ワートリハードモード トリオン能力1未満トリガー無し敗北即死   作:ルシエド

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 小南桐絵は、アパートの階段を上がっていた。

 頼漢達に先日面倒をかけた詫び、ついでにゆりから「これから必要になるからよるくん達の拠点の位置と電話番号覚えてきて」と頼まれたのもあり、頼漢達の今の拠点に向かっているのだ。

 

 曰く、ここは数ヶ月前に作った、頼漢達の活動拠点らしい。

 作りかけの八咫烏や、壊れた蜘蛛切を直すための土蜘蛛(モールモッド)の足のストック、麟児がどこかから集めてきた怪しげな資材、みんなのおやつ、封印された頼漢の私服、作戦会議用のテーブルやホワイトボードなどが置かれている……らしい。

 頼漢達は街の各所に防衛に必要な『点』をいくつか作る計画を進めていて、この部屋がその最初の『点』になるのだそうな。

 

 と、いうのも建前で。実際のところは、今の頼漢の住まいになっているらしい。

 

 頼漢曰く「俺が金出してはいるがこんだけ格安なのは麟っちのおかげ」。

 晴明曰く『麟児君の気遣い半分、昔の友達と秘密基地作って遊びたいのが半分じゃない?』。

 千佳曰く「兄さんは秘密基地ができる前の方がヨルカさんがよくうちに来てくれたので楽しそうでした」。

 麟児曰く「水道電気ガス空調があるだけで大喜びしてるヨルに闇を感じる」。

 

 そのアパートについて聞いている内に、小南はだんだんよくわからなくなってきた。

 とにもかくにも行ってみよう、と足を運んだのはよかったものの、そこで見たのは―――

 

「なによ……これ……一体どうなってんのよ……」

 

 目を疑うような光景であった。

 白、白、白。そこは漂白の世界。

 部屋の隅で力なく倒れている雨取麟児に気付き、小南は急いで駆け寄った。

 

「逃げろ……小南……」

 

「あんたは……雨取兄妹の兄の方の……レンジ!」

 

「温めますか? いやこんなコンビニボケしてる場合じゃない……麟児だが……」

 

「どうなってんのよ……なんでなんで……」

 

 そう、そこには。

 

「なんで……あの二人はひたすらおにぎりを握って、ひたすらおにぎりを食べてるの……!?」

 

 山のようなおにぎりがあった。

 次々積まれ、次々食われ、増減しない白の山があった。

 頼漢が食っては、千佳が積み上げている。

 麟児は既に、おにぎり三つでもう食べられなくなってしまっていた。

 米のボディーブローに腹を破壊されてしまったのだ。

 

「逃げろ小南……『米に呑まれる』ぞ……」

 

「米に呑まれるって何……? 米のナウシカがここから始まるの?」

 

「お、桐っち来たのか。おにぎり20個くらい食ってくか?」

 

「気軽に0盛っていいやつじゃないでしょこれ」

 

 小南は人生で始めて、おにぎりを二個ずつ口に入れる男を目にしていた。

 

 小南は行儀よく千佳の横に座り、千佳にこれまでの経緯を簡単に聞く。

 頼漢の家の話を聞いて眉を顰め、食生活の話を聞いてすごい顔になり、その反動で千佳の何の変哲もないおにぎりにドハマリしたという話を聞いて呆れ顔をして、虚空を見上げた。

 実は小南はそこそこ育ちがいい方なので、なんとも言えなくなってしまう。

 なんとも言えない小南の横で、千佳が共感から苦笑していた。

 

「なるほど……バッタ食べてる食生活の反動でこうなったわけね……」

 

「そうみたいです」

 

「極端すぎるでしょ。加減知らないの?

 ボケ老人が踏んだ車のアクセルみたいになってるじゃない」

 

「止まる気配がないので……ヨルカさんが嬉しそうだからいいかなって」

 

「甘やかしの極限?」

 

「ヨルカさん曰く『沢山食べると数日は何も食わなくても戦える』そうですよ」

 

「冬眠前の熊?」

 

「千佳っちの握り飯が美味すぎてたっぷり食った後三日くらい食事睡眠無しで修行してたぜ」

 

「睡眠の方まで取らなくて良くなってるのおかしくない?」

 

 頼漢のタフさを戦闘中に理解したつもりになっていた小南だが、評価を上方修正する。

 つい癖で、小南は眼前の人の戦力評価を考えてしまう。

 このタフさと粘り強さを持つ頼漢が持久戦を選べず、危険を省みない踏み込みでできる限りの短期決戦を望むスタイルを選んでいるのは、つまり3秒しかブレードが作れないから。

 "英雄の日"のように持久戦を強いられると、頼漢は千佳などのトリオン源と繰り返し接触しなければならなくなり、敵に包囲されるとそれも叶わなくなってしまう。

 

 と、なれば。

 必然、()()()()()()()()()()()()も見えてくる。

 たとえば、"前線で常に頼漢の隣に居られるトリオン補給元の前衛"さえいれば―――源頼漢にできることは、一気に増えるというわけだ。

 選択肢が増えれば、選べる『手』はどんどん増えていくだろう。

 

 小南は頭の半分で戦闘者としての思考を回しながら、せっせせっせと頼漢のためにおにぎりを握り続ける千佳の頭を撫でていた。

 どことなく、お姉さんぶっているいるようにも見えた。

 

「千佳は面倒見の鬼ね、褒めてあげる。一個だけ貰っていい?」

 

「えへへ、どうぞ」

 

「ありがと。そういえば千佳は何年生?」

 

「三年生です」

 

「そっか。あたし六年生だから、困ったことあったらなんでも言うのよ?」

 

「はいっ」

 

 小南桐絵、またの名をボーダー最年少の天才剣士。

 いつも彼女は、皆の末っ子だった。

 大人勢からは子供のように扱われ、どの子供からも年下扱いされてきた。

 子供扱いをよく思わないのは、そういう普段の扱いが根底にある。

 

 そんな彼女にとって、千佳は初めて出来た年下の仲間であった。

 先輩ぶれる。お姉さんぶれる。それが小南には新鮮で、なんだか楽しくて嬉しかった。

 千佳が小南より小さくて、いつも小南を見上げるように見ているのも、小南にとっては楽しく新鮮な感覚だったようだ。

 千佳は小南にとって、初めて出来た自分を敬う年下の後輩だったのである。

 

 千佳が高いトリオン能力から敵に狙われているという話も、小南は既に聞いている。

 "この子を守ってあげよう"と、小南は千佳の頭を撫でながら思っていた。

 

「あと四ヶ月くらいであたし中学生だけど、進学どうすんだろ……」

 

 と、同時に、「あたしもこの前まで三年生だったのに……」という気持ちから、数ヶ月後の中学進学の不安がぶり返してきたようだ。

 

「桐っちの近所の中学行くんじゃねえの?」

 

 小南は頼漢の疑問に、ふにょふにょした表情で応える。

 

「他世界関連がゴタゴタしてる時にまともな学校でまともに授業受けられるわけないでしょ」

 

「あー、まあ、そうか」

 

「一年くらい他世界行ったり、授業中防衛出動したりするかもだし……うーん……」

 

「ボーダーの大人はなんて言ってんだ? 何も考えてねえとは思えねえけど」

 

「上手いこと融通きかせてくれる学校を探してみるって言ってたわ」

 

「大変だな。桐っちがだいたい学歴積むの終えてから戦うとかじゃダメなんかね」

 

「ダメダメ。トリオン能力は20歳くらいまでしか成長しなくて、後は衰えてくだけなのよ」

 

「あー……なんかそんな話聞いたような……」

 

「鍛えれば衰えるのを遅らせることもできたりできるらしいけどね。筋肉みたいなものかしら」

 

「そういうのどこで習うんだ? 進研ゼミ?」

 

「無知ゆえの赤ペン先生への絶対的な信頼を感じるわね……」

 

 頼漢と小南の会話に、麟児がひょっこりと口を挟んでくる。

 

「ヨルが真実の進研ゼミを知ってるわけないだろう。

 ま、小南が好きにすればいいんじゃないか?

 どんな進み方しても結局、自分の人生の責任を取れるのは自分だけだ。

 ヨルみたいに小学校の頃には人生台無し、中学中退だが立派に生きてるやつもいるしな」

 

「えっ、ヨルカ中学校中退なの? その……人生大丈夫?」

 

「言い方ってもんがあるだろ! クソが!」

 

 しれっと微妙にキツめなことを言う麟児と小南に、頼漢は目を剥いた。

 

 麟児はなにやら、新しいおもちゃを見つけたような顔で、適当なことを言い始める。

 

「社会は中々に親切で中々にクソだぞ、小南。

 お前はまあ、"いい子"って言われるタイプだと思うが……

 大人に従順で褒められるのは小学生までだからな。

 "いい子"って言われるのは気持ちいいし楽だ。

 でも親とか教師とかは"いい子"であることは求めるが、その後は何も求めないんだ」

 

「確かに、そんな気配があるわね……」

 

「こっから大変だぞー。

 『個性』とか。

 『自立』とか。

 『君だけの夢』とか。

 『自己のアピール』とか。

 なんかそんなもんばっか求められるからな。

 求める側の大人は気軽に言うが、気軽に言っていいことじゃないからな、これ」

 

「うむむむ」

 

「誰もお前に『こう生きろ』とかは言わないからな。

 そりゃもう、できないやつは一生できない。

 なにせ"普通にいい子"にしてるだけだと何もしてないのと同じになるだろ?

 周りの言うこと聞いてるだけじゃあダメになるわけだ。

 したいこともするべきことも見つからないと、ぼんやり進学の先延ばししかできなくなる」

 

「ぬあー! 言葉にならない将来の不安! あたし大丈夫!?」

 

「に、兄さん!」

 

「面白……おっとと」

 

 笑みをこぼした麟児と小南の間に、頼漢がすっと割り込んだ。

 

 "これは小南に言うついでに実は隣に居る千佳に遠回しに教訓を与えている"のだと分かってはいても、本当に麟児が教導したい『いい子』が小南ではなく千佳なのだと分かってはいても、頼漢はこれ以上小南をおもちゃにされることに、あまりいい気はしなかった。

 

「麟っち、桐っちで遊ぶな。どうどう桐っち。そう不安になるな。どうせどうとでもなる」

 

「ヨルカに言われると説得力があるんだかないんだか分からないわね……」

 

「人間は、バッタと雑草だけでそれなりに生き残れるんだぞ」

 

「その人生だけは絶対嫌!!!!!」

 

 小南がばしばしと頼漢の腰あたりをはたき、虫食を強烈に拒絶する。

 

 そして、小南を緩やかな情報の小出しで振り回しておいて、内心がよく分からない微笑を浮かべているだけの麟児を、小南はちょっと不気味なものを見る目で見ていた。

 

「ヨルカ、こんな掴み所の無い感じのヤツとよく親友できてるわね」

 

「それを面と向かってズバズバ言える女は中々あんま見ねえぜ、桐っち」

 

「俺はヨルにだいぶ18を食わせてるからな、買収済みなんだ」

 

「じゅうはち……?」

 

(2×9)ってこったろ。ま、麟っちは81に満ちた俺の生活を助けてくれたからな」

 

「はちじゅういち……?」

 

苦苦(9×9)ということだろうさ。俺は千佳の6でヨルが千佳を守ってくれた恩もある」

 

「千佳っちの兄さん(2×3)だからな。ま、妖怪初戦ってのも15みたいな無様な戦いだったぜ」

 

「言うほどゴミ(5×3)みたいな戦いか? もっとカッコつけていいんだぞ、ヨル」

 

「あんたたち生まれた時から思考を共有してる双子か何かなの?」

 

「兄さんとヨルカさんはいつもこうなんです……」

 

 小南は呆れ、千佳はなんとも言えない顔をしていた。

 初めて会った日の夜にも小南が味わった、妙にテンポがよくああ言えばこう言う感じの会話のノリが、どこでどうやって育まれたのかを、小南はなんとなく理解できた気がした。

 

 と、その時。

 頼漢がずっとむしゃむしゃ食っていたおにぎりの山が、崩れかけた。

 バベルの塔の崩壊である。

 頼漢は素早く駆け寄り、なんとかその崩壊を食い止めた。

 友が作ってくれたうまみの塔、それが床に落ちてしまうなど頼漢に耐えられることではない。

 

「うおおおおおおおおおおお!?!?!?」

 

「ヨルが倒壊帝王になってしまった」

 

『有馬記念で勝ってそう』

 

「この声……セーマンよねセーマン。見えないやつが居るわ」

 

『ドーマンセーマンの方で覚えてる……いや道満晴明(ドーマンセーマン)だから間違ってはないんだけども』

 

 助けようともせず冷静にコメントする麟児と晴明。

 小南は晴明の声を聞き、ゆりから聞いていた安倍晴明のことを思い出したようだ。

 ボーダーと共闘する新たな人間は四人。

 幽霊も含めて、小南は四人の名前を指を折って数えていく。

 

「ヨルカ、千佳ちゃん、リンジ、セーメーね。覚えた覚えた」

 

『桐絵ちゃん、この部屋は?』

 

「狭え。って何言わせるのよ」

 

『Foo!』

 

「何こいつ!?」

 

「後で正座させとくからよ、ほっとけ。晴明、ピザって十回言ってみ?」

 

『ピザピザピザピザピザピザピザピザピザ。次に(なれ)は"じゃあここは?"と言う』

 

「じゃあここはテメエの墓場だ。麟っち、昨日完成した対霊卒塔婆剣を寄越せ」

 

「あいよ」

 

『殺意!』

 

 頼漢が麟児から手渡されたよく分からない木の棒を室内で思い切り振るうと、何もない場所で何かをぶっ叩いた音がしたので、"ああなんか殴られたんだ"と小南も理解する。

 

 "ボーダーとはなんか違うわね根本的に"……と、小南は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はてさて、また一日経過して。

 ゆりは暫定的に三門市防衛、及びボーダー戦闘員総指揮(本部待機総員一名)を任せられている責任者として、ぼちぼち戦力の正確な把握を行わねばならないと考えていた。

 

 現状、地球独自技術の計測機械は、精度がイマイチ甘い。

 アリステラ製の観測機を導入するなどして補ってはいるものの、たとえば新入りの仲間が部屋に入った瞬間にトリオン能力を正確に測るといったことが難しかった。

 現在のボーダーの技術では、その人間のトリオン能力を正確に細部まで測るには、その人間に専用の部屋の中でトリガーを使ってもらう他なかった。

 

 ゆりが頼漢らの能力を把握したいと思っていたところ、ゆりの心を読んだかのように現れた晴明が能力検査と協力関係の進展を兼ねて、ゆりに"ちょうどいい話"を持ち込んだ。

 

「よるくん、ボーダーのトリガー使ってみない?」

 

 と、いうわけで。

 頼漢の人生初、トリガーチャレンジが始まった。

 

 トリガー起動は訓練室で行われるため、チャレンジャーの頼漢、万が一の事態に備えた見届人の小南、観客の千佳・麟児・晴明がそこに集まっていた。

 千佳が戦闘体になったことで伸びた小南のさらさらのロングヘアに触っている。

 ゆりは観戦窓の向こうで、部屋の外から観測用の機械を動かしている。

 どうやら準備は万端のようだ。

 

《 いつでも始めてどうぞ~ 》

 

 部屋の備え付けスピーカーから、ゆりの優しげな声が響いた。

 

「霊力がトリオン、武器がトリガー……でいいんだよな桐っち?」

 

「そうそう。"トリガー起動(オン)"って言えば音声認識で起動するから」

 

「大丈夫か? なんか格調高く旋律を奏でるように発音しないと発動しないとかねえ?」

 

「意識の高さがベートーヴェンなの? 大丈夫よ」

 

「あ。後千佳っちがおにぎり弁当に詰めてくれたから後で昼に一緒に食おうぜ、格調高く」

 

「この格調低さはいいとこベントーヴェンね……」

 

 小南から"ファーストペンギン"を手渡され、頼漢はそれを握ってみたり、手の中でちょっと転がしてみたりする。

 意外なほどに軽い武器(トリガー)だった。

 手触りは金属製に近いが、箸より重く、お茶のペットボトルより軽い。

 感覚としてはすべすべとした冷たい木の板に近かった。

 

 これが起動するだけで肉体をトリオン体に換装し、強力なトリガーを複数発動することができる比類なき兵装であるというのだから、トリガー技術は面白い。

 "普通の検査にもひっかからず隠し持ちやすいからテロに使いやすそうだな"と、頼漢はぼんやり思った。

 この道具は、地球の常識の外側に在る。

 

 その姿を、麟児がハンディカメラで撮影していた。

 その横で晴明がにこにこしていて、頼漢は辟易する。

 

「……麟っちはなんでカメラ構えてんの……?」

 

「晴明さんに頼まれて」

 

『今日は笑えることが結構起きるから記念にね』

 

「ブチ殺す」

 

『想いは殺せないよ、頼漢』

 

「腹立つ!!!!!!!」

 

 頼漢は鼻を鳴らし、気合いを入れてトリガーを握り締める。

 

 

 

「なんも笑うとこなんてねえよ、トリガー起動(オン)!」

 

 

 

 そして、トリガーに無視された。

 

 沈黙と静寂の中、頼漢は手の中のトリガーをじっと見つめる。

 

「小南桐絵さん? おいコラ? これなに?」

 

「起動すらしないのはマジのマジって感じするわね……」

 

《 ちょっと待ってね……たぶんよるくんのトリオンが少なすぎて検知できてないやつ…… 》

 

『これを見に来た』

「ドラゴンボールでも戦闘力低すぎてスカウターに引っかからないやつは居なかったな……」

『農夫未満だよね』

 

「こいつら本当に俺の仲間なんか? 俺の醜態を楽しんでねえの千佳っちしかいねえぞ」

 

「あはは……」

 

 部屋の外でカチャカチャカチャと、ゆりがキーボードを叩いているのが遠巻きに見えた。

 

《 設定を変えたから、これなら多分本当に少ないトリオンでも動くはず。たぶん 》

 

「やっべえ、ゆりお姉さんの声から自信がなくなってる。死ぬほど不安」

 

《 たぶんね、地球とアリステラの歴史上こんな少ないトリオンでトリガー使った人いないの 》

 

「そんなに!?」

 

「いいからとっとと起動しなさいよ。

 あたしも……

 "もしかしてこいつトリオン能力0だけど気合いでどうにかしてたんじゃ……?"

 っていうちょっと考えたくない想像に現実味が出てきちゃったから……お願い……」

 

「へい……トリガー起動(オン)

 

 ゆりの調整が入ったファーストペンギンを握り、頼漢はだいぶ下がったテンションでトリガーを起動した。

 

《 トリガー起動開始 起動者実体走査(スキャン) ERROR 再走査 ERROR 》

 

「開幕から嫌なアナウンスしてる!」

 

「ゆりさんこれ本当に大丈夫なの!? あたし黙って見てていいやつ!?」

 

《 たぶん……? 何かしらこれ、実体スキャンしてるトリオン波が体内で消えてる? 》

 

「不安な声が不安!」

 

「不安がる必要はないわヨルカ、あたしがついてるもの! あたしも不安だけど!」

 

「不安を助長すんじゃねえ!」

 

《 体表走査完了 体内走査不可 戦闘体仮組 戦闘体生成 》

 

「あ、進んだ進んだ」

 

 頼漢のなけなしの、ほんの僅かなトリオンを吸い上げ、ボーダーのトリガーシステムが戦闘体を構築していく。

 頼漢の全身に光のラインが走り、先日小南が『変身』した時と同じエフェクトが発生して、頼漢もまた『変身』していった。

 

《 実体を戦闘体へ換装 》

 

 が。

 

「ほらでき……あれ!?

 ヨルカが消えた!?

 あ、あれ、あたしさっきまで見てたはずなのに……」

 

 頼漢の姿が、小南の視界からかき消えてしまう。

 一瞬前まで小南が見上げるように見えていた頼漢の巨躯が、忽然と消えてしまっていた。

 

 小南が他の皆を見てみると、千佳がびっくりした顔で小南の足元を見つめていて、麟児と晴明が笑いを堪えていた。

 小南が足元を見てみると、そこには。

 10cm程度のサイズに成り果てた源頼漢が、そこにいた。

 

「ちっさ!」

 

「スカートの中見えてんぞ」

 

「見んな!」

 

 顔を真っ赤にした小南がミニ頼漢をフルパワーで蹴っ飛ばし、野球ボール程度の軽さになっていた頼漢が物凄い勢いですっ飛んでいく。

 ミニ頼漢は壁に激突したが、痛みも感じていない様子でけろっと立ち上がった。

 

「戦闘体には……なってんだな。物理衝撃が効いてねえ。不思議な感覚だ」

 

《 たぶんだけど……システムを調整してよるくんのトリオン量に合わせたからかな…… 》

 

「ゆりお姉さん、どうなってんすか」

 

《 普通の規格の外のトリオンだからね……トリオン量相応の大きさになっちゃったのね 》

 

「ええ……そんなことあるんですか……?」

 

《 普通はそういうことないんだけど……多分これじゃないと戦闘体作れなかったんだわ 》

 

「うぐぐ」

 

《 初めて見たわ。こんなことってあるのね 》

 

『頼漢は体内にトリオン走査を無効化する血があるからね。

 中身が分からず再現できない分、適当な作りになる。

 適当な作りだから"折り畳まれて小さくなる"ことがあるってわけさ』

 

「晴明テメーこの未来視えた上で黙ってたな!」

 

 笑いを堪える麟児が、笑いを堪えて浮かぶ晴明の下で、楽しげにハンディカメラでミニ頼漢を撮影していた。

 頼漢は晴明と麟児の性格をよく知っていたので、二人がボーダーの他のメンバーにこの動画を見せて回って、頼漢の恥を拡散することで頼漢をボーダーに爆速で馴染ませようとしたりすることをよく知っていた。

 最悪である。

 

「ぷっ……くくっ……ず、ずいぶん可愛くなったな、ヨル……」

 

『これが見たかった。いやーおもしれおもしれ』

 

「おいカメラ止めろ」

 

「はっはっは」

『はっはっは』

 

 頼漢は逃げる麟児と晴明を追いかけるが、歩幅も彼らの1/17以下になっているせいで中々追いつけない。

 飼い主を追いかける子犬のようになってしまっていた。

 あんまりにもかわいそうなミニ頼漢に、小南は頭を抱えてしまう。

 

《 トリオン体特有の身体能力強化も無いかぁ……これは使う意味無いわね…… 》

 

「これ弧月もアステロイドも出せないやつでしょ。あたしもここまでとは思ってなかったわ」

 

《 計測結果出たわ。小南ちゃんのトリオンを10とすると、0.02くらいね 》

 

「あたしもそこまでとは思ってなかった!」

 

《 これ全部攻撃だけに突っ込んで3秒かぁ……平安発の戦闘思想はすごいわね…… 》

 

 晴明と麟児に追いつくことを諦めた頼漢がむすっとしていると、彼に歩み寄る人影一つ。

 

 顔をぱぁぁぁっと輝かせた千佳が、ちょっと浮足立った様子で頼漢の前に立っていた。

 

「わぁ……ヨルカさんがかわいい……だ、だっこしてもいいですか?」

 

「いいけどさ……千佳っち、俺のこと今ハムスターみたいに見てねえ?」

 

「……………………………………そ、そんなことないです」

 

「今のそこそこの長さの沈黙は何だ?」

 

「そんなことないです、ハムスターとして見てるなんて……」

 

「くしくし、はむはー! へけっ!」

 

「んんっ」

 

『で、出た! 源頼漢の見たことのない作品のモノマネだ!』

 

「あたし思うんだけど突然ハム太郎のモノマネしてくる強面の男で笑わない人いる?」

 

 環境を利用して千佳の笑いを取りに行った頼漢の傍に、小南がずかずかと歩み寄る。

 

「さっさとトリガーオフしなさいよ。『トリガー解除(オフ)』って言えばできるから」

 

「お前マジでいい加減にしろよ桐っち、パンツ見えてるって言ってんだろ、気をつけろ」

 

「見んな! なんであんたの方が正論言ってるみたいなツラしてんのよ!」

 

「正論言ってるからに決まってんだろ! トリガー解除(オフ)!」

 

 小南が顔を真っ赤にしてギャーギャー怒る。

 頼漢が白けた顔で元の実体へと戻る。

 麟児と晴明は頼漢に歩み寄る時にちゃんとスカートを押さえていた千佳に、みんなの妹ちゃんの確かな成長を実感していた。

 

《 大変申し訳無いけど、今あるものでよるくんを強化したりするのは難しいわね…… 》

 

「お手数おかけして何の意味もなくてすんませんす、ゆりお姉さん」

 

《 エンジニアが居たらもうちょっとどうにかできるかもしれないんだけどね 》

 

「お気遣いありがとうございます。俺らはこれから模擬戦するので、管制お願いします」

 

《 おっけ、了解 》

 

 と、その時。

 

 さりげなく、とても自然に、誰も疑問に思わない流れで。

 

 晴明は、未来へ続く最適な経路に続く道筋を作った。

 

『千佳ちゃんにも撃たせてあげたら?』

 

「あー、そういや才能はめっちゃあるんだったよな。ゆりお姉さん、今測れますか?」

 

《 いけるわよー。そうね、今まとめて色々測っちゃいましょうか 》

 

「ほれ千佳っち。俺が使ってたトリガー使ってみ」

 

 ぽいっと、頼漢が千佳にトリガーをゆるく投げ渡す。

 

「わ、わたしですか? ええと、ヨルカさんがやってた通りに……」

 

『起動と解除でロックオンとブックオフだっけ?』

 

「忘れたふりして嘘を吹き込みにくるんじゃねえ」

 

「千佳、バカどもの話は聞かなくていいわよ。あたしが教えてあげるから」

 

「こう、かな……」

 

 いともたやすく、何の問題もなく戦闘体に換装した千佳を見て、頼漢はなんだかとてもしょんぼりしてしまった。

 

「千佳っちは流石だな……俺ぁこの分野だと千佳っちには絶対に勝てなさそうだ」

 

「わたしだって、頼漢さんの得意分野では絶対に敵いませんよ」

 

「じゃあ、助け合わねえとなあ。ハッ、頼りにしてるぜ、俺達の姫」

 

「も、もう、そういう呼び方やめてください……」

 

「ははっ。ま、なんだ。皆得意分野が違って助け合えるってのは、いいことだと思うぜ」

 

「はい」

 

 頼漢が大きな拳を握ってみせると、千佳も合わせて小さな拳を握ってみせて、二人の拳が軽く触れ合う程度に打ち合わされる。

 そうして、二人して気安く笑い合った。

 千佳のトリオン量を測定すべく、とりあえず千佳にアステロイドを使わせる流れとなって。

 

「さあ、本邦初公開だ。見せてもらうぜ千佳っち、妖怪に狙われるその才能を!」

 

「はい! アステロイド!」

 

 めちゃくちゃに。

 それはもう、めちゃくちゃに。

 ありえないくらいにめちゃくちゃに。

 めちゃくちゃにデカい光のキューブが現れて。

 

 頼漢も、小南も、麟児も、ゆりも、一瞬呼吸が止まった。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

 

「ええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?」

 

「なになになんのなにのなに!?!?!?!?!?!?」

 

《 け、計測機が爆発して吹っ飛んだあ! 》

 

 それは暴力の塊だった。

 それは才能の塊だった。

 それはトリオンの塊だった。

 千佳がこれをもし妖怪に撃っていたら、これまで出て来たほぼ全ての妖怪が全て即死―――ともすれば、全方位バリアを貼っていた黒い土蜘蛛すら、一瞬で消し飛ぶのではないかと思わせるほどの、密度と大きさを誇っていた。

 みちみちみち、っと凄まじい密度であることが見て取れるのに、その密度でなお小南のアステロイドの数百倍、いやそれ以上の大きさを誇っていて、見ているだけでくらくらしてしまう。

 

 たとえるならば、"銃で銃とどう戦うか"を真面目に語っている人達の前に現れた、問答無用の核ミサイル。『全部台無しになるのでは?』と思わされるほどの規格外であった。

 

 強い。

 デカい。

 恐ろしい。

 三拍子揃った光の塊は、生み出した当人すらどう扱えばいいのか分からない、方向性のない暴力の化身と成り果ててしまっていた。

 

《 撃っちゃダメよ! 撃ったら今の玉狛の壁だと吹っ飛ぶわ! 》

 

「戻せ戻せ! 千佳っちが思ってる以上にそれやべーぞ!」

 

「ど、どうやって戻すんですか!?」

 

「そりゃお前車をバックで車庫に入れるようにゆっくりと」

 

「車をバックで車庫に入れるのってどうするんですか!?」

 

『小学生にどういう例示してるんだね(なれ)は』

「ヨルは車運転したことあるのに免許は持ってないのだいぶギリギリだよなあ」

 

「す、すまん千佳っち! そうだ桐っち! 先輩としての威厳と知識を見せろ!」

 

「あたしもこんなの初めて見たから無理よ……!」

 

「よ、ヨルカさん! なんか落っことしそうです! 落っことしちゃったらどうしましょう!」

 

「一緒に謝るか?」

 

「はい!」

 

「なぁに諦めてんのよぉ! 玉狛がドーナッツになっちゃう!」

 

《 ひええ 》

 

 てんやわんや。

 頼漢が『相当に強化された優秀な戦闘基地』『怪獣のような妖怪が体当りしても壊れない』といった評価を下した玉狛が、"これ"を内側から千佳が撃つだけで崩壊してしまう。

 恐ろしい大火力であった。

 当然撃てないし、千佳はよく分からなすぎて消すこともできない。

 頼漢はとにかく千佳を落ち着かせ、千佳の焦りと不安を取り除くことに努めた。

 

「よーしよーしそのまま安定させとけよ、落とさないように落とさないように」

 

「は、はい」

 

「オッケーその調子だ、流石千佳っちできる子だ。

 常々お前は勤勉で真面目で頑張り屋で、いい子以上にできる子だと思ってたが……」

 

「あ、あの! ヨルカさんに褒められすぎると、変な気持ちになって落ち着かないので……」

 

「おっと、すまん」

 

「はは、ヨルもほどほどにな。千佳が安心してないと本当に危なそうだ」

 

 照れ一つで大惨事になりそうな、大惨事の一歩手前があった。

 戦闘の素人である麟児が、"妹にどういう才能があろうと兄である自分が守る"と口にせずに誓っていた麟児が、ほんの一瞬千佳に恐怖を覚えるほど、絶対的な力があった。

 生物が皆クマやライオンを恐れるように、それは誰にでもある自然な心の動きであった。

 

 千佳は繊細で、他人の心の動きに敏感で、()()()()()()()()()()()()()()を恐れるタイプの少女であったため、兄のそういう心の動きも察してしまい、胸の奥がきゅっと締め付けられるような気持ちを覚えてしまう。

 それは本当に小さな、放っておけば消えてしまう程度の大きさの、心に刺さった小さな棘。

 

「喉乾いても今は我慢な。

 女子にあんま言いたかねえけど……

 ……これ収納できねえままトイレに行くとかは不可能だからな……」

 

「……はい……」

 

「ちょっとヨルカ! 女の子になんてこと言ってんのよ!」

 

 無神経に、まっすぐに、最短距離で、気遣ってるんだか気遣ってないんだか判断し難い忠告をしてくる頼漢が、千佳に微塵の恐れも抱いていないことが、千佳の救いになっていた。

 『恐れ知らず』の源頼漢。

 力の強い存在をただそれだけを理由に頼漢が恐れるということは、ありえない。

 小南でさえ"トリオンの常識を知るがゆえの驚愕"に、僅かな畏怖が混じっていたのだから、その恐れ知らずは筋金入りであった。

 

「月がそのまんま落ちてきたみたいなアステロイドが撃てそうね……」

 

「桐っち、これ撃たれたら受け止められそうか? 俺は無理」

 

「大抵の奴が無理でしょ。かわす……って言ってもこのサイズだと難易度高いわね……」

 

 頼漢は分かっている。

 小南も分かっている。

 トリオンの絶対値は、攻防における強弱の絶対値だ。

 トリオンの絶対値が個人の強さに比例するわけではないが、千佳がこの弾を撃った時、頼漢も小南も『受け止める』手段は無い。

 小南が壁の盾(エスクード)を使っても、頼漢が八咫烏で吸収しながら隠神盾を展開しても、おそらく拮抗すらしない。貫通までは一瞬だろう。

 

「あたしが悪党なら、そりゃ千佳狙うかなって感じ」

 

「まあ……そうだが……納得はしたくねえ。狙うなクソがって感じだ」

 

「……あんたはそれでいいんじゃない? 千佳もその方が安心するでしょ」

 

 この才能は、千佳の人生を強制する。

 無抵抗なら拐われて戦いの世界へ。

 抵抗しても妖怪と戦う世界へ。

 戦いと無縁に生きてきた少女を、争いの中に招く才能だ。

 大きすぎる力は、当人の人生も周囲の人間の人生も捻じ曲げていく。

 

 ともすれば『この才能を目当てにして戦争が起こる可能性がある』―――いや、"英雄の日"と呼ばれた大規模侵攻を戦争に数えるなら、もう起こっているとも言えるだろう。

 何の罪もない少女が、何一つ悪いことをしていないまま、ずっと被害者でしかないのに、()()()()()()戦争に巻き込まれてしまう人が出続けるかもしれない。

 

 それは、地獄だ。

 "自分のせいだ"と思う少女であるなら、なおさらに。

 千佳の手の上で輝く巨大なトリオンの塊、これこそが毒蛾を招く誘蛾灯に他ならない。

 妹の才能を目にした兄の心に、ふつふつと湧き上がるものがあった。

 

「どうにかしてくれないか、小南。

 ヨルも晴明さんもボーダーについては無知だ。

 どんくさくてドジりがちな妹だが、流石にこのまま家にも帰れないのはちょっとな……」

 

 兄が千佳の力の大きさに見た一抹の恐怖を飲み下し、兄らしく妹のために小南に頼み込んでいるのを見て、千佳の胸の奥に安心が生まれ、抜けていった棘があった。

 小南も妹のことを思う兄の気持ちを感じ取ったのか、考えるのが苦手な身で懸命に解決策を考え始める。

 発動者がまだ小器用にトリガーを使えない初心者という前提で、この"暴"をどうするか。

 

《 ようやく感応機入れ替えて計測できたわ……いやトリオンが大きすぎてできてないけど 》

 

「お疲れ様す」

 

《 生まれて初めてドラゴンボールのスカウターみたいになるうちの機械を見たわ 》

 

「す、すみません」

 

《 いいのよ、千佳ちゃん。推定値を多めに見積もってるけど、すごいトリオン能力ね…… 》

 

「でしょうね……」

 

《 推定値だけど攻撃能力発揮値はよるくんの4500倍、守備発揮値は3800倍はあるわ 》

 

「青眼の究極竜……?」

「青眼の究極竜……?」

『青眼の究極竜じゃん』

 

 千佳は妹の扱いが雑な兄が、今後自分をブルーアイズアルティメットドラゴンと呼んできそうな気配をひしひしと感じていた。

 

 千佳がブルーアイズホワイトドラゴン三体融合を成し遂げている横で、うんうん考えていた小南がふと、何かに気付く。

 

「えー……うーん……ん?

 あれ、もしかして……

 千佳、その、アステロイド出してるの……片手だけだったりする?」

 

「? はい」

 

「うっそでしょ……

 いや、でも確かに未分割のキューブ一つだわ……

 片手でこれ? つまり両手でこの倍の量出せるの?

 ちょっと……どうなってんの……いやもうそのへんは考えるの後にしないと……」

 

「なんか思いついたのか、やるな桐っち」

 

「や、そんな画期的なアイデアとかではないんだけどね。

 レイジさん……うちの仲間がエスクードの改良頼んでたから。

 今のエスクードは一時的に"でっかい壁"作れるはずなのよ。

 もちろんトリオン量によって出せるサイズは違うけども。

 だから千佳のトリオン量なら……千佳、空いてる方の手でエスクード出してみて! 軽く!」

 

「はい!」

 

「軽くよ軽く! デカいの出しすぎて天井ぶち破らないようにね!?」

 

「は、はい! エスクード!」

 

 千佳がどうやるのかイマイチ分かっていないまま、できるだけ弱く、エスクードを出す。

 

 すると。

 

 縦10m、横5m、厚み1m程度の物質化トリオン壁(エスクード)が突如として現れた。

 

 昔のゴジラだったら踏み越えることができなそうな、そんな巨大な壁が、息をするような気軽さで生成されていた。

 

「うわ……」

「うわ……」

《 うわ…… 》

 

「うぅ……」

 

 皆がドン引く中、頼漢は一瞬で『これ』の可能性に気付き、高揚していた。

 

「いやーおもしれえな千佳っち! これ、いくつも出せるのか?」

 

「あ……で、できると思います」

 

「こいつぁすげえや。

 上手くやれば街中で戦闘が発生しても千佳っちの力でどうとでもなる。

 千佳っちのアステロイドは『壊して』地形を生み出せるが……

 エスクードなら『創って』地形を生み出せる。街の人を守れる壁が作れる」

 

「……お役に立てそうですか?」

 

「ああ! もちろんだ!

 なんなら前に出て戦わなくたっていいだろこれは!

 俺らはいつも街と人を守る防衛戦だからな。

 街の中の妖怪の群れを壁で囲んで隔離できる。

 砲撃で病院狙う奴には病院の前に壁立てりゃいい。

 千佳っちが避難誘導しながら壁で敵止めるだけで何万人も救える。

 俺にできねえことがこれ一つでどんだけできるか分からねえ、すっげえよ」

 

「えへへ」

 

 頼漢はいつも、"この人はわたしを嫌いにならない"という確信を、千佳に与えてくれる。

 

「俺は壊して敵を倒して人を守る。

 千佳っちは創って敵から人を守れる。

 つくづく、俺は正反対の人間だと思い知らされるな。

 俺が壊す力で人を守るなら、お前は創る力で人を守れるんだ」

 

「言いすぎですよ」

 

「言い過ぎなもんかよ! ははっ、こいつぁ妖怪のクソ野郎のド肝を抜いてやれそうだ」

 

 頼漢が頼もしそうに、かつ優しげに千佳の肩をぽんぽん叩き、小南は千佳に攻撃を促すように巨大エスクードを指差した。

 

「千佳、これにアステロイド投げつけなさい。

 あんたのアステロイドだけど、あんたのエスクードならたぶん受け止められるでしょ」

 

「あ、はい! やってみます!」

 

 千佳はキューブを分割することもできないので、そのまま投げた。

 ひゅっ、と音がして、巨大な光球が直進する。

 そして、千佳エスクードと千佳アステロイドが衝突した。

 

 『最強の矛と最強の盾がぶつかったらどうなるんすか?』という、矛盾の答えが、そこに発生してしまった。

 

 轟音。

 激振。

 閃光。

 爆発。

 全てが、同時に発生した。

 

 玉狛そのものがぐらぐらと揺れ、屋外で地面に向けて撃っていれば小さな地震くらいは発生していそうなエネルギーが、エスクードに全て受け止められる。

 馬鹿げた破壊力がエスクードを通し、エスクードが生えている床を揺らしている。

 訓練室の空気がぐわんぐわんとかき混ぜられ、ミサイルを要塞に打ち込んだかのような、膨大な威力と膨大な耐久がぶつかった時の"非現実感"が、その場に溢れていた。

 

 そして後には、中央がそれなりに削れたエスクードが残る。

 

「うちの妹、ウルトラマンに出したら防衛隊の戦闘機より怪獣に致命傷与えられそうだな……」

 

 麟児が冷や汗を垂らし、思ったことをそのまま口に出していた。

 

「よーしよしよし、やったわね千佳! これでとりあえず安心よ!」

 

「ふぅ……」

 

 安心した様子の千佳を、小南が頭を撫でて褒めてやっている。

 

「ってか何?

 フィジカル怪獣(モンスター)とトリオン怪獣(モンスター)

 そのコンビで前線走り回ってたの? ヤバヤバじゃない……」

 

「ヨルと千佳の二大怪獣がうちの強みだからな。敵も怪獣、こっちも怪獣。はっはっは」

『怪獣大決戦だよ。はっはっは』

 

「なんであんたらはそんなに楽しそうなのよ……怪獣映画好きなの……?」

 

 トリガーさえ持っていないチームだと、小南はそう思っていた。

 今あるものだけで必死に戦い街を守ってきたチームだと、そう思っていた。

 だがそれが一面的な理解でしかなかったことを、小南は思い知る。

 前衛で敵を倒せるフィジカルの化け物と、トリガーさえあれば後衛から凄まじい威力を飛ばせるトリオンの化け物に、未来視に、オペレーティングを行う頭脳派。

 

 このチームは、まだ装備品(ハードウェア)面で完成に至っていないだけで、人材面で見ればもう、とっくの昔に隙が無い。

 この四人だけで多くの敵を倒していける可能性がある。

 安倍晴明(未来視)が、そういう人材を揃え終えていた。

 

《 うん、でも、望外の援軍ってやつかもしれないわね 》

 

「まあね……ゆりさんも城戸さん達にいい報告できるでしょ?」

 

《 うんうん。"強いボーダー"を示せたら、唐沢さん達も楽できるかも 》

 

「あたしはそういう話完全にパスだわ。ややこしくてしょうがないもの」

 

《 ふふふ 》

 

 千佳のトリオンデータを計測しつつ、ゆりと小南も、彼らと共に戦うことで生まれる可能性にわくわくした気持ちを抑えきれていないようだ。

 強い仲間が増えれば、戦争が起きても誰も死なせないで済むかもしれない―――アリステラ帰りのボーダー隊員ならば、そう思わずには居られないからだ。

 

 千佳と麟児がアステロイドを受けてもピンピンしている巨大エスクードをペタペタ触って話している横で、頼漢に晴明が話しかける。

 

『頼漢』

 

「ん、どした」

 

『確定ではないが、二週間後に敵が来る』

 

「!」

 

『千佳ちゃんに最低限でいいからトリガー使わせられるようにできるかな』

 

「そこまでの敵か?」

 

『そこまでの敵だね。

 あと、ゆりちゃんにもこのことは伝えておいて』

 

「なんかあんのか?」

 

『ボーダーの異世界組が戻って来るのは間に合わない。

 ただ、ボーダーの海外活動組がギリギリ戻って来れる可能性がある』

 

「……分かった」

 

『悪いね。昨日視えたばかりの未来なんだ』

 

「どうにかするさ。今は、仲間が増えて、過去最高に心強ぇ」

 

 そして、次の戦いが告知される。

 

『次の敵の狙いは(なれ)とその仲間だ』

 

「……何?」

 

『人という資源を奪いに来るんじゃない。

 千佳ちゃんという宝石を奪いに来るんじゃない。

 奪いに来るのは、(なれ)の仲間と……(なれ)の命だ』

 

 平穏な時間を無駄に使っている余裕はない。

 数ヶ月後には最大規模の大規模侵攻が、二週間後にも死と隣合わせの戦いが待っている。

 

「千佳っち、特訓しようぜ。千佳っちが撃って俺が避ける特訓とか色々とさ」

 

「え、今からですか?」

 

「千佳にトリガー習熟させるの? じゃああたしも手伝うわよ」

 

 頼漢が千佳を誘って、小南が小走りでやってきて、三人での特訓が始まる。

 

 思い立ったらすぐ動く、その若さもまた、彼らが持つ強さの一部であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場の爆撃のような音が、絶えず響き渡っていた。

 弾、弾、弾。

 千佳は覚えたてのアステロイドを、小南に教わった方法で分割し、エスクードの壁に当たって止まるようにして、壁の前の頼漢に向けて撃ち放つ。

 膨大な弾の洪水の隙間を、蝿を掴もうとした人の指の合間を抜けていく蝿のように、頼漢はするすると抜けてかわしていく。

 何枚か追加されたエスクードの壁が、分割された弾の衝突で小刻みに揺れていた。

 

 たん、たん、たん、という頼漢のステップの音が続く。

 ドドドドドド、という千佳のアステロイドがエスクードにぶつかる音がそれを飲み込む。

 踊るように動く頼漢に、千佳の弾はまだかすりもしていなかった。

 

「千佳っち、もうちょい弾の間詰めろ!

 戦闘中に隙間が空くのは仕方ねえ!

 だが今は足を止めて撃ってんだ、正確性上げていこうぜ!

 人間一人分の隙間空けないように撃てば、理論上回避なんてできやしねえんだ!」

 

「はい!」

 

「あと、遠慮は要らねえ! もっと全力で来い! その方が俺も助かる! 殺す気で来い!」

 

「殺す気は無理です!」

 

「言葉の綾だ! 可愛いだけじゃなくかっこいいお前も存分に見せてくれ!」

 

「……はい!」

 

 頼漢は踊るようにかわしていく。

 時にはステップを踏み、時にはエスクードの表面を駆け上がり、時には地面にへばりつくようなスライディングで、的確に千佳のアステロイドをかわしていく。

 一瞬の判断が上手く、一瞬の反射が正しく、動きに常に失態がない。

 頼漢に弾を当てようとして初めて、千佳は頼漢の"回避生存能力"を思い知っていた。

 

 これに当てるには工夫が必要だ。

 千佳は少し考えて、光のキューブを10列に分ける。

 縦×横×高さそれぞれ10列ならば、10×10×10で1000発。

 アサルトライフルが毎分600発なのを嘲笑うような、一瞬1000発の光が素早く解き放たれる。

 1000発の弾を人間一人分の隙間も空けずに撃ってきた千佳を見て、頼漢は二ッと笑いつつ、こめかみに冷や汗をかいていた。

 

『さて、どうなるかな』

 

 いつまでも特訓している頼漢と千佳から離れた小南が、訓練室の隅っこに腰を下ろす。

 入れ替わりに頼漢と千佳に歩き寄っていった麟児が、二人に飲み物のペットボトルを渡した。

 小南は頼漢に汎用的な回避運動思考を教え、千佳にアステロイドを教えていたが、いつまでも動いている頼漢にも、いつまでも撃っている千佳にも、付き合いきれるものではなかった。

 

 頼漢がいくら走り跳んでも音を上げない。

 千佳がいくら撃ち続けても音を上げない。

 体力もトリオンも尽きないだけでなく、二人共精神的な疲弊が無いかのように努力し続ける。

 何時間も、何時間も、何時間も。

 玉狛の外はすっかり夜で、ゆりがみんなで食べる夕食を楽しそうに作り始めている。

 麟児は際限のない努力を続けられる頼漢と千佳を当たり前のこと、いつものことのように流していたが、かなり異様であった。

 

 素直で、真面目で、真っ直ぐで、やる気があり、頑張り屋で、ひたむきで、一途で、苦しくても続けられる芯の強さがあり、一度決めたことをとことんやり遂げようとする二人。

 そして、"あっちも頑張ってるんだ"という気持ちを互いに持っているから、もっと頑張れる。

 いつまでも特訓を続ける二人が、小南の目には、何故かとても尊いものに見えた。

 

「あーしんど。ヨルカは体力無限で千佳はトリオン無限なんじゃないのあれ……」

 

『おつかれ』

 

 壁に背を預けて床にへたり込んだ小南の横に、陰陽師の幽霊が座る。

 

「ありがと。ってか、正反対かと思ってたけど、案外似てるのかもね……ヨルカと千佳」

 

『麟児君もそう言ってたよ』

 

「放っておくとずっと頑張ってそう。あんま、目を離しておきたくない二人だわ」

 

 頼漢がバック宙でアステロイドの隙間に身体を滑り込ませるのを遠目に見ながら、小南は頼漢と千佳が"高め合っている"ことに焦点を当てていた。

 

「上手いこと考えたわね、あんた」

 

『何を指しての話だい?

 漫画家の身分を詐称してどっかの編集部の編集を悪者にした告発漫画でバズったことかな?』

 

「違うわよ! ってかあんた前から思ってたけど機械には触れるの?」

 

『ちょっとした電子的活動なら、陰陽術でちょちょいとね』

 

「ああ、そうなんだ……って違う違う。

 こうやってペース乱されるとセーメーのしたい話に誘導されるってヨルカが言ってたわ」

 

『ええ~そんなことないのに~』

 

 そんなことはある。

 

「ヨルカと千佳の話よ。

 ヨルカは千佳の弾を避けて実践的な回避能力が身につく。

 千佳はすばしっこくてタフなヨルカに当てるために当て勘が身につく。

 そして、ヨルカは千佳の技術を上回るために新しい工夫を生み出す。

 また、千佳もそんなヨルカに当てるために新しい工夫を生み出す。

 あの二人はあの二人で特訓してるだけで、ある程度の段階まで際限なく強くなるわ」

 

『まあね』

 

「狙ってたの?」

 

『強さへの最短経路というやつさ』

 

「ふーん。今日の目的は千佳がトリガーを手にすること、だったりする?」

 

『目的の一つではあったかな。(なれ)も鍛えておきたかったから』

 

「あたし? なんで?」

 

(なれ)は次の戦いで、頼漢を狙ってきた刺客の攻撃に殺される可能性が高い』

 

「―――」

 

 小南の目が、僅かに細まった。

 

『戦闘体を両断されて、追撃の一撃で首を刎ねられて終わり。ほとんど一瞬の出来事だ』

 

「……なるほど。その言い分だと、敵は近接系のトリガーなのよね?」

 

『おそらくは。隠し玉がありそうな気もするけど、ナイフ二刀の使い手だ』

 

「じゃあ千佳の射撃で特訓するのはなんか違わない? 射撃回避を鍛えても意味無いでしょ」

 

『千佳ちゃんのアステロイドくらいがちょうどいいんだ。想定敵の手数が異様に多いから』

 

「……もうその時点で結構ヤバい感じするわね……こんな人が居ない時期に……」

 

 未来視が語る死の宣告。

 それは予知能力者にとって、禁断の一手である。

 伝えることで良くなることも、悪くなることもある。

 迫る死の未来への恐れから自殺に走ってしまうといったリスクもある。

 普通の人間は、未来に迫る死の恐怖に耐えられない。

 

 だが小南は、そういう話に慣れていた。

 フラットな気持ちで受け止めて、その未来を無事越えるために立ち上がる。

 

「教えてくれてありがと。今迅が居ないから、あんたが教えてくれて助かったわ」

 

『平然としているね』

 

「そのくらいのことで死んでたら、何度身内の未来視を泣かせるか分かんないでしょ」

 

『……ふっ』

 

「まー見てなさい。ちゃんと生き残って、あんたも迅も安心させてあげるから」

 

 小南は晴明に背を向け、ずっとずっと修行している二人に話しかける。

 

「ヨルカ、千佳、そろそろ夕飯の時間にしましょ。

 ゆりさんが作ってるから食べていきなさい。

 時間あったら、食後も特訓してく? なんなら泊まってってもいいけど」

 

「俺は残る。ただ千佳っちは帰さねえとマズい。一般家庭の小学生女子だしな」

 

「もうそんな時間……? すみません、ご馳走になります。あ、お母さんに電話しないと」

 

「千佳、うちにはもう電話してある。

 ヨル、後で千佳を家まで送っていっていいか?

 俺だけその後戻ってきて最後まで付き合う。

 夜も特訓するなら戦略的観点があった方がいいだろしな」

 

「あ、兄さん」

 

「オッケー麟っち」

 

 そこに麟児も加わって、小南が最近まで仲間ではなかったことが不思議なくらい、最近まで頼漢らの仲間入りを拒んでいたとは思えないくらい、すっかり小南も馴染んだ人の輪ができる。

 

 未来視の仲間と長い付き合いの小南の言葉は、未来視の人間が何を望み、何を願っているかをよく理解しているがゆえの言葉で、晴明にとってとても心地良い言葉だった。

 

『大した子だ』

 

 周りの人間の暗い気持ちを、照らし消し飛ばす太陽のような気質。

 

 その場の空気そのものに光を差し込ませるような、前を向き、前を向かせる女の子。

 

 彼女がこの先の地獄に絶対に必要になるのだと―――未来を見てきた男は、確信を持っている。

 

 

 




そもそもピザって十回言ってない奴
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