TSっ娘が幼馴染男と子作りして雌落ちするよくあるやつ。 作:ソナラ
そこは、暗闇だった。
なにもない暗闇で、アタシはなにかに締め付けられるような感覚を覚える。
<国喰い>に飲み込まれた結果、影に取り込まれたようになったのだろう。
モンスターは邪神の手先、らしいが、そのモンスターがどこから来るのかはよく解っていない。
もしかしたら、こんな暗闇から、あいつらは這い出ているのかもしれないな。
……それはそれとして。
「――なぁ」
「なんだい、リーナ」
アタシは、
「なんでここにいるんだよ!?」
アタシを抱きしめて離さない、金髪色男ことユースを見上げた。
畜生、何か身長差のせいでアタシが子供みたいだ! 同い年だぞ同い年!
発育の違いに文句を言いたいところだが、今はそれどころではない。
「なんでもなにも、リーナが何かに気付いて動いただろう」
「ああ、周りに話す余裕もなかったけどな」
「そしたら、僕の体も勝手に動いてた」
「どうなってんだ人体!?」
と、驚いたが。
思い返せばアタシも人のことは言えない。
リーダーが飲み込まれた直後、それを見たユースが声をかけてきたが、アタシは声をかけてきた瞬間、反射的に動いていた。
それと同じだ。
常にふたりでいすぎた結果、相手が考えるよりも先に行動を起こせてしまう。
何だそれ、微妙に気持ち悪いぞ!?
「――とはいえ、おかげで助かったみたいだな」
「っていうと?」
「こいつは、アタシ達を飲み込もうとしてる。でも、うまくいってない」
リーダーを飲み込んだときもそうだったが、こいつは一人の人間を飲み込むことに特化している。
だからユースが突っ込んで二人まるごと飲み込まれてしまったせいで、こいつは機能不全を起こしているんだ。
「とすれば、時間に結構猶予があるね」
「その間にどーするか考えるか」
「――――いや」
アタシの言葉を、どういうわけかユースは否定した。
「何だよ、外じゃ大騒ぎだろうぜ? 第一、この猶予もいつまで残ってるんだか」
「
「……すげぇ自信だな」
だったら、アタシ達はただ助けを待ってるだけでいい、ってか?
もしそうできたなら、どれだけ救われることか。
「だから、僕たちはその時間を有効に使おう」
――ふと、ユースの声音がアタシを安心させるためのものから、真面目なものへ変わった。
少しだけ声のトーンが落ちる。
静かな、決意に満ちた声だ。
「ここなら、誰も見ていない。君に幸運を与えた神様だって、邪神の影の中までは見張ってはいないさ」
「――それって」
それは、
アタシの奥底に眠り続けてきた、一つの問題に対する、応えを求める声でもあった。
「――あの時の続きの話をしよう、リーナ」
▼
あの時。
それが何か言われるまでもなくアタシは解った。
初めてオルタナティブスキルを使ったときのことだ。
いや、正確に言えば夜空の花畑での覚醒が一回目なのだけど、明確にスキルとして行使したのは、Bランク昇格の時。
ちょうど先程回想していた、あのときのことだった。
その時、こいつはアタシに言ったんだ。
「今はまだ、答えを出さなくてもいい」
――と。
アタシが誰かに迷惑をかけてしまう体質であること。
そのせいでアタシ自身が周囲から遠ざかりたいと思っていること。
でも、その結論を出すのは後でいい、棚上げしてしまおうとユースは言った。
とんでもない話だ。
それから先も多くの事件を起こしていって、その度に誰かを幸せにしたり、試練を与えたり。
でも、何かを失うことはなかった。
もし誰かが死んでしまったら、その時に改めて結論を出す。なんていうのは余りにも無責任な発想だが、
やれてしまった。
守れてしまったから。
アタシはずっと先送りにしてきていた。
それを、今回の一件で精算しようとユースは言う。
果たしてアタシは、あの夜ユースになんと言ったのだろう。
一度結論を出せていたのか。
でも、そのときは酔っ払っていて、理性なんて働いていない。
殆どその場の勢いだっただろうことは想像に難くないのだから。
今、この瞬間とはわけが違った。
「――アタシは」
なんとか言葉をこぼそうとして、口を開いて失敗する。
そこで詰まった。ユースは何も言わずアタシの言葉を待ってくれるが、アタシはとてもじゃないが次なんて出てこない。
ああ畜生。
ちょっと前に進んだつもりでも、結局これなのかよ。
いやでも、あの時言えなかったことで、今なら言えることが一つだけある。
これだけは今のアタシでなければ言えないことだ。
「……怖いんだ」
そう、怖い。
余りにも単純に、どこまでも純粋に、ただただ怖いという感情だった。
「誰かを傷つけるのが怖い。自分の引き起こしてしまう事態が怖い。何より――」
見上げる。
「――お前を失うのが、怖いんだ」
びっくりするほどそれは、アタシの口からするっとこぼれ落ちた。
……何だよ、こんなに簡単に言えるんじゃないか。
もっと早くに気付いていれば、こんなに長く悩むこともなかっただろうに。
今はただ、こいつがアタシを抱きしめてくれていることが嬉しい。
こいつの温もりが、生きているんだという証明が嬉しい。
でも、そんな嬉しいに勝ってしまうくらい、今は怖いって感情が強い。
何だよアタシ、まるで女の子みたいじゃないか。
二十にもなって、前世から数えたらもうだいぶおばちゃんな年齢になって。
いや、そもそもおばちゃんなんて、素直に自分を思えてしまうなんて。
もう、前世からだいぶ遠くまで来たんだってことを、否応なく突きつけられているかのようだった。
「なら、簡単だ」
ユースは、アタシを抱きしめながら見上げた。
上を、なにもない暗闇の中で、ただ上を見上げた。
そこに何かがあるのか? 目を凝らしても何も見えない。
まるでアタシの心みたいに靄がかかっている。
きっとこいつなら、ユースならそれが見えているんだろう。
こいつは、目も他人よりいいからな。
「その怖さを、簡単に拭ってくれる方法を、僕は知っている」
「それは……?」
「それは――」
ユースが、何かを確信して笑みを浮かべる。
そして、
――――そして、
▼
「――リーダー! 二人が飲み込まれて!」
「落ち着きなさい! 解ってるわ、焦らないで、あの子達はまだ死んでない!」
リーダーの叫びと、混乱するパーティの仲間たち。
それを落ち着ける意味もあってか、リーダーはユースとリーナの生存を叫んだ。
「影の蛇ちゃんが二人を飲み込んだ後動かない。これは、二人を消化できてないってことよぉ! アタシも呑み込まれたから分かるわ!」
「じゃ、じゃあ……どうします、か?」
ソナリヤが、パーティメンバーとしてリーダーに問いかける。
今すぐにでも動けるということを示すように、武器である杖を構えるが、残念ながらソナリヤにできることは少ないだろう。
単純に、彼女がアタッカーではないからだ。
「選択肢としては、このまま攻撃を仕掛けるか、相手の情報を分析して攻略法を探るか、よ」
「……俺たちには、難しい」
「そういうの得意な二人が、呑み込まれちゃってますよぉ」
このパーティは、仮にもAランク、冒険者の頂点だ。
だからこそ、誰もが愚かということはない。
むしろ頭の回転は早く、地頭だってよかった。
ただ、情報の分析と考察という分野において、リーナとユースを越えるメンバーはいない。
ユースは誰よりも直感が鋭く、観察力が高い。
リーナはあの粗暴さから想像もつかないくらい、分析力が高い。
彼女が公爵令嬢であることをリーダーは知っているが、その育ちの良さだけではない何かがリーナにはあるとも、リーダーは思っていた。
「時間はなさそうね……」
<国喰い>の挙動はリーナの想定を越えたものだった。
伝聞に残っていた、形態の変化とはこの事を指すのだろうが、この影にはそれ以上の何かを感じる。
ここまでの大きな変化が情報として残らないことがあるだろうか。
何よりリーナとユースのスキルを食らった後に動いているというのも、怪しさが勝る。
本来なら、アレで決着のつかないモンスターはいないのだから。
最悪、すでにS級に近づいている、という見方もできる。
だとしたら――決断には。責任が伴う。
それを解っているからこそ、リーダーは果断にも選択する。
躊躇は一瞬すらなかった。
だが――――
それよりも、早くに動いたバカが一人だけ、いた。
「――“獄炎よ”!」
リーダーが決断するよりも、早く。
それまで、沈黙を保っていたアンナが、詠唱を終えて魔術をぶっ放した。
「アンナちゃん!?」
詠唱の長さを考えれば、二人が呑み込まれた瞬間から詠唱を開始していたのだろう。
即断即決。
悩む暇すら、存在していなかった。
「リーダー! 何迷ってるんですか!! 二人が閉じ込められてるんですよ!」
「そ、そうね……全員攻撃準備、多少のリスクは承知の上、二人を救い出すわよ!」
――この場に二人が揃っていないなら、パーティにできることは純粋な力押しだけ。
それは解っているが、周囲に落ち着く時間を与えるため、自分の決断のために、リーダーは時間を使った。
アンナは使わなかった。
お互いの選択はズレていない。ただ迷わなかっただけの違いだ。
「……私は、正直リーナとユースが抱えてるものなんてわからない」
続けて詠唱に入りつつ、アンナが口に出す。
詠唱とは、一種の精神統一であり、集中を重ねれば言葉は不要だ。
今のアンナは――そういったモノが最小限で問題ないくらい、静かで苛烈な精神状態にあった。
「あの二人が、他と違うってことくらいは分かる。でも、正直気にならなかった。二人は私の親友なんだもん!」
「アンナちゃん……」
「二人は、覚悟を決めて仲を進展させた。リーナは何も考えてないかもしれないけど、ユースは絶対すごく覚悟が必要だったと思う」
アンナがリーナとユースをどう見ているのかが、端的に知れる一言だ。
そしてそれ故に、二人を信頼していることが伺える。
仲間たちは戦闘態勢に入りながらも、その言葉に聞き入る。
「だったら、次は私達の番だ!!」
そして、言葉の端で進めていた詠唱が完成し、
「“風刃よ”!」
次なる魔法が飛び出す。
「リーナが、自分の幸運体質で悩んでるなら、私達が支える! それで誰かを傷つけてしまうなら、私達が守る! リーナ一人じゃ、いつか誰かを傷つけちゃうかもしれない、でも!」
鋭く影をにらみ。
捕らえられた親友を思う。
「ここには、私達がいる! 私達がいる限り、リーナには誰も傷つけさせない!!」
それは、あまりにも単純な決意だ。
ある種絵空事に思える発言だ、だとしても。
「その幸運が、リーナ自身も傷つけてしまうなら、私はリーナだって絶対に守る! リーナがいつまでも、笑顔でいられるように、ユースと一緒に、いられるように!!」
そして、
「――オルタナティブスキル!」
自身の切り札を、ここで起動させる。
「――皆、聞いたわね。アンナの言葉に反論は? ……異議なし、よろしい! ではこれよりアタシ達はぁ!」
大きく、声を荒げながらリーダーは、満面の笑みとともに宣言した。
「リーナリアとユースリッド、二人を支え、守り続ける覚悟を決めるわぁ!」
そして、一気に状況は動き始めた。
▼
――――上から飛んできた言葉は、アタシ達に正確に届いていた。
アンナの言葉も、リーダーの言葉も、アタシ達を心配してくれる仲間たちの様子も。
全部、届いていた。
「……なんだよ、バカじゃねぇのかあいつら。絵空事もいいところだ、あんなこと」
「バカで結構じゃないか。楽しいバカは、君も嫌いじゃないだろ?」
「そーだな」
――直後、激しい揺れが影を襲う。
「うぁっ!」
「アンナのやつ、派手にぶちかましたな……」
純粋な破壊力で言えば、間違いなくパーティ最強と言えるアンナのオルタナティブスキル。
それが影にぶっささったのだろう、身悶えする影となった<国喰い>の感情がアタシ達にも伝わってくる。
っていうか、
「呆れながらアタシを抱きしめるんじゃねぇ!」
「いや、変に手を放すほうが不安だろ、この中」
「そうだけどさぁ……こっちの感情とか、色々あるだろ……」
ぶつぶつ。
「じゃあ逆に言わせてもらうけど」
「な、なんだよ」
と思ったら、向こうがぐいっと顔を近づけてきた。
本当になんだよ!?
「――僕の思いを、君は一度も聞いたことがないだろ」
「……あ?」
「君は僕を一方的に巻き込んだと思ってる。僕がこうなったのは君のせいだと思ってる」
う、うん。
それはそうだ。
アタシがいなけりゃ、こいつはこんな風にアタシに巻き込まれて死にかけてないだろ。
ユースは天才だ、あれだけ剣の腕がありゃ、どこでだってやっていける。
なんて、思っていたアタシに、
「じゃあ、僕の思いを聞いてくれ。それが君の責任ってもんじゃないのか?」
そう、ユースは詰め寄ってくる。
ああ、なんというか。
「…………うん」
今回ばかりは拒否できない。
逃げることすらできない。
「……ぁ」
――アタシを掴む腕が、また強くなって。
アタシは、少しだけ嬉しさと緊張で、か細い声音を伴った吐息を、漏らしてしまうのだった。