【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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17-epilogue

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 柔らかな日差し。

 穏やかな風。

 そして漂って来る草木の匂い。

 

 広いキングサイズのベットは、清潔な白いシーツが覆っている。

 その真ん中、薄青色のタオルケットに包まれていた金色の塊がゆっくりと体を起こした。

 

「ん……アタシ、寝てた?」

 

 目元を手の甲で拭いながら起きたのは式波アスカ・ラングレーであった。

 久しく感じていなかった穏やかな空気の下での目覚め。

 意識が途絶する寸前、見えていたのはキスした自分と碇シンジを微笑ましく見ている大人の自分(惣流アスカ・ラングレー)とシンジの姿だった

 

「ここはどこ?」

 

 そう呟きながら体を起こすアスカ。

 はらりと落ちるタオルケット。

 だから全てがその目に飛び込んできた。

 

 

 

ナニよコレェェェェェ(くぁwせdrftgyふじこlpふじこ)!?』

 

 絹を裂く、と言うには聊かばかり甲高い悲鳴が響いた。

 誰が叫んだのかと間違わなかったシンジ、式波アスカ・ラングレーの()()()は仕方が無いとばかりに小さく笑った。

 

「ちょっと行ってきて良いですか?」

 

よかど(良いよ)

 

 隣に立っていたシンジ、惣流アスカ・ラングレーのシンジが包丁を片手に笑って答える。

 2人はキッチンで朝食の準備を進めているのだった。

 炊いたご飯にみそ汁。

 焼き魚、そして焼いたウィンナーと卵焼きだ。

 野菜分はみそ汁の具と漬け物で賄う、実に伝統的ジャパニーズスタイルの朝食であった。

 

 主役であるのはシンジ。

 お客様な()()()は、ウィンナーと卵焼きを担当していた。

 志願しての事だった。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)との思い出、お弁当のおかずを用意したいと言ってシンジにお願いしたのだ。

 勿論、シンジは快諾した。

 

「卵焼きは__ 」

 

おいちょっで(取っておくから大丈夫だよ)

 

「すいません」

 

 卵を溶いて調味料を混ぜる所だった卵焼き、お弁当の主役はそのままにしておくと笑うシンジに、()()()はペコリと頭を下げてアスカの元へと走るのだった。

 キッチンからリビングを通り、そして寝室に。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)が悲鳴を上げている場所へと。

 

「大丈夫、アスカ?」

 

「良かったシンジ、異常事態よって、アンタもぉ!?」

 

「うん、まぁ、そうかな」

 

 ()()()を見て悲鳴を上げるアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 さもありなん。

 2人の背格好は14歳と言うには余りにも幼い姿に成っていたのだから。

 

「ナニよコレ!? って言うか、ここは何処なのよっ!!??」

 

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてアスカ」

 

 そう言いながら()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)を抱きしめる。

 力一杯、というには聊か弱い。

 それは子供の力ゆえの限界と言えるかもしれない。

 人を抑える効果の弱い力。

 だが、アスカ(式波アスカ・ラングレー)には特効とすら言えた。

 他人に、それも()()()に抱きしめられぬくもりを与えられたと言う事が強い沈静作用を発揮したのだ。

 

 イヤイヤをする様に暴れていたアスカ(式波アスカ・ラングレー)がゆっくりと落ち着いていく。

 とは言え直ぐに落ち着けた訳では無い。

 

「おかしいでしょ、コレって」

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「大丈夫って何がよっ!?」

 

 吠える。

 暴れる。

 さもありなん。

 浜辺で最後に()()()に逢えた。

 抱きしめられた。

 抱きしめた。

 キスだってした。

 それで幸せを感じ、終わっても良いと思っていたのだ。

 にも拘わらず起きた、生きていた。

 それもちっさくなって、である。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)の感情が跳ぶ(オーバーフロー)して滅茶苦茶になってしまうのも当然であった。

 同じであるが故に()()()も、その内心が手に取るように判るのだ。

 先に目が覚め、その時に同じように混乱し、パニックになっていたのだから。

 だから()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)を抱きしめたまま、それが本懐であるとばかりに感情の破裂に付き合うのだ。

 

 どれ程の時間が経過しただろうか。

 気が付けばアスカ(式波アスカ・ラングレー)は動くのを止めていた。

 口を閉じ、目を瞑り、()()()の胸に顔をよせるのだ。

 その心音を聞くかの如く。

 

「大丈夫なのね?」

 

 力を抜いて身を預け、小さく尋ねるアスカ(式波アスカ・ラングレー)の姿に()()()はそれまで以上の力を、心を込めて抱きしめた。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

 

「そっ、信じたんだからね」

 

「うん」

 

 へにゃりとした笑顔で、真珠の様な綺麗な涙を流すアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 吊られる様に()()()も又、涙を流す。

 涙を流して抱き合う2人。

 その様は実に微笑ましくも心温まるモノであった。

 或いは、感動的な情景。

 

 だが散文的と言うか感動しない人間も居た。

 アスカ、もう一人のアスカ(惣流アスカ・ラングレー)である。

 

「朝から元気なのは良いけど、見えてるわよ?」

 

 風呂(シャワー)上がりらしい、しっとりと濡れた髪をワッシャワッシャと拭きながらであった。

 口元には沢庵の切れ端。

 ウィンナーに手を出そうとしてシンジに怒られた結果だった。

 目覚めのヒト運動とばかりに、食事担当ではない日には近所を走ってくるのを日常としており、その流れでシャワーを浴びているのだった。

 勿論、ヒト運動がシンジの場合には横木打ちとなる。

 

 兎も角。

 アスカの指摘、それはアスカ(式波アスカ・ラングレー)の格好が()()()と抱き合った結果、真っ裸になってしまっている事を指していた。

 さもありなん。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)は服を着ておらず、タオルケットを撒きつけているだけの姿だったからだ。

 

「あっ」

 

ナニよコレェ(ナンジャコリャァ)!?」

 

 

 

 

 

 ダイニングキッチンに置かれた大き目のテーブルに4人座って食べる朝食。

 気楽に座っているシンジとアスカに対し、ちっこい()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は椅子に座布団を敷いて座っている。

 2人は大人な2人(シンジとアスカ)の服を着ていた。

 派手過ぎる色柄(シンジ談なアスカ)のハーフパンツから出ている足は床に届かずにプラプラと揺れ、特徴的な絵柄(アスカ談なシンジ)のTシャツから伸びている短くて小さな手が必死になって醤油注しその他に伸びたりしている。

 お箸を持つ手も覚束ない。

 だが、それでもアスカ(式波アスカ・ラングレー)は必死になって食べていた。

 体感時間で14年の絶食からの喫食だ。

 表情の真剣さが違う。

 ご飯もお味噌汁も、何もかもが美味しく感じられていた。

 だが何より、()()()が自分の為に作ってくれた料理と言う事が心を癒してくれているのだ。

 嬉しそうにしている()()()

 微笑ましく見ているアスカ。

 そしてシンジは、ご飯の御代わりが要るかな? と思っていた。

 

 

 食後、リビングのソファに移動した4人。

 シンジとアスカの手には珈琲と紅茶のマグカップが。

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)には牛乳の入ったマグカップがある。

 オレンジやアップルと言ったジュースの類でない理由は、単純に2人にはそういう飲み物が頭に浮かばない為であった。

 子供の頃には牛乳を飲む。

 シンジとアスカは共に育ちは違えども強くなろうとしていたが為、周りが気を利かしてカルシウムや栄養価のある飲み物を勧めた結果であった。

 実際、そのお陰で鍛錬や訓練で骨を折るなどの怪我をせずに済んでいた。

 その経験、実績があればの事であった。

 

 とは言え、渡された()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)からすれば微妙であったが。

 特にアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 体感時間で14年ぶりのジュースが消えたのだ。

 それはもうガッカリと言うものであった。

 とは言え、ふるまわれる(ただ飯される)側なのでグッと我慢していた。

 

「で、結局、アタシ(式波アスカ・ラングレー)たちがアンタ(惣流アスカ・ラングレー)たちの世界? よね。そこに居る理由って何なの。アタシもシンジも、実体の無い()みたいなモノだったのに」

 

 アスカとの対話、その短い時間でアスカ(式波アスカ・ラングレー)は自分の素性を理解していた。

 だから謎だった。

 救われたいかと聞かれたが、救われるというのがどういう事か判らなかったのだ。

 

「そうね。判りやすく言えば、あの世界での28年の月日がアンタたちのA.Tフィールドを確立させたお陰、って事かしらね」

 

 自我、と言うよりも自己がある程度確立したお陰だと言うアスカに、()()()は首を傾げた。

 当然だ。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)とは違い、()()()にとっての時間は14年であるからだ。

 

「あー うん」

 

 少しだけ口ごもるアスカ。

 少しだけシンジを見て、それから肩を竦めて言う。

 

「比較的似ていたアタシ達と違い、アンタはアタシのシンジと全く別と言って良い人生を歩んだ事が大きな理由かな」

 

 幼少期が()()()()()()()()()な人生を送って来たシンジとは異なり、()()()は波乱万丈の人生を送ってきていたのだ。

 そして、アスカ(式波アスカ・ラングレー)と出会い過ごした事が相互観測めいたモノになりシンジと似て非なる()()()として確立したのだと言う。

 口ごもってしまったのは、波乱万丈が不遇な身の上(ネグレクト)である事に繋がっているからであった。

 

 兎も角、と言葉を切ってアスカは言う。

 

「A.Tフィールドは自分の形を意味するわ。で、自分と言うモノが確立してしまえば、後はA().()T()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。でアンタたちはこの世界に生まれた訳」

 

「いいんですか、そんないい加減な感じで」

 

「いいのよ。アンタたちお子様はまだ知らないけど、世の中って結構、いい加減よ」

 

 嘯くアスカ。

 隣でシンジはたはははっと笑っていた。

 気合と根性で使徒戦役を乗り切った部分があったし、それ以降のオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)に参加した辺りも、勢いとか色々とあっての事だった。

 特にオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)への参加の流れを主導した当時の現場トップだった葛城ミサト准将(准将待遇大佐)は、乱闘寸前にまでなった対策会議を乗り切れたのはいい加減さが大事だったと、後の酒の席(シンジの家での愚痴大会)で言い切った程であった。

 とは言えいい加減さの代償もあった。

 後に、主導したなら責任を取れとばかりに昇進(重責の拡大)をする羽目にり、悲鳴を上げる事になっていたが。

 

 と、アスカ(式波アスカ・ラングレー)が割と深刻な顔と声で尋ねた。

 

「いい加減だってのは判った。と言うか終わったと思ってたアタシや()()()が生きて居れるならもうナンだって良いわ。だけど__ 」

 

「だけど?」

 

「何でこんな()()なのよ!!!」

 

 大噴火である。

 さもありなん。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)成長できない体(エヴァの呪いと言うナニ)で永遠の14歳と言う身の上であっとは言え、自意識で言えば28歳だったのだ。

 それが推定10歳くらいの体になって、尚且つ子供扱いされるとなれば不満の1つでも叫びたくなるというモノであった。

 

「自分と言うモノのA.Tフィールドが確立したってんなら、どうしてこんなチンマイ姿になってるのよ!!!」

 

 怪我の跡も無い、刻まれていた管理番号(悪意の刺青)だって消えた。

 それ自体は良いのだ。

 だが、子供の姿と言うのはどういう事か! と言う事である。

 

「あー」

 

 アスカは頭を掻いた。

 シンジは肩を竦めた。

 そして、互いを見合ってからアスカが口を開いた。

 

「いや、せめてアタシも14歳位にならないかなとか思ってたんだけどね。でもアンタたちのA().T()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「みつ、ど?」

 

「ですか??」

 

 幼くなった事自体に余り不満の無い()()()も一緒に首を傾げた。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)と顔を見合わせる。

 不満が無い理由は簡単だった。

 自分だけなら兎も角として、大事なアスカ(式波アスカ・ラングレー)と同じだし、そのアスカ(式波アスカ・ラングレー)は抱きしめた時に確認した()()()()()()()()が消えていたのだから感謝の気持ちすら抱くのも当然であった。

 

「そ、アンタたちって自分の確立はされていたけども、同年齢的な体に成るには十分じゃ無かった。そういう事よ」

 

「意味が判んないわよ!?」

 

「判んないって言われても、実際問題としてそういう事だし?」

 

 そう言ってアスカは、2人を再生(再誕)させた時の流れを言う。

 シンジとアスカは自身の乗る2機のエヴァンゲリオンのA.Tフィールドを臨界稼働(オーバー・ドライブ)の上で共鳴させ、内側に居る2人のA.Tフィールドを核として人を構成する元素を内包したL.C.Lを励起させて物質化 ―― 体を構成させたのだと言う。

 

「……無茶苦茶ね」

 

「出鱈目で大雑把とも言えるわね。他所の氏族の連中、エヴァの事を願望器(万能機)とか言ってる位だもの」

 

 それは、エヴァンゲリオンだから出来た事であるが、同時に、それはテラ氏族(地球人類)が黒き月と白き月と言う軛から脱する事が出来たが故であった。

 即ち、テラ氏族(地球人類)が持つエヴァンゲリオンは始祖民族の持つソレに匹敵する事が出来るのだ。

 とは言え、現時点でその段階に達しているのはエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機だけではあったが。

 

「………あの」

 

 ()()()が恐る恐ると手を挙げた。

 

「ナニ?」

 

「成長できないって訳じゃ無いですよ」

 

「そこは安心して良いわよ。再誕、この世に生まれた流れがオカシイだけで、アンタたちはもう普通の人間、普通の人生を送れるわ」

 

「じゃ、その……」

 

 口ごもったアスカ(式波アスカ・ラングレー)、その意図をアスカは間違わない。

 その幼く澄んだ蒼い瞳が自分のナニを見ているか簡単に理解できるからだ。

 だから、胸を張る(ドーンとドヤる)

 

「しっかり寝て、栄養を採れば、大きくなるわ。つか、アンタのバカシンジ、そこに拘らないでしょ」

 

「うっさい!!」

 

 

 

 

 

 ギラギラとした日差しが、空と水面に反射して眩しい位になっている。

 真っ白な砂浜。

 そこに大きなピーチパラソルが建てられ、その下にはビーチチェアーが仲良く並んでいる。

 小さな折り畳み式テーブルには開け放たれたクーラーボックスがある。

 水と氷りが浮かんでいるソレの中には、キンキンに冷えたビールとジュースの缶が入っていた。

 海辺(休暇)の景色。

 

 そして、ピーチパラソルの下にはもう1つ、レジャーシートが敷かれていた。

 2つの人影。

 勿論ながらちんまい姿の()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)だ。

 体の寸法的な問題でビーチチェアーに座るのは不安定になってしまう為、砂浜に寝転ぶ事となったのだ。

 とは言え厚手のレジャーシートがあり、又、砂浜には大きな石や小さな流木の類が無いお陰で、不快と言う事は無かったが。

 とは言え、改めて小さいという事を突きつけられる形となったアスカ(式波アスカ・ラングレー)は不満げであった。

 否。

 併せて、自分の格好も不満であった。

 

「………何でアタシがこんな格好に」

 

 シンジに上半身を預ける形で仰向けに寝そべって、ブツブツ(ブツカタブツカタ)とジュース片手に文句を漏らすアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 さもありなん。

 そのちんまい(ストーンな)体を包んでいる水着は手足迄隠す様なラッシュガードな水着だったからだ。

 赤白の横ストライプな辺り、可愛げと言うのはある。

 あるのだが、アスカ(式波アスカ・ラングレー)の求めるモノ(方向)では無かった。

 少なくとも悩殺、()()()が反応させれるモノでは無いのだから。

 尤も、アスカ(式波アスカ・ラングレー)に敷かれている()()()は、その体温と湿度を感じられる事に只々満足していたが。

 大事な、好きだと思う相手とステディな関係になって、傍に居られる。

 体温の交わる距離感に居るのだ。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)と同じデザインの、紺色めいた濃ゆい紫のラッシュガードを着ている()()()は、自分のお腹に乗って居るアスカ(式波アスカ・ラングレー)に頬を寄せながら思う。

 こんな状況。

 幸せを感じられる時間。

 そのどこに不満を感じろと言うのだろうかと思っていた。

 だが、アスカ(式波アスカ・ラングレー)が不満を覚えているなら何とかしたいとも思ってはいた。

 だから拙いながらも言葉を紡ぐ。

 

「どんな格好でもアスカはアスカだし、その……可愛いよ」

 

 照れっとしながらのフォローに、おぼこい感じで頬を赤くしたアスカ(式波アスカ・ラングレー)は顔をそむけた。

 ()()()のお腹に乗った後頭部にグイっと圧力を掛ける様は照れ隠しめいている。

 

「わっ、アスカぁ!?」

 

「なによ、バカシンジ」

 

 より強く感じられた体温、汗の湿り気、そして匂いに()()()が悲鳴を上げれば、アスカ(式波アスカ・ラングレー)は顔を歪めてグリグリと更に力を掛ける。

 逃げようとする()()()

 逃がすまいとするアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 その何とも微笑ましい攻防。

 どれだけか続いた頃か、フッと2人共に力を抜いて寝そべる事になる。

 力尽きたかの様なモノであった。

 

「必死になって、ばーか」

 

「………酷いよ、アスカ」

 

 グデっとなった2人。

 その目にソラが飛び込んで来る。

 蒼穹、どこまでも蒼い空 ―― ではない。

 それは水の青さであった。

 

「なんか……現実感が無いよね」

 

「そうね。太陽が眩しすぎるわ」

 

 空に広がる海。

 否、海があるのではない。

 そこに鏡写しになったような大地があるのだ。

 ここはオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)が保有する25,000m級大型周回交流船たるMétéore chantant(謡う流星)号、その巨大居住区画であった。

 周回交流船とは、オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)の領域の各氏族が物理的に交流する為に文字通りに周回している、ある意味で定期船であった。

 最大で1億の人間が居住可能な巨大居住区画は、直径2,000mで全長20,000mと言う巨大なシリンダー(準オニール型コロニー)構造であった。

 古式ゆかしオニール型コロニーとの違いは、人工重力の発生源がが回転では無いと言う事だろう。

 人工重力も含めて空間管理(炭素生命体向け生存環境維持)はウルド氏族が担っており、そうであるが故に人工でありながらも標準(1G環境)惑星に近い自然環境が保たれているのだ。

 そして、そうであるが故に戦災対応での緊急時に1億と言う規模で人型(ヒューマノイド型)氏族を乗せる事が可能な能力を有していた。

 兎も角。

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)が居るのは人工重力に成立している、2つの大地に挟まれた空間であった。

 光源は居住区画の中央部を貫通する様に設置された柱型の人口太陽となっており、気候設定が夏であった為、真夏めいた強い陽光が燦々と照りつけているのだ。

 そして海。

 この眼前に広がっている海は水資源(H2O)の保管場所であり、同時に海洋資源(水産食料)の生産プラントであった。

 そして非常時(避難民乗船時)以外の余技として娯楽 ―― 遠浅のビーチとして扱われているのだった。

 そして()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)が居る理由は勿論、アスカから気分転換に誘われての事だった。

 尚、この場に誘ったアスカ当人が居ないのは、シンジと一緒に海で遊んでいるからであった。

 遠泳である。

 軽く1kmは沖合に浮かんでいるブイ目掛けて競争していたのだ。

 何とも体力お化けな2人であった。

 勿論、外見年齢(10歳)相応な体力しかない()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は、付き合いきれぬとばかりに砂遊びで海を満喫した後に休憩をしていたのだった。

 

「あの2人、まだ掛かりそうね」

 

「だね」

 

 周りでボートで漕いでいた連中が面白半分に追随しようとしたのに、千切ってしまっている辺り本当に体力お化けな2人であった。

 

「……お腹空いた?」

 

「そうでもないわよ」

 

 問い掛けに、憮然とした風に答えるアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 昼はバーベキューと言う予定であり、浜辺の店に予約をしていた。

 勿論、シンジの名前でだ。

 故に、如何にお腹が空いていても、2人だけで行く訳にはいかないのだった。

 

「おやつ、食べる?」

 

 バックを開き、小腹が空いた時(アルコールのあて)用にシンジが用意していたビーフジャーキーを取り出す()()()

 が、ソレを我慢すると返すアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫よ」

 

 バーベキューは、新鮮な海産物主体であった。

 肉や魚、貝に海老に色々と。

 夕べ、行く事が決まった後でメニューを見て涎が止まらなくなったのだ。

 であればもう、我慢するしかない。

 我慢したいというモノであった。

 14年と言う体感時間で絶飲食であったアスカ(式波アスカ・ラングレー)は、そうであるが故に、食べれる様になってからは食べる事への強い拘りが出ているのだった。

 

「速く帰ってきてくれると良いね」

 

「………ソウネ」

 

 食欲を誤魔化すようにアスカ(式波アスカ・ラングレー)は身をひっくり返して()()()に抱き着いた。

 ギュッと抱きしめ、そして吸う。

 吸われる()()()は密着の気恥ずかしさ、こそばゆさを感じつつ、だがそれ以上に愛おしさから抱き返すのだった。

 密着。

 互いの心音を聞きあう様な2人。

 

「この生活も、あと1週間ね」

 

「そうだね」

 

 アスカが伝えてきたスケジュールは、2人の頭に刻まれていた。

 

「そしたら地球、か」

 

 4人がこのフネ(Météore chantant)に乗って居る理由。

 それはオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)前線部隊(第1軍)を離れ、地球に戻る為であった。

 本来、シンジとアスカは長期休暇期間中であったのだ。

 それがギツアートから対話の相手と指名され、休暇を中断して前線に来ていたのだ。

 だが対話が罠であった。

 和平は消えた。

 だから、2人は先の戦闘に備えて英気を養う為に長期休暇に戻ろうとしているのだった。

 そして()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)も2人に連れられ、地球に向かっているのだ。

 

「そうだね、僕たちが知らない地球だから、どうなってるだろう」

 

「少なくとも()()()()よりはマシでしょ」

 

「そうだね」

 

 命の無い赤い海。

 赤い空。

 2人が生まれ、育ち、そして戦った世界。

 悪意で煮詰められた様な、全てが悪い方向に転がっていった世界。

 道具の様に作られ、使われたアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 それは()()()も同じであったのだ。

 

「どこでもいいよね」

 

「どこでもいいわね」

 

 奇しくも同じ言葉を言う2人。

 そうだ。

 そうなのだ。

 2人で居れるのであれば、何も問題は無い。

 そう腹を括っていた。

 

「問題は、地球の()()ね」

 

「何だか、うん、覚悟を決めて置いてって言われたよね」

 

「………悪い意味、って感じじゃ無かったわよね」

 

「だよね。そこで戸籍とかも何とかするって言われたけど」

 

 詳細はアスカは口にしなかったのだ。

 吃驚させたい(サプライズ)、としてだ。

 

「なんだが、嫌な予感がするんだよね」

 

「ミサトの、あの第3新東京市のマンションの頃みたいに?」

 

「うん。あのミサトさんを思い出すんだ、あの時のアスカさんの顔って」

 

「………何とかなるわよ」

 

「そうだね」

 

 2人の嘆息は、潮騒に吸われ、消えて言っていた。

 

 

 

 

 

 幾度かの超光速航法(ワープ)を繰り返して太陽系へと到着したMétéore chantant(謡う流星)号。

 だが地球の傍ではない。

 太陽系最外縁境界(ヘリオポーズ)の外側、宇宙(コスモ)灯台を兼ねた外宇宙向けステーションの管制宙域だ。

 最新の星系情報を受け取り、管制を受けながら有人惑星 ―― 地球の近域に精密近距離の超光速航法(ワープ)を行うのだ。

 これは、星系内は多くの宇宙船が行き交っている為、事故を未然に防ぐた為の規定であった。

 特にMétéore chantant(謡う流星)号は大型恒星間船である為、他の宇宙船とぶつかっては大事故となるのが目に見えていた。

 だからこそ、安全を確保する為の手段が大事となるのだ。

 

「アレを見ると帰って来たって気がするわね」

 

 Météore chantant(謡う流星)号の艦首管制ブロックに設けられている展望デッキからの画像をリビングの大型モニターで見て、アスカは肩を竦めながら言った。

 外宇宙向けステーションには、多くの文字が掛かれていたのだ。

 「WELCOME!」、或いは「オカエリナサト」などなど。

 雑多に書かれたソレは、実にらしいという感じであった。

 

「ナニよアレェ!?」

 

 呆れた様な声を出したのは勿論、アスカ(式波アスカ・ラングレー)だ。

 何とも評しがたい顔をしている。

 さもありなん。

 外宇宙向けステーションには、雑多な企業の看板広告すら書かれていたからだ。

 宇宙船の呼称対応には〇×社へとか、生鮮食料品に補充には×△公司へとか色々と。

 実に商魂たくましい様であった。

 

「凄いね」

 

 キッチンから戻って来た()()()も、オレンジジュースのペットボトルをアスカ(式波アスカ・ラングレー)に手渡しながら同意する。

 が、アスカはそんな2人を鼻で笑う。

 

「宇宙に出たくらいで人間は変わりはしないって事よ」

 

 日本人は宇宙に出ても米炊いて、魚焼いて喰ってる。

 ドイツ人はビールとウィンナーが手放せない。

 アメリカ人は取り合えずカリカリにベーコンを焼いている。

 イギリス人には紅茶だけあたえておけば良い、と。

 人間、生活環境が多少なりと拡大した程度でそうそう変るモノではないのだ。

 

「何とも夢の無い話ね」

 

「だってコレ、()()だもの。夢じゃ食べてはいけないもの」

 

「はいはい」

 

 宇宙開発と言うロマンの向こう側にたどり着いたのに、そこには散文的現実が頑として存在する事に嘆息するアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 アスカは、夢を見すぎだと笑った。

 

「世界がどんなに変わっても、それは昨日の続きの今日。今日の続きの明日って事よ」

 

「哲学的ね」

 

「そうでも無いわよ。単純な事実の羅列、世界の終りとか果てとか、そういうトンチキな、ナンて言うのかな、救いっていうか世界の変革 ―― 新世界(ネオンジェネシス)なんて無いのよ」

 

 どのような現実であれ一歩一歩、歯を食いしばって生きていくしかないという。

 それは当人が否定するよりも余程に哲学的であった。

 似て非なる年上の自分(惣流アスカ・ラングレー)の言葉に、瞠目するアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 それに気づかず、アスカは続ける。

 

「だから、アンタたちも地球に着いたら頑張るのよ」

 

「………その、アスカさん。結局、僕たちは地球に着いたらどうなるんですか?」

 

 ()()()の問い掛け。

 ある種、不安げな目つきをしている。

 だが、対するアスカは何を言うのかと目を瞬かせた。

 シンジを見る。

 シンジは頷いて返した。

 

「別に、どうとか言う事は無いわよ。取り合えずママたちの所に行って、戸籍問題を解決させて、そっから再スタートって所かしらね」

 

じゃっど(そうだね)いかんなめんでこっになっでよ(行かないと面倒になりそうだものね)

 

「面倒って?」

 

ふたいにあいたかしがおっでよ(2人に会わせろって煩い人たちが居るんだ)

 

「…………それ、アタシたちの体がA.Tフィールドで構成されてるから?」

 

 警戒する様に言うアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 仮想的とすら言える2人は、A.Tフィールドによって人の形を得た。

 それは特殊な事例として研究されるのではないかと警戒しているのだ。

 考えない訳では無かった。

 だが、シンジとアスカが余りにもフレンドリーで、尚且つ観察してくる様な感じがなかったので心の奥底に潜めさせていた(猫を被っていた)のだ。

 勿論、()()()にも言い含めさせていた。

 だがシンジは、そんな2人の警戒感を笑い飛ばす。

 

ないごてな(そんな事はないよ)

 

 呵々と笑う。

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は知らぬ事であるが、加圧化させたA.Tフィールドによって体を生み出す事 ―― 物質変換は14年も前に観測され、調査され、研究されているのだ。

 逆に言えば、その成果があればこそ2人を再誕させられたのだ。

 

「そういう心配はいらないわよ? 普通の人、普通の子供として生活していくってだけだから」

 

「………アンタたちの予備として?」

 

「それは無い、かな?」

 

 シンジとアスカはテラ氏族の切り札(ウルトラエース)であるが、それは覚醒状態となっているエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機があればこそとも言えた。

 そして、この2機に紐づけされている限りに於いて ―― エヴァンゲリオンが健在である限りシンジとアスカが喪われる可能性は無いとすら言えるのだ。

 その意味に於いて現在の()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は、そう成れる可能性と言うだけの話であった。

 又、エヴァンゲリオンの操縦者、適格者として言えば。

 現在の地球では常時4桁単位での育成が行われており、志願しない限りエヴァンゲリオンに関わる事を強いられる事は無い。

 そうとすら言えた。

 

あげんとこで(あんな世界で)たたかっちょったたっが(戦わされて来たんだ)じゃっで(だから)そぎゃんことしいられんでんよかが(もう戦えと命令されなくても良いんだよ)

 

「そーそー」

 

「で、でも、生活費とかどうするのよ!?」

 

そいは(それは)………」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「だよね」

 

 シンジとアスカが、何というか深いため息をつく。

 世の不条理、という訳では無いが何というか、逆らえぬ何かを感じさせるため息であった。

 

「な、ナニよ」

 

「悪い話にはならないから安心して。本当はアタシ達で養育って考えてたんだけど、ね。戸籍の事で相談したら__ 」

 

 最初はシンジとアスカの子供として登録も考えたのだが、それだと後々に問題が出る。

 ()()である。

 2人が揃って碇家の子供となっては、()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は結婚できない事になってしまうのだから。

 

「け、けけっ」

 

「けぇっ」

 

 真っ赤になって慌て、怪鳥の様な声を漏らす()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)

 顔を見合わせて、更に茹る様に赤味が増す。

 愛情を確認し合い、体を重ねた関係にもなっていたのだから()()が予定に入るのも当然の話ではあったが、他人から言われると矢張り別格の破壊力があると言うモノであった。

 幼いカップルの純情、と言うには聊かばかり現実的な姿を愉しみつつアスカは言葉を連ねた。

 

「だからママたちに話をした訳、丁度、帰還報告もするからその後で、そうね。降りてからのお楽しみって事で」

 

 

 

 

 

 人類が宇宙に本格的に進出し、そしてオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)に加盟して以降も特務機関としてのNERVは存続していた。

 国連安全保障理事会直轄の儘ではあったが、同時に正規の軍事組織として再定義されていた。

 使徒戦役集結に伴い、それまでの臨時編成めいた部分のあった国連軍が解体拡大再編成され、新しく創設された国際連合統合軍(U.N.SPACY)の管理下に入っていたのだ。

 人類の矛にして盾であるエヴァンゲリオンの統括組織としてであり、エヴァンゲリオンの建造と管理、そして適格者(パイロット)の選抜と訓練を担っていたのだ。 

 国際連合統合軍(U.N.SPACY)構成(戦力を供出)する5軍 ―― 陸軍、海軍、空軍、宇宙軍と並ぶ存在として存続しているのだった。

 又、特務(研究)機関としてA.Tフィールドの研究も行っていた。

 

 そんなNERVの本部は2010年代と同様に、第3新東京市に置かれ続けていた。

 とは言え様相は一変していた。

 最後の使徒、第18使徒との戦いで天蓋構造が吹き飛んだ黒き月(ジオフロント)は復旧される事無く解放構造となっていた。

 又、市街に多く設置されていた兵装ビルの類も撤去されている。

 その代わりに、市街地は勿論、山岳部にも様々な施設が増設されていた。

 元より大規模であった軍民共用の第3新東京市空港も、更に拡充されていた。

 上空から見れば、

 だが一番の違いは、芦ノ湖だ。

 中型(700ft級)以上の、着水可能な惑星間宇宙船の運用を前提とした宇宙港として整備されていたのだ。

 全高40mを超えるエヴァンゲリオンとその周辺機材を安全に、そして余裕をもって輸送するにはこの規模が必要とされているのだった。

 この為に通信や管制機材、或いは整備施設などの地上設備が設置され、又、浚渫によって水深が深く取られていた。

 多くの宇宙船、或いは管理用船舶が動き回っている芦ノ湖。

 通信用アンテナ、パラボラアンテナが外輪山に乱立する姿もあって、それは未来都市めいた姿であった。

 

 見事な、波しぶきの少ない着水を白亜の宇宙船が決めた。

 国際連合統合軍(U.N.SPACY)の誇るブリュンヒルト級戦闘輸送艦クリームヒルトだ。

 単独で大気圏への突入及び離脱を可能とする万能艦であった。

 白鳥めいたその船体に、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機が収納されている事が伝えられている。

 当然、専属適格者たるシンジとアスカも乗って居る。

 そして()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)もだ。

 

「もう一人のシンジ、か」

 

 豪奢なNERV総司令官室の椅子に背を預けたまま、碇ゲンドウが独り呟いた。

 往年に比べて脂の抜けた表情ではあったが、枯れてはいない。

 枯れる事が許されないとも言えた。

 

「気になりますか?」

 

 碇ゲンドウの傍らで書類を確認していた碇ユイが、微笑ましいとばかりに笑った。

 着ている制服はNERVのモノでは無くSEELEの構成員 ―― 終身評議員のモノだ。

 碇ユイはエヴァンゲリオン初号機の中から社会復帰して以降、碇ゲンドウの妻の座(右の夫人)を確保して以降は実働的な片腕的立場としてSEELEに居るのだった。

 NERVに復帰しなかった理由は政治であった。

 科学者としての我の強い所がある碇ユイではあったが、同時に良識的な部分も豊富に抱えているが為、碇リツコ(左の夫人)が掌握するNERVの科学部門に戻った時に()()()()()が立つ可能性を嫌っての選択であった。

 碇ユイに忖度する人間が出るかもしれないし、碇リツコに忖度する人間が出るかもしれないからであった。

 家庭内(対碇ゲンドウと言う意味)に於いては良好な関係(二頭カカァ天下体制)を構築している両女傑であったが、如何せんにも他人と言うモノは勝手に動くモノであるのであり、そうであるが故に勝手に対立関係を作り上げてしまう所があるのだ。

 である以上、最初からその芽を摘むのが正解である。

 そういう話であった。

 

「いや…………そうだな。顎を砕かれそうには無いと思ってな」

 

 諧謔めいた口調で小さく笑う碇ゲンドウ。

 己の顎を、触らない限りは判らぬ強化プレートを撫でた。

 顎髭は無い。

 碇ゲンドウはその肌触りに慣れ親しんでいた。

 碇リツコは顎鬚姿に愛しさを覚えていた。

 だが、碇ユイは3人で暮らすようになって直ぐに笑顔で毟ったのだ。

 それ以来、碇ゲンドウは幾ばくかの満足感と共に髭を伸ばす事は無かった。

 

「バカを言ってないで、そろそろ出発しますよ?」

 

「ああ。判っているよ、ユイ」

 

 歓迎会(レセプション)の類が開かれる訳では無いが、シンジとアスカを筆頭にエヴァンゲリオンの運用と整備関連で100名からのスタッフが臨時に出向していたのだ。

 であれば、組織の長として帰還報告の場に立ち会わない訳にはいかぬと言うモノであった。

 宇宙港となっている波止場、クリームヒルトを降りて直ぐの場所で行われるソレは、帰還したスタッフに手間と疲労をさせない為でもあった。

 結果、当然の様に碇ゲンドウらはNERV本部からの参加者は、開催場所への移動に時間が必要となるのだ。

 椅子から立ち上がり、身だしなみを軽く整える碇ゲンドウ。

 だが雑な部分が出ている為、碇ユイが傍に寄って皺を伸ばす。

 夫婦の姿だった。

 そこに面映ゆいめいたモノを感じ、碇ゲンドウは口元を小さく歪めて歩き出す。

 

「リツコさんは現地合流です」

 

「判った」

 

 NERV本部正面玄関、用意されていた公用車に向かう。

 第3新東京市の地下に縦横に張り巡らされている交通網等を使わずに黒塗りの高級セダンで移動する理由は、保安上(要人警護)からの要求であると同時に政治であった。

 或いは()()と言えた。

 兎も角。

 第3新東京市の事実上の支配者と言って良いNERV総司令官碇ゲンドウは、妻にしてSEELEの第3新東京市駐在員の碇ユイと共に帰還報告会に向かうのであった。

 

 

 

 波止場に臨時に設けられた演台。

 白赤の天幕とテント。

 隊列しているスタッフの列。

 シンジとアスカ、それに派遣部隊の指揮官が最前列に立っている。

 報道陣は居ないが代わりに広報の腕章を吊ったNERVと国際連合統合軍(U.N.SPACY)のスタッフが写真や動画を撮影している。

 シンジとアスカは一般にも人気がある為、NERVスタッフや適格者(チルドレン)の募集に向けて着飾って参加する(礼服を着用する)イベントでは集中的に撮られているのだ。

 

 そして()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)

 此方は少しだけ上品な子供服を着て、写真などには写らない様に細心の注意が払われた関係者席に座っていた。

 ()()()は藍色の、キッズフォーマルな三つ揃いのスーツを着せられていた。

 半ズボンと赤いネクタイが実に子供らしさを演出している。

 対してアスカ(式波アスカ・ラングレー)は鮮やかな黄色の、子供用フォーマルドレスを着ていた。

 モードでは無くクラシック系のデザインが落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 よく似合っており、周囲の耳目を集めていた。

 勿論、広報(報道)担当も含めて大人で身内(戦友とその家族)しか居ない場である為、誰もが礼儀正しくあり、無作法な目に晒される事は無かったが。

 特に、年齢不相応な程に落ち着いて椅子に座っているのだ。

 である以上、身内の小さな紳士淑女と扱われるのも当然の話であった。

 尤も、扱われている側の2人は着なれない格好の為、緊張して動けなかったというのが正確な所であったが。

 極幼少期は兎も角、それ以降はネグレクトな環境で育った()()()

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)はエヴァンゲリオン2号機の備品として扱われ、只々訓練漬けの日々だったのだ。

 表向きの経歴から()()()()()()()()()()()に似つかわしい制服の着かたその他は学習させられていたが、真っ当なドレスや子供らしい服装と言うモノを着た事など無かったのだから当然だろう。

 人間らしい生活を送った時間は、NERV本部に配属となって第9の使徒に喰われる迄の、短い時間だけだったのだ。

 そしてWILLEに所属されてからは必要最低限度の建前さえ消え失せ、壊さない限りは何をしても良い使徒憑き(汚染物)として扱われていた。

 そういう地獄の様な日々の果ての今なのだ。

 正しく子供扱いされ、大事に扱われ、肌触りの良い上質なフォーマルドレスなど着せられたのだ。

 緊張から借りてきた猫の様になるのも当然とも言えた。

 

 緊張。

 そして真夏の日差し。

 潮の湿気を大量に含んだ風。

 真っ白なテントの下は、日差しが遮られているとは言え、地獄めいた環境となっていた。

 

「暑いね」

 

「暑いわ」

 

 殆ど唇を動かさず、声を出さずに愚痴る2人。

 常夏の世界から季節の回復した世界に来たとは言え、やはり夏の暑さに堪えかねていた。

 顔から体から汗を大量に搔いていた。

 

「とうs、ゲンドウさんの演説が短かったのが救いだよ」

 

 碇ゲンドウを、自分の父親の様に言いかけ、訂正した()()()

 それをアスカ(式波アスカ・ラングレー)は、声を出さずに笑う。

 父も母も無い。

 部品として製造された自分とは違うでしょ、と。

 

「アンタバカァ? 遺伝子上も、戸籍でも父親でしょ」

 

「だけど、違うんだ」

 

「主に()?」

 

「うん、そこも……」

 

 トレードマークめいていた顎鬚が無く、しかも表情もサッパリしているのだ。

 あの世界の、フルボッコにしたギツアートの化身でもあった()()()()()()()()が、痩せこけて陰鬱な雰囲気であったのと大違いと言えるだろう。

 夏の青空が似合ってすらいるのだ。

 ()()()が違和感しか感じないのも当然と言えた。

 

「ま、確かに()()()()()()()わよね」

 

「そこも、うん。違い過ぎるよね」

 

 何が、とは言わない。

 ただ2人の視線は揃って碇ゲンドウの頭頂部を見ていた。

 全くの容赦の無さ。

 陰鬱な世界の檻(ギツアートの世界)から解放された2人は、その本来の(毒舌)を蘇らせていた。

 勿論、その主対象は生まれ育った世界である。

 

「平和よね」

 

「平和だね」

 

 青い海。

 蒼い空。

 2人は初めて見る、人が世界に拒否されていない世界に感嘆もしていた。

 

「で、アレがアンタのお母さん()か」

 

「みたいだね」

 

 何とも言い難い声を零す()()()

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)が小さく動かした顎で指したのは、演説する碇ゲンドウの後ろに立っている2人の女性だった。

 片や瞼の母、うっすらとしか覚えていない相手。

 碇ユイ。

 だが()()()には実感が無かった。

 その上、碇ユイの隣には()の名を名乗る赤木リツコまで居るのだ。

 2人目の母だと事前にシンジから教えられていたが、何というか時間を掛けた咀嚼無しにのみ込める話では無かった。

 と言うか碇リツコ、()()()は勿論にしてもアスカ(式波アスカ・ラングレー)から見ても別人に雰囲気があった。

 顔から険が取れ、更には髪は染めるのを止めていた。

 しかもセミロング。

 鎖骨下辺りまで伸ばしているのだから、2人からすれば誰!? と言う所があった。

 

「つか、さ」

 

「なに?」

 

「アッチ、来賓席の右側に座っているコーカソイドの一家っぽいのがガン見してきてるんだけど、アンタは見覚えって無い?」

 

「どこ?」

 

「ほら、アッチの__ 」

 

 場に求められる礼儀正しさを崩さぬよう、顔は正面を向けたままに互いの視線だけで場所を示し、受け取る。

 確認。

 そこは本当に()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)であり、シンジとアスカであった。

 2人が確認した相手、それは知る由も無い相手だった。

 アスカ(碇アスカ)の身内であったのだから。

 NERV欧州統括であるヨアヒム・ランギー(実の父)惣流キョウコ・ランギー(実の母)、そしてベルタ・ランギー(義理の母)だ。

 3人は幼い姿のアスカ(式波アスカ・ラングレー)を見て感涙せんばかりの有様であった。

 距離があった頃、或いは離れてしまった頃に近い姿なのだから、そうなるのも当然と言えた。

 否。

 それどころかアスカ(式波アスカ・ラングレー)の境遇も知らされていた為、その感情は色々と限界を超えていた(オーバーフロー状態であった)

 

「どっかで見た事があるような、そんな気がする?」

 

「アンタも? アタシもどっかで見た様な__ 」

 

 或いはこの時、()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)を見ていれば、その既視感(デジャブ)の由来に気付けたかもしれない。

 或いはアスカ(式波アスカ・ラングレー)が鏡を見ていたら、その既視感(デジャブ)の由来に気付けたかもしれない。

 だが、その両方が今は無い為に、答え合わせはこの帰還報告会の終わった後となる。

 

 

 

 

 

 NERV本部地下施設。

 単独では地下工廠(ジオフロント・アーサナル)等とも言われる事の多くなったソコは、かつてのジオフロントNERV本部施設群が地上へと移設されていく中でも機能を維持し、或いは拡大し続けている施設であった。

 本部の各施設が移転している理由は、NERVの国際連合統合軍(U.N.SPACY)の5番目の軍への拡大と再編成に伴っての事だった。

 使徒戦役(Survival War-2015)の頃はNERVも特務機関 ―― 国連非公開組織であり、第3新東京市での迎撃戦闘を行う為、そして要塞機能を隠ぺいする為の偽装として多くの施設を地下に収める必要があったが、国連の正規機関として公開されたのに伴ってその必要性が失われた事が理由だ。

 地下(ジオフロント)と言う場所は情報保全(情報秘匿)と言う意味では優れた場所であったが、そうであるが故に施設設備の拡張には苦労が付きまとっていた(金と時間を果てしなく飲み込む)のだ。

 しかも、第17使徒との戦闘で本部地下空間(ジオフロント)を隠して居た天蓋構造体が消し飛んでしまっているのだ。

 隠す必要性の低下した状況下で予算を大量に必要とする天蓋構造体の再建が選ばれる筈も無かった。

 隠ぺいに予算を投じるよりも、より広く使いやすい施設を用意しよう。

 それは、NERVと言う組織の健全さの発露とも言えた。

 

 そんな、嘗ての第3新東京市頭脳を担っていた発令所すらも、第7世代型有機コンピューターMAGI共々地上に移設される中で、地下工廠(ジオフロント・アーサナル)は機密保持の観点からエヴァンゲリオンの整備と開発、或いは製造の場として拡充されていたのだ。

 かつてと同様の役割。

 だが、全てのエヴァンゲリオンが対象となっている訳ではなかった。

 これは今現在で運用されているエヴァンゲリオンの総数が1()0()0()()()()()()()()が故の事であった。

 これ程の規模でエヴァンゲリオンが整備されている理由は、1つには人類が宇宙へと本格的に進出(宇宙の資源開発の本格化)した事があった。

 A.Tフィールドによって様々な環境に適合可能な機材として、宇宙のみならず火星や金星といった惑星の開発にも縦横に活躍しているのだ。

 巨大で、そして柔軟に動けるエヴァンゲリオンは、動く事での余波(周囲に衝突)を考えなくて良い宇宙空間での作業に最適と言えた。

 効率(タイムパフォーマンス)が圧倒的に良いのだ。

 そこにはジェットアローンの子供たち、汎用支援機(ジェットアローン3)の系譜となる地上汎用機(ジェットアローン4)と有人制御化された宇宙環境機(コスモアローン)も含まれている。

 正しく平和利用であった。

 

 だが当然、それだけではない。

 戦闘を主任務とするエヴァンゲリオンも多いのだ。

 これはオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)への加盟により戦力の供出が要求されている為であった。

 オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)は、その名の通りオリオン腕に位置する諸惑星系国家/民族(黒き月の子)、或いは個体たる格(白き月の子)による同盟であり、共同での防衛の枠組みであった。

 相手はオリオン腕に隣接するペルセウス腕で覇権的地位を獲得し、そして支配領域を拡大する為にオリオン腕に侵攻してきたトラディ氏族である。

 資源を欲している訳では無い。

 労働力を欲している訳でも無い。

 惑星規模の頭を持つトラディ氏族は、巨体を持った意思であるが故にA.Tフィールドの力も凄く、同時に、その巨大な頭脳故に持つ星すらも砕ける超能力(念動力)を持っていた。

 トラディ氏族は白き月の子であるが故に個として完成しており、他の人や機械を必要としないのだ。

 正しく()()()()()である。

 だが、それだけの存在では無いのだ。

 本来であれば肉体的頑強さ、進化への欲求(生命の実)は持てども知恵の実(知的生命体としての意識)を持たない筈の個の格(白き月の子)であるにも関らず、トラディ氏族は知恵を持ち、そして群体と呼び得るだけの(同胞)を持っていたのだ。

 覇権的氏族、他の黒き月の子や白き月の子にとって大いに迷惑な、そして謎の相手であった。

 これで平和的な存在(氏族)であったならば、戦争(武力による抵抗)以外の選択肢も選ぶ可能性が出るモノであったが、トラディ氏族は支配を、それも苛政的な統治を娯楽として楽しむ癖があったのだ。

 交渉の余地(和平は無い)となるのも当然の話であった。

 オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)は、その創設初期にオリオン腕でトラディ氏族が支配していた惑星系を解放した経験があり、それらを実体験として理解していたのだ。

 又、トラディ氏族の()()()も居り、そこからも情報を集めていた。

 この他、決死の覚悟でペルセウス腕に偵察部隊を送り込み、情報を集めもしていた。

 これらの結果、判った事はトラディ氏族は只々只管に支配したいと云う欲求に突き動かされていると言う事であった。

 ()()()が齎した情報も、その調査結果を裏打ちしていた。

 明確な目的意識も無く、欲求に突き動かされている。

 その様は機械めいた部分があるのだという。

 尚、そんなトラディ氏族が増える、産まれるのかは何も判って居なかった。

 ()()()の記憶では、ある日突然に自分がトラディ氏族であると自覚し、宇宙に浮いているのを知覚していたのだと言う。

 そして欲求が強迫観念めいてトラディ氏族を動かしているのだという。

 だが()()()は、本能とも言える欲求に対して素直に従う事を良しとせず、疑問を持ち思索を繰り返し、苦悩し、その果てに欲求を生み出す自らの頭脳の部位を物理的に吹き飛ばしてオリオン腕 ―― オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)に亡命してきたのだと言う。

 壮絶な話であった。

 そしてオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)()()()によってトラディ氏族の詳細な情報を得る事が出来たのだった。

 そして、今現在に於いてトラディ氏族のオリオン腕侵攻は、それが散発的である事と相まって、辺境域での防衛に成功していた。

 これは、オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)の奮闘の結果でもあり、同時にトラディ氏族がオリオン腕侵攻を本気で行っていないが故の事であった。

 ()()()によれば、天の川核恒星系(銀河中央方面)に強大な()が存在しているのだと言う。

 オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)としては、敵の敵は味方と言う理論によってトラディ氏族の()との接触、可能であれば交渉や協力体制の構築を考えては居たが、同時にトラディ氏族の()とされる存在がトラディ氏族よりも狂暴である可能性もある為、この点に関しては慎重に情報収集から当たる事としていた。

 

 兎も角。

 常に戦場を抱えているオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)の要求から、地球人類(テラ氏族)は、相当数のエヴァンゲリオンを戦力として供出していたのだ。

 無論ながらも無償では無い。

 それなりの対価として、オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)から超光速航法(ワープ)技術などの提供、或いは無人の惑星への入植協力を受けていたのだ。

 そのお陰で、10年を経ずして地球人類(テラ氏族)は火星と金星の地球化(テラフォーミング)を行い特別な装備なしの入植を行い、又、アステロイドベルトから資源衛星の確保(地球衛星軌道上への移動)や木星からヘリウム3の回収などが出来る様になったのだ。

 地球人類(テラ氏族)の黄金期が始まったとすら言えた。

 だからこそ地球人類(テラ氏族)、国連は保有するエヴァンゲリオンの過半数をオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)へ戦力として供出しているのだった。

 尚、これ程の対価は大多数のオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)加盟氏族に与えられてはいない。

 厚遇と言って良いだろう。

 之は、白き月と黒き月の相克によって始祖氏族の軛を逃れた地球人類(テラ氏族)とエヴァンゲリオンの力が評価されての事であった。

 特にエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は、ほぼほぼ単独でトラディ氏族の重要個体である重惑星級(コアグレード)すら撃破可能なのだ。

 厚遇されない訳が無い、と言うべきであろう。

 御恩と奉公(ギブ & テイク)

 ()()()()()地球人類(テラ氏族)()()()()()()()()()()()()()()

 それがエヴァンゲリオン。

 その為の第3新東京市地下工廠(ジオフロント・アーサナル)

 技術の研究と開発。

 エヴァンゲリオンの全てを支える場所であった。

 とは言え、現時点で戦力としてオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)に供与しているエヴァンゲリオンの総数は60機を優に超えている現在、地下工廠(ジオフロント・アーサナル)が全ての機体の管理や改修を担っている訳では無かった。

 戦闘向けとされている中でも()()()()()()()()()()()等とも言われる一部の機体に留まっていた。

 これは最初に建造されたエヴァンゲリオン、エヴァンゲリオン第1次整備計画(エヴァンジェリン・プロジェクト)で整備された機体群(ナンバー・エヴァンゲリオン)であり、使徒戦役終結後に同規格で建造された機体でもあった。

 現在ではF型(ファーストシリーズ)と云う識別コードが与えられている。

 

 F型エヴァンゲリオンが一般作業用、或いは標準的戦闘用とされているエヴァンゲリオン群、S型(サードシリーズ)と言う識別コードで管理されている機体群 ―― 第2期量産型(セカンドシリーズ)エヴァンゲリオンの系譜と分けられている理由は、その構造にあった。

 S型エヴァンゲリオンが製造効率と整備性が重視され生体部品の使用率を下げているのに対し、F型エヴァンゲリオンは管理に繊細さが要求される生体部品が多用されているのだ。

 生体部品は製造と管理、或いは補修に専用かつ大掛かりな設備が必要とされる為、地下工廠(ジオフロント・アーサナル)に集約されていたのだ。

 勿論、S型エヴァンゲリオンの整備が出来ない訳でも、受け入れない訳でも無い。

 だがS型エヴァンゲリオンはF型エヴァンゲリオンとは別の特殊性を持ち、専用の設備を要求する所がある為に別の場所、荒野のど真ん中と言う立地から広い敷地を誇るNERVアメリカ第2支部で行う様になっていたのだ。

 尚、特殊性とは制御システムに関する事であった。

 S型エヴァンゲリオンは、機体の制御が先進化操縦支援システム(アドバンストBモジュール)を前提とした構築が為されており、F型エヴァンゲリオンとは全く別のモノになっていたのだ。

 F型エヴァンゲリオンよりも安全に、適格者(チルドレン)がエヴァンゲリオンと繋がれる(シンクロする)システムであった。

 性能、限界性能(ピークスペック)と言う意味ではF型エヴァンゲリオンの足元にも及ばないS型エヴァンゲリオンであったが、そうであるが故に安定した運用が可能であり一般作業用として採用されていた理由でもあった。

 又、搭乗員に要求する水準もF型エヴァンゲリオンに比べて()()と言うのも重要な点であった。

 F型エヴァンゲリオンは、それを起動や操作までは出来ても、その性能を十分に使いこなせるのはシンジやアスカを筆頭としたA.Tフィールドを使いこなす事のできる甲種適格者(グレードワン)、或いは超級適格者(セレクション・チルドレン)と呼ばれる人間だけであったのだ。

 

 F型エヴァンゲリオンを維持するコストは決して安いものではない。

 S型エヴァンゲリオンでも必要十分な性能を持っているし、数を揃える事もできる。

 だが惑星規模の敵、強大無比なトラディ氏族とすら単独で相対し、撃破すらも可能なF型エヴァンゲリオンは、その保有コストに見合っていると言う評価が為されているのだった。

 

 閑話休題。

 

 さて、そんなF型エヴァンゲリオンの故郷とも言える地下工廠(ジオフロント・アーサナル)にエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機と帰って来た。

 トラディ氏族との戦闘で大きな損傷を受ける事の無かった両機の姿は、正に雄姿であった。

 問題は、地下工廠(ジオフロント・アーサナル)へと運び込まれたエヴァンゲリオンが2機に留まらないという事であろう。

 NERVが今まで運用してきたエヴァンゲリオンとは全く違う形をした真っ白なエヴァンゲリオン。それは、ギツアートが作り出した世界に於いてE97型(Type-E.97)との名で呼ばれていた機体であった。

 人型にして人型では無い。

 だが、使徒程には外れていない。

 エヴァンゲリオンにしてエヴァンゲリオンでは無い。

 それがE97型エヴァンゲリオンであった。

 問題は、そもそも何故にE97型エヴァンゲリオンがこの場に居るのかと言う話だ。

 研究用として破損した機体を鹵獲した訳ではない。

 現時点で9機全てに損傷状況は見えないし、自律的(自由)に動いているのだから当然と言える。

 答えは単純だ。

 E97型エヴァンゲリオン9機、その全てがエヴァンゲリオン弐号機とアスカに平伏し、恭順していたのだ。

 その後、シンジとエヴァンゲリオン初号機にも降伏していた。

 獣的な本能から、勝てぬ相手と言う事を理解した結果とも言えた。

 軍組織の一員と言う意味では論外であったが、ギツアートもそこら辺を全く考えない使い捨ての駒(ユニット)としてE97型エヴァンゲリオンを生み出していたが為であるので、ある意味で因果応報とも言えた。

 兎も角。

 シンジとアスカに無邪気とも言える態度で恭順する態度を示したが為に無碍にも出来ず、又、機体の精密検査に於いても特段に異常が見られなかった為、議論(どうすんだよコレェェ)の末に()()()()()()()に則って地球に来る事となったのだ。

 地球に連れて行くと告げる際にアスカは、人に怪我をさせた場合、その理由奈何では殺処分と宣言し、ソレを受け入れさせていた。

 喜んで、と言うよりも怯える塩梅で何度も頷いている辺り、貫目の差が如実に出ていると言えるだろう。

 かくして地球へと、第3新東京市へと来たE97型エヴァンゲリオン。

 とは言え通常のエヴァンゲリオン格納庫(ケイジ)では構造の違いもあって収容できない為、最下層の未使用区画に放り込まれていたが。

 かつては最下層秘匿区画(ターミナルドグマ)として、Lilithを封印していた階層(エリア)だ。

 直径がkm単位と言う巨大な空間であったが、最下層の封印区画であったと言う事で再利用は諦められていた。

 又、第18使徒との最終決戦の場所でもあり、戦闘の余波で()()()()になっていた事も、放棄すると言う選択に繋がってもいた。

 そこに今、9体のE97型エヴァンゲリオンが収納されていた。

 思い思いに動いていたり、羽を出して飛んでいたり、或いは泳いでいたり。

 微動だにせず虚空を見上げている風の機体も居る。

 その意味では9機はそれぞれに個性があった。

 

 

「アスカ曰くの()()()()()()、名は体を表すという意味では良い命名だわ」

 

 思い思いに過ごしている9機。

 その姿を、岸辺に作られていた管理室から眺め、呆れる様に呟いた女性が居た。

 白く蒼い銀色めいた髪を腰まで伸ばし白衣をコートの様に着込んでいる、渚レイ(綾波レイ)である。

 F型エヴァンゲリオン、エヴァンゲリオン4号機を駆る超級適格者(セレクション・チルドレン)であり、同時に、黒き月の後継者(リリスの遺児)であった。

 そして何より、エヴァンゲリオンの研究開発部門(技術開発局第1課)の研究員であった。

 純然たる戦闘要員であるアスカやマリ・イラストリアスと違い、その身の上から太陽系外への出向が制限されている為、暇を持て余して研究職との二足の草鞋を履いているのだった。

 

 パイプ椅子に座っている渚レイ。

 その背に近づく人影。

 ギシギシと足音をさせているのは、安普請が理由と言えた。

 或いは経年劣化。

 古いプレハブ構造の管制室は30年近い昔のGEHIRN時代からのモノであり、かつてはリリスを監視/研究する為に作られていた年代物であるのだから。

 最終決戦時の()()で中身はあらいざらい流されていたが、建物自体は奇跡的に残っていた。

 そこに今、仮設で電気を通し、電気設備 ―― 灯火と通信機、それに携帯端末を持ち込んでいた。

 勿論、机と椅子は折り畳み式である。

 

「とは言え似ているのは外見だけですね。制御系も含めて全てが生体構造になってます」

 

 そう言ったのは男性。

 先進化操縦支援システム(アドバンストBモジュール)開発の大家、NERV技術開発部技術開発局の局長代理の地位にあるディートリッヒ高原大佐相当(待遇)技術官であった。

 立場的に言えば渚レイよりも上位者であるのだが、若いころの儘に丁寧な言葉遣いを崩さぬ所があった。

 

「であれば使徒とも言えるわね」

 

 対する渚レイは、一時期同居していた碇リツコの影響を受けた鋭利な言葉遣いになっていた。

 知が先に走るという意味では、他の同居人 ―― 保護者となった碇ゲンドウと碇ユイの影響も大きかったが。

 とは言え、発音と表情が柔らかい為、悪い印象を回りに与える事は無かったが。

 ある意味で人徳とも言えた。

 

「そうですね。とは言え、使徒とは制御システム自体はエヴァを模倣しているみたいなんですよね」

 

「……魂は作れなかった?」

 

「恐らく、ですけどね」

 

 E97型エヴァンゲリオンは翼を作るなどの機体の変形(モーフィング)の様な複雑な機能を持っており、又、集団戦が出来るだけの情報連結(データと意思のリンク)が出来るのだ。

 一般的な使徒(白き月の子)が知恵の実を持たないが故の比較的シンプルな思考パターンで制御できるモノでは無かった。

 使徒の持つ魂は無い、そういう話であった。

 又、見ていれば判る通り、9機のE97型エヴァンゲリオンはそれぞれに個性と呼べるモノがあった。

 それが意味する事は1つ。

 E()9()7()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

 実にろくでもない話であった。

 

「………開けて(解体して)、中を見ないと判らない。そういう理解で良いという事ね」

 

「究極的にはそうなりますね」

 

 E97型エヴァンゲリオンの運用システムを司るコア()は、戦闘用であるからして勿論、機体内部に隠されている。

 故に、直接に調べるには機体を解体する必要があるのだ。

 

「あらっ」

 

 と、渚レイは気づいた。

 E97型エヴァンゲリオンが此方(管理室)から一番に遠く離れた場所、水面に一塊に集まっている事に。

 身を縮めても居る。

 そして、水面を見れば小刻みに震えているのが判った。

 

「聞こえたの?」

 

 小さな声の問い掛け。

 物理的には聞こえる筈が無い声。

 だが、E97型エヴァンゲリオンは慌てた様な勢いで頷いていた。

 そこに渚レイは可愛らしさを感じながら、言葉をつづけた。

 

「大丈夫。そういう事をする積りは無いわ」

 

 不明な点を知る上では解体調査も必要であるが、そこまでする必要性は乏しいのだ。

 少なくとも今のNERVにとっては。

 不明である事が叛乱リスクに繋がるならば問題だし、叛乱によって被害が発生しそうであるならば看過できない話ではある。

 だが、E97型エヴァンゲリオンが収容されるNERV本部にはF型エヴァンゲリオンが、渚レイが、それに夫にして白き月の後継者(アダムの遺児)たる渚カヲルが居るのだ。

 問題は何も無かった。

 

「ええ。正直、そこまでする必要性は無いですからね」

 

 ディートリッヒ高原も同意する。

 此方は、自分の管理するBモジュール搭載機に対する絶対的な自信に因るモノであった。

 鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機、マリ・イラストリアスとエヴァンゲリオン8号機と言う純正Bモジュール(真希波マリによる調整機)機を指揮(ホスト)機とした同調戦闘(RAID-GIG)システムによる集団戦闘、所謂群狼戦闘能力(ウルフパック)はトラディ氏族の様な超々々々大型(惑星規模)体との戦闘こそ厳しいが、それ以外の相手であれば絶対的とも言える戦闘が可能であるのだ。

 個にして集団。

 集団にして個。

 とびぬけた戦闘能力、或いは広域攻撃手段を持たない相手、同じレベルの火力しか持たない相手であれば文字通りに蹂躙できるのだ。

 凶悪と言えるだろう。

 尤も、予算と整備の問題からS型エヴァンゲリオンの全てに同調戦闘(RAID-GIG)システム対応のBモジュールが搭載している訳では無かった。

 全S型エヴァンゲリオンの6割にあたる31機は、機能を制限した簡易型Bモジュール搭載のS2型と呼ばれる型式(モデル)であった。

 これは、数を揃える為に製造と整備のコストを下げる必要があったという事、そして同調戦闘(RAID-GIG)システムでの戦闘に適応できる資質を持った人間は少なかったが為の事であった。

 第18使徒戦終結後、参戦した第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の過半数が体調不良に陥ってしまい判明した事であった。

 実際、戦闘中に嘔吐しながら戦った搭乗員すら居た。

 自分のみならず他人も見るという事は、それだけ負担が大きい行為であったと言えるだろう。

 

 F型エヴァンゲリオンほどでは無いにせよ、乗る人間を選ぶS型エヴァンゲリオン正規量産型Bモジュール搭載機。

 だが、それだけの価値はある機体であった。

 Bモジュール搭載機専用として開発されたW型装備がある為である。

 トマホークと言う愛称の与えられているW型装備は、砲戦用とも言われたG型系装備の発展型であり、S型エヴァンゲリオン専用の装備であった。

 重装甲と大出力の第4世代型N²機関(ノー・ニューク)を搭載する様は、エヴァンゲリオン2回りは大きくみせていた。

 だが重要なのは主砲である。

 EW-25C(ポジトロンキャノンC型)、30口径と砲身を短くした陽電子衝撃砲を両腕の位置に2門搭載し、出力の余裕にまかせての廃熱の問題で限界に達するまで最低でも30分は乱射が可能なのだ。

 しかも、近接戦闘用には折り畳み式に改設計されたEW-31B(フレームランチャー)も装備している。

 更には、積載余力を生かして大量のミサイルを搭載している。

 そんな機体が隊伍を組んで、死角なく戦闘を行うのだ。

 世界を焼き払う事すら可能と恐れられてさえいた。

 尚、余談ではあるが黒騎士と言う愛称が与えられているエヴァンゲリオン3号機には別の、専用となるH型装備が用意されていた。

 H型装備第2形態。

 これは第18使徒戦で戦う様がTV中継され、全世界に報道された結果であった。

 人心の慰撫が目的であった。

 第18使徒戦で一番活躍したのはエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機であったが、両機が余りにも桁外れ過ぎた(理解力の範疇の外側な)活躍で現実感が無かったが故、とも言えた。

 その意味では象徴、或いは政治であった。

 何某のイベントなどで一番に呼ばれる機体、それがエヴァンゲリオン3号機とH型装備第2形態となっていた。

 専属操縦者として名の知れた鈴原トウジ(ブラック・フォー)は、自身を態の良い道化()と笑っていた。

 勿論、面倒ではあるが特別業務(道化)手当がそれなり以上に厚いので、本人は照れ隠しなのかもしれなかったが。

 

 勿論、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機と言う圧倒的な暴力の権化も居る。

 何も許す積りは無いのだ。

 であれば、無駄な事をする必要は無いのだ。

 そんな腹中の思いは別にして、2人の言葉を素直に聞いたE97型エヴァンゲリオンたちは互いの顔を見合わせる仕草をして、そこから大きく息を溜息をするような仕草を見せるのだった。

 

「可愛いですね」

 

「そうね」

 

 安心してか、又、各々が適当に動き始めるE97型エヴァンゲリオン。

 その大きさを考えなければ、猫か犬か何かの子供の様ですらある。

 ほっこりとしたモノを感じる2人。

 と、E97型エヴァンゲリオンの情報収集用のセンサー群、或いは監視カメラを設置していた作業班がやってくる。

 

「ご苦労様」

 

「お疲れ様です。作業は全て終了しました。現場でのチェックまで終わりましたので、MAGIとの通信確認をお願いします」

 

 前下がりのストレートなボブと言う、鋭利そうな顔だちに似合った髪型の女性が報告に来る。

 NERVの現場作業服(ツナギ)姿だ。

 とは言え、真っ白なソレに染みがついてない辺り、立場が伺えるというモノであった。

 現場の人間ではある。

 エヴァンゲリオンの整備を担当する技術開発局2課、その全てを総括している課長である若宮素子少佐相当(待遇)技術官であった

 E97型エヴァンゲリオンは整備を必要とする事は無さそうであったし、このレベルの現場作業に駆り出される事の無い立場であったが、知的好奇心から参加していたのだ。

 

 渚レイはそっと目を閉じた。

 結婚によってA.Tフィールドが常時繋がってしまった相手、渚カヲルへと意思を繋げる。

 意思が常時繋がって居ない理由は、()()からだ。

 人となり、人としての齢を重ねても弱まる事の無い好奇心によって、世の色々な事に興味を示し、それを伝えて来るのだ。

 勘弁して欲しいと渚レイが思うのも当然の事であった。

 

(聞こえる?)

 

(聞こえてるよ。終わったのかい?)

 

 渚カヲルが居るのは地表、NERV本部が置かれている庁舎だ。

 巨大なガラス張りの建屋であり、入り口には国連旗とNERV旗、それに日章旗が並んで掲げられている。

 国連の建物である事を示し。

 NERVの施設である事を示し。

 土地の権利者たる日本に敬意を示す。

 そういう事である。

 そんなNERV本部庁舎の地下に、渚カヲルが居る総合情報指揮所があった。

 かつての、NERV本部地下施設にあった第1/第2発令所の優に3倍を超える規模である理由は、第3新東京市を中心とした広域 ―― 日本国関東NERV特別管理区域を統括する施設であると同時に、南米大陸の国際連合統合軍(U.N.SPACY)ジャブロー総合指揮所の予備指揮所としての役割を帯びているからだ。

 地球全域は勿論、太陽系全域に展開する部隊を管制する能力が与えられているのだ。

 大規模であるのも当然の話であった。

 

(終わったわ。データが飛んでいる筈よ)

 

(確認した。テレメーターの情報は、君が見ているモノと誤差は無い)

 

(そう。映像は?)

 

(そちらも大丈夫だね)

 

 念の為、渚レイも自分の意志で、渚カヲルの目を通して確認する。

 間違いは見られない。

 目をそっと開く。

 

()()()()()()

 

 静かな呟きに、若宮素子は小さく安堵の息を漏らしていた。

 自分のした事に自信はあっても、この場(セントラルドグマ)の特殊性から完全は無いと考えていたのだ。

 だが、自分の仕事は完全であったと知らされた。

 安堵するのも当然であった。

 

「コレでこの場の仕事は終わりですね」

 

 やれやれとばかりに腰に手を当て、安堵する様に笑いながら立ち上がるディートリッヒ高原。

 持ち込んでいた携帯端末その他を手早く片付けていく。

 

「あら、急ぎですの?」

 

「甥っ子がゲーム大会で決勝戦に出るんですよ。可能なら見たいじゃないですか」

 

 世界規模で行われているロボットによる戦い、その世界大会の決勝戦なのだという。

 ゲームに使うロボットはパーツ単位で自作(プログラム)も出来る為、プログラム技術者の養成にも一役買っていると言うゲームだった。

 そんな、ゲームで乗るロボット作り。

 ディートリッヒ高原は可愛い甥っ子(妹の長男)の為だからと休日返上でやってしまい、自分の奥さんに怒られる勢いでロボットを作りを手伝ったのだ。

 操縦の特訓にも、妹夫妻と共に付き合いもしていた。

 であれば、晴れ舞台を見たくなるのも当然と言うモノであった。

 

「あら」

 

 渚レイが笑う。

 

「あらあら」

 

 若宮素子も笑った。

 共に子を持つ親でもあるのだから、その対象が甥っ子(実子では無い)とは言え気分は判る。

 そういう種類の、好意的笑いであった。

 

「でしたら急ぎませんとね」

 

「ええ」

 

 笑いあう若宮素子とディートリッヒ高原。

 渚レイも釣られる様に薄く笑う。

 自分も今日は家族会議だと思ったからだ。

 ()()()()だ。

 とは言え、その字面程に大仰な話ではない。

 主題は()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)、この世界に寄る辺の無い状況下で如何に生きていける様にするのかと言う事であった。

 だが、である。

 正直、ソレ自体は難しい話ではない。

 2人の境遇を知った母親達が、碇ユイと惣流キョウコ・ランギーが母性を燃やしたのだ。

 片やSEELEの評議員。

 片やNERVドイツ支部科学部門の統括者。

 共に半端では無い権力を持っているのだから障害となるモノが何であろうとも、全く問題と成りえないのだ。

 にも拘わらず呼ばれた理由、1つには()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)への配慮であった。

 2人にとって見ず知らずの人しか居ない世界であるが故に、元の世界でも居た人間 ―― それも友好的立場だった人間が居る事で少しでも安堵させたいと言う事だった。

 碇ゲンドウや碇リツコなども居やするものの、立場とかもあって仲良くしていたとは思えない。

 そういう話であった。

 又、渚レイは、色々とあっての果てに碇家の身内(碇ユイの遠縁の姪)と言う公的な立場であった為、機密保持と言う意味で参加(建前としての管理)が楽であったと言うのも大きい。

 

 フト、先にとばかりに送られて来た写真を思い出す。

 爽やかな笑顔を見せているシンジとアスカに囲われた、()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)の子供らしい姿の写真。

 柔軟性の高そうな先進素材による半袖Tシャツと半ズボン、靴もスポーツシューズだ。

 デザインはお揃いだが色は違う。

 深い蒼色が基調になる()()()と赤色を基調としたアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 実に似合っているというのが渚レイの正直な感想であった。

 とは言え、そんな2人の表情はお世辞にも笑顔とは言えなかった。

 顔も髪も服も泥と枯れ葉に塗れており、体の所々には絆創膏すら貼られていた。

 ()()()は疲れた感じで笑っており、対するアスカ(式波アスカ・ラングレー)は憤懣やるかたないという顔であった。

 恐らくは()()()のだろうと渚レイは推測する。

 その根拠は4人の周囲に自転車、そして自転車に乗って居る人も写っている事だった。

 シンジたちの最大の趣味となった自転車の、大型周回交流船での交流イベントで撮られたモノであろう、と。

 さもありなん。

 Météore chantant(謡う流星)号で定期的に開催されている野外交流会として開催された自転車走行会の一幕、記念撮影であった。

 黒き月の(氏族)は比較的人型をしている為、体を動かす遊び(アクティビティー)として自転車は人気であったのだ。

 

 2人とも実に子供らしくて良い。

 渚レイは母親らしく笑うのであった。

 だから、だ。

 そんな2人に早く逢う為に、声を上げるのであった。

 

「では若宮さん、作業班にも撤収命令、忘れモノの無いようにお願いします」

 

「了解です」

 

 

 

 

 

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)の表情を一言で言えば、虚無であった。

 さもありなん。

 帰還報告会(イベント)が終わり、保護者(シンジとアスカ)に合流する事無くスタッフに案内されたのは空調の効いた部屋、高そうな家具で揃えられた宇宙港の貴賓室(VIP部屋)だった。

 そこは良い。

 しばらくお待ちくださいの言葉とともにジュースが出され、御菓子も出された。

 そこも良い。

 美味しかったのだから文句を付ける部分は無い。

 問題は、暫くと言われて数分 ―― ジュースを一口飲んだ辺りで、勢いよく扉が開いて妙齢の女性が飛び込んできたという事だ。

 すわ暴漢の類かと思えば、さにあらず。

 女性は泣いていたのだ。

 しかも害意など見えない仕草で優しく、だが泣きながらアスカ(式波アスカ・ラングレー)に抱き着いたのだ。

 戦闘用などと自認し嘯くさしものアスカ(式波アスカ・ラングレー)も、どう動けば良いのか咄嗟に思いつけないのも当然の話であった。

 ()()()もオタオタして見ているしかない。

 そんな、アスカ(式波アスカ・ラングレー)を抱きしめている女性は碇アスカ(惣流アスカ・ラングレー)の母たる惣流キョウコ・ランギーであった。

 

 されるが儘の暫しの時間。

 思わずと言った態で、アスカ(式波アスカ・ラングレー)は抱きしめて来る惣流キョウコ・ランギーを撫でていた。

 それが益々もって惣流キョウコ・ランギーの涙を誘っているのだが、そこに気づく事は無かった。

 判る事は、惣流キョウコ・ランギーがアスカ(式波アスカ・ラングレー)の為に泣いていてくれていると言う事だ。

 だからこそ最初は訳の解らないという態(理解の外と言う気分)であったのが、うっすらと笑みを浮かべる様になったのだった。

 まだ、自分と女性(惣流キョウコ・ランギー)の関係性は理解できない。

 だけど、自分を思ってくれる相手なのだ。

 決して悪い関係では無い。

 そう理解出来たのだ。

 

 2人の抱き合う姿を優しい気分で見守る()()()

 これ程に柔らかく、そう赤ん坊の様に笑うアスカ(式波アスカ・ラングレー)を見るのは初めてであった。

 良かった。

 只、それだけの思いが()()()の胸を占めた。

 だが、傍観者で居られたのはそこまでだった。

 

「もう、走っちゃうなんて!」

 

 そう言いながら、新しい女性が部屋へとやってきたのだ。

 シンジには、その女性に見覚えがあった。

 

「あや……なみ?」

 

 大人の女性。

 髪の色は黒に近い茶色と違い、瞳も赤では無く濃い碧色。

 肌は健康的な肌色であったが、それでも()()()の知る綾波レイにそっくりな顔だちをしていた。

 判らない。

 否、何かが()()()の心に引っかかる。

 

「違う……」

 

 心の奥底に沈んでいた記憶、遥かに幼い頃の記憶がよみがえった。

 抱きしめられた記憶。

 抱き着いた記憶。

 

「かぁ……さん?」

 

「シンジ__ 」

 

 

 

 最初に貴賓室へとやってきた惣流キョウコ・ランギーと碇ユイ。

 そこから三々五々といった塩梅で集まってくる人たち。

 碇家と隼人碇家、ランギー家。

 そして渚家。

 シンジとアスカの関係者(身内)だ。

 ソファ、そして部屋の外から幾つもの椅子を持ってきて座る。

 そして始まる。

 

「ようこそ。改めてそう言うべきだな。碇ゲンドウと言う自己紹介は不要かな?」

 

 少しだけユーモアの混じった一言に()()()は目を見張り、アスカ(式波アスカ・ラングレー)に目配せをする。

 惣流キョウコ・ランギーに抱き締められた儘に椅子に座っているアスカ(式波アスカ・ラングレー)は肩を竦めて、返事とした。

 何というかあの世界の、WILLEとNERVとで決戦をした際に見た陰気な塊とも言えた碇ゲンドウと全くの別人であったからだ。

 陰気めいたナニカが綺麗に漂白されているとも言えた。

 

「あっ、はい。とう、そのゲンドウさん__ 」

 

「別に父と呼んでも構わん。お前は、シンジと同じであり、産まれた世界の碇ゲンドウの子であったのだろう?」

 

「あの、良いんですか?」

 

「構わん」

 

 オドオドと尋ねた()()()に、小さく笑って答えた碇ゲンドウ。

 その背で、良く出来ましたとばかりに碇ユイと碇リツコが頷いていた。

 

 が、負けてられぬとばかりに声を上げた男が居た。

 ヨアヒム・ランギーだ。

 相手は勿論ながらもアスカ(式波アスカ・ラングレー)だ。

 但し、おどおどっとした態度であった。

 

「その、だね。私もVater(お父さん)と呼んでくれて構わない」

 

「でも、その、Ich bin nicht deine Tochter(ワタシは、貴方たちの娘ではありません)

 

 手を握りしめ、俯き、唇をかみしめる様に言うアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 自分は()()()とは違う。

 式波アスカ・ラングレーには父も母も居ない。

 エヴァンゲリオンを操る為として作られた人間(ビメイダー) ―― 部品なのだからと思ってしまうのだ。

 例えそれが植え付けられたモノでると言われても、意識は簡単に変わるモノでは無かった。

 だから、だ。

 ヨアヒム・ランギーが何かを言うよりも先に、碇ゲンドウをしっかりと見て頭を下げた。

 

「アタシたちの処遇、アタシはどうなっても良いから、でもアタシの為に付いてきてくれたシンジだけは__ 」

 

「なに言ってんだよアスカ!?」

 

 思わずとばかりに立ち上がって声を荒げた()()()

 だが激発したのは()()()だけでは無かった。

 

「ゲンドー、貴様、ウチの娘にそんな事を!?」

 

「貴方っ!?」

 

「ゲンドウさん!?」

 

 ヨアヒム・ランギーは勿論、碇ユイと碇リツコも怒声を発する。

 ベルタ・ランギーは目を細めて睨んだ。

 碇ケイジは礼儀正しく黙った儘に眉を跳ねさせた。

 碇アンジェリカと碇アイリ

 そして惣流キョウコ・ランギー。

 彼女は黙って右手で拳を握り、左手は護るのだとばかりにアスカ(式波アスカ・ラングレー)をしっかりと抱いた。

 

 可哀そうなのは碇ゲンドウであった。

 

「はぁっ?」

 

 余波と言うか、一切の想定外と言うか、自分が発していない言葉で怒声、怒気を浴びたのだ。

 正しく意味不明と言う気分であった。

 勿論ながらも碇ゲンドウは、その程度で怯む様な弱い()はしていない。

 いないのだが、それでも意味不明(ぱるぷんて)な状況に混乱するのも当然であった。

 

「まて、何の話だ?」

 

 それが韜晦に見えて、益々もって周りの人間の怒り(ボルテージ)を買いそうになる。

 が、それを救ってくれた女神が居た。

 義理の娘、アスカだ。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)の隣、惣流キョウコ・ランギーにピッタリと身を寄せていたアスカはポカリっとばかりにアスカ(式波アスカ・ラングレー)の金糸の髪に包まれた頭を叩いたのだ。

 痛くはない叩き方。

 叱る声。

 それは母親らしい仕草であった。

 

「こら、先走るんじゃないわよ」

 

「えっ?」

 

「身の振り方、心配してたのは判るけど、アタシは大丈夫って言ってたでしょ」

 

 単語を区切る様に言うアスカ。

 それはアスカ(式波アスカ・ラングレー)に言うと同時に、周りに聞かせる言葉であった。

 同時に、その相方たるシンジが気分を変える様に響かせる声を出す。

 

珈琲でんたのんが(珈琲でも飲もうか)

 

 いっそ朗らかとすら言える声は意図的なモノであり、場の空気を変える為のモノであった。

 アドレナリンが出ている場でソレが出来るのは、実に腹の座った事だと言えるだろう。

 

「アタシは紅茶で!」

 

 以心伝心。

 相方であるアスカが楽し気な声で一番に乗って、その流れを決定づけさせるのだった。

 

 

 

 場の気分の入れ替え(ティーブレイク)

 注文し、そして届くまでの短い時間で碇ゲンドウは2人の妻との軽い話をして(〆られて)いた。

 そして飲み物が届くと可愛らしい()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)を囲んで、やいのやいのと盛り上がっていた。

 特に何を話しても感涙状態なのがランギー家だ。

 惣流キョウコ・ランギーにとって、今のアスカ(式波アスカ・ラングレー)の姿は自分が失った、失わせてしまった年頃のアスカを思わせるのだから仕方が無い。

 又、ヨアヒム・ランギーにとっても同じだ。

 アスカとアスカ(式波アスカ・ラングレー)は別人である。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)はそう言って抵抗しようとした。

 だが、アスカであり、幸せにしたいのだと言い続けたのだ。

 しかも、惣流キョウコ・ランギーに抱っこされたままに頭を撫でられ続けたアスカ(式波アスカ・ラングレー)は、抵抗しようとして、抵抗しようとして、抵抗しきれずに抵抗力を失い、涙腺が決壊させたのだった。

 滂沱の涙。

 泣いて泣いて、そして惣流キョウコ・ランギーに抱き着いていた。

 その様は外見的年齢以上に幼い、正しく幼子の様であった。

 対して()()()

 此方も母親たる碇ユイによってしっかりと抱きしめられていた。

 只、アスカ(式波アスカ・ラングレー)と違うのは、碇ユイが黙った儘で抱きしめ続けている事だった。

 ()()()にはうっすらと母親(碇ユイ)の記憶があった。

 だから、抵抗など出来る筈も無く、只々、受け入れていた。

 

 迷子の幼子が家に帰った。

 そんな事を思わせる光景であった。

 だれもが暖かな笑みを浮かべて見ているのだ。

 

 そして碇ゲンドウ。

 こちらは暖かな輪から少しはなれた椅子で、脂の抜け落ちた顔で珈琲カップを持っていた。

 目を隠さない、色の入って居ない眼鏡が湯気で曇り、視線が那辺にあるか判らない。

 だが、取り合えず疲れているのが判るが為、シンジはフォローを入れていた。

 

だいじょんな(大丈夫)?」

 

「ああ。問題ない」

 

 艶、と言うか脂のぬけきった風の返事。

 当然ながらも呪う様な色は無かった。

 かつての行いの悪さからの、謂わば()()()()()()だと碇ゲンドウは受け入れていたからだ。

 珈琲カップを傾け、飲む。

 何も加えていない混じりっけの無い珈琲の香りが、鼻腔を豊かにし、その心を癒す。

 

「ふっ」

 

 と、唐突な感じで小さく笑った。

 

ないな(どうしたの)?」

 

「いや………そうだな。あの姿だった頃のシンジを、昔を思い出したのだ__ 」

 

「………」

 

 遠くを、今では無い時を見る目となった碇ゲンドウ。

 シンジは静かに続きを待った。

 

「そうだ。あの頃、そして呼んだ時、まさかお前とこういう感じで珈琲を飲む様になるとは思わなかった。とな」

 

「………いろいろあったでなぁ(色々とあったからね)

 

「ああ」

 

 

 

 場の空気が入れ替わった後、改めて碇ゲンドウが口を開いた。

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)が生きていく為の重要な事、戸籍に関する話である。

 そして、名前に関してもであった。

 式波アスカ・ラングレーはまだ良いが、()()()はシンジと同じ碇シンジであるのだ。

 そして碇シンジと言う名前は一般に対してエヴァンゲリオンの操縦者、適格者(チルドレン)と言う情報は公開されていないが、NERV ―― 国際連合統合軍(U.N.SPACY)の中ではそれなりに公開されているのだ。

 同じ名前を使う事は()()()()()に繋がるリスクが存在していた。

 それだけ碇シンジと言う名前、その存在は重いモノがあった。

 オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)最強の一角と言うのは伊達では無いのだ。

 

「シンジと言う名前自体は、それなりに使われている。そこで、だ。君は私の実家である六分儀家の人間として戸籍を作り、六分儀シンジとして生きていくのはどうだろうか?」

 

 提案と言う態で言うのは、名前()を変えるが故であった。

 ()()()の気持ちを蔑ろにはしないとの思いあればこそであった。

 

「親戚と言う態とはなる。だがウチの子としてだ」

 

 距離があった実父 ―― あの世界の()()()()()とは違う、碇ゲンドウが示した大人としての態度に、思わずと言った感じで眼をしばたたかせる()()()

 その反応をどう思ったか、碇ケイジが茶化すかのように嘴を挟みこむ。

 

「ナニ、嫌なら姓だけ貰ってウチ(隼人碇家)に来る手もある」

 

「歓迎するわよ? 何ならウチの姓(エンストレーム家の戸籍)を使う手もあるし」

 

 夫の言葉に乗る碇アンジェリカに、碇アイリが楽しそうに笑う。

 

「なら、私の弟が増えるのね」

 

 年齢的な意味で、本当の弟であると続けた。

 それはお姉ちゃんらしい顔とも言えた。

 

 勿論、慌てて反論する人間も居る。

 碇ユイである。

 ()()()を抱っこしたまま、強く主張する。

 ()()()()()でシンジを育てる事が出来なかった為、ならば()()()は自分で育てさせて欲しいのだと言う。

 子供たち(シンジの弟と妹)にも了解は取っているので問題は無いという。

 尚、とばかりに碇リツコが艶やかに笑っている。

 

「どちらであっても私も貴方のお母さんになるから、忘れないでね」

 

 それは()()()が見た事のない表情であった。

 仕事も私生活も充実した、(母親)の顔と言えた。

 髪の色も髪型も変わっている事も含めて、別人にしか見えない。

 兎にも角にも混乱する()()()に、シンジが笑った。

 

もてちょっが(モテモテだ)

 

「い、意味がわからないよ、です」

 

 冗談な口調と態度とは言え、自分を奪いあう大人たちに()()()が混乱する。

 その頭をシンジが撫でた。

 

よかと(大丈夫)そひこおはんを考えちょったっが(それだけ君の事を考えてたと言う事だ)

 

「安心しろ。今この場で決める必要は無い。今日明日とゆっくりと考えれば良い」

 

 少しだけ掠れ気味な声には、だかやさしさが含まれていた。

 そこで言葉を切り、碇ゲンドウはアスカ(式波アスカ・ラングレー)を見た。

 

「次は式波アスカ・ラングレー君。君だ」

 

 碇ゲンドウとアスカ(式波アスカ・ラングレー)の視線が交差する。

 生唾を呑むアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 碇ゲンドウは、()()()に対するモノと同じように優しさの含まれた声を出す。

 

「君に関して姓名に関して問題は無い。アスカ君は碇姓となっているからな。だから戸籍が大事なるのだが__ 」

 

 そこまで言ったところで、視線を隣に座っているヨアヒム・ランギーに向けた。

 勿論、ヨアヒム・ランギーはその意図を誤らずに理解する。

 

「出来れば、ランギー家の娘となってはもらえないだろうか」

 

 幸せになって欲しい。

 幸せにしたい。

 彫りの深い厳つめなコーカソイド/ゲルマン系の顔、その満面に感情が乗って頭を下げたヨアヒム・ランギーに、アスカ(式波アスカ・ラングレー)は逆に慌てるのだった。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)からすれば、実の娘と同じ顔をしているとは言え別人である自分の為にそこまでするのかと思ったのだ。

 そこは28歳と言う年齢相応の反応とも言えた。

 とは言え、だ。

 そんなアスカ(式波アスカ・ラングレー)のブレーキに全力で対抗する人が居た。

 勿論、惣流キョウコ・ランギーである。

 

「駄目、かしら?」

 

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)がアスカとは違うと言っても、惣流キョウコ・ランギーからすればアスカである事に変わりはないのだ。

 むしろ、だ。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)がアスカである事を否定しようとし、或いは自分を肯定する事を拒否してしまう辺りに、トラディ氏族(ギツアート)が植え付けた過去記憶の固定化 ―― 悲惨な身の上に納得する様に洗脳されているとすら考えていた。

 惣流キョウコ・ランギーは母親として()の、そんな不幸な自己定義をぶち壊し、幸せになろうと足掻ける様に教育しなければならない。

 例え自分と同居する事が無くとも、いかなる手段をもってしても甘やかし、自己肯定力を育てていこう。

 そう考えているのだった。

 

「でも、アタシ、アタシ…………」

 

 口ごもるアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 あの世界での日々、第三新東京市(NERV)を離れて以降の14年間の日々で、これだけ多くの人々から好意的な目で見られた事も、自分の意思を尊重されて会話した事は無かったのだ。

 故に、自分を否定する気持ちはあれども、即断も即決も出来ずにいた。

 否。

 当然であったのかもしれない。

 この世界に来てからの優しい時間がアスカ(式波アスカ・ラングレー)の心を少なからずも癒していたのだから。

 

「慌てる事は無い。シンジと同様に君も、数日は掛けて悩んでよいのだ」

 

 優しく、諭すように言う碇ゲンドウ。

 その姿は大人であり、親である姿であった。

 

「はい」

 

 

 

 真面目な話が一旦は終了したという事で、今度は歓迎会(飲み会)をしようと言う話になった。

 仕切る(言い出した)のは碇ユイ。

 幸いにして天気が良いので、庭でのBBQ(日本式)だ。

 炭火で肉を焼き、魚介類を焼き、野菜も焼こうというのだ。

 

「ならミサト(加持ミサト)の所も呼ばないと駄目ね」

 

 碇リツコが乗った。

 時間はまだ昼を過ぎた辺りであり、今から準備を行えば夕方までには出来るだろう。

 碇家の支配者()が決めてしまえば碇ゲンドウに拒否権は無い。

 唯々諾々と財布を捧げるだけとなる。

 場所は碇家、私邸となる。

 第3新東京市碇家の私邸は市郊外の第1位安全区域(VIP住居区画)に建てられており、会場となるその庭はプールや池などもあるかなり広かった。

 勿論、建物は庭に相応の大きさ ―― 2階建て地下1階、8畳以上の大きさの個室が10部屋を超えていた。

 余りにも大きい邸宅は碇ゲンドウは勿論にして碇ユイや碇リツコの趣味では無いのだが、NERV総司令官やSEELE評議員が住む私邸と言う事で政治的に()が求められての事であった。

 それでも()()()()()はそれなりに使われていたのだが、今は半分以上が使われていない。

 だからこそ、大人数が集まるのに向いていると言えたのだ。

 又、BBQに使うコンロなどの道具は勿論、炭などの消耗品まで備蓄されていた。

 偶に参加する鈴原トウジのリクエストで7mm厚の鉄板も用意されていた。

 此方はガスコンロ用となる。

 綺麗に磨き上げられ油を塗ってあるソレは、言うまでも無くお好み焼きと焼きそば用となる。

 他に、耐火レンガ製の常設ピザ窯すらもあった。

 小さなBBQ会場並みの設備が揃っている理由は大家族めいた部分のある碇家(碇家、隼人碇家、ランギー家の合同)の宴会用と言う側面もあるが、同時に適格者(チルドレン)の親睦会などの場として碇家私邸が使われているというのがあった。

 これは少し複雑な経緯、安全確保と情報保全が理由であった。

 対象は勿論、適格者(チルドレン)だ。

 適格者(チルドレン)はNERVにとって()()()()()()であり、そうであるが故に自由は少なくなる。

 特に、数の多い第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の場合だとソレが顕著となる。

 物理的に護衛班(エスコートチーム)が不足する為である。

 元々が小規模であり、又、適格者(チルドレン)が簡単には見つからないだろうとの判断から、規模拡充は等閑とされていたのだ。

 そこにはシンジとアスカが高い自衛力を持つ(過剰防衛の方が怖いレベル)という判断もあった。

 であればこそ、それよりも対使徒向け実戦力の拡充が重視されていたとも言えた。

 そこに第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が来たのだ。

 護衛対象が一気に2桁も増えたのだ。

 対応力が飽和するのも当然の話と言えた。

 故に、第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が基本的に集団で動く様に要請(命令)されていたのだ。

 そして、だからこそ、密閉された地下空間(ジオフロント)適格者(チルドレン)にとって第3新東京市で数少ない自由のある場所であった。

 それは、殆どは元が一般市民であった第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)にとって本当に貴重な自由(失われた日常)であったのだ。

 癒しの場。

 自然豊かという事も、地下空間(ジオフロント)第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)にとって貴重な場となるのだった。

 だが、第18使徒との戦いで地下空間(ジオフロント)が天井を失われた事で事態が変わる。

 変わってしまった。

 それは自由が失われた事を意味していた。

 そして実際に自由は失われた。

 殊更に不自由になったと言う訳では無かったのだが、与えられていたモノが失われたと言う事は第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)元気(モラール)に覿面に悪い影響を与えてしまっていた。

 とは言え当初は、大人たちはそれ程に重視しなかった。

 ()()()()()()()()とも言えた。

 第18使徒との戦いを以って、エヴァンゲリオンを使用した戦争は終わった。

 将来的には必要になるかもしれないが、今は、エヴァンゲリオンはそう必要とされなくなった。

 であれば、今まで過密な訓練計画の管理下にあった第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)が気を抜く程度は許されるべきではないか。

 そういう理解であったのだ。

 その状況を変えたのは碇ユイであった。

 帰って来たてで無任所であったが故に子供たち(チルドレン)とも触れ合う時間があり、そうであるが故に気付いたのだ。

 気づいてからの行動は素早かった。

 先ずは子供たち(チルドレン)の統括者たる作戦局支援第1課の甘木ミツキ大佐(大佐配置少佐)に連絡し情報を共有、その上で無任所でも出来る事を考え、そして碇家の私邸解放を決めたのだった。

 私邸とは言えNERV総司令官が住む家であるのだ。

 当然ながらも安全確保と情報保全は最上位のモノが用意されていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そういう話であった。

 尚、勿論ながらも碇ゲンドウに選択の余地は与えられていなかった(はいorイエスの選択権だけであった)

 

 かくして碇家の私邸は子供たち(チルドレン)の遊び場、散策を楽しんだりBBQなどをする会場となったのだ。

 とは言え、本来は期間限定の話であった。

 地下空間(ジオフロント)の天蓋都市の再構築、乃至は侵入阻止体制の構築が出来たのであれば終了する予定であった。

 それが、今に至るまで続いている理由は生臭いモノであった。

 要するには政治である。

 NERV総司令官の私邸に呼ばれてご褒美を貰う ―― NERV総司令官のみならず、重鎮たちとも顔を合わせる事が出来、或いは名前を売り込む事が出来る。

 それは、立身出世を狙う人間にとって果てしなく重要な()()()であると言えた。

 特に第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)、そしてそれ以降の子供たち(チルドレン)の生まれは豊かとは言い難い国が多かったが為、そういう事への意識は旺盛であったのだ。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)のディピカ・チャウデゥリー、今は相田ディピカとなった少女がその最たるモノと言えるだろう。

 又、それは子供たち(チルドレン)の親も()()であったのだ。

 そもそもの話。

 復興の十分でない地域から適格者(チルドレン)に選ばれようとする、選考に手を挙げれるだけでも有力家であるのだ。

 逆に、そういう意識が無い方が珍しいとすら言えるだろう。

 かくして碇家私邸でのBBQ(ご褒美会)は継続開催される事となっていた。

 とは言え、毎月毎週で行われる事は無くなったが。

 これは地下空間(ジオフロント)への侵入阻止体制が構築出来たがお陰で緊急度が減り、純然たる慰労会(ご褒美)という事になった結果であった。

 半期に一度の開催、それも参加者(チルドレン)は選抜された10名程度と言う形となっている。

 待機者(予備)適格者(チルドレン)を含めて100人から居る為でもあるし、()()()と言う性格からくる希少性を重視した結果でもあった。

 

 兎も角。

 碇家の私邸でパーティ(ご褒美会)が行われる事となった結果が、今の姿に繋がっていた。

 増築され客間や会食室(ホール)、厨房も小なりとしても業務用の規模のモノが整備されていた。

 勿論、風呂やトイレも規模相応のモノが追加されていた。

 又、庭に至っては2倍を超える敷地となり、プールはその際に造作されたモノであった。

 私邸と言うには余りにも巨大化し、その清掃その他の管理が余りにも手間と言う事で碇ゲンドウは当初、私邸をNERVの総務部辺りへ移管(売却)する事を検討していた。

 だが、N()E()R()V()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事が持つ意義(政治的理由)を理解する人たちが声を揃えて反対し、その計画は頓挫していた。

 その代わり、総務部と保衛(情報)部が共同で人員を用意し私邸の管理をする事となり、又、電気代その他もNERV持ちとなった。

 何とも言い難い、第2()公邸等とも言われるのも当然の実態であった。

 だが、今日は身内のBBQ会として活躍する事となる。

 

 足りないモノは、肉その他の生鮮食料品と言う状態であるのだ。

 やると決めれば即出来る。

 そういう状態であった。

 

「買い出し班! 肉は何時ものお店に__ 」

 

「飲み物はミサトに__ 」

 

「ビールはドイツの直輸入が__ 」

 

「魚! 魚も!!」

 

 動き出す大人たち。

 役割分担と予算配分。

 食べたいモノ。

 飲みたいモノ。

 買い出しが被らない様に確認し、或いは何時もの参加メンバーに連絡もしていた。

 或いは、家に残っていた家族(子供たち)にも確認していく。

 実に手慣れた感じで動く大人たちの意味が判らずキョトンとして互いを見る()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)

 そんな、取り残された様な2人の肩に手を回したのはアスカだった。

 

「アンタ達は着替えね。先に家に行って炭火で焼くから汚れても良い格好になっとくわよ」

 

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)の格好はフォーマルな場所に着て行っても問題の無い恰好なのだ。

 動きにくいし汚すには勿体無いし、と言う話であった。

 同時に、プールもあるから、飛び込んで濡れても良い恰好であった方が良いだろうとも言う。

 その物言いにアスカ(式波アスカ・ラングレー)が顔をしかめた。

 

「アタシは大人よ! バカシンジじゃあるまいし、そんな馬鹿な事する筈無いじゃない!!」

 

「何言ってるんだよ!? 何で僕がそんな事をするって言うんだよ!!」

 

「あのフネの海__ 」

 

 反論する()()()をジロリっと、湿度の乗った目で見るアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 唇も心なしか尖っている。

 

「泳げる様になったと思ったら、馬鹿みたいに泳いじゃってさ」

 

 水が苦手だった()()()が泳げる様になったのは、アスカの指導(スパルタ教育)のお陰であった。

 シンジはどちらかと言うと根性論の人(泳げる様になるまで訓練あるのみ)であるのに対し、合理的科学的見地から死なないように死ぬほどに絞るのがアスカなのだ。

 それはもう、()()()()()()()()()()()というものであった。

 最初は顔を浸けるのにも微妙な拒否感を漂わせていた()()()

 そこから浮く訓練。

 浮いたら手足を動かす訓練。

 そもそも水、と言うよりも液体に浸かるという意味ではL.C.Lで慣れてはいたのだ。

 心理的由来の忌避感すら何とか乗り越えれば、後は運動神経良好な()()()であるのだから、簡単であった。

 その日の内に、不慣れな形であってもそれなりに泳げる様になれるのであった。

 問題は、泳ぐという新しい行為に()()()が楽しみを見出した、と言う事である。

 誰にとっての問題であるかと言えば、勿論ながらもアスカ(式波アスカ・ラングレー)である。

 最初、()()()の溺れる様にバタつく姿を楽しんでいたアスカ(式波アスカ・ラングレー)であったが、()()()が泳げる様になり、更には自分から離れて一人で泳ぐ練習をする様になると、途端に不機嫌になっていた。

 

 発端が自分 ―― ()()()が泳げない事をからかった事が原因であり、そこに反発した()()()が自分で泳げる様になろうとおっかなびっくりで泳ぐ練習(顔を水に浸ける努力)を始め、それを見たシンジとアスカが協力を申し出た結果なのだ。

 である以上、泳ぐなとは間違っても言えない。

 でも、自分の傍から離れているのは不満。

 何とも我儘な感情であった。

 そして、それが今でも再現されたのならばと思うのは、ある種の恐怖でもあった。

 顔を見知った相手の居る()()()と違い、アスカ(式波アスカ・ラングレー)にはそんな相手は居ないのだから。

 心がささくれ立ってしまうのも仕方のない話でもあった。

 だから攻撃的になってしまっていたのだ。

 だが、アスカにはそれが判った。

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)は我が身、我が事でもあるからだ。

 だから笑顔で、アスカ(式波アスカ・ラングレー)の肩に回した腕に力を入れた。

 抱きしめる。

 それは母親の仕草とも言えた。

 

「そういう時は〆れば良いのよ」

 

 尤も、口から出る言葉は実に物騒であったが。

 ドン引きする()()()をそっちのけで、アスカは笑う。

 笑って、お義父さんの家には凄い水鉄砲があると続ける。

 電池式で、トリガーを引けば水を打ち出すのと一緒に閃光し、発砲煙すら出る水鉄砲がある、と。

 しかもガトリング式の回転銃身であり、電動で回るまでするという。

 勿論、大人げないビックリドッキリ水鉄砲は子供用ではないし、言うまでも無くアスカが用意したシロモノだった。

 情報端末で画像を出してドヤ顔を見せるアスカ。

 シンジ相手に乱射する様は、実に

 

「………悪くない。でも__ 」

 

 口ごもるアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 俯いても居る。

 時々に出る自己肯定力の低さ由来の、遠慮であった。

 勢いの儘に我儘になれる時もある。

 特に()()()相手であれば我儘が、甘える事ができる。

 だが、そうで無い人間の前ではどうしても出せない部分があった。

 昏い顔で俯く。

 

「アタシがそこまで__ 」

 

 そう言いかけた所でアスカの両手が、アスカ(式波アスカ・ラングレー)のまだ柔らかな頬っぺたを両側からムニュっと挟んだ。

 

「馬鹿ね」

 

「なによっ!?」

 

「ホントに馬鹿。アンタはこれからデロデロに甘やかされるのよ。アタシも周りもそう。覚悟しなさい。()()()()()()()()()

 

 少しだけ、ホンの少しだけ昏い(トーンの落ちた)声を出したアスカ。

 それはアスカの、自分自身の経験からくる重さが表れての事だった。

 愛。

 愛娘の傍に居られなかった、母を出来なかった(母親としての時間を奪われた)惣流キョウコ・ランギーの、そうであるが故に暴走しがちな()

 その発露が来るからである。

 来たからだ。

 14歳、相方(彼ぴ)を得た思春期だったのに、再会後には幼子のかいぐりかいぐりと愛された経験からの言葉だった。

 情け容赦の無い愛という暴力。

 そもそもの話として、自分が羞恥心に塗れ、周囲の生暖かい目に見守られるという時間を過ごしたのだ。

 なのに、別の自分(式波アスカ・ラングレー)だからと逃げるなんて許さない。

 絶対に許さない。

 愛から逃げて自己憐憫などに耽るなどさせるモノであるか、と。

 かくしてアスカは、一切の躊躇なく召喚する。

 

Mama(お母さん)!」

 

「なぁに?」

 

 呼べば来る。

 来てしまう、即座に来る(母親)

 アスカ(式波アスカ・ラングレー)の後ろからやってきて、ムニュっと母性の塊(おっぱい)でその小さな後頭部を掻き抱く。

 両手は優しく首元に回った。

 身長差は勿論、膝を曲げてカバーだ。

 アスカが欲した事を、何も考えずに出来る。

 それが母親。

 それが惣流キョウコ・ランギー。

 

「このアタシ、愛されてるって思えないんだって」

 

「うーん。でも今までの時間がそうだったから仕方が無いんじゃないかしら?」

 

 愛は深いが割と常識人よりであった惣流キョウコ・ランギーは冷静に指摘していた。

 

「だからアスカ、急がないで。ゆっくりと愛される事を受け入れていっていいのよ」

 

 優しい言葉。

 尤も、その顔はアスカ(式波アスカ・ラングレー)の柔らかい金糸の髪に半分以上埋まっていたので台無しであったが。

 

「それに貴女も、貴女のシンジ君は信じる事が出来るのでしょ?」

 

「………はい」

 

「うんで良いのよ? だから、貴女のシンジ君に甘えて、甘えなれたら私たちにも甘えてくれると嬉しいわ」

 

「それで、良いの?」

 

 おずおずといった態で言葉を紡いだアスカ(式波アスカ・ラングレー)に、惣流キョウコ・ランギーは抱きしめる力をギュッと増やして答えるのだ。

 

「それで良いのよ」

 

 頬っぺたにそっとキスをした。

 肯定。

 見守ってくれる、抱きしめてくれる、キスをしてくれる大人に、アスカ(式波アスカ・ラングレー)の涙腺は崩壊するのだった。

 益々もって力を込めて抱きしめる惣流キョウコ・ランギー。

 その外側から更に抱きしめるアスカ。

 

 麗しい姿。

 ヨアヒム・ランギーは感に堪えぬと言う塩梅で顔をクシャクシャにしていた。

 ベルダ・ランギーも、堪えられぬという感情を顔に浮かべ、微笑んでいた。

 

 シンジと()()()もそれは同じ事であった。

 だが、麗しいだけで終わるのは此処までであった。

 

「いいこと、アタシ(式波アスカ・ラングレー)。愛はゆっくりと感じて行けば良いわ。でも、1つ大事な事があるわ」

 

「なに?」

 

「大事な相方を放っておくような薄情者にはBestrafung(天誅)が必要って事よ」

 

 湿度の無い陽性な笑み。

 アスカはアスカであった。

 焔星、焔なる星の如しとも言われた惣流アスカ・ラングレーであるのだ。

 その強さがアスカ(式波アスカ・ラングレー)に伝染する。

 

Gibt es einen Unterschied(違う)?」

 

Verständigung(全くだわ)!」

 

 笑うアスカ。

 笑うアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 共に実に悪くて、実に良い笑顔であった。

 惣流キョウコ・ランギーは仲が良いと笑っていた。

 だが、その悪さ黒さに慌てる人間も居る。

 ()()()だ。

 慌てて反論する。

 

「そ、そんな事、する訳ないだろっ!」

 

「嘘ね」

 

 一言で切って捨てるアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 海という最高の場所で置いてけぼりを食らった、忘れられた乙女の恨みは深く、重いのだ。

 

「そうよね。ウチのシンジも、熱中するとアタシの事を忘れるもの。ならアンタのシンジもそうよ、きっと」

 

 アスカも同意する。

 併せて、ジロリっとばかしにシンジを見る。

 蒼い瞳に射抜かれたシンジは、目を瞑って表情を消していた。

 勿論ながらもばつの悪さを隠す為であった。

 身に覚えがあったが故だ。

 それは新しい自転車(ロードバイク)を買った時の事だった。

 朝一番に慣らしで流してく。

 昼頃には帰ってくると言ったシンジであったが、実際に帰って来たのは日も暮れ切った夜であったのだ。

 最新技術がふんだんに投じられた自転車はひと漕ぎで従来と比較できない程に進んだ為、楽しくなってついつい奔ってしまったのだ。

 勿論、アスカはカンカンとなった。

 昼から子供の事などでシンジも使って動こうと考えていたからだ。

 約束していた訳では無い。

 だが、アスカにとって赦し難い話であったのだ。

 しかも連絡なしであった為、事故にあったか()()()()()()()にあったのかと心配もしていたのだ。

 短時間だからと、邪魔になる荷物 ―― 財布も通話機も全てを置いてきていたが故の、シンジにとって一生一度の大不覚であった。

 

「ね、シンジ?」

 

「………ごめん」

 

 それは()()()が初めて見た、悲しい大人の姿であった。

 だが後々の時には思ったのだ。

 アレこそが正しい大人の姿であった、と。

 間違いをすればキチンと謝る。

 それはあの世界(生まれ育った、作られた世界)の大人たちに無い態度であったのだ、と。

 一方的に、言外に察する事を要求していた人たちとは違う、と。

 

 未来は兎も角、今は救いを求めていたのにガッカリとなった()()()

 だが、大きくなった自分は諦めろ受け入れろと目を瞑り首を左右に振るのみでは無かった。

 代わりの救いを与える事を告げた。

 それは武器。

 アスカの電動ガトリング水鉄砲に対抗できる、空気圧縮式水鉄砲であった。

 水と空気のタンクを背負い、ホースで拳銃型水鉄砲に供給する事で連続射撃が可能と言う大人の本気(大人げなさの塊)とでも言うべき水鉄砲だ。

 通称は天狗セット。

 天狗になった鼻を折れ、そういう逸品であった。

 勿論、こんな物騒なモノが一般に売られている訳ではない。

 シンジが自分と伝手(青葉マヤ)に頼って作った特別製(オリジナル)だ。

 

おいがわるかってんなかってん(此方に非があっても無くても)やらるっぎはなかかでよ(一方的に撃たれる義理は無いからね)

 

 抵抗権は誰にでもある。

 そういう話であった。

 

うん(判った)

 

よか(良し)

 

 シンジと()()()は頷きあうのであった。

 

 

 

 

 

「また俺は不参加かよ!!!!」

 

 吠えるが如く声を発したのは1人の男だ。

 中肉中背。

 フチの厚い眼鏡を掛けた、壮年と言うにはまだまだ若い感じをしたごく普通の感じの男が発した言葉は、だが言葉の額面通りの内容よりも嘆きの色があった。

 有体に言えば悲鳴と言えるだろう。

 或いは軽かった。

 男がいるのはそれなりの広さのある空間、その何処其処にディスプレイが配置された部屋であった。

 薄明りに閉ざされており、ディスプレイの光で男の姿が浮かび上がって見えていた。

 ここは衛星軌道上に設けられた国際連合統合軍(U.N.SPACY)の戦闘宇宙ステーション、その戦闘管制室であった。

 正確には予備室であり、非使用時には個人の通信で使用されてもいる場所であった。

 

『ま、出世コースだからとソッチを選んだ、そやな。運が悪いというこっちゃろ』

 

畜生(チキショーメ)!」

 

 ディスプレイ越しの相手の無慈悲な言葉に、冗談めいた大げさな頭を掻きむしる様な仕草をした男は相田ケンスケであった。

 通信の相手は勿論、鈴原トウジである。

 

 平和な状況であるが故のお気楽な通信(駄弁り)でシンジ達の近況を知り、そしてBBQが開催される事を知っての嘆きであった。

 

「俺、ハブられて無い?」

 

『自業自得やろ』

 

 笑う鈴原トウジ。

 相田ケンスケは現在、まだ若いながらも国際連合統合軍(U.N.SPACY)少佐の階級章を帯びる身であり、同時に太陽系緊急展開部隊隷下のエヴァンゲリオン隊の第2班長の立場であった。

 第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)の中では出世頭(エリート街道筆頭)と言えるだろう。

 これは、妻となった相田ディピカ(旧姓チャウデゥリー)の要望があっての事だった。

 何というか、第18使徒戦役で命を救ったが縁で狙われ(ロックオンされ)、落とされたが故の事であった。

 

「仕方ないじゃないか! 俺に春が来たと思ったんだよ!!」

 

 それは第18使徒戦役が終わった頃。

 思春期(スケベ心強火期)真っただ中だった相田ケンスケは、夜に、それなり以上に可愛いと言えるディピカ・チャウデゥリーに薄着で迫られたのだ。

 恋愛に憧れた耳年増な情報過多(頭でっかち)ではあっても、実際の恋愛経験が乏しかった相田ケンスケはコロリっと落とされてしまったのだ。

 結果、肉欲に溺れ、見事にゴールイン。

 かくして相田ケンスケは相田ディピカの小さな尻に敷かれ、その実家たるチャウデゥリー家復興の為に馬車馬の様に働かされる状態となったのだ。

 

 尚、発覚後、思春期で集団生活状態にある適格者(チルドレン)の性の管理問題としてNERVが頭を抱える問題となる。

 それまで適格者(チルドレン)のカップルと言えば、初々しい事この上ない碇シンジと惣流アスカ・ラングレーか、年齢相応のお付き合いをしていた鈴原トウジと洞木ヒカリ。

 或いは、何だか安定した距離感(年齢不相応な落ち着き)を感じさせる綾波レイと渚カヲルしか居なかったのだ。

 そう、NERV本部には精々が甘酸っぱい青春匂しか無かったのだ。

 そこに唐突、性欲(リビドー)全開展開が来るなど天木ミツキ(子供の為に全力疾走ウーマン)であっても想定出来なかったのだ。

 それはもう、大騒動になるのも当然の話であった。

 

 紆余曲折を経て結婚と相成った相田ケンスケとディピカ・チャウデゥリー。

 とは言え、尻に敷かれていると評され、事実その通りである相田ケンスケに現状への不満がある訳では無かった。

 明確な目標(チャウデゥリー家再興)こそ外部由来ではあったが、偉くなりたいという事自体は本人も思っていたからだ。

 又、目標への邁進にこそ尻を叩く鬼嫁な相田ディピカであったが、それ以外では献身的に夫を支えるし、甘やかしてもくれる良妻であったのだから、不満が出る筈も無かった。

 

 不満と言うか残念なのは、出世コースとして選んだ太陽系緊急展開部隊への出向が、非常時に備える部隊という関係上。極めて拘束時間が長いという事だろうか。

 お陰で、今回のBBQ会の様な親睦会なモノや、或いは戦友会とかにも出席できないのだ。

 割と人と絡む事を好む相田ケンスケとしては、中々にストレスが溜まるというモノであった。

 

『春が来て、墓に入る、と()()()()やったな』

 

 ゴッドスピード(ご冥福を)と笑う鈴原トウジ。

 20になる前に入籍であったのだ。

 孕ませたのだから責任を取るのは漢の務めとは言え、まま、大変であるなと言う所であった。

 

「煩いよっ!」

 

『ま、次の長期休暇でBBQでもやろか。センセたちも居れば話を通しておくさかいな』

 

「居るのかねぇ。あいつ等、何かあったらしょっちゅうお呼ばれしてるぜ」

 

 オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)でも特別な戦力として評価されているシンジとアスカは、ある程度以上の規模で戦闘が発生した場合には非常呼集が掛かる事があり、その為に専用の高速輸送艦すら用意されているのだ。

 2人が戦力供出期で無くとも、居ない可能性はそれなりにあるというモノであった。

 流石に、友人の集まりでNERV総司令官私邸を使わせろ言えない。

 

「あそこのプール、貸し切りだから良いんだよなぁ」

 

『カメラは禁止やぞ?』

 

「判ってるよ!!」

 

 止めてくれっとばかりに吼える相田ケンスケ。

 以前、隠し撮りした写真を売り捌いていたのがバレ、こってりと絞られたのだ。

 否。

 天木ミツキに絞られたのは仕方が無いが、それなりの長きに渡って適格者(チルドレン)女性陣から白い目で見られたのだ。

 アレは本当に辛い思い出であった。

 だからディピカ・チャウデゥリーにのめり込んでしまったとも言えた。

 一応、結果オーライであったとは言え、だ。

 アスカを筆頭に霧島マナや適格者(チルドレン)女の子組からの白い目は本当に本当に辛い思い出であったのだから。

 

「お陰でカメラはディピの管理で、しかもウチの子供撮影専用だよ!」

 

『ご愁傷様や』

 

 カラッとした雰囲気で笑う鈴原トウジ。

 トホホと笑う相田ケンスケ。

 そこは10年来と言わぬ付き合いの深さがある2人の関係性とも言えるのだった。

 

「あーくそ、覚えてろよ本部詰め!」

 

『そうやな。最近は宇宙勤務もご無沙汰や』

 

 鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機は現在、NERV本部直衛部隊の旗機として運用されていた。

 これはBモジュール搭載エヴァンゲリオンによる同調戦闘(RAID-GIG)システムの中枢、指揮(ホスト)機として役割あればこそであった。

 本来であれば、同格の純正品(真希波マリ調整型)Bモジュール搭載であるエヴァンゲリオン8号機とマリ・イラストリアスが居るので、定期的な交代が予定されてはいた。

 だが現在、長期に渡ってオリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)に出向中となっている為、鈴原トウジとエヴァンゲリオン3号機がNERV本部/第3新東京市を離れる事はありえないという状況であった。

 ()()()()

 これは適格者(チルドレン)であると同時に科学者ともなった事が理由であった。

 暴走する知性、知的好奇心に突き動かされ、地球(テラ氏族)以外の氏族 ―― オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)加盟(星系)の事を知りたいと我儘を言った結果であった。

 

「そう言えばマリの奴、確か今はマク氏族の所だったっけ?」

 

『おぉ、なんぞ判らんが歌って踊る動画が報告書に付けられてたとリツコはんが頭を抱えとったで』

 

「うわぁ………」

 

 ドン引きな顔をする相田ケンスケ。

 色々と曲者(常識忘れ)揃いで知られる最初の適格者達(ファースト・シックス)であったが、人格的な意味でアレなのは間違いなくマリ・イラストリアスというのは衆目の一致する所であった。

 

『後10年は帰って来そうに無い感じらしいで』

 

 通信を受けた際に休養休暇などの話を向けた所、マク氏族の星で欲しいと言い出すのだ。

 地球への郷愁など欠片も無かったらしい。

 

「お疲れ様」

 

『ま、ええわ。人生1000年と思えば10年100年なんぞ、あっちゅう間やろうからな』

 

「気の長い話だよ」

 

 笑う相田ケンスケ。

 頷く鈴原トウジ。

 

 人生1000年と言う言葉、それは事実であった。

 ()()()()と言う意味で。

 黒き月と白き月の相克によって始祖氏族の軛から解放され、A.Tフィールドを得つつある地球人類(テラ氏族)は生物としての階梯(ステージ)が上がった結果だった。

 不老不死ではない。

 遅老永生と言った所であった。

 否、遅老は微妙な部分もあった。

 俗にエヴァ治療等とも言われている、エヴァンゲリオンとのA.Tフィールド接触(A.Tフィールドを介した自己の再認識)医療を行うと体が最盛期(20~30代)に戻る現象が確認されているのだ。

 将来的には任意の外見に調整出来るのではないかとすら言われていた。

 とは言え、その場合だと金や地位が一部の金持ちによって独占されかねないという問題も考えられており、100年程度で一度仕事場を離れるべきではないかとの議論も為されていた。

 尤も、今現在では最初の100年も経過していない為、これからの問題という事ではあったが。

 兎も角。

 人類は、生物としても変わったが、社会としても変わりつつある。

 そう言って良いだろう。

 

「しかしちびっ子なシンジと惣流な。見たかったぜ」

 

『おぉ、2人ともしっかりセンセと惣流やったで』

 

 BBQの準備でシンジの所に顔を出した際、鈴原トウジは出会っていた。

 尚、その際にアスカ(式波アスカ・ラングレー)は鈴原トウジに対して()()()()()()()? と言った為、微妙に傷ついていたが。

 待機明けで、無精ひげは出てるしヨレた格好をしていたので、それはもう仕方が無い。

 仕方が無い部分はあった。

 だが、まだ30歳に届く前にオジサン扱いはキツイと言うモノであった。

 とは言え、それだけでは無く首を傾げてもいた。

 

『でもセンセや惣流の奴と違って、引っ込み思案やったけどな』

 

 薩摩仕様で(実戦式郷中教育を受けて)ない()()()は兎も角として、アスカ(式波アスカ・ラングレー)が受けてきた教育はアスカと変わらない筈なのに、と。

 警戒していると言うか顔色を見ている風であったのだ。

 シンジ以外の相手には天上天下唯我独尊(ゴーイング・マイウェイ)で通していたアスカと同一人物とはとても思えないというのが正直なハナシであった。

 

「そう言えば葛城さんも、怯えられてたって言ってたな」

 

『ミサトさんが?』

 

 NERVの全戦闘部隊を束ねるNERV戦闘総部総括葛城ミサト中将(中将待遇大佐)、正確には結婚によって加持姓となっている女傑だ。

 妊娠出産子育てを3回繰り返していて休職も多いのだが、それでも多くの人間から慕われている指揮官だ。

 そうであるが故にシンジ達がNERV本部施設に来た際に歓待し、そこで顔合わせをしていたのだ。

 

「ああ。怯えてたってのは言い過ぎかもしれないが、本部で顔を会わせた時に、チョッと退かれたって言ってた」

 

 シンジとアスカと同じ感覚で近づいた時。

 ()()()はそうでも無かったのだが、アスカ(式波アスカ・ラングレー)は近くに居た()()()に少しだけ隠れる仕草をしたのだ。

 後、顔が無表情になって(強張って)いたのだという。

 判りやすい忌避的な挙動があった訳では無い。

 だが、そうであるが故に無意識の行動であると判り、そうであるが故に加持ミサトにとって痛いのだった。

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)がこの世界に再誕した際、その情報はNERVへと報告されていた為、加持ミサトとて心の準備はしていたのだ。

 だがそれでも、目の前で自分への反応を見せつけられると云うのは痛かった。

 被害は甚大であった。

 その発散に、定期連絡にかこつけて長い付き合いとなっていた相田ケンスケに愚痴を零したのだ。

 

『ま、2人が育った世界、ワシらもヒカリもおらんかったらしいしな…………』

 

「……ああ……」

 

『そういう風になってしまうのも仕方が無いやろな』

 

 ()()()とすら切り離され、孤独に闘う14年の月日だ。

 その心の傷は深く、大きいのだろう。

 推測する事しか出来ない2人は、只々ため息をつくのであった。

 

「全くだ。時間を掛けて癒されるしかないだろうな。しかし、適格者(チルドレン)は誰も傍に居なかったのか、ちび惣流(式波アスカ・ラングレー)には」

 

『そやな。一応、1人だけおったちゅうこっちゃが__ 』

 

「誰だ?」

 

『マリ、正確にはワシらの知る()()なマリ・イラストリアスではなく、真希波マリ・イラストリアスちゅう別の()()だったらしいで』

 

 竹を割ったような性格と言われる鈴原トウジにしては珍しいキツい口調で言う()()、と言う評価。

 言葉としては実に厳しいが、マリ・イラストリアスと言う適格者(チルドレン)を表すには良い(判りやすい)表現であった。

 少なくとも、適格者(チルドレン)であると同時に好奇心最優先な研究趣味者(マッド・サイエンティスト)と言う側面を表すにはコレより手軽い(短い)表現は無いというのがマリ・イラストリアスを知る人間の一致した意見であった。

 だがそれは、適格者(チルドレン)としてエヴァンゲリオンを駆った上での余技の部分。

 戦闘以外での自由時間の使い方がアレ(トンチキ)と言う話であるのだ。

 ある意味で稚気の発露、その範疇であった。

 だが真希波マリ・イラストリアスは違っていた。

 伝聞(報告書を見た)だけででも、何と言うか面倒くさい相手と言う感じであった。

 少なくとも、鈴原トウジからすれば。

 他人との距離感が近すぎるとか、自分の意見を一方的に言うとか。

 後、戦闘だ。

 此方も酷いモノであった。

 2人1組の戦闘班(ツーマンセル)後衛(支援)役であるにも関わらず、前衛に追従出来ない事が多々あったという。

 NERV本部の最終防衛戦力たるエヴァンゲリオン3号機の適格者(チルドレン)であり、同時に第2連携戦闘隊(2th.ウルフパック・ユニット)の指揮官でもある鈴原トウジ中佐としては、断じて許す事の出来に事であった。

 自分の下に居れば、どれ程に腕が立とうとも、或いはどれだけシンクロ率が高かろうとも再教育 ―― 適格者(チルドレン)としての心構えから叩き込んでやる。

 そう言う思うレベルでの()()であった。

 鈴原トウジ。

 常日頃であれば快活さで構成されたような性格をしていたが、配下の適格者(チルドレン)の命を、NERV本部を、地球を背負っているという事の責任感は確と持っているのだ。

 漆黒のエヴァンゲリオン3号機と相まって黒騎士(ブラックナイト)と呼ばれるのは伊達では無かった。

 

「ま、そういう風にデザインされた世界って事だろうな」

 

『2人に圧を掛ける為の、やな。惨いこっちゃで』

 

「ま、でもシンジの奴にぶった切られたんだろ?」

 

『ズンバラリンや』

 

 ケラケラと笑う2人。

 流石はシンジ、ある意味で当然の結果。

 それが正直な感想であった。

 

 ひとしきり笑って、それから改めてと相田ケンスケが言う。

 

「2人は、エヴァに乗るかな」

 

『どうやろ? 特にちび惣流の方はエラい目にあっとるからな』

 

「だがよ、俺たちの立場からすると………」

 

 言葉を濁す相田ケンスケであったが、その言いたい事はしっかりと鈴原トウジに届いていた。

 指揮官として感じる、適格者(チルドレン)の不足だ。

 否。

 居ない訳では無い。

 適性を持った子供は生まれ続けて居るし、志願してくる子供も多い。

 相応の待遇を約束していたし、先達たる適格者(チルドレン)の輝き ―― シンジとアスカ(エース・オブ・エース)を筆頭とした象徴(アイドル)が居るのだ。

 かの様になりたいと思う志願者は多かった。

 だが、だ。

 その子供たちはエヴァンゲリオンを操る適格者(チルドレン)には成れるだろう。

 だが相田ケンスケや鈴原トウジ、NERVの人間が欲しているのは地球人類(テラ氏族)の矛にして盾、醜の御盾なのだ。

 覚悟、とも言えた。

 使徒戦役以降の、人類史初と言う勢いで人類の生存圏から大規模な戦火が遠ざかっているが故の()()()()()()()()()()()()と、国連安全保障理事会とNERVは推測していた。

 子供であるが故に当然の事とも言えるのだが、中々に頭の痛い話であった。

 

『そやな。あのシンジと惣流と同じ資質(気質)を持つ人材って意味では、乗って欲しい所はあるわな』

 

 嘆息する鈴原トウジ。

 無論、時間を掛けて養成すれば覚悟を養う事が出来るのだが、不思議な話としてそういう子供たちはアガリと俗称されているエヴァンゲリオンへの搭乗限界(シンクロ・リミット)が早く訪れるのだ。

 この事を技術開発部科学総括顧問である葉月コウタロウは、当初からの覚悟の差が影響していると考察していた。

 エヴァンゲリオンに受け入れられるかの差、とも言っていた。

 ある種の哲学的な部分があった。

 とは言え、現場の人間である鈴原トウジや相田ケンスケに理解できる話では無かったが。

 否。

 現場が、ではなく叩き上げ故とも言えた。

 先達の3人の戦う姿を見た上で4人目の適格者(チルドレン)に選ばれた事を受け入れた鈴原トウジ。

 動機は不純ながらも先達に並びたいと第2期適格者(セカンドステージ・チルドレン)へと志願した相田ケンスケ。

 共に最初から覚悟を決め、歯を食いしばってエヴァンゲリオンに乗って居たのだ。

 そういう人間であればこそ、何となくの気持ちでエヴァンゲリオンに乗ろうという人間(本物のミーハー)を完全に理解するのが難しいというモノであった。

 

『だが、ま、無理強いはしたくないのう』

 

「………だな」

 

『ま、ワイ等のアガリは当分先っぽいから、それまでは頑張ろや』

 

「そうだな」

 

 

 

 

 

 碇家私邸でのBBQは、いわゆる日本式であった。

 グリルで薪に火を点けて肉野菜、魚介類を焼くのだ。

 それに大阪式のお好み焼きや焼きそばを作り、ピザ窯でピッツァを焼く。

 そこにビールサーバー、氷を浮かべた保冷ボックスに放り込まれたジュースの群れ。

 

 集まっているのは碇家、隼人碇家、ランギー家、渚家、加持家に青葉家、そして鈴原家と言う大所帯であった。

 鈴原家が参加する家の中で()()()等と言われるのは、このBBQ(碇家での飲み会)参加者が大本はシンジの家でやっていた飲み会(悪い大人の集まり)に由来していたからであった。

 何度もやってたし、何なら碇ユイが帰って来てからも何度もやった。

 アスカから話を聞いて、惣流キョウコ・ランギーも参加したい(アスカと飲みたい)と言ってランギー家が参加した。

 綾波レイに引っ付いて渚カヲルが参加するようになり、その渚カヲルが誘って鈴原トウジが参加する様になったのだ。

 シンジが2人に声を掛けていなかったのは、主に悪い飲み会(アルコールの飲酒の無礼講)であったからだった。

 その程度の良識はシンジも持っていたのだ。

 少なくとも20歳になる前での飲酒は、大っぴらかにしてはいけないという。

 兎も角。

 各人の家族が参加したり増えて居たりで、いつの間にかこうなっていた。

 尚、青葉家と言うか青葉シゲルは、シンジ絡みで碇ユイが参加した次の会で碇ゲンドウ(NERV総司令官)が参加するのを見た時に、参加辞退を口にしていた。

 エリートコースに居るとは言え、誰が組織の下の側(尉官クラス)の人間が雲上人な組織の頂点と酒を飲みたいと思うのか、である。

 能力故に昇進はしていたが、出世欲と言うモノが薄い青葉シゲルにとって、気楽に飲めない場所など論外であったのだ。

 が、逃げる事は出来なかった。

 逃がさぬ(死なば諸共)と加持リョウジが手を回していたのだ。

 葛城ミサトとの結婚が秒読み段階になっていた為、

 その頃には青葉シゲルと親しい仲となっていた伊吹マヤが居たので、コレを唆し、参加する様に口説かせたのだ。

 青葉シゲルは若手の女性陣にも人気があるので、ここで距離が生まれては奪われるかもしれない、と。

 実に悪い大人の仕草であった。

 仲は良くともねんごろ(steady)では無かった初心い伊吹マヤは、加持リョウジの唆しに乗せられてしまい。

 そうなると青葉シゲルに逃げ場はなかった。

 世の中は非情であるのだ。

 尚、碇ゲンドウの盟友にして腹心でもあった冬月コウゾウが居ない理由は引退、或いは体調不良などが理由では無かった。

 A.Tフィールド療法によって若返った現在、第2東京の国連本部にNERV代表として出向中の身であった為、参加出来なかったのだ。

 使徒戦役時代、老人を酷使するなど冗談で言っていた為、若返ったのだから遠慮は不要だよね、となった訳であった。

 

 大人組の色々な思いは別にして、子供組 ―― シンジとアスカの双子の子供である長女のミライと長男であるユウジを筆頭にした14名は好き放題に食べ、そして遊んでいた。

 子供(次世代)と言う意味では2017年には産まれていた碇家の長女姉妹であるアイネ(碇ユイの娘)マリコ(碇リツコの娘)、或いは加持家の長男である所のショウジも居たのだが、留学などをしたりして家に居らず、今は10代前半くらいが平均値となる位の年齢層である為、それはもう元気一杯に遊ぶのも当然と言う事であった。

 特にプールは大人気であった。

 飯もしかしか食わずに大暴れ。

 勿論、それを想定し親の側は水着や濡れても良い恰好で連れてきていたし、当然ながらも着替えを用意していたが。

 

 そんな大暴れな子供たちを横目に、()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)年齢不相応(上品)な仕草に焼かれた肉その他に舌鼓を打っていた。

 がっ付く訳では無い。

 だがペロリペロリと食べていっていた。

 その仕草が可愛く感じられ、更に周りがコレを食べろアレを食べぬかと持って来ていた。

 惣流キョウコ・ランギーや碇ユイが筆頭であるが、それ以外の面々も、この可愛くもこまっしゃくれた2人に世話を焼きたがったのだ。

 肉なり野菜なり魚なり、或いはジュースを持って来ては歓談していた。

 

 

 

「京都で育ってたのね? なら鹿児島は余り知らない土地だから、遊びに来てね。大歓迎よ」

 

「お姉ちゃんである私が案内してあげる! 最近、チョッと大きい車も買ったからどこにでも行けるわよ!」

 

 隼人碇家の2人は楽しそうにやって来た。

 尚、持ってきたのは肉と肉と肉だった。

 一応は牛肉、豚肉、そして羊肉とバラエティだけはあったが、それでも全部肉であった。

 肉を食べなければ大きくなれないと言っていた。

 肉食の家系(北欧&薩摩のハイブリット)っぽさが出ていた。

 強くなれないとも続けていた。

 

「よ、宜しくお願いします」

 

「可愛い!!?? あの頃のシンジが帰って来たわ!!!!!」

 

 辛抱溜まらぬとばかりに抱き着く碇アイリ。

 年齢相応と言うのは些かばかり小さいが、それでも嘗ての幼さは影を潜めてはいた。

 とは言え、それでも女性であるのだから()()()強いハグ(スキンシップ)をされては、アスカ(式波アスカ・ラングレー)も骨付きカルビを齧りながら眉を跳ね上げていた。

 例え、それが幼子への対応めいた仕草であるのが判るとは言え、であった。

 そんなアスカ(式波アスカ・ラングレー)の反応に、碇アイリはニヤっと笑うのであった。

 その笑みに何かを感じ、言葉を発する前に追撃が来た。

 

「安心して、アスカもすっごく可愛いんだから! だからお洋服、買いに行きましょう!!」

 

「………アタシ、そんなに可愛く無いし。それに洋服を買うなんて__ 」

 

 俯いて言葉を濁すアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 何と言おうとしたのだろうか判らぬが、それが()()()にも哀しい言葉であろう事は判った。

 (平時)(自己否定)が波打つ様に入れ替わる、感情がうねりやすく安定しているとは言い難い状態にあった。

 あの哀しい世界から、今の今まで時間が余り経過していないのだ。

 落ち着かないのも仕方のない話と言えた。

 だが、そういう心の不調をぶち壊すのが碇アイリであるのだ。

 

「大丈夫! こう見えても私は高給取りなんだから!! ドーンっと、えっとアゴアシ付きっていうの? たかれば良いのよ!!!」

 

 割と薄めな胸を張る碇アイリ。

 それは心底から出る人としての善性、全肯定力(お姉ちゃんパワー)であった。

 ()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)も、碇アイリにとって愛すべき弟妹でしかないのだ。

 そして当然、その母親も乗る。

 碇アンジェリカも(お母さんパワー)に於いて劣る所は無いのだから。

 只、善性であるが故に天然である娘に対して、母親は幼子へのフォローを計算しての事であったが。

 

「うふふふ。私も最近、ヘソクリが溜まっているから派手にやっちゃいましょう」

 

「流石よママ! シンジの分も含めて ―― そうね、もし市内(鹿児島市)のデパートに可愛いのが無かったら、福岡まで行っちゃえば良いんだもの! 市内(鹿児島市)も悪くないけど、福岡はやっぱり凄いのよ!!」

 

「それなら、熊本や鳥栖に寄っても良いわね」

 

「最高! アッチの豚骨ラーメンも美味しいのよ!! 期待しててね!!!」

 

 割と細身な側の母娘なのに、その元気さは見事なモノであった。

 その()を受け、2人は笑った。

 暗さの無い顔で笑った。

 

「良い笑顔ね2人とも。なら、後は日取りを考えておきましょうね」

 

 何だかわからない儘に九州は鹿児島行きは確定しちゃったっぽいと理解した()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は、更に笑った。

 笑って、取り合えず負けない元気を付ける為にと頷き合って肉に頑張って喰らい付くのであった。

 

 

 

「ハグしていい?」

 

「しながら言う言葉じゃないかな? ごめんねシンジ君とアスカちゃん。最近息子から嫌がられちゃっててね。これから宜しくね」

 

 それは今後ともハグさせろという事だろうか? と、2人に何とも言い難い顔(虚無めいた、猫めいた顔)をさせた渚家の2人。

 持ってきたのは良く焼けた野菜串であった。

 ステーキもある、但し、椎茸であったが。

 野菜の旨味は素晴らしい、と。

 

「野菜は心を豊かにしてくれる。人類の農業、その進化の極みだよ」

 

 農業と言うよりは品種改良であるとのツッコミは、礼儀正しく()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)も我慢していた。

 渚レイは、慣れた夫の奇行めいた発言に、少しだけ遠くを見ていた。

 何時ものツッコミ(ツッコミ・ロンギヌス)発動は、流石に子供の前でするべきではないと自制していたのだった。

 教育に良くない。

 実に母親であった。

 そして、母親だからこその言葉を紡ぐ。

 

「とは言え、野菜だけでは駄目。栄養バランスを考えて肉や魚も大事」

 

「え、あや、いや、渚さんも肉とかも食べるの!?」

 

 綾波と呼ぼうとして、自己紹介を思い出して慌てて改める()()()

 頬っぺたも赤くなっている。

 その可愛らしい仕草に渚レイは笑みを深め、益々もって()()()は慌ててしまっていた。

 その様を、隣に座って良い焼け具合のトウモロコシ串を齧っていたアスカ(式波アスカ・ラングレー)がチョッとだけ剣呑な目をしていた。

 勿論、焦点はシンジだ。

 だが肝心のシンジは気づかない。

 気づけない。

 気づいたのは渚カヲルだけだった。

 君も独占欲が強いね、と内心で笑っていた。

 

「少し、食べる様になったわ」

 

 年齢不相応な感じの可愛い仕草で、でも、何時もの夫婦そろっての定顔(アルカイックスマイル)でVサインをして見せた。

 勿論、渚カヲルだけは、それがドヤ顔と気づいていたが。

 兎も角。

 綾波レイと言う人間(薬併用型ベジタリアン)を知るモノであれば驚愕する言葉であったが、それは妊娠と出産、そして子育ての経験が自分自身を変えさせたのだ。

 子供を健康的に出産する為に、そして育てる為に、栄養学の知識を学んだ結果であった。

 

「最初は苦手だったけど、頑張ったわ」

 

「す、すごいわね」

 

 毒気の無い、渚レイの反応に、流石のアスカ(式波アスカ・ラングレー)も感嘆の声を漏らすのだった。

 

「ご、ごちそうさま?」

 

 負けました。

 そんな態でモシャモシャと()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)は焼き野菜を食べるのだった。

 

 

 

「美味しそうに食べてるわねぇ」

 

「食う子は育つって事さ。大きくなれるぞ」

 

 ほろ酔い加減でビール缶片手にやって来たのは加持家の2人だ。

 とは言え、酒精によって頬を染めているのは加持ミサトだけであったが。

 尚、持ってきたのは勿論、ジュースだ。

 正確には炭酸水。

 余分な甘みが無く、口の中の脂分をすっきりと流せるので飲めない人間にとって重宝するのだ。

 吞兵衛で名を馳せる加持ミサトにも、飲みたくても飲むのを我慢しなければならぬ場面と言うのはあるのだ。

 

「さっすがにビールは早すぎるモノね」

 

「あ、ミサトさん」

 

「うっわぁ! シンジ君の声でミサトさんって呼ばれるのって、()るわネェ。コッチのシンジ君って最後まで葛城さん(葛城サァ)呼びだったもの。アレが悪いって言う訳じゃないんだけど、可愛い子から名前で呼ばれるのって嬉しいモンなのよね。そうだ、アスカも呼んでよ!」

 

 速射砲の如き勢いで言う加持ミサト。

 その明るさは、1つの演技だ。

 自分への怯えめいたナニカを示したアスカ(式波アスカ・ラングレー)に、自分が加害してくるナニカでは無いと思ってもらえる為の仕草(道化)であった。

 

「えっ、あ………み、ミサト?」

 

「良いわ。こっちも()たわ。可愛い子から呼ばれる事で得られる栄養素ってあるわよね?」

 

「オバさん臭いぞ? それと、そういうの余り言うなよ。ショウジ(息子)が拗ねる」

 

「あの子も情緒、育っているものね」

 

 と、少し離れた場所に目をやる。

 丁度、服を着たままでプールに飛び込んでいる愛息が見えた。

 大きん水柱が上がった。

 笑う加持ミサト。

 どうみても子供だが、同時に大きくなっているのを感じていた。

 少なくとも、おずおずと浸かっていたのが、勢いよく飛び込みが出来る様にはなっているのだから。

 子供の成長は早い。

 この小さくなってしまった2人も、直ぐに育っていくのだろう。

 そんな事を考えながら加持ミサトはそっと手を出した。

 

「向こうとコッチで色々と勝手が違って大変とは思うけど、どうせ直ぐに慣れるわ。それより、人生を楽しみましょ」

 

「雑ね」

 

 何とは無くに、その仕草の理由を察し、釣られる様に笑うアスカ(式波アスカ・ラングレー)は、しっかりと加持ミサトと握手をするのであった。

 

 

 

「少し違うのを持ってきた。魚は余り食えなかったって聞いたからね」

 

「と言うか、私たち、アッチでは余り話をしてないんじゃないかしら?」

 

 そう言って良く焼けたイカや魚を乗せた皿を持ってきたのは青葉家の2人、青葉シゲルと青葉マヤであった。

 素直に頷く()()()

 青葉シゲルは第1発令所で報告をする時などの際に見た覚えがあっただけであった。

 青葉(伊吹)マヤは、碇リツコら技術部からの説明(ディスカッション)を受ける時に助手的に動き回っていたのを覚えていた。

 だが、個人として会話した事など記憶になかった。

 それはアスカ(式波アスカ・ラングレー)も同じであった。

 何とも言えない感情を飲み込み、顔に出さないようにした。

 2人とも14年間の月日、WILLEと言う組織で一緒に居たのだ。

 その意味では()()()以上に見知ってはいた。

 だが、関係が良好とはとても言えなかった。

 伊吹マヤは度重なる戦闘で疲弊し、故障の多いエヴァンゲリオン2号機の管理をしてくれていた人ではあったが、個人的な会話など一切無かった。

 只々、戦闘装備としてのエヴァンゲリオン2号機の付属品として管理された思い出しか無かった。

 腕は良かったかもしれない。

 だが、常にキツい顔で怒鳴り散らす姿しか覚えていなかった。

 男性メンバーには男なんて役立たずと面罵し、かといって女性に対して優しいかと言えばさにあらず。

 少しでもミスをすれば無能と罵っていたのだ。

 あの世界が滅亡の淵にあり、人材不足に資材不足その他でWILLEは戦闘集団として破断に達するのをギリギリで堪えている状況であるとは言え、余りにも酷い有様であった。

 だが、対して此方の青葉マヤ。

 角の緩い顔で、幸せですのよとばかりに笑っている。

 笑って大きくなったお腹に手を当てているのだ。

 正しく別人と言えるだろう。

 その背に手を回して支えている青葉シゲルだってそうだ。

 口数少なく、険しい顔で連絡をしている所しか見た事が無い。

 否。

 それは2人だけでは無い。

 自分も含めてWILLEに居た誰もが、追い詰められた獣の様な顔をしていたのだとアスカ(式波アスカ・ラングレー)は内心で自嘲していた。

 平和と言うのは本当に良い。

 そう感じていた。

 だが、そんなアスカ(式波アスカ・ラングレー)の複雑な心境、或いは平和を噛み締める様な気分をサラリと流すのが()()()であった。

 

「はい。殆ど食べた事が無かったです。でもコレ、なんて魚なんですか!?」

 

「確か、アジ?」

 

「もー 違いますよ。これはサバ、みりん漬けした奴なんですけどね、美味しかったので持ってきたのよ」

 

 持ってきたがうろ覚えといった塩梅の青葉シゲルに、笑いながらツッコむ青葉マヤ。

 所謂、さばみりんと言うモノであった。

 ()()()が知る由も無いが、一般的なモノよりもかなり大振りであった。

 

「あとはイカ、それとホタテ貝に海老。美味しいわよ」

 

「は、初めて見ました!」

 

 海が赤くなり、水産資源の悉くが絶滅危惧種となった世界では魚介類など百科事典で見るだけのモノになっていたのだ。

 一応ながらも()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)も、海洋生物研究所と言う場所で生きている姿は見たが、こうやって食べ物になった姿を見るのは初めてであった。

 Météore chantant(謡う流星)号でも海産物を食べはしていたのだが、ソレは地球産のモノとは似て非なる形であったのだ。

 中々に()()()な色や形をしていたのだ。

 それに比べれば、今、青葉シゲルが持ってきた皿に乗って居るのは何とも落ち着く色柄の、食べ物と判るモノであった。

 

「本当に赤くなるんだ、エビって」

 

 対してアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 匂いよりも色に興味津々となっていた。

 打たれた竹串で真っすぐの姿となっているエビ、大振りなバナメイエビの塩焼きを1本取ってまじまじと見た。

 そして、匂いを嗅ぐ。

 それは外見的年齢相応の、好奇心と警戒感が混然一体となった姿であった。

 青葉マヤはその姿に笑み崩れながらガブリと齧り付けば良いとジェスチャーで促す。

 その仕草に背を推され、ガブりと齧り付く。

 

うっ(旨い)!?」

 

おっ(美味しい)!」

 

 同じタイミングで、此方はホタテ貝に齧り付いた()()()が異口同音に感嘆の声を漏らし、そして顔を見合わせた。

そんな微笑ましい姿を見て青葉夫妻は、嬉しそうに、楽しそうに笑うのであった。

 

 

 

 椅子に座っていた所に、持ってこられるばかりだった肉魚に野菜。

 対して、コレだけは匂いに誘われて行ったのだった。

 熱く焼けた鉄板に触れたお好み焼きソースの上げる香ばしい香りは、BBQの上げる匂いに負けるとも劣らずで周囲に漂っている。

 又、鉄板の周りで水遊びで失った栄養(エネルギー)を補おうとばかりにお好み焼きを頬張っている子供も居た。

 どの子も笑顔で手と口を動かしている。

 勿論、焼いているのは鈴原トウジ。

 ニカッっと言う擬音の似合う笑顔で10mmはあろうかと言う店舗向けめいた極厚の大型鉄板でお好み焼きを焼き続けていた。

 

「匂いに誘われたんか?」

 

「はい!」

 

「良い返事や。待っとれ、もう直ぐ海鮮ミックス(海老&イカ付き豚玉)が焼きあがるさかい、それを食べればええで!」

 

「誰かの奴じゃないの?」

 

「これは予備や、だから安心して食べてええで」

 

 タイマーを確認しながらお好み焼き蓋を揺する鈴原トウジ。

 蒸し焼きでふっくらと仕上げるのだ。

 

「あ、有難う御座います」

 

 ペコリとばかりに頭を下げる()()()に、鈴原トウジは笑う。

 それは()()()が丁寧な標準語で喋っているからであった。

 

「その声で、ヨメはん以外に薩摩弁を使わんのは新鮮やで」

 

「そ、そうなんですか」

 

「おうおう。ワシにはもっと砕けてええで。お前もダチ(シンジ)じゃ」

 

「でも、僕は彼とは違うから……」

 

「違うやろな。でも、違うけど同じなんやし、それに自分、自分のダチにワシはおらんかったか?」

 

「い、居たよ」

 

「なら、同じじゃ」

 

 呵々と、湿度の無い笑い声を上げる。

 それは大人の態度であった。

 ()()()も釣られて笑うのであった。

 だがアスカ(式波アスカ・ラングレー)は、笑いに混じる事無く真剣な声で尋ねた。

 

「ここにアンタが居るって事は、アンタ、もしかしてエヴァに__ 」

 

「おう、乗っとるで。エヴァンゲリオン3号機、地球最後の盾、黒の騎士とはワシの事じゃ!!」

 

 ドヤァと言う擬音が付きそうな顔をする鈴原トウジ。

 その顔に、良い歳こいた大人が何を言うかとチョッとと言わずにヒくアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 可愛い眉毛が、真ん中に集まるようにも歪む。

 

「そう言うの、自分で言う?」

 

「アスカ!?」

 

 正しく無慈悲(幼女らしい直截的)な言葉に、良識的と言うよりも揉め事嫌いな()()()が止める様に声をだす。

 が、当の鈴原トウジはアスカ(式波アスカ・ラングレー)言葉(ツッコミ)に怒る事無かった。

 ただ笑みを消し、何とも言えない顔を浮かべて答えるのだ。

 

「しゃーないやろ。()()()()や」

 

「宣伝?」

 

「そや。センセとヨメはん(シンジとアスカ)も、おとぼけ夫婦(渚カヲルと渚レイ)もしょっちゅうオリオン腕の前線じゃ。となると地球の守りは誰がする? やっとるんかちゅう話になる訳や。おまけにマリの奴は鉄砲の玉(行ったっきり帰ってこない)じゃ」

 

 使徒戦役で多大なる戦果を挙げた最初のエヴァンゲリオン群(ザ・ファースト)大半が地球圏に不在であると言うのは、一般市民にとって余り好意的に受け取られる話では無かった。

 使徒戦役の記憶が生々しいが故の、地球外への恐怖心は決して軽視出来るモノでは無かったのだ。

 民意である。

 とは言え、エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機と言う絶対的戦力(エース・オブ・エース)地球(テラ氏族)にとってもそうであるが、オリオン腕諸族連盟(オリオン・スターリーグ)にとっても戦力の柱と見られており、連盟議会から常に派遣要請(指定)がなされているのだ。

 民心慰撫だけで、地球から出さないという事など出来る筈も無かった。

 

 だからこそのエヴァンゲリオン3号機。

 だからこその宣伝であるのだ。

 

 地球防衛の要として宣伝され、更には過剰なまでに金を掛けた装備が付けられていた。

 地球の盾(アースガード)

 黒の騎士(ブラック・ナイト)

 鈴原トウジからすれば誠に面倒くさい話ではあった。

 だが、大人になった身故に、民意がソレが要求すのであれば()()()()()()()と受け入れる器量を見せていた。

 

「大変だね」

 

「そやで。だから、こういう機会に思う存分にお好み焼きを焼いとる訳や」

 

 食べるのも好きだが焼くのも楽しい。

 食べた人間が笑顔になるのを見るのが実に楽しい。

 そういう事であった。

 

「それに今年は野球も調子がええしな!」

 

 国歌などと称する歌を口ずさみながら、次に焼くお好み焼きの準備に取り掛かる。

 タネにキャベツ、鰹節、海老とイカ。

 それにチーズにモチに、スジコン(煮込んだスジ肉とコンニャク)まで入れていく特別製(鈴原スペシャル)だ。

 勿論、揚げ玉も忘れない。

 ()()()たちと喋りながらも、実に手慣れた仕草でかき混ぜ、作り上げていく。

 熟練の仕草であった。

 

「凄いわね……」

 

「おう、スゴイで! とは言え、家では余り出来んがな。ヒカリの奴が太るゆうて嫌がるんや」

 

 鈴原ヒカリがお好み焼きを嫌がるのは、お好み焼きが嫌いと言う訳では無かった。

 只、粉モノ(カロリーが高め)で野菜分が不足気味。

 何よりも毎日は流石に飽きるという理由であった。

 幾ら子供たちが喜ぶし、料理を買って出てくれるとは言え、鈴原家を支える(支配する)柱として認める訳には行かないのだ。

 さもありなん(デスヨネー)

 そうとした言いようが無かった。

 

「当り前よ」

 

 あきれ顔のアスカ(式波アスカ・ラングレー)

 

「そう言えばヒカリと喋れたんか?」

 

「……まだよ」

 

「そうか。アイツも話したいってゆーとったから、後で行ってくれ。今は___ 」

 

 鈴原トウジがそっと視線を動かす。

 勿論、妻である鈴原ヒカリを見る為だ。

 プールサイドで水着を着て、暴れまわっている子供たちの監督役をやっているのだ。

 ビキニなどを着ている訳では無いが、アスカや渚レイとも違う健康的な色気を漂わせていた。

 

「でもアタシはアンタたちの知るアスカじゃ無いのよ……」

 

「でもアスカじゃと言うとったわ。気にせず会うてやってくれ」

 

「……判ったわよ。暇を見て、行くわ」

 

「おおきに!」

 

 

 

 BBQの喧騒から少し離れた場所、広葉樹に下に置かれた背もたれ付きの木製ベンチチートに並んで座り、あつあつ焼き立てのお好み焼きを突いている()()()アスカ(式波アスカ・ラングレー)

 

「美味しいね」

 

「美味しいわ」

 

 少しだけ2人だけの時間。

 寄り添い、触れ合う所だけで体温の交換をしていた。

 言葉が少ないのは、アスカ(式波アスカ・ラングレー)が何かを考えているからであり、そして()()()はソレを察して待っていた。

 

「…………アタシ、アタシはさ……」

 

 1枚の皿に乗った小さめのお好み焼きを分け合って食べ、食べ終わってアスカ(式波アスカ・ラングレー)が口を開く。

 ゆっくりと、言葉を選びながら決意を口にする。

 

「違う。アタシ達はここで優しくして貰ってる。でも、コレはアタシ達に因るものじゃないわ。この世界のアタシとアンタが成した事のお陰__ 」

 

 だから、と言う。

 借り物の評価。

 自分以外を見る目で見られるのは、嫌なのだと言う。

 

「だからアタシはエヴァに乗る。エースに成ってやる!」

 

 その蒼い目に迷いは無かった。

 煌めいているその目に引き込まれる様に()()()は笑った。

 

「アスカはそれで良いの? エヴァはもう嫌いだと思ってた」

 

「……良い思い出なんて無かったわ。だけど、でも自分に、コッチの自分(碇アスカ)に負けるって、なんか嫌なのよね」

 

 社会勉強の一環で見た使徒戦役の映像、動画として残されていたシンジとアスカの戦いぶり。

 或いは戦技(操縦)

 14年もの日々で様々な戦場で勝ち抜いて来たとの自負を持つアスカ(式波アスカ・ラングレー)をして、その様は精兵(エース)の呼び声が相応しいと感服するモノがあった。

 今の、14年の戦歴を持った自分であれば出来るだろう。

 だが14歳の自分が同じように闘えたかと言えば難しいのではないかと冷静に見ていた。

 特に後半の戦いぶり ―― A.Tフィールドの神髄に触れて以降の戦いぶりは、正しく次元が違うと言えた。

 だが、とアスカ(式波アスカ・ラングレー)は考えるのだ。

 ()()()()()()()()

 自分も又、研鑽を重ねればあの領域に至れるだろうと考えていた。

 勿論、研鑽を重ねたとしても容易では無いだろう。

 アレはアスカ(惣流アスカ・ラングレー)だけの力ではなく、相方(戦友にして僚友)たるシンジとの競い合い、互いを見て育てばこそだろう。

 だが、その事を()()()に告げる積りは無かった。

 

「それに、エヴァのパイロットになれば色々と融通が利くみたいだし。だけどアンタは違う。アタシみたいにエヴァに縛られていないだから__ 」

 

 エヴァンゲリオンとも、NERVとも離れるべきだ。

 そう告げようとしていた。

 だが、()()()はそれを止めた。

 膝の上に揃えられていたアスカ(式波アスカ・ラングレー)の手を掴んで止めた。

 

「アスカは戸籍、どうするの?」

 

「……そうね、さっき話を貰ったこの世界のアタシの実家を頼ろうって思ってるわ」

 

「じゃ、式波アスカ・ランギー?」

 

「そうね。もう少し弄って、アスカ(式波)ランギーとでも名乗ろうかしら」

 

「あ、似合ってる。えっと、チャーミングな感じだと思う。僕は六分儀シンジだから、余り変わらないかな。でも、コッチの父さんの関係者って思われるから、エヴァに乗ってても何も言われないだろうね。うん、アスカが乗るなら僕も乗る!」

 

 最初はゆっくりと言いながら、最後は叫ぶように言うシンジ(六分儀シンジ)

 言い切ったシンジ(六分儀シンジ)は肩で息をする様にしている。

 だが、目だけは違う。

 微動だにせず、真剣に、アスカ(アスカSランギー)を捉えていた。

 

「あ、アンタ……」

 

 それは、或いは気迫と言えた。

 だからこそアスカ(アスカSランギー)は即座の反論、反応が出来なかった。

 対してシンジ(六分儀シンジ)は、深呼吸してから言葉を連ねる。

 

「あの世界で僕は何の希望も無く生きてた。エヴァとか関係なく、父さんに見捨てられて先生の所に預けられ、そこでも放置されてた。何も無かったんだ。いつ死んでも良いってすら思ってた。空っぽだったんだ。だから、エヴァだってどうでも良いんだ。乗って欲しいって言われたから乗ってただけだった。怖い事があったし、痛い思いもしたよ。そういう意味ではエヴァなんて大嫌いだ。だけど、そんな僕に大事な事が出来たんだ」

 

「…………」

 

「アスカが、こんな僕を好きだと言ってくれた。だから僕は、アスカがエヴァに乗るなら僕も乗る」

 

「アンタバカァ!? 痛い事だって、死ぬような目に ―― 死ぬかもしれないのよっ!!」

 

「でも、君がそこに居るんだ。なら僕も居る!!」

 

 アスカ(アスカSランギー)が吠える。

 シンジ(六分儀シンジ)も吠える。

 真剣に怒鳴り合う2人。

 互いに、相手しか見ていない。

 

 にらみ合い。

 と、先にアスカ(アスカSランギー)が折れた。

 否。

 俯いて視線を外した。

 

「馬鹿よ、アンタ」

 

 か細い声。

 泣いているかのような声。

 その俯いた額に、そっとシンジ(六分儀シンジ)も額を寄せる。

 両手でそっと抱きしめる。

 

「だって僕は、バカシンジだからね」

 

「……ばか」

 

 アスカ(アスカSランギー)はそっと体重をシンジ(六分儀シンジ)に預け、顔を上げた。

 シンジ(六分儀シンジ)はじっとアスカ(アスカSランギー)を見ていた。

 

「後悔、しないわね?」

 

「しないよ、きっと。だって2人だもの」

 

「馬鹿」

 

 焼けて香ばしさの出たお好み焼きソースの味が、互いの唇から広がるのだった。

 

 

 互いを確認し合ったうら若き2人を、大人たち()微笑ましく見ていた。

 だが、そうでない者たちも居た。

 子供たちだ。

 

「キスしてた!!」

 

Sie küssen sich(キスしてる)!!」

 

「キスだぁ!!!」

 

 こういう時の子供は誠に純粋な(ウザい)のである。

 特に10代も前半(アラウンド・ティーン)は、情緒も何も無いのだから仕方が無い。

 もう少し年上(思春期)の子供たちであれば、赤面したりするなどはしても煽らなかったかもしれないが、そういう年齢の子供は学校なりで今この場には居なかった

 

「アンタたちぃっ!?」

 

「アンタだって! ママみたいだっ!!」

 

 勿論、アスカ(アスカSランギー)の怒声に怯える気配も無く叫び返したのはよりも少し幼い感じの、赤味の入った髪をした男の子だった。

 シンジとアスカの息子、碇ユウジだ。

 その背中には双子の妹である碇ミライが居た。

 碇ユウジに守られている ―― と言う訳では無く、気の強すぎる弟(喧嘩っ早い所のある愚弟)が暴れない様にシャツの裾を掴んでいるのだ。

 

「ざっけんな、ガキィ!!!」

 

「うわーっ! 怒ったぞぉ!!」

 

 駆け出す子供たち。

 総勢で20人を超えようかと言う、ある意味での大家族感だ。

 とは言え逃げるばかりではない。

 煽る奴(アッカンベー)したりする奴も居た。

 それも複数。

 更に言えば、アスカ(アスカSランギー)シンジ(六分儀シンジ)も追っかけて来ないとなったら戻って来てはキスだキスだと叫ぶのだ。

 それは、キレたアスカ(アスカSランギー)が電動ガトリング水鉄砲を持ち出すまで続き、そこからなし崩しの水鉄砲戦争が勃発するのであった。

 シンジ(六分儀シンジ)も天狗セットを引っ張り出す。

 子供たちだって負けてはいない。

 普通の水鉄砲から竹で作られた古式ゆかしい水鉄砲。

 電動のSFめいた水鉄砲に、M16風な水鉄砲。

 様々なモノで応戦し、碇家私邸の庭を所せましとばかりに暴れまわるのであった。

 歓声に悲鳴。

 子供たちの上げる元気な声に、大人たちは揃って相好を崩すのだった。

 

 

 

 

 

 日が沈み、夜の帳がおりた碇家私邸。

 遊び疲れた子供たちは、電池が切れた様に皆が一様に寝て居た。

 マットレスが敷かれた大きな畳部屋に雑魚寝状態だ。

 そこにはシンジ(六分儀シンジ)アスカ(アスカSランギー)も含まれていた。

 14年乃至は28年の記憶を持っての頭は大人であっても体は子供 ―― 生理年齢相応の体力しかないのだ。

 それが走り回って大騒ぎをすれば、それはもう体力切れになるのも当然と言うモノであった。

 とは言え、遊び疲れただけと言う訳では無かった。

 水鉄砲大戦争がひと段落した後に、シンジ(六分儀シンジ)アスカ(アスカSランギー)の2人は大人たちに対して戸籍に関する決断を告げた事が理由であった。

 より直截的に言えば、この決断を聞いた大人が原因であった。

 

「アスカちゃん!!」

 

 感極まった惣流キョウコ・ランギーがアスカ(アスカSランギー)に抱き着き、思いっきり抱きしめてしまったのだ。

 お腹一杯に食べた。

 疲れ果てるまで動いた。

 そこで全力で抱きしめられた(ベアハッグされた)のだ。

 それはもう、失神(ノックダウン)してしまうのも当然と言えるだろう。

 

 対してシンジ(六分儀シンジ)

 此方が失神した理由は碇ユイでは無かった。

 落ち着いてシンジ(六分儀シンジ)の言葉を聞き、少しだけ目の端に涙を浮かべながらはんなりとした仕草で笑っていた。

 そう、問題は碇ユイ以外にあったのだ。

 六分儀と言う姓を名乗り、形式的には碇ゲンドウの息子に加わる事となったシンジ(六分儀シンジ)

 それは、弟が出来たと2人の人間に教えてしまったのだ。

 元祖な碇家お姉ちゃんたる碇アイリが新しい弟を歓迎しようと抱き着き、そして碇アイリから()と言うモノを知り、学び、心の何処かで憧れていた渚レイが、自分もお姉ちゃんになったと知ってシンジ(六分儀シンジ)に抱き着いたのだ。

 成人女性2人が全力で抱きしめたのだ。

 それはもう、失神する(キュゥっとなる)のも仕方のない話であった。

 

 

 自分の子供たちや他の子供たちに被せたタオルケットの具合を確認し、最後にシンジ(六分儀シンジ)アスカ(アスカSランギー)の様子を確認する。

 隣り合った2人は、顔を寄せ合って幸せそうに眠っている。

 その、緊張の消えた緩んだ顔から幸せと言う気分を貰ったアスカも、優しく笑う。

 

「良い夢を見なさいアタシ」

 

 囁き。

 そして、そっと畳部屋を出るのだった。

 

 

 

「コッチに居たんだ」

 

 アスカの探していたシンジは、碇家私邸1階のガーデンルームに居た。

 ソファに座り、アクリル板越しに空を見上げている。

 

「寝てた?」

 

「ぐっすりよ」

 

 アスカの返事に氷の浮かんでいるグラス洒落た仕草で掲げ、飲もうとする。

 飲めない。

 シンジよりも先にアスカが、グラスを搔っ攫ったからだ。

 勿論、その儘に飲む。

 

「辛っ!? って、コレってジン?」

 

「うん。トウジのヨーロッパ土産の奴」

 

「もう開けちゃったの」

 

「うん。さっき青葉さんがマティーニ(ジンベースカクテル)を作ろうとしてたら、無いって言ってたからね」

 

 ストレート(生で飲む)用にグラス1つ分、とって回したのだと言う。

 シンジ、アルコールに関してはカクテル等の混ぜて作るのが苦手としていた。

 焼酎呑み故に氷とお湯は否定しないのだが、どうにもカクテルは好みから外れるのだ。

 

「二日酔いで苦しんだって知らないわよ」

 

「明日は休みだしね。酷い時は看病してもらうよ。奥様」

 

「バーカ。2人(ユウジとミライ)を嗾けてやる」

 

 遊具にしてやるとばかりにカラカラと笑い、それからもう1口とジンを呑むアスカ。

 眉を少しだけ潜める。

 

「アタシは、コレよりはシュナップスが良いわね。フルーツフレーバー、無いの?」

 

「シュナップスは飲み切ったじゃなかったかな? でも、泡盛なら壺がそこら辺に__ 」

 

 シンジとアスカの会話は、有り体に言えば夫婦らしい仲良し(イチャイチャ)であった。

 だからこそ、近くの別のソファに座っていた戦友たちはニヤニヤと笑うのだ。

 

「なんぞ熱いのう」

 

「いやホント。季節が戻ってる筈なのにね」

 

 鈴原トウジと渚カヲルだ。

 わざとらしく手を団扇にして胸元に風を送ろうとしている。

 

「アンタたちぃ」

 

 ギョロリっと見るアスカ。

 子供たちならヒェッとなる視線であるが、付き合いが10年を超えて来た2人であるのだ。

 怖い怖いと笑ってグラスを掲げる余裕があった。

 とは言え、酔った勢いとも言えた。

 平素であればこんなアブナイ事をする筈も無かった。

 鈴原トウジも渚カヲルも、酔っていた。

 そして同じように酔っていたシンジは、酒精で低下した頭の回転によって、アスカの顔が可愛いとか思っていた。

 勿論、そこまで酔ってないアスカの危険水位は増す。

 

「いい態度ねっ」

 

 歯をむき出しにして、低い声を出すアスカ。

 力を入れただけでコキュコキュっと指の骨を鳴らす。

 包拳の様では無い辺りにアスカの苛立ち、そして無慈悲さが出ていた。

 だが、酔っ払いたちは近づいている危機的状況に気付けなかった。

 笑いあった儘、季節外れの真夏感に乾杯などと呑気にグラスをぶつけている有様であった。

 が、アスカより先に制裁するモノが居た。

 旦那の後頭部を引っ叩く、嫁様である。

 鈴原ヒカリだ。

 

「もぅ、そういう事を言わないの!」

 

 グラスを持っていなかった左手で振るわれた1発は、関西式のツッコミ(旦那に染められた情け容赦の無い一撃)として中々に良い音を立てる。

 

「痛いがな!?」

 

「痛くなければ判らないもの」

 

「ごっ、ご無体なっ(ドメスティックバイオレンス)!?」

 

 さて、もう1人。

 渚レイは鈴原ヒカリと共に作ってもらったグラス ―― 最近、趣味としてカクテル作りを始めていた青葉シゲルが作った白乳色の液体がなみなみと注がれているソレを、アスカに差し出したのだった。

 

「コレ」

 

「ナニ、コレ?」

 

「怒りっぽい時は乳製品が必要って聞いた」

 

「乳製品?」

 

 マジマジと、手渡されたグラスを見る。

 匂いを嗅ぐ。

 口を付ける。

 口当たりのまろやかさとアスカ(吞兵衛)だから判る濃厚なアルコールの舌ざわり。

 牛乳のコーヒー・リキュール割り、カルーア・ミルクだ。

 問題は、一般的なカルーアミルクに比べて()()のだ。

 

「濃ゆくない、コレ?」

 

「これ位が美味しいから__ 」

 

 目元が緩んでいるし、よくよく見れば頬も赤い。

 立ち姿も少し斜めっている。

 泥酔の一歩手前な感じだ。

 慌ててアスカは渚レイをソファに座らせる。

 少し勢いがあったが、幸いにカルーアミルクのグラスは取っていたので問題は無い。

 無いからこそ、と言えた。

 

「チョッと、ボケボケ旦那(渚カヲル)!?」

 

 嫁を守らんかい! とばかりにアスカが叫んだ瞬間、世界が止まった。

 合成電子音。

 シンジやアスカ。

 渚カヲルに渚レイ。

 鈴原トウジに加えて、鈴原ヒカリ ―― 旦那と一緒に居続ける為に予備役適格者(リザーブ・チルドレン)となった彼女の腕にも巻かれている緊急呼集用の連絡装置(エマージェンシー・ベル)がけたたましい音を上げたのだ。

 ブレスレット状のソレ、その表面には赤いEmergencyの文字が流れている。

 否。

 この6人だけではない。

 この場に居る大人たちの多くはNERVに於いて一角の責任者であるのだ。

 それぞれの通話機が非常事態を告げる音を奏でて(コールして)いた。

 

「私だ」

 

 いの一番に通話機を起動させたのは碇ゲンドウであった。

 その顔に酒精の影響は無い。

 誰もが、立ち上がり、動く準備をしながら碇ゲンドウを注視している。

 

 会話。

 

 一言二言と会話して、それから通話機を切る。

 

「非常事態だ。太陽系外縁警戒網が外宇宙航行速度(準光速)でヘリオポースを突破した飛行物体を確認した。地球到達まで約5時間と想定される。加持ミサト中将(中将待遇大佐)、現時刻をもってNERVは第2種戦闘配置に掛かれ」

 

「拝命しました。NERV、第2種戦闘配置」

 

 背筋を伸ばした姿勢で敬礼する加持ミサト。

 先刻までの、酔っぱらってだらしない顔でビール缶にキスを繰り返していた姿の残り香など欠片も無かった。

 A.Tフィールドのチョットした応用、体内の酒精を吹き飛ばしたのだ。

 平時から非常時に。

 正しくスイッチが切りかわっていたのだ。

 

「命令! 第2種戦闘配置!!」

 

 裂帛の命令。

 指揮官の声に、兵士(チルドレン)も答える。

 

わかいもした(了解です)

 

 シンジが代表する様に声を上げ、その下で適格者(チルドレン)が敬礼をする。

 無論、鈴原ヒカリもだ。

 敬礼と共に踵を打ち合わせた。

 靴を脱いでいるが故に乾いた音は上がらなかったが、一糸乱れぬ様は各々の戦歴、或いは訓練の成果に恥じぬものであった。

 

「ヘリコプター、10分で到着予定です!」

 

 万事そつなくこなす青葉シゲルが声を上げる。

 NERV本部に連絡し、緊急移動用に呼んだのだ。

 

「ご苦労。ユイ、悪いが君は__ 」

 

「はい。子供たちはお任せください。皆さんのお子様も、私たちが守ります」

 

 碇ユイの言葉に、碇アンジェリカを筆頭にした女性陣が頷くのだった。

 銃後の守り。

 誰の目にも覚悟、或いは立場に応じた責任の色が浮かんでいた。

 

 

 

 シンジとアスカ。

 親となった面々は酒精を体から抜き、必要最低限の道具を取って出る支度をすると、眠っている子供の頬にキスをし、或いはハグをして。

 ぐっすりと眠っている子供たち。

 自分が守るべきもの、守りたいものを確認してから戦場に向けて駆け出すのだ。

 それは、後に汎オリオン腕大戦と呼ばれる事となる日々の、最初の一コマであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Not finale

The story continues

 

 

 

 

 




+
デザイナーズノート(#17こぼれ話)
 サツマンゲリオン、ちょーち強くなったシンジと、つられて強くなったアスカの物語も終焉で御座います。
 2019年からの連載、お付き合いありがとうございました。
 皆様の応援、温かい励ましと感想があればこその完結で御座います。
 後、誤字脱字の修正も大変に助かりました。
 ありがとうございます。
 本当にありがとうございました。

 尚、のっとふぃなーれドコ逝ったとか、物語は続くよとは書きましたが、ま、フレーバーですんでお気にせずに!
 汎オリオン腕大戦?
 面倒くさい(アーアー キコエナイ アーアー)





 一応、外伝でシンジ(六分儀シンジ)アスカ(アスカSランギー)の学園生活()とかは妄想してはいますが、こーねー
 ま、あったらやる感?
 ほら、惣流のアスカと違って、陰というか昏さがある式波のアスカって、別ベクトルで美味しいよネェ
 というね
 つか金糸短髪、片目を眼帯(キンケドゥのアレ)で隠して居る格好のアスカ。
 目の下に隈が合ってとか言うナードめいた格好をして、それが正体を現すとかそういうほらーね
 色々とたまりませんナァ
 (*´Д`)<ハァハァ

 では、つがんね話はここまでとさせて頂きます。
 ありがとうございました。
 では!!





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総合評価:17717/評価:9.05/連載:23話/更新日時:2023年08月22日(火) 20:00 小説情報

碇シンジはやり直したい(作者:ムイト)(原作:新世紀エヴァンゲリオン)

少年は後悔した。▼なぜ自分は弱いのかと。なぜ逃げ出したのかと。▼少年は思った。▼やり直したいと。もう一度チャンスが欲しいと。▼自分のせいで大切な人達を失ったのなら、せめて自分の力で救いたい。父親から、そして自分から逃げていた少年はそう決意したが、全ては遅すぎた。人類は滅びてしまうだろう。▼だがその時、1本の槍が自身を貫いた。▼少年は意識を失ってゆく。▼目が覚…


総合評価:7140/評価:8.09/連載:74話/更新日時:2026年02月24日(火) 22:56 小説情報

中学二年で死ぬから美少女とフラグ立てたらTSした原作主人公だった件について(作者:re:753)(原作:新世紀エヴァンゲリオン)

新世紀エヴァンゲリオンの世界に転生したモブ、三上シンジは転校生である美少女を気まぐれで助ける。彼は原作知識があり、エヴァの世界がどうなるか知っていたのだった。▼残り少ない青春を助けた美少女と過ごそうと思っていた中学二年生、彼は助けた少女が原作主人公のTSした姿だと気づく。▼そして彼は気づいていない、少女の孤独をなくしてくれた存在への依存具合を。▼これはそんな…


総合評価:38333/評価:8.79/連載:45話/更新日時:2024年10月20日(日) 12:00 小説情報

【完結】我思う、故に我有り:再演(作者:黒山羊)(原作:新世紀エヴァンゲリオン)

随分懐かしい物のリメイクです。▼ 2015年の第三新東京市。▼ そこでもし、第三使徒サキエルに予想外の事態が発生したら?▼ という妄想から発生した小説モドキ。▼※この小説モドキは理不尽、シリアスに見せかけたギャグ、出鼻を挫かれたマダヲことゲンドウ、限りなくチートに近い何か、妄想気味な使徒、電波気味な綾波さんを原材料として含みます。アレルギーのある方は直ちに服…


総合評価:23138/評価:8.93/完結:107話/更新日時:2021年03月15日(月) 20:20 小説情報

月は無慈悲な夜の女王 ―― TV版25話からの初期プロット√のエヴァンゲリオン(作者:◆QgkJwfXtqk)(原作:新世紀エヴァンゲリオン)

 新劇と旧劇/TV版が世界線が違うのはご存じの通り▼ だが、何時から旧劇とTV版が同一世界線だと勘違いしていた?(ずきゅーん▼ 正直、TV版と劇場版だと24話のシンジ君の精神状態かーらーのー▼ 最低だ俺って(謙譲表現)に繋がるのは、少しばかり無理があるし、アスカの感情湿度が旧劇級だったらTV版の展開ってもう少し▼ こうね▼ こうね▼ しっぽり(謙譲表現)に行…


総合評価:211/評価:8.4/連載:6話/更新日時:2026年04月20日(月) 20:10 小説情報


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