ワートリハードモード トリオン能力1未満トリガー無し敗北即死   作:ルシエド

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今ちょっと忙しいのですがせこせこ片付けて年内に初期のペースまで更新速度を戻したいですね


【D】Show Me

 たん、たん、たん、と軽快に何かを叩く音がする。

 それは玉狛の屋上を叩く靴裏の音。

 夜空の下、少年の舞踏が旋律を紡ぐ。

 時に力強く、時に柔軟に、時に荒々しく、時に流麗に。

 蜘蛛切を片手に舞うその姿は、祭舞というよりは剣舞に近い。

 

 その動きは美しさを追求したものではなく、これまでの戦闘経験を活かした、敵の攻撃を間違ったところに誘ってかわすためのもの。

 かつ、それを晴明が『回路』を作り上げる儀礼として再構築したものである。

 

 "目を引く"ことが踊りの基本。

 古今東西、世界中の踊りに、目を引く動作が埋め込まれていることは界隈の常識だ。

 されど本来その作用は、踊りに注目させ、踊りの美しさを見る人々の目に焼き付けるためのものであり、敵の意識を誘導して空振らせたりするためのものではない。

 そういう意味で、頼漢の舞踏は既に通常のダンスから大きく逸脱し始めていた。

 

 魅せるための舞踏ではない。

 敵を殺すために在る死の舞踏。

 剣を以て舞うだけで敵が死に至る()の極限。

 魅せるのではなく、(いざな)って殺す。

 それを、"舞踏を術式の回路として構築する"天才である晴明が、一つの完成形に導いていく。

 

『盲点だったなあ。舞踏の形ならこんなに覚えが早かったなんて』

 

「まあ、ダンスは真面目に勉強してきたからな。普通の勉強は熱心にやってなかったが」

 

『ソシャゲしか真面目にやらない成績底辺の学生みたいだね』

 

「表出ろ」

 

 "他者の意識を誘う"という基本形は、英雄の日と呼ばれた戦いで既に萌芽していた。

 

 後は頼漢の『ダンス』と、晴明の『反閇』を、どれだけ混ぜ合い、新たな何かにできるか―――そこに肝がある。

 

「機械の武器と陰陽師の歩法が同じってのも不思議な気分だよな……」

 

『人間と機械の違いなんてそう多くはないと思うけどね。

 全身の回路に電気を流して動いてる。

 電気が流れなくなるまで壊されたら終わる。

 OSとも精神とも言うものが操ってる。

 情報を記録し、蓄積し、それを元に動いてる。

 突き詰めれば同じものになっていくものだと思うよ。人も、物もね』

 

「ええー? まあ、そうなのか……」

 

『たとえば、生前の(やつかれ)ならアステロイドとかは歩くだけで再現できたよ』

 

「は? マジ?」

 

『逆に言えば、(やつかれ)が長い手順で発生させる術を一瞬で発動させてしまう、機械文明の極みがボーダーのトリガーなんだけどね……』

 

「現代は楽だな」

 

『昔からやってたスキップのないソシャゲに

 "スキップがないから楽しいんだよ"

 って擁護してたらアプデでスキップ実装されて何も言えなくなったような気分だね』

 

「何? お前にとってボーダーのトリガーってスキップのあるソシャゲなの?」

 

『まずは小生、ボーダーのトリガーを味わってみます。。。

 ズッ、ズズッ。。。はぁーなんと高貴な香り。

 ""レベルの高さ""というものを嗅いだだけで感じますなぁ~。。

 ですが真っ先に目につくのはその性能、性能ですな。。

 まさに完成形と言えるかもしれません!

 ただ(苦笑)

 そうですね(苦笑)

 導入したテクノロジーをまだ手慣れたものにできていないかも(迫真)

 今の段階ではまだ未熟と言うしかないかもかも。。。

 まあ、これは一流の陰陽師である私だから気になったことかもしれませんが(苦笑)

 ""賛否""はあるかもしれませんが。。今後に期待を込めて☆3評価とします。。。』

 

「食べログクソレビュー風味のトリガー評価やめろぞわぞわする」

 

 舞踏における抜群の記憶力を発揮した頼漢は、晴明に指示されるまま、一見最高効率で戦う武術の動きをしているように見えて、その動き・その音・そのリズムの全てが回路を作り上げる舞踏をその身に染み付かせていく。

 

「効果発揮したとこ見たことねえからこれが陰陽術だって実感マジでねえ」

 

『まあまあ。今の状態から未来を知るのは難しいのさ』

 

「未来視持ち特有の言い草だな……」

 

『たとえば千佳ちゃんと桐絵ちゃんだけど、自分の未来の可能性を信じてるのが悲しいよね』

 

「あん?」

 

『あの二人は発育が……ね。

 "中学の時の水着着てきたけど胸がキツいわ~"

 とか一生言う機会無いよ。

 育つべきところが育たないからね。

 ナイスバディの美人に千佳ちゃんはなりたい、桐絵ちゃんはなれると思ってるけど、実際は』

 

「聞いてねえんだよハゲぶちのめすぞ」

 

『出会ってから今日までで一番怖い声出してきたなコイツ』

 

「俺のダチにセクハラは死刑だ」

 

 頼漢の対霊卒塔婆剣で川の中に突っ込んでいった晴明に背を向け、また舞踏を身体に染み付かせる特訓をしていると、小南が屋上に上がってくる。

 風呂上がりらしい小南は、妙にしっとりとしていた。

 全身ほかほかの少女から、冬の大気に湯気が流れている。

 

「ヨルカー、部屋の用意できたから適当に寝たい時に使っていいわよ」

 

「サンキュ、桐っち」

 

「ちなみにリンジはもう寝たわ」

 

「気をつけろ。あいつ早く寝たふりして深夜にこっそりボーダーの情報盗んでるタイプだから」

 

「あんたホントにあいつの親友?」

 

『親友だから互いに深い理解があるタイプなんだよね……』

 

 もう時計は10時を過ぎている。

 小学生女子ゆえ家に帰された千佳も寝た頃だろうか。

 頼漢は玉狛の施設を借りて後三時間くらいは訓練をしようと思っていたが、それに周りを付き合わせるつもりもない。

 小南との戦いで見えた課題――近接で弧月と打ち合えない貧弱さと、アステロイドに圧殺される遠距離戦の弱さ――を解決するため、もう少し弱い箇所を克服していく予定だ。

 

 そんな頼漢の内心をある程度理解しているのか、呆れた顔で小南が人差し指を立てる。

 

「あんま無理しちゃダメよ。

 無理の必要がある時もあるけど……

 本当に強いやつってのは、無理しないでいつまでも勝ち続けられるやつのことなんだから」

 

 呆れた表情の後に、明るい笑顔で小南は頼漢に笑みかける。

 

 "弱いやつは死ぬから嫌い"という新たな姿勢で隠しきれないほど、"頑張ってるやつが好き"という彼女の生来持つ気質は強い。

 頑張ってる仲間を見れば、つい応援したくなってしまうのが小南という少女であった。

 他人の面倒を見ている時の彼女の笑顔は、暖かで優しい。

 まるで、春の陽のように。

 

「夜が昼になったかと思ったぜ」

 

「は? いきなり何? 今普通に夜よ?」

 

「……」

 

『それで通じるのは麟児君くらいだよ』

 

 頼漢はもんにょりした。

 ラブコメでたとえると、小南はどっちかと言えば才能に溢れる堂々とした鈍感主人公の方で、頼漢は鈍感主人公に助けられる家庭に問題があるヒロインの方だった。

 おそらく小南は、美人に育っても自分が美人だとは思わないタイプ。

 頼漢はそのへんにあんまり触れないことにした。

 

「なんでもねえ。お前が元気になってよかった」

 

「あー、うん。あんたのおかげかな……感謝してる」

 

「感謝してんのは俺の方だ。俺は、思い出してほしかっただけだしな」

 

 屋上で二人で話すと、この前までは存在しなかったはずの、目には見えない繋がりのようなものを、お互いに感じられる。

 目を閉じても、そこにその人が居ることが分かるような感覚がある。

 遠く離れていても、繋がっていることを確信できるような感覚がある。

 目には見えないその繋がりが、互いを特別に想う気持ちを育んでくれていた。

 

 二人で、空を見上げる。

 

 弧を描く月があった。

 光り輝く星々が煌めいていた。

 夜明けの太陽を待つ夜空があった。

 

「あの日もこんな夜空だったっけ」

 

「ああ」

 

 夜空を見上げて、小南は心の声をそのままの形で口にする。

 

「あの……色々とごめんね」

 

「俺も悪かった。お前の意見も否定しちまってたしな」

 

「え、なんであんたが謝ってんの?」

 

「喧嘩した後は両成敗。両方ごめんして仲直りだろ」

 

「ぷっ……なにそれ、子供?」

 

 何気なく、二人で笑い合う。

 

「弱いやつが嫌い、なんて言ってたけど……

 あたしが一番嫌いな弱いやつって、あたしのことだったわ。

 弱くて勝手に死ぬやつが嫌い。

 弱くて誰も守れないやつが嫌い。

 だからあたしはあたしが嫌いで……弱さってやつが嫌いになっちゃった」

 

 小南がぎゅっと握り締めた拳が、僅かに軋むような音を鳴らした。

 

「自分の弱さが嫌になることくらい、誰にだってあんじゃねえか」

 

「……ん。あんたは弱いけど、弱くなかったわ」

 

「なんじゃそりゃ。

 第一、俺もお前もこれからだろ。

 できる限り無敗を貫きつつ、どんなクソもぶっ倒せるくらい強くならねえとな」

 

「そう、ね。強くならないと」

 

「なりてえよな」

 

 少女が軽く星に手を伸ばしてみても、到底星までは届かない。

 

「あたしね、守りたいものってのがすごくハッキリしてたの」

 

「ああ、分かる。桐っちはそんな感じだ」

 

「守りたいものをハッキリさせる。

 守りたいものを守るために頑張る。

 守りたいものを守るために戦う。

 そう思って、そう考えて、そう頑張っていけばいいと思ってた」

 

「へっ、いいじゃねえか。共感すんぜ」

 

「……でも本当は、あたしが守られてた。

 命も、心も、他にもたくさん。

 あたしが、一番年下の末っ子だったから。

 本当に無傷で帰って来れたの、あたししか居ないのよね。

 あたしを命懸けで庇って、死にかけた仲間まで居たくらいで……」

 

「それは……恥じることでも悔いることでもねえ。

 お前が守られたのは、お前がお前だからだ。

 皆がお前を守りたいと思う、そんなお前が居たからだ。

 お前を庇って大怪我したって、きっと後悔なんてしねえ。俺だってそうだ」

 

「言っとくけど、いざという時あたしを庇って死んだりしたら許さないからね?」

 

「死ぬわけねえだろ。俺だぞ?」

 

「……ふふっ」

 

 頼漢が小南の心をケアするために選んだ強がる生き方が、小南にとっては心地良かった。

 

 頼漢は"小南を庇わない"とは言わない。

 けれど"小南より先に死なない"とも言い切っている。

 そこにあるのは、決して無くならない『共に生きていく』という強い意志だ。

 

 頼漢のスタンスは小南の心を穏やかに保ち、小南が気持ちを言語化する助けとなる。

 

「……あたしは守りたかったから、守られたことが、辛かったんだと思う」

 

「……」

 

「『守られた』と『守れなかった』があったわ。

 だから『守れなかった』を本当に強く感じてた。

 あたしは、このままのあたしじゃ、何も守れないんだ……なんて、思ったり」

 

「んなことねえだろ」

 

「まーね。あたし強いし? タイマンで負けたのも久しぶりだった気がするわ」

 

「ああ、滅茶苦茶な強さだったな。模擬戦一万回やっても勝ち越せる気がしねえよ」

 

「ふふん。でっしょー?」

 

 認め合う空気の中で、小南は夜空を見上げて、向き合うべきものと向き合う。

 

「でもさ、たぶん、どんなに強くなっても皆にとってのあたしは子供なのよね」

 

「……」

 

「皆の末っ子、小南桐絵。あーあ。早く大人になりたいわ」

 

 小南は子供だ。

 まだ小学生。

 ゆえに、周りの大人は彼女を守ろうとする。

 小南がどんなに才能に溢れていようと、そうする。

 だから、小南は辛かったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()という目を向けてくる、一部の仲間が―――小南の罪悪感を増大させたという一面は、確かにあった。

 

「俺ももっとデカく強くなりてえ。まだ背も伸びてる途中だしな」

 

「え、それで? 今の時点でもう結構デカくない……?」

 

 頼漢もそうだ。

 

 まだこの二人は、どうあがいても大人にはなれない。

 

 彼らを戦いに赴かせるのは、大人の責任感ではなく、子供の使命感であると言える。

 

 されどいつまでも子供ではなく、周りの大人が、置かれた環境が、迫りくる人攫いの化け物どもが、子供達に大人顔負けの覚悟を絞り出させてきた。

 

「ま、本当は、体のデカさなんてどうでもいいのよ。

 ゆりさんだって背が高いわけじゃないけど、周りからは大人みたいな扱いだしね」

 

「そうなのか。まあ、うちの母さんもそんな背は高くなかったしな……」

 

「あたしは……守られるためにここに居るんじゃないわ。

 守るためにここに居るの。

 誰に強いられたわけでもない。

 あたしがそう決めた。

 あたしがそう願った。

 だからここに居るのよ。守りたいから戦うと決めて、守りたいと願って、武器を執った」

 

 心の輝きを取り戻した少女は、もう前を向いている。

 

 頼漢への深い感謝と、"どう生きるか"を迷いなく選ぶ強い意志が、赤の他人から見ても分かるほどに強く、強く、その心に根付いていた。

 

「周りからどんなに子供扱いされても、あたしは守られる側じゃなくて、守る側でいたい」

 

 小南は視線を向ける先を、夜空から頼漢に戻す。

 

「あたし一人では絶対に守りきれないくらい多くの人達を、守りたい」

 

 そして、頼漢に向けて手を伸ばし、微笑んだ。

 

「無限に手を貸してよ、相棒。あんたが相棒になってくれたら、あたしは最高に心強い」

 

「俺でいいのか?」

 

「あんたがいい」

 

 その時、そこには。

 

 星があって、月があって、太陽があった。

 

「何もかもを守った最高のエンディングに行くには、あんたが一番必要な気がするもの」

 

 小南が差し出した手を、頼漢の手がぎゅっと握る。

 

「いいぞ。お前が望む度に、3秒だけ全力で力貸してやる」

 

 交わした握手は、誓いに似ていた。

 

「あんたから借りた3秒で、あんたが守りたいものも全部守ってあげる」

 

 たとえ、今は弱くとも。

 

 全てを守り切る強さを持たずとも。

 

 手を取り合えば、誰よりも強くなっていける。

 

『いつ、"小学生並の感想だから小南感だね!"

 って言おうか間合いを測ってたらタイミングを逃してしまった』

 

「なにこいつ」

「眉毛全部抜けろ」

 

『小南は大変なものを盗んでいきました。頼漢の心です……』

 

「なんか昔のルパンの映画のセリフだってことは知ってるけど映画は見たことないやつランキング一位のセリフ来たわね」

 

『え、マジ?

 見たことないの?

 頼漢が見たことないし知らないって言ってるのは納得なんだけど』

 

「バカにすんじゃねえ。

 ルパンだろルパン、知ってる知ってる。

 『ふ~じこさ~ん』って行ってパンツ一丁になってルパンダイブするってやつ」

 

「もうなんか違う」

『原典に対する著しい侮辱を感じる』

 

「……八割くらいは合ってるだろ?」

 

「なに土俵際で粘ってんのよ」

 

 夜空の下、なんでもない話を、何の意味もなく繰り返す。

 

 話したいことを話して、知らなかった人を知っていく。

 

 夜闇に響く笑い声が、消えることのない太陽だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、千佳が玉狛を訪れると、朝っぱらからぎゃーぎゃーと喚く小南と頼漢が居た。

 

 千佳はなんとなく声がかけ難く、物陰から二人の訓練風景を覗き込む。

 

「だーかーら! 足を動かす時はもっと速さと精度を上げてフェイント込みで滑らかに!」

 

「お前の足の動き、有り体に言ってマジで意味分からん」

 

「は? どこがよ?」

 

「なんで壁と壁の間に貼ったロープの上を落ちないで全力疾走できるんだ……」

 

「あんただってできるでしょ。他の人はできたことないけどできるできる」

 

「毎回ロープの半分くらいで落ちてんだから無理に決まってんだろ!」

 

「半分まで行けたのがそもそもあんたくらいよ! 行ける行ける!」

 

「いけねえ! お前の巧緻と軽妙さを俺に求めんじゃねえ!」

 

「つーか普段もっと難しいことやってんでしょ。何よあのダンス回避」

 

「いやあれは……コツを掴めばそっからはあっという間だぞ、マジで」

 

「そのコツ本当にあんの? なくない? ないわよね?」

 

「相手の呼吸を読んで、意識を誘って、相手の動きと自分の動きを一体の舞いにしてだな」

 

「開幕からハードルが高すぎんのよ。ハードルが高杉晋作」

 

「最近歴史の授業で習ったのか……? いや、お前なら行けるって」

 

「無理! なんか『足を交互に高速で上げれば空も歩けるよ』って言われてる気分!」

 

「さっき模擬戦で俺の攻撃一分くらい舞踏で回避できてただろ」

 

「一分で限界だったって言うのよアレは! あのねえ、攻撃手(アタッカー)の連携はシビアなの」

 

「それはもう聞いた」

 

「それなりに形になってきてるけど、このままだと最高の形にするまで時間かかるわよ?」

 

「構わねえ。最高の形目指して、とことん擦り合わせていこうぜ」

 

「……はぁ。ま、いっか。じゃ、近接連携中のトリオン補給練習から行くわよ?」

 

「おっけ。近接連続攻撃の最中に3秒の補給……これだけはできるようにしとかないとな」

 

「黙ってても隣の仲間がどう動くか分かるくらいにならなきゃ、たぶんできないわよ」

 

「以心伝心ってやつか。今俺が何考えてるか分かるか? 暫定相棒」

 

「……朝御飯はおにぎりがいいな、とか? かしら」

 

「……! 当たってる……! やるじゃねえか! もう連携完成間近だったりしねえか?」

 

「ふふん、流石あたしよね。連携は完成のかの字も無いくらいだけど!」

 

『今のは相棒の以心伝心というよりは熟年夫婦の以心伝心じゃないかな』

 

「「 …… 」」

 

 もうだいぶ息合ってるんじゃないかな……と、千佳は思った。

 

「……」

 

 千佳は胸に穴が空いたような気持ちを覚えていた。

 ボーダーのトリガーを得て、千佳はできるかもしれないことが増えた。

 仲間の役に立てることが増えた。

 けれど、千佳がもうすることがなさそうなこと、お役御免になったことも増えた。

 

 自信が無い人間は、心の拠り所を多く持たない。

 すぐに"わたしにできることをしたいんです"などと言って、自尊心の柱を探し出す。

 自分にできることをして、自分が何かをしているという実感をもって、自分が役立たずや足手まといではないという確信を得て、かけた迷惑以上の貢献をしたという感触を経て、なけなしの自尊心を確立していく。

 千佳にも、そういう一面はあった。

 

 自分が原因で妖怪が襲来するという厳しい現実は、千佳の心を常に苛んでいる。

 罪悪感、後悔、苦痛、それらが千佳の自尊を剥ぎ取り、自責を変わりに置いていく。

 そんな彼女の精神を支える、最初の心の支えとなったのは、戦いの中で頼漢に霊力(トリオン)を供給して彼を助けている実感と、戦いの後に彼がくれる「ありがとう」だった。

 その「ありがとう」こそが、千佳の自責を和らげてくれた。

 

 『忌まわしい自分の才能がヒーローの役に立っている』という確信が、今其処に在る英雄譚の熱量が、千佳の痛みを和らげる鎮痛剤でもあったのだ。

 

 だが、それもこれまでの話。

 千佳は今、"もうわたしがヨルカさんに力をあげなくていいのかな"と思っている。

 自尊心の柱だった行動を、自分が頼漢を助けられる唯一の行動だったはずの役割を、今は小南が担おうとしている。

 千佳は前衛向きでないため、これから頼漢の蜘蛛切に霊力(トリオン)を供給する役割は、今後前衛同士でコンビを組む小南が果たすことになるだろう。

 

 それがなんだか寂しくて、ほんの少し苦しくて、千佳はその感情を持て余していた。

 

 "とられた"―――千佳の心がそう言っていて、千佳の頭がその身勝手な想いを、その不合理な気持ちを、自分自身で否定する。

 

 何故ならば、"いつも怪我してるヨルカさんを守ってくれる優しそうな人が仲間になってくれて嬉しい"という気持ちも、間違いなく千佳の本心であるからである。

 

 その感情は、あるいは嫉妬と言うのかもしれないし、あるいは喪失感と言うのかもしれないし、もっと別の名前があるのかもしれない。

 その感情の名前は、千佳すら知らないものだった。

 

「お、千佳か。おはよう」

 

「……兄さん。わたし、後ろで大人しくしてた方がいいと思う?」

 

「どうした、急に」

 

「その……

 狙われてるのは、こんな力があるわたしだし……

 わたしが前に出ると拐われやすくなるかもしれないし……

 そうしたら、逆にヨルカさんや小南さんの足手まといになるかもしれない……

 戦いが始まったらわたしは、ヨルカさんから離れて、後ろで大人しくしてた方がいいのかな」

 

「ふむ」

 

「わたしは……

 自分が何かできると思ってたけど……

 本当は、わたしにできることは、他の人にもできることで……

 もっといっぱい弾の練習するまでは、何もしないわたしで居たほうがいいのかな、って」

 

「また自信なさげだな、千佳は」

 

「……へんなこと、余計なこと、考えてるわたしが悪いの」

 

 千佳の小さな手がスカートをギュッと握り、曖昧な表情から、取り繕おうとした弱々しい声が漏れ落ちる。

 

 血の繋がった兄にしか漏らさない、血の繋がった兄にしか漏らせない、年相応の少女らしい弱音があった。

 

「ヨルとちゃんと話したか?」

 

「え? まだ、だけど……」

 

「一人で抱え込んで自分が悪いで結論付けるな。ちゃんとヨルと話しとけ」

 

「……兄さん、またヨルカさんに丸投げしようとしてない?」

 

「ははっ、バレたか? あいつは便利だからな」

 

「もうっ」

 

 笑う麟児。

 麟児の服を掴んで、抗議するように揺らす千佳。

 麟児がその笑みの下で何を考えているのか、妹でしか読み取れない。

 ただ、頼漢への深い信頼だけは見て取れた。

 

「お前の『それ』は、前に出る出ないの話で解決するものじゃないだろうしな」

 

「え?」

 

 千佳の真剣な苦悩に対し、麟児はその苦悩を"そんなこと"と言わんばかりに、軽く扱っているようにも見える。

 

 そういうところが、麟児と頼漢は正反対である。

 

 兄のこういうところがあるから、純粋無垢な方の千佳ですら生まれてこの方、兄を純粋な気持ちで慕うことができないのであった。

 

 

 

 

 

 千佳が撃って、頼漢が避ける。

 その訓練も段々とレベルが上がっていき、互いにできることがどんどん増えてきた。

 千佳は"散らしながらかわせない面攻撃を作る"という基本をしっかり習得しつつあり、頼漢は八咫烏や歩雲履を駆使してそれを避け、互いに攻撃能力と回避能力を高め合っていく。

 小南もその訓練の輪に加わったことで、頼漢は近接戦闘の回避能力も高めていき、千佳も頼漢と違うスピードタイプへの『当て勘』を徐々に高めていった。

 

 これもまた助け合いの一種だろうか。

 仲間内で戦い、訓練し、思いついた新手をぶつけ合う繰り返しが、彼らを本質的に強靭な兵士へと鍛え上げていく。

 

「あの、ヨルカさん、ちょっといいですか?」

 

 その合間、水分補給を兼ねた休憩の時間に、千佳は頼漢に声をかけた。

 小南は飲み物を取りに行って、晴明も街の未来を確認しに行っているので、今訓練室には頼漢と千佳の二人だけ。

 

 そして千佳は、自分が考えていることを吐露する。

 感情を隠して。

 心中を隠して。

 本音を隠して。

 小南が頼れること、小南が頼漢を守ってくれそうなこと、これまで自分がやっていたことも小南ができること、自分が何もしない方がいいんじゃないかと思っていることを、頼漢に打ち明けた。

 

 千佳は自分の心をどこまで隠せたか自信が無かったが、自分の本音を残らず話せるほどの勇気も持てず、どこか曖昧な語り口で語る以外になかった。

 

「そうか」

 

 頼漢は千佳のささやかな悩みにも真剣に向き合ってくれて、頼漢のそういうところに、千佳は感謝、信頼、安心を覚える。

 

「一応言っておくが千佳っち、お前はいつでも降りていいんだぞ」

 

「え」

 

「お前を巻き込んだのは怪獣のクソだ。

 今お前がここに居るのは麟っちの企みだな。

 麟っちは千佳っちが狙われてることが分かってるだろ?

 だから千佳っちを守れる奴を近くに置いておきたかったんだろうな。

 あとついでに、千佳っちが自衛できる力を手に入れられたら……って感じか」

 

「……兄さんなら、そう考えてるかもしれません」

 

「苦しかったら、いつでもやめていい。

 後ろに下がってもいいし安全圏に引っ込んでてもいい。

 今はもう、玉狛と繋ぎも取れてるしな。

 いざとなきゃお前は玉狛に避難して引きこもるって選択肢がある」

 

「……」

 

「俺も本音じゃ、千佳っちには危ないことしてほしくねえよ」

 

「……ヨルカさんが、そう言うなら……」

 

「ただな、気になるんだが、なんでお前俺の顔色窺って俺の意見に従いに来てんだ?」

 

「え?」

 

 千佳の表情が、虚を突かれたそれになる。

 

「お前は才能があるから狙われてる。

 そうだな。

 お前は才能あるから戦える。

 そうだな。

 お前は桐っちと同じ才能がねえから同じことができない。

 そうだな。

 で、俺が言ったことに従って決める。

 なんでだ? まあそうしてえならそれでもいいけどよ、お前、そういう自分分かってるのか」

 

「それ、は……」

 

 "分かっていませんでした"と言い切れなかった千佳の心中を、頼漢は察している。

 

「確かにお前は普通っ子だ。

 前に出てほしくねえ気持ちはある。

 けどお前には誰よりもデケェ才能がある。

 お前が戦えば誰よか強えさ。

 実際、お前がトリガー使ってから皆その話をしてる。

 お前の霊力(トリオン)で何ができるか、ってな。

 実際なんでもできんだろうさ、頑張ればな。

 だがな……なんで周りがそんなこと考えてんだろうな。

 なんでお前がどうするか、ってとこの話で、俺に決定する権利があるんだ?」

 

 彼の目はまっすぐに、彼女の目を見ていた。

 

「疑いようもなく、お前の才能は最強だ」

 

「……」

 

「だが、お前が才能の奴隷になって、才能に使われてんのは、見たくねえ」

 

「……あ」

 

「お前が才能を使って幸せになるのはいい。

 お前が才能に使われて不幸になったら最悪だ。

 才能あんのはいいけどよ。

 "才能があるから何かしなくちゃなんねえ"みたいな話はあっちゃならねえだろ」

 

 ただ一人、頼漢だけが。

 

 『才能の奴隷』という、千佳が辿る可能性の高い最悪の末路を、見通していた。

 

「千佳っちのセリフからは、こう……なんだ。

 "自分には才能があるから何かしないといけない"。

 "自分には才能が無いから小南さんと同じことはできない"。

 "自分は狙われてるから迷惑をかけるかもしれない"。

 "自分が迷惑かけた分くらいは人を助けないといけない"。

 そういう気持ちばっか伝わってきてて……放っておけねえって思うんだ」

 

「―――」

 

 千佳の言葉にし難い感情の源泉にして本質は、そこにあった。

 

 自分の役割を他人が代わりにしてしまうことへの嫉妬の裏面には、何故その人が自分の役割を求めたかという気持ちがある。

 

 頼漢の言葉には、いつもほんの少し、あるいは沢山の、千佳が求めていた何かがある。

 

「悪ぃな。

 普段の気遣いが足りてなかったかもしれねえ。

 いつも3秒補給してくれてサンキュな、千佳っち。

 いつも頼ってるし、いつも信じてる。

 千佳っちが仲間で居てくれてることに、もっと普段から感謝しておくべきだった、すまん」

 

「……ヨルカさんは、わたしにも見えてないわたしの気持ちを言葉にしてくれるから……」

 

 一拍置いて、千佳は気持ちを言葉にする。

 

「……だから、大丈夫です。わたし、ちゃんと向き合えます。お話を続けてください」

 

 頼漢は頷き、千佳に一番言ってやりたかったことを言ってやった。

 

「戦いは、お前の『するべきこと』か? そいつは、お前が自由に決めていいと思うんだ」

 

 その人が何をするべきなのか、他人が強いることもできる。

 

 されど本当は、自分がするべきことは何なのか、その人自身が考えて決めなければならない。

 

 それが人間の責務であるからだ。

 

 頼漢は『千佳は戦うべきだ』などとは言わない。絶対に。それをするべきことにはしない。

 

「でも、ヨルカさんも才能があるから戦ってるんじゃ……」

 

「俺ぁ……まあ、そういう面もあるかもな。

 ただ、俺は才能が無くても妖怪に殴りかかってた気がするからな。

 実際今も、霊力の才能無くても殴りかかってはいるしよ。

 何の才能も無くても妖怪に殴りかかって、どっかでバカみたいに死んでたかもな」

 

「……」

 

「千佳っちはその逆じゃね?

 俺は妖怪のクソさが気に食わなくて殴りかかってから血とかの力に気付いた。

 千佳っちは妖怪とやり合う気とかなかったが、襲われてから自衛始めたタチだ」

 

 何故ならば。

 

 千佳がどんなに強くても、どんなに化け物のような才能を持っていても、その力を借りれば戦いが楽になると分かっても、頼漢にとって千佳はいつまでも、普通の女の子だったから。

 

「俺が一番嫌いなもん、千佳っちは知ってんだろ」

 

「"奪う者"……ですよね」

 

「たとえば、たとえばだがよ。

 俺があんまりにも雑魚すぎて、千佳っちを守れなくて。

 ボーダーもあんま頼りにならなくて……

 千佳っちを誰も守ってくれねえとする。

 そうなったらどうなる?

 お前、普通に生きられねえんじゃねえか。一生、敵から狙われてよ」

 

 もうとっくに、雨取千佳の人生は、才能に縛られていて。

 

「……はい。分かってます。そうなるんじゃないかな、って」

 

 嫌なことを受け入れた、我慢と辛抱の色が濃い千佳の微笑みが、頼漢の胸に刺さった。

 

 千佳は何も分かっていないわけではないし、全てに耐えられているわけではない。

 もし千佳が平和に生きることを選んだとして、隣合う世界の多くが地球人を拐うことに躊躇いがないことを考えれば、他世界の外道はなんとか抜け道を探して千佳を狙い続けるだろう。

 それこそ、一生。

 なぜならそれは怨恨ではなく、利益だけを目的としたものだから。

 千佳が才能を持ち続ける限り、それは何らかの形で害をもたらす可能性がある。

 

 抜本的、かつ画期的な対策があって初めて、"千佳が襲われる可能性は低くなった"くらいの話にできるかもしれないが、それでも大規模侵攻のような力任せの手を取られた時、千佳の身に迫る危険が0になるということはないだろう。

 

 それが分からないほど、千佳は愚かではない。

 分かってはいるが、どうしようもないから受け入れている。

 受け入れて、我慢して、頼漢に心配させないように微笑んでいる。

 

 心配しないわけがないというのに。

 

「ざっけんじゃねえ。許さねえよ、んなこと、誰にも」

 

 何も悪いことをしていないのに、生きているだけで無制限に周りに迷惑をかけ続ける可能性があり、そんな人生の中で自分のやれることを探して、他人を助けられる道を探して、最初に見つけた自分にできることを失って不安になって、安全圏に引っ込んで弾の練習でもしていた方がいいんだろうかと思い始めている、"何をすべきなのか"も自分で決められない、そんな少女が。

 

 頼漢の目には、酷く哀れに映った。

 

「お前から何一つ奪わせねえ。

 お前の才能を狙ってる妖怪からも。

 お前の才能を活かせると思ってるボーダーからもだ。

 好きにつまんねえ人間になれ。

 好きに面白い人間になれ。

 戦おうが戦うまいがお前の自由だ。

 俺が守るのはお前の未来、可能性、選択肢だ。好きに生きろ」

 

「……!」

 

 もしも、千佳が何らかの将来の夢を諦めて世界を守る戦士になったとしても、その結果として途方も無い栄光を得たとしても、千佳が大事な何かを諦めて『自分の才能の奴隷になってしまった』時点で、頼漢はそれを否定するだろう。

 

 他人の未来を守るということは、他人の可能性を守るということ。

 

 彼は、千佳の可能性が奪われることさえ許さない。

 

「ヨルカさんにとって……わたしが奪われないことは、そんなに大事なんですか?」

 

「命を懸けるくらいの価値はある」

 

「っ」

 

「たぶんな、そう思ってんのは、俺も麟っちも晴明の野郎も同じだ」

 

 頼漢は、嘘つきが半分を占めるチームに所属していながら、仲間と気持ちが重なっていることを疑いもしていない。

 仲間の言うことは嘘じゃないかと疑うくせに、仲間と同じ心であることを一切疑わない。

 『俺達は皆千佳っちが好きだから、千佳っちを何からも守りたいと思ってる』のだと、心の底から信じ切っている。

 

「それで、もし、わたしが一生狙われ続けて……

 わたしが何を選んでも、狙われ続けるとして……

 わたしが、戦うのも嫌だと言ってしまったら……どうするんですか?」

 

 千佳は、幼い心に小さな期待を抱えて、そう言って。

 

「俺が一生守ってやるよ、かっかっか」

 

「―――」

 

「千佳っちの周りにクソが寄ってくるなら、一生クソ野郎を殴る機会には困らねえなあ」

 

 期待した言葉より何倍も何倍も大きなものをぶつけられて、心の中が"嬉しい"でいっぱいになって、少女は服の胸元をぎゅっと掴んだ。

 

 彼に助けられ、救われ、守られた。

 だから千佳は彼に何かをしてあげたかった。恩を返したかった。

 千佳は霊力(トリオン)に優れ、彼は霊力(トリオン)が無くて、だから戦いの最中に力を注ぐという行為で、千佳は確かな心の充足を得ていた。

 その役割が無くなった喪失感を通して、千佳が抱えていた苦悩と苦痛が表に出たものの、それも頼漢と向き合うことで心の整理がついていく。

 千佳の心に絡みついていた見えない何かが、ぼろぼろと崩れて消えていく。

 

 守ってくれるということが嬉しいのではなく。

 想われているということが嬉しかったから。

 彼の心を信じられる今の自分が誇らしく思えて、千佳は忌まわしい才能で他人に迷惑をかけてばかりの自分を、ほんの少し、ほんの少しばかり、好きになれるようになった。

 

「千佳っちが要らねえって言うまで、呼べばいつでも飛んで行ってやる。ダチだからな」

 

「……迷惑じゃ、ないですか……?」

 

「たとえ迷惑でも、構わねえ。

 "こいつになら迷惑かけられてもそれはそれで楽しい"

 って思えたら、そっからダチだ。お前に迷惑かけられるなら嬉しいさ」

 

「……ヨルカさん」

 

「ま、そもそも迷惑に感じてねえけどな!

 言っちゃなんだが、千佳っちがうちの母親より俺に迷惑かけられるか?

 あの母親のこと一切気にしてなかった俺が気にすると思うか? ねえだろ?」

 

「そ、それを自虐ネタにしていいんでしょうか……」

 

「いーんだよ。本人だからな」

 

 千佳が見つめる瞳の先で、頼漢が苦笑している。

 

 頼漢はおそらく、友人が宗教にハマって周りの人間に迷惑をかけ続ける精神的な病人に成り果てても、その友人を見捨てることはない。

 なぜなら、慣れているからだ。

 千佳の『他人にかけたくない迷惑のライン』が極めて低く、頼漢は『友達にかけられていい迷惑のライン』が極めて高く、そういうところも正反対だった。

 

 背の高い頼漢は膝を折って、背の低い千佳に目線を合わせる。

 

「自信持てよ、千佳っち。

 力とか、そういうもんと無関係なとこに自信持て。

 戦うか、戦わないかは、"お前の価値"においてはどうでもいい。

 どっちを選んでもお前の価値は増減しねえ。

 それは、お前がお前で、俺が俺であるからだ。

 俺がお前を気に入ってるからだ。

 お前から奪う奴を俺が許さねえからだ。

 お前が他人から好かれる理由が、その力となんも関係がねえからだ」

 

「ヨルカさん……」

 

「変わんねえもんなんてねえ。

 なんもかんも変わってく。

 お前にできることが新しく見つかるかもしれねえ。

 お前の心の拠り所だった役割を誰かがやるようになるかもしれねえ。

 お前が戦うか戦わないかを選んでも変わるだろうさ。

 だけど、そん中でも変わらないもんはあると思ってる。

 たとえば、俺の中のお前を好ましく思う気持ちとか、そのへんとかだな」

 

「……!」

 

「変わっていく先が最高の未来になるように、俺は晴明のやつと手を組んだ」

 

 もしもこの世に、『未来の守護者』というものがあるのなら。

 

 それは他人が善くなっていく可能性もだらしなくなっていく可能性も守り、変わっていく今を肯定し、一瞬一瞬を懸命に生きて明日へと繋ぎ、これまでの心の支えを失った少女に新たな道を示すような……そういう人間であるはずだ。

 生きているだけの未来ではなく。

 全滅していないだけの未来ではなく。

 敵に勝っただけの未来ではなく。

 人々が豊かで自由で、幸福で報われる、そんな未来を守る者だろう。

 

 もしもこの世に、『未来の守護者』というものがあるのなら。

 

「怖がんな。

 何をする時も。

 何が起こっても。

 何がなくなっても。

 お前の何が変わっても。

 お前がどう変わっても。

 お前は怖がらなくていい。

 俺が晴明の力を借りて、マシな未来に変えといてやる。

 だからビビんなよ、大丈夫だ。

 俺みたいな恐れ知らずに言われても、説得力ねえかもしれねえけどな、ははっ」

 

「大丈夫です。だって、こんなに信じられるんですから」

 

「お、そうか? 信じてくれてサンキュな」

 

「ふふっ」

 

 千佳にとっての頼漢こそが、『それ』だった。

 

「だがまあ今は、千佳っちが一人で生きていける権利を守らねえとな。

 人間、一人ぼっちで生きていたい時だってあんだろ。

 そういう時、千佳っちが一人でもクソ野郎をぶっ飛ばせるように……オラァ修行だッ!」

 

「は、はいっ! アステロイド!」

 

 千佳がアステロイドを暴力的に撃つたび、工夫して撃つたび、頼漢はそれを跳んでかわし、走ってかわし、歩雲履で跳ねて、八咫烏で軌道をねじ曲げまたかわす。

 真剣に戦う時や、真剣に訓練をしている時の頼漢の目が、千佳は好きだった。

 一秒先の未来の成功を努めて信じて、一秒先の賭けに勝ち続ける、少し先の未来のために一瞬一瞬に全力を懸ける人間の、強さと輝きが同居した宝石のような瞳。

 諦めない勇者の瞳。

 

 そんな目をした人間を、千佳はこれまでの人生で、頼漢と小南の二人以外に見たことがない。

 今の千佳なら、その事実も穏やかな心持ちで受け入れられる。

 頼漢が訓練の合間に千佳をじっと見ていると、千佳はそれがなんだかくすぐったくて、小動物のような笑みをついつい返してしまう。

 

 千佳は"この人はどんな未来のわたしを想像しているんだろう"と、ふと思う。

 "わたしはどんなわたしになっていくんだろう"と、思いを馳せる。

 考えてみても未来の自分の姿は朧気で、千佳は自分がどうなっていくかなんて分からない。

 けれど。

 雨取千佳の未来がよいものだと信じてくれる彼に恥じるような未来の自分には、絶対になりたくない―――そう、千佳は強く思う。

 

 『自分を救ってくれた人に恥じない自分でいたい』と思う気質が、頼漢にも千佳にもあって、正反対だけどどこか似ている二人は、こんなところまでよく似ていた。

 

「よし、コツが掴めてきたな。千佳っち、もう一本頼……千佳っち?」

 

「……その」

 

「ん?」

 

「ヨルカさんが好きに生きていける権利は……

 守りたいものを守るために、勝つ権利は……

 頑張ってわたしが守ります。その、仲間なので、おかえしです」

 

「……ははっ! かっこいいな千佳っち! 頼りにしてんぜ!」

 

「はい!」

 

『青春だねえ』

 

「おっ、お帰り。街の人の未来はどうなってた?」

「おかえりなさい、晴明さん」

 

『端的に説明していくとだね―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本で十代の者達の多くは学校に行っている。

 麟児も、千佳も、地球に帰って来てからは小南も特殊な授業形式での復学をしている。

 よって、平日の頼漢は死ぬほど暇である。

 我流の喧嘩殺法を舞踏に落とし込む作業をするか、蜘蛛切を自己流に振り回すかくらいしかしておらず、残りの時間で玉狛留守番の林藤ゆりと駄弁るなどしていた。

 

「へぇ……ゆりお姉さん達が皆揃ってた時はそうやって妖怪撃退してたんすか……」

 

「今だと頭数が足りないから、違うやり方を探さないといけないんだけどね」

 

「大変すね。基本的に俺にできることは全部やるんでなんでも言ってください」

 

「ありがたいわ。ふふっ、ゾンビパニックの後の自衛隊くらいの状態よ、今のボーダー」

 

「自分が所属してる組織を中盤のかませ扱いしてる人初めてみました」

 

「そのくらいボロボロなのよねえ。まあでも、人を狙う怪物と戦ってるから同じ同じ」

 

「妖怪どももアンブレラ社製の動く死体と同じ扱いされてるとは思うまい……」

 

「あんまりのんびりしたくないのよ。

 どうも近界(ネイバーフッド)の動きが読めないし……

 ほら、海外と日本を比べて日本が良いって言わないと死ぬ人って居るでしょ?

 そういう人達が引き合いに出す日本の良さランキング二位って『治安の良さ』じゃない?」

 

「それはそうかもしれませんけども!」

 

「そんな人達のためにも、近界民(ネイバー)の侵略を防いで、日本を平和にしてあげないとね」

 

「言ってることと理屈の帰結点は正しいのに素直に頷きたくないすね!」

 

「ふふ」

 

 頼漢とゆりの会話……と言うよりは、ゆりが頼漢を使って懐かしげに遊んでいた、と言う方が正しかったりするかもしれない。

 

 頼漢が玉狛で"晴明に警告された未来の敵"との戦いに向けて鍛錬を繰り返し、ゆりが忙しそうに方々と連絡を取り合っていた頃、街を見回って未来の情報集めをしていた晴明が、ふらっと玉狛に戻ってきて、口を開いた。

 

「は? 人が来る? 玉狛に? ああ、ゆりお姉さんが連絡取りまくってんのそれか?」

 

『そうそう。それでどうしようかなって』

 

「『どうしようかな』? お前にしてはなんか珍しい言い回しだな」

 

『そうなんだけどねえ。

 良くなった未来がハッキリ見えてないと迷うんだよね。

 コンビニのレジ横で新商品180円の旨味チキンor辛味チキンで迷うような気持ちだ』

 

「知らんがな。つか俺もお前も食ったことねえだろ、あんなもん」

 

『流れるように悲しい話。死人に口なし、食う口なし』

 

「その調子で無駄口もなくしてくれ」

 

 晴明の歯切れの悪さ……いや、おそらくは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であるそれに、頼漢は違和感を覚えていた。

 何でも知っているような顔をして、しれっと嘘を織り交ぜて、勝つための布石をしっかりと打っていき、頼漢が"気合いで勝てる"範囲まで勝敗の境界を引き下げる。

 それが普段の安倍晴明のスタンスであったはずだ。

 

『実際のところ、(なれ)はその人に会っても会わなくてもいいんだ』

 

「なんだお前、どっちなんだよ」

 

『彼女と(なれ)の出会いにはさして可動性がない。

 (なれ)らは長期的に見ればどこで出会っても仲良くなるしね。

 運命の出会いというほど運命的なものにはならない。

 未来を変えるほどの効果もない。

 ただまあ、近く来る敵を見越して、()()()できるならその方が良さそうなんだよね』

 

「何が前倒しになるんだ?」

 

(なれ)の強化』

 

「……へぇ」

 

 その者は、どこでどう出会っても頼漢とは仲良くしてくれるらしい。

 そして頼漢を強くしてくれるらしい。

 かつ、その出会いをここで前倒しにすることができるらしい。

 頼漢は晴明の言及越しの"らしい"でしかその者について知ることができないが、今すぐにその人物と出会っても、メリットしか無いように思えた。

 

「何が起こるか見てみるか。そいつと会ってやるよ」

 

『ありがたいね。

 正直に言うとちょっと手探り状態だから、(なれ)にある程度任せたい気持ちだ』

 

「成り行き見て良さそうな未来があったらそっちに修正するみたいな話か?」

 

『そんな感じ。そう、レンジで細かく再加熱してちょうどいい感じの半熟卵を作るように……』

 

「ミスって爆発するやつだろそれ」

 

 だから会ってみると、そう決めた、が。

 頼漢は内心、警戒心を徐々に高めていた。

 晴明に誘導されつつも、同時に晴明の誘導を見透かせるように成長を繰り返しているのが源頼漢という男である。

 晴明の言動から、頼漢はその裏を読み取ろうとしていた。

 

 頼漢はいくつかの可能性を考え、晴明の性格や今の晴明が動かせる手札を考慮して、ありそうな可能性を三つにまで絞っていた。

 

 一つは、本当に未来視で視える未来が不安定である可能性。

 未来がよく分からないからある程度頼漢の判断に任せて正解を探しているという可能性。

 一つは、晴明の迷いや言動自体が全て演技である可能性。

 「何も損はないし良い事しかないから会いに行ってね」と言うと上手く行かないから、ややこしい言い方をして頼漢の行動と未来を微細に調整している、という可能性。

 

 最後に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という可能性。

 ここで出会うより、後で出会った方がメリットが多い、あるいはデメリットが少ないのに、ここで前倒しに出会っておかないと()()()()()()()()()()()、ここで前倒しに出会いと強化を済ませておこうとしている。ゆえに、晴明に迷いがあるという可能性。

 

 そして晴明が何を考えているパターンでも、晴明は"今の戦力では次の戦いの勝率が低い"と判断しているということは確実だ。

 

 最近、晴明は頼漢の傍を離れることが増えてきている。

 街を見回って人々を見て、その未来を見て、未来の勝機を探している。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 頼漢の強化に繋がる出会いの話をここで出してきたのも、晴明の最近の行動を見ると、無関係とは思えない。

 晴明は、次の戦いに備えた準備と強化を急いている。

 

 大規模侵攻の類が来る可能性はない。

 そういうものが未来視で視えているのであれば、晴明は早くに言っているだろうし、民草を守ろうとする晴明の意志を頼漢が疑ったことはない。

 で、あるならば。

 

「……何が来るんだ……?」

 

 何かが来る。

 

 晴明が『これでもか』と準備をしても足りない、何かが。

 

 

 

 

 

 近界(ネイバーフッド)

 この世界に近く接する、あるいは遠く離れる、隣の異世界のこと。

 

 近界民(ネイバー)

 異世界に住まう人々のこと。

 

 トリガー。

 近界民達がトリオンを使って超常現象を起こす技術、その総称。

 あるいはその技術を用いた武器端末の名称。

 

 異世界の存在は皆妖怪のようなイメージをぼんやり持っていた頼漢は、初めてその辺りのボーダーの知識を教わった時、少し驚いた覚えがある。

 晴明が「(なれ)を強くしてくれるのは近日に玉狛に来る近界民だよ」と言い、ゆりが「近界民の偉いお客様が来るからその日の玉狛に来るなら気を付けてね」と教えてくれたので、頼漢は「これか」と把握した。

 

 よってその日、ゆりを手伝うという形で、その人物と出会うことを決めた。

 

「ゆりお姉さん、手伝いますよ」

 

「え? 一緒にお客様のお迎え手伝ってくれるの?

 ありがとうね。

 ……あ、迅くんが言ってた"一緒に出迎えてくれる人"って、よるくんのことだったんだ」

 

『……ふむ。図らずして向こうと合意が取れたか……』

 

「なんかお前ら、未来視同士でよく分かんねえ意思疎通してるよな。会ってもねえのに」

 

『ま、(やつかれ)と彼にしか視えてないものというのはあるからね』

 

 ボーダーの未来視と平安の未来視だけが取れる合意と、"この方向性で間違ってないよな"という相互保証。未来視だけに通じる隠語、あるいは暗号のようなものとも言えるだろう。

 頼漢がこれから迎える出会いも、頼漢には見えていない意義があるのかもしれない。

 

「どういう人間なんだ?」

 

『話せば分かるよ』

 

「そういうのいいから教えろバカ。お約束は要らねえんだよ」

 

『ネタバレなしで楽しんでほしい。そう、ワンピースの正体のようにね』

 

「俺はたぶん連載追わねえから後でネットのまとめ記事とかで正体見て終わりだぞ」

 

『バカ野郎……!』

 

「よるくん、晴明さん、あと一時間くらいで来るみたいだからそのつもりでね」

 

「『 はーい 』」

 

 この時頼漢が想像していたお客様像は非常に多岐に渡ったが、実際に訪れた人物は、頼漢のどの想像とも合致しない存在だった。

 

 

 

 

 

 源氏とは何か。

 歴史の授業を真面目に聞いてきた人間に問うても、正しく答えられない者は多い。

 

 まず大前提として、日本は天皇という『王』が永きに渡り君臨し続けてきた国家である。

 王の上の皇。

 大王の先の天皇。

 世界でも屈指の歴史を持つ、地球最古の王家と言えるもの、それが天皇だ。

 

 源氏とは、臣籍降下した皇族に与えられる"源の姓"を持つ者。

 すなわち源氏とは皇族であることを捨てた皇族の血統であり、大和王権を担保する『神の子孫である天皇』の血族……即ち、源氏も神の子孫ということになっている。

 その尊い血筋こそが頼漢の祖先。

 頼漢は清和天皇の子孫であり、その身にも日本の王権を保証する『神の血』が流れている。

 

 源氏は永らく、天皇の王権の守護者であった。

 『幕府の将軍』、『征夷大将軍』と呼ばれるものがそれであり、諸説あるが源氏の血統以外がそれになるということに対しては、強い反発があったという。

 源頼朝然り、源氏は天皇から征夷大将軍に任命され、王の守護者として王の権限を代行し、やがて日本の実権的な王となっていった。

 

 天皇あってこその幕府将軍、名目上の王と事実上の王。

 この両輪が日本の基本形。

 摂家将軍や宮将軍などの例外もあるが、織田・豊臣の征夷大将軍が生まれなかった理由として、源氏以外の征夷大将軍を認めることに反発があったから、という説もある。

 逆に徳川家康は、将軍になるために源氏の子孫であることが必要だと知り、清和源氏の子孫であることを名乗るようになったという。

 

 天皇は源氏の子孫に名と権威を与え、源氏の子孫は『正当』と『正統』の保証を得て、幕府として・将軍として、王家の守護者・代行者となる。

 幕府無ければ皇家は残らない。

 守護者無き王は存続できないから。

 皇家無くして幕府は無い。

 守護者の権威は守る王のいと高き威光によってのみ担保されるから。

 

 その存在は、まるで王の冠(クラウン)のようだった。

 

 冠などというものはただの装飾品。

 それ自体には素材相応の価値しかないが、王が戴くことで初めて、その王家の歴史と権威の後押しを受け、価値ある冠として成立する。

 かつ、王もまた、冠を戴くことで初めて権威を知らしめることができる。

 冠は王に価値を保証されるものであり、同時に王の価値を知らしめるものであるからだ。

 冠こそが、王の最も大事なもの、すなわち『権威』を守る楯。

 天皇という王に、源氏という冠があって初めて、王権は守護される。

 

 源氏の本質とは、『王が戴く(クラウン)』である。

 

 大いなる主神・(マザー)たる天照大神の子孫である皇族を、守護する(クラウン)

 

 源頼漢の先祖である源頼光もまた、『朝家の守護』とあだ名された王家の守護者であり、皇室が戴く(クラウン)としての任を果たした歴史的代表格である。

 その血は今も、頼漢の中に流れている。

 王にして神たる者から分かたれた、王にして神たる者を守る(クラウン)の血が。

 

 初めてその少女を見た瞬間、彼のその血が僅かにざわついた。

 

 異界で代々受け継がれてきた本物の『王』の血を、源氏の本能がひしひしと感じ取っていた。

 

「紹介するわね。

 こちらアリステラの王女様、ルカ姫様よ。

 よるくん達もそんな身構えなくていいけど、失礼がないように最低限気を付けてね」

 

 大和の王の血から分かたれた、王の冠の血。

 アリステラという国家を治める、世界の王の血。

 二つの星の、王の血と王の血。

 二つが出会い、辿る道筋が混ざり合っていく。

 

 源氏と姫は、口にこそ出さなかったが、互いに対し"他とは違う"という認識を持っていた。

 

 

 

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