【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 気が付いたとき、碇シンジの前には()()()()が居た。

 第3新東京市第壱中学校の制服を着ている。

 白いカッターシャツと黒いスラックス。

 靴は運動靴(コンバース)

 何となく、鏡で見る自分よりも線が細く見える。

 

んだ(何ごと?)

 

 自分の身を見た。

 自分も第3新東京市第壱中学校の制服を着ていた。

 鏡合わせの様な、でも違う様な風に見える。

 周りを見れば電車、それも市電だった。

 鹿児島市で乗った事のある、見覚えのある車内。

 それもセカンドインパクト(catastrophe-1999)すら生き延びた最古参の、板張りの床をした窓を背に向かい合うように椅子が設置された電車の中の様であった。

 懐かしい思い出。

 

「君は誰?」

 

 と、正面に座っていたシンジが声を発した。

 怯えている様にも見える。

 

オイは碇シンジじゃっど(僕は碇シンジだよ)おはんはだいな(君は誰なの)?」

 

「君も碇シンジなの? 僕も碇シンジだけど__ 」

 

 シンジの向かいに座る相手も又、()()()であると自己紹介した。

 突飛な事であったが、不思議とシンジにはソレが嘘でない事が判った。

 感じるからだ。

 相手の(気持ち)が伝わってくるのだ。

 自分で無い所から、自分の内側からの声だ。

 困惑、そして得心。

 そうだ。

 自分と同じ感情になっているのが判る。

 そして、()()()が辿って来た道を知る。

 

「僕はアスカを傷つけたんだ。だから、せめて綾波だけでも助けたかったんだ」

 

 第9の使徒に捕まっていたエヴァンゲリオン5号機諸共、式波アスカ・ラングレーを潰したのだ。

 口に残る、エヴァンゲリオン初号機がアスカの乗るエントリープラグを噛む感触。

 他人に、ダミープラグによって操られてしまったが故の凶行であったとは言え、シンジにとってそれは他人も、自分も赦せない行為であった。

 会わせる顔など無い、不始末。

 だからこそ、綾波レイを助けたかった。

 第10の使徒に食われた綾波レイを救えれば、少しだけアスカに顔向けが出来る気がしたのだ。

 こんな自分でも、まだ出来る事があるんじゃないかって、そう思っていたのだ。

 だが、失敗した。

 

 自分が自分で許せない。

 自己否定。

 そんな()()()の気持ちをシンジは否定しない。

 大事だと思った相手を自分の手で傷つけた。

 それは理由があるとは言え、とても受け入れられる事ではない。

 同意の出来る話であった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そこでひっとまればしまいじゃ(失敗して座り込めば挫折になる)じゃっどん(だけど)立ち上がっなら糧ちなったっど(立ち上がるなら経験値になるんだ)

 

「でも、僕はズルくて卑怯で、アスカを傷つけたんだ!」

 

 アスカを、大事な人を傷つけかねないという事に怯え、決断から逃げたのだと言う。

 泣く()()()

 

「決められなかったんだ!!」

 

おなごんけっされちな(卑怯者、か)

 

「そうだよ!!! 逃げたんだよっ!!!!」

 

 叫び、そして俯いて泣く()()()

 床にポタポタと水たまりが出来る。

 ()()()の心とも言えた。

 だが、シンジはソレは否定しない。

 そもそも、だ。

 この()()()、アスカの様に戦闘訓練を受けてきた訳でも無ければシンジの様に躾を受けた(鋳型に押し込むが如き鍛錬をしてきた)訳でも無いのだ。

 シンジは()()()が自分であると受け入れていた。

 だが同時に、研磨(鍛錬)をしていないただ普通の人であると認識していたのだ。

 何も築き上げてきていない人間が早々に、決断し行動(即断即決速攻)する事が出来る筈が無い。

 そう考えていた。

 とは言え、だ。

 戦闘への適正とは別の話として、己の過ちを直視した際に泣いて、嘆いて、そこで立ち止まってしまうのは男ではない。

 そうも思うのだ。

 

 だからシンジは()()()が泣き止むまで、泣き疲れるまで黙って待つ。

 暫しの時間。

 長い様でいて短い時間。

 嗚咽がゆっくりとなった時、シンジは声を発する。

 

じゃったら(なら)まずは謝ろや(先ずは謝ろう)

 

 その言葉の持つ優しい響きに誘われ、()()()は顔を上げる。

 シンジは小さく微笑んでいた。

 

わがこっがいやじゃち(自分の事が嫌になったのは)そいはわかっどんよ(それは判るけどね)じゃっどん先にすっとは詫びじゃ(でも先にするべきは謝罪だ)

 

「うん、うん………アスカは生きてたんだ。2号機を見たんだ」

 

じゃっど(そうだよ)

 

 小さく、だが()()()も笑った。

 合わせる顔が無いとも思っていた。

 否。

 もう会えないと思っていた。

 その心根を素直に()()()は開陳した。

 

「本当に良かった。もう会えないって、()()()()()()()()()()()()__ 」

 

なんち(なんだって)

 

 シンジの眉が跳ねた。

 薄ぼんやりとしていたモノが明確に伝わって来る。

 それは果てしなく黒い、記憶だった。

 

 第9の使徒を撃破後に()()()がエヴァンゲリオン初号機で行った反抗(小さな叛乱)を制圧された後、特殊監査部による調査と事情聴取(脅迫的指導)を受けた際に一言たりともアスカの状況は教えられなかったのだ。

 怪我をしているのか否か。

 生きているのか死んでしまったのかすらも教えられなかった。

 只、エヴァンゲリオン3号機共々に登録が抹消されているとだけ教えられていた。

 NERVと言う組織に長く在籍した訳でも無い()()()であったが、それだけで察する事が出来た部分があった。

 日頃は見えない、陰に隠れているNERVのナニカが。

 だから()()()は絶望し、もうエヴァンゲリオンに乗らないと激発したのだ。

 NERVが掲げる人類を守るというお題目、それが信用できなくなったのだから。

 使徒と命懸けで戦ってきた自分やアスカ、綾波レイ。

 だがアスカは簡単に()()()()()()()

 大事な人が居ないモノの様に扱われた。

 そして、()()()()()なんて軽い調子で言い、そして人類を守るには等とキレイゴトを言ったNERVのオトナが信用できなくなったのだ。

 何時も安全な場所に居る癖に、と。

 

「ああ、そうだ僕は__ 」

 

じゃっど(そうだよ)

 

 ()()()が歯を食いしばる。

 シンジが頷く。

 

()()()()()()

 

 意思は繋がっていた。

 同じであった。

 総身をもって激発(薩意を発する)するシンジ。

 獣めいた顔で歯をむき出しにした()()()

 

()()()()()()

 

よか(それが正しい)

 

 シンジと()()()

 意思が揺ぎ無く1つとなる。

 立ち上がる()()()

 シンジも立ち上がろうとした時、唐突に椅子が弾けた。

 否。

 弾けたのではない。

 何かがズルりとシンジに巻き付いたのだ。

 

 電車の窓の外で、何かが蠢いたのを感じた。

 それは目、余りにも巨大な目玉だった。

 シンジは振り返って睨みつけた。

 

わいかっ(お前かっ)!!!」

 

 が、巻き付いてきた何かが一気にシンジの体を駆け上がる。

 ベンチシートに沈み込むようにとらわれるシンジ。

 巻き付かれた何かと相まって、外の目玉を睨みつける事の出来なくなったシンジだが、その目つきには()意が溢れていた。

 不可解な状況に得心がいったのだ。

 だが、最早状況は何が出来るという段階を通り越していた。

 故にシンジは()()()に告げる。

 

おはんがオイで(君が僕で)オイがおはんなら(僕が君なら)!! わかっどな(判るよね)!!!」

 

「判る!!!! アスカを守る!!!!!」

 

 ()()()は不可解な状況に怯えては居なかった。

 折れて居なかった。

 歯を食いしばり、強い意志をみせていた。

 ()()()の目を見たシンジは、その中に繋がった意思が燃え上がっている事を確認し、納得した。

 故に、何かに捉まりながらも莞爾と笑った。

 

よか(任せた)

 

 シンジが笑った瞬間、全ての窓が割れて何かがなだれ込んできた。

 灯りが消えた。

 全てが黒く染まった。

 だが、()()()は染まる事は無かった。

 

 

 

 世界が黒く染まると共に()()() ―― シンジも深い水底へと勢いよく引き摺りこまれる様に感じた。

 深い深い、果てしなく深い場所へと向かっていると感じられた。

 四肢総身へと掛かる重圧。

 押し潰されそうにも思えるナニカ。

 息が出来ない。

 息をしているかすら判らない。

 だが、シンジは悲鳴を上げなかった。

 歯を食いしばって耐える。

 伝わった意思(薩意)が、その様な(不様)を拒否させたのだ。

 体の周りを何かが流れていく感覚。

 と、唐突にソレが消えた。

 

「っはぁっ!」

 

 大きく口を開いて息をする。

 胸が大きくなる。

 カッっとばかりに目を開く。

 と、目に飛び込んできたのは赤色だった。

 赤い髪。

 蒼い目。

 赤い服。

 シンジが間違う筈の無い相手だ。

 

「あっ、アスカ!?」

 

 アスカが居た。

 赤いジャージを羽織り、その下にプラグスーツを着たアスカが居た。

 守ると誓った相手が、直ぐそこに居たのだ。

 慌てたシンジ、故に体が反射的に動いた。

 跳ねた。

 ()()()()()()()()

 

「ばっ!?」

 

 結果は、悲惨であった。

 シンジとアスカのゴッツンコ。

 額と額が激しくぶつかる羽目になったのだった。

 

「っう、このバカシンジ! いきなりナニするのよ!!」

 

「ご、ごめん!」

 

 情緒も何も吹っ飛んだ再会であった。

 

 アスカを守ろうと、そもそも謝りたいと思っていたシンジであったが、真坂まさか、この様な形で謝罪を口にするとは思ってもみなかった。

 

「いったぁっ」

 

 額を抑えて俯いたアスカ。

 慌てて手を伸ばそうとしたシンジは、体に巻き付いていたナニカに身を取られて、ゴロリと転がり、それなりの高さから落ちたのだ。

 

「あいたっ!?」

 

 全身を叩きつけれ、結構な痛みが全身を走る。

 だが、そのお陰でシンジも自分の置かれている状況が理解出来たのだ。

 自分はベッドから落ちたのだという事。

 狭いベッドで慌てたから、このザマになったのだという事。

 体を取られたのはシーツだった。

 薄く、白いとは言い難いが、コレが毛布代わりだったのだろう、と理解した。

 ついでに、自分の格好が相変わらずの院内服(病人服)めいた薄着でもあると確認した。

 下も、自由(プルンプルン)だ。

 好きな相手の前に立つには、結構と言わずかなり辛い恰好であった。

 だが、それよりも大事な事があった。

 アスカだ。

 アスカはベッドの枕元に椅子を置いて座っていたのだ。

 今は痛みで俯いている。

 シンジ。

 慌てて立ち上がって、アスカに迫る。

 否。

 傍に寄る。

 

「だっ、大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないわよバカシンジ。いきなり飛び起きるなっつぅのっ!!」

 

 額を抑えながら涙目な顔で怒るアスカ。

 それは過日の、葛城ミサトらの言葉を信じるならば14年も前の、あの懐かしい家(コンフォート17の葛城宅)を思わせる仕草だった。

 だが、アスカの顔は変わっていなかった。

 怒りながら立ち上がった身長は、前に見た時の儘。

 只、少しだけ窶れた様にも見えるだけ ―― 否、違う。

 宝石の様な輝きを持っていた蒼い双眼、その左の目が眼帯によって隠されていたのだ。

 

「あ、アスカ………左目が………」

 

 シンジが左目の事に触れた瞬間、それまでの仕草が嘘であったかの様にアスカの顔から表情が削げ落ちた。

 

「アンタには関係ない」

 

 冷たい声。

 冷たい目。

 ナニカを切り捨てる様に、シンジを見ながら言い放っていた。

 

「でも、あの第9の使徒の時のっ!?」

 

「違うっ!! コレはアタシが………」

 

 慌てるシンジ。

 その自罰めいた気持ちを察してアスカは言葉を濁した。

 左の掌で眼帯を隠そうとする。

 意図は無い。

 只、何となく言えなかったのだ。

 少し俯いてしまったアスカ。

 だからシンジの対応できなかった。

 傍で相対していたシンジが、そっと手を伸ばしてアスカの頭を抱きしめた事に。

 

「痛く、ない?」

 

 泣きそうな程に優しい声。

 労わる響き。

 だからアスカは反射的に振り解けなかった。

 WILLEに入れられてからコッチ、久しく聞いていなかった自分に向けた優しさに体が、そして心が否定する事を拒否していたのだ。

 拒否できず、抵抗出来ずにいたアスカ。

 と、細く柔らかなシンジの手が髪によって隠されていた痕に触れた。

 

「アスカ………こ、コレも?」

 

 アスカの左側頭、耳の上あたりの手術痕。

 眼帯の理由も含めて第9の使徒に捕縛された事が由来であったが、とてもではないがシンジに言えるモノでは無かった。

 これまでのアスカの過酷な日々。

 そして、これからのアスカが辿る過酷な運命の象徴であったからだ。

 だが、それをシンジに知らせたくなかった。

 知られたく無かった。

 だから殊更にアスカはぶっきらぼうな声を出す。

 

「それも。でも別に……もう、何も……何も無いわよ」

 

 或いは拒絶する言葉。

 だが、シンジはそれに気づかない。

 

「良かった……」

 

 か細い、嗚咽めいたシンジの声に、アスカは慰める様に自らの手をシンジの手に添えた。

 自嘲めいていたアスカの唇が、言葉を紡ぐ。

 

「アンタが空の上で寝ていた14年。アタシも色々とあった。その全てをアンタが背負う義理は無いわよ」

 

「でも、アスカがそうなった原因は僕にある__ 」

 

「………」

 

「だからアスカ。ごめん。助けられなくてごめん」

 

「あ、アタシは別にアンタに助けられる様な__ 」

 

「うん。アスカは強いから僕みたいな弱くて、臆病な人間に助けられるなんて可笑しいって思うかもしれない。だけど、僕からすればアスカは守りたい相手なんだ」

 

 アスカの頭を引き寄せるシンジ。

 胸の中へと。

 手だけではない。

 両腕を一杯に使って抱きしめる。

 

「…………どうしてそこまで言うのよ」

 

「アスカは僕の大事な人で、その、その、好き、だから…………だから、その、アスカにとって迷惑かもしれないけど、僕は、その、アスカを守りたいんだ」

 

 胸元に抱きしめててよかった。

 顔と言わず耳まで真っ赤にしたシンジは、そんな自分の顔をアスカに見せずに済んで安堵していた。

 心臓が口から飛び出しそうな勢いで早鐘を打っていた。

 もう、倒れてしまいそうな程に、緊張していた。

 

 対するアスカ。

 意味が解らない。

 そういう顔をしていた。

 

「こんなアタシを好き? すっ、好きって!?」

 

 赤い髪から覗く顔が真っ赤に染まっていくのがシンジに見えた。

 が、そこでアスカは止まらなかった。

 激発である。

 

「アンタバカァ!?」

 

 アスカにとって懐かしい、シンジにとって日常めいた(昨日の様な)言葉。

 シンジは笑った。

 だが笑えないのはアスカだ。

 信じられない言葉に、シンジの腕の中から逃げ出そうとする。

 だが、如何せんにも姿勢が悪すぎていた。

 そして他人の体温が温か過ぎていた。

 だから全力で拒否は出来なかった。

 全力では無い力で暴れるアスカを、シンジは抱きしめたまま離さなかったのだ。

 

 ひとしきり動いた後、アスカはポツリと漏らす。

 

「………バカシンジ。何でこんなアタシを好きっていうのよ」

 

「だってアスカはアスカだもの。綺麗だし、輝いているし……その、優しいから」

 

 アスカを褒めるシンジ。

 だが、その言葉がアスカの心に一撃を入れた。

 ()()

 自嘲気味に口を歪める。

 そうだ、とアスカは小さく呟く。

 シンジは14年もの間の自分(アスカ)の変化を知らないのだと納得する。

 

「綺麗、綺麗ね。ハン、バカシンジ。手を緩めて。逃げやしないから」

 

「あ、うん…… 」

 

 解放されたアスカはベッドから降りて床に立ち、少しだけシンジから距離を取った。

 手荒い仕草でジャージを脱ぎ捨てる。

 

「アスカ?」

 

 アスカは何も言わない。

 黙ってプラグスーツの左手首にあるコントローラーを操作した。

 身体に密着していたプラグスーツが、弛み、そして脱げる。

 裸身を晒した。

 

「アンタさ、コレを見て綺麗って言えるの?」

 

 嗤うアスカ。

 嗤う相手はシンジであり、アスカ自身であった。

 

 シミの1つも無い白い肌。

 だが肉と呼べるモノはトコトンにまで削られた、痩身であった。

 骨に必要最小限度の筋が走り回っている体。

 関節が浮き出た様な歪さは無いがあばら骨は浮き出ており、女性的な丸みの無い、ある意味で細い人形めいた姿だった。

 

「プラグスーツで誤魔化されかたもしれないけど、コレが、14年が経ったアタシ」

 

「あ、アスカッ__ 」

 

 震えるシンジの指先が、アスカの胸の真ん中を指し示した。

 裸にも驚いた。

 第3新東京市第壱中学校の制服時代の手足と全く違っている事に驚きはした。

 だがそれ以上に、白い肌に黒く刻まれていたモノがあったのだ。

 丁度心臓の上あたり。

 そこにはEINRICHTUNG(備品)ASUKA №131(管理番号)の文字が刻まれていたのだ。

 アスカは何でも無い事の様に嗤う。

 世の、WILLEの悪意を笑う。

 

「アタシは人間じゃない。Evaを操る為に生み出された道具(ヒューマンデバイス)、人造パイロット。だから__ 」

 

 サードインパクトを防げなかった道具に、道具の本懐を思い出させるために刻まれたのだと言う。

 世界を壊したエヴァンゲリオン。

 そのパイロットに対するWILLEの人間たちの憎悪と言えた。

 

「WILLEがNERVと戦う為にはEvaが必要。だからそのパイロットであるワタシを壊すことも汚すことも葛城艦長は禁じた。だから、その鬱屈晴らしね」

 

「っ!」

 

 いっそ朗らかと言って良いアスカに対し、シンジは歯を食いしばって憤怒が噴き出すのに耐えた。

 握りしめられた拳が、ギリギリと音を立てている。

 怨嗟の的は原因のNERVか、実行犯のWILLEか。

 

 ふさっと軽い音がした。

 アスカの腰に引っかかっていたプラグスーツが抜け落ちた。

 完全な裸。

 細い細い、棒を組み上げた様な体。

 つま先から頭まで、その全てを隠すことなくアスカはシンジに見せつけながら羞恥の色も無く笑う。

 少しだけの俯きが笑みに影を、陰性の色を乗せている。

 言う。

 

「ねぇ、この体の何処が綺麗だって思うの?」

 

 シンジは言葉が出ない。

 アスカの境遇に圧倒されてしまっていた。

 それをどう感じてか、アスカは畳みかける。

 

()()()()()()()()()()()

 

 腹の奥底から湧き上がってくるソレは、憤怒であった。

 怒りでは無かった。

 悲嘆であった。

 哀しみでは無かった。

 嗚呼、アスカにはソレを言葉にする事は出来なかった。

 只々只々、湧き上がってくる情動であった。

 シンジが好きだと言ってくれたのは嬉しかった。

 自分も又、シンジが好きだった。

 ()()()()()()()()()()()()

 エヴァンゲリオンを操縦する為だけに作られた人間(ビメイダー)と言う事。

 不老 ―― エヴァンゲリオンの呪い、そして身に宿してしまった使徒(第9の使徒)によってか変貌してしまった体。

 NERVとの戦争がどう決着するにせよ、その先に自分の未来は無いだろう。

 そう覚悟していた。

 いっそ、戦争の最中に果てた方が満足感を抱いたまま終われるだけマシかもしれないとまでアスカは考えていた。

 だからこそ、こうなってしまっている今、シンジに告げられた至誠()がアスカを狂わせるのだ。

 

「エヴァの呪いで歳を重ねる事も出来ない、ヒトモドキなのよ!!」

 

 荒れ狂う情動がアスカ自身をも焼いてしまっていた。

 それは幼子の悲鳴めいた声であった。

 

「バカシンジ! ほら、美しいって言うならキスの1つでもやってみなさいよ!!」

 

 シンジは何もできないだろう。

 そうアスカは確信していた。

 だからこそ、やってみろと言ったのだ。

 確かに普通の時のシンジであれば、圧倒され、或いはアスカを傷つけない言葉を選ぼうとして悩んでしまい、機を失してしまっていたかもしれない。

 だが、である。

 今のシンジは違う。

 迷ったら突撃しろ(なこよかひっとべ)と腹に決めているのだ。

 である以上、シンジの行動は一つであった。

 

「で、出来るよっ!!」

 

 声が吃り、裏返ってしまっているのはご愛敬であったが、それでも立ち止まる事は無かった。

 それはアスカが想定していない反応であった。

 

「はぁっ?」

 

 思わず止まってしまったアスカ。

 だが、シンジは委細構わずにアスカに迫る。

 下がるアスカ。

 追うシンジ。

 と、アスカの背が壁に当たった。

 

「あっ__ 」

 

 2人の距離がゼロになる。

 唇の柔らかな感触に混乱し、反応出来ないアスカ。

 シンジはと言うと此方も混乱状態であった。

 覚悟(ひっとぶ)と腹は決めていたが如何せんにも14歳、思春期の純情青少年なのだ。

 キスして、それからどうすればよいのか判る筈も無かった。

 

 力任せなキス。

 

 互いにモゾモゾっと動く2人。

 逃げたいアスカに逃さぬシンジ。

 壁を背にしている分、アスカは不利であり逃げる事は叶わなかった。

 しばしの時間。

 そして距離が生まれる。

 

「ハァハァハァッ、これで判っただろっ!」

 

「………ハァ、アンタバカァ。息もしないでキスなんてして!!」

 

「しっ、仕方ないだろ! キスするなんて初めてなんだから!!」

 

「その割に手慣れて___ 」

 

 売り言葉に買い言葉。

 が、マジマジとシンジを見たアスカは、その言葉が正しい事を理解した。

 息絶え絶えで、緊張で足は震えているし、荒い息はしているしとの酷い有様なのだから。

 それが、アスカに残されていた激情を完全に消し去った。

 シンジはシンジ。

 14年前と変わらぬバカシンジだと再確認していたのだ。

 

「ホント馬鹿ね」

 

「煩いよ………」

 

 立ってられなくなって、座り込むシンジ。

 それをバカにする訳でも無く、見下ろすアスカ。

 何と言うか、険の取れた顔をしている。

 

「何でアンタはそんなに必死になるんだか」

 

「好きだからって言ったじゃないか」

 

「こんな化け物のアタシを? 何でアンタが必死なのか知らないけど、笑わせんじゃないわよ」

 

 アスカの強い自己否定。

 それは14年もの間、WILLEと言う敵意の中に居たが故に醸成された確信であった。

 葛城ミサトを筆頭に、NERV時代から仲がそれなりに良かったと思っていた相手から拒否され、そしてそれ以外の人々から諸悪の根源(エヴァンゲリオンのパイロット)と否定され憎まれてきたのだ。

 今でも、胸に文字を刻まれた時の痛みを思い出す。

 嫌だと叫ぶ中で裸に剥かれ、ベッドに縛り付けられ、笑われながら刻まれた悪意。

 そこまでされて尚、WILLEを裏切るという選択肢が発生しなかったのは、自分がそういう風に作られたからだろう。

 そう言う風にアスカは受け入れてしまっていたのだ。

 だから、シンジの()を素直に受け入れられなかったのだ。

 

「見ろバカシンジ! こんな化け物の体に、アンタ、勃つっていうの? 無理でしょ。愛なんて、好きなんて嘘よ」

 

 そんなアスカの悲鳴をシンジは受け止める。

 真っ向からアスカを見る。

 見ようとした。

 が、慌てて目線を逸らした。

 具体的には下に。

 

「ほら、見れない」

 

 蔑む様なアスカの声。

 シンジは慌てて反論する。

 顔どころか耳まで真っ赤にしながら、叫ぶ。

 

「ち、違うってば!」

 

「ハァ? 何が違うってのよ」

 

「気づいてよ!! 今のアスカの格好!!!」

 

 そう、座り込んでいるシンジの前でアスカは仁王立ちめいて立っているのだ。

 真っ裸で。

 シンジからすれば、アスカの全てが見える姿勢と言えた。

 

「え?」

 

 その事に羞恥は感じなかった。

 だが同時に、シンジは自分の格好に衝撃を受けた事に気付いた。

 そして、座り込んだシンジの股間が張っている事にも。

 

「えぇっ?」

 

 薄い院内服が自己主張していた場所を、アスカは足で突いてみた。

 硬かった。

 剛かった。

 

「アンタバカァ? 変態?」

 

「バカなのはアスカだよ! 好きな女の子が目の前で裸でいるのに、反応しない訳ないだろ!!!!」

 

「あ、アタシなのよ?」

 

「アスカだからだよ!」

 

 やけくそめいて叫ぶシンジに、アスカの理解は追い付かない。

 衝撃。

 驚愕。

 呆然としたその姿に、シンジは切れた。

 もう一杯一杯であったのだ。

 この部屋での一連の会話、出来事は健全な14歳の()少年にとっては限界を突破していたのだ。

 ガバッとばかりにアスカに抱き着いた。

 お腹に顔を押し付けて、腰に手を回して抱きしめる。

 慌てたアスカが身を捩ろうとするけども、逃がさない。

 

「僕がアスカを好きなんだっていい加減理解してよ!!」

 

 叫んだシンジの頭をそっと抱きしめたアスカ。

 シンジの顔を自分に向けさせ、目と目とを合わせさせる。

 嘘は許さない。

 真剣な顔だ。

 

「…………バカシンジ。アンタ、アタシが好きなの? 本当に好きなの?」

 

「好きだよ」

 

「こんな化け物の体でも良いの」

 

「僕が好きになったのはアスカだ。アスカはアスカだよ」

 

 断固とした顔で言うシンジ。

 目の力が違った。

 そこに込められた強い意志がアスカの頑なであった心を溶かした。

 心が解けると共に小さく嘆息を漏らした。

 そして総身から力が抜けたアスカは、ストンっと座り込んでいた。

 シンジと同じ視線の高さになるアスカ。

 それまでの自己否定への強い意思が抜け落ちた顔は、28歳だという実年齢よりは14歳の頃の儘、否、それよりも幼さと儚さが浮き出ていた。

 

「本当に本当に、ワタシを好き?」

 

「好きだよ」

 

「ワタシが好きって思うように、シンジも好きって思ってくれるの?」

 

「うん」

 

「なら、抱いて」

 

「解っ……た? ゑぇ?」

 

 アスカはいきなり何を言っているのかと慌てるシンジだが、アスカの表情は凪いでいた。

 ヤケクソめいたナニカや、感情的なモノは浮かんでいなかった。

 只々、静かだった。

 だからシンジの心も落ち着くのだった。

 

「ありがとう。こんなアタシを好きだといってくれて。アタシもシンジが好き。だけど、多分、アタシはどうなってもNERVとの最後の戦闘で死ぬことになるわ。だからアンタにアタシの全てを受け止めて欲しいのよ。生きていたって刻んで欲しい。その相手がアンタってのは、うん。アタシは嬉しい」

 

「……アスカ」

 

「ダメ?」

 

「そんな事は無いよ。僕も、そう言ってもらえて嬉しい。只__ 」

 

「なに?」

 

「死ぬって言わないでよ。死ぬって決めないでよ。僕も頑張るから、一緒に生きてよ」

 

「………生きてていいのかな、こんなアタシでも」

 

「少なくとも、僕は生きてて欲しい」

 

「アリガト」

 

 優しい顔で笑うアスカ。

 その儚くも優しい笑みにシンジは見惚れた。

 呆っとなったシンジの頬に手を当てたアスカは、今度は自分からシンジにキスをしていた。

 そしてそのまま、シンジの頭を自分の胸の中に抱き込むのであった。

 

 

 

 

 

 

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