ワートリハードモード トリオン能力1未満トリガー無し敗北即死   作:ルシエド

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メリークリスマス(ギリギリ)


2

 ルカを見た時、頼漢は目で見えるものと、肌で感じる雰囲気の差異に、直感的な違和感を覚えたが、それを言語化することができなかった。

 

 頼漢が言語化出来たのはルカに対する印象だけ。

 彼に大した語彙力は無い。

 ゆえに彼の中で行われる言語化は非常にシンプルな、専門教育に裏打ちされた語彙ではない、ごく自然に彼の言語で紡がれるものに限られる。

 

 ゆりであれば、「目を引く容姿に目に優しい笑顔の美人」に。

 小南であれば、「春の陽を思わせるかっこよくてあったかいやつ」に。

 千佳であれば、「秋の月みたいな控え目なのに皆に好かれる子」になったりもする。

 頼漢は、豊かな語彙で他人を定義してそれをかっちり固定する……という文豪にありがちなことをしないため、他人への印象の言語化はブレがちだが、そういう風に他人を評せる。

 古典からの引用はできないが、どこにでもある自然を使ったたとえならば出来る人間だ。

 

 そんな彼は、アリステラの姫・ルカを、『冬のライオン』のようだと思った。

 彼女の"王気"とも言うべき、分かる人にしか分からない、独特の雰囲気を纏う少女。

 それを彼の本能は、吹雪の中に佇む小さな獅子にたとえた。

 逆境の厳しさの中で揉まれ、それに立ち向かい耐えて来た、小さな王に。

 頼漢の心は、極寒の内にて吠える獅子に似た印象を、その少女に向け抱いていた。

 

 ゆりが"どれがお口に合うかな~?"と棚のお菓子を見定めている間、ルカは大きめのソファーにちょこんと座っていた。

 

 ポニーテール状に束ねた艶のある黒髪は一見すると地球でありふれた髪型のようにも見えるが、その実根本の部分の折り込みが地球のどの髪型とも一致しない、異世界の髪型である。

 年相応に幼気な顔つきがあまりそう見えないのは、年齢不相応に凛とした表情ゆえか。

 頼漢は少女の雰囲気から『責任感ゆえの緊張』を感じ取り、それを緩和してやろうと思うも、不器用ゆえにどうすればいいのか少し悩んでしまった。

 

「茶、飲むか。淹れてやるよ」

 

「説明をお願いします」

 

「説明? なんか微妙に苦くて匂いの良い草をお湯で煮込んでなんか飲むやつ……?」

 

「……まったく美味しそうに思えないのですが……」

 

「俺もこんなお高いお茶のことなんて知らねえんだよ。悪いが飲んで確かめてくれ」

 

 頼漢とルカでお茶っ葉の円筒容器を見て、横に書いてある"おいしい淹れ方"を二人で見て、「これ?」「これじゃないですか」「これをお茶に溶かすんだっけ」「私が知るわけないじゃないですか」「だよな」といった会話をすること二分。

 ルカは、日本のお茶文化を適当に理解した。

 

「……ん。理解しました。これは地球の文化ということで間違いないですか?」

 

「地球っつーか日本? こういう緑の茶を飲まねえ国も多いな」

 

 頼漢がどばっと急須に茶葉を入れたので、ルカはぎょっとした。

 入れすぎた茶葉の粉末が、煙になって外に吹き出す。

 頼漢は構わず電子ポットの中のお湯を、分量計算もせずフルに入れた。

 

「なるほど……え、ちょっと待ってください。

 この容器の横に適量が書いてあると思うのですが……

 ……明らかに適量の十倍くらいの葉が入れられていませんか?」

 

「多い方が美味えだろたぶん」

 

「料理に死ぬほど塩を入れていらっしゃる方ですか?」

 

「そしたら水大量に入れりゃあいいだろ」

 

「『俺はそんなことしない』と言ってほしかったですね……」

 

 お茶っ葉の円筒容器の横にお茶ができるまでちょっと待てと書いてあったので、二人して急須をじっと見て、待つ。

 

「桐絵に勝ったというのは貴方ですか?」

 

「一回だけな。なんだその話広がってんのか?」

 

「ボーダーと繋がりの深いセクションにはそれなりに、という印象です」

 

「うっへ。めんどくせっ。

 雑魚が強いやつに勝っただの引き分けただのの話だけ広まるのは害あって利無しなんだが」

 

「私も驚きました。なのでひと目見たいと思っていました。けれど」

 

 ルカが手首を擦る。

 そこには、薄緑と黄緑を組み合わせたような色合いの腕輪があった。

 布から滲み出る水に似た光沢を持つそれは、ここ最近の戦いの中で磨き上げられた頼漢の直感を刺激する。

 つまり、トリオンが使われたトリガーの一種で間違いなかった。

 

 それは頼漢のトリオン能力などを測定していたようであり、ルカは頼漢の内在トリオン量を理解してそのあまりの少なさに、内心落胆していた。

 

「ここまでトリオンが無い人が小南に勝てるわけがありません。何かの間違いでしょう」

 

「言うなあ……」

 

 凛とした表情に冷たい目。

 更にその言動は頼漢を計測数値だけで見下したもの。

 額面のみを見る目で見れば、ルカ姫は表面上しか見ていない、他者の本質的な部分を見抜けていない、機械計測を信じる必然の愚か者のようにも見える。

 

 堪え性の無い者であれば、彼女の言動の上っ面を見てバカにしたり、見下されたことに不快感を覚えて怒ることもあるかもしれない。

 頼漢は特に怒らず、"そう思われるのも当然だな"と受け止めていた。

 少女の瞳の奥に、頼漢を試すような色合いが秘められていることに、頼漢は気付かない。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 

「ひっ……な、なんですかこの声!? どこから!? 誰の!?」

 

 "ルカが想定していた以上に"緩やかに会話が帰結しそうになっていたその時、道化が何を考えているのか分からない顔で飛び込んだ。

 

「晴明、テメエ何女の子怯えさせて……つか何に喜んでんだ」

 

『頼漢! これはなろうだよ! (なれ)は今の日本最強のコンテンツの仲間入りしたんだ!』

 

「お前マジでいっぺん怒られろ」

 

『最弱のトリオン!

 見下される主人公!

 見下す美少女!

 主人公を舐めて突っかかる割と強めのエリート!

 エリートとの模擬戦で主人公が勝利!

 そして始まるヒロイン追加!

 "バカな、トリオンがあれだけしかなかったのに……!"

 "トリオンの量だけで強さが決まるわけじゃない"

 "トリオンが少ないからって舐めてごめんなさい……ポッ"

 "わたくしもトリオンが少なくて悩んでいたのです、師匠になってくださいまし~"』

 

「マジでいっぺん怒られろ!」

 

 頼漢が豪快に振った腕が、はっはっはと笑う晴明をすり抜ける。

 

 頼漢が説明を行い、ルカは半信半疑に虚空を見上げていたが、安倍晴明が未来を視る幽霊だと聞いたその時だけ、その目が僅かに細まった。

 

「マジでごめんな、ええと、ルカ姫。

 この悪霊は横にどけて君に迷惑かけないようにしとくからよ」

 

『えええ~?』

 

「……トリオンはなくとも、敬意と気遣いは持ち合わせているようですね。安心しました」

 

『こんなあっさり評価を微妙に引き上げられても後のカタルシスの邪魔なんだけどな』

 

「なんでオメーは"悪い子じゃなさそうで良かったね"って言えねえんだ」

 

『"源氏の子孫と異世界の美少女姫が出会う話 1/5" を最初から見ていきたかったんだよね』

 

「承認欲求で始めたツイッター漫画?」

 

 晴明が会話に入ってきてから、会話の空気が完全に一変してしまった。

 

 こほん、とルカは咳払い。

 

「周りにはただの噂話だったと言っておきます。

 その方が貴方にとっても良いと思いますからね」

 

「助かる。別に強く見られていいこととか無……あ、お茶出来てるわ、どぞ」

 

「これはこれはご丁寧に、ありがとうございます……苦っ!?」

 

「ダメだったか。千佳っちやゆりお姉さんみたいには上手くいかないもんだな……」

 

「……いえ、此方の食文化に私の舌が慣れてなかったというのもあると思います」

 

「悪ぃな。

 あ、じゃあ今度いい感じの雑草教えてやるよ。

 水に漬け込んどくとなんか味と香りが着いた気になるやつ。

 この茶ほど美味くねえけど、ガキの頃から飲んでて好きでさ、ヘヘっ。

 犬が小便ぶっかけてねえ雑草を見つけるコツってのがあってさ、生えてる場所が……」

 

「生前に虐殺者だった罪を償わされている人か何かなのですか?」

 

『ちなみに頼漢がよく食べてる雑草に混じってるイヌホオズキの実は有毒だからね』

 

「ちょっとだけならいいスパイスなんだよアレが」

 

「生前に虐殺者だった罪を償わされている人か何かなのですか?」

 

 ルカの頼漢を見る目に、多少の哀れみが混じった。

 

「申し訳なく思うのなら、私の頼みを一つ聞いてくださいませんか?」

 

「おう、なんでも言ってくれや。応じられるかは分かんねえけど」

 

「地球の街を見て回ってみたいのです。身構えていない、素の街を」

 

「……ん? お忍びで見て回りたいって話か?」

 

「はい、その通りです。なのでボーダーの構成員でもない貴方に頼めれば、と」

 

『ローマの休日じゃん』

 

「「 ろーまのきゅうじつ……? 」」

 

『……』

 

 まあいいか、と頼漢は了承した。

 無論、貴人が一人で平気で過ごせる絶対平和の街など、まだこの地球には存在しない。

 国家首脳が護衛無しに歩ける街などない。

 いつどこでも万が一はある。

 偉い人が一人で歩いても満足に安全な街など、完全に完成された管理社会以外にはありえず、そんなものは未だに存在しないのである。

 

 けれど、それでも、日本は比較的安全な社会であると、頼漢は認知している。

 不良も居るしヤクザも居るが、危ない場所に近寄ったりしないのであれば、身を守れない年齢一桁の子供がその辺りを一人で彷徨いていても問題がない、そういう街がいくらでもある。

 そういう世界を、頼漢は愛していた。

 

 頼漢はこの街で一、二を争うほどに、この街の良し悪しを知っている。

 それは自己嫌悪と八つ当たりが入り混じったパトロールや不良狩りの成果ではあったが、よきことに使うのであれば何ら問題はない。

 彼がガラの悪い人間が通らない区画を案内していけば、それこそ姫に無礼を働く国際問題野郎が生まれることはないだろう。

 

「私が満足を得れば、貴方に褒美を取らせることも可能です。心して臨んでください」

 

『ほらほら、試されてるよ』

 

「お前な……ま、良いか。

 異世界からのお客様だ、この世界のことを好きになってもらわないとな」

 

「こっそりですよ、こっそり」

 

 頼漢の手を引っ張り、きょろきょろあたりを見回して、こっそり出ていこうとするルカ。

 その背中には、冒険に出かける直前の子供のような、隠しきれないワクワクがあった。

 きっと、これは、姫である彼女にとって……初めての冒険なのだろう。

 

 城から出ることもあまりなかったのかもしれない。

 自分の世界から出たこともなかったのかもしれない。

 そんなお姫様の、人生初の、他の世界に飛び出していく冒険。

 知らない世界に踏み出していく楽しさを、頼漢はよく知っている。

 

 うんと幼い頃、母に連れられて公園に初めて行った時。

 子供の頃、麟児に連れられ、街を一番綺麗に一望できる場所に連れられていった時。

 千佳と出会って、これまでの自分が生きていた場所とは違う場所に辿り着いた時。

 未知の向こうには、新しい出会いと、知らない楽しさがあった。

 

 頼漢の口元に、優しさが浮かぶ。

 

 そうして頼漢は、この小さなお姫様に、とことん付き合ってやることにした。

 

「ああ、こっそり行こうな。

 50円で美味い焼き鳥食える店連れてってやるよ。

 あと、道路の白塗りが剥がれてめっちゃ面白い感じになってるとこ。

 カップル向け雑誌で紹介されてた、一番景色人気がたっけえとこにも連れてってやる」

 

「それは……楽しみです」

 

 そうして、二人はこそこそ出ていこうとして。

 

 よく分からないところで待ち構えていたゆりとばったり出会ってしまった。

 

「あ、出かけるの? 迅くんから聞いてるわ。いってらっしゃーい」

 

「……」

 

「ふふ! お忍びのおでかけ、楽しんできてね?」

 

「もうお忍びじゃないんですけど?」

 

 しかも、ゆりに笑顔で送り出されてしまっている。

 

 これではお忍びの要素がまるでない。

 

「なあ、姫さんよ。未来予知できるやつがボーダーに居るならそりゃ予測されてんじゃね?」

 

「言わないでください……」

 

 悲しきかな、未来が見えぬ普通人。

 仮にルカがお忍びで街に出て、そこで何かよくないこと――三門市の不良に絡まれるなど――が起こるのであれば、迅悠一がゆりに言付けして止めていただろう。

 つまりは、そういうことだ。

 今の姫には"未来"という、何よりも強い護衛が付き、安全を保証してくれている。

 

『彼女はねえ、こういうお姫様がお忍びで未知の市井に出るシチュに憧れてたんだよ』

 

「……いや、ほんと、言わないで下さい。不敬罪ですよ」

 

「王族の見解聞きたいんだけどよ、未来予知野郎ってみんな性格微妙に悪くね?」

 

「迅悠一の性格が悪いとは思いませんが、タチは悪いと思います」

 

「なるほどなぁ……」

 

(やつかれ)の性格が悪いってことは確定で話進んじゃうの?』

 

 頼漢と姫、二人して二人の周りをぐるぐる回っている晴明を無視すると、ゆりが頼漢の今の生活事情を思い出し、ポケットから取り出した財布を彼に押し付ける。

 

「あ、これ私の財布だけど持っていって。

 お金あんまり持ってないでしょ? 王女様に失礼がないように好きに使ってね」

 

「えっ、いや、こんなの受け取れねっすよ!」

 

「いいのいいの。使った分は後で公務交遊費ってことでボーダーに請求できるから」

 

「……ゆりお姉さんって、小さい頃から本当にちゃっかりしてますよね……」

 

「ふふっ」

 

 かくして、地球の武士の末裔と、アリステラの姫は、陰陽師の幽霊をお供に、お忍びじゃないけどお忍びな形で、街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三門市は、現在世界で唯一の"近界民被災地域"である。

 被害地域ではない。

 被災地域だ。

 現在、この土地はそういう認定を受けていた。

 

 妖怪―――近界民(ネイバー)に街を破壊されても、大災害同様の被災認定を受ければ、税制での優遇や助成金を受けて比較的早く復興することができる。

 現行法では"異世界の侵略者からの攻撃で受けた被害を補填する"というシステムがなく、地方自治体は既存のシステムに頼った街の再建を目指し、政府などもそれを許容していた。

 

 されど、プラスマイナスゼロで元の街に戻せるということはなく、頼漢が守りきったのはあくまで街に生きる人々であり、高齢の老人がこれを期に店を畳むというところもあった。

 三門市への支援金トップは日本政府でもなく、海外の国でもなく、慈善団体でもなく、ボーダーである……などという話も出ており、情勢は複雑怪奇と言わざるを得ないだろう。

 全体像を把握しているのは、それこそボーダーの上層部しか居ないかもしれない。

 変わりつつある世界に、ある者は期待を、ある者は不安を抱いていた。

 

 そんな変わっていく世界の中心に近い人物の一人、アリステラの姫は今。

 

 『トリオンエネルギーを基本とする文明』とはまるで違う、『トリオンを使わないことを基本とする文明』である地球の、あまりにも特異な姿に、心踊らせていた。

 

「さて、んじゃ姫様、まずはどこに行く?」

 

 トリオンではない、電気をそこら中に行き渡らせる電線。

 電気で動いている街頭テレビ、市役所の迷子のお知らせを告げるスピーカー、ちかちかと色とりどりに輝いて交通を整理する信号機。

 ガソリンで動く車、燃える油を車に注ぐガソリンスタンドに、すっかり寒くなった季節に合わせ各家庭に灯油を持ち込んでいる灯油の巡回販売。

 

 下り坂でエネルギーを電気に変えて保存、上り坂で解放する電気自転車のようなものでさえ、彼女にとっては未知だった。

 "自分の内側から捻出できる膨大なエネルギー"であるトリオンはなく、それを貯蓄して循環させるという文化様式もない。

 大規模な発電施設などが生み出したエネルギーが、世界を回していた。

 

 彼女には街の所々にあるLEDの仕組みが分からない。

 トリオンを使わず、どう光を生み出しているのか分からない。

 LEDを見る彼女の目は、どう光っているのか分からない人魂を、地球人が見る目に近い。

 

 トリオンを使わずに、空の彼方の飛行機がどう飛んでいるのか分からない。

 光の輪で浮かぶトリオン兵は知っていても、鉄の翼と航空力学の相関性が分からない。

 飛行機を見る彼女の目は、扇で空を跳ぶ天狗を、地球人が見る目に近い。

 

 ビルの強度をどう確保しているのかも、彼女には分からない。

 トリオン建材という無理なく特定形状を半永久的に維持できるものを使わず、こんな形状で、こんな大きさで、石から削り出したようにしか見えないこれを、どう保たせてるのか分からない。

 ビルを見る彼女の目は、妖怪が泥を固めて作った強固な城を、地球人が見る目に近い。

 

 彼女にとっては、この世界こそが奇々怪々な百鬼夜行。

 

 トリオンを使わずに奇妙なものが世界を回す、妖怪の世界の如きものに見えていた。

 

「ほわ……こほん」

 

「今なんか変な声出さなかったか?」

 

「気のせいでしょう」

 

「……まあいいか。

 おっと、あれが信号な。

 赤は渡っちゃいけない。

 黄は急に止まれない車のための赤の前。

 んで、青だったら車も人もGO、って感じだ」

 

「いや、あれは青でなくて緑でしょう?」

 

「…………………………………………」

 

「誰がどう見たって緑信号で、青信号ではないのでは?」

 

「…………………………………………」

 

『うける』

 

「……なんでだろうな。でも、青信号って皆呼んでるから……」

 

「はぁ。もしかして、記憶操作系のトリガーにでも影響を受けているのですか?」

 

「さ、されてねえよ! たぶん!」

 

「自分でも説明できない自分の認識の矛盾がある時は疑うべきですよ」

 

「俺は……記憶操作されている……?」

 

「その可能性があります。

 普通緑を青とは言いませんよね?

 自分の中のそのおかしさを論理で説明できますか?」

 

「お、俺は……」

 

『ただ歩いてるだけで面白いんじゃないか、この二人』

 

 晴明が『青々とした森とか、緑の青りんごとか言うだろう? だから……』と説明することでなんとか頼漢の洗脳疑惑はどこかに行って、二人は街のにぎやかな方へ。

 

 がやがやとした喧騒がある。

 目まぐるしく人が巡っている。

 楽しげな空気に、姫は胸躍らせていた。

 頼漢は商店街の、宝くじ屋と居酒屋の間にデンと立っているコロッケ屋に向かっていった。

 

「店員さん、メンチカツコロッケ二つ」

 

 店員が頼漢の注文を受け、顔を見て、二度見する。

 

「はいよー……あ!

 き、君!

 覚えてないかな!

 あの、息子と僕を、交差点で化け物から助けてくれた……!」

 

「は? 知らんが? 初対面だが? このまっくろけっけの髪が見えんか?」

 

「……ああ、なるほど。はいはい。

 初対面初対面! 知らない人だ! でも、コロッケ二つおまけしとくね」

 

「え、いや、別にそういうのは」

 

「特に理由は無いけどさ! コロッケ二つで返せない恩みたいなのってあるんだよね」

 

「……あざす。あの、俺……

 この店、前々から目に入ってて。

 皆美味そうに食ってるいい店だなって思ってて。

 なんつーか、みんな笑ってんなら、最高の店なんだろうなって」

 

「ははっ! ありがとうね! 今後ともご贔屓に!」

 

 頼漢は気恥ずかしそうに後頭部を掻き、コロッケを受け取った。

 

 その横で、小さい姫が悪戯っぽく笑う。

 

「人気者じゃないですか」

 

「知らん。俺達は初対面だ。礼を言われる筋合いもない」

 

「なるほど。貴方という人間の一面を理解しました」

 

『頼漢は感謝されると嬉しいくせに、感謝されると逃げちゃう人間なのさ』

 

「なるほど……」

 

「うっせー。分かったようなこと言ってんじゃねえぞ」

 

 姫はコロッケ片手に店にぺこりと頭を下げ、"熱いから気を付けな"という頼漢の言葉にふんと鼻を鳴らし、メンチカツコロッケなるものにかぶりついた。

 "熱っ、熱っ"と言いつつも、衣の中に半々にみっちり詰まった熱々の芋と肉のコラボレーションに、ルカの表情がぱぁぁぁっと輝いた。

 熱々の芋と熱々の挽き肉が、少女に未体験の味覚を叩き込む。

 

 なんとも行儀の悪い食事で、なんとも行儀の良い食べ方をする姫だった。

 王城ではこんな立ち食いなどしたこともないのだろう。

 アリステラにこんな食べ物があるはずもない。

 王族に相応の教育を受けた姫が、行儀の良い所作で、行儀の悪い食事を行っている。

 

 地球とアリステラ、王族と市井、二重の意味での異文化交流であった。

 

 一つ目のメンチカツコロッケを食べ終えて、ルカは頼漢の手元のメンチカツコロッケをじっと見つめて、ちょっと迷い、言葉を漏らす。

 

「あの……もう一ついただいていいでしょうか?」

 

「お前が三個食ってもいいぞ? 四個あるしな、俺は一個で十分だ。美味すぎる」

 

「え、ええと……」

 

「育ち盛りなんだから食っとけ食っとけ」

 

「……あの。勘違いしないのでほしいのですが。私は食いしん坊ではありません」

 

「……ぷっ! ははっ! 思わねえって! よく食ってよく育っとけよ」

 

「言われなくとも、勝手に育ちます。

 母様はアリステラでも評判の美人でした。

 私もそうなります。今はまだ小さくとも、これは確定事項です」

 

「じゃあよく食わねえとな。次はどこに行く? またなんか食うか?」

 

「次は……その、熱いものじゃないのがいいですね」

 

「オッケー……ん? おい、火傷してないよな、口ン中見せろ」

 

「し、してません」

 

「あーんしろあーん」

 

「してません!!!」

 

『頼漢、彼女実際火傷してるからアイスクリーム屋さんでも行くといいよ』

 

「ほれ見ろ! おい! 痛くねえか!?」

 

「やめてください! 未来ハラスメントですよ!」

 

 やんややんやと騒ぎに騒いで、騒ぎながら次の店へ。

 

「道徳的に、他人の未来を気軽に話すということはプライバシーの侵害だと認知してください」

 

(やつかれ)は道徳にテストがあったら丸暗記で百点取れる自信があるよ?』

 

「道徳のテストを丸暗記で通過する人、私の国なら絶対に騎士団には入れたくありませんね」

 

「ただのサイコなんだよ」

 

『やだなあ、(やつかれ)の言うことは大体冗談だよ! ははは!』

 

「冗談? どこから冗談だったのですか?」

 

(やつかれ)が生まれ出でたその時から』

 

「冗談みたいな人ですね」

 

「上段に蹴りかましていいやつだぞ」

 

「まだ付き合いが浅いのでアクセルは控え目にしておいていただけると嬉しいです……」

 

『オーホホホ』

 

 口の中をちょっと火傷し、頑なに口の中を見せようとしない姫のため、向かうは三門市土着の昔ながらのアイスクリーム屋。

 

 アイスを買い食いして帰る少年達とわいわいすれ違い、姫の手首の腕輪がチカっと光って、すれ違った少年達の高いトリオン能力を観測した。

 

「……やはり、この世界は有望な人間の絶対数が多い……」

 

「おーいお姫さんよー、一番不味そうなアイスと一番不味そうなアイスどっちがいい?」

 

「え、不味そうなアイスを選ぶ人居るんですか?」

 

「笑いが取れる」

 

「あ、"笑いが取れておいしい"ってやつ……言葉遊びやめませんか?

 私はアイスを取りに来ましたが笑いを取りに来たわけではないんですけど」

 

「じゃあ俺が不味そうなの行くわ。見てろよ姫。

 この店で一番不味そうな枝豆ハバネロ納豆アイスの味、俺が確かめて来るからよ……」

 

「や、やめましょうよ……二人で美味しいの素直に食べましょう……?」

 

「でもよ……他人の金でアイス食えるこういう時しか、不味いもんあえて食いたくねえだろ?」

 

「不味いものはいつだって食べたくないです」

 

「フン……これだから姫は」

 

「これだから姫は!? な、なんですかそれは!」

 

「この国にはかつてこういう言葉があった。『まず~い、もう一杯!』」

 

「念入りに洗脳されて心を壊された人の台詞?」

 

「ネタになる思い出を作ろうぜ。お前が国に帰る前によ」

 

「それは……どういう……?」

 

 そのアイスクリーム屋は、看板の塗装が剥げていて、年季の入った店の壁が少しばかり変色していて、こまめに掃除がなされた清潔感があって、ふんわりとした甘い匂いと、数え切れないほどの『楽しい』が染み付いた雰囲気があった。

 

『ふふっ。今日の頼漢は、夏休みの間だけ近所に遊びに来てる一夏の友達に接するそれだね』

 

「雑なまとめ方すんなコラ」

 

『まあ付き合ってあげてよ、アリステラのお姫様。たぶん、きっと楽しいから』

 

「バッカ、こういうのは付き合ってくれって頼んだ時点で台無しだろうが!」

 

『そうかな?』

 

「……ふふっ」

 

 二人で一番不味そうなアイスと一番美味しそうなアイスを買って、店の向かいの公民館の前に広がる、地域住民交流のための空間に向かう。

 ベンチに腰を降ろして、二人同時にアイスにかぶりつくと、ルカの表情がぱぁぁぁっと明るくなり、頼漢の表情が死んだ。

 

「なあ、俺の前言撤回していい? 不味すぎてやべえ、ネタにならない」

 

「は、早い……」

 

「臭え……味が雑で強い……甘くない……コクが邪魔……だがその奥に隠された旨味が……」

 

「もう癖になり始めてるじゃないですか」

 

「なんか食い終わってももう一回食いたくなってきたな……この不味さを確かめたい……」

 

「完全に癖になってるじゃないですか!」

 

『堕ちるまでが電光雷速すぎる』

 

「なんかスプーン貰えたしそっちのアイス一口くれよ」

 

「……しょうがないですね。私もそこまで言う不味さに興味ありますし、一口ください」

 

「サンキューサンキュー」

 

「まったく、もう」

 

 からからと笑う頼漢に、姫はどうにも強く出ることができなかった。

 

 姫は異国の文化に真摯に素直に接していて、ゆえに頼漢も心底楽しんでもらいたいと思うようになっていく。

 頼漢はちょくちょく素っ頓狂な選択をしつつ、悪意のない純然たる善意は姫にも伝わっていて、その屈託のなさや愛嬌が姫の調子を狂わせていた。

 そこには、循環があった。

 打算のない楽しさを巡らせる、暖かな循環が。

 

「マッズっ……! アリステラと地球の国交を考え直したくなるくらい不味いですね」

 

「そんなに?」

『そんなに?』

 

 ネタになるかもと買ったアイスは、子供達が駄菓子屋で適当に買った信じられないほど不味い売れ残り駄菓子のような味がした。

 

「あれはなんですか?」

 

「ありゃ公民館だな。今アイス食ってたとこはあそこが用意してくれたベンチとかだ」

 

「主にどのような利用をするのですか?」

 

「学生の調べ物とか……俺は公民館のバザーで服買ったり貰ったりとかも」

 

(やつかれ)は教育機関の一環というイメージが強いかな。

 なんだかんだ三門市にも公民館を前身とした小学校なんかもあるしね』

 

「へー」

「へー」

 

「なんで地元民の貴方が知らないのですか」

 

「日本人の未成年の九割は郷土史に興味ねえもんだから」

 

「はぁ……自らの民族に誇りを持つため、歴史と伝統を学ぶのは常識ではないのですか?」

 

「地元には詳しいぞ。

 あの曲がり角の向こうにはクソ快便クソ野犬の大量のクソが積み上がってる。

 マジで普通の犬の三千倍の排便量ありそうなやつがクソデカクソ出していった最悪の場だ」

 

「祖先の伝統を学ぶことと野犬の……

 その、アレの配置を覚えてることを一緒にしないでくれませんか?」

 

『先祖が頼光だから祖先はたぶんこれ見て爆笑してそうなんだけどね……』

 

「っと、飯食った後の女の子にする話でもなかったな。すまねえ」

 

「反省点そこでいいんでしょうか……」

 

 適当に、気の向くままに、二人と幽霊は街を流れた。

 

「あれはなんでしょうか?」

 

「あれはあのへんの名物、お好み焼きかげうらの喧嘩っ早い息子さんが女性客に絡んだ酔っぱらいを叩き出してるやつ」

 

「あれは?」

 

「あれは回覧板回しあってる近所のおばさん達の顔を覚えてはいるけど朝昼晩の往来で挨拶された時に無難に変だと思われない挨拶を返す自信がないから『できれば話しかけないでおいてくれねえかな……』って思ってイヤホン耳に嵌めて何も聞こえないフリして駅まで歩いてるおじさん」

 

「あれは……」

 

「あれは妖怪にぶっ壊された建物が立ち入り禁止なのに秘密基地にしてるガキンチョ」

 

「危なくないんですか?」

 

「危ねえから注意してくるわ」

 

『子供は本当に向こう見ずだよねえ』

 

「悪気はねえんだろ、子供だしな。じゃあ別に悪い子だとは思わねえよ」

 

『悪気なく悪いことができるやつは真の邪悪と言えるのでは? つまり子供こそが真の邪悪』

 

「お前、言葉遊びで屁理屈こねてどんなやつでも悪人に仕立て上げられそうだよな……」

 

 頼漢がひょいひょいと瓦礫の上を飛び回るのを――生身ではありえない身体能力を見せるのを――ルカはぎょっとした眼で見て、続いてすばしっこい子供達を頼漢が化け物じみた動きで捕まえるのを見て、崩れてきた建物の瓦礫をハイキックで蹴り砕くのを見て、お姫様は途中から思わず拍手していた。

 

「保護者呼ばせたからちょっと時間くれ」

 

「仕方ないですね。いつもこんなおせっかいをしてるのですか?」

 

『ふふ。悪ぶらなくてよくなってからはずっとだねえ』

 

「なんか特別なことみたいな扱いにすんのやめろ。人間として当然のことだろ」

 

「……ふむ。なるほど。褒めて差し上げます」

 

「どーも」

 

 最近の子供達がスマホを持っているのを見て、子供達のスマホの月額料金が下手すると自分の月の食費を上回っているのを見て、頼漢は難しい顔で腕を組んでしまった。

 

 子供達の親はすぐに来れないらしく、近場の学校に通っている兄が来るらしい。

 

 待つこと10分ちょっと。

 

 そうして来たのは。

 

「お」

 

「あ」

 

「あら」

 

 頼漢が以前カツアゲから助けた男の息子と、小南桐絵がやってきたので、頼漢はちょっとばかりびっくりしてしまった。

 

 嵐山准、といったか。以前一度だけ会った彼が、妙な察し方をする。

 

「これはもしや……デートですか?」

 

「ちゃうわ」

 

「ちょっと! 何ガチのお姫様に手を出そうとしてんのよ! 国際問題よ国際問題!」

 

「違えつってんだろ」

 

「えっ、お姫様! 流石スケールが大きいですね!」

 

「圧を強めるな! 違えつってんだろ!」

 

「やっぱあんた、誰にでもかわいいって言ってんじゃないの……!

 ちょっと、お姫様とデートしてたの黙っててあげるから、その辺正直に話しなさい!」

 

「王様の耳はロバの耳じゃねえがお前の耳はバカの耳だ。

 そもそもデート云々言うならお前ら二人の方がそうなんじゃねえか?」

 

「は? 親戚よ親戚。准はいとこ」

 

「桐絵、知り合いだったのか! これはまた奇縁だな」

 

 嵐山と小南がいとこという話を聞き、頼漢はまた少しびっくりする。

 縁というのは不思議なものだ。

 どこで誰が繋がっているのか分からない。

 ただおそらく、誰でも助けて行く人間は、色んな所でこういう奇妙な偶然に出会うことが多いのだろう。それは偶然ではなく、もはや必然だ。

 

 誰でも助けて行くのであれば、助けた人間は彼の見えないところで繋がり、いずれどこかの未来で助け合う繋がりの網となっていくものだから。

 

 頼漢がちらっと小南の方を見ると、嵐山の後ろで小南が口の前で人差し指を立て、しーっ、しーっと、必死な顔で口止めのジェスチャーをしている。

 頼漢に余計なことを話されたくないようだ。

 どうやら、小南はボーダーで戦っていることを嵐山に教えてはいないらしい。

 

「ごきげんよう、桐絵」

 

「あ、ルカちゃん! なんかちょっと背が伸びたんじゃない?」

 

「最後に会ってから二ヶ月も経ってないのにそんなわけないでしょう、もう」

 

 小南が春の陽のような笑顔を浮かべてルカに抱きついて、ルカもどこか嬉しそうに、楽しそうにして、小南の抱擁に親しげな抱擁を返す。

 

 姫と小南が予想の十倍くらい仲が良かったので、頼漢はまた少々驚いてしまった。

 

「仲良いのか?」

 

「……私の母様の命を守ってくれたのが、桐絵です。

 ボーダーの女性年少組は、皆私の友達になってくれました。

 皆で私の国と世界を守ってくれました。感謝してもし足りません」

 

「……そっか」

 

「桐絵に手を出したら許しませんからね」

 

「二人して互いに同じこと言ってるあたりマジで仲良いんだな……」

 

 もし、アリステラが崩壊していたら。

 王族である彼女と、ボーダーである彼女が、一つの世界を守れなかったら。

 互いを全面的に許し合えないほどの喪失が、そこに生まれてしまっていたら。

 

 この友情もどこかぎくしゃくして、普通の友人程度の距離感になっていたり、あるいはこの友情自体が終わっていたかもしれない。

 

 頼漢はそう考えると、"これが残ってよかった"と心底思える。

 

 そして、これを守りきった小南らボーダーの奮闘に、心底畏敬の念を抱くのだった。

 

 

 

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