褒める部分が無いから取り敢えず優しさが褒められるような男の方が人気出るんだよ。きっと。俺調べでは。
玄界から離れて数年経つからアップデートされていないおれの価値観という致命的な弱点があるデータ分析だ。
「ノスタルジア。おはよう」
あ、ミラちゃん。
おはようさん、今日もセミロングが似合ってるね。
おれ玄界にロングヘアーが似合う女の子置いて来たんだけどその話したっけ?
「聞いてないし興味ないわ」
うげぇ、と言いながらミラちゃんは嫌そうな顔をした。
現在この船に乗っているのは四人。
おれ、ミラちゃん、エネドラ、ヴィザ翁だけ。
そんな人数でどこに行くのだって話だけど、アフトクラトルは強すぎ国家なので弱小国家に戦争吹っ掛けるならこの程度の人数でいいんだよな。
戦力で言えば、ヴィザ翁>>(越えられない壁)>>エネドラ>ミラ>>おれ。
しょうがないじゃん。
おれ以外全員
いくらおれのトリガー
そもそも研究用だし……
兵隊向けの調整ではなくどちらかと言えば実験動物。遠征に駆り出されるとは正直思ってなかったけど、ハイレイン的には納得できる扱いらしい。お偉いさんの政争はわけわからんね。
椅子に座って、のんびりと過ごす。
このささやかな休息の一コマですらストレスを感じ続けているのだから、おれの精神はとっくの昔に壊れてしまっている。でも壊れていても問題なく動けるサイドエフェクトを持ってしまったが故に半ば屍人のような生命に成り果ててしまった。
生身になった途端体調不良になるのは普通に最悪だろ。
もう少し温情を与えてくれてもいいんじゃないのかな。
「ノスタルジア殿、よろしければこちらを」
えっ、あっ。
ヴィザ翁に飯を作らせてしまうとは……申し訳ない。
お皿を受け取って飯に手を付ける。
こちらの世界に来てから結構過ごしてきたが、食べ物に関しては玄界と大差ないような気がする。
ディアドラの実験体と言う立場だからか、そこそこの成果が出てるのかは知らないけどかな~り優遇されてると思うね。だって出てくるご飯美味しいもん。加古ちゃんの炒飯には敵わないけど味はしっかりしてるぜ。
ヴィザ翁は好きな食べ物とかあるんすか?
「嗜む程度ですが、晩酌を」
お、大人だ…………
ミラちゃんの好物はパンケーキ、エネドラはリンゴ(加古ちゃんと一緒でムカつく)、おれは炒飯。一体感の無さだけは他国に追随を許さない個性派が勢ぞろいだ。
ここはおれが注いであげましょう。
と思ったけど、流石に遠征に酒の持ち込みは許されないかな。
「ええ。それにあれは強敵との戦いを終えた後、興奮冷めやらぬ心身を落ち着かせるのにもよいのです」
おれの場合意味合いが変わりそうだよ……
ヴィザ翁は強敵の技に心を奮わせて戦いへの意欲を増すタイプ。
おれの場合強敵の技に心を震わせて戦いへの恐怖を増すタイプ。
恐怖を感じてストレスを感じれば感じる程冷静になれるとかいうアホみたいなサイドエフェクトの所為で効率的だ、なんて言われて戦場にブチこまれてるがおれは終始納得していない。
「ケッ、そこら辺の雑魚に殺される前に俺が殺してやるよ」
「エネドラ。ディアドラに殺されるわよ」
「あんなクソババアの事なんざ知るか! こんな低能一人居なくたって国の一つや二つ落とせるっつーの」
態度悪く椅子に座り込んだエネドラと、それを冷徹な瞳で見つめるミラちゃん。
そしてそんな二人を見てニコニコ微笑ましいと言わんばかりの笑顔を浮かべているヴィザ翁。
ウ~ン個性派だね~~、そんな次元で済まされない感じの不仲っぷりで雰囲気最悪だけどこれ大丈夫なんすか?
「このくらいはかわいいものですな」
ヴィザ翁が言うと説得力があるな……
エネドラもイキり口調があるけどヴィザ翁には逆らわないし、ミラはそもそも場の空気を悪くするようなことは言わない。
結論から言えばエネドラが10:0で悪いのだが、黒トリガーにも適合してるし実力もあるから処罰を受けるような事は決してない。実力主義なんだよこっちの世界、どんだけ性格がクソでも強さと実績が全てを左右するんだ。
逆説的に言えばおれもまだまだ成り上がれる可能性が存在している訳だが、黒トリガーは流石に任せてもらえないので生涯こいつらに下克上出来る日は来ない。
悲しいね。
そのまま黙々と全員で食事を進めて、大体五分程まったり休憩した。
「────では、そろそろ任務の最終確認をいたしましょう」
ヴィザ翁の言葉を皮切りに、机に備え付けの巨大モニターが立体映像を映し出す。
この二年間の勉強と多少のカンニング(脳に直接文字を焼き付ける)のおかげで多少は文字が読めるようになったから、任務の内容もしっかり理解している。
「今回の標的はアズィナモ、目的は優秀なトリオン能力を持つ人間を多数確保する事。なおその際に反撃を気にする必要はなく、相手の国力を鑑みても我が国を揺るがす事は不可能だと判断。徹底的に暴れていいとのことです」
「ハッ! ようは雑魚を狩ればいいんだろうが、わざわざ作戦なんて大層なモン組む必要すらねぇよ」
それについては同意する。
殲滅が条件ならおれ一人居れば終わるし、わざわざヴィザ翁を引っ張り出すような任務でもない。正直黒トリガー持ちを三人も動員する難易度かと言われると、おれはそうじゃ無いような気がする。
ていうか、そんな国力が低い国を狙っても優秀なトリオン能力を持つ人間は多くないだろ。
ヴィザ翁はなんか
おれがそう問うと、ヴィザ翁は含みを持たせるような言い方で濁してきた。
「さあ…………どうでしょう」
教えるつもりはないって事ね。
まあいいや、どうせおれは謀略策謀張り巡らされても防ぐ事は出来ない立場。
ディアドラの立場が危うくなればおれの命も危うくなるけど、アフトクラトルに対して成果を提出し続けている限りそれは無い。
あの女がおれの意識が無い間にどんな事をしてるのかは知らんけど、ハイレインに弓引くような真似はしない筈だ。
それに今更一国滅ぼす程度、どうってことないし。
「……一応立案しますが、初動はトリオン兵を利用してあぶり出しを行います。その対処に現れたトリガー使いをエネドラが確保、ある程度無力化が完了した後にノスタルジアによる
ん、了解しました。
ミラちゃんが思惑を把握しつつもしっかりと作戦を提示してくれたので、おれはそれに賛成する。
建前上の捕獲はトリオン兵に全部任せて、おれは国の殲滅に力をいれるよ。
ヴィザ翁はなんかあったときのバックアップをお願いしますわ。
「承知しました。……貴方がこちらの生まれだったらと、幾度か思う時がある」
おれも思いますよ。
最初からこっちに生まれていればって、少しは考える時がある。
でもまあ、おれは玄界の記憶が大切だし、玄界で生まれたことを幸福だとも思ってる。
どれだけ此方側に寄って行ったとしても傾くことはありえないっす。ヴィザ翁はそこんところ、わかってるでしょ。
ええ、なんて言いながらヴィザ翁はモニターへと視線を向ける。
そこには送り込んだトリオン兵を介した戦場の光景が映し出されており、既にトリガー使いと思われる人影が見え始めていた。
こいつらも運が無い。
よりによってウチみたいな軍事国家が近くを通った上に、領内の政争の為に侵略をされるってんだ。
でもまあ、それがこの世界だ。
黒い海を泳ぐ星は有限の命の中で、強く生き残るために苛烈な争いをしなくちゃならん。
大国ともなれば一枚岩じゃないしそれは玄界も同じだった。
だからおれは理解を示してるよ。
ディアドラの実験も、それに伴う成果も、そしておれを警戒するハイレインも。
仕方ない。
全部仕方ないのさ。
ね、ヴィザ翁。
「ほっほ、そうですな」
強者が老獪さも兼ね揃えちまったらどうなるかっていい例だ。
創作ではよくクソ強い魅力的なジジイが出てくるけど、ヴィザ翁はその枠。おれのこともちゃんと兵士の一人として見てくれるし、ハイレインと違って警戒する視線を送ってくることはない。ていうかアイツ露骨すぎ、遠回しにおれを邪険に扱いたい感がぷんぷんする。
だからといって憎んだりはしないさ。
おれに戦う力がなかったのは事実で、大国で遠征部隊っていう搾取する側に回れたのは間違いなくディアドラとハイレインのおかげ。そこを履き違えて逆恨みするつもりはない。
恨むなら転生するときに見栄はったおれ自身を恨むね。
いつの間にか映像を中継していたトリオン兵は動きを静止し、また次のトリオン兵へと移り変わる。画面に映り込んだ黒い泥のような液体を見て、さっきまで隣にいた人物が出陣したことを悟った。
エネドラを攻略できるような層がいるとは思えない。
トリオン兵への対処速度や防衛の厚さを鑑みるに、やはり弱小国家という見方は間違っていなかった。
もしもおれがサイドエフェクトも持っておらずトリオン能力も不十分だった場合、こんな搾取されるだけの国に買われていた可能性もあった。そうなれば玄界に帰るどころか命の保証も無く、他人の経験を直接脳内に吸収するという荒技も出来ずにやられるだけの人間に成り果てていただろう。
脳と角を繋げたことでいろんなリスクが増えたのは間違い無い。
でも、その代わりに選択肢が増えたんだ。
今はとにかくそれを喜ぼうじゃないか。
おれの望みのためにも、おれの人生のためにも。
巻き添えをくらう方々には、哀悼の意を表して。
「ノスタルジア、出番よ」
はいはい、わかりました。
ミラちゃんが黒トリガーで繋いでくれたワープゲートをくぐり抜けて、市街地を見下ろす高台へと足をつけた。
おれの両腕からワラワラ湧き出て飛び立っていくトリオンで構成された蜂。
領主サマが代々使用してきた黒トリガーを参考にして作られた強化トリガーであり、攻めにも防衛にも使えるオリジナル品とは違って攻めにしか扱えない遠征向きの性能。
ディアドラに植え付けられた角を介して見せられた映像で何百何千と扱ってきたおれにとっては既に相棒と呼べるべき代物だった。
────綺麗にドカンと散らせて来い!
扱うのが難しいオリジナルとは違って、
そこそこ自在に扱える蜂は爆発することしかできない。
そして爆発の規模もある程度変化できるだけで、汎用性が全くと言っていいほどない。
ディアドラ曰く『欠陥品のダメトリガー』らしいけど、おれには都合のいい兵器だ。
一瞬の閃光と共に煌めいた爆発は市街地を粉砕し、なけなしのトリオンで築かれた城壁を跡形もなく吹き飛ばして巨大な熱を生み出す。
ハイレインから下されたオーダーは完膚なきまでに破壊しろ。
反撃の可能性なんか生ませるな、全て摘み取れ。
要するに、星諸共吹き飛ばしたって構わないという指令。
それを人工的な部分だけ破壊するだけに抑えたんだから許して欲しい。ヴィザ翁が出てれば星ごと斬られててもおかしくなかったんだからさ。
…………ま、変わらんか。
おれがやるのも他人がやるのも、結果は一緒だ。
今ここにきておれはようやくこの任務の意図を悟った。
ヴィザ翁が指揮する訳でもなくバックアップとしてやってきたのも、エネドラが前線でほぼすべてのトリガー使いを引き受けたのも、おれが街を破壊して非戦闘員を皆殺しにしたのも。
全部これからの布石。
もっと簡単に言えば、これは大きな戦いに備えて若い層が育ったかどうかの確認。
エネドラは純粋な戦闘力を。
ミラちゃんは後方支援の適性を。
そしておれは、問題なく命を奪えるかという倫理観を試されていた。
要するに『玄界に帰ろうとする以外でアフトクラトルに不利益を齎さないのか』の最終確認。
ちゃんと敵を殺して、恨みを買ってでも命令の意図を汲んで従えるか。
ふー……
舐めんなよハイレイン。
おれにとって今存在してるのは玄界での記憶だけ。
それを失わない為ならどんな手だって打つ。そこに躊躇いは一切ない。
ディアドラを盲信する訳じゃあないが、今はそれなりに信用出来てる。おれは未来に全てを賭けてるのさ。
だから、それまではお前に従ってやる。
この光景は、その証明だ。
肉が焼き焦げ人体が炭化し、爆熱によって酸素が化学変化を起こした臭い。
空爆でも受けたのかと、戦争によって蹂躙された街を目に焼き付ける。
これはおれの罪。
これはおれの夢。
これはおれの望。
おれが叶えたい唯一を成し遂げる為にも、
……きっと、ロクな死に方は出来ないな。
神様は今のおれを見てどんな事を思うのだろうか。
案外無感情かもしれない。そうじゃなきゃ、ただの人間に変な特典つけて面白く生きろなんて言わねーし。姿形が変わっても知的生命体の思考は大して変わらんのかもな。
「おつかれさま、ノスタルジア」
おっ、ミラちゃん。
迎えに来てくれたの?
「ええ。終わりよ」
だよね~。
どう? おれは玄界遠征に選ばれそうかな。
「…………さあ、どうかしら。口添えは期待しないでね」
ハイレインはそういう奴だからな、わかってるよ。
でもやっぱ、期待せずにはいられんよなぁ。
こんだけ殺してんだ。
殺した側のエゴだけど、殺した数に比例した報いは来て欲しい。
いい意味でも、悪い意味でも。
「
そうかな。
そうだといいね。
「ええ。きっとね」
◇ ◇ ◇
どうやらおれの頑張り(深読みとも言う)は伝わったらしい。
ハイレイン直々に遠征部隊編入を告げられた。
そしてその遠征計画の最終目標が玄界襲撃であることも、聞かされた。
それ、おれに言ってもいいんすか?
自分で言うのもなんだけど裏切る可能性とか考慮しなくていいの。
玄界に到着した瞬間暴れるかもしれないんだぜ。
「対策してない訳がないだろう」
ですよね~~~~。
ディアドラよりもっと陰湿でやり口が汚いハイレイン領主サマの事だ、しっかり備えてるに決まってる。
「
そんな言うなよマジで。
おれは結構気に入ってるんだ。
角を介して映像を送られ続けたからか、何年間も一緒に戦った友人のような心持ちですらいるんだ。
「フ、まあ聞け」
おれが抱いている絶妙な嫌悪感とは裏腹に、ハイレインは口元を薄く歪めて話を続けた。
「
そりゃあ知ってるよ。
小規模な爆発で素早い弾、中規模の爆発で普通の弾、大規模の爆発で緩慢な弾。
これを使い分けて爆発する順番とか整えて綺麗に崩すんだろ。
「正解だ。だがそれ以外に爆発可能なモノがある」
弾以外で爆発可能…………?
そんなんもう一つしか無くないか。
トリオン体以外で他に選択肢ある?
「そういう事だ。そしてその角には仕掛けがある」
あ~~~~~~~~~はいはいそういう事ですね!
この最低領主!
人でなし!
下衆野郎!
悪魔!
「実行犯はディアドラだ。文句はあっちに言え」
これだから大人は嫌いだ。
ああいえばこういうのらりくらりと責任逃れ、口から出る言葉と頭の中にある感情が違いすぎる。
あ~あ、どうすんだよこれ。
もうどう足掻いても玄界で受け入れて貰えないじゃん。
「だがお前の望みにも応えている。win-winだな」
ちげ~~~だろ!
おれは玄界に帰りたいし玄界で暮らしたいし玄界の女の子とイチャイチャしたいの!
その意図を汲んで欲しいのであって、玄界に地に足付けたいな~~って要望を文面通りに受け取って欲しい訳じゃ無かった。
…………ふ~。
仕組まれたモンは仕方ない。
今更足掻いてどうにかできるもんでもないし、これをディアドラに言っても切除なんてしてくれないだろうしな。
そこは受け入れよう。
最悪の手段として、いや、うーん。
逆に言えば、アンタはおれを確実に玄界で
「そういう事になる。やはりそのサイドエフェクトは素晴らしい」
へいへい、どうもありがとう。
で。
話はここからだ、ハイレイン。
おれは実験体で本国生まれの兵士に比べれば軽視されがちだろうけど、実力はそこそこある。
自分で言うのもなんだけどな。
そんなおれを玄界でわざわざ捨てる理由はなんだ?
ぶっちゃけコスト削減にしたって意味が無さ過ぎる。
それだったらせめて代わりを見つけられるまで粘った方が良いし、事前におれに伝える意味が無い。
おれを捨てつつ他になんとかしたい目的があって、その協力者としておれが動きそうだから伝えたってトコロか。
ン~~~~…………
……────あ!
ハハーン、読めたぜ。
ディアドラの研究成果がある程度利益が得られるラインまで乗ったのか。
サイドエフェクトの付与とかそういう方向性はまだ非現実的でも、すくなくともディアドラの
だが待てよ。
現状四大領主はそこそこ拮抗しているが、ウチが最も広い領土を確保してる。
角のコストはかかるし維持費も掛かるけど、それだけ優秀なトリガー使いが揃ってるって事だ。
ディアドラ一人が引き抜かれた所で大した痛みはない。
…………ああ、ナルホド。
平時なら、痛くはない。
思わず弧を描く口元を摩りながら、おれは久しく感じてなかった高揚感に浸っていた。
ハイレインが嫌われる理由もよくわかる。
こんな回りくどくて面倒くさい手段を良く取るもんだ。
アンタこれさ、一体何個目の保険なワケ?
絶~~~っ対一個目じゃないよな。
神の代わりを確保する。
神の代わりを確保できなかった場合の保険。
神の代わりを確保できなかった場合の保険の保険。
数年前にディアドラが言ってた言葉は間違いじゃ無かった。
この星を支えている
そのプランの保険の保険。
要するに、全てが失敗した時のためにディアドラはウチの領内で飼っておきたいって事か。
「…………細部に間違いはあるが、大まかには合っている。ディアドラが教えた訳では無さそうだ」
今必死に考えた。
おれとしてはあの女がどんだけ失脚しようがどうでもいい。
結局のところ、どんだけ被害を産もうがおれは玄界に帰れるんだろ?
それならおれが文句を言うことはない。
唯一引っ掛かる所があるとするなら……
ディアドラの言う、『終着点』とやら。
アイツの本当の目的は何なのか。
ハイレインが言うよりずっと前、今より数年前におれに予想図を見せて来た意味。こればっかりはハイレインに言えないし言うつもりはないけれど、少し考慮しなくちゃいけない問題だ。
「俺は優秀な駒を気に入っている。お前を失う事は残念に思う」
はいはい、リップサービスどうもありがとう。
どうせおれが話したのも仮説にすぎないし、もっと複雑に構築してんだろーな。
数学は苦手だが文系は得意なんでね、こういう考察に脳を働かせるのはどちらかといえば好きな部類に入る。玄界に行った後の話に関しては触れないで、今はとにかく明るい未来が見えた事だけを喜ぼうか。
◇ ◇ ◇
「おまえがノスタルジアか」
そうだけど……
キミの名前は何て言うのかな。
知ってるか、人に名前を訊ねる時は先に自分から名乗るのが流儀なんだぜ。
「む…………、そうか」
納得するんだ……
これはちょっと意地悪な事をしたかもしれん。
エネドラタイプかと思って先制攻撃を仕掛けたが、そもそも向こうは攻撃したとすら思っていなかった。
表情はピクリとも変わらなかったが、若干偉そうな態度の少年──いや、青年と少年の間くらいか。
攫われてきた当時のおれと大差ない男の子は名乗った。
「オレはエリン家のヒュース。ヴィザ翁から話は聞いている」
エリン家、エリン家エリン家エリン家……
…………ああ、思い出した。
ハイレインの部下でも結構優秀で大きい家って聞いたな。
なんでもトリオン能力がアフトクラトルの中でも随一って話だ。
にしてもなんだってこんなところに?
自分で言うのも何だけど、あんまり他人が来たい場所じゃ無いと思うけど。
「来たくはなかったが、先に顔合わせ程度の事はしておく必要があった」
随分正直な奴だ。
ディアドラの家とかおれもあんまりいいイメージないし、ただでさえ領内の評判も良くないしそうなるのは仕方ない。
実績だけは結構出してると思うんだけど今の実力者がね……
姉のディアドラと弟のエネドラだ。
どっちも酷い。
おれだったら出禁するし二度と近寄りたくない部類に入る。
「ヒュース殿はまだ年若いですが、最新鋭の強化トリガーを巧みに操る技術を持ちます。大変優秀な方ですよ」
同伴してきたヴィザ翁が褒めちぎってる。
どんなトリガーなんすかそれ。
おれも使いてぇな。
「お前の持つ
……へ、へェ〜。
磁力か、ウーン、磁力……。
ちょっと試しにおれに使わせてくれないか? 代わりに
「断る」
ちぇっ、つれないやつめ。
使い慣れてるとは言えおれも男だ。
最新機とかそういう言葉には弱いんだよ。ロボットモノとかで最新型の機体が出てきたら一回は触れてみたいと思うじゃん? それと一緒。
生憎おれはトリガー作成にかかわる事が無いからな。
既製品の型落ちを無理矢理使ってるに過ぎない。
──話が逸れたな。
実際何の用があってここに来たんだ?
ただただおれに挨拶しに来た訳じゃあないだろう。ヴィザ翁を伴ってまでご挨拶しにきただけは寂しい話だろう。
おれの言葉にヒュースは頷いた。
「オレは
…………あー、オッケー。
要するに遠征部隊に選ばれたから今からおれと慣らしておきたいって事だな。
ヴィザ翁がいるのは緊急時のストッパー兼教導役って所か。
おれは全然構わないぜ。
玄界に居た頃のおれはあまりのセンスの無さから友人に助けを請いていた身だ。何か力になるかもしれん。
「なにも信用できる要素が無いが……」
「ヒュース殿。ノスタルジア殿は口から出る言葉はそのまま受け取らない方が吉ですよ」
「そうなのですか」
なんか仲良いなこの二人。
おれとエネドラの歪んだ関係ではないし、おれとディアドラの主従関係でもない。
本当に互いに信用してるって感じがする。
アフトクラトルってウチがスタンダードなんだろうなって思ってたけど違うみたいだ。
うそ……おれん家イカれすぎ……?
「お前の学習能力の高さには期待している。これからよろしく頼む」
あ、はい。
ヒュースくんは素直でいい子だなぁ。
エネドラにも爪の垢を煎じて飲ませたあとに角を介して情報詰め込んでやりたいくらいにはいい子だ。
ヴィザ翁も心なしか嬉しそうだし、もしかして血縁関係あったりします?
「いいえ。ですが幼い頃から師事をしておりますがゆえ」
あ~~~~、そういう事か。
ヴィザ翁仕込みのエリートとかおれとは正反対だな。
倫理観の欠けた科学者に色々植え付けられて生きてるのがおれだし、ちょっと羨ましく感じるね。
「本命は数年後の玄界侵攻だと聞いている。そこでオレは、お前に一つ聞きたいことがあった」
ヒュースは至極真面目な顔つきで質問を投げかけてくる。
いいよ、なんでも聞いてくれ。
どうせハイレインとは悪魔の契約みたいなモン結んじまったし、逃げ場はないからな。
「お前は故郷を滅ぼせるのか?」
…………そうだな。
そうするしかないなら、滅ぼせるかもしれん。
故郷を滅ぼしてでも故郷に帰りたいなんて、矛盾してるけど。
「……そうか」
うん。
そういうもんなんだ、おれ。
だから遠征の時は信用してくれて構わない。おれは躊躇わないし迷わない。
玄界に帰るために、玄界を滅ぼすことに異論はないさ。
ま~~でも?
もしかしたら玄界めっちゃ強くなってるかもしれないし?
逆に痛い目見る可能性もあるから一概にそうなるとは言えないけどな!
「そうですな。玄界は土地が大きく人口も多い。我々の文明を発見してしまえば発展する速度は目を見張るものがあるでしょう」
流石は歴戦の老兵。
やっぱそういう事もあったりしたんだろうか。
おれはまだこっちの世界に来て数年しか戦ってないけど、ヴィザ翁みたいに何十年戦い続けるのは一体どんな心境なんだろうか。
戦いが楽しいから戦っていられたのか、戦い続ける為には楽しまないといけなかったのか。
真相は本人にしかわからない。
「さて、本日はここまでにしましょう。まだまだ時間はありますから」
「わかりました。ノスタルジア、また来る」
はいよ、じゃあね。
今度はおれからもそっちに行くからさ。
家から出て、トリオン体に換装し空を高速で飛んでいく二人の姿を見送る。
あの黒紫の欠片を磁力で操ってるのか。
高速で射出してたし、使いこなせればすごい強いトリガーだ。
おれより若いのにおれより繊細にトリオン操作が出来て万能────ハイレインがおれを切り捨てたくなるのもわかるよ。
こんだけ優秀な若い芽が育ってくるなら研究用で飼われたおれなんか必要無いと思えるさ。
いいなぁ、羨ましいぜ。
しかし、こうやって着々と身の回りで物事が進行していくと、本当に現実が近づいてきているんだなと実感する。アフトクラトルっていう軍事国家が玄界を襲撃するって事実さえなければ手放しで喜べたんだが、おれはそれに関してはもう何も口を出せない。
元々はおれも被害者だ。
でも、次帰るときは加害者になる。
最悪の場合、おれの知り合いと対面する可能性もあるんだ。
そうなったら、どうしよう。
玄界のトリオン文明はどうせあまり変わってないレベルだろうし、他の国を攻めるのと同じくやったら蹂躙とかそういうレベルじゃなくなる。
もう殲滅だよ。
おれの地元以外を狙ったり出来ないかな。
外国を狙えば少なくとも友人達を巻き込んでしまう可能性は著しく低下するし、ゲート位置を弄れるならそうするに越したことはない。
…………ハイレインの野郎が、おれをどんなタイミングで爆発させるかだな。
おれに全責任を擦り付ける事も出来る。
成熟してないトリオン能力を持つ人間が多い事もおれという前例である程度期待できる。
そう考えると玄界は宝の山だな。
こっちの世界と違ってどれだけ奪っても反撃もされず人口も減らない。
いいカモだ。
ハ~~~~ア、嫌になってくるぜ。
でも、現実はなるようにしかならん。
それは玄界の頃から変わらない。
どんだけ何かを努力しようが変えられない事はあって、その事実を認めたくないからおれたちは少しでも努力を重ねている。
自分一人でどうにか出来る事なんて限界があるのさ。
せめて知り合いと出会わない事を祈るしかない。
言い訳はきかないししたくないからね。
そうじゃなきゃあ、おれはアフトクラトルの連中も許さなきゃいけなくなる。
ダブルスタンダードは嫌いなんだ。
なあ神様。
こんなおれの人生は面白いのか。
楽しんで見てるのか、高評価をくれるのか。
死んだときにくらい顔を見せてくれよ。そうじゃなきゃ悲しいからな。
外に出て、庭に生えてるリンゴの木から果実を取る。
トリオンっていう万能エネルギーは非常に便利だけど、それと同じくらい不便で残酷なシステムだと思う。
エネドラの好物だから、という理由で植えられたこの果物は何の因果かおれの好きな人の好物でもある。
あんなクソ野郎と加古ちゃんを一緒にしたくないんだけど……
エネドラはクソでカスで粗雑で横柄な野郎だが、加古ちゃんは美人で華麗で心優しく不思議ちゃんな部分もある魅力的な女の子だ。天と地ほどの差があると言っても過言じゃない。
一口食べて、あの頃と変わらない甘さが含まれているのを舌で感じる。
甘くて美味い。
でもどこか物足りない。
喉の奥が乾いてるような、そんな感覚。
果物に罪はないとわかっていても、どうしても縋りたくなるものだ。
欲を言うならば、贅沢を許されるなら。
もう一回だけでもいいから、加古ちゃんの炒飯を食べたいね。
そうだな。
鯖リンゴ炒飯、なんてどうだろうか。
きっと美味しい筈だ。
な、きっとそうだろ。
◇ ◇ ◇
「────あら?」
ノスタルジアが遠い神の国から望郷の念を抱いている頃。
三門市にてある組織に加入していた
幼少の頃から続けていた趣味はいつしか他人に振舞うものになり、自身の好奇心と食べる相手を喜ばせたいと言う二つの欲望がぶつかりあった末に磨かれた彼女の中華鍋スキルは相当なモノに進化した。それはもう、どこかへ消えてしまった男の代わりに食べる事になった男が泣いて喜ぶ位には。
「…………懐かしいわ」
今日は生憎と食材の補充を忘れていた。
そのために日課とも言える炒飯作りのインスピレーションも沸かず、今日は無難なものにしておくかとやや落ち込みつつも冷蔵庫の食材を物色していた時。
少し前に自分で食べようと放置していた真っ赤なリンゴと、横にそのままの姿の鯖。
自分の記憶を掘り起こしてみたけれど、彼女が買った記憶はなかった。
かといって備え付けの冷蔵庫に生魚を放り込む人物に心当たりはない。
まさか自分たちの
「…………ああ、二宮くんね。本当に気が利かないんだから」
鯖を購入した人物がなんとなくわかったのか、柔らかく微笑んでから彼女は調理を始める。
────リンゴを使うのは、随分と久しぶり。
彼女の好物でもある果物。
単体で食べる事こそあれど、炒飯に組み合わせるのは久しく行っていなかった。
理由は、昔炒飯を振舞っていた人物に起因している。
理由は組み合わせの幅が狭すぎるから、らしい。
勿論作り手である彼女からすればそんなことどうでもいいので気にすることはなかったが、この鯖リンゴ炒飯は少しだけ特別だった。
彼の好みではない組み合わせだった。
彼に振舞って失敗した組み合わせでもあった。
覚えてないかもしれないけれど、リンゴと魚を混ぜてすごく不評な時があった。当時から彼に多少の特別な想いを抱いていた彼女にしてみれば、それは少しショックであったのだ。
だから、必死に考えた。
どうすれば美味しく調理できるか、どう組み合わせればいいのか。
化学反応ばかりを試すそれまでの自分とは違い明確に『他人に美味しく食べさせる事』を考えた末に、傑作とも呼べる鯖リンゴ炒飯が完成したのだ。
懐かしい。
彼女の胸中を占める感情はソレだった。
「ん、なんだかいい匂いがするな……」
「あら東さん。来てたのね」
「二宮も一緒だ。で、今日の組み合わせは?」
「鯖とリンゴよ」
鯖とリンゴか…………
表情に変化は現れていないが、彼の胸中を占める感情は不安だった。以前生モノと果物を混ぜた究極の炒飯で意識を失う程の衝撃的な炒飯を味わった彼にとって、そのジャンルは不安でしかなかった。
無言でキッチンから出て来た東を見て何かを察したのか、椅子に座っていた二宮が口を開いた。
「……今日の分は保障します、東さん」
「そうなのか。俺はてっきり先日食べたのと同じだと」
「果物を使う時は大体外れですが、今日の組み合わせだけは問題ないです」
断言する二宮に東は驚いた。
なぜなら、
二宮の天然に加古が噛みつき、それをあしらえない二宮が更に加古に煽られる。根本的に二宮は加古に弱いのだ。
そして二宮は加古望という女を苦手としている。
それは誰が見ても明らかな程だった。
「食べたことがあるのか?」
「はい」
そうか、と一言呟いた。
込み入った事情は聞かない。
東春秋は気遣いも出来る男であり、二人の共通の知人に行方不明になった人物がある事も知っている。
導き出される回答からどんなモノなのかを理解して、彼は瞳を閉じた。
Q なんでハイレインはわざわざ主人公を玄界に捨てる事にしたの?
A 部下の一人が台頭し始めて他の領主に引き抜かれた場合、次の神候補争いで負けたら弱体化してしまうのでどこにも行けないようにしたかった。
自分で考えて頭おかしくなりそうでした。