【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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16-epilogue

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 NERV本部チルドレン用特別医療施設。

 第18使徒戦で壊滅的な被害を受けていたNERV本部の施設群にあって、奇跡的と言ってよい程に被害を受けていなかった其処に、碇シンジは居た。

 見慣れて来た感のある天井を眺めながら、気怠げに医療用ベッドに背中を預けているシンジ。

 薄手の、濃い蒼色の診察服に包まれた手足を力なく放り出している。

 何とも、常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)を旨としているシンジらしからぬ姿勢であった。

 だが今はそれどころでは無かった。

 動くどころか言葉を発する事、或いは息をするのも億劫と言う有様であったのだから。

 

てせ(疲れた)

 

 短く漏らしたシンジ。

 合いの手が、その隣から上がった。

 

Müde(怠い)

 

 言うまでも無く、シンジの相方である惣流アスカ・ラングレーだ。

 此方は、黒みの強い赤の診察服姿だ。

 うら若き乙女がするのはどうかと思うような、服の裾がはだけるのも気にする事無くシンジ同様に手足を放り出している。

 無論、漏らされたお国言葉(ドイツ語の呟き)を見れば判る通り、シンジ同様に全身倦怠感に襲われていたのだった。

 半眼で天井を睨んでいる。

 とは言え、睨む力も弱かった。

 

 

 2人のこの惨状。

 この症状は第18使徒戦を終え半壊したケイジ ―― 機体の固定/拘束用設備が崩壊していたが、無理矢理に水密状態にしてL.C.Lを充填した所に各エヴァンゲリオンを戻し(無理やりに駐機させ)、シンクロを終了(カット)した途端に発生したのだ。

 大騒動になった。

 さもありなん。

 常ならば整備に関わるスタッフなどが上げる勝利の歓声浴びながら、颯爽という言葉の儘にエヴァンゲリオンから降りて来る2人が、他人の手を借りねば降りる事が出来なかったのだ。

 更には担架で運ばれていったのだ。

 それはもう、騒動になると言うモノであった。

 そして2人の状況情報は報告が上の階層に上がる毎に伝言ゲームめいて悪化していき、葛城ミサトらの下に届いた頃には自力での生存困難(瀕死の状態)と言う形に変貌していた。

 

『嘘でしょ!?』

 

 葛城ミサトの悲鳴めいた叫びに、NERV本部及び第3新東京市とその周辺の被害状況の確認にてんやわんやとなっていた第1発令所の空気が凍った。

 第18使徒戦によってNERV本部内のネットワークも甚大な被害が出ていたが故の、現場と上層部との情報連結が直通で無くなっているが故の笑い話であった。

 無論、即座に葛城ミサトは現場 ―― 技術開発部技術開発局第2課のエヴァンゲリオン機付き班に人を派遣して実際の状況を把握し、この誤報による混乱は終息するのだった。

 

『勘弁してよもう!!!』

 

 葛城ミサトがしゃがみ込んで泣き笑いの声を上げれば、他のスタッフも安堵の溜息を漏らすのだった。

 とは言え普通では無いので、何かの前兆症状であった場合が怖いという事で、慎重で厳重な健康診査が行われる事となっていた。

 結果は異状なしと言う事で経過(様子)観察に落ち着くのであった。

 

 尚、後にこの2人の状況を、エヴァンゲリオンと人間(Lilin)との関係性に詳しい渚カヲルが解説していた。

 ()()()()()である、と。

 碇ユイや惣流キョウコ・ツェッペリンが消え、覚醒したエヴァンゲリオンと直接繋がり、その能力/機能を十二分に引き出したが為、2人の魂は疲れ果てたのだという。

 魂、或いは心の今まで使ってなかった部分が酷使された為である、と。

 判りやすい説明に納得すると共に、言葉の緩さに、渚カヲルの説明を聞いた一同は脱力するのであった。

 

 

 兎も角。

 シンジとアスカは同じ部屋に入院していた。

 指一本の隙間も無い程に隣な位置に置かれたベッド。

 否、隙間は無かった。

 シンジの右手とアスカの左手が隙間を超えて繋がっていたのだから。

 とは言え甘ったるい空気がある訳ではない。

 どちらかと言うと虚無の色があった。

 何故なら、この部屋に居るのはシンジとアスカだけでは無かったからだ。

 その事にアスカは少しと言わず不満を抱いていた。

 

「いやー ホンマ、疲れたわ」

 

 ソファに寝そべって呑気な調子で言うのは言うまでも無く鈴原トウジであり、優しく付き添っているのは洞木ヒカリだ。

 

「鈴原は本当に頑張ったって思うわよ」

 

「そうゆうて貰えると、頑張った甲斐ってモンがあったわ」

 

「本当よ? 大人の人たちも褒めてたから。ジュース飲む?」

 

「おおきに!」

 

 愚痴を聞いているとも言う。

 実際問題、3時間を超えてエヴァンゲリオンへ搭乗をし、その間、緊張しっぱなしの戦闘と戦闘指揮 ―― Bモジュールによる同調戦闘(RAID-GIG)システムの司令塔(ホスト機)役を担っていたのだ。

 疲れ果てるのも道理というモノであった。

 

 本来、Bモジュール搭載エヴァンゲリオンによる同調戦闘(RAID-GIG)のホスト機役はシステムへの習熟度からエヴァンゲリオン8号機とマリ・イラストリアスが担う事とされていた。

 実際、第18使徒との戦いの初期はそうであった。

 だが戦闘が長引くにつれ、マリ・イラストリアスの戦闘本能がエヴァンゲリオン8号機の解放された獣性(獣化第2段階)に引きずられてしまったのだ。

 戦意過多での戦闘。

 エヴァンゲリオン8号機だけならば、その為に生み出された(デザイン・チルドレンである)マリ・イラストリアスならば耐える事が出来た。

 否、獣性の戦意に耐える為に設計されている部分があった。

 それは赫々たる戦果を挙げていたサードチルドレン(NERV本部の秘密兵器)碇シンジに対する対抗心あればこそであった。

 だからマリ・イラストリアスは耐えられた。

 しかし、普通の生活をしてきた第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)には耐えられなかったのだ。

 血圧その他の生理情報(バイタルデータ)で異常が発生した為、慌ててホスト機をエヴァンゲリオン8号機(マリ・イラストリアス)からエヴァンゲリオン3号機(鈴原トウジ)に切り替えたのだ。

 エヴァンゲリオン3号機が、エヴァンゲリオン8号機同様に純正のBモジュールを搭載していたが故に出来た事であった。

 このお陰で、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)は最後まで戦い続けていく事が出来たのだ。

 その代償として、鈴原トウジは心底から疲弊してしまっていたのだった。

 

 その点を、軟弱などと批判する積りはエリート主義(努力主義者)なアスカにも無かった。

 だが、何故にこの部屋に居るのかとは思う所があった。

 シンジと密着(イチャイチャ)出来ないではないかと言うのだ。

 年頃の乙女として、誠にもって憤懣やるかたない所があった。

 

「………」

 

 少し頭を動かして、諸悪の根源を見る。

 この部屋に残された3つ目のベッド。

 そこに寝かされているのは綾波レイだ。

 体質(アルビノ)故の白い肌を、更に青くして寝ているのだ。

 エヴァンゲリオン4号機から降りた際に体調不良を訴える事となり、そこから病室で看るとなった際に、何時もの様にシンジとアスカと相部屋が良いと訴えたのだ。

 結果、適格者(チルドレン)6人に足して洞木ヒカリの計7人は同じ病室に放り込まれたのであった。

 余談ではあるが、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の子供たちも入院しているが、此方は個室にての対応になっていた。

 兎も角。

 

「温かいお茶を飲むかい?」

 

 甲斐甲斐しく世話を焼いているのは、渚カヲルだった。

 人間としての経験値の低さを補う為にシンジの行いを真似ているが故であった。

 それもアスカの不満に繋がっていた。

 自分の相方がしてくれない状況なのに、と。

 可愛らしい、ある意味での嫉妬めいたナニカであった。

 

「いらないわ」

 

 すげなく断る綾波レイ。

 顔色以外は実に平常運転であった。

 実際、別に深刻な状況という訳では無い。

 そもそも、危険が危ない状況であれば最優先で集中治療室(ICU)に放り込まれるのが適格者(チルドレン)なのだ。

 それが、特別室と名付けられているとは言え経過観察向けの快適性(アメニティ)が優先された部屋に居られる理由は、綾波レイの体調不良が厄介な事態(命の不安定さ)では無いが故の事だった。

 

()()()()だから」

 

 そっと下腹部に充てている手を動かす綾波レイ。

 生理であった。

 アスカにもある、年頃を迎えた女の子が女性に育つ通過儀礼めいたソレが、今、綾波レイの身の上にも始まったのだった。

 辛いのは自分の経験でも判っているアスカは、そうであるが故に綾波レイの我儘を拒めなかった。

 だから、不満で収まっていると言えた。

 とは言え目の前で調子に乗られる(イチャコラされる)と、不満も溜まるというモノであった。

 何より自分が出来ないのだから。

 その点、シンジは呑気だった。

 アスカと隣り合わせでベッドに寝て、手を握り合っているのだ。

 それだけで満足していたのだから。

 この点においてシンジは、まだ欲 ―― 愛欲とか性欲と言う意味に於いて未覚醒であるとも言えた。

 只、アスカの感情には敏感ではある為、不機嫌になったアスカをなだめようと手を握る力を強めたのだ。

 痛くはない。

 だが、強く握られる満足感がアスカの気持ちを解きほぐす。

 

「ん………」

 

 シンジは自分を見ている。

 そこから得られる満足感に

 ギュッと握り返す。

 頑張って左を見れば、シンジの目が見えた。

 シンジも又、アスカを見ていたのだ。

 互いに少し口元を歪める。

 当人たちに自覚は無かったが、中々にどうして。

 かなり甘酸っぱい空気を漂わせていた。

 

 三組三様の空気。

 が、平穏と言うものは壊される為に存在しているのだ。

 全てをぶち壊す闖入者が来る(ピンククラッシャーのエントリーだ)

 空気を読まない幼児、マリ・イラストリアス ―― ではない。

 既にマリ・イラストリアスは部屋の中におり、疲れを癒すために綾波レイの足を抱き枕に眠って(スピスピと鼻提灯して)いた。

 では誰かと言えば、その名は惣流キョウコ・ツェッペリン。

 アスカの母親である。

 

 ドーンと言う勢い、否、効果音を響かせる様な姿勢で入ってくる惣流キョウコ・ツェッペリン。

 凹凸の主張が強い体をサイズの合わないNERV尉官級用の、プレスが効いて徽章の類が無い制服に包んでいる。

 が、全身から母性めいたモノを漂わせている。

 そもそも笑顔だ。

 

「ASUKA!」

 

「ママッ!?」

 

 アスカが喜色満面で声を上げ、体を起こそうとする。

 だが、それよりも先に惣流キョウコ・ツェッペリンがアスカに抱き着いていた。

 

Meine liebe Tochter(私の大事な人)!」

 

 早口のドイツ語故に、シンジには惣流キョウコ・ツェッペリンが何を言っているのか判らなかった。

 だが抱き合う2人が共に涙を流して喜んでいる姿に、何となくの満足感を抱くのだった。

 シンジだけではない。

 この病室に居る誰もが、何とは無くの満足感を抱くのだった。

 

 

「取り合えず、僕も良い事をしたと思わない?」

 

「そうね」

 

 自慢げに笑う(ドヤ顔を披露する)渚カヲル。

 戦闘中であり、自分が狙われる危険性がある中で渚カヲルは惣流キョウコ・ツェッペリンのエヴァンゲリオンからの解放(再生)を敢行したのだ。

 それが、シンジとエヴァンゲリオン初号機の尽力もあって最良の結末(Happy END)に繋がったのだ。

 渚カヲルが自慢げにするのも妥当、こればかりは否定できないとして綾波レイも同意していた。

 

 

 全力のハグで一通りアスカを堪能した惣流キョウコ・ツェッペリンは、改めてと姿勢を正す。

 シンジを見る。

 頭を下げる。

 

「ありがとう、シンジ君。アスカを守ってくれて。共に居てくれて」

 

 それは正に母親の姿だった。

 シンジも、倦怠感を押し殺してベッド上で姿勢を正す。

 気合を入れて正座。

 頭を下げる。

 

おいも助けてもらっちょいます(僕だってアスカに助けられてきました)

 

 誠実なシンジの態度。

 そこに惣流キョウコ・ツェッペリンは小さく笑った。

 

「それでもよ。ありがとう。アスカって()()な所があったから最初は大変だったでしょ?」

 

そげんひこは無かったですが(そこまでの事は無かったですよ)

 

 一瞬だけアスカを見て、棒読みとまでは言わないけども()がフラットに近い感じで言うシンジ。

 その脳裏には出会い ―― 国連軍空母(Over the Rainbow)の艦上での彼是が蘇っていたのだから仕方が無い。

 小さく笑うシンジ。

 いつから自分はアスカに魅かれていたのだろうか、と思っていたのだ。

 最初は全力でぶつかった気がしていたのに。

 でも、いつの間にか魅かれた。

 好きになっていた、と。

 そんな相方の心が見えてか、アスカはシンジのお尻を少し抓るのだった。

 

「なんだよ!?」

 

「なんでもないわよ!」

 

「だったら何でそんな事をするんだよ!」

 

「アンタがボケボケっとママに言うからじゃないの!!」

 

「なに言ってるんだよ、意味が分かんないよ!?」

 

「ハァ!? そういう所じゃないの!!」

 

 久方ぶりの口喧嘩。

 その年齢相応な(ティーンエイジャーらしい)姿でじゃれ合う2人の姿は、戦場にあっては暴威の化身めいて荒れ狂う様など欠片も見えないほほえましい様(ボーイ・ミーツ・ガール)であった。

 

「仲が良いわね」

 

 惣流キョウコ・ツェッペリンも微笑み、娘とボーイフレンドの姿を楽しんでんでいた。

 とは言え外野の反応は一味違っていた。

 

「判るんでっか!?」

 

 鈴原トウジが思わず漏らした一言。

 最初、意思疎通に困った事もあったりしたが故の事であった。

 だがその言葉を惣流キョウコ・ツェッペリンの耳はしっかりと拾っていた。

 そう大きくない病室であったのだ。

 ある意味で当然であった。

 

「フフフ、経験があるのよ」

 

 茶目っ気を見せて笑う惣流キョウコ・ツェッペリン。

 無論ながらも相手は碇ユイである。

 NERVの前身であるGEHIRN時代の、必死になって進められていたエヴァンゲリオンの研究と開発の際に()()()()()()()をしていたのだ。

 互いに研究者としての本気 ―― 子供(シンジとアスカ)の為に未来を残そうと必死で在ったが故に言葉(お国言葉の投げ合い)身体(ガンつけ&掴み合い)までしていたのだ。

 それはもう、中々に難しい薩摩訛りにも()()()と言うモノであった。

 

 尤も惣流キョウコ・ツェッペリンは大人なのだ。

 子供の前で、そんな過去の出来事(若気の至り)をおくびにも出す事は無かったが。

 

「しかしシンジ君、ユイにそっくりね」

 

「ゑ?」

 

「あの子、優しい子ね」

 

「ゑゑっ!?」

 

 出会ったその日にド付き合いの経験をした鈴原トウジからすれば、この妙齢の美女の言う優しいという言葉はどんな意味なのだろうかと哲学的な顔になってしまうのも仕方のない話であった。

 そこに、渚カヲルが参加する。

 

「だから言ったじゃないか、シンジ君は優しいって」

 

「いや、自分、チョッとマテや!?」

 

「だって僕が生かして貰ったからね」

 

「チョッと待たんかい! それは少し重いちゅーねん!!」

 

「でも事実だよ?」

 

「そうね。碇君は優しいと思う。叩こうとしたけど叩き返されなかったから」

 

「アカンって、だから重いちゅうねん!!!」

 

「アンタたち、煩い!!!!!!」

 

「ねーむーーーいーー!」

 

 病室は朗らかに賑やかになっていく。

 使徒との戦争が終わったことを感じさせる情景であった。

 そんな、やいのやいのと盛り上がっている戦友を見るシンジの目は優しい。

 と、惣流キョウコ・ツェッペリンが隣にやってくる。

 

「何時もこんな感じなの?」

 

じゃっですが(そんな感じです)

 

「そう。アスカちゃんが孤独じゃなくて、こんな姿を見れて嬉しいわ。本当にありがとう」

 

よかとですが(そう言って貰えると幸いです)

 

 だが穏やかで居られたのもここまでだった。

 フンスっと鼻息荒くアスカが嘴を挟んだのだ。

 

「シンジ! ママにデレデレしないで」

 

「してないよ!?」

 

「あら、ワタシって魅力的じゃないのかしら」

 

「ママ! そんな事ないから!! シンジ、ママにフォロー!!!」

 

「意味が判んないよ!?」

 

 惣流キョウコ・ツェッペリンに鼻の下を伸ばすなと言う口で、同時に、褒めろと言う。

 そんなアスカの無茶苦茶な要求に悲鳴のような声を上げるシンジ。

 そうなのだ。

 シンジも平和の喧騒に飲まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 第18使徒戦が終わったその日。

 NERV本部の灯は、早々に消える ―― なんて事は一切無かった。

 当然である。

 第18使徒との戦争でNERV本部と第3新東京市は甚大と言う他ない被害を被り、その暫定処理だけでもせねばならないのだ。

 又、世界規模で発生した戦闘の処理、関係各国が多いが為に莫大であった。

 その上、そもそも人類補完計画(地球地軸回復作戦)があったのだ。

 NERV本部スタッフに勝利の美酒に酔う暇が与えられる筈も無かった。

 特に中枢スタッフ、ある程度の機密に触れる事が出来る第2級機密資格(GradeⅡ Access-Pass)以上の資格を持つスタッフの場合は休むどころでは無かった。

 

 深夜。

 草木も眠る丑三つ時、それでも尚、NERV本部に詰めている人間は居た。

 実務部門のトップとも言える葛城ミサトだ。

 場所は勿論、終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)となる。

 とは言え戦闘の余波で荒れ果てており、平時の快適性(アメニティ)など欠片も無い状態であったが。

 にも拘わらずこの場所を執務室代わりにしている理由は、本来の場所 ―― 葛城ミサトの執務室を含む戦術作戦部作戦局の区画は、第18使徒との戦闘の余波で丸ごと消し飛んでいた為であった。

 出来る場所が他に無いのだ。

 多くの人間が集まっていた終わらないお茶会(A Mad Tea-Party)であったが、とは言え流石に日を跨いだ今はもう残っているのは極わずかであった。

 地球各地からの報告もひと段落した結果、後は後日と言う事で葛城ミサトが解散を命じていたのだ。

 とは言え、当人は残って事務処理を進めていたが。

 各部門からの暫定報告書を確認し、サインをしていく。

 その口から洩れたのは、怨嗟めいた声だった。

 

「っ疲れるわね」

 

 ベットリと疲弊のこびり付いた声であったが、表情は真剣であった。

 殺意すら漂っていた。

 今、確認しているのは第18使徒戦に参加したNERV戦闘団、及び国連極東軍を母体として編成され派遣されて来ていた第4特命任務部隊(FEA.TF-04)の死者行方不明者の状況報告書であったからだ。

 3桁を通り越し、4桁の大台に達しているソレ。

 NERV始まって以来の大被害の報告書であり、散っていった人々の命の証であり、同時に、何かの歯車が嚙み合わなければ自分も含まれていたであろうモノなのだ。

 A4紙に印刷された情報であるとは言え乱雑に扱える話では無かった。

 確認、そしてサイン。

 やりきれない思いに、葛城ミサトの手は自然とタバコに伸びた。

 だが無かった。

 反射的に伸ばされた手の先には、吸いきってクシャっと丸められたソフトケースだけが転がっていた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちを1つ。

 乱暴な仕草でソフトケースをゴミ箱に投げる。

 入らない。

 雑多なゴミが放り込まれていたゴミ箱は能力の限界突破をして(Over Flowを起こして)いたからだ。

 床に散乱する赤い×印のされた書類の中に落ちたソフトケース。

 何とは無くの怒りを覚え、立ち上がって踏みつぶそうかと考えたところで、その目の前にタバコが差し出された。

 緑色の、キツいメンソールの細巻きタバコ。

 

「ん、リツコ?」

 

 席を外していた親友(マブ)、赤木リツコであった。

 此方も疲労の色が濃ゆい。

 只、葛城ミサトとの差は陰性ではないという事だろうか。

 

「吸わないの?」

 

「あんがと」

 

 口に咥える。

 擦過音。

 シンっとした室内に音が吸い込まれて消える。

 火を分け合い、タバコを吸う2人。

 

「疲れているわね」

 

「まっ、ねー」

 

 ガツンとくるメンソールによって頭の冷えた葛城ミサトは、体からの訴えを受け入れて背もたれに体重を預けた。

 

「それでも、コレで全てが解決って事よね」

 

「そうね。カヲル君との面談だと、もうありえないという事だったわ」

 

 渚カヲルは、エヴァンゲリオン初号機によってAdamは完全に消滅したのだと言う。

 だが、葛城ミサトは微妙な顔をしていた。

 受け入れがたいとも言える顔だ。

 

「それ、()1()7()使()()の時も言ってたわよ」

 

 第17使徒、つまりは渚カヲルが自分で打ち止めだと言っていたのだ。

 そしてソレは渚カヲルが原因で無いとは言え反故になったのだ。

 葛城ミサトが懐疑の念を抱くのも当然であった。

 だが、その疑念を赤木リツコは払底する。

 

「今回は別よ。相克によってアダムもリリスもその権能が完全に消滅しているもの」

 

「相克?」

 

「そう、相克」

 

 偶然の産物ではあった。

 Lilithの複製であるエヴァンゲリオン初号機がAdamを討った。

 Adamの複製であるエヴァンゲリオン弐号機がLilithを討った。

 それもほぼ同時であったが故に、AdamとLilithは共に勝利者とならず消える事となった。

 地球の勝者は人類(黒き月の子)でも無く使徒(白き月の子)でもなくなったのだ。

 故に、Adamであった渚カヲルも、Lilithでもあった綾波レイも、その権能を失ったのだと言う。

 無論、赤木リツコは渚カヲルの主張を鵜呑みにする事なく幾つかの実証試験を行っていた。

 その結果は全てが渚カヲルの主張を肯定するモノであった。

 だが何より、AdamとLilithが消えている事は綾波レイが生理を得た(血を流す女となった)事で実証されていた。

 とは言え、葛城ミサトは簡単に納得しなかった。

 

「でもあたし達ってリリンって奴で、黒き月系って奴なんでしょ? つかまって!? そもそも、レイがリリスってどういう事??」

 

 慌てたような声となる葛城ミサト。

 NERVの実働部隊総責任者(組織序列第3位)に位置する高官であったが、触れる事の出来る情報は限られていたのだ。

 だが、その機密指定は解かれつつあった。

 

「ああ、言って無かったわね。ミサト、貴方の機密資格(Access-Pass)だけど今度1個上がるから覚悟しておいて」

 

 現状の葛城ミサトの機密資格(Access-Pass)準1級機密資格(GradeⅠ- Access-Pass)、それが上がるという事は1級機密資格(GradeⅠ Access-Pass)になると言う事。

 碇ゲンドウと冬月コウゾウが持つソレに近い所に上がる事となる。

 触れる情報(権限)が増えるという事は、それだけ責任が乗ってくるという事だ。

 葛城ミサトはゲンナリとした顔を隠さず、天を仰いだ。

 

「………辞められないって訳?」

 

 元より、父親を奪った使徒が憎くてNERVに入った人間であるのだから、使徒撃滅が終了したのだから辞めてしまっても良くないだろうか。

 そんな風に思っていたのだから、それはもううんざりとした声が漏れたのも仕方のない話であった。

 とは言え赤木リツコは逃亡(ソレ)を許さない。

 1級機密資格(GradeⅠ Access-Pass)を持ち、資格以上のNERVの暗部を知っている身である為、赤木リツコにはNERVを辞めるという選択肢は与えられていないのだから。

 自分が、このNERVと言う特級厄介物のお守から逃げられないのに葛城ミサトは逃げおおせて、後に結婚しましたとかのハガキなんぞが来たらブチ切れる自信があった。

 そんな事は許せない。

 色々と分かち合おう。

 友達(マブ)なんだから。

 そんな仄暗い本音を腹の底に隠しつつ、赤木リツコはシレっと言う。

 

「NERVの後始末役、少ない人間で出来る事ではないって事ね」

 

 給料は上がるわよ? と言う赤木リツコ。

 機密資格手当が増えるし、大佐配置から准将配置になるかもと言う。

 葛城ミサトのゲンナリ顔が益々もって皺になる。

 

「まるで漫画ね。二十代で配置とは言え准将の階級章を帯びるなんて」

 

「使徒なんて代物、漫画でも早々に出て来ないから良いんじゃないかしら」

 

「そうね…………取り合えず、昇給よりも休みが欲しいわ。浴びる様に酒飲んで飯食って寝て過ごしたい。もう仕事は嫌」

 

 葛城ミサトの嘆きを赤木リツコはバカにはしない。

 その(テーブル)のクロスを埋め尽くしている未決済な書類、報告書の山を見れば同情以外のナニが出来るだろうか。

 そもそも、赤木リツコの執務室もそうなのだ。

 同病相憐れむのも人情と言うものであった。

 

「………タバコならあるわよ?」

 

「……アリガト」

 

 新しいタバコを咥える。

 擦過音。

 安い100円ライターで火を点ける。

 何時もの気取ったZIPライターは、忙しさで給油が出来ずに油切れ。

 拾ったか何かで、どこかで調達したライターだ。

 液化されたガスは残り少ない。

 誠にもって疲れる状況であった。

 

 深呼吸。

 肺で煙を味わいつつ、言葉を交わす事もなく2本目、3本目と吸う。

 そして4本目に達する頃、脳みその再起動を済ませた葛城ミサトがポツリと尋ねた。

 

「で、今後はどうする方向なの?」

 

「取り敢えずはNERVは予算と権限を削減しつつも現状維持ね。そして、世界情勢が安定したら太陽系外に存在している事が推測される()の存在を公表して対応を主任務とするって事ね」

 

「敵、ね。敵の可能性って辺りで止まって欲しいモンだわ」

 

「そうね。太陽系外の敵なんて、もう面倒くさいなんてモノではないわね」

 

「面倒なハナシばっかりね、どっか面白い話って無いものか、し、ら__ 」

 

「どうしたのミサト?」

 

「あったわ。面白い話」

 

 それまでの死んだ魚めいていた葛城ミサトの目に光が灯る。

 愉悦めいた感じで口元が曲がる。

 ニヘラっと赤木リツコ(マブ)を見る。

 

()()()()()()()()()

 

「はぁっ?」

 

「碇司令と奥さんであるユイさんと、色々とお話、したんじゃないの?」

 

「オフッ!?」

 

 滅多にない声、吃驚した音を漏らす赤木リツコ。

 

「何でミサトが知ってるのよ!?」

 

「いや、ほら、ミツキが子供たちへの対応で碇司令に確認に行ったときに、ね。冬月副司令が___ 」

 

「っ」

 

 凄い顔になる赤木リツコ。

 その喉の奥底で、あらゆる罵声を冬月コウゾウに放っていた。

 碇ゲンドウの腹心でありNERVの副司令官である冬月コウゾウは、同時に、碇ゲンドウで愉しむ悪癖があったのを思い出していた。

 愉悦。

 或いは質の悪い諧謔を趣味にしていたのだ。

 

「ま、相手は奥さんとは言え10年近い前に亡くなった人で、リツコはそこから後を支えていた訳でしょ?」

 

 勝つわよね、と言う葛城ミサトの能天気極まりない顔を見た赤木リツコの表情は、更に複雑な色が乗っていった。

 とは言え、だ。

 本来(碇ゲンドウ)の人類補完計画 ―― 碇ユイとの再会だけを碇ゲンドウが夢見てきた事を知らなければ、そういう風になるのも仕方が無いと赤木リツコは受け入れしていた。

 

 最終的に、曖昧に笑った赤木リツコは結論だけを言うのだった。

 

「負けたわよ」

 

「うそでしょ! あの髭眼鏡(碇ゲンドウ)、アンタを捨てたっての!?」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「ハァ!?」

 

 わけがわからないという顔になる葛城ミサト。

 赤木リツコは新しいタバコを咥え、そして火をつけてから言う。

 

「セカンドインパクト時の、国際協定で行われた国連加盟国一律で行われた特別措置法。被害者特措法第3条第2項って分かる?」

 

「ちょっと待って。えっと、第3条は行方不明者の発見に伴う特別措置が書いてあって第2項って言ったら__ あ、あの重婚条項の事ぉっ!?」

 

「そういう事よ」

 

 吐き出した紫煙がゆっくりと天井に昇っていく。

 その様を無心になって赤木リツコは見ていた。

 

 セカンドインパクト被害者特措法第3条は戸籍に関する条文であり、その第2項は諸般の事情で直ぐに帰ってこれなかった人の救済であった。

 結婚相手が再婚していた場合が想定されていた。

 無論、関係者全員が納得する事と言う前提条件があったが、それにしても思い切った規定であった。

 発案者がイスラム教徒であったが為とも言われているが、それで救われた人たちは一定数居るのが現実であった。

 

「にしても決着、早すぎない!?」

 

「仕方ないわよ。ドイツが大馬力で主張してたんだもの」

 

「ドイツ?」

 

「そう、アスカの父親、ヨアヒム支部長が仕事の全部を投げうって主張したのよ」

 

「アッハイ」

 

「ユイさんは兎も角、ヨアヒム支部長は後妻と結婚しているでしょ? で、彼方さんがキョウコさんが帰って来た事を知って、と」

 

 今日の今日で話が決まった理由は、そういう事であった。

 ヨアヒム・ランギーは惣流キョウコ・ツェッペリンを愛していた。

 ヨアヒム・ランギーの今の妻であるベルタ・ランギーは、惣流キョウコ・ツェッペリンを愛している部分を含めてヨアヒム・ランギーを愛していた。

 である以上は話は簡単である。

 そういう事であった。

 尚、惣流キョウコ・ツェッペリンは、セカンドインパクトの後始末に際してセカンドインパクト被害者特措法が有効に活用される所を見てきたので、そういうモノかと受け入れていたのだ。

 そして大事な事。

 ドイツ支部との秘密回線で行われていた話を横で聞いていた碇ユイが、なら同じ状況の此方もそうしましょうと決めたと言う事だ。

 当然、碇ゲンドウに選択肢は勿論ながら拒否権、或いは抗弁や反論する権利などと言うものがある筈も無かったのだ。

 

 すすけた色の碇ゲンドウの横で碇ユイは、楽しそうに内縁の妻とか許せないからしっかりと赤木リツコの結婚式も挙げましょう。

 なんなら、自分の分も一緒に行って碇ゲンドウが両手に華と言うのも良いわねと言っていたのだ。

 

「……ユイさんって、シンジ君のお母さんなだけあって中々にユニークな人なのね」

 

「そうね」

 

 満腔の同意をもって、赤木リツコは頷くのであった。

 だが、と続ける。

 

「そのユイさんも流石にシンジ君には勝てなかったようよ」

 

「おやおや?」

 

「改めて病室に行って抱き着こうとしたら逃げ(避け)られて__ 」

 

 抱き着こうとしたら、反射的に避けようとされたのだという。

 無論、重度の倦怠感(心の筋肉痛)によって避ける事は出来ず、シンジは碇ユイの腕の中に収まったとはいえ心の痛み(ガチの凹み)を味わったと言うのだ。

 仕方が無いと微妙な顔になる葛城ミサト。

 

「血縁上の母親って言っても、シンジ君からすれば顔を覚えていない相手だものね」

 

「母親と言うよりも知らない親戚相手位の感じだったそうよ」

 

「それはそれは……」

 

 非常に微妙な顔をする葛城ミサト。

 シンジにとっての母親は鹿児島に居る碇アンジェリカであるという意識が強いのだろう。

 葛城ミサトもかつてシンジから碇アンジェリカの話を聞いた際、とても優しく笑いながら思い出を言っていたのを覚えていた。

 それは正に母子の感じであったのだ。

 である以上、ポッと出てきた実の母と言われても対応に困ると言うモノであろう。

 シンジの内面を慮る葛城ミサト。

 

「仕方が無いとは言え、ええ。碇司令が可哀そうだったわ」

 

「アンタがどういう風に平素で碇司令を呼んでいるのか興味があるけど、それはさておき、()()()()、ね」

 

「ええ」

 

「ユイさんが__ 」

 

 それ以上は言えない。

 と首を左右に振る赤木リツコに、葛城ミサトは思わずといった態で合掌礼拝、そして念仏を唱えたのであった。

 

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(#16こぼれ話)
 これにて本編終了!!
 頑張った
 頑張ったよ、ワタス!!
 出向の疲れその他、仕事のストレスを燃料に書き殴り続けました!!!
 エライ!!!!!
 シンジとアスカははっぴーはっぴーはぁっぴー
 カヲルとレイもはっぴー
 トウジとヒカリもはっっぴぃぃぃぃ
 マリは、精神年齢が10歳以下(中のヒトは下がってろ、寝てろ)なのでマスコットポジ
 あ、ケンスケ
 一応、ケンスケヒロインも考えていたし、種は撒いていたんだけども、うーーん
 どうにもならんかったな
 カワイソス(作者の言う事ではない


 ま、チルドレンは別にして可哀そうなゲンドー君が我ながら本当に可哀そうで可哀そうで(ニチャァ
 良かったね!
 両手に華だよ!!
 ストレス?
 知らんな
 腎虚にならないように頑張れ
 大丈夫
 リツコはんはバイだし、ユイさんもばっちこい派(サツマンゲリオン時空話/ま、どうみても真希波は落としてそうだしネー)なので、夢のサン(以下自主規制)
 うん
 1*1は100だ!
 10倍だぞ!!
 と言う頭の悪い展開になります___
 え、ランギー家ですか?
 普通にドイツなので…………ドイツか(欧州の変態部門でフランスと双璧なきががが
 ま、そんな爛れた話はしませんけどね!!

 しかし、SEELEが全員生存(※過労の為、いつ迄かは不明)でハッピーな空気を吸ってるって珍しいナァ
 おい
 ま、いいけど(世論にボコられた可哀そうな連中を見る眼差し)


 兎にも角にも!
 後は、少しだけ時間が流れた後を描くGrand Finaleの章
 別名はサツマンゲリオン-Q
 やっちゃうぞ~
 ではでは




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