サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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「さて、洗いざらいに吐いてもらうわよ」

 

 雄々しくも背筋を伸ばし、顎を引き、座った目(ガンギマッた目)で宣言するのは霧島マナであった。

 

 場所はNERV本部の地表施設に設営されている食堂だ。

 正確には軽食スタンドだ。

 著名なフランチャイズカフェ(軽食&珈琲店)が入っている為、その内装は一般向けの店舗と同様に、お洒落感が強かった。

 無論、店員は正式なNERV職員であり、この店舗の為にフランチャイズグループに研修に派遣され勉強をしていた。

 勤務中は施設外への自由な外出が出来ないNERVスタッフ向けの福利厚生施設と言う塩梅であった。

 故に24時間営業となっている。

 とは言え、今の時間はお昼過ぎ。

 ランチタイムも終わり客もまばらになっていた事から、霧島マナの宣言も周りに迷惑を与える事は無かった。

 だからこそ、この店舗に来たとも言えた。

 兎も角。

 首元のボタンまでチキンと締めた制服姿と相まって、霧島マナの姿は実に力強かった。

 その雄姿に、素直なマリ・イラストリアスは手を叩いて喜んでいた。

 無論、それ以外の子ども達(女子チルドレン)も居る。

 俯き加減で顔に陰が入って居て、ブツブツと呟いているディピカ・チャウデゥリーもいる。

 自分が此処(チルドレンと一緒)に居て良いのだろうかと悩みつつも、知りたいと言う欲望に炙られた洞木ヒカリも居る。

 尚、綾波レイだけは興味半分と言うか、霧島マナを筆頭に盛り上がっている理由が理解出来ず、甘い甘いカフェオレを堪能していた。

 そして惣流アスカ・ラングレー。

 被告人宜しく、6人の中で一番奥の席 ―― 逃げられない席に座らされていた。

 何とも言えない表情をしている。

 

「いや、聞かれたら応えるけど、何でアンタ達、そんなに盛り上がってるのよ?」

 

 素直に言えばドン引きしていた。

 アスカはその人生の大半を適格者(チルドレン)としてNERVと国連軍で、同世代の女の子の居ない環境で訓練漬けの日々をおくっていた為、ある意味で女の子的な感性と言うモノが育っていなかったのだ。

 だからこそ、自分が付けている指輪の威力(対乙女限定)に気付けないのである。

 

「それ勝利者の余裕? 余裕なのよね!」

 

 だからこそ、ヒートアップする(鼻から猛烈に息を吐き出す)霧島マナに付いて行けなかった。

 と言うか、ディピカ・チャウデゥリーもギンッとばかりにアスカを見た。

 本当に目力が強い。

 

engagement(婚約)、デスか?」

 

 個性的なアクセントの(インド訛の強い)英語で尋ねて来る。

 俯き加減故に黒い髪の隙間から見える目は、その浅黒い肌と相まって深淵めいてアスカには見えていた。

 迫力である。

 或いは気迫。

 ディピカ・チャウデゥリーの圧に少し身を逸らしながらアスカは抗弁する。

 

「残念ながら違うわ」

 

 チョッとだけ残念そうに指輪に触れるアスカ。

 白魚の様なとはとても言えない傷跡の多い鍛えられたアスカの指。

 そこに嵌められた銀の指輪は傷一つ無く、磨かれた純銀らしい渋い煌きを放っている。

 否、1本 ―― 1線だけ引かれた紫の色。

 それを誤解する人間は、ここには居ない。

 紫色とは即ちエヴァンゲリオン初号機の、碇シンジの(パーソナルカラー)であると言う事を。

 

「アタシはソレ(婚約)で良かったんだけど、反対されちゃって__ 」

 

「え? 誰が反対したの?」

 

 驚きの声を上げたのはアスカの親友(マブ)と自他ともに認める洞木ヒカリだ。

 誰がと声を上げているが、誰が反対したのかと言うよりも、誰の反対に対してアスカが折れたのかと言う点での驚きであった。

 洞木ヒカリはアスカに聞いていた。

 惚気半分に、アスカの実家でシンジは認められているし、シンジの実家でもアスカは良くしてもらったと言う事を。

 だからこその疑問であった。

 そんな洞木ヒカリの声、誰もが見守る中でアスカは困ったような、照れた様な顔をしてみせた。

 

Papa(パパ)が__ 」

 

「お父さんが?」

 

「婚約でも、あんまり早くされると寂しいって言ったのよ」

 

 漸くながら、仲が修復したのだ。

 その関係修復を助けてくれたシンジの事をヨアヒム・ランギーとて評価していたし、アスカが好きだと言う気持ちも尊重したいと思っても居た。

 だが、まだ14歳だ。

 まだ早い。

 もう少しだけ我が家の娘というだけで居て欲しい。

 親だと言う思いをさせて欲しいと、男泣きに泣きながら、主張されてしまったのだ。

 アスカに、その思いを無下に出来る筈もなかった。

 

 アスカの誕生日祝いと言うだけの気分で鹿児島は隼人碇家を訪れていたヨアヒム・ランギーにとって、妻であるベルタ・ランギーとシンジの母親である碇アンジェリカが世間話の態で婚約話などを始めてしまったのは想定外であった。

 無論、ベルタ・ランギーにせよ碇アンジェリカにせよ、シンジとアスカの善意だけでの話だというのは理解出来た。

 でも、愛娘との心の距離が漸く縮まった所なのだ。

 それはもう、泣くと言うモノであった。

 ヨアヒム・ランギーが強硬に、そして感情的に反対するのではなく泣いて寂しいと嫌がっているのだ。

 アスカも誰も、その思いに反対も反発も出来なかった。

 だから、である。

 

 尚、ヨアヒム・ランギーの感情(男親の男泣き)に、碇ケイジも碇アイリが嫁に行く時を思って深い同意を覚え、夜の街へと呑みに誘い、男親同士で痛飲するのであった。

 そして翌日。

 さっそく買って来たペアリング、相手の色と自分の名を刻んた1対の指輪を嵌めたシンジとアスカを見た碇アイリが憧れ、自分も碇ケンジとで欲しいと言い出して碇ケイジが心理的大ダメージを負い、今度はヨアヒム・ランギーが飲みに誘うと言う一幕があるのだった。

 

 兎も角。

 

「コレは只のペアリング」

 

 天井に翳すように己の指輪を見せるアスカ。

 只の親密さを示すだけの指輪だと言う。

 1対の指輪(ペアリング)

 シンジが持つ指輪は、同じデザインで同じ純銀製。

 違いは赤いラインが1条入っている事と、シンジの名前が掘られていると言う事。

 とは言えシンジは指に嵌めるのではなく、革紐で首から下げる事を選んでいた。

 アスカとしては親密さのアピール(虫よけ)も兼ねている指輪を指に嵌めていない事に不満があったが、指輪は()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われては仕方が無かった。

 常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)

 いついかなる時であれ、保衛部第2課の護衛班(ガードチーム)が居たとしても、アスカや皆を守れるなら自分ででも守りたい。

 守れる様に居たいとシンジが言ったのだ。

 それはそれで、アスカの乙女心と言うモノを打ち抜く発言であった。

 

 そんな、隼人碇家での一幕を俯き加減で、頬を桜色に染めてアスカは説明するのであった。

 自覚は無い。

 だが、糖度の高さは果てしなかった。

 

「コーヒーが飲みたいわね」

 

「口の中が甘い感じがする」

 

「………Heat(暑い)

 

「アイスのブラックで良いわよね? 私、買って来る!」

 

「私、甘い奴!」

 

 

「ナニよ、その反応!?」

 

 襟元にパタパタと風を送る娘が居たり、アイス珈琲を買いに行く娘が居たり、俯いてたままへばってる娘が居たり、幻の甘さを口腔内に感じている娘が居たり。

 約1名、全く関係なしに甘い珈琲をリクエストしたマリ・イラストリアスが居たが、概ね、何とも言い難い雰囲気になり果てていた。

 

「なによ!?」

 

 唐突の変化に驚いたアスカに、洞木ヒカリはトドメを刺す様に言った。

 

「ご馳走様って事よ、アスカ」

 

「はぁっ!?」

 

 

 

 

 

 人類補完計画。

 一番上の紙に大きく書かれている、クリップで綴じられた紙の束。

 そして、機密(アイズオンリー)の文字が赤いスタンプで打たれている。

 A4紙で印刷されたソレは、正直な話として薄い。

 10枚も無いページ数だ。

 だが、葛城ミサトには重く感じられた。

 

「集大成、ね」

 

 背もたれに背を預け、力を掛ける葛城ミサト。

 その程度できしむ程に安い椅子では無い。

 だが、座り心地が良いとは言い難かったのだ。

 場所は葛城ミサトの自室 ―― 作戦局局長執務室だった。

 人類補完計画関連は機密レベルが高い為、関連書類などの執務室からの持ち出し禁止となっていたが故の事だった。

 

「後片づけよ」

 

 感慨深い葛城ミサトに対し、さしたる感慨も無く言い切ったのは赤木リツコだ。

 さもありなん。

 第17使徒(渚カヲル)が開陳した情報を知ったSEELEが国連安全保障理事会人類補完委員会を動かし、そしてNERVへと命令した事で作成された人類補完計画。

 その実務的な部分をまとめ上げたのは赤木リツコと技術開発局であったのだ。

 人類に置いてA.Tフィールドを理論的に理解すると言う意味で随一の人間であるのが赤木リツコであり、赤木リツコに率いられたNERV本部技術開発局であったのだ。

 ある意味で当然の結果であった。

 当然ではあっても、大変な計算その他を担う事になったのだ。

 赤木リツコがウンザリした気分になるのも当然というものであった。

 しかも、である。

 国連安全保障理事会での説明会等で、責任者を呼んで説明させろ等と国連本部(第2東京)まで呼びつけられる事が多々発生していたのだ。

 これは人類補完計画と言うモノが持つ影響の大きさが理由であった。

 大災害(セカンドインパクト)による地軸の歪みは、地球に甚大な影響を与え、人類に塗炭の苦しみを与えては居た。

 だが、既に14年からの月日が経過し、今の世界(社会)に適応した国家や人間が出ているのだ。

 今更に基に戻すと言われて、はいそうですかと簡単に納得できる話では無かった。

 特に、この環境で利益を得る様になった国々にとっては。

 海面上昇と地軸の変化(緯度のズレ)はアフリカの大地を、人間に優しく変えた部分があったのだ。

 水位の上昇は沿岸域で莫大な規模の人的被害が発生させ、10年を超える戦乱を引き起こす原因となったが、同時に、海水が内陸側に入った(及んだ)事で内陸部にも雨が良く降る様になったのだ。

 しかも、気温は低下したのだ。

 地軸の復旧と言う人類全体としての意義は理解しても、この環境を手放したくないと思うのは仕方のない側面があった。

 とは言えヨーロッパを筆頭に、日本も現状の気象環境その他で現状に耐えがたいと言うのが本音であるのだ。

 正に民意(政治)であった。

 国連安全保障理事会で議論(衝突)となるのも当然の話と言えるだろう。

 とは言え巻き込まれる側の人間にとっては堪ったモノではない。

 赤木リツコは政治の被害者であると言えるだろう。

 尤も、その対価と言う訳ではないのだが、国連安全保障理事会の人類補完計画特別関連会議には碇ゲンドウもNERV総司令官として出席しているのだ。

 往復ではCMV-22N(垂直離着陸機)の機内で、或いは会議が二日に渡る際などはホテルの1室で一緒に時間を過ごす事が出来るのだ。

 ある意味で労働に飴も用意されている感があった。

 とは言え同行者たる碇ゲンドウ。

 こちらは実務部隊代表(NERV総司令官)であると同時に各組織代表との間で交渉役(緩衝材)として役割を日々求められており、疲弊して顔色はあまり良くなかった。

 口数も日頃よりも大きく減っていた。

 が、痘痕も靨(恋は万能)

 赤木リツコはソレはソレで良いと、常よりも陰影の加わった碇ゲンドウに美味しさを感じていたが。

 

 兎も角。

 精神的な余裕は兎も角、肉体的な疲労は蓄積している赤木リツコ。

 喫煙量はうなぎ登りになっていた。

 

「で、元に戻るの?」

 

「戻るわよ、多分」

 

「多分?」

 

「実証試験とか出来ないんだもの。だから()()()()以外に言い様は無いわよ」

 

「そうなるカァ」

 

 紫煙を盛大に吐き出しながら嘆息する葛城ミサト。

 相方(マブ)同様に最近は喫煙量と共にニコチンの重い煙草を吸う様になっていた。

 此方は疲労が原因では無かった。

 使徒を倒すと言う人生の目標が終わってしまい、仕事へのヤル気(モラール)が壊滅しており、酒と煙草でかろうじてNERV本部作戦局局長代行の大佐(大佐配置少佐)と言う外面を維持している有様であったのだ。

 切実に癒しを欲していた。

 肉欲と言う意味では、よりを戻した(焼け木杭に火)な加持リョウジも居たのだが、最近は何かと忙しくしており、余り楽しめて居なかったのだ。

 と言うか、加持リョウジの状況は洒落になっていなかった。

 親使徒派(エンジェル・マフィア)とでも言うべき連中が、第17使徒(渚カヲル)の情報公開と共に活動を活発化させており、何をトチ狂ったか使徒と戦ったNERVを創造主(始祖民族)への叛逆者だとか言い出していたのだ。

 それはもうNERVの情報部門(戦略調査部)も各国の情報機関と連携して動くと言うモノであった。

 現時点でテロ等の兆候は無かったが、決して油断できるモノでは無かった。

 

「まさか、使徒との戦争が終わってからが面倒になるとは思わなかったわ」

 

「そうね。人類の敵と言う箍が外れてしまい、めいめいが自分の利益を求めだしたって事かしらね」

 

人類皆兄弟(ラブ&ピース)ってどこ行ったのよ、全く」

 

「あら。キリスト教自体でも四分五裂のいがみ合い。親戚な筈のイスラムとユダヤなんて酷い事になっているのよ? 例え親兄弟でも殺し合うってものでしょ」

 

「そう言えばカインとアベルもあったわね」

 

それが人類(ケセラセラ)

 

死ねば良いのに(アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター)

 

 肩を竦めた赤木リツコに対し、葛城ミサトはヤサグレた祝詞(呪詛)を口にするのだった。

 

 

「しっかしエバー4機、全部南極で飛ばすって豪快な話よね」

 

「環境がどうなるか判らないのだもの、仕方が無いわよ」

 

 人類補完計画の要となる4機のエヴァンゲリオン。

 最初は、安定して作業を行う為に船舶に乗せて4方に配置する予定であったが、共振させるA.Tフィールド ―― その全力稼働によって南極の環境がどうなるか予測が難しかった為、F型装備で4機とも飛ばすと言う話になっていた。

 外装式に(スーパーソレイド)機関を搭載した事で戦闘での実用性と稼働時間が劇的に向上したF型装備、FⅡ型装備(F型ステージⅡ)だ。

 FⅡ型装備は(スーパーソレイド)機関を発生させる為の使徒由来の生体(ソレイド)部分と、その管理(コア)ユニットを有する、言わば小さなエヴァンゲリオンであった。

 とは言えFⅡ型装備は暴走への安全策として自律は出来ても、単独で自立でき無い様に設計されていた。

 全てが、接続したエヴァンゲリオンの管理下行う様にしてあったのだ。

 そこまでしているのにエヴァンゲリオン本体に(スーパーソレイド)機関を搭載しない理由は、エヴァンゲリオンを使徒化(無限稼働体)させない為であった。

 人類は自らの手で自らの支配者を生み出さない様に注意していたと言えるだろう。

 そして同時に、ある程度の自律性あればこそFⅡ型装備が開発された目的、人類補完計画発動時に空中を飛びながらA.Tフィールドの全力稼働(フルドライブ)が可能になる。

 そう言う設計思想であった。

 

 尚、α型とω型の2つのバリエーションが予定されていた。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機向けのα型と、エヴァンゲリオン4号機とエヴァンゲリオン6号機向けのω型である。

 違いは、オプションパーツの差となる。

 α型は近接白兵戦への対応力を高める為の高機動型であった。

 ω型は遠距離砲戦を効果的に行う為の安定重視の重装甲型であった。

 

「完成しそうなの、Ⅱ型(ステージⅡ)って?」

 

「目途はついてるわよ? 制御周り、Bモジュール開発特務班の所でやってもらったけど。良い仕上がりになりそうだもの」

 

「Bモジュール班? あそこ、班長入院で開店休業状態じゃなかったの??」

 

「Dr高原ね。治癒の経過が良好過ぎて暇だから仕事が欲しいって言って来たのよ」

 

 定期診断でガンに侵されている事が判明したディートリッヒ高原。

 だが渚カヲルの貰らした情報を基に劇的な進歩を遂げる事となった再生医療によって峠は越していたのだ。

 A.Tフィールドが持つ、人が人の形を維持しようとする力の側面を利用しての事であった。

 現時点では医療コストがバカ高いと言う側面はあったが、それでもA.Tフィールドの医療分野への応用は人類の医療業界に革命的と言う言葉でも生温い、とてつもない光量で現れた希望であった。

 ()()()()()、ディートリッヒ高原は暇になってしまい、仕事を求めたのだ。

 

「高原班長が仕事の鬼(ワーカーホリック)なのか、リツコが鬼なのか」

 

「あら? 私は本人の希望に沿っただけよ」

 

 開発されるFⅡ型装備。

 それは技術的な意味で人類補完計画実行の土台となるモノであった。

 であればこそ、ディートリッヒ高原も燃えていたのだ。

 ディートリッヒ高原には家族が居る。

 敬愛する母、愛すべき婚約者と大事な妹が居る。

 その大事な人々が今後も健やかに暮らしていける一助に自分が成れると思えば、力も入ると言うものであった。

 

「ま、なら後はシンジ君たちの連携訓練ね」

 

「連携、と言うか同調?」

 

「なる訳よ。只、シンジ君とアスカでやったアレ(シンクロ訓練)は物理面からの同調調整だから今度はメンタル面優先__ 」

 

「それで音楽?」

 

「そっ。幸いに4人で休みな日に楽器持ち寄ってやってたから、それを業務で四重奏(カルテット)やってもらうのよ」

 

文化(カールチューン)的ね」

 

「人類は自らの全てで苦難を乗り切るのよ」

 

「それでコレ__ 」

 

 赤木リツコは葛城ミサトの机の上に置かれていた予算書を見ていた。

 バイオリンなどの練習に必要な消耗品などが記載されている。

 

「あら?」

 

 と、赤木リツコの鋭利な目が驚きに丸くなった。

 その予算書には、音楽の練習とは関わり合いが少ないモノが乗せられていたからである。

 ペンダント1式と書かれていた。

 

「あ、それ? ほらシンジ君とアスカがペアリングしてるじゃない。それで、自分たちもそう言うのが欲しいってレイが言い出して、で、カヲル君まで乗っちゃって2人して主張したから、チョッち碇司令にお伺い立てて付けた訳よ」

 

「あー」

 

 それでか、と納得した赤木リツコ。

 最近落ち込み気味の情人(碇ゲンドウ)が、昨日はもう死んでしまうんじゃないのかと心配になるレベルで落ち込んでいたのだ。

 宥め賺して蕩かして、搾り取って聞き取ろうとしても頑として口を割らなかった理由。

 それを把握したのだった。

 紫煙に塗れても尚、艶やかな唇を楽し気に歪める赤木リツコ。

 親密ではあっても親娘めいた距離感ではなかったにも拘わらず、情緒の育ちつつある(綾波レイ)歩き出した事(異性と親密な事)に男親めいたショックを受けている事に愉悦を感じたのだ。

 さて、と内心で呟く。

 今宵、如何にして情人(碇ゲンドウ)を慰めてやろうか。

 そんな俗な事の為に、その虹色の脳細胞が全力で回るのであった。

 

 今、赤木リツコは人生を心底から謳歌していると言えるだろう。

 復活の予定されている碇ゲンドウの嘗ての妻、碇ユイの問題はある。

 碇ゲンドウが何を選ぶか。

 碇ユイが何を選ぶか。

 先は全く判らない。

 だが、先が判らないからと言って今を楽しまない理由は無いのだから。

 

 

 

 

 

 御殿場の繁華街にある楽器屋に来て、必要な消耗品を一通りそろえたシンジ達。

 そして徐に向かったのは銀細工店であった。

 意気揚々と歩く綾波レイ。

 ぞろぞろとその後ろを歩くのが渚カヲルにシンジとアスカ。

 そして鈴原トウジが居た。

 

「しかしトウジ君が一緒に来るなんてね」

 

 含みのある形で笑いながら言葉を紡ぐ渚カヲル。

 

じゃっでよ(そうだね)男らしく無かっち言っちょったとにね(男のする事じゃないとか言ってたからね)

 

 胸元に下げた指輪(ペアリング)に触れながら、シンジも少し笑って返す。

 その反応に少しだけばつの悪そうな顔をする鈴原トウジ。

 シンジが指輪を首から下げていたのを見て散々に、軟派だ何だと言って(弄って)いたのだ。

 そう言う風に返されるのも仕方のない話であった。

 

「いや、()()()の奴が欲しいゆうて__ 」

 

「ヒカリ?」

 

「ヒカリ?」

 

 異口同音に名を呼ぶシンジと渚カヲル。

 口元は同じ角度で歪んでいる。

 愉悦の感情が漏れ出る形だ。

 常日頃、鈴原トウジに揶揄われる側であったのだ。

 今日はこれ幸いとばかりに揶揄い返すのも当然と言うモノであった。

 

「五月蠅いワイ」

 

 頬を染めて言う鈴原トウジ。

 

「委員長じゃなくても良いのかい?」

 

「名前を読んで欲しいゆうて言われたんや__ 」

 

トウジさぁは優しかでな(トウジは優しいよね)

 

 ニッコリ笑顔(ニヤニヤ顔)の、言葉程には優しい顔で無いシンジ。

 

「うっ、五月蠅いわい! 何時も世話になっとるんじゃ!! それ位は、頼まれたんやったらするのが男ちゅうもんや!!!」

 

 顔を真っ赤にして吠える鈴原トウジ。

 それでも尚、好きだと言う気持ち。

 愛しいと言う思い。

 そういうモノが溢れていた。

 

 鈴原トウジと洞木ヒカリはまだ付き合っては居ない。

 そういう言葉を交わしてもいない。

 だが心はもう、繋がっている部分があった。

 だからこそ今日、鈴原トウジはシンジ達に付いて一緒に銀細工店に行くのだ。

 洞木ヒカリがアスカの指輪を羨ましく見ていたと言う理由で。

 店の場所を知り。

 店舗内を見て、品ぞろえを()()()()()と言うのだ。

 実に健気であった。

 

「ホント、実に君は優しい男だよ」

 

じゃっでよ(そうだよね)先回りしっせぇやっで(気を回しているんだから)オイよかよっぽど尻にしかれちょっがよ(僕よりよっぽど尻に敷かれているよね)

 

「おんどりゃ、覚えとれ」

 

「こわいこわい」

 

よかにせが台無しじゃっど(顔が怖いよ)

 

 男衆は実に馬鹿な会話をしていた。

 対する女衆、アスカと綾波レイの会話も水準(レベル)と言う意味に於いては似た様なものであった。

 

「改めて言っとくけど、指輪は駄目だからね?」

 

「駄目?」

 

 懇願。

 上目遣いな綾波レイの顔。

 だが今日は、この事だけは譲れないとばかりに拒否するアスカ。

 

「駄目!」

 

 アスカの指輪、シンジとの(ペアリング)が羨ましいと言うのは良い。

 だが、だからと言って自分達まで含めて4人揃いの指輪(カルテットリング)は何と言うか違うのだ。

 何より、綾波レイは良いが、()()渚カヲルと同じデザインの指輪をするなんて鳥肌が立つと言うものであった。

 或いは、渚カヲルがシンジと同じ指輪を身に着けると言う事も、頑として許せぬ事態であった。

 綾波レイは可愛い。

 頼み事は大抵は何でも受け入れて良いとすらアスカは綾波レイを受け入れていた。

 だが、この件だけは別であった。

 それは正に、乙女の意地であった。

 

「どうしても駄目?」

 

「どうしても駄目!」

 

 

 昼過ぎの時間。

 それは適格者(チルドレン)の貴重な子どもとしての時間であった。

 

 

 

 

 

 


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