TSっ娘が幼馴染男と子作りして雌落ちするよくあるやつ。 作:ソナラ
――アンナが戻ってきたことで、一波乱があって。
結果、リーナは完全に固まったまま、動かなくなってしまった。
顔を真っ赤にして縮こまり、何も語ることなく再開した観劇を眺めている。
アンナの後に戻ってきた仲間たちは、リーナが何をしていたのかは知らないが、未だに顔を赤らめてチラチラとユースとリーナを眺めているアンナと、顔を真っ赤にしているリーナから、何があったのかはなんとなく察してしまうのだった。
そして、渦中のユースはといえば、突然のことに未だにリーナの取った行動への驚きが心を支配していた。
あそこまで積極的なリーナというのは初めてみた。
リーナ自身、自分があそこまでするとは思っても見なかったようで、正気に戻った今はこうしてフリーズしたまま小さくなってしまっている。
これはこれで可愛らしいのだが、随分と急ぎすぎているというか、昨日だって正直ユース自身あまり記憶はない。
それが果たして、これまで溜まっていた鬱憤を晴らすためなのか、はたまたいろいろなものに焦って、急いでいる結果なのかはユースにも判別がつかないところだ。
とはいえそのあたりはリーナが口をきけない状態になっているため保留する他無い。
他にも気になることと言えば、この演劇の内容だ。
貴族の坊っちゃんと、それを支える少女のラブロマンス。
モチーフはユースとリーナで、容姿や性格は似ても似つかないが、ユースは周囲の女性にモテる男性であること、リーナはそんなユースを不満そうに見ているが自覚がないこと、といった基本的な特徴は一致している。
きっとそういう部分が有名になっているのだろうと思うのだが。
ここらへんはやはりアンナが事情に詳しいか。
「しかし、僕たちをモチーフにした演劇とはね」
休憩時間はすでに終わっているものの、今はシーンとシーンの切り替わり。
ここが個室なのも相まって、軽く話をする程度なら咎められることはない。
「そうだねぇ、リーナとユースのラブラブカップルっぷりは有名だから」
「そんなにかな? いやほとんどそれだけで劇まで作られるくらいだから……人気は人気か」
「そうだよぉ、ふたりとも全然気にしないけど、老若男女、立場を問わずに人気なんだから」
「立場?」
ふと、気になって問いかける。
ぴくり、とリーナの体も震えた。
「うんうん。ユースって凄い王子様みたいでしょ? だから貴族のお嬢様とかの間でもブロマイドが広まってて、今回の演目もそういうお嬢様にいいところ見せたいお父さんたちの出資で作られてるみたい」
「なるほど……」
まさかリーナの父親も……と思わなくはないが、それはないだろう。
この世でユースを最も嫌っている人間がいるとすれば、リーナの父親以外にないのだろうから。
あの騒動以来、リーナの父親と直接顔を合わせてはいないけれども、リーナ自身ともギクシャクしていると聞いているから、ユースとなれば相当のはず。
「まぁ、プラチナが解散して冒険者業界もこれって人材がいないからね。新しい顔になってほしい気持ちもあるんだろうけど」
「……リーダーが、そろそろ結果を持ってくる頃合いかもな」
プラチナは今から三十年前に、Sランクパーティとなってすぐ解散している。
一般には知られていないが、止むに止まれぬ事情あっての解散だ。
それから三十年、そろそろ次のSランクパーティが誕生しても不思議はない。
そこに、彗星のごとく現れた有望株、ダンジョン攻略の功績もあって、そろそろという雰囲気はパーティ内でも存在していた。
そうなれば――自分たちの目的は、これで完遂される。
一般的にはユースの方が王子様だと認識されているというのは良い話を聞いた。
まだ、ユースリットとリーナリアの真実が、周囲に知られていないということにほかならないのだから。
「……あの二人は、幸せになれるのかな」
ぽつり、とアンナがそんな事を問いかけてきた。
あの二人というのは、演劇の中のユースとリーナをモチーフにした主人公たちだろう。
二人の立場は決してよろしいものではない。
親に反発して家を出奔した男と、それを助けた少女。
どれだけ旅の中で惹かれ合っても、いずれは引き裂かれてしまうかもしれない関係。
決してその立場をユースたちに重ねたわけではないだろう。
ただそれでも、そんなアンナの言葉は、ユース自身の中で反芻せざるを得なかった。
「リーナとユースは、絶対に幸せにならなきゃダメだよ。変な不幸とか、幸運の押し付けに負けちゃダメ」
そして、問題は二人の立場だけではない。
すでにリーナの中で一つの結論が出ているとは言え、リーナの体質についてはあくまで結論をだしただけなのだ。
彼女の体質がなくなったわけではなく、リーナの結論も、「周囲を頼って一生その体質に付き合っていく」というもの。
本番はこれからだ。
「……解っているよ、そのために僕は強くなったんだから。こんな障害、全部僕が吹き飛ばさなきゃ」
「わぁお熱いこと。で、でもでも、公共の場でエッチなこととか、ダメだからね」
「ぬぐぅ!」
「リーナに追い打ちは勘弁してやってくれないかな?」
未遂だから。そもそも流石にそこまで行く前にリーナは正気に戻っていたと思う。
これまでに比べて、かなり素直になってくれたと思うけど、多分本気でユースと向き合うには、酒の力が必要なのが今のリーナだ。
こうして雰囲気に酔っているのもその一種。
正気に戻れば、リーナの自意識は、根底が変わったわけではないとユースは思っている。
だとしたら、それもまた何かしらの結論を、そろそろつける必要がある。
そしてこれはユースの言葉だけでなく、リーナ自身の言葉も必要になるだろう。
「とと、劇が再開するよ。集中集中」
「了解」
話はそこまでだ、と打ち切って観劇に意識を戻す。
いよいよこの演目もクライマックスだ。
最終的に問題となったのは、やはり主人公たちの恋愛の行方。
許される立場ではない二人にとって、それを乗り越えることが最後の試練というわけだ。
であれば、その問題を解決する方法は?
とても単純、というよりも、やはりそれしか無いだろうというものだ。
――それが許されるほどの実績を作る。
今も、リーナとユースが挑戦している、最も現実的な方法であった。
▼
演劇から帰ってきて、アタシは宿屋のバーにつっぷして倒れ込んでいた。
やってしまったやってしまった。
なんだってあんな事やったんだ?
どうしてああなっちまったんだ?
アタシはどうかしてるんじゃないか?
そんなことがぐるぐる頭を回って、最終的にアタシそのものをぶっ壊してしまうくらい、自分に衝撃を与えていた。
ほんと、昨日の夜といい、今日の昼といい、アタシはマジでどうにかしている。
のぼせちまってるほうが、まだ救いがあっていいだろう。
でも、本気だった。
あの一瞬、アタシはどうなってもいいと思っちまってた。
原因は――どちらだろう。
自分の中の不安が一つ解決したからか。
――次の不安の種が、もうすぐそこまで迫っているからか。
リーダーからは、結果は芳しいと聞いている。
きっともうすぐ、アタシ達は行動を起こすことになる、と。
そう感じていた。
だとしたら、アタシは――
そんな悩みを抱えつつ、アタシは酒に逃げていた。
いや、やっぱり未来のことよりも過去の後悔だよ。
アタシなにやってんだよ、ああなることは想像がつくだろうがよ……あの短い時間でヤりきれるとでも思ってたのか……?
「ははぁ、そんなことがあったんですねぇ」
「うう、穴があったら入りたい……」
お酒の匂いを嗅ぎつけてやってきたソナリヤさんが、アタシを慰めてくれた。
隠しておきたい気持ちもあるが、どうせ夜にはパーティ中に広まっているだろうから、隠す意味はない。
見ているのがアンナだけならよかったが、あの場には他にも仲間がいたからな。
酔いつぶれて起きてこなかったソナリヤさんのほうが、レアケースなのだ。
「でも私達の観劇ですかぁ、ちょっと見てみたいですねぇ。行けばよかったなぁ」
「アンナに言えば、いつでも連れてってくれるッスよ。流石に個室は、もう一度は借りれないだろうけど」
「観劇大好きですもんねぇ、アンナちゃん」
アタシとしては大道芸を推したいけどな。
なんと言っても、大道芸はとにかく魔術とか色々の派手さが半端じゃない。
魔術効果による本格っぷりは演劇だって負けてないが、あっちはあくまで主体は演目だ。
役者と脚本があって、それを支える演出としての魔術効果。
対して大道芸は魔術こそが本命、とにかく派手なものを見せることこそが目的。
個人的には、それくらい単純な方がしっくりくるんだよな。
あと、文化的に演劇って結構高尚な文化って側面もあるので、前世でどっぷり浸っていたオタク文化と比べると重い。
脳みそ空っぽにしてみるなら、やっぱ大道芸だよ。
と、話しがずれた。
「それで、リーナちゃんとユースくんは人前で子作りしそうになっちゃったんですねぇ」
「ナチュラルに子作りっていうの止めてもらっていいッスか」
ちくしょう、ソナリヤさんは遠慮なく子作りって言葉を使ってくるから、こういう愚痴は不向きだった。
話をそらそう、恥ずかしい過去を振り返るのはもう止めだ。
――なお、夜にはアタシの痴態も広がっていたが、流石にそれでからかうのはダメだろうと思われたのか、触れるものはいなかった。
その気遣いのほうがアタシには辛いね!
「……ユースとの間にあった壁が、なくなったのは間違いないんスよ」
「うんうん」
「皆をもっと頼ろうって決めて、心のつかえも取れたッス」
訥々と語り始める。
やっぱり、今のアタシの中にあるのは、そういったアタシを取り巻く悩みだった。
「今回の冒険を成功させて、アタシ達もいよいよ伝説の仲間入り……なんて、めでたい空気でその後のことを悩むのも、何か場違いな気もして。おかしいッスよ、アタシ、今こんなにも幸せなのにな」
「そんなことはないんじゃないでしょうか?」
ふと、ソナリヤさんがこぼす。
見れば彼女の視線は、どこかアンニュイなもので。
あのふわふわ美人が、こんな顔をするなんて。
珍しいものを見たなという感想が先にたった。
でも、そうか。
「私だって、不安になることはありますよ? パラレヤさんは素敵な人ですけど、いつまでも仲良くやっていけるかは、今の私にはわかりませんし」
「でも、もう結婚して二年くらいになるじゃないッスか、二人は絶対お似合いだって思うッスけど」
「ありがとね? うん、私も多分、これならきっとうまくいくだろうって思う。でも、時々だけど、うまく行かなかったらっていうのも考えちゃいます」
ソナリヤさんにも不安はあって。
もちろん、パラレヤさんにも似たような不安はあるだろう。
でも、二人はそれを普段は気にしていない。
不安に対する対処法は人それぞれだけど、不安を抱えながらも前に進むのが、一つのあり方ってやつなんだ。
アタシには、なかなか難しい。
今が幸せであればいいっていうのがアタシの考えなのに。
その今が、永遠でないことも知ってしまっている。
「でもね? こうも思うんです。今が幸せってことは、いつか私達が不幸になっちゃっても、また幸せになることができる証明なんだって」
「また幸せになれる証明……?」
「そうです。だって、幸福も不幸も、結局は次の幸福か不幸に繋がる通過点なんですから」
「……通過点、ッスか」
「はい、だからそれを通過するために、私は努力したいんです」
アタシの体質が、幸福と試練の繰り返しを引き起こすものならば。
そもそも人生だって、そういう波の繰り返し。
じゃあ、例えば――
「……今が、単なる不幸な通過点だったとしたら」
こういう悩みそのものが、不幸によって生まれた通過点なんだとしたら。
「はい、次はきっと、幸福な通過点が待っているんだとおもいますよ?」
「……そうですか」
――きっと、これからアタシ達に起こるのは、アタシが幸せになるための試練であり、不幸というなの通過点なのだ。
だったら、それを乗り越えることは幸福を得るために必要な通過点なんだとしたら。
「……ありがとうございます、だいぶ気が楽になりました」
「はい。リーナちゃんたちは、まだまだ私たちが知らない何かを、乗り越えなくちゃいけないみたいですけど」
――ああ、そういえば。
ソナリヤさんたちは、アタシとユースが何かを隠していることを知っているんだった。
その上で踏み込まない、そういう対応をしてくれているんだった。
「私、絶対に大丈夫だって、信じてますから!」
そうして笑顔で、アタシ達の背を押してくれる。
――ほんと、かなわないな。
そう、思わざるを得なかった。
そして、
「はぁーーーーい、みんなぁーーーーー!」
ちょうど、そんなアタシの決意に答えるように。
リーダーが、ようやく宿へと帰還した。
と、いうことは――
「朗報よー!」
ぱっと、周囲の仲間たちの視線がリーダーに集まる。
対するリーダーも、満面の笑みでそれに答えていた。
ああ、つまり。
「アタシ達ブロンズスターの、Sランク昇格が決まったわぁ!」
――アタシとユースが、覚悟を決める時が来たのだ。
これまで冒険者を続けてきた集大成。
この功績でもって、あのクソ親父――アタシの父様に、ユースとアタシの婚約を認めさせる、時が来た。