ワートリハードモード トリオン能力1未満トリガー無し敗北即死   作:ルシエド

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第二章 源頼漢と小南桐絵となんとか瑠花ちゃんと
【C】I've Grown Accustomed to Her Face


 俗に『英雄の日』と呼ばれる日から、数ヶ月が経っていた。

 多くの人が彼の顔を知らない。

 だが誰もが彼の言葉を知っている。

 『彼』を皆が英雄と呼んだからではなく、『彼』が人々を英雄と呼んだがゆえに、数え切れないほどの化け物から『彼』が人々を守った日は、"英雄の日"と呼ばれていた。

 

 死者0。怪我人5名。なお、その5名は避難中に転んだ者達などに限られる。

 

 社会は揺れ、数多くの変化が生まれ、有象無象の推測が流れていっていった。

 特に車が体当たりしても警察官が銃を撃っても傷一つ付かなかったトリオン兵(ようかい)の強さが世の中に与えた影響は大きく、軍事的に強く市民が安心している度合いが大きい国ほど、未知の怪獣たちへの動揺と恐怖は大きかったとされる。

 

 SNSでは、近年の情報化社会で目撃され、幻覚だと言われていたもの、フェイクだと思われていたもの、誰かの悪戯だと思われていたものの再検証が進んでいく。

 これまで語られてきた歴史上の――創作上の――化け物達が実はあの化け物だったんじゃないかという話まで広がり、議論は冷める気配もない。

 されど真実は公開されず。

 陰謀論を語る集団や、コミュニティや、宗教団体やらが生まれたり消えたり、また生まれたり消えたりして、真面目に語るフォーラムからふざけたスレッドまで乱立していく。

 この混沌こそ情報化社会が生んだもの。

 多くを知り、多くを語り、多くの虚実が流れていって、無数の言葉の海に満ちる。

 

 近界(ネイバーフッド)に住まう近界民(ネイバー)は見ることもできない、そこに存在していることも分からない、『トリオン』ではなく『電気』で動く、超大規模のネットワーク。

 

 電気は世界から夜を駆逐し始め、情報を媒介し、未知の谷を埋め上げていく。

 

 世界の流れは止められない。既に世界の引き金は引かれている。

 

 これは、駆逐されつつある夜から闇に潜む化け物達が飛び出した最後の噺の物語。

 

 その日、少女は夜明けを見つける。

 

 

 

 

 

 いつも大好きな星と月が照らしてくれる、薄明かりの夜の路面を、頼漢が踏んだ。

 

 空から舞い降りた敵が両手の刃を振り回し、頼漢が舞うように蜘蛛切を振るう。

 

 がぎん、と鉄が擦れるような音がして、両者は無傷のまますれ違った。

 

 一瞬の間に刃が交錯すること十数度。超高速の飛翔者が、源氏の武と渡り合っている。

 

「やっぱ速いな」

 

 (カラス)のような妖怪だった。

 

 『平家物語』に曰く。「人にて人ならず、鳥にて鳥ならず、犬にて犬ならず、足手は人、かしらは犬、左右に羽根はえ、飛び歩くもの」。

 両手には刃。犬の頭の口の中に、ぎょろりと動く単眼がある、天翔ける烏の妖怪(トリオン兵)

 銘は『天狗』。

 

 既に撃破された無数の妖怪の屍の上を、優雅に天狗が舞っていた。

 

「こいつの名前は?」

 

『天狗。誰でも知ってる空の王だ。けど、今の我々の敵じゃない』

 

「おっけ」

 

《 いいぞ、ヨル。誘導や立ち回り上手くなってきたんじゃないか? そのままだ 》

 

「千佳っちとちょくちょく特訓してた成果を見せてやるよ」

 

 頼漢は天狗と何度か攻防を繰り返し、自然な動きで逃げに入った。

 既に3秒は使い終わっており、天狗は頼漢の手札が尽きたことを確信している。

 

 走り、逃げる頼漢。

 飛び、追う天狗。

 ここは照らす街頭さえ多くはない東の倉庫区画。

 月と星の光を頼りに、足元もおぼつかない闇の中を逃げねばならない。

 人間の目の性能上限に多少苦しめられる頼漢と、光学カメラに近い構造の目を持っている妖怪では、こうした灯りのない夜間戦闘の適性に天と地ほどの差があった。

 

「くっ……!」

 

 頼漢は下手な芝居で追い込まれているふりをして、そうして"そこ"に引き込んだ。

 

 そこは、"品川のお化けトンネル"に次ぐほどに天井が低くなる地下道路だった。

 品川のお化けトンネルが高さ制限1.5m。

 このトンネルが高さ制限2m。

 逃げ込んだ頼漢を追ってそこに飛び込んで、進めば進むほど天井が低くなっていくことに気付いてもその時にはもう遅い。

 天井が低すぎて路面に足をついた天狗に、蜘蛛切を握った頼漢が振り返る。

 

「なんてな」

 

 天狗の頭頂部と天井の間の距離は20cmと少ししかなかった。

 これでは飛べない。

 飛べるはずがない。

 

《 武装 臨時接続 霊力吸収 》

 

 夜の闇に紛れ、真っ黒なローブで身を隠し、()()()()()()()()()()()()気配を消して隠れていた千佳を見落としてしまっていたことで、天狗がここで勝つ可能性が七割潰えた。

 補給を許せば、3秒間の絶殺が来る。

 

「トリガー・スタート」

 

《 蜘蛛切・真打起動 残り時間を表示します 》

 

 膝丸。

 蜘蛛切。

 薄緑。

 数々の名前で呼ばれた人類の決戦兵装の後を継いだ、蜘蛛切・二ノ太刀に光の刀身が宿る。

 夜闇を照らす薄緑の霊力(トリオン)発光が、真夜中のトンネルの中を駆ける頼漢の視界をうっすらと作ってくれた。

 

《 参 》

 

 輝く一刀。

 頼漢の剣は、夜を切り裂く人の刃。

 見えぬ二刀。

 天狗の剣は、両手と半ば一体化した黒。夜に紛れて人を刺す、(あやかし)の刃。

 

 激突する剣閃は、目にも留まらぬ剣技の応酬。

 

 力と速度で頼漢が勝る、センサーとステルスで天狗が勝る、変速の果し合いであった。

 

《 弐 》

 

 頼漢は(からす)の如く真っ黒で、夜の闇に溶け込みながらも、その単眼で僅かな光も拾ってしまう。

 対策していない人間に対し、一方的な攻撃行動を成立させるのがこの妖怪のコンセプトだ。

 24時間そこら中を照らす電気文明世界でもなければ、多くの町村で天狗は見えない。

 この天狗は、本来地球以外の世界でこそ無双する存在だった。

 

「微妙にやり難ぇ、つーかカラスがなんで夜に目ぇ見えてんだよ! 鳥目は!?」

 

『多くの鳥は鳥目とかないからね』

 

「え、マジ?」

 

『いつまで"鳥は夜に目が見えない"などと昔の常識を……平安時代からやってきた遺物の方?』

 

「そりゃおめーだろうがぁ!!」

 

 早口で話しながら超高速の連撃を繰り出す頼漢に対し、天狗は思い切り下がった。

 後退した分、蜘蛛切の光から遠ざかる。

 光源から遠ざかる分、その姿は見えにくくなる。

 この小細工で、頼漢の3秒を使い切らせることができるという判断だろう。

 そして、その小細工は正解だった。

 頼漢が追いながら、舌打ちする。

 

《 壱 》

 

 夜の闇の中、天狗が見えるか見えないかというところまで離れ、最後の一秒に入った時。

 

 突然に強い光が場を照らして、天狗の位置が光に暴かれ、懐中電灯を持った千佳が頼漢に向けて精一杯の声を送った。

 

「光です!」

 

「サンキュー千佳っち!」

 

 低い天井と少女の光に殺された天狗は防御に動くが、頼漢は防御をすり抜けるようにして下から上へと切り上げる。

 

《 零 》

 

 切り分けられた天狗の身体が、左右に分かれて転がった。

 

《 蜘蛛切・真打を終了します 》

 

 光刃が消え、頼漢はふぅと息を吐いた。

 

「サンキュ、千佳っち。助かった」

 

「兄さんが過保護で、懐中電灯持たせてくれてたんです。千佳は夜道で転びそうだからって」

 

「はははっ! 確かにそうだ。千佳っちは他人ばっか見てて足元がおろそかなんだよな」

 

「こ……転びません、大丈夫です。いつまでもそんなにちっちゃい子みたいじゃないです」

 

「転んだらキャッチしてやるよ。俺達のお姫様に傷一つ付けるつもりはねーからな」

 

「むぅ」

 

 蜘蛛切を虚空に納刀し、頼漢は隣にふよふよ浮いている晴明に話しかける。

 

「初めて見るやつだったな、天狗の妖怪」

 

『製造コストがとても高いらしいんだよねあれ。

 あんま数がないんじゃないかな?

 あ、妖怪の死骸の回収忘れないように。

 射撃型の攻撃を全て吸収する能力を持ってるから(なれ)以外はあんま倒せないんだ』

 

「へぇ。いいかげん射撃武器かなんか欲しいよなぁ」

 

『名無しは口の中の砲撃する部分と弱点が同じ場所だから砲撃部位回収できなかったものな』

 

「俺に合うのは投げ武器とかか?」

 

『霊力爆弾とかか。うーん、暴発防止作業が繊細になるから危険度が増すかなぁ』

 

「じゃあ諦めるか」

 

『唐突に全部投げたね』

 

「だってよ、結局俺が手作りするわけだぜ。細かい作業なんてやってらんねえよ」

 

『匙を投げた?』

 

「いっそ遠くの敵まで身体丸ごとすっ飛んでいってぶつかって倒すのはどうよ?」

 

『それは身を投げるようなもんだと思うけど』

 

「どうすればいいと思う?」

 

『どうすればいいって言われても……あ、今のは質問を投げたなこのやろう』

 

「ほらな、投げるの得意だろ?」

 

『これで投げの上手さが証明されたことになってるの納得いかない』

 

 千佳が笑った。

 何に笑ったのか、頼漢にはよく分からなかった。

 遠目に、バイクのライトと麟児のヘルメットがうっすら見える。

 千佳は背負った小さなバックから魔法瓶の水筒を取り出し、断熱性が高い構造で火傷しにくいプラコップに熱々のお茶を注いで、頼漢達に差し出した。

 

「ちょっとだけ休憩しませんか? ヨルカさんも晴明さんも、おつかれさまです」

 

「サンキュ」

 

『飲めないから気持ちだけいただいておくね。でも、ありがとう』

 

 温かいお茶には、千佳の温かい気持ちが感じられた。

 

 

 

 

 

 お茶を飲みながら、頼漢は言った。

 

「やっぱ、敵減ってるよな」

 

 お茶を飲みたそうにしながら、晴明は応える。

 

『減ったね。ネットだともう三門市以外に狙いを変えたんじゃね? と言われるほどだ』

 

 お茶を堪能し、麟児は白い息を吐く。

 

「襲撃頻度が下がるのはこちらとしてはありがたいけどな。

 あんまり三門市が狙われる頻度が高いと、千佳が狙われてることがバレて最悪だ」

 

 千佳は自分が狙われていることの重み、それに巻き込まれる人もいるという辛さをしっかり感じながら、小さなコップを握り締めた。

 

「迷惑かけてごめんなさい。

 私が狙われてるのに敵が減ってるのは……ヨルカさんがとっても強いから?」

 

 麟児は飲み切ったコップを適当に置いて、腕を組んで考える。

 

「それはかなりあるだろうな」

 

「えっと……ヨルカさんが妖怪に恐れられてるってこと?」

 

「それもあるが……想像してみろ、千佳。

 ヨルは敵からどう見える?

 倒した妖怪の一部を剥ぎ取って武装にする蛮族。

 技術は奪われてない、体の一部だけ剥ぎ取って武器にしていく。

 妖怪の攻撃はほとんど通用していない。

 攻撃が当たっても撒き散った血に妖怪が触れると溶ける。

 エイリアンか? エイリアンだろこんなの。よく分かんないまま戦いたくはないはずだ」

 

「……たいへん、たいへんなたいへんだよ、兄さん」

 

「だろ? ヨルは言わば……

 新惑星で新発見されたエイリアンなんだよ。

 最新武器が通じず奪った武器を使ってくる知性ある暴のエイリアン」

 

「これ俺に対するヘイトスピーチにならねえ? ならねえか? クソめ」

 

 麟児が置いたコップに千佳がお茶のおかわりを注いで、微笑んでそれを渡した。

 

 微笑ましい兄妹を見守りつつ、頼漢は別の意見を出す。

 

「俺は麟っちとは別意見だな。俺は千佳っちを狙ってた勢力Bが攻め込まれてる説を推す」

 

「ほう?」

 

『面白いね』

 

「こんだけのことやってんだ。

 加えて、よその世界から女子を拐うことに躊躇いのねえ外道だ。

 外道は、恨みを買う。

 いつか必ず被害者からの仕返しをくらう。

 千佳っちみたいな子を他の世界からも拐ってんじゃねえか?

 許せねえ。ブチ殺してやりてえ。

 そう、俺みたいに思うやつが他の世界にいんならよ。

 勢力Bが今攻められて忙しくて忙しくて手が回ってねえ可能性もあんじゃねえか」

 

「……ヨルは倫理的だな」

 

『うん。倫理的に必然が何かを考えてる。根底にあるのは強い人間的倫理だ』

 

「何が言いてえんだ?」

 

『可能性はあると思う。けど』

 

「予想というにはヨルの願望が出すぎに感じるな。

 "悪党は被害者の仕返しで痛い目を見ないといけない"とかそういうのが」

 

「……」

 

 頼漢はしょんぼりしてしまった。

 しょんぼりしてしまったヨルカのコップの中身が少ないことに、千佳が気がつく。

 

「ヨルカさん、お茶継ぎ足しますね」

 

「あ、悪い。このお茶美味しいな。千佳っちが淹れたのか?」

 

「ふ、普通のお茶っ葉を書いてある通りにしただけなので……」

 

 照れて笑む千佳は、よく気が付く子だった。

 "いい子だなあ"と、何度目かも分からない感想を頼漢は抱く。

 親友と妹のゆったりした空気を味わいながら、麟児はお茶を口元まで運んだところで、別の可能性に思い至った。

 

「ヨルの話聞いててちょっと思った。

 もしかして、アリステラの方の戦況が動いてるんじゃないか?」

 

「……なるほどな。()()()()()()()()()()()()()()()()みたいな話か?」

 

 麟児が頷く。

 

「千佳を狙ってる勢力Bはボーダーの留守を狙ってるきらいもあるんだろう?

 勢力Aはボーダーとバチバチにやり合うつもりで大戦力を投入予定。

 勢力Cはアリステラが片付いたら黒い土蜘蛛とかが来る。

 他に勢力が出てきてもボーダーを知ってたら同じだな。

 つまりどの勢力も、地球唯一の防衛戦力であるボーダーの動きに注目してるはずだ。

 たとえばボーダーが非常に強い敵を倒したりしてたら……

 地球の脅威度が上方修正されて勢力Bの中で慎重論が出てるとか、そういうのもあるだろう」

 

『いい観点だね。確かにそれはありそうだ。今は頼漢も注目株かな』

 

「ハッキリ言って、妖怪の出現率が下がった理由に確かな根拠はない。

 ただ、案を色々出しておくことで後々色んな可能性を想定できるわけだ」

 

『確かに。それが結局一番"強い"話し合いになるんだよね』

 

「よーし俺の理解が追いつかなくなってきた、麟っちノッてきたな」

 

「よ、ヨルカさん……」

 

『実は昔、異界の主戦派の人間が病死して妖怪が送られて来なくなったことがあって―――』

 

「やはり確認するには異界側にヨルを送り出してみる必要がありますがリスクが―――」

 

 頭の良い二人の推論合戦についていけなくなったので、頼漢と千佳はまったりお茶を飲んでまったり話すフェーズに入ってしまった。

 

「異世界ってどんなんだろうなあ。

 抽選で死刑とかしてんのかな? これでええわ、って。

 『今日はボーナスデイなので当たり数二倍です!』とかやってたりして」

 

「ヨルカさんの想像する異世界って、なんというか……

 メジャーな異世界とは何か違うのにどこか地に足ついた怖さが毎回ありますね……」

 

 しばらくだらだら話した後、頼漢は自分の上着の裾とズボンの一部がばっさり天狗に切り落とされていることに気付いた。

 紙一重でかわして立ち回っていたからだろう。

 生身で戦っている以上、こういうこともある。

 

「また服破かれちったし着替えてくるから待っててくれ」

 

「はい」

 

 頼漢の生活は改善……したかというと微妙だった。

 食費を0近くまで抑えられるのでそれでバイトして、たまに食事・風呂・寝床などを雨取家でこっそりお世話になって、またバイトして。

 出現頻度がかなり下がったとはいえ、人知れず夜遅くに妖怪と戦うのは夜間バイトをするにあたり大きな障害となり、バイト中に戦いに行けば当然クビになってしまった。

 

 そんなこんなで、これまで母親が教団内での見栄のために買ってくれていた服は大体妖怪にずたずたにされてしまい、頼漢は自分の手で新しい服を買いに行かなくてはならなくなった。

 人生初の自発的ファッション。

 頼漢がうきうきしてなかったと言えば嘘になるだろう。

 

 また戦闘で破られるかもしれないから、高いのはダメ。

 戦いのための服でもあるから、戦闘に利用できる服の方が良い。

 目立つのはよくないから、赤とか金とか目立つ服はダメ。

 ポケットが多い方が便利でいい。

 ベルトも色々引っ掛けられるかも?

 そんな風に色々考えて、けれど最後は『自分が好きなもの』を選び、頼漢は初めて自分のファッションというものを真剣に考え、服を購入した。

 

「おまたせ、千佳っち」

 

 そして、出て来たものは。

 

 真っ黒だった。

 そして、アクセサリーが銀色だった。

 かつ、二次元以外では許されない凄まじい臭みがあった。

 

 一言で一気に言い切るなら、『現代異能もので主人公の宿敵として出て来て中二病臭い台詞を大量に吐きながら難読漢字を大量に盛った必殺技を連打しストーリーの途中に両親が殺され復讐者となった悲しい過去が明かされ最後にラスボスに追い詰められた主人公を助けに来る異名が"死神"のイケメン』みたいな服になってしまっていた。

 

 現実にこれが電車に乗っていたら、おそらく左右の席には誰も座らない。

 明日街を歩けば、おそらく無断撮影されてバズってリツイートが2000ほど来るだろう。

 

 オタクが好きなゲームで結構な確率で出てきそうな服なのに、何が痛いかを知るオタクが現実で着る可能性が全くない、『臭いファッション』を知らない少年が趣味全開で選んだがゆえに生まれてしまった、無垢なる臭みが凝縮されたかのようなモンスター。

 

 無垢なる真っ白な牛乳が凝縮され腐敗して途方も無い悪臭を放つようになってしまった真っ黒な腐り牛乳のようなファッション。

 鼻ではなく、目で感じる臭み。

 それは玉ねぎの成分のように目に突き刺さり、中学二年生頃に黒歴史を作った記憶のある成人男性は次々と涙を流し、やがて命を断つだろう。

 

 千佳は何か言おうとして、何かの言葉を呑み込んで、この上なく優しい言葉を選んだ。

 

「ヨルカさん、新しい服お似合いですね」

 

「へへっ、服足りなくなってきてたしこれがビビッと来たからな。

 ……あー、よかった。

 俺さぁ、あんま普通な育ちしてねえだろ?

 何が普通で普通じゃないか、そういうのも全く分かんねえからさ……安心した」

 

「うっ」

 

 千佳には、何かを言う勇気が無かった。

 恩人に嫌われる覚悟で、恩人の服に何かを言う勇気が無かった。

 

「しかしやっぱ服は高えわ。戦闘で破れねえ服とかが欲しい、買い直しがキツい」

 

「ヨルカさんの服が破れるのはどうしたらいいのかな……

 霊力で服を作れたり分解して作り直したりできたらいいと思いますけど……」

 

『ちょっと難しいかな。平安での実験はほとんど失敗してしまった』

 

「地味に高等な技術なんだったか、霊力で服作ったり直したりすんの」

 

『出来たらビックリするよ、(やつかれ)はね』

 

 麟児との話が終わったらしい晴明が、二人の話に混じってくる。

 

 晴明との話が終わった麟児が頼漢を見て、驚き、引きつった笑みを浮かべ、笑みが消え、苦悩に満ちた顔で眉間を揉み、何かを言いかけて途中で言い辞め、やがて貼り付けたような仮面の笑顔を浮かべて、沈黙を選んだ。

 

『どう思う?』

 

 沈黙を選んだ麟児に、晴明が容赦なくにこにことして意見を求める。

 

「俺は……まあ……千佳が褒めてるし俺がなんか言うことないよなって……」

 

『まあ……でもちょっとは話しておいた方が後で齟齬がないよ』

 

「そうなんですけどね……」

 

 千佳が言わなかったことがあった。

 晴明が言わなかったことがあった。

 麟児が言わなかったことがあった。

 

 頼漢に話しかけた時、麟児は人生で初めて、手の中に大量の汗をかいていた。

 

「ヨル、その服……自分で選んで買ったってことだよな」

 

「おう。なんか普通に服買うって経験ほぼなかったんだけど……黒、かっけえなあって」

 

「ヨル……お前……いや、まあ、いいか。

 お前がようやく好きな服着れてんだもんな。

 いいことだ、うん。

 ただしヨル、一つだけ約束しろ。女の子と遊びに行く前は、俺に相談するんだぞ」

 

 とても遠回しに、頼漢を傷付けない方向性で、傷になりそうな部分に触れないように、麟児は言葉を選んでいた。

 

 頼漢はこの瞬間確かに、人の心を操る魔人・雨取麟児の生涯で他人に気を使ったランキングぶっちぎり一位を勝ち取っていた。

 

「は? 何調子こいてんだ、そこまでプライベートに踏み込ませるわけねえだろ」

 

「俺に! 相談! するんだぞ! ヨル! 主に、服をだ!」

 

 麟児の生涯最大の危機感が、猛烈な勢いで背筋に走る。

 

「お……おう。な、なんだ? なんかあんのか? モテる服とかあんのか?」

 

「モテる服などないが、モテない服はある。

 そしてお前はたとえるなら……

 鳴かないのがかっこいいと勘違いしちゃったオスセミみたいなとこがある」

 

「誰とも交尾できないまま童貞で終わるって言ってんのか????」

 

『めちゃおもろい』

 

 戦いは終わった。

 適当な会話を繰り返しながら、彼らは帰る。

 だが、戦いが終われども、彼らの人生は終わらない。

 戦いの後は、また新たな戦いが始まっていくのだ。

 

『友達が新しい服買って無条件で褒めるのが千佳ちゃん。

 本人のことを想って時に残酷でも服にダメ出しするのが麟児君って感じはするね』

 

「晴明さん……そういうのは言わなくていいんですよ」

 

「え? え? もしかして俺、服のセンスにダメ出しされてた? ち、千佳っち?」

 

「大丈夫ですよ、ヨルカさんならなんだって似合うと思います」

 

「おっ……オアッ……こ……これが真実の重みと痛み……!?」

 

 結局、お母さんに買ってもらった服しか着ていなかった源頼漢は、雨取麟児に買ってもらった服しか着ない男になってしまった。

 悲しきかな源頼漢。

 "お前の服センスはファイナルファンタジーかテイルズでしか許されない"とコメントした雨取麟児は、悲しげに首を横に振った。

 

 麟児は頭を抱えながら――本当は麟児もあまり得意ではない――ファッションや流行を一から勉強し、頼漢の好きな色を痛くない程度に落とし込むファッションの創出に成功した。

 それはもう。

 それはもう、必死に勉強した。

 人生においていつも器用に、大抵の事柄を乗りこなしてきた雨取麟児にとって、何かに我武者羅に打ち込んでしまう時の事案は、大体が頼漢が原因だった。

 昔から、ずっとそうだった。

 

「ハァ……ハァ……勝ったぞ、俺は……ヨルの中のダサさという名の妖怪に……!」

 

「麟っち、殺してくれ。俺はまだ黒が最高にかっこいいと思っちまってるんだ」

 

「好きにすりゃいいんじゃないかな……

 だが約束しろ……

 黒い服自体は夜に戦うお前の武器になる……

 だが今後黒い服を着る時は、俺が渡した服以外は着るんじゃあないぞ……!

 これ着て千佳と一緒に街を歩いたりしたら千佳の代わりにお前を殺す……!」

 

「お、おう」

 

『黒い服や黒い武器は術式発動する時に影響が大きくなるからほどほどにね』

 

「へー、そうなのか。だってよ麟っち」

 

「……」

 

『あと、上から下まで黒い服は麟児君の脳が壊れそうだからほどほどにね』

 

「はい」

 

「信じられねえよヨル……

 この低予算バトル漫画の実写化映画で見そうな情けない黒コートはなんだ……?

 『I'm crazy?』って言ってる髑髏が笑ってるシャツなんてどこで買ったんだ……?」

 

「合わせて特売で200円だった」

 

『売れ残りだったんだろうね』

 

「バカ!!!!!!!!!!!!!」

 

 黒割合60%。それが頼漢の好みと麟児が鍛え上げた新スキルが出した結論、折衝案。

 

 麟児は翌日、丸一日泥のように寝て疲れを取ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何ヶ月も一緒に居れば、互いを知るし、互いに慣れるし、互いに絆が深くなっていく。

 それが仲間。

 それが友達だ。

 時の経過は、人と人の間にある、目には見えない何かを強く大きく鍛え上げていく。

 

 "英雄の日"―――この世界の未来において第一次大規模侵攻と呼ばれるようになる大きな戦いの後、大きな戦いはなく、県内県外で散発的な戦闘をするのみ。

 やや肩透かしの感こそあるが、本当に大きな戦いが控えていると分かっている以上、チームの誰もが油断することはなかった。

 

 頼漢らは"この世界の未来における第二次大規模侵攻"に備え、日々鍛錬や開発、及び作戦の考案などを繰り返していた。

 かたかた、かたかたと、晴明の指示の通りに千佳が文字の書かれた木の板を弄っている。

 木の板は、同じように文字を書かれた木の板を組み合わせた木の箱の中に納められていた。

 それら一つ一つに頼漢が書き込んだ文字が見て取れるが、千佳が触れると、千佳の体内の霊力(トリオン)が吸われて文字列回路に流れ出していく。

 

 まるで、コンピューターの中の基盤を弄っているかのようだった。

 

『どう? 異常事態くらいは見分けられそう?』

 

「大丈夫そうです」

 

『覚えが良いね。(なれ)の体内にも陰陽術発動媒体である源氏の血があればよかったんだけど』

 

「それは、ヨルカさんだけの特別ですから」

 

(なれ)普通に良い子で気軽に仲良くできる割に実は感情がかなり重いタイプだな……』

 

「そうですか……?」

 

 晴明には未来視の能力がある。

 千佳には妖怪の気配を探知する、最近は妖怪に対し完全に気配を隠せもする能力があった。

 この二人を陰陽術のシステムに霊力(トリオン)感応式の無線接続で組み込み、出現前に敵の出現を探知、チームが駆けつけるのが間に合うようにするというものを彼らは作っていた。

 

 これは大規模侵攻への対策ではない。

 晴明の提案で生まれたものではない

 ()()()()()()()だ。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」という頼漢の提案から生まれたものであり、頼漢のその提案を――願いを――却下する仲間など、居るわけがなかった。

 

 今のところ精度・確度は的中率100%にはなっていない。

 誤反応もたびたび出ている。

 しかし初動が早くなることは確かであり、真夜中に最速で反応して妖怪を倒してしまえば、一般市民が気付きもしないということがたびたびあった。

 そういう夜は、皆が安心して眠っていられた。

 そんなささやかなことを報酬として、頼漢は心底喜んでいた。

 

 何より。

 未来視ですら見えない存在の出現を察知しようとするなら、二人の先天的異能者の能力を組み込んだシステムでもなければ、おそらくどうしようもない。

 未来を視る力でなければ察知は間に合わず、時を捻じ曲げる敵を見つけるには気配で見つける以外には無いからだ。

 

(なれ)が使えるなら頼漢の負担も下げられる。

 頼漢が居ない時にこれの微調整をしたくなった時は頼んだよ』

 

「はい、いつでも呼んでください。

 微調整をすると何ができるようになるんですか?」

 

『空閑遊真君が来ない未来が増えてきたんだよ~~~いや言っても分かんないだろうけど』

 

「くが……?」

 

 千佳が可愛く小首を傾げて、晴明が頭を抱えて転がっていた。

 

『本当に(やつかれ)にしか分かんないことなんだけど、困ることが増えてきたんだ、うん』

 

「微調整すると、その人が来るんですか?」

 

『分からん。

 だが、微調整しとけば来たらすぐに分かる。

 あと、微調整した結果として、未来が変わることもあるから……』

 

「なるほど?」

 

『レーダーってあるだろう?

 色んな方にレーダーを向ければ色んなものが見える。

 陰陽道の高度な応用はそれと同じことができる。

 力、路、式という基本の仕組みは同じだからね。

 木の板を組み合わせたものだけど、これは基本的にPCと同じものなんだ。

 用途は探知限定になってるからPCほどの汎用性はないんだけどね……

 この機械を細かく何度も弄ってみれば、さてどうなる?

 探知できる反応が微妙に変わる。

 拾える反応が微妙に変わる。

 隠密行動している敵も、たまに偶然引っかかるかも。

 そうしたらこの機械の未来を見てる(やつかれ)には分かる。

 逆に敵を探知できない調整状態も分かるだろうね。

 探知できなかった未来も、(やつかれ)は見えるから。

 何かが見つかるまで気まぐれに微調整を繰り返せば、どんどんリスクは減っていく。

 微調整を変えて未来が変わったら、その瞬間(やつかれ)は敵の出現を知るってわけさ』

 

「なるほど……?」

 

 千佳はよく分かっていなかったが、晴明が何言ってるのかさっぱり分からんなんて言えば晴明にダメージが入ってしまうので、春秋に話を合わせて曖昧に笑んだ。

 千佳は気付いていた。

 晴明は陰陽術の術式のことを語ると早口に、しかも長話になることに。

 加えて、かなり鬱陶しくなることに。

 晴明に陰陽術師の友達が全然居なかった理由の八割がここにあった。

 

 加え、話を"聞いてくれる"と見れば千佳に好感を持ち、このうざ絡み。

 心優しい人気者とコミュ障オタクが友達になると、コミュ障オタクが話を聞いてくれる人気者にひたすら鬱陶しい話を続けてしまうパターンが近い。

 そう。

 安倍晴明には、厄介オタクの才能があった。

 そして、厄介居酒屋おじさんの才能もあった。

 晴明しか楽しくない面倒臭い話を永遠に続けられるという、天賦の才があった。

 

 悲しきかな、千佳はそういうものの被害者になりやすい善性と包容力を兼ね備えていた。

 厄介オタクでさえ受け入れてしまい、嫌いにならず、突き放すこともしないのは本当に"いい子"であり、それが晴明を狂わせる。

 "千佳ちゃんもっと話聞いて"だけで、晴明は厄介邪悪と化していた。

 

 千佳は"ヨルカさんは一日中この人と一緒に居てずっと話してるのすごいなぁ……"と、心中でちょっと失礼な敬意を新たにし、晴明に曖昧に笑んでいる。

 

 千佳の気遣いと優しさに満ちた笑みに、晴明は楽しそうな笑顔を返した。

 

『千佳ちゃんは優しいねえ、お小遣いあげたいけど財布も体も無くて悲しいなあ……』

 

「あ、あはは」

 

『あ、そうそう、今してた話からちょっと長くなるんだけどさ、術式に―――』

 

 その時。

 

 麟児に手伝ってもらって修行をしていた頼漢が帰って来て、抜刀した蜘蛛切を振るった。

 

 蜘蛛切の風切音を聞き、千佳はほっとして、晴明は表情が固まる。

 

 頼漢が肩に蜘蛛切を乗せると、晴明のこめかみに冷や汗が垂れた。

 

「晴明」

 

『はい』

 

「お前をチーム除名処分とする」

 

『ま……待ってくれ! マジで待って! 許して! 今自覚持ったから!』

 

「部屋の隅で一時間正座してろ。あと、千佳っちに今日みたいなこと禁止な」

 

(やつかれ)は最強なので正座しても足痺れたことねえんだわ』

 

「お前本当に反省してる?」

 

『してます……』

 

 部屋の隅でしょんぼりする晴明に目もくれず、頼漢は千佳に微笑んだ。

 

「ただいま千佳っち。平気か?」

 

「おかえりなさい。はい、その、晴明さんが悪い人じゃないのは分かってるので……」

 

「一億回言ってるけどこいつ悪霊だからな……」

 

「でも、ヨルカさんは信じてるんですよね」

 

「………………………………………………答えにくいぞ」

 

「ふふっ」

 

 千佳は少し憧れる。

 この関係に。

 この雑さに。

 この適当さに。

 千佳はこんな雑で適当な関係を、誰かと結んだことがなかったから。

 頼漢と晴明の間には、お互いを大切にしない絆がある。

 それがなんだか面白くて、見ていて楽しい。

 千佳は晴明をしょっちゅう困った人だと思っているけど、頼漢と晴明が相棒である内は、特になんにも気にならない、そんな気がした。

 

 修行補佐用に使っているジャージから着替えた麟児も、自分の部屋から降りてきた。

 

「ただいま。ヨルが凄かったぞ千佳。

 いや、久しぶりに感心した。ああいうことができるんだな……」

 

「俺、遊ぶものとかお前らよか全然知らねえからさ。

 暇な時何やっていいかあんま分かんねえんだよ。

 夜はマジですることなくて壁じっと見てることが多かったな。

 だからこの靴、色んな遊び方ができて面白くて毎日遊んでたわ」

 

「"好きこそ物の上手なれ"……とは、確かに言うが……」

 

「あ、ごはんの準備ができてますよ、ヨルカさん、兄さん」

 

 靴をとんとん叩くヨルカに、感心した様子の麟児。何やら修行が上手く行っていたようだ。

 

 それはそれとして、喰わずに人は生きられない。

 

 山のように積み上げられた千佳のおにぎりに、頼漢はぱぁぁぁっと表情を輝かせ、千佳がそれをにこにこと見ている。

 そして麟児の笑みが消えた。

 じんわりと、服の下の背が、冷や汗でじっとりと濡れていく。

 麟児は皆で飯を食う時、頼漢が喜ぶから大量のおにぎりしか作らない千佳の、炭水化物の暴力に日々打ちのめされており、もういい加減おにぎりに飽きるという段階に入りかけていた。

 ごはんごはんごはん。

 アンドごはん。

 デザートもごはん。

 いくら食っても米に飽きない二人のモンスターが、麟児を戦慄させていた。

 

 しかし、麟児は文句を言わない。

 おにぎりを食べている頼漢と、食べている頼漢を見ている千佳、二人をまとめて見ていると、精神的に謎の充足感があったから。

 まあ、いいか、という気持ちがあった。

 これも兄の責任なのかもな、と思う心があった。

 

 ふっ……と麟児は自嘲し、"いつまでも付き合ってやるか"と思っておにぎりに手を伸ばし、「うっ」となってしまい、"いややっぱねえわ"と思ってカップ麺を作り始めた。

 醤油味太麺三分間。

 即時投げ捨てられた『兄の責任』さんが行き場を無くし、晴明と共に見捨てられていく。

 カップ麺に逃げる喜びを知ってしまった麟児の目の色は、半ば死んでいた。

 

「うまっ、うまっ……やっぱ千佳っちのおにぎりめちゃくちゃ美味え、天才」

 

「喜んでもらって嬉しいです。いっぱい作ったのでいっぱい食べてくださいね」

 

「ああ!」

 

「お、千佳がおにぎり料理褒められても照れなくなった。成長だな」

 

「兄さんっ」

 

 もうお前ら二人で暮らしてれば食生活にズレもねえだろ……と思う麟児の瞳には、底の無い優しさの海が湛えられていた。

 

「麟っちが食べてるカップ麺も美味そうだな……」

 

「よ、ヨルカさん……」

 

「そっちから寄ってきたら俺にはもう回避不可能だろ」

 

 なんでもかんでも美味しいと言う欠食児童源頼漢に、「わたしのごはんでヨルカさんが幸せそうだと嬉しい」という大きな感情を抱き、その上でこんな流れになって大きな感情に振り回されている妹に「やっぱ面白いな……」と思う兄心があった。

 食事時に二人を見ているだけで得られる、謎の充足感があった。

 こんなだから妹の千佳にさえ「兄はそういうことをする人ですね……」とコメントされてしまう兄妹関係になってしまったのだが、麟児は分かっていてもやめる気はない。

 

 麟児の麺がなくなってきた頃、晴明が正座したままふよふよ流れてくる。

 

『そろそろか』

 

「どうしたんですか晴明さん、ハンターハンターが完結する未来が見えたんですか?」

 

『それは見えたこと無いんだよなぁ。テレビつけて、我々の未来に関わることだ』

 

 ピッ、と麟児がテレビの電源をつけて、四人で肩を寄せ合いテレビの画面をじっと見る。

 

『そろそろ、今やってる緊急会見の速報が各ニュースで一斉に流れるはず』

 

「緊急会見?」

 

『これ見逃したら(なれ)らは一年くらいは微妙な後悔を抱えることになる』

 

「び、微妙なレベルの損失……」

 

(やつかれ)らが見逃した場合の未来ではようつべで見てたから』

 

「YouTubeも安倍晴明の情報ソースとして使われるとは思ってなかっただろうな……」

 

『ほら、始まった』

 

 そうして、ニュースが流れた。

 

 

 

 

 

 

 

『―――そのため、地球とアリステラで世界間国交条約の締結会議が始まりました』

 

 

 

 

 

 

 

 その後も色々と言っていたが、頼漢と千佳はだいぶ衝撃で色々聞き逃してしまっていた。

 異世界との交流をいずれ始めるための法整備がうんたらとか。

 総理大臣がいい異世界も悪い異世界もあるので日本人の理性を信じますうんたらとか。

 警察の代表のおじさんが銃も効かないので軽挙はしないようにと念押ししたり。

 簡単にこの世界と異世界の関係が図説されたり。

 コメンテーターがフェイクニュースを疑ったり。

 少し遅れてアメリカ大統領のコメントが届いたり。

 その後も色々な人が出て来て何やら言って、法的な見解を述べる人がてんやわんや出て、各番組の下のSNSのコメントを表示する部分がとんでもないことになっていた。

 

 衝撃があまりにも大きすぎて、一言一句聞き逃していなかったのは麟児と晴明だけだった。

 

「……はえ?」

 

 頼漢が気の抜けた声を漏らし、晴明の肩をベシベシ叩こうとしてすり抜ける。

 

「ど……どういうことだよこれ!?」

 

『いやー面白い。この顔が見たくてこの瞬間まで黙ってたんだよね』

 

「テメェコラァ!」

 

『大丈夫大丈夫、黙ってたことで悪影響は無いから。

 むしろ微妙に未来は良くなるから。

 たぶん頼漢のその顔を見て、(やつかれ)がすごく健康になるからなんだと思うよ』

 

「ブチ殺す」

 

『もう死んでますぅ~~~~』

 

 未だ何がなんだか分からない状況の中、麟児が二ッと笑って立ち上がる。

 

「ということは……ヨル! アリステラは防衛に成功して滅ぼされなかったってことだ!」

 

「!」

 

「ボーダーは勝ったんだ。これはすぐ戻って来る……いやもう戻って来たのか?」

 

『戻って来てるはずだ。この情報はボーダーがアリステラから戻って来ないと公開もできない』

 

 このニュースは国交報告、あるいは親善報告にも見える。

 

 だが頼漢達にとって、この報せは()()()()だった。

 

『ボーダーは事前にかなりの準備をしていた。

 第一次大規模侵攻……

 いや、この現在から続く未来だと数カ月後の第二次大規模侵攻なんだけども。

 その頃には、全ての国家から独立した最強戦力になることを許されていたんだ』

 

「各国と交渉が終わってたっつーことか? そういやその辺聞いてなかったな俺ら」

 

『ま、そうだね。

 今から数カ月後には交渉が終わってたんだ。

 この時点で終わっててもなんらおかしくはない。

 とまあ、来なかった未来の話はほどほどにしておこうか』

 

「違う未来……か」

 

 頼漢が顎に手を当て考え、晴明が話を続けていく。

 

『流れとしてはこうだろう。

 推測混じりだが許してくれ。

 ボーダーが事前にかなりの交渉を進める。

 トリオンは通常兵器が無効だから、交渉は時間をかければ行けたはずだ。

 なにせボーダーが"有事に守ってあげないぞ"とするカードが強すぎるからね』

 

「ふむふむ」

 

『そうして、厳密には国家に所属しない組織になった。

 そのままでの今後の活動を許された。

 トリオン兵器は強すぎるだろう?

 だからたぶん交渉はここで難航したはずだ。

 大国は選択を迫られた。

 民間組織に武力を与えたままでいいのか?

 国が技術を接収した方がいいのか?

 国と国がトリオン技術を奪い合う世界大戦になってもいいのか?

 トリオン技術でテロが横行する時代になる危険性は?

 異世界についての専門家であるボーダーに任せる安全性と危険性は?

 おそらく最終的に、ボーダーに対異世界事案を任せる方向で決まったんだろう』

 

「よし、よしいいぞ晴明、難しい話だが俺はまだついていけてる……!」

 

「ヨルはさぁ……」

 

『そして、ボーダーは理想の立ち位置に入った。

 ボーダーは国から独立した超法規的組織だ。

 だから地球のどの国の利益にも忖度しない。

 地球全体の利損のために動けるだろう。

 ボーダーが国家機関で無いことはとても大事だ。

 どこかの国に属せばトリオン技術で他の国を蹂躙できてしまう。

 その上、ボーダーに与した異世界が世界中から悪者扱いされてしまうからね。

 今回ボーダーを通して地球と仲良くした異世界はアリステラだけど、たとえば……』

 

「よーし、ちょっと時間くれ時間。今噛み砕いてるから」

 

「ヨルカさん……」

 

『とにかく地球が助けたアリステラが正式な同盟者になってくれたの理解してもらわないと……』

 

 ニュースがぎゃんぎゃん何やら話している間に、頼漢は晴明の説明を受け、大まかに事態を理解することができた。

 その横で、頼漢同様によくわかっていなかったが、頼漢と一緒に説明を受けていた千佳が、ちゃっかりついでに事態を理解していた。

 

「分かったぞ。ボーダーがヤクザツイフォーになったのか」

 

『……まあ、そのくらいの認識でいいんじゃないかな……その内正確に把握できるだろうし』

 

「兄さん、ヨルカさんの言ってることわかる?」

 

「……暴力団相談窓口のことだ。

 番号が0120-893-240。

 893(ヤクザ)240(ツイフォー)でヤクザ追放。

 窓口に言えばヤクザが死に、ボーダーに言えば妖怪が死ぬって頼漢は解釈したんだな」

 

「ああ……」

 

 千佳は"ヨルカさんの親友だなあ"と思いながら、温かな目で兄を見ていた。

 

 大体皆の理解が必要なレベルまで進んだので、麟児が話題を一歩進める。

 

「俺もヨルも千佳も、ボーダーには戦う組織ってイメージしか無かったから驚きます」

 

『戦うのはついでみたいなものさ。でなければ、組織の名前がボーダーにはならない』

 

「なるほど……」

 

境界(ボーダー)というよりは、板の橋(ボード)……橋を架ける者(ボーダー)だからね』

 

 頼漢はテレビを見て、遥か彼方の世界と、そこで奮闘したであろうボーダーに思いを馳せる。

 

「すっげえなあ、なんか……」

 

『たとえば、どのあたりがだい?』

 

「俺達今、世界と世界に橋が架けられてる歴史的瞬間に立ち会ってんだなあって」

 

『……ああ』

 

 晴明は頼漢を見て微笑み、テレビを見てゆったりと笑む。

 

 思い出すのは、分かり合えそうで分かり合えず、最後には殺し合うしかなかった未来のアフトクラトルの鬼、シュテンとイバラキ。

 

 人と鬼は分かり合えない。

 手を取り合えない。

 生きる世界が違えば殺し合うしかない。

 そう思い知らされ続ける千年だった。

 けれど、それももう昔のこと。

 

 安倍晴明にとって、"ボーダー"はとても大切な組織だった。

 まだ会ったこともないけれど。

 まだ言葉を交わしたこともないけれど。

 安倍晴明がいつか礼を言いたいと願い続ける、一度も見たことのない組織。

 それがボーダー。

 

 玉狛の、二つ目の、世界を越え繋がった絆、それが未来視にうっすらと見えている、だから。

 いつかの未来に、守り続けた大和の民と、鬼ヶ島の鬼が手を取り合って戦う未来が、安倍晴明の生に降り落ちるこの上ない救いなのだ。

 

『感慨深いよ。大和の民は精神的に成熟し、鬼と友になれるかもしれない者達になったんだ』

 

 儚げな微笑みを浮かべていた清明だったが、次の瞬間、お笑い芸人もかくやという表情に転がり落ちた。

 

『でもな~~~~』

 

「うわっカス陰陽師が死ぬほど面倒臭いこと言い出す時の声色だ」

 

 頼漢が"うえっ"とした顔をする。

 

『できればネタバレなしで見たかったなこれ~

 初見で素直にびっくりしたかったんだよな~

 未来視があるとこういう時先にネタバレされちゃうから驚きないんだよねぴえん』

 

「知らねえよ」

 

『分かるかい?

 (やつかれ)の驚きのない毎日が。

 落ち着いた社会で(やつかれ)が見えない未来とか無いんだよほんま辛くて辛くて』

 

「知らねえって」

 

『分かってないようだね、この未来を知る者の悲しき宿命を……

 あ、じゃあ偶然不運にもちらっと視えた遠い未来のことを教えてあげよう。

 その月曜日に、日本中で語られてたんだけど、ルフィが見つけたワンピースの正体は……』

 

「知らねえっつってんだろ!」

 

「兄さん、兄さん、こういうって違法無料視聴の海賊版閲覧になるのかな」

 

「ワンピースだけにな……」

 

 世界はどうやら変わっていくようだ。

 

 変わらないものも、人の間にきっとあるけれど。

 

「しかし条約なあ。俺ぁ日米しゅっこしゅっこ条約くらいしか覚えてねえぞ」

 

「日米修好通商条約……?」

「日米修好通商条約……?」

『日米修好通商条約……?』

 

「あとこんでえーねん死罪の法は覚えてるけどもう漢字で書けない」

 

「流石だヨル。全然覚えてないな、墾田永年私財法」

『ガバガバ死罪すぎる』

「今、ヨルカさんが抽選死罪とか言ってた異世界の脳内元ネタが分かっちゃった……」

 

「武家ショットもなんか響きが好きだったなぁ覚えてるわ」

 

『武家諸法度を必殺技にするな』

 

 ぴこん、と、頼漢が"これ思いついた俺すげえ。俺にしては"と思いながら発言した。

 

「ってかよ、俺思ったんだけど、これ次の大規模侵攻起こんないんじゃね?

 地球人脅威論で襲撃が減ってたみたいな話してたろ。俺らの世界とアリスギアが」

 

『アリステラね』

 

「俺らの世界とアリステラが仲良くしたら、脅威度増すだろ?

 普通に考えたら援軍だって地球に来るだろ。もう攻めたくねえんじゃねえか?」

 

「うーん……推測に勘が混じるけども、そうはならない気がするんだよな……」

 

『はい、麟児君正解』

 

「えー、マジか」

 

「いくつか考えてたことがある。

 主に、ヨルと千佳にとって何が最悪かについて。

 晴明さんは常に未来の変動が見えているから……どういう流れか視えてるんだろう」

 

『そういうこと』

 

「兄さんがそう言うということは……あんまりよくないのかな……?」

 

『ああ。次のジャンプの新連載、新連載は全部面白いけど、全て二巻打ち切りになるよ』

 

「なんだって……!? いや一つも読んでなかった。千佳の代わりに謝るよ、ごめん」

 

「いいぞ、許してやる。麟っちはダチだからな……」

 

「ありがとう、ヨル」

 

「兄さんとヨルカさんがわたしの頭越しによくわかんない話してる……」

 

「晴明的には一票で生き残れる打ち切り作品が視えるの地獄なんか? あ、買えねえのか」

 

『ジャンプにアンケートを出せない(やつかれ)の気持ちが貴様らに分かるものかっ……!』

 

「す……すまん」

 

『人の死よりは悲しくないけど打ち切られなかったら名作になるやつもぼんやり視えるからね』

 

「すまんて」

 

 ジャンプ編集部に行けば、打ち切り作品の未来も確認できてしまうのが安倍晴明であった。

 

 未来視の話をしていたからか、特に関係はないのか、未来の道筋が動き出し始める。

 

『そら来た、そら来た。

 大きな出来事の後は未来が動き始める。

 勢力A、B、Cが動き出す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と……動き始めたぞ』

 

「本番が近づいてきてるってわけだな」

 

『同盟だね。

 同盟の未来が濃くなってきた。

 (やつかれ)らの同盟じゃなくて、敵さんの国家群が新しい国を引き込んでる』

 

「同盟……?」

 

「……あれ?」

 

 千佳が小動物のように小首をかしげる。

 麟児は事前に想定していた。

 晴明は想定を前提に、未来の可能性が動いていくのを視ていた。

 頼漢は全く分かっていない。

 よって、ここで気付いたのは、雨取千佳一人だけだった。

 

「いいことだと思ってましたけど……

 わたしたちの世界に対抗して、敵が同盟を組む可能性があって……

 あの、これ、もしかして……敵がもっと強くなるんじゃないですか……?」

 

『千佳ちゃんは賢いねえ。そうだよ』

 

 千佳が答えに辿り着き口にしたことで、頼漢も事態を理解して拳を握り締める。

 

「どのくらいだ……? 俺の蜘蛛切で倒しきれるよな……?」

 

『ははっ、面白いことを言うなあ、この忘れんボーイは。

 黒い土蜘蛛が何体出てくるかなんて未来視で分かるわけないだろ、痴呆かい?』

 

「何体出てきても俺が全員即ブチ殺すから0体だろ?」

 

『すげえ』

「やべえ蛮族」

「さんすうがにがてそう」

 

 頼れる蛮族、源氏の(すえ)は今日も元気だ。

 実際に、頼漢が大暴れすれば恐るべき戦果を上げられるだろう。

 この数ヶ月でこのチームも段違いのレベルアップを果たしている。

 新顔の天狗が配下を引き連れて現れてすら、頼漢らに傷一つ付けることはできなかった。

 

 しかし。

 元より、最良でも1500人以上が犠牲になる大規模侵攻。

 それが強化されるとなれば話が別だ。

 第一次より第二次、頼漢らはまだ視野に入れていないが第二次を超える『第三次』と、大規模侵攻は後になるほど恐るべき敵が現れる形。

 未来視で情報を集めている晴明には、頼漢一人では詰むという確信があった。

 

 そして。

 今が()()()()()()()()()()()()()()()()()という確信もあった。

 

『ここが最適のタイミングだ。明日、ボーダーとの同盟を締結しに行こう』

 

 安倍晴明が未来を視て、源頼漢が救われ・生きて・幸せになるために必要だと、そう確信を持っていた"出会うべき人間"は四人。

 それ以外の人も頼漢を救うことはあり、頼漢の人生を変えることもあるけれど、頼漢の運命において最も重要な影響を与える四人。

 

 雨取麟児。

 雨取千佳。

 小南桐絵。

 木崎レイジ。

 

 運命の半ばは、そこに在る。

 

 

 

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