TSっ娘が幼馴染男と子作りして雌落ちするよくあるやつ。   作:ソナラ

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19 アウストロハイム公爵

 ――ついにその日がやってきた。

 アタシがやるべきことは唯一つ、このお披露目会で、父様にアタシとユースの関係を認めさせる。

 はっきり言って、ただSランク冒険者になっただけでは格が足りない。

 これがアタシの爵位がもう一つ下なら、アタシとユースの性別が逆なら、問題なく周囲はアタシたちの事を認めていただろうし、父様も十分だと判断していただろう。

 本人の感情はともかくとして。

 

 それを認めさせるために、アタシたちがやってきたことが一つだけある。

 だが、それを効果的に演出するのは、アタシ達のやり方次第。

 演劇と同じだ。

 どれだけ脚本が優れていても、それを見せるのは役者なのだから。

 

 観客は主役を通して脚本を見ているとアンナは言った。

 だったら、今日の主役は果たして誰だ? 誰の口から、アタシたちの脚本を語らせるべきだ?

 

 対人の基本は、選択肢の押しつけだとユースは言った。

 だったら、果たして押し付けられたくない選択肢とは何だ?

 

 そして最後に、リーダーは言った。

 最後の最後、決断を後押するのは感情だ、と。感情を揺さぶるのは真心だ、と。

 

 ならば、アタシたちがそれをぶつける相手は誰か。

 ――この舞台の敵、主役、説得するべき相手は誰か。

 

 父様だ。

 それ以外にほかはない。

 

 だけれども、それは非常に難事である。

 言うまでもなく、そしていろいろな身分違いの恋にそれがつきものであるように。

 父様は、アタシとユースの恋愛に、正面から反対を突きつけているのだから――

 

 

 ▼

 

 

「――――――――どちらさまですか?」

 

 貴族の集まる社交の場、どこか場違いな集団の中にアタシはいた。

 男たちは精巧な鎧に身を包み、女たちは楚々としながらも艶やかに着飾る中で。

 

 一人だけ、目を引く豪奢な装いの少女と女性の半ばに位置するような、そんな女が一人いた。

 

 ――アタシのことだ。

 

「あら、ご存知のはずですわ、アンナ様。わたくしは――リーナリア・アウストロハイム。貴方の仲間として、ともに冒険を駆け抜けた仲のはずです」

 

 自分で口にしていて、いろいろとゾワゾワしてくる言葉遣い。

 これがアタシか? いやなんの冗談だ? と、周りの視線を一身に浴びるのもムリはない。

 

 ここはアタシ達パーティ「ブロンズスター」のSランク昇格を祝う舞踏会の場。

 当然ながらパーティの連中は着飾っているが、正直装いに“着られている”感が強い。

 ムリもない、彼らはその誰もが平民の出、このような場所に出ることなど、想像もしなかったような連中なのだから。

 ただ一人、このアタシ――アウストロハイム公爵令嬢、リーナリアを除いては。

 

「ま、まってまって……アウストロハイム……アウストロハイム!? アウストロハイムってあの!? ……っていうか、この!?」

 

 ――この、といいながらアンナは指を地面に向けた。

 ムリもない、そもそも今アタシ達がいる屋敷はアウストロハイム公爵家が所有している邸宅の一つ。

 本邸ではないのがミソ。そりゃまぁ、ここは王都でもアウストロハイム公爵領でもないのだから当然だが。

 

「うふふ、皆様。ここは貴族の集まる場、あまり粗相があっては困ってしまいますよ」

 

 うふふって。

 うふふて何だ。

 ……自分でも驚いているが、結構昔身につけた技術ってのは多少磨けば元に戻るらしい。

 こういった立ち振舞は、アタシが冒険者になる以前に叩き込まれたものだ。

 

「い、色々聞きたいことがあるんだけどいい……ですか!?」

「ええ――ここは風の魔術で周囲に声がもれないようになってるから、いつもどおりでいいぜ?」

 

 思わず敬語をつけてしまったアンナに、アタシはいつもどおりで答える。

 と、胸をなでおろしたアンナが――

 

「どういうこと!?」

「ヒントを出してやろう。身分違いの恋、正体を隠して冒険者、戯曲ブロンズスター」

「あ、ああ……ええええ!?」

 

 アタシとユースが正体を隠して冒険者をやりながら、身分違いの恋に悩んでいたんだってことをストレートに理解したアンナは、改めてもう一度驚いた。

 

「ぜ、全然気付かなかったんですけど!?」

「というか、酒場で俺たちとバカ騒ぎしてたあのリーナを、貴族令嬢と結びつけるのはムリだろう」

 

 他の仲間達からもやいのやいのと色々飛んでくる。

 そこはまぁ、アタシの企業努力ってヤツで。

 

「……一番の原因は、リーナの金銭感覚とか社会常識だと思う。全然そういうところで躓いてなかったよね」

「まぁな。アタシは要領がいいから、そういうところも完璧なんだ」

 

 嘘です、本当は前世知識のおかげです。

 普通なら金銭感覚バグって、どこかでおかしいなって思われてたはずです。

 そういう生きてきた環境の違いっていうのは、絶対に生じてしまうわけで。

 実際にそういう社会で生きてきた経験がなければ、どれだけ取り繕っても露呈してしまうものだ。

 

 アタシがどれだけ粗野だからって、そういうところは身についていないのだから、と父様は油断していただろう。

 それがどういうわけか、五年も続いて、こうしてSランクにまでなってしまったわけだから、あらビックリ。

 

「とりあえず、アタシはこれから色々と貴族様のところを回ってくるからさ、そこまでアタシのことは意識しなくていいぜ。今回、多くの人がいる場に立って話をするのは、リーダーとアタシの仕事だからさ」

「ええっと、つまり?」

「ここに来る前も言われてた通り、皆はあくまで憮然とした態度で、食事でも楽しんでれば問題にはならないってこと」

「って言われてもなぁ……」

 

 アタシの正体が、アンナをはじめとした仲間たちには衝撃的過ぎたのだろう。

 これを気にせず受け入れているのは、ソナリヤさんとパラレヤさんの夫婦くらい。

 この状態で、あまり貴族を意識せず常識的な範囲で飲み食いだけしていろ、というのも難しいかもしれない。

 本当なら、アタシのことなんてこいつらに教えずに済めばよかったんだけどな。

 でも、どうしてもこうしなければならない理由が一つあって、

 

 具体的に言うと、彼らに釘を差さなければならないことがあるからだ。

 

「アタシからは一つだけ。さっきも言ったけど、アタシとユースの関係は身分違いのそれだ。だから――」

 

 ――しかし、それは少しだけ遅かった。

 いや、向こうはこのタイミングを狙ってここに来たんだろう。

 

 

「失礼、少しよろしいかな」

 

 

 気がつけば、アタシ達の側に。

 リーダーと遜色ないほどの大男が、立っていた。

 身長は実に二メートルを軽く超え、山肌とすら言えるくらいの巨漢。

 筋肉がフォーマルなスーツをぱっつんぱっつんにさせているその存在感は、驚異というほかない。

 何よりも異様だったのはその顔つきだ。

 人を何人も殺してきたと言っても違和感のない、余りにも威圧的な顔つき。

 それが一瞬、自分と同じ人間であるということを、理解できないほどの圧を放つ、貴族然とした男がそこにいた。

 

「あ、なたは……」

 

 思わず、といった様子でアンナが口を開いてしまう。

 ああ、まずい……飲まれている。

 なんてことだ、怖い怖いと思ってはいたが、Aランク冒険者――マジモンの戦闘のプロすらも威圧してしまうのか、この視線は。

 

「私は――ドレストレッド」

 

 男は、眉一つ動かさず、

 

 

「ドレストレッド・アウストロハイム」

 

 

 ――自身の身分を、高らかに告げた。

 息を呑む。

 これが、公爵家アウストロハイムの当主。

 この国で、最も高い地位に立つ貴族の威容。

 誰もがそいつの気配に飲まれていた。

 アタシがこいつらの前に現れたときよりも、更に深い驚愕と沈黙が、あたりを支配している。

 

 ――まずい、と思いすかさず貴族としての礼をして、アタシが一歩前にでる。

 

「お久しぶりです、父様。リーナリア・アウストロハイム、ここに帰着いたしました」

「そうか」

 

 父はそれを、当然のように受け流す。

 ダメだ、空気が全く動かない。

 父様がアタシのことなんて、まるでどうでもいいかのように扱っているからだ。

 

「お初にお目にかかる、次代の勇者達よ、パーティ“ブロンズスター”の活躍はかねがね耳に入っている」

「そ、それは……」

 

 この場にはリーダーがいない。

 貴族達に顔を見せているからだ。

 ユースもいない。

 身支度を整えるのに、時間がかかっているからだ。

 だからこそ、この場には、正しく父様の対応をできる人間が一人もいない。

 

 アタシを除いては。

 

「父様、わたくしの方からも紹介させてくださいまし」

 

 割って入る。

 父の、観察するような視線が、突き刺さった。

 

「こちらが、パーティ“ブロンズスター”。わたくしが予てよりお世話になっておりました、勇敢なる冒険者パーティでございます」

 

 決して、間違った対応はしていないはずだ。

 もはやアタシが身分を隠す理由はない、そうしなくてもいいように、この場に準備をして乗り込んだのだから。

 仕込みは全く済んでいないが、準備は万全ではないが。

 この場では、父様をアタシが相手しなくてはならない。

 

 これは、決闘だ。

 こうして父様がここに現れたのは、アタシを冒険者と認めないため。

 ユースと引き剥がすため。

 対してアタシは、本命の準備が整わない状態で、時間を稼ぎながら皆と自分を守らなくてはならない。

 少しでも、アタシ達がふさわしくない態度を取れば、父様はアタシたちの関係を認めない。

 ()()()()()()()から、拒否するのだ。

 

 そうなってしまえば、これでアタシ達の冒険はおしまいだ。

 アタシは父様との条件を破った。身分を明かし、この場に立っている。

 それを理由に、父様はアタシに屋敷へ戻ることを命じるだろう。

 約束を破った以上、アタシはそれを受け入れるしか無い。

 

 父様が、アタシとユースの関係を認めない限り。

 故に、まず先手を打った。

 いくら父とはいえ、公式の場でSランクパーティを罵倒することは許さない、と。

 彼らを否定することで、アタシの立場を認めないことを許さない、と。

 

 ――賭けだ。

 

 この場所は現在、アタシの魔術で声が周囲に届かないようになっている。

 故に、周囲からの視線はあるが、その内容までは届かない。

 ポイントは、あくまでアタシはこの場において、アウストロハイム公爵令嬢であり、ブロンズスターのリーナリアではないということだ。

 正体を明かしたのは、あくまで仲間に対してだけ。

 この場にいるすべての貴族は、アタシが単なる令嬢でしかないと思っている。

 

 だから、父様がアタシが冒険者になっていたと周囲へ喧伝してしまえば、それでオシマイ。

 仮にも公爵令嬢が家を飛び出し、冒険者などに身をやつしていたとなれば、アタシたちの評価は地に落ちる。

 もちろん公爵家にもそれ相応のダメージはあるが、それでも。

 父様が本気でアタシとユースの間を認めたくないなら、それが最善手だ。

 こんな駆け引き全部無に帰って、ただアタシの強制敗北だけが決定する。

 

 もちろん、そんなことはありえないと踏んでいたが。

 父は合理主義者なのだから、そんな感情的なことはしないと思ってはいたが。

 それでも、賭けだった。

 

 そして――結果は、

 

「リーナリアよ、お前は――」

 

 アタシの想像通り。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 しかし、想像以上に、辛辣で、

 心を抉る、対応だった。

 

「公爵令嬢が家を飛び出し、これほど高潔なパーティに世話になる。どれほど足を引っ張ったのだ? 情けないにも程がある。失望したぞ、リーナリア」

 

 ――そう、父様はそんな無様は晒さなかった。

 だけど、取った言葉は余りにも冷たく、突き放すような言葉で。

 

「――そんなの!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「……父様!」

 

 一瞬だけ視線を送って。

 アタシを侮辱したことに怒ったアンナが口を開きかけたのを、遮る。

 ダメだ、何があっても、“それだけ”はダメだ、と。

 

「何だ、何か言いたいことがあるのか? 貴族としての役目を放棄し、あまつさえ英雄とされるSランク冒険者たちの活躍に泥を塗るような行為、恥ずべきことだ。貴族として……どころか、人として見下げた行動だと言わざるをえん」

 

 ――父様は、こいつは。

 アタシを蔑むことで、アタシの仲間たちを挑発しているのだ。

 この場にはアタシの魔術が張り巡らされていて、声は周囲に届かない。

 だが、もしも態度に出るほど声を荒らげれば、話は別だ。

 その様子は周囲へ伝わる。

 同時に、その内容まで伝わらないからこそ。

 

「お前のした行動は、多くのものに迷惑をかけ、あまつさえ公爵家の品位すらも傷つけた。お前のようなものがアウストロハイムを名乗る資格があるのか?」

 

 父様の侮辱は周囲に伝わることはなく。

 仲間たちの品性だけが、周囲に伝わってしまう。

 

「お前は最低だ、リーナリア。恥というものがあるのならば――」

 

 なんてことだ。

 こいつは、()()()()()()()()()()なく。アタシたちをこの場から排除しようとしているのだ。

 Sランク冒険者にふさわしくないとして。

 

 

「今すぐ彼らに謝罪し、この場を去れ。それがせめてもの、お前の義務だ」

 

 

 こんなやつが、とアタシは思った。

 後ろから、怒気が大いに伝わってくる。

 

 ああ、でもそうだ。

 

 こんなやつなんだよ。

 

 これが、ドレストレッド・アウストロハイム。

 

 

 こんなやつに、アタシとユースは認められなくちゃいけない。

 

 

 その、最大の障壁が今ここに、アタシ達の前へ立ちはだかっていた。


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