【マンガ1巻発売中!】攻略!大ダンジョン時代─俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど─ 作:てんたくろー/天鐸龍
そりゃまあ、いてもおかしくはないよなあ。
必死に狼人間を押し止める、力んだ体とは裏腹の冷静さで、瞬時に俺は佐山さんたちがこの場にいて、今、危機に瀕していたことを受け止めた。
「あ、う。山形、くん」
「くっ……! 間に、あって良かった。け、怪我……っ、ない?」
「う、ん……! や、山形くんこそ、ち、血が出てる……!」
「山形ぁ……っ」
なんとか無事らしい彼女らだったが、顔面蒼白で俺を見ている。
食い止めるも徐々に押し負けている俺の顔に、狼人間の鋭く伸びた爪が触れ、皮膚を裂いたのだ。
血の流れる感触。痛みはある、が、アドレナリンが分泌されているのか気にもならない。
それよりも、だ。後ろで、怯える佐山さんたちを見る。
「ガギャア、ガギャアァァッ!!」
「ひ、いぃぃ……っ」
「ぱぱ、まま……!」
「っ……」
獲物を前に唸る狼人間に、佐山さんたちが恐怖に叫んだ。
よほど怖いんだろう。震えて、涙を流している。
他の人たちも同じだ。差し迫った死に、身体がすくんで声すらあげられない。
少し前まで日常生活を謳歌していたはずのこの人たちの、こんな姿に……俺は今、無性に叫びたかった。
なんで、こんなことが起きる?
あって良いわけないだろ、こんなこと。
なんの権利があってこんな、当たり前の日々を奪うんだ、こいつらは!
昨日、カラオケに行った時のことを思い返す。
みんな笑顔だった。楽しく騒いで、話して、遊んでいた。
そんな佐山さんたちの笑顔が、一夜明けただけでこんな理不尽に晒されて、恐怖に歪められている。
許せるのか? 許していいのか?
「……許す、ものかぁ……っ!!」
「ガギャア……?」
体の、奥底に火が灯る。打ち負けかけていた力が蘇る。
不思議な感触だった。エネルギーが湧き出て止まらない。
《風さえ吹かない荒野を行くよ》の常時パワーアップじゃない。短期的な、けれど極めて強力な力が引き出されていくのを感じる。
『あなたはスキルを獲得しました』
──不意に、脳裏に響く声。
システムさんだ、と冷静に聞く一方。
体はどんどん強く、大きくなるエネルギーに満ち満ちていく。
『緊急時につき、音声アナウンスでお知らせします』
『スキル《誰もが安らげる世界のために》獲得』
『効果は』
《絶対に負けてはならない戦いの時、戦闘能力が最大1000倍まで上昇する》
『このスキルは本来、アドミニストレータ側の存在に向けて作成されたスキルです』
『発動にはsystemによる承認が必要になります。承認権限は以後、コマンドプロンプトへの接続も含めて精霊知能《リーベ》に委ねられます』
『──はいはーい! 早速いい感じのシチュエーション! かわいいかわいいリーベちゃんがお知らせしちゃいまーす!』
システムさんの、いつもの無機質な声音ではない。
可愛らしい女の子の声が割って入る。
誰ぇ……? なんて考える間もなく、俺の力が段々と、狼人間を押し返していく。
声は、更に続いて。
『──コマンドプロンプトを呼び出しました。アドミニストレータ用スキルを実行します。パスワード入力』
《──これは、絶対に負けてはならない戦いである》
『──ロック解除確認。スキル《誰もが安らげる世界のために》実行。出力20倍での発動が承認されました』
俺の身体から、徐々に力が、光が、輝きが解き放たれていって。
『……勝ってください。世界のために、人々のために。命のために、時代のために』
『──あなたが大事に思う人たちのために。そして何より、あなた自身のために!』
俺の心に。魂に。
たしかなエールを届けてくれた!
「くっ……ぉっ……おおおおおあああああああっ!!」
「ガ──!?」
狼人間の腕を、力のままに押し戻す!
無限にも似た力が全身を駆け巡る。俺に、救えと言ってくる。
佐山さんたちを。商店街の人たちを。時代を。世界を。
たとえ敵なる者さえも、すべてひっくるめて癒やして救えと。
俺のスキルがそう言っている!
「山形くん、光ってる……」
佐山さんの呟きが聞こえる。気付けば自然と、俺の身体は金色に輝いていた。
称号《勇気と共に道を行き、慈愛と共に生きる者》の発光現象──スキル《誰もが安らげる世界のために》に反応したのか。
まったくケレン味のある。いい趣味してるよ、システムさん。
けれど。さあ、やろうか!
「でりゃあぁっ!」
「!?」
狼人間の腕を、掴み続けたままに思い切り上空高く飛び上がる。
アーケード街の屋根より高く、家より高く、ビルより高く。
人々が小さく見えるくらいの高度に達して今、俺は狼人間に技をしかけた。
「空中、コブラツイストォッ!!」
「ガギャア!?」
背後から首に腕を回して締め上げて、足に足を絡めて思い切り背後に逸らす。
前に動画で見たプロレス技、身体能力とスキルも合わせて完全に殺人技法だ!
あらぬ方向に捻じ曲げられた狼人間の体は既に力なく、ブラブラと空中に漂う。
まだだ! 正面に回って足を抱えてホールドする!
「──ぉおおおおりゃあぁぁぁっ!!」
「ギギィィィィィィ!?」
急降下していく俺は、狼人間を上手に抱えて。
とてつもない勢いで地表に墜落する瞬間、それを地面に叩きつけた!
いわゆるパワーボムだ!
ズドン! と大きく地面が揺れる。あまりの衝撃に、近くにいた人たちも数人、よろけてこけた人までいる。
当然、技の爆心地となった狼男は、ひとたまりもないわけで。
「グ、ェ──」
断末魔の叫びすらあげられない、どこか、安堵したようなうめき声だけ短く出して。
人々を襲ったモンスターは、粒子となって塵一つ残すことなく、散っていった。