【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 作:◆QgkJwfXtqk
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「さて、洗いざらいに吐いてもらうわよ」
雄々しくも背筋を伸ばし、顎を引き、
場所はNERV本部の地表施設に設営されている食堂だ。
正確には軽食スタンドだ。
著名な
無論、店員は正式なNERV職員であり、この店舗の為にフランチャイズグループに研修に派遣され勉強をしていた。
勤務中は施設外への自由な外出が出来ないNERVスタッフ向けの福利厚生施設と言う塩梅であった。
故に24時間営業となっている。
とは言え、今の時間はお昼過ぎ。
ランチタイムも終わり客もまばらになっていた事から、霧島マナの宣言も周りに迷惑を与える事は無かった。
だからこそ、この店舗に来たとも言えた。
兎も角。
首元のボタンまでチキンと締めた制服姿と相まって、霧島マナの姿は実に力強かった。
その雄姿に、素直なマリ・イラストリアスは手を叩いて喜んでいた。
無論、それ以外の
俯き加減で顔に陰が入って居て、ブツブツと呟いているディピカ・チャウデゥリーもいる。
自分が
尚、綾波レイだけは興味半分と言うか、霧島マナを筆頭に盛り上がっている理由が理解出来ず、甘い甘いカフェオレを堪能していた。
そして惣流アスカ・ラングレー。
被告人宜しく、6人の中で一番奥の席 ―― 逃げられない席に座らされていた。
何とも言えない表情をしている。
「いや、聞かれたら応えるけど、何でアンタ達、そんなに盛り上がってるのよ?」
素直に言えばドン引きしていた。
アスカはその人生の大半を
だからこそ、自分が付けている指輪の
「それ勝利者の余裕? 余裕なのよね!」
だからこそ、
と言うか、ディピカ・チャウデゥリーもギンッとばかりにアスカを見た。
本当に目力が強い。
「
俯き加減故に黒い髪の隙間から見える目は、その浅黒い肌と相まって深淵めいてアスカには見えていた。
迫力である。
或いは気迫。
ディピカ・チャウデゥリーの圧に少し身を逸らしながらアスカは抗弁する。
「残念ながら違うわ」
チョッとだけ残念そうに指輪に触れるアスカ。
白魚の様なとはとても言えない傷跡の多い鍛えられたアスカの指。
そこに嵌められた銀の指輪は傷一つ無く、磨かれた純銀らしい渋い煌きを放っている。
否、1本 ―― 1線だけ引かれた紫の色。
それを誤解する人間は、ここには居ない。
紫色とは即ちエヴァンゲリオン初号機の、碇シンジの
「アタシは
「え? 誰が反対したの?」
驚きの声を上げたのはアスカの
誰がと声を上げているが、誰が反対したのかと言うよりも、誰の反対に対してアスカが折れたのかと言う点での驚きであった。
洞木ヒカリはアスカに聞いていた。
惚気半分に、アスカの実家でシンジは認められているし、シンジの実家でもアスカは良くしてもらったと言う事を。
だからこその疑問であった。
そんな洞木ヒカリの声、誰もが見守る中でアスカは困ったような、照れた様な顔をしてみせた。
「
「お父さんが?」
「婚約でも、あんまり早くされると寂しいって言ったのよ」
漸くながら、仲が修復したのだ。
その関係修復を助けてくれたシンジの事をヨアヒム・ランギーとて評価していたし、アスカが好きだと言う気持ちも尊重したいと思っても居た。
だが、まだ14歳だ。
まだ早い。
もう少しだけ我が家の娘というだけで居て欲しい。
親だと言う思いをさせて欲しいと、男泣きに泣きながら、主張されてしまったのだ。
アスカに、その思いを無下に出来る筈もなかった。
アスカの誕生日祝いと言うだけの気分で鹿児島は隼人碇家を訪れていたヨアヒム・ランギーにとって、妻であるベルタ・ランギーとシンジの母親である碇アンジェリカが世間話の態で婚約話などを始めてしまったのは想定外であった。
無論、ベルタ・ランギーにせよ碇アンジェリカにせよ、シンジとアスカの善意だけでの話だというのは理解出来た。
でも、愛娘との心の距離が漸く縮まった所なのだ。
それはもう、泣くと言うモノであった。
ヨアヒム・ランギーが強硬に、そして感情的に反対するのではなく泣いて寂しいと嫌がっているのだ。
アスカも誰も、その思いに反対も反発も出来なかった。
だから、である。
尚、ヨアヒム・ランギーの
そして翌日。
さっそく買って来たペアリング、相手の色と自分の名を刻んた1対の指輪を嵌めたシンジとアスカを見た碇アイリが憧れ、自分も碇ケンジとで欲しいと言い出して碇ケイジが心理的大ダメージを負い、今度はヨアヒム・ランギーが飲みに誘うと言う一幕があるのだった。
兎も角。
「コレは只のペアリング」
天井に翳すように己の指輪を見せるアスカ。
只の親密さを示すだけの指輪だと言う。
シンジが持つ指輪は、同じデザインで同じ純銀製。
違いは赤いラインが1条入っている事と、シンジの名前が掘られていると言う事。
とは言えシンジは指に嵌めるのではなく、革紐で首から下げる事を選んでいた。
アスカとしては
いついかなる時であれ、保衛部第2課の
守れる様に居たいとシンジが言ったのだ。
それはそれで、アスカの乙女心と言うモノを打ち抜く発言であった。
そんな、隼人碇家での一幕を俯き加減で、頬を桜色に染めてアスカは説明するのであった。
自覚は無い。
だが、糖度の高さは果てしなかった。
「コーヒーが飲みたいわね」
「口の中が甘い感じがする」
「………
「アイスのブラックで良いわよね? 私、買って来る!」
「私、甘い奴!」
「ナニよ、その反応!?」
襟元にパタパタと風を送る娘が居たり、アイス珈琲を買いに行く娘が居たり、俯いてたままへばってる娘が居たり、幻の甘さを口腔内に感じている娘が居たり。
約1名、全く関係なしに甘い珈琲をリクエストしたマリ・イラストリアスが居たが、概ね、何とも言い難い雰囲気になり果てていた。
「なによ!?」
唐突の変化に驚いたアスカに、洞木ヒカリはトドメを刺す様に言った。
「ご馳走様って事よ、アスカ」
「はぁっ!?」
人類補完計画。
一番上の紙に大きく書かれている、クリップで綴じられた紙の束。
そして、
A4紙で印刷されたソレは、正直な話として薄い。
10枚も無いページ数だ。
だが、葛城ミサトには重く感じられた。
「集大成、ね」
背もたれに背を預け、力を掛ける葛城ミサト。
その程度できしむ程に安い椅子では無い。
だが、座り心地が良いとは言い難かったのだ。
場所は葛城ミサトの自室 ―― 作戦局局長執務室だった。
人類補完計画関連は機密レベルが高い為、関連書類などの執務室からの持ち出し禁止となっていたが故の事だった。
「後片づけよ」
感慨深い葛城ミサトに対し、さしたる感慨も無く言い切ったのは赤木リツコだ。
さもありなん。
その実務的な部分をまとめ上げたのは赤木リツコと技術開発局であったのだ。
人類に置いてA.Tフィールドを理論的に理解すると言う意味で随一の人間であるのが赤木リツコであり、赤木リツコに率いられたNERV本部技術開発局であったのだ。
ある意味で当然の結果であった。
当然ではあっても、大変な計算その他を担う事になったのだ。
赤木リツコがウンザリした気分になるのも当然というものであった。
しかも、である。
国連安全保障理事会での説明会等で、責任者を呼んで説明させろ等と
これは人類補完計画と言うモノが持つ影響の大きさが理由であった。
だが、既に14年からの月日が経過し、今の
今更に基に戻すと言われて、はいそうですかと簡単に納得できる話では無かった。
特に、この環境で利益を得る様になった国々にとっては。
海面上昇と
水位の上昇は沿岸域で莫大な規模の人的被害が発生させ、10年を超える戦乱を引き起こす原因となったが、同時に、海水が内陸側に
しかも、気温は低下したのだ。
地軸の復旧と言う人類全体としての意義は理解しても、この環境を手放したくないと思うのは仕方のない側面があった。
とは言えヨーロッパを筆頭に、日本も現状の気象環境その他で現状に耐えがたいと言うのが本音であるのだ。
正に
国連安全保障理事会で
とは言え巻き込まれる側の人間にとっては堪ったモノではない。
赤木リツコは政治の被害者であると言えるだろう。
尤も、その対価と言う訳ではないのだが、国連安全保障理事会の人類補完計画特別関連会議には碇ゲンドウもNERV総司令官として出席しているのだ。
往復では
ある意味で労働に飴も用意されている感があった。
とは言え同行者たる碇ゲンドウ。
こちらは
口数も日頃よりも大きく減っていた。
が、
赤木リツコはソレはソレで良いと、常よりも陰影の加わった碇ゲンドウに美味しさを感じていたが。
兎も角。
精神的な余裕は兎も角、肉体的な疲労は蓄積している赤木リツコ。
喫煙量はうなぎ登りになっていた。
「で、元に戻るの?」
「戻るわよ、多分」
「多分?」
「実証試験とか出来ないんだもの。だから
「そうなるカァ」
紫煙を盛大に吐き出しながら嘆息する葛城ミサト。
此方は疲労が原因では無かった。
使徒を倒すと言う人生の目標が終わってしまい、仕事への
切実に癒しを欲していた。
肉欲と言う意味では、
と言うか、加持リョウジの状況は洒落になっていなかった。
それはもうNERVの
現時点でテロ等の兆候は無かったが、決して油断できるモノでは無かった。
「まさか、使徒との戦争が終わってからが面倒になるとは思わなかったわ」
「そうね。人類の敵と言う箍が外れてしまい、めいめいが自分の利益を求めだしたって事かしらね」
「
「あら。キリスト教自体でも四分五裂のいがみ合い。親戚な筈のイスラムとユダヤなんて酷い事になっているのよ? 例え親兄弟でも殺し合うってものでしょ」
「そう言えばカインとアベルもあったわね」
「
「
肩を竦めた赤木リツコに対し、葛城ミサトはヤサグレた
「しっかしエバー4機、全部南極で飛ばすって豪快な話よね」
「環境がどうなるか判らないのだもの、仕方が無いわよ」
人類補完計画の要となる4機のエヴァンゲリオン。
最初は、安定して作業を行う為に船舶に乗せて4方に配置する予定であったが、共振させるA.Tフィールド ―― その全力稼働によって南極の環境がどうなるか予測が難しかった為、F型装備で4機とも飛ばすと言う話になっていた。
外装式に
FⅡ型装備は
とは言えFⅡ型装備は暴走への安全策として自律は出来ても、単独で自立でき無い様に設計されていた。
全てが、接続したエヴァンゲリオンの管理下行う様にしてあったのだ。
そこまでしているのにエヴァンゲリオン本体に
人類は自らの手で自らの支配者を生み出さない様に注意していたと言えるだろう。
そして同時に、ある程度の自律性あればこそFⅡ型装備が開発された目的、人類補完計画発動時に空中を飛びながらA.Tフィールドの
そう言う設計思想であった。
尚、α型とω型の2つのバリエーションが予定されていた。
エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機向けのα型と、エヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機向けのω型である。
違いは、オプションパーツの差となる。
α型は近接白兵戦への対応力を高める為の高機動型であった。
ω型は遠距離砲戦を効果的に行う為の安定重視の重装甲型であった。
「完成しそうなの、
「目途はついてるわよ? 制御周り、Bモジュール開発特務班の所でやってもらったけど。良い仕上がりになりそうだもの」
「Bモジュール班? あそこ、班長入院で開店休業状態じゃなかったの??」
「Dr高原ね。治癒の経過が良好過ぎて暇だから仕事が欲しいって言って来たのよ」
定期診断でガンに侵されている事が判明したディートリッヒ高原。
だが渚カヲルの貰らした情報を基に劇的な進歩を遂げる事となった再生医療によって峠は越していたのだ。
A.Tフィールドが持つ、人が人の形を維持しようとする力の側面を利用しての事であった。
現時点では医療コストがバカ高いと言う側面はあったが、それでもA.Tフィールドの医療分野への応用は人類の医療業界に革命的と言う言葉でも生温い、とてつもない光量で現れた希望であった。
「高原班長が
「あら? 私は本人の希望に沿っただけよ」
開発されるFⅡ型装備。
それは技術的な意味で人類補完計画実行の土台となるモノであった。
であればこそ、ディートリッヒ高原も燃えていたのだ。
ディートリッヒ高原には家族が居る。
敬愛する母、愛すべき婚約者と大事な妹が居る。
その大事な人々が今後も健やかに暮らしていける一助に自分が成れると思えば、力も入ると言うものであった。
「ま、なら後はシンジ君たちの連携訓練ね」
「連携、と言うか同調?」
「なる訳よ。只、シンジ君とアスカでやった
「それで音楽?」
「そっ。幸いに4人で休みな日に楽器持ち寄ってやってたから、それを業務で
「
「人類は自らの全てで苦難を乗り切るのよ」
「それでコレ__ 」
赤木リツコは葛城ミサトの机の上に置かれていた予算書を見ていた。
バイオリンなどの練習に必要な消耗品などが記載されている。
「あら?」
と、赤木リツコの鋭利な目が驚きに丸くなった。
その予算書には、音楽の練習とは関わり合いが少ないモノが乗せられていたからである。
ペンダント1式と書かれていた。
「あ、それ? ほらシンジ君とアスカがペアリングしてるじゃない。それで、自分たちもそう言うのが欲しいってレイが言い出して、で、カヲル君まで乗っちゃって2人して主張したから、チョッち碇司令にお伺い立てて付けた訳よ」
「あー」
それでか、と納得した赤木リツコ。
最近落ち込み気味の
宥め賺して蕩かして、搾り取って聞き取ろうとしても頑として口を割らなかった理由。
それを把握したのだった。
紫煙に塗れても尚、艶やかな唇を楽し気に歪める赤木リツコ。
親密ではあっても親娘めいた距離感ではなかったにも拘わらず、情緒の育ちつつある
さて、と内心で呟く。
今宵、如何にして
そんな俗な事の為に、その虹色の脳細胞が全力で回るのであった。
今、赤木リツコは人生を心底から謳歌していると言えるだろう。
復活の予定されている碇ゲンドウの嘗ての妻、碇ユイの問題はある。
碇ゲンドウが何を選ぶか。
碇ユイが何を選ぶか。
先は全く判らない。
だが、先が判らないからと言って今を楽しまない理由は無いのだから。
御殿場の繁華街にある楽器屋に来て、必要な消耗品を一通りそろえたシンジ達。
そして徐に向かったのは銀細工店であった。
意気揚々と歩く綾波レイ。
ぞろぞろとその後ろを歩くのが渚カヲルにシンジとアスカ。
そして鈴原トウジが居た。
「しかしトウジ君が一緒に来るなんてね」
含みのある形で笑いながら言葉を紡ぐ渚カヲル。
「
胸元に下げた
その反応に少しだけばつの悪そうな顔をする鈴原トウジ。
シンジが指輪を首から下げていたのを見て散々に、軟派だ何だと
そう言う風に返されるのも仕方のない話であった。
「いや、
「ヒカリ?」
「ヒカリ?」
異口同音に名を呼ぶシンジと渚カヲル。
口元は同じ角度で歪んでいる。
愉悦の感情が漏れ出る形だ。
常日頃、鈴原トウジに揶揄われる側であったのだ。
今日はこれ幸いとばかりに揶揄い返すのも当然と言うモノであった。
「五月蠅いワイ」
頬を染めて言う鈴原トウジ。
「委員長じゃなくても良いのかい?」
「名前を読んで欲しいゆうて言われたんや__ 」
「
「うっ、五月蠅いわい! 何時も世話になっとるんじゃ!! それ位は、頼まれたんやったらするのが男ちゅうもんや!!!」
顔を真っ赤にして吠える鈴原トウジ。
それでも尚、好きだと言う気持ち。
愛しいと言う思い。
そういうモノが溢れていた。
鈴原トウジと洞木ヒカリはまだ付き合っては居ない。
そういう言葉を交わしてもいない。
だが心はもう、繋がっている部分があった。
だからこそ今日、鈴原トウジはシンジ達に付いて一緒に銀細工店に行くのだ。
洞木ヒカリがアスカの指輪を羨ましく見ていたと言う理由で。
店の場所を知り。
店舗内を見て、品ぞろえを
実に健気であった。
「ホント、実に君は優しい男だよ」
「
「おんどりゃ、覚えとれ」
「こわいこわい」
「
男衆は実に馬鹿な会話をしていた。
対する女衆、アスカと綾波レイの会話も
「改めて言っとくけど、指輪は駄目だからね?」
「駄目?」
懇願。
上目遣いな綾波レイの顔。
だが今日は、この事だけは譲れないとばかりに拒否するアスカ。
「駄目!」
アスカの指輪、シンジとの
だが、だからと言って自分達まで含めて
何より、綾波レイは良いが、
或いは、渚カヲルがシンジと同じ指輪を身に着けると言う事も、頑として許せぬ事態であった。
綾波レイは可愛い。
頼み事は大抵は何でも受け入れて良いとすらアスカは綾波レイを受け入れていた。
だが、この件だけは別であった。
それは正に、乙女の意地であった。
「どうしても駄目?」
「どうしても駄目!」
昼過ぎの時間。
それは