サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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その子に手を下すな
あなたが神を畏れる者であることがわかった
あなたは独り子である息子ですら惜しまなかった
わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう
地上のあらゆる民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る

――創世記     









壱) ANGEL-03  SACHIEL
01-01 錨は巻き上げられ炎の時代が始まる


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 国際連合直属非公開組織 特務機関NERV、その総司令である碇ゲンドウは当惑していた。

 威圧的な、余り表情を浮かべない相貌一杯に理解出来ないと言う感情を浮かべていた。

 手には1枚の紙 ―― 便箋がある。

 

 来い、と書いて息子に送った手紙への返事だった。

 来いと書かれていた部分に赤いマジックペンで上書きされた文字は3つ。

 いかん(行かない)、であった。

 

「何故だ?」

 

 誰も居ないNERV総司令執務室。

 広く明るく開放的ながらも天井と床に寒色を配置する事で、来客者に対する心理的効果(プレッシャー)を計算し尽くして作られた部屋の中で、その主は誰に問うまでも無い言葉を漏らしていた。

 眼鏡を外して瞼を揉み、そしてもう一度、便箋を見る。

 間違いなく、拒否(いかん)の文字。

 

 招聘しようとした息子、碇シンジは碇ゲンドウにとって積年の大望、長い歳月を掛けて準備していた人類補完計画、その大事な、最後の鍵であった。

 それが来ないと言う。

 思春期の、親と離されていた子どもが、親からの手紙を貰えばホイホイとやってくるだろうと考えていた。

 雑に考えていた碇ゲンドウの思惑は、シンジからの明白な拒絶によって頓挫しようとしていた。

 

 

 

 

 

 NERV本部の上級者用歓談(休憩)室、通称終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)

 重職にある者が、部下の目を気にせずに休息を取れる場所として用意された場所であり、その通称は()()()()()()と言う上級者の状況への皮肉(アイロニー)めいた命名であった。

 尤も、その長ったらしい(英国趣味めいた)名前を呼ぶものは稀であり、一般には()()等と呼ばれていた。

 

 佐官以上の階級を持った人間でなければ利用できないとされている歓談室は、国際連合と言う、ある種の貴族趣味めいた組織の下部にあるが為、日本人的感覚から言えば些か以上に華美だと思う様な内装の施された大きな部屋であった。

 シンプルで上品な調度が揃えられた部屋の一角、セカンドインパクト以降では高級品を通り越して()()と言う様な冠が付く本革のソファセットで、2人の女性が言葉を交わしていた。

 机の上に散乱する資料。

 モニターの点いているノートパソコン。

 表示されているのは、線の細さを感じさせる中性的な雰囲気の少年だった。

 タグにはShinji Ikariと書かれている。

 無論、碇ゲンドウの息子、シンジの身上書であった。

 傍らには真っ赤なインクで機密との文字(スタンプ)が打たれた書類、人類補完委員会直属の諮問機関であるマルドゥック機関からの報告書も置かれていた。

 

 

 ソファに背を預け、煙草を吸っていた女性が、足を組みなおしながら尋ねた。

 

「で、ミサトが迎えに行くと」

 

「迎えと言うか()()ね」

 

 わずかばかりの苦みを添えて問いかけに応えたのは、NERVの実務部隊を統括する戦術作戦部作戦局第一課の課長、葛城ミサト中佐だった。

 まだ29歳と若い女性士官だ。

 紫がかった髪を伸ばして凛々しさと若々しさを漂わせている女性、その深紅の制服の襟元には中佐の階級章が真新しくも輝いており、彼女がエリートである事を示していた。

 実際、偉いのだ。

 実務部隊で言えば序列第1位、NERVを見渡しても各支部長クラスを除けば総司令と副司令に次いだ№3の地位に居るのだから。

 とは言え、正式な階級では無い。

 本来は大尉である。

 30歳を越えず大尉と言う時点でも十分に優秀であるのだが、中佐の配置となっている理由は、NERVがまだ設立されてから5年目と言う若い組織であるが為の人員不足 ―― 適切な戦術作戦部の部長、或いは作戦局局長クラスの人間が居ない事が理由だった。

 当初はNERVの上部組織である国際連合を介し、その実務部隊である国連統合軍(UN-JF)からの人員派遣を受ける予定であったが、UN-JF側も佐官級の慢性的な人員不足を抱えているが為、派遣要請に対応する事を先送りしていた結果だった。

 

「作戦局はお暇なのかしら?」

 

 皮肉めいた口調で言葉を重ねて来るのは、此方もNERVの重鎮である赤木リツコだ。

 綺麗に染められた金髪が特徴的な才媛は、青を基調とした技官服の上に白衣を着こんで居る。

 NERV技術開発部技術局局長であり、軍事的教練も受けていない技術部門の人間である為に階級が正式には与えられていないが、それでも()()()()技官としての待遇を得ている。

 赤木リツコは葛城ミサトに次いで、NERVの序列第4位(№4)の位置に居る。

 この2人がNERV現場統括者である為、今、この歓談室は事実上のNERVの中枢と言っても良かった。

 尤も2人の空気は重くない。

 軽いと言っても良い。

 何故なら葛城ミサトと赤木リツコは大学以来の同級生であり、同僚であると言う事以前に友人であるからだった。

 

「ま、現段階で作戦局に出来る事なんて無いもの、仕方ないわよ」

 

 葛城ミサトの口調には、納得しているという感じはない。

 赤木リツコ以上に雑な姿勢で足を組んで、ソファに体重を押し付けている姿からは、面倒くさいと言う感情(オーラ)が如実に溢れていた。

 野戦任官とは言え中佐の人間がする仕事ではないと言うのが正直な感想であった。

 適当な部下を見繕って送りたいと言うのが本音であった。

 そもそも、地味に葛城ミサトは怒っていた。

 碇ゲンドウの手紙に自身の()()()()()()()()()を添付していたのに無視されたと言う事が、地味に地味に彼女のプライドを傷つけていたのだ。

 思春期の()少年なら秒で来い、来るだろう。

 そう思っていたのだ。

 それがこないの文字(フラれたの)だ。

 面白く無いと思うのも当然であった。

 とは言え悲しい宮仕えの身。

 碇ゲンドウからの直接命令であるのだから、身を入れてせざるを得なかった。

 

「本音は?」

 

「可愛くない。ムカつく」

 

 素直で結構。

 そう笑う赤木リツコであったが、煙草の火を消すと、少しだけ真顔になる。

 

「でも失敗は駄目よ、ミサト?」

 

「判ってるわよ。碇シンジ、3人目の資格者(サード・チルドレン)。エバーに選ばれた子ども。良いわよしっかりやるわよ」

 

「貴方の可愛い部下になるのだものね」

 

「………そうね」

 

 少しばかり内面の苦々しさが浮き出てきそうだと自覚した葛城ミサトは手元のコーヒーカップを呷る。

 ヌルい、砂糖もミルクも入っていないソレは、期待通りの味だった。

 不味い。

 不味いと言う気持ちで表情を染めた葛城ミサトは、しかめっ面のままにシンジの書類を取る。

 

 葛城ミサトの言うエバー、エヴァンゲリオン。

 NERVの最大戦力、汎用ヒト型決戦兵器エヴァンゲリオンだ。

 世界を救う鍵、人類の試練に立ち向かう盾にして矛。

 その3人目の操縦者として選ばれたのだ、碇シンジと言う少年は。

 

「子どもを戦場に送る、か。ワタシらロクな死に方は出来ないわね」

 

「それで人類が生き残れるなら、悪い取引じゃないわ」

 

 新しい煙草を取り出し、咥えた赤木リツコ。

 その横顔には、偽悪めいた昏さがある ―― 少なくとも葛城ミサトにはそう見えていた。

 誰も割り切れるものでは無いのだ。

 子どもを戦場に送ると言う事に。

 

 乾音

 

 カチンっという金属音と共に、灯が点り煙草が紫煙を上げる。

 深く息を吸って吐く。

 決して美味しそうに感じさせない仕草は、さながら贖罪の如くであった。

 だからこそ、葛城ミサトは明るく言葉を紡ぐ。

 

「そうね。シンジ君も、他の子どもたちからも、後ろ指指されながら給料泥棒って罵られる未来が欲しいわね」

 

 願い。

 或いは人の夢、即ち儚さ。

 だがそれでも葛城ミサトは希望を口にしていた。

 

 

 

 

 

 ある種の悲愴な決意と共に、碇シンジを迎えに行った葛城ミサト。

 第3新東京市からヘリコプター(UH-1)で厚木の飛行場へと移動し、そこからNERV専用の人員輸送用ビジネスジェット(ガルフストリーム V)で一路、南に飛ぶ。

 行く先は碇ゲンドウの身内であり、シンジを預けた先。

 日本の西南端、鹿児島であった。

 

「暑いわね」

 

 エアコンの効いたガルフストリーム Ⅴから一歩出た途端に、葛城ミサトは愚痴っていた。

 それも仕方の無い話である。

 理由は服装にあった。

 何時もの赤い、佐官級スタッフ向けの略装ではなく、黒を基調としたNERVの礼装を着こんでいたのだから。

 襟元のボタンまで締めて、一部の隙も無い姿だ。

 だからこそ、鹿児島の暑い日差しに耐えかねたのだ。

 

 この正装、別に伊達や酔狂では無い。

 一度、召喚を拒否した相手を迎えに行くのだ。

 それも、無理にでも連れて行こうと言うのだ。

 だからこそ礼を尽くし、そして同時に威圧する目的で着こんで居るのだ。

 更には護衛と言う名目でNERV保安諜報部から2名の、厳つく背広を着こんだ保安部員(シークレットサービス)まで駆り出していた。

 

「中佐殿、車が来ました」

 

 護衛の片割れが、手配していた車を空港スタッフから受け取ってきたのだ。

 黒いセダンだ。

 豹のようなしなやかな仕草で、助手席に乗る葛城ミサト。

 ここの辺りの行動様式は、貴族趣味めいた欧州風では無く仕込まれたUSA式だ。

 

「目的地、判っているわね?」

 

「はい、確認済みです」

 

「動向に関しては?」

 

「先行していたスタッフが把握しています。学校からの帰宅後、近所の訓練所に居るとの事です」

 

 ()()()と言う言葉に、聊かの疑問を感じたが、直ぐにそれを脳裏から追い出した葛城ミサト。

 父親(碇ゲンドウ)からの召喚を断った理由が、本人にせよ周辺の家族にあるにせよ、権威と威圧で押し切る所存であった。

 恨まれてもよい。

 いっそ、恨んで欲しい。

 だが、それであってもエヴァンゲリオンに乗らせる為に、NERVへと拉致る。

 その決意があった。

 

「結構。車を出して」

 

はい、中佐殿(イェス、マム)

 

 

 

 奔る黒いセダン。

 高台にある鹿児島(溝辺)空港から降りて一路向かった先は、神社であった。

 セカンドインパクトの影響か、近隣の建物は倒壊し、或いは更地となっている中で、木々に囲まれ古い風情を漂わせた神社は往年の風格を損なわぬままに、そこにあった。

 先に言われた訓練所、と言う言葉と、この神社に何の関連性が、と思いながら車の扉を開けた葛城ミサトの耳が、異音を捉えた。

 金属的ではない乾いた音。

 乾いた木の音。

 そして何かの叫び声。

 

「ナニ?」

 

 獣めいた叫びにも聞こえた。

 とは言え、少しばかり距離があるのか、脅威には感じられない。

 とは言え念の為にとばかりに、礼装と言う事で腰に、革のホルスターに入れて差している拳銃(H&K USP)を確認する。

 それはセカンドインパクト世代(戦乱期を越えて来た人間)特有の、自然に発露した自衛行動の一種であった。

 周りは常に敵。

 そういう世界(地獄)で生きてきたのだから。

 

「大丈夫です、アレは掛け声ですよ中佐殿」

 

 先行して現地入りしていた連絡員が、苦笑と共に教える。

 この辺りの()()だと言う。

 その言葉に誘われて歩いた葛城ミサト。

 神社の境内に入れば、獣めいた声は次第にはっきりとしたものと鳴る。

 

「キィィェェェェェェェッ!!」

 

 狂声、或いは絶叫。

 甲高いソレは、かろうじて人の声 ―― 喉から発せられたとは判るが、それが何なのか、葛城ミサトには判らなかった。

 だからこそ進む。

 狂気は常に見てきた。

 飢えれば人は幾らでも凶行に走る。

 そんな日々を見てきたのだ。

 恐れるモノは何もない。

 そう思って進んだ葛城ミサトが見たのは、まだ少年少女たちが一心不乱に木刀を振るう姿であった。

 絶叫と共に一心不乱に木刀を振るっている。

 素振りでは無い。

 横にした枝の束横木へと、狂を発したと言わんばかりの勢いで一心不乱に叩き込んでいるのだ。

 声が枯れた、息が切れるや否な、後段に控えていた別の子どもと入れ替わり、又ふたたび、一心不乱に叩き出す。

 

「ナニ、コレ?」

 

 思わずつぶやいていた。

 剣、木刀を振るっているけども過去に見聞きした剣道とは絶対に違う。

 国連統合軍時代に散々に叩き込まれた銃剣道だって、もう少し文明的だ。

 隣を見た。

 案内役であった連絡員が訳知り顔で教えてくれた。

 

「剣道じゃないですよ、古流剣術です」

 

「ハァ?」

 

「薬丸自顕流と言うんだそうです」

 

「………そう、凄いわね……………ねぇ、まさかシンジ君って?」

 

「はい、あそこに」

 

 連絡員が指さしたのは、横木打ちをしている子どもたちの中にあって、一層強烈苛烈に声を張り上げて木剣を振るっている少年だった。

 鬼気迫る勢いだ。

 

「あー うん。判ったわ」

 

 生気の抜けた声で呟く葛城ミサト。

 何が判ったとは言わない。

 言えない。

 只、オンナの勘であろうか。

 猛烈に帰りたいと言う気分に襲われたのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れの中に沈むNERV総司令執務室。

 一仕事を終えて戻ってきた主、碇ゲンドウ。

 各支部との折衝や国連の上部組織である人類補完委員会への報告と言った面倒臭い仕事の数々は、この厳つい男の顔にも疲労と言う彩を与えていた。

 だが、ソレを意に介する事も無く執務室の先客、応接セットのソファに座った初老の男、NERV副司令である冬月コウゾウが言葉を掛ける。

 視線は応接セットのテーブル、そこに用意された将棋セットから動かさぬままに、まるでそれ以外は些末事であるかのような態度で()()()()

 

「碇、葛城君から連絡があったぞ」

 

「そうか」

 

 冬月コウゾウの態度を咎める事も無く、碇ゲンドウは自らの(玉座)に腰を下ろした。

 

「帰還予定は?」

 

「明日、連れて来るとの事だ」

 

「そうか…………」

 

 寂れた声で、シンジが来る事を確認した碇ゲンドウは天井を見上げた。

 NERVのロゴと、デザインされたイチジクの葉。

 イチジクが示すのは幸福、平和、豊かさ。

 それは願いでもある。

 だが、是よりNERVが進む道に、それらは無い。

 

「良いのだな?」

 

「他に道はありませんよ、冬月()()

 

 天井を見上げたままに、もはや後戻り出来る場所など無いと断言する碇ゲンドウ。

 冬月コウゾウは、その姿を一瞥し、その上で答える。

 

「ならば進むほかあるまいか」

 

 それは祈りにも似た言葉であった。

 

 

 

 

 

 




尚、シリアスなのはこの話位だと思うナァ

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