ゾクゾクする展開が好きです。
初投稿ですが、pixivの再掲です。
よろしくお願いします。
タグどういうのつけたらいいんだろう……。
「速い速い、サイレンススズカ!後ろをぐんぐん突き放して今、ゴールイン!」
歓声が上がる。
彼女は速い。
強い、弱い、駆け引き。
そうしたものから離れたところにいる。
ただひたすらに速い。
初対面から走りに惚れ、トレーナーになってからもそれは変わらない。
「トレーナーさん!私の走りどうでしたか?」
「ああ、とてもすごかった。見とれてしまったよ。」
スズカがぶんぶんとしっぽを振る。
頭を撫でるとにへへ、と嬉しそうに笑う。
とてもかわいらしい彼女だが、ずっと気にかかっていることがあった。
*
「スズカ、いるか?」
トレーナー室を覗くが、
ウマ娘は走るのが好き。
そう学んだが、彼女はそんなものを遥かに超えた性格だ。
トレーニングが時間通りに進むことはまずなかった。
何をしているのか。
「えっと、ごめんなさい。体操服に着替えたら居ても立っても居られなくなって走りに行ってしまうんです。」
前に聞いたらそう答えていた。
トレーニングまで待てないのか……と思わずつぶやいてしまったが聞こえていなかっただろうな……。
しかし、これはあまりいいことではない。
俺はどのくらい彼女が走っているか分からないから、トレーニングを計画しようがない。
しかも、ストレッチもなにもなしに走っていってしまうから、怪我しないか気が気でない。
昨日の彼女の笑顔を思い出す。
彼女は俺に心酔している。
それもそうだ、彼女に大逃げをさせるトレーナーなんてそう多くはいない。
だから強く言えない。
でもこれでいいのか……。
いいのか……。
*
「すごく冷たくしたらどうでしょう。」
「はあ!?」
慌てて口を塞ぐ。
たづなさんに暴言吐くところだった。
いや、もう若干遅いのでは。
「こほん、それで、どういうことです?」
「所謂ドッキリです。効いてきたところでバラしましょう。」
にっこり笑って悪魔のような提案をしてくる。
「それー、ほんとに効果ありますかね……。」
「うふふ、でもやらなかったらいつか大怪我しますよ?」
否定できない。
「ただその〜、一つだけ懸念があってですね……。」
「なんでしょう。」
「別に自意識過剰とかそういうのではないんですが、あいつ俺に依存しまくってるんですよ。冷たくしたらあいつの心が壊れないか本気で心配で……。」
「自意識過剰ですね。」
「ぐふっ。」
急に殴ってくるじゃん。
「嘘ですよ。多分それは本当でしょう。でも、ウマ娘にとって1番大切なのは走ることです。そのためならなんでもする、そうでしょう?」
強い目に射抜かれる。
トレーナーとしての本能のようなものに火が付けられる。
「いいでしょう、絶対にやり遂げてみせます。」
「楽しみにしていますよ。それじゃあ私はこれで。」
さあ、言ってしまった。どうやって実行しようか考えながら俺はトレーナー室に歩いていった。
*
「スズカ、これメニューだ。トレーニング行くぞ。」
「は、はい。分かりました……。」
スズカが怪訝そうな顔で見てくる。
「さあ、どのくらい効くかな。」
ボソリと呟いた俺は、「スズカとトレーニング以外で話さない」を始めた。
――3日後
「あ、あの、トレーナーさん……。」
「……。」
「私、何か……何かやってしまいましたか?」
小さな声でスズカが呟く。
「自分で考えろ。」
冷たくそう言い放つ。
彼女の顔から温度が失われていく。
底冷えするような空気に、暑いはずの初夏の感覚が失われていく。
「えっと、その、何かしてしまったならごめんなさい……。でも何をしてしまったのか分からないんです……。」
「スズカ、君と俺の間には信頼関係なんてないのか?」
「そ、そんなことありません。信頼が、その、さ、最初に見つけてもらった時からずっと信頼……、してるし、トレーナーさん以外担当は有り得ない、です。」
俺の真剣な雰囲気に、スズカは不安より焦りが上回っていく。しかし言葉を止めることなく攻め続ける。
「そうか、そう言って貰えるのは嬉しいよ。でもそれは大逃げをさせてもらえるという1点に過ぎないんじゃないのか?」
「ま、まさかそんなわけ………!」
「そうか。」
それを聞いて、ほんの少し表情を緩める。スズカもそれを見てほっとしたような表情を見せる。
だが本番はここからだ。
「それじゃあ聞くが、ここ1ヶ月のトレーニングの進捗はどのくらいか分かるか?」
「え……?」
「40%だ。」
「40%……ですか?」
「そうだ、40%。いいと思うか?」
「少ない……と思います。」
スズカの表情が固くなる。
「理由はなんだと思うか?」
「私がトレーニング前に走って言ってしまうからでしょうか……。」
「よく分かってるな。」
褒められたかと一瞬スズカの表情が緩み、すぐ元に戻る。
「半年前に1度言ったな?勝手なトレーニングは故障の原因になる。トレーニングの予定を立てるにも支障が出るって。忘れたか?」
淡々と言葉を並べて責め立てる。
「ご、ごめんなさい……。そんなに大切なことだとは……。」
「俺の事を信頼していないんだな。いつ辞めさせようかと思っていた。だが来た時には既にいないし止めることもできない。こっちは本当に君のことを思っていたというのに。」
スズカの顔が青くなる。
「すみません……すみませんでした……。もう勝手なことはしないので許してください……。」
いつもの楽しそうな表情はなく、捨てられることを怖がる子犬のような姿がそこにあった。だが、ここで辞める訳にはいかない。
「先頭の景色を見るためには、自分のしたいことだけやっていればいいと思ったか?俺がきちんとトレーニングを組んだ後に走らせてくれると期待することはできなかったか?君にとってはどれも心にもないことだったか。」
「そんなことありません!トレーナーさんの作ってくれるトレーニングはどれも楽しくて、毎日充実してるんです。ずっとトレーナーさんの元でやっていきたいんです。だからそんなこと言わないで……」
目には涙が浮かび、映っていた俺の姿がゆらゆらと揺れる。だが本質では走ることにしか頭がないと分かっているから、それをひたすら楽しんでいると分かっているから腹が立った。
「それをして大怪我をしたらどうするんだ!お前の好きな走ることというのは危険と隣り合わせなんだぞ!知っているだろう、全力で走って体を壊し引退するしか無かった先輩たちを!」
気づけば淡々とした口調は崩れ、怒鳴り声を上げていた。
彼女はビクリと体を震わせ、驚いたような表情を浮かべる。
いや、これ以上怒鳴るのは良くない。怒鳴るためにこうしているわけではない。彼女のためにしていることを忘れてはいけない。
「済まない、怒鳴ってしまって。でも、こうした関係をこれ以上続ける訳にはいかない。」
おもむろに立ち上がって1歩出口に向かって踏み出す。
「いいか、俺は君が納得して理解するまで口を聞かない。今後どうするか決めたらいい。自由に走りたければ契約を解除しろ。」
ウマ娘にとって最も恐れるその言葉を聞いて、スズカの顔はいよいよ白くなる。
「何があっても次の段階に進むまでトレーニングは組んでやる。それじゃあな、「サイレンススズカ」。」
やりすぎだとは思わない。これも彼女のためだ。
歩き出してトレーナー室のドアノブを捻る。
ドアを開けようとした時、後ろから衝撃がくる。
「ゃだ……。」
「え?」
きつく抱きしめられ慌てた思考で彼女に聞き返す。
「嫌です……嫌です……捨てないでください……。」
「お、おい……。」
あまりにも弱々しく、今にも消えてしまいそうな声に心が乱される。こんなに弱くなった彼女は初めて見た。普段の彼女はおろか、レースに負けた時でさえ見られないような弱さに動揺する。普通なら、こんな様子を見たらすぐ許してあげてしまうだろう。だが、俺の中にしまい込んでいたある感情が呼び起こされるのを感じる。普通はみることの出来ないこうした状況にやられたのか、つい言葉がこぼれる。
「やめろ。そんなことでは俺は揺らがん。」
そのまま強引に扉を開け1歩踏み出す。
「待って、待ってください。」
さらに後ろから強く抱き締められる。
あまりにも弱ったその姿を見ても俺の口は止まらなかった。
「
強かった手の力がすっと抜け、するりと手から抜け出した俺は部屋の外に出る。呆然と立ち尽くしたスズカをチラリと見て、静かに扉を閉めた。普通なら罪悪感にまみれてしまうだろうが、俺にはわずかな興奮と微笑の浮かんだ顔があった。
*
翌日、彼女の姿は見当たらなかった。教室と校舎を一通り見て回ったが、見当たらない。休みか?と思った直後、彼女の同室のスペシャルウィークから声をかけられる。彼女の話からしても彼女がどこにいるか分からないようだった。俺はそのままトレーナー室に向かう。俺にはどこにいるか、確信に近いものがあった。
トレーナー室に着いてドアノブを捻る。押そうとすると、途中で少し抵抗がある。1人分通れる隙間を作って体をねじ込む。そうして床を見下ろした瞬間、確信に近いものは確信へと変わる。床に倒れ伏して寝息を立てる彼女の目元は赤かった。昨日からずっと泣き続けていたのだろう。しゃがみこみ、彼女の頬に流れる涙を指で拭う。そっと彼女の身体の下に手を差し入れ持ち上げる。ソファに運ぶと、静かに下ろしバスタオルをかける。そのまま彼女の頭を持ち上げ、瞬間躊躇ったあと自分もソファに座る。これは正しいことでは無いと思いながらも、自分の深層にある意識が徐々に頭をもたげるのを感じる。それにこれを呼び起こしたのは彼女なのだから……。
「ふわ……、あ、え?トレーナーさん?」
目が覚めたスズカが慌てたように体を起こす。それもそうだろう。昨日突き放された相手に膝枕なんてされていたら。
「スズカ」
いつものようにそう呼びかける。
「あっあっいやっ!」
スズカは混乱したように耳を抑えて体を折る。
そんな彼女の手を取って口元に近づける。
「スズカ、聞いてくれ。」
怯えたような目が俺に突き刺さる。
「俺はお前が好きだ。」
「えっと、えっ…………?」
「お前の走りが好きだ。そしてお前自身が好きだ。」
「な、なんですか急に……。」
さらに混乱の深まった彼女に向かって俺は畳み掛ける。
「初めて見た時から惹かれていたんだ。君は走る時すごくキラキラしていて、俺はその助けになりたかった。だから、君が怪我をするかもしれない状況を許す訳にはいかなかったんだ。」
それを聞いて彼女の耳はまた萎れる。
「本当にごめんなさい……。今はすごく反省しています。」
そんな彼女の手を強く握って言う。
「いいんだ、一晩中泣いて考えたんだろう。それを見て許さないなんてことはないよ。」
「泣いてたのバレてたんですか……。」
「後で鏡見てごらん。」
そう言って彼女の目元を親指で拭う。
「それで、お返事は?」
「え、えっと……。」
「勇気をだして伝えたんだ。答えてくれないと困るな。」
彼女の顔が真っ赤になり、忙しなく尻尾と耳が動く。
「その、私もトレーナーさんが、好き、です。」
「ありがとう、俺も好きだよ。」
湯気が出そうな勢いで顔の赤さが増し、彼女は顔を伏せる。
「でもね、俺の言うことはちゃんと聞かなきゃダメだよ?」
顎を持って顔を上げさせ、威圧するように彼女を軽く睨む。
スズカは少し怯えたような表情を見せ、後ろにたじろぐ。
「わ、分かっています。絶対従います。」
その表情を見て、俺の中の優越感と支配欲のようなものが疼く。ぞわりと背中をはうような興奮が襲い、表情が緩むのを抑える。彼女がこうした態度を見せるのは俺だけなのだ。俺だけが知っている。世間では凛々しいと思われている彼女が俺の手のひらの上で転がされていると思うと興奮が収まらない。頭をそっと撫でて顔を近づける。
「いいよね?」
何がとは言わず、NOとも言えないような口調で迫る。
「聞かないでください……。」
また俯いてしまった彼女の顔を持ち上げ、目を瞑らせた。
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