ワートリハードモード トリオン能力1未満トリガー無し敗北即死   作:ルシエド

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 モールモッドとの戦いの以後、頼漢は重傷ゆえに身体を派手に動かすことができず、しばらくは晴明に陰陽術を習って過ごそうと考えた。

 その過程がバムスター戦に活かされた言えば活かされたと言えるし、活かされていないと言えば活かされていないと言える。

 

『陰陽術ちゃんと覚えた方が絶対強くなれるんだけど……頭悪すぎて覚えられないねえ』

 

「うるせえな」

 

『曲がる霊力弾くらいは覚えておかないと実戦だいぶ厳しいと思うけど』

 

「曲がらない弾も撃ったことねえよ……トカレフくらいなら撃ったことあるけどよ」

 

『何処で撃ったか聞きたくないやつ~~~』

 

 しかし、根本的に霊力(トリオン)が無く、学力がない頼漢は、絶望的に陰陽術なるものが向いていなかった。

 

『基本は力、路、式の三つだよ。

 コンピュータなら電力、回路、プログラム計算式だ。

 全てを動かす原動力。

 力が流れる通り路。

 そして全てを制御する式だ。

 陰陽術も妖怪もこの基本ルールから逸脱することはできなくて……』

 

「……」

 

『寝てんじゃねえ』

 

 安倍晴明はかつて多くの弟子を取ったが、ここまで出来が悪い教え子は初めてだった。

 まず頭が悪い。

 次に頭が悪い。

 最後に頭が悪い。

 晴明が見下していた平安時代の蛮族武者達ですら、ここまで学力が低くはなかった。

 頼漢の基礎学力を測るテストをしてみたところ、DANGERをダンガーと読んだところで晴明は発狂し全てを投げ捨てた。

 走って行って殴ることしかできない世界最新の陰陽師に、晴明は頭を抱えてのたうち回る。

 

「詠唱覚えんの無理くね?」

 

『覚えると便利だから覚えてるだけだよ。

 ソシャゲのプレイヤーだって数百人分のスキル覚えるのに脳細胞無駄遣いしてるでしょ』

 

「ソシャゲなんてやったことねえけど今一生やらねえことを決めた」

 

『ははっ。ま、簡単だよ。まずは基本の始動キーから覚えればいい。元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る……はい、繰り返して』

 

「何の何を!?」

 

 晴明は晴明で、平安時代に優秀な教え子ばかり持ったせいで、頭の悪い教え子をどうにかするスキルが一切備わっていない。

 これでどうにかなるわけがなかった。

 

『ま、覚えなくていいから。武器の加工だけは言われた通りに手を動かしてね』

 

「へいへい」

 

 最終的に陰陽術の習得は諦め、回収してきた異界の蜘蛛(モールモッド)の足の加工に注力した。

 まず霊力の蒸散を防止し、形状を固定化。

 使いやすいように一番先の関節で切除。

 持ち手を付け、頼漢が血まみれの手で握っても霊力(トリオン)を分解しないよう、ゴムを巻く。

 更に"回路"としての呪文を彫って書く。

 コツコツとした作業だが、単純作業なだけに頼漢の手を晴明が借りる形で行っても問題ない。

 

「なんでこれ蜘蛛切って名付けたんだ?」

 

『昔同じ名同じ作り方の刀があって、子孫代々異界からの侵略者を斬って来たからだね』

 

「へぇ」

 

『重要文化財になってるから見に行けるよ? 蜘蛛切。あっちはもっと刀っぽいけどね』

 

「マジで!?」

 

「最初の名前は膝丸だったかな。

 この名は土蜘蛛の足、そして膝を素材にしたから。

 次の名前が蜘蛛切。

 この名は源頼光が土蜘蛛を切り倒したからだね。

 最後に薄緑。収蔵はこの名前でだったかな?

 形成される霊力の刃が薄緑色だったからそういう名前になったんだよね。

 他にも名前はあるけど基本は膝丸、蜘蛛切、薄緑の順で名前が変わっていった妖怪刀さ」

 

「へぇー……」

 

『って、Wikipediaに書いてあった』

 

「お前本当にいい加減にしろよ」

 

 かつてモールモッドの膝から先を刀に加工した武器を見た人は膝丸と、それでモールモッドを両断した英雄を知った人は蜘蛛切と、そこから形成されるトリオンの刃を見た人は薄緑と、それぞれ思い思いの名でその刀の名を呼んだ。

 幾度となく名が変わるその刀こそ、怪異殺したる源頼光の愛刀であったもの。

 トリガー技術のない大昔の蛮族人類が、隣の世界からの侵略者達を殺すために打ち上げた真なる武器である。

 

「よし、出来たか。ちょっと振ってみて……結構重いが、いけそうだな」

 

『……』

 

「どした?」

 

『いや……

 千年前の友達の戦う姿、なんか思い出しちゃって。

 似てないけどちょっとは似てるな、って思ってさ。

 あんま考えたこと無かったけど……(やつかれ)も寂しいとか思うことあんのかなって』

 

「お前の性格で友達が居るわけないだろ。冷静に事実だけを話してくれ」

 

『泣くぞ?』

 

 おそらくは晴明自身気付かずに、その口からぽろっと漏れた弱音があった。

 

 千年。

 安倍晴明が死んでから、千年以上が経っている。

 仲間達は皆寿命を迎えているだろうし、彼だけが人の世を守るという使命を胸に、一人ぼっちで現代まで残ったということだろう。

 話す相手もほとんど居ない、報酬のない千年の時。

 その苦痛は百年も生きない人間には伺い知れない。

 

 積み重なった寂しさや苦痛が、『平安時代に居た誰か』を思わせる動きで蜘蛛切を振り回す源頼漢を見てしまったことで、ほんのちょっとだけ、漏れてしまった。

 

 いつものような掛け合いでその弱音をさらっと流してやり、晴明の吐いた弱音を聞かなかったことにしてやるのが、頼漢なりの優しさだった。

 

 戦いに臨む男たちに、弱さは必要ない。

 

『ぐっと、胸の奥の方に力を入れるイメージで気合いを入れれば、ブレードも出るよ』

 

「おー出た出た光の刃……あっ、消えた。もう消えんの? 早くね?」

 

(なれ)の霊力量だと攻撃一回分の時間で霊力使い切っちゃうようだね』

 

「冗談だろ……? 使い捨てホッカイロでももうちょっと保つぞ」

 

 完成した。完成したが。完成した『蜘蛛切・二ノ太刀』は、実戦でちゃんと使えるかも分からないレベルに、ほんの一瞬しか輝く刃を出すことができなかった。

 

『チンチンが小さいやつは霊力も小さいとか源氏定番の笑い話にあったけど……』

 

「ぶっ潰すぞ」

 

『イッツァジョーク』

 

 原因は分かりきっている。

 頼漢の霊力のあまりの少なさ……つまり、トリオン能力の絶望的低さである。

 

『ま、たとえばの話なんだけどさ。

 源氏の平均霊力量が6くらいだったんだよね。

 で、普通に戦うのもきっついのが2くらい。

 たーぶん(なれ)の霊力量って2の人の1/144くらいなんだよなぁ……』

 

「カスじゃん」

 

『つまりまあ、源氏平均の攻撃力出すには432倍の出力が要るわけ。

 でも現実的に無理なわけだ。

 じゃあ、一瞬に出し切るしかない。

 源氏ならまあ、平均出力で一時間は必殺の刃を出せるわけね?

 秒数に直すと3600秒かな。

 彼らが3600秒出せる刃を、君は一瞬に全力尽くして8秒だけ出せるんだ、単純に計算すると』

 

「8秒……」

 

『だけど君の武装は土蜘蛛の爪を即席で弄ったものだ。

 当然正式な霊的兵装よりは格段に効率が悪い。

 だからたぶん……光刃を出しておけるのは3秒が限界だね』

 

「わぁーってる」

 

 霊力(トリオン)で生存保証のための体を作らない。

 霊力(トリオン)で戦線離脱のためのシステムを作らない。

 射撃兵装も、防御兵装も、補助兵装も持たず、剣一本に全てを注ぎ込む。

 それでようやく、たった3秒。

 3秒だけの勝機が生まれる。

 血液さえも使い果たしてしまった時、頼漢が頼れるのは、たった3秒の希望のみ。

 

「3秒でブチ殺せばいいんだろ? ありがたく貰ってくぜ、サンキュな」

 

『代金は5万円になります』

 

「金取んの!?」

 

『いっぺん投げ銭してみたかったんだよね。にじさんじとホロライブどっちがいいかな?』

 

「他人の金で投げ銭すんな」

 

 かくして、英雄は名刀を手に入れた。

 

 神話のようだと評するには、ちょっと神秘性が無かったが。

 

 

 

 

 

 そうして手に入れた蜘蛛切で、頼漢は隠し神(バムスター)に切り込んだ。

 針先で黒板を引っ掻いたような音が響くが、隠し神の体表に僅かに傷を付けるに留まった。

 霊力消費を0にした蜘蛛切は、『霊力は霊力でしか倒せない』という陰陽師の基本ルールに則った武器ではあるものの、攻撃力は0でしかないようだ。

 エネルギーの消費無しには、隠し神を両断はできない。

 

「やっぱ3秒ブレードじゃねえと通らねえか」

 

『慎重に使わないと時間切れになってまた攻め手がなくなるから注意だ』

 

「言われなくたって分かってるってぇの!」

 

 隠し神が、反撃と言わんばかりに突っ込んできた。

 

 頼漢は悠々とかわす……つもりだったが、土蜘蛛によって穴が空けられた足が痛み、回避が遅れてしまう。

 必死に跳んで突撃をかわすも、隠し神は構わず突っ切る。

 そして、西側に広がる山面が抉れた。

 

「うおっ……」

 

 樹齢何十年かという大木も。

 土砂崩れで転がり落ちて積み上がっていた大岩も。

 山の環境が作り上げた高さ何mかという盛り土も。

 全て、全て。

 吹っ飛んでいく。

 三階建ての建物に匹敵する大きさの隠し神の突撃は、膨大な質量と運動エネルギーを伴って、全てを踏み潰しながら轢き潰していった。

 

「やべえなこりゃ」

 

『何もかも踏み潰して、京の都を一番壊した最悪の大型さ』

 

 土蜘蛛のように、全身が霊力の塊で出来ているなら、大した脅威ではないだろう。

 この突撃には物理攻撃力しかない。

 霊的破壊力がない。

 全身が霊力(トリオン)で出来ているボディを持っていれば、この突撃を受けたところで破壊される可能性は低く、隠し神の突撃で死ぬ可能性も0に近い。

 

 だが、生身ならば死ぬ。

 即死だ。

 突撃の余波で吹っ飛んできた岩が頭に当たっただけで、人は死ぬ。

 

 怪我の痛みと敵の脅威で、つつつ、と、頼漢の背筋に冷や汗が流れた。

 

「こいつの名前は? どういう妖怪だ?」

 

『隠し神かな。誘拐専門の妖怪だ。

 土蜘蛛の時も思ったけどだいぶ大きい……

 平安時代と比べると妖怪も進化してきてるのかもしれないね』

 

「隠し紙? いじめられてプリント隠されるやつ? 懐かしいな、よくやられたわ」

 

『急に闇を見せて来るのはやめ給え。

 "神隠し"の原典みたいなものさ。

 神隠し伝承は日本各地に存在する。

 それは、いつの時代も妖怪が隣の世界に人を拐っていくから……』

 

 隠し神の所業"神隠し"の伝承は、日本各地に存在している。

 何故各地にそんなものがあるのか、真実を知る者はいない。

 何故古来から日本各地で"20歳未満の子供"が拐われる神隠し伝承が非常に多いのか、真実を知る者はいない。

 "悪い子は夕方におばけに拐われちゃうんだよ"と日本各地で言い伝えられているものの正体、その真実を知る者はいない。

 

 安倍晴明は、その理由を知っている。

 千年、それを見てきたから。

 

 頼漢は森を踏み潰しながら接近してくる隠し神から距離を取りつつ、不機嫌そうに舌打ちし、隠し神の突撃速度を落とすために坂道の上を取るべく走った。

 3秒のブレードで切り込んでも、あの巨体で反撃されれば質量差で最悪相打ちだ。

 

『明治維新の頃だったかな。

 岩手の方で毎日のように隠し神が子供を拐っていったんだ。

 大人も子供も大パニック、外出禁止令まで出たほどだった。

 たぶん普通に検索すれば出ると思うよ。

 けっこう大きな事件だったし……最終的に集団パニックで片付けられたけど』

 

「それもWikipediaからの引用か?」

 

『いや』

 

 一瞬。晴明が言葉に迷うのを、頼漢は感じた。

 

『当時、現場で見てた。

 何もできなかった。

 助けてと繰り返す人達を、誰も……誰も、助けられなかった』

 

「……!」

 

 絶望があった。

 

『幽霊だからね。しょうがない』

 

 諦めがあった。

 厭世があった。

 割切があった。

 納得があった。

 怨恨があった。

 長い年月をかけて、濁って冷めて腐った怒りがあった。

 

 源頼漢は奪う者を許さない。過去に奪った者も、これから先奪う者も。

 

「おい」

 

『なんだい』

 

「俺の縄張りで胸糞は許さねえ。繰り返したくねえなら、手ぇ貸せよ」

 

『……ふっ。気が向いたらね』

 

「気が向かなくても、今は千佳っちを守るために力貸せやクソ陰陽師!」

 

『はいはい、まったく、給料も出さないでデカいツラしないでほしいな』

 

 脳内で大まかな戦略を組み立てた頼漢は、走って跳んだ。

 山と森が入り混じる現在地。

 ここに、彼は勝機を見出す。

 

 木に跳び、木から木に跳び、羽が生えているかのように樹上を駆け回る。

 ただ跳ぶだけでなく、木のしなりと反動を利用し、普通に跳ぶよりも遥かに力強く跳び回る姿はもはや天狗か何かのようにしか見えない動きであった。

 

「―――ってので行く。できそうか? 妖怪知識で答えてくれ」

 

『ふむ、悪くないんじゃないか。それで行こう』

 

 本来この空中殺法は人間相手に頭上を取って、頭上から頼漢が強襲するという妙技だが、隠し神(バムスター)の背は高い。

 とてつもなく高い。

 三階建ての建物クラスの大きさは、大抵の大木を見下ろすことができる大きさで、この超人的絶技の強みを半減させてしまう。

 隠し神の頭上を取ることは困難だ。

 

 しかし、木の反動を上手く使って加速していく頼漢は、まるで鉄棒の乱立空間に全力で投げ込まれたゴムボールだ。

 あっちに跳ねて、こっちに跳ねて、木々を踏み潰しながら迫る隠し神は追い切れない。

 

「猿から進化した人に、猿から進化してないザコが森で勝てるわけねえだろ。海でクソしてろ」

 

『どういう理屈?』

 

 不安要素が、あるとすれば。

 

『最後まで保つかな』

 

「保たせ、る。この程度の出血で死ぬか。奴をブチ殺すまでは死なねえ」

 

『……』

 

 派手に動いたことで、頼漢の傷が完全に開いてしまっていることだった。

 開いた傷から血がドクドクと流れ出ようとし、キツく締め上げられた包帯とその下のガーゼが出血を抑える。

 あの日感じた死が迫る感触が、今また肉体に蘇っていた。

 

「!」

 

 出血によって意識が飛びかけ、肝心なところで跳躍に失敗。

 距離の調整に失敗した頼漢に、巨体からは信じられない動きで飛びつくようにして隠し神が跳んでくる。

 開く大口。

 その奥の目。

 隠し神の口の中からは、ほんのりと血の香りがした。

 

 朦朧とする意識を再覚醒させながら、頼漢は隠し神の鼻っ面を蹴って反動で跳躍。

 なんとか距離を取り、意識と息を整え始めた。

 

「派手に食おうとしてきやがったな、こいつ」

 

『気を付けるといい。

 隠し神の最も有名な名は油取り。

 子供を誘拐し、串を刺し、油を吸うと恐れられた誘拐の妖怪だ。

 その名の由来は、解体された隠し神の中から発見された、霊力を吸われていた子供達だ』

 

「あーはいはい食われたら体内でエネルギー吸われてそのまま終わりってやつだな、クソが!」

 

 頼漢は位置を確認する。

 先程まで頼漢が取ろうとしていた坂の上の位置は、隠し神が取っている。

 このまま突撃させてしまえば、隠し神の勢いと重さを乗せた最悪の一撃が来る。

 突撃で砕かれるか、足に踏み潰されるか、余波に巻き込まれてミンチにされるかの三択だ。

 一見して位置取りは最悪で、頼漢は深呼吸し、蜘蛛切を肩上に構える。

 

「だけど」

 

 そして、全力をもって振るい―――膨大な膂力で、蜘蛛切を投擲した。

 

 猛烈な勢いでぶっ飛んでいく蜘蛛切は、『霊力物質は通常物質に対し一方的な破壊を行える』という形質をもって、隠し神の手前の大岩に突き刺さり、粉砕した。

 

 それは、地元民ならば誰でも知っている岩盤。

 ここの山や森を含めて大規模に工事する再開発計画が持ち上がった時、この岩盤は最大の難敵として立ちはだかった。

 形が特殊で組成も特殊、ゆえに普通の手段だと壊せない。

 壊すと周囲の土壌も巻き込んで、一気に崩れる。

 どうにかできる目処が立った頃、再開発計画が凍結され、それからずっとそのまんま。

 

 専門家は皆、『この岩盤は壊すのにめっちゃ苦労しますし、一部でも壊したら一回は土砂崩れ起きると思いますよ』とコメントしたという。

 

「ここで、しまいだ」

 

 そして。

 隠し神の足元が、一気に崩れた。

 

 隠し神は大きい。

 そして重い。

 生身の敵相手には、それは絶対の脅威として襲いかかるもの。

 だが、崩れる地面の上ならどうか?

 

 隠し神はもう踏ん張れない。

 走ることも跳ぶこともできない。

 半ば液体のように振る舞う土砂崩れに足を取られ、そのままどんどん流されていく。

 重く、大きいせいで、坂の土砂崩れの上では流されるままになるしかないのだ。

 

 流されていく先には、待ち構える頼漢の姿。

 頼漢は土砂崩れで流れてくる大木や大岩の上を飛び移り、土砂崩れに一度も足を取られることなく、軽快に土砂崩れの上を飛び回る。

 そして、土砂崩れで流されてきた蜘蛛切を頼漢が掴み、未だ身動きの取れない隠し神の背後を頼漢が取った、その時。

 安倍晴明は、思わず応援の言葉を口にしていた。

 

『よし、行け』

 

 頼漢は『軽さ』を、勝利の天秤にした。

 そして、『地形を使って相手を動かす』という、地形戦の真髄を差し込んだ。

 見る人が見れば「地形を使って相手を動かすの意味が違う……!」とキレ散らかすだろう。

 だがこれもまた地形戦術。

 異界から来た余所者を、地形を熟知した地元民が嵌め殺す、太古から続く勝利の法則だ。

 

 剣のグリップトリガーが引かれ、頼漢の戦術の最後を埋める、光の刃が現出する。

 

「トリガー・スタート」

 

《 蜘蛛切・真打起動 残り時間を表示します 》

 

 刻まれた呪文回路に沿って、蜘蛛切がカウントダウンを開始する。

 

 頼漢は失神寸前の体に鞭打ち、隠し神(バムスター)の背に跳びつく。

 

《 参 》

 

 刃をぶっ刺し、隠し神の巨体を背開きにしながら、その背中を駆け上がる。

 

《 弐 》

 

 切れる息。

 流れる血。

 震える体。

 全てを無視して走りに走り、頭部に到達。

 

《 壱 》

 

 残る全ての力を込めて、頭部を連続斬撃でバラバラしにし、内部器官を全て解体。

 

《 零 》

 

 頭部中枢ごと、口内に存在する眼球状の弱点を、刺し貫いた。

 

 そこで、刃が消え失せる。

 

《 蜘蛛切・真打を終了します 》

 

 倒れる巨体。

 響く轟音。

 妖怪の死体に押し潰された森の木々が、悲鳴を上げる。

 

「……一丁上がり、と」

 

 心配そうに走ってくる千佳が見えたので、頼漢は笑って、親指を立てた。

 前回の戦いを活かして、いかにも元気そうに見えるように。

 "自分のせい"だと思いがちな少女が、少しでも自分のせいだと思わないように。

 もうこれ以上、雨取千佳の心から何も奪わせないように。

 笑って、親指を立てた。

 

 千佳は驚いた顔をして、やがてとても優しい顔をして、最後に愛嬌のある笑顔を浮かべて、同じく笑って親指を立てて返した。

 

 得意げな顔で親指を立てて混ざりに来ている晴明が、妙になんだかうざかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頼漢は晴明の言う通り、倒れた隠し神の巨体を、陰陽術の呪文を刻んで解体、更には固定化して保存していく。

 こうしないと、妖怪の身体を構築する霊力(トリオン)がどんどん蒸発して抜けていってしまうからである。

 

『こいつの装甲も回収しておこう。加工すれば盾になるんじゃないかな』

 

「了解」

 

 千佳に見守られる中、とりあえず必要量の解体を終了。

 

「よし」

 

 解体を終了した頼漢が楽しそうに笑ったのを見て、なんで笑ったのか分からない千佳は可愛らしく小首を傾げ、晴明はその笑みに壮絶に嫌な予感を覚えた。

 

「食うか……妖怪!」

 

「!?」

『!?』

 

 晴明と千佳の感情が、完全に合致した。

 

 頼漢が楽しげにその辺の木で火を起こし始める。家でそうしていたように。

 

「そもそも肉食いに来たんだしな。妖怪でも別にいいだろ」

 

「なんで……?」

『なんで……?』

 

 晴明と千佳の台詞が、完全に合致した。

 

 大きくした火の上に、隠し神(バムスター)の人工筋肉にあたる柔軟で弾性のある部位を吊り、頼漢は時々ひっくり返したりして満遍なく火を当てる。

 

「や……やめませんか? お腹壊しますよ」

 

「生まれてこのかた腹壊したことねーわ」

 

『怖い』

 

「ケガしてますし、こういう時は身体に優しいものを……」

 

「肉より身体に優しいものはないぞ」

 

『んなわけねえだろ』

 

 陰陽術の保存の呪文が刻まれているため、構成物質のトリオンが漏出することもない。

 じっくりじっくり火を当てて、全く美味そうに見えない妖怪の肉を焼いていく。

 八百比丘尼の人魚ってこういう感じに食べられちゃったのかな……と、千佳は関係あるようで全く関係のないことを現実逃避気味に考え始めた。

 

 晴明は『そうだこいつ体液で霊力分解するから胃の中で妖怪の肉を分解できて腹も壊さない唯一の人間なんだ』と気付いてしまった。

 気付いてしまったので、頭を抱えて転げ回る。

 

「どうしよう……」

『どうしよう……』

 

 晴明と千佳の困惑が、完全に合致した。

 

「そろそろいいかね。いただきまーす」

 

 よく焼けた(ように見える)妖怪の肉に、頼漢が期待満面の顔でかぶりつく。

 

 それを、信じられないものを見る目で、千佳と晴明が見ていた。

 

「なんてことだ……千佳っち、味がしない! 不味い!」

 

「………………………………………そりゃそうだろうなって、思います」

 

『今めっちゃ言葉選んだなこの子』

 

 頼漢が腹一杯になるまで食って、ついでに子イノシシを見つけたので殴り倒し、明日の食料として頼漢が持ち帰るのを、千佳と晴明は黙って見ていた。

 

「……」

『……』

 

 頼漢が送ってくれると言ってくれたので、千佳は遠慮しつつもお願いしたが、送ってくれる間ずっと彼が背負っているイノシシが気になって仕方がなかった。

 

 "骨まで食べられちゃうんだろうな……"という目でイノシシを見ている自分に気付き、千佳はすごい顔で頭をぶんぶん左右に振る。

 

 最初は無言だった帰り道だったが、途中からはそこそこ楽しく話せたという。

 

 

 

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