ワートリハードモード トリオン能力1未満トリガー無し敗北即死   作:ルシエド

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【B】A Hymn to Him

 この地域の子供達の間には、噂話がある。

 夜、悪いことをしようとすると、鬼が来る。

 どんな悪い奴でも鬼には勝てなくて、悪いことをした奴よりもっと悪い鬼に食われる。

 それが誰かなど言うまでもない。

 そんな風に、源頼漢は語られている。

 

 悪を食い物にする悪。

 暴力の解決者。

 されど、治安の良い日本に湧く小悪だけしか狩っていない井の中の蛙。

 恐れる不良や半グレは多くとも、"凄い奴だ"と思う者はほぼ居ない。

 無情な暴力で解決する者が得るのは恐怖であって、尊敬では無いからだ。

 

 夜、源頼漢と出会った者が顔に浮かべるのは、安心ではなく恐怖である。

 

 そういう意味では、普通の女の子である雨取千佳にとっての"恐ろしい妖怪"と、普通の不良にとっての"源頼漢"は、完全に同一のラインの存在だった。

 

 いつもどこかに居るかもしれない。

 どこから現れるかも分からない。

 もしかしたら突然襲われるかもしれない。

 闇を見ると"居るかもしれない"と想像してしまう。

 妖怪は『トリオン能力の高い者を狙う』、頼漢は『弱者から奪う者を狙う』、根本的な部分にそういうルールの違いはあれど、理不尽の権化であるという点においては同種であった。

 

「!」

 

 道を歩いていた不良達が、夜道でばったりと頼漢と出会ってしまった。

 

 不良達は道を空け、頼漢と目を合わせないようにしてそそくさとすれ違う。

 

「早く帰れよ」

 

「は、はい……」

 

 頼漢に声をかけられ、ビクッとして、不良達が駆け足で帰路につく。

 それは妖怪に夜道で殺される可能性を考慮し、妖怪に襲われる危険を減らしてやろうという頼漢なりの気遣いだったが、普段不良の大敵をしている頼漢の内心など分かるはずもない。

 

 暴力は暴力だ。

 それ自体に好かれる要素などない。

 本当にちゃんと好かれる人間とは、暴力から程遠い、暴力に頼らない……雨取千佳のような人間のことであると、頼漢は揺るぎなく信じている。

 それが頼漢が千佳に向ける尊敬の根幹にあるものだ。

 

―――だから強くなりたいんです。皆に迷惑をかけないために

 

 チラチラと、千佳の言葉が、頼漢の脳裏に蘇る。

 

 奪う者を嫌うという性情がある限り、彼が自分を好きになることはない。

 "弱者から奪う者を憎む"という形の信念であるがために破綻こそしていないものの、妖怪も、カツアゲする不良も、そして頼漢さえ、奪う者であるということに変わりはない。

 彼は奪う形でしか奪うことを抑止できていない。

 暴力を暴力でしか潰せていない。

 頼漢が千佳に向ける尊敬は、彼が抱える矛盾の裏面に在るものだった。

 

「んー……」

 

『何か探してるのかね』

 

 頼漢は夜の街を巡りつつ、ささっと栄養源の雑草や常用水を回収するのが日課だったが、今日は何やら別に探しものをしているようだ。

 

「ワープゾーン的なもの」

 

『やるか……世界救済RTA! さあ探そう、ラスボスの部屋までワープできる壁の隙間を』

 

「そんなもんあってたまるか」

 

『実在する可能性があればなんでも存在する。5000兆円生える木もね』

 

「そんなもんあってたまるか」

 

『クラスの陰陽師にだけ優しい巨乳で処女でボディタッチ過剰なギャル』

 

「そんなもんあってたまるか!」

 

 夜は暗くて探しものに向かない。

 夜に探しているということは、昼間に見つけにくくて夜に見つけやすい月のようなもの、あるいは……昼間は隠れていて夜に動く、夜行性動物のようなものか。

 そう、晴明は推測する。

 

「昨日、隠し神が突然現れただろ。

 土蜘蛛ならともかくあんなデケえやつが隠れて移動できるわけがねえ」

 

『まあそうだね』

 

「なんかタネがあるはずだ。妖怪を出現させる、ドラえもんのどこでもドア的なものが」

 

『くっ、敵はドラえもんか。(やつかれ)はひみつ道具ならタイムマシンが欲しいな』

 

「俺はフエール銀行……ってそうじゃねえ。お前、妖怪のどこでもドアの正体知ってんだろ」

 

『まあ心当たりはなくもないよ』

 

 当然のように、晴明はのたまった。

 

「どこでもドアを見つけて破壊しねえと千佳っちが安心して出歩けねえ。探せるか?」

 

(なれ)の霊力を全部使えば、精度は粗いけど何個かは見つけられると思うよ』

 

「お、マジ?」

 

『霊力が少ないから見逃しは出るだろうけどねえ。

 あと今日はもう"真打"出せなくなるから戦えなくなるけど、それでいい?』

 

「なるほど、安心した」

 

『?』

 

「今日戦いがあるなら"それでいい?"とか言わねえだろお前。

 未来予知があるんだからな。

 つまりここで霊力使い切っても戦いに影響が出ることは無いってわけだ」

 

『……こっちの思惑読んでくるのは腹立つけど、いいね。悪くない。そういう成長は歓迎だ』

 

 未来予知能力者から発言以上の情報を引き出すスタンスを身に着け、心理的に対等になりつつある頼漢に、晴明は心底満足そうに頷いた。

 どこか嬉しそうですらあった。

 

『言った通りに紙にペンで術式を描いてね。ふんふっふー、ふん、ふん、ふん』

 

「ドラえもんえかきうたのイントロやめろ! ドラえもん上手く描けたことねえんだよ!」

 

 晴明の言う通りに頼漢が文字を書き、線を引き、霊力(トリオン)回路(トリガー)に流し制御式(プログラム)で稼働させる、陰陽術の基本方式が形を成していく。

 

「こうか」

 

『違う違う、そこは閉じゃなくて閇。

 術式で重要なのは"閉じる"の意じゃなくて、閇が示す"とじこもる"の意が示す結界の』

 

「かんじむずかしい」

 

『脳味噌とろけてきてる……もうちょっとだから頑張って……』

 

 紆余曲折あって、四苦八苦してなんとか起動。

 

「陰陽術ってあんま便利じゃねえな」

 

『レーダーってのは高等技術なんだよ! 簡単にできるなら見てみたいもんだね!』

 

 なけなしの霊力をレーダーのように波状に照射、返ってきた波を晴明が受信、"どこでもドア"の居場所を検知。早速、そこへと向かった。

 

 晴明に誘導された頼漢が見つけたのは、掌に乗るサイズの妖怪であった。

 外見上は、尾がついた六本足のカニかクモにも見える。

 手で捕まえてもロクな反撃がなく、戦闘力がないタイプであるようだった。

 

 晴明に指示された通りに捕まえ、縛って、ゆっくり時間をかけて呪文の列を刻むと、内部に貯蔵されていた霊力が吐き出され、そのまま動かなくなった。

 

「なんじゃこいつは」

 

『子蜘蛛だね。はーん、なるほど、あの未来の遠因はこれか』

 

「子蜘蛛?」

 

『"土蜘蛛草紙"とか読むと出てくるよ。

 光を操る土蜘蛛を、構わず源頼光が一刀両断。

 頼光の一閃が裂いた土蜘蛛の腹から、小さい蜘蛛が何匹も飛び出した……ってやつ』

 

「土蜘蛛の腹ん中に小せえ蜘蛛が?」

 

『この子蜘蛛、取り逃すと"門"を開けて、遠くから親や仲間を呼んだりするんだよねえ』

 

「めんどくせっ」

 

 この世界の外で土蜘蛛がモールモッドと呼ばれるように、子蜘蛛もまた、この世界の外で使われる呼び名がある。

 子蜘蛛の名は『ラッド』。

 偵察用に使われる、時代の節々で人に目撃されてきた小妖である。

 

 平安の時代、源頼光が土蜘蛛を斬り殺し、その腹から子蜘蛛がわらわらと飛び出してきたという"土蜘蛛草紙"の記述は、頼光が両断したモールモッドの腹からラッドが飛び出したという歴史的事実が伝わったものであった。

 当時、平安京はこのラッドが次々呼び出す化生の数々に、だいぶ手を焼かされたという。

 

 で、あれば。

 頼漢が腹を切り裂いて倒したモールモッドからも、ラッドは這い出したに違いない。

 モールモッドのサイズから考えて、大した数は這い出さなかったと考えられるが、それが隠し神などを呼んで千佳を狙ったと考えれば合点がいく。

 

 あの隠し神は、土蜘蛛の腹から這い出した子蜘蛛に呼ばれ、土蜘蛛の遺言で"いい獲物"の存在を知り、雨取千佳を狙ったのだ。

 

「予知で視えてなかったのか」

 

『子蜘蛛自体は視えてなかったかな。

 ただまあ、(やつかれ)は長期的に勝てる道筋選んでただけだから……

 (なれ)のレベルアップにちょうどいいくらいの敵出してくれるだろう?

 だから結果論だけど、結果的にこいつを見落とすルート通ってたかもしれない』

 

「おいおい」

 

『……肉体があった頃なら見逃してなかった! 間違いないね! 霊体は調子悪いんだ!』

 

「"昨日腹壊してなければ今日のサッカー圧勝だったのになー!"って言ってる同級生昔いたわ」

 

『やめてくれないか』

 

 未来を予知する力は、どうやら霊体だとある程度落ちるらしい。

 "これで能力落ちてるって肉体のある未来予知はどんだけすげえんだ……?"と頼漢は思ったものの、それを口に出せば晴明の生前自慢話になるのは目に見えていたので、やめた。

 

「先にもっと色々言っとけよ」

 

『それで確定しちゃう未来もあるからね、あんまりね』

 

「たとえば?」

 

『君達結婚するよって教えたカップルが愛の言葉を怠るようになってNTR同人誌になる』

 

「最悪だ!」

 

『業界トップになれますよって教えた銀行が油断しきってシステム崩壊してみずほ2になる』

 

「最悪だ!」

 

『これが未来だよって嘘教えたらそれを信じて変なことしだしてドブに落ちる』

 

「さいあ……それはお前が悪いだろ!」

 

 未来は変わり続けるがゆえに、未来を視る人間は二種に分かれる。

 

 能力を活かせない無能なバカか、能力を最大限に活かす大嘘つきか。

 

「ま、千佳っちを意図的に追い詰めようとしてた時よりはマシって思うべきか」

 

『……』

 

 少し、空気がピリッとして、晴明が口を閉じた。

 

「よくよく考えたんだけどよ。

 俺、千佳っちが居る方角ちゃんと選んでたろ?

 テメエが提示した内容と違ったのは、赤信号で待たなかったことくらいだ」

 

『そうだね』

 

「俺はテメエの想定より早く着いた。

 それでもギリギリ千佳っちが無傷だった、ってくらいだった。

 じゃあテメエの言う通り信号で待ってから行ってたら……ちょっと()()()()んだろ」

 

『かもね』

 

「ちょっと遅れたらどうなってたんだろうな。

 千佳っちはもっと怖い思いをしてたか。

 逃げる途中で怪我したりしてたかもな。

 躓いたり、転んだりしてたかもしれん。

 怖い思いをして、怖い思いをして……

 そこに俺がやってきて助ける。

 千佳っちは俺に、今の千佳っち以上の、強い感情、感謝、恩を覚えるか」

 

『そうかな?』

 

「そういう子だっただろ。

 お前の打算は、千佳っちを傷だらけにすることにあった。

 追い詰められた女の子は、助けてくれた奴に強い感情を持つ。

 感謝。

 信頼。

 時には恋慕。

 犯罪者が時々やる洗脳の手口だ。

 テメエが知らねえわけねえだろ?

 妖怪が狙うくらい霊力に優れた千佳っちを、俺に縛り付けるための事件……それがアレだ」

 

『なるほど、当事者だっただけあって説得力のあるいい想像だなぁ』

 

「認めろカス野郎。俺と共に戦っていくんなら、嘘は別に良い、だが罪は認めろ」

 

『……うん、ごめんね。

 (なれ)の言う通りだ。

 未来を見ながら調整した(やつかれ)の打算が無かったと言えば嘘になる』

 

「チッ」

 

 心底反吐が出そうな気持ちで、頼漢は舌打ちした。

 

 もし、あの時、晴明がそう期待してたように、信号が変わるのを待ってから、頼漢が北に向かっていたならば。

 まだ小学三年生の千佳は、散々追いかけ回されて心が疲弊し、恐怖をたっぷり刻み込まれた心は折れかけ、コンクリートの路面と蜘蛛の刃に傷だらけにされ、心と体に消えない傷をたっぷり刻み込まれた雨取千佳を、颯爽と頼漢が助け……きっと、強い感情がそこに生まれていただろう。

 ともすれば、千佳が頼漢に依存することくらいはあったかもしれない。

 

 あの日、トリオン能力が無事ならいくら体に傷が付いてもいいと思っていた者は二者。

 頼漢の手足を切り落とそうとした土蜘蛛と、千佳がいくら傷ついてもいいと思っていた晴明。

 あの日、外道なる者は二つ在ったのだ。

 

 だが、晴明の目論んだ通りにはならなかった。

 千佳の心に大した傷は付かず、頼漢と千佳はどちらかと言えば、正常な関係の友人として真っ当な関係性を育み始めている。

 晴明が頼漢を試した時、頼漢が『とにかく全力で前に進む』という心を見せた時、未来を動かす歯車はほんの少し、ほんの少しだけ狂った。

 

『ホントは信号で待ってから北行ってても誰も死ななかったんだよ。

 というか、ちょっと待った分戦場が移って、君もあんな大怪我してなかったんだ』

 

「だが千佳っちがもっと怖い思いしてたんだろ。論外だクソ野郎」

 

『ううん……この……いや、(なれ)ならそりゃそう言うだろうけどさ……』

 

 晴明は困った顔で、申し訳無さそうにしていた。

 

 あの日。

 晴明は頼漢が正しい形で北を選べば、生存率が高くなるように仕向けていた。

 信号を無視して北に進んだ頼漢が死んだとしてもまあいいだろうと思っていた。

 死んでいいと思っていたのに、戦闘中に"つい"、蜘蛛足を止めて頼漢を助けていた。

 

 霊力の高い千佳を助けて仲間に引き入れるのは最優先事項なのに、助ける道と助けない道の二つを提示し、頼漢がどんな人間かを試した。

 頼漢が死ねば希少な晴明を目視できる人間が居なくなるのに、頼漢が八割死ぬ戦場に送り出し、頼漢を試した。

 頼漢を試し、失敗して死ぬならそれでもいいと割り切りつつ、残された僅かな霊力の半分を使い切ってでも頼漢を助け、戦場で彼が死なないよう武器を作ってやりもする。

 

 今日もまた、未来を知った上で嘘をついて頼漢を操ろうとする晴明のまま、晴明が黙って隠していた事実を見抜いた頼漢に、どこか嬉しそうな言葉を紡いでいた。

 晴明の隠し事を頼漢が見抜けない方が、操りやすいはずなのに。

 

 それらは晴明の中で、何一つ矛盾していない。

 

 彼の生死の基準、善悪の観点、心の姿勢は、どこか何かがズレている。

 あるいは、壊れているのか。

 分かりやすく一貫しているのは、よりよい未来に向かおうとする基本思考くらいのものだ。

 

 それに雨取千佳のような"いい子"を身勝手に巻き込んだことに、頼漢はどうやっても冷やせそうにない激烈な怒りを覚えていた。

 その怒りが、晴明に自分を省みさせる。

 

 もし、隠し神との戦いを通して多少なりとも二人の意思と想いが通じたという"これまで"がなければ、頼漢はここで晴明と完全に縁を切っていたかもしれない。

 

「テメエの口で普通の人と話せる手段を考えとけ。

 テメエの口から千佳っちに謝れ。

 じゃなきゃ許さん。

 俺も……身内としてお前と一緒に頭下げて謝りに行くからよ」

 

『……わかった。ごめん』

 

「俺に謝ってどうすんだバカ。俺達はカスとして、いい子にちゃんと謝りに行くんだよ」

 

『ああ』

 

「あと千佳っちはいい子だから絶対お前を許すが、許されてもちゃんと償うんだぞ」

 

『念押しの圧が強い』

 

「まず謝罪の菓子折り買って……菓子折りなんて買ったことねぇよぉ……」

 

『急に圧が弱くなった』

 

 元々が比類なき未来予知持ちだった安倍晴明は、死後に劣化してなお強力な未来予知能力者であり、多くのことを知っている。

 けれど、見えないものもある。

 たとえば、心とか。

 

 晴明が見た未来の中で、頼漢が"いい子"である千佳にどれだけの尊敬を抱いていたかを、晴明は全く理解していなかったのだ。

 

『ところで、この先(やつかれ)(なれ)に嘘ついたとして何回まで許してくれます?』

 

「大して反省してねえなテメエ」

 

 嘘つく前提やめろ、と頼漢は反射的に思ってしまった。

 

『いやこれでも結構反省してるんだけどね……

 でもほら、なんだ、今後未来を語るにあたり必要な嘘みたいなのもあると思うし……』

 

「ドブカスが……人間的に信頼できる人格者の未来予知能力者が仲間に欲しい……」

 

『はっはっはっは、夢は夜に見てなさい』

 

「今が夜だが?」

 

 うだうだと話している内に、子蜘蛛(ラッド)の解体も終了する。

 

 頼漢は今後の武装拡充のために必要な部品を大袋に詰め込み、武装のために必要ではない人工筋肉にあたる部分も大袋に詰め込む。

 

「さて、今日の晩飯はこいつの味を試してみるか」

 

『やめてくれないか』

 

 彼はまだ、美味い妖怪の存在を諦めてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空の星と月を眺めながら、隠しきれないほど楽しげに、頼漢は夜道を歩いていく。

 

『星々が好きかい?』

 

「まあまあな。空の光も地の光も好きだが、やっぱ星と月が好きだな」

 

『いいことだ。陰陽師は本来、天の星を司る、天文道を本懐とするものだからね』

 

「へぇ」

 

『空の星が好きな人は皆陰陽師が向いてるものさ。

 君は霊力がアリの眉毛レベルだから悲しいくらい向いてないけど』

 

「俺今後一生安倍晴明フェアとかやってても足運ばねーこと決めたわ、今」

 

 頼漢は、貴人も貧民も、善人も悪人も、いつも平等に照らしてくれる星月が好きだった。

 

 夢見る心が消え失せても、好きだという気持ちは変わらない。

 

『やがて、天文道が外の世界に気付かせた。

 重力は宇宙の壁も越えていく。

 天体の観測は、空に浮かぶ天体に干渉する、隣の世界の重力に気付かせたんだ』

 

「獣力……」

 

『突如ジューマンパワー生やすんじゃないよ。

 そして、異界の技術が陰陽術に取り込まれ、観測のレベルが上っていく。

 そうして見えたのは、広大な宇宙に、星のような世界が無数に循環する世界観だった』

 

「宇宙の、星……?」

 

『そう。

 この世界も星のような世界として、星図を刻み巡っていた。

 そこからは陰陽道は天皇陛下のお気に入り、というわけさ。

 何せいくつもの世界を星として見る天文道なんて、それまで無かったんだしね』

 

「なるほど、そのテコンドーが」

 

『天文道』

 

「テンモンドーが陰陽師の誇りになった感じか」

 

『そうだねえ。

 陰陽師は未来を占うから権力者に寵愛された。

 あれもまあつまり、次に襲ってきそうな世界を先に観測できるのが大きかったんだね』

 

「蚊の羽音を聞いて、血を吸われる前に察知して、迎撃準備ができるって感じだな」

 

『もうちょっとかっこいい例え話思いつかなかったの?』

 

 世界は全て、星のような形をしている。

 そして、広大な世界を太陽系のように軌道に沿って巡っている。

 この世界の外にこそ、世界という星が巡る真なる星空がある。

 それを聞いて、頼漢の少年心が―――数年ぶりくらいに、ちょっとワクワクした。

 

 頼漢は気まぐれに、通りがかった橋の欄干に跳び上がり、川下を見つめる。

 川の向こうには海があり、海の向こうには星空があり、星空の向こうに、もっとずっと大きな星空がある。

 この世界は、そういう風に出来ていた。

 

「隣の世界。そこに、妖怪を送り込んでくる敵が居る。敵のボスを全員ブチ殺せばしまいか?」

 

 川の向こうを、海の向こうを、空の向こうを見つめ、その向こうに居るであろう敵を、闘志に満ちた頼漢の瞳が睨む。

 

(なれ)も蜘蛛切に慣れて来たようだし、そろそろ長期戦略の話をする頃かな』

 

「毎日一円ずつ貯金するとか?」

 

『そうそう小銭貯金は長期的に小粒なれど資産を……ってそういう話ではなくてでね』

 

「一年後のなんかあるやつか」

 

『そうそうそっち……なんで小銭貯金の方が先に出てくるんだ……』

 

 一年後。

 

 この世界に侵略者がやって来る。

 

 おそらくは、頼漢が見つめている、空の向こうの世界から。

 

(なれ)の発想も間違ってはない。ボスを倒せばそれでお終いだからさ』

 

「分かりやすくて楽でいいな」

 

『基本的には雑兵を長時間狩りながら市民を守りつ、ボスを探すのがベストかな』

 

「分かり難くて苦労しそうで良くねえな」

 

 ガシガシと、頼漢は黒髪混じりの金髪を掻く。

 

「つっても今のままだと最大撃破上限二体だぞ。

 全身の血液で一体、3秒で一体。

 実際一年後の敵はどんくらい生えてくるんだ?」

 

『……たくさん?』

 

「おい」

 

 てへっ、と晴明がウインクして舌を出したので、頼漢はその辺の公園の無固定ベンチを掴んでぶん回した。

 ベンチがすり抜けた晴明がてへっ、ともう一度やったので、ベンチがもう一度ぶん回されて晴明をすり抜けていく。

 

『未来が変わると敵の数も増減するんだよ。

 正確に言えば百鬼夜行の主が出す妖怪の数を変えて来るんだ』

 

「百鬼夜行の主……なぁ。昔話基準だと鬼とかそのへんかって思うが」

 

『……ははっ、鬼か。うん、そうだ。皆そういうイメージを持ってるもんだ』

 

「あん?」

 

 晴明が、どこか寂しそうに、何故か虚しそうに、けれど懐かしそうに笑った。

 

『鬼が来たら最悪だね。たぶん、抵抗もできずに殺されて、好き勝手されるだろう』

 

「ヤバそうだな」

 

『ヤバヤバのヤバだとも。

 (やつかれ)が見てきた中で最強の生物は、間違いなく鬼だ。

 平安時代で最も恐れられ、もっとも戦士を殺し、もっとも強かったのも鬼だった』

 

「そんなにか……俺が分かる言葉で、アニメでたとえるとどんくらい強いんだ?」

 

『スポンサー』

 

「無法!」

 

『特に思い出深かったのは……そうだね』

 

 晴明は、憎い敵を語るような顔ではなく、懐かしい友を語るような顔で、鬼を語った。

 

 

 

『未来のアフトクラトルからの漂流者、シュテンとイバラキ。平安最強の鬼だった二人だ』

 

 

 

 "未来から来た"というSF全開のワードが出てきたため、頼漢も流石に目を丸くしてしまった。

 

「未来? え、そういうのありなのか。ドラえもんじゃん」

 

『細かい仕組みは聞かなかったけどね。

 ただ、未来のアフトクラトルは地球にガッツリ負けてたらしくて……

 "未来予知の特殊能力"の研究を特に進めてた、らしい。

 おそらく地球人の未来予知能力者が大暴れしたんだろう。

 未来予知は情報の時間遡行だから、実験レベルでは物質の時間遡行ができてたとかなんとか』

 

「お前じゃん……何やったんだよ……」

 

(やつかれ)じゃないんだよなぁ』

 

「他に居ねえだろ!」

 

『信じてくれ! この曇りなきまなこを! ベルティストン家の鬼は本当に来たんだ!』

 

「おめー数分前の会話の内容もう忘れたのか? 千佳っちには謝れよ」

 

『オァッ』

 

 普通なら、時間旅行など本の中にしか存在しない空想の産物だ。

 しかし、霊力(トリオン)を用いた技術は話が別である。

 一般相対性理論の延長で未来予知・過去改変が不可能であると、学会での論理的証明が進む21世紀において、このエネルギーだけが、時を超えた反則を可能とする。

 

『……言うほど悪い鬼でもなかったんだけどね。

 シュテンも、イバラキも。

 平安の時代は、鬼と共存できる時代じゃなかったから。

 角が生えた人間を受け入れられるほど、平安の人には余裕が無かった』

 

「現代にそういう余裕があるかってーと分かんねえけどな。有りゃいいとは思うけど」

 

『まったくだ。

 彼らは……多くの妖怪を率いて、大江山を占拠した。

 鬼ヶ島の鬼(アフトクラトル)は天下無双。

 多くの武士、陰陽師が、彼らとの抗争で死んでいった。

 最後は、こっちから和平を申し込んで宴で毒を盛って……ま、そんな感じだね』

 

「……」

 

『話の分かる、和平に応じてくれる、隣の世界の角が生えただけの人を、騙し討ちにして毒を盛るなんて、どっちが鬼だったんだか……いや、ごめん、なんでもないや』

 

「ああ、話続けてくれや」

 

 なんとなく。

 なんとなくに、だが。

 頼漢は、安倍晴明に気軽で話しやすいおちゃらけた一面と、人非人にも見えるほど冷酷で残酷な一面がある理由、その一端に触れているような気がした。

 

『日本で鬼が最強かつ、怪異の王扱いなのはそういう理由さ。

 アフトクラトルこそが最強。

 世界壁の向こうの鬼ヶ島。

 角を生やした理不尽の群れ。

 そして未来に、いずれ多くの世界を従える王の世界になるんだ』

 

「スケールでっけ」

 

『今は……どうなんだろうね。

 平安時代のアフトクラトルは、そう巨大な国でもなかった。

 でももう千年経った。

 もうシュテン達の未来になったんだろうか。

 それともシュテン達の未来は、もっと先なんだろうか。そこまでは視えないんだよね』

 

 いつかどこかで、未来予知の力が鬼ヶ島の鬼(アフトクラトル)を決定的に打ち負かし、その後に鬼が未来予知の存在から時間旅行機を作り上げる。

 それは不確定な未来ではない、既に過ぎ去った過去として在る未来だ。

 晴明は過去を語るように未来を語っている。

 

『シュテンらは未来から来た鬼。

 (やつかれ)は未来から来た情報を受け取る人間。

 さて、現代の考え方だとどうなんだろう?

 時間旅行者は歴史を変えるのか?

 未来視能力者は歴史を変えているのか?

 未来の情報で過去を改変してるなら、同一のものなのか、別のものなのか』

 

「わからん」

 

『だろうね』

 

 話が難しくなってきたので、頼漢はその辺に生えている甘い花の蜜を吸っていた。

 

『都合の悪い未来を知って、過去を変えて、未来を変えてるのは同じなんだけどねえ』

 

「……」

 

 ふと、そこで。

 

 頼漢が何かを思いついて、表情から心の強さに由来するものと、余裕の一切が消え失せた。

 

「なあ」

 

『なにかね』

 

「タイムマシンとかあるなら……過去を変えたりとかできるのか?」

 

『ものによりそう。たとえば?』

 

「たとえば……たとえば……」

 

 頼漢の指先が震える。

 舌が上手く回っていない。

 心臓が早鐘を打っている。

 目はまばたき一つせず、すがるように、晴明を見つめていた。

 

「たとえば……

 親が居て……

 その親が、悪意あるクソ野郎のせいで心を壊して……

 色んなこと忘れて、投薬でやっと安定してて……

 その上で宗教にすがってないと正気を保ててなくて……

 タイムマシンでその親が心を壊される前に止めるとか……できるかな?」

 

『……』

 

「どう、だろうか。なあ……どう、かな?」

 

 こんなに弱々しい頼漢の声を、晴明は初めて聞いた気がした。

 

『難しいね』

 

「―――」

 

『シュテンから聞いたことがある。

 霊力を媒介にした時間超越は都合良くなく、特に人の意志の影響を大いに受けると』

 

「意志……?」

 

『強い意志で成し遂げられた歴史的事実は変えられない。

 今を生きる人間の強い意思で未来は変わる。

 未来視で見た未来を最も変えるのは、その時代を生きる強い意志。

 タイムマシンで過去に戻っても、過去に戻った人間はこの法則に縛られる。

 強い悪意で壊されたもの、殺されたものを、救うことはできない……そう聞いた』

 

「……そう、か」

 

 一瞬。ほんの一瞬、頼漢が泣きそうな顔をした。

 

 けれどほんの一瞬で、すぐに"強い男"の仮面を被り直す。

 

『つまんないことを聞くけど』

 

「なんだ?」

 

『暴力に頼れば壊せるものは壊せるし、(なれ)の生活もマシになる。そうしないのかね』

 

「しねえよ」

 

『現状を変えないのかい? タイムマシンよりは現実的だと思うけど』

 

「その内な」

 

『お金のない生活を強いられているのに?

 欲しいものも買えないのに?

 不味い飯しか食べられていないのに?

 まともに歳相応の生活も送れていないのに?

 母親が、(なれ)の誕生日も、(なれ)が中学中退したことも覚えていないのに?』

 

「別にそれはどうでもいい。

 気にしねえよ。

 俺は……母さんが幸せになれるなら、それでいいだけなんだ。

 宗教の見せる夢から覚めたら自殺しちまう母さんを、救えたら、それだけで」

 

『……』

 

「悪ぃ。

 んな都合の良い話無いって分かってんだがな。

 つい……つい、ガキみてえに、夢みてえな話に飛びついちまった」

 

 両手を合わせてぎゅっと握って、額に押し当て、余裕のない顔で俯く頼漢には、ここでの晴明の発言の意図を読み取ることができなかった。

 

『こんな話したかったわけじゃないんだけどね。鬼のことさえ知っててもらえればそれで……』

 

「……鬼が、来るのか? 一年後の百鬼夜行に?」

 

『うーん。それに答えるとどうも君、未来で死ぬみたいなんだよね』

 

「え? なんで?」

 

『どうにもこうにも色んなものが噛み合っちゃってるからなあ』

 

 未来のことを考えると、今のことから目を逸らせる。

 未来の話が始まって、今の話で落ち込んでいた気分が少し前を向いた。

 

 頼漢のこれまでの人生は、これからの戦いに関係がない。

 これまでどれだけの苦しみがあっても、これからの戦いに関係はない。

 気持ちの強さで勝負は決まらないからだ。

 

『でも鬼の話をすると、(なれ)はぼんやり警戒する。

 百鬼夜行の主に、鬼に近い恐ろしいイメージを持つ。

 そういう細かい姿勢の違いで、未来はちょっと良くなったりする……たぶんね』

 

「たぶんかぁ」

 

『たぶんたぶん』

 

 それでも、気持ちを整理することで、上がる勝率はある。

 

 頼漢に敵のイメージと警戒心を植え付けることで上がる勝率があり、現実が続く限り続く苦しみは脇にもどけられず、されど前を向くことで戦う心が出来上がる。

 晴明がどんな言葉を選ぶか、それだけでも、未来は少しずつ揺れていく。

 

(やつかれ)が視えるのは未来だけで、(なれ)が変えられるのも未来だけだ』

 

「……」

 

『未来を変えられても、過去は変えられない。過去に失われたものは戻らない』

 

「……分かってる」

 

 ゆっくり大きく、少年は息を吸い。

 

「分かってるさ」

 

 魂さえ吐き出してしまいそうなくらい、大きな息を吐く。

 そうして気持ちに整理をつけた。

 

 空を見上げ、星を見て、月を見る。

 頼漢は星と月が好きだった。

 どんなに情けない自分も、他の人と同じように、平等に優しく照らしてくれるから。

 

 ただ、もう一つ。

 あまり思い出さない理由だけれど、昔はもう一つ、星と月を好きになった理由があった。

 昔、夜が好きになった理由があった。

 友達が軽い気持ちで言った言葉が、妙にしっくりと来て、夜空がとても好きになれた。

 何年も前に、そういうことがあったことを、頼漢はぼんやり思い出す。

 

―――夜はお前の時間だろ、名前の通りに。なあ、ヨル。お前が最高に笑える時間だ

 

 長話をしながら歩いていたせいで、頼漢は普段はあまり行かない、けれど数年前はよく訪れていた地区に足を踏み入れていた。

 

「この辺もしばらく来てなかったな」

 

『昔お気に入りだった場所だったりするのかい?』

 

「いんや、昔、頭の良い友達がお気に入りだった場所だった。

 そいつはここを気に入ってて、よくここ……に……え……えっ……?」

 

 そこは、街を見下ろせる高台。この街で一番、天地の光が綺麗に見える場所。

 

 天地の光を背負うように、展望デッキの手すりに背を預け、立っている男がそこに居た。

 

 頼漢のように染めた金髪。しかし適当な染め残しはない。

 頼漢より地味な服。しかし適当に着こなしていないため、サマになっている。

 頼漢は適当に歩いてここに来ただけ。だがおそらく、彼は適当にここに来たのではなく、ここで待っていればいずれ頼漢がここに来るだろうという、予想の上でここに居た。

 

 外見を見る限り、何もかも適当で隙が多そうな頼漢に対し、何もかも適当でない、隙の見えない細目の男。

 そんな男が、親しげに話しかけてきた。

 

「よっ、ヨル。髪染めたんだな。顔も厳つくなってたから最初は分かんなかったぞ」

 

「……麟っち」

 

「……ぷっ、ははっ!

 まだそういう呼び方使ってんのか。

 いや、教えたの俺だけどさ。

 『●●っちってあだ名使えば人と仲良くできる』なんて信じたの、頼漢だけだったぞ」

 

「んなっ……テメッ数年ぶりに明かすことがそれか!?」

 

 彼の名は雨取(あまとり)麟児(りんじ)

 

 頼漢が"心折られて転校するまで"の間、友人をしていた同級生。

 

 雨取千佳の、兄だった。

 

 

 

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