サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 葛城ミサトの願い通りに最後となった碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの攻防。

 その結末を散文的に表現するならば、シンジがアスカを押し倒し、そのパンツに顔を突っ込んだ、であった。

 想定外と言える結末に、シンジの同級生である鈴原トウジと相田ケンスケは異口同音、タイミングすら一緒の一言を放ったのであった。

 

「「イヤーンな感じっ!」」

 

 羨望と嫉妬が入り混じった魂の言葉であった。

 さもありなん。

 出会い頭の事から厄介な人間であるとは衆目の一致する所のあるアスカであるが、その外見だけを言えば極上の美少女である事も事実なのだから。

 2人の反応もある意味で妥当であった。

 

 兎も角、ある意味で失態を演じたシンジとアスカの反応はそれぞれであった。

 パンツに顔を突っ込まれたアスカは脱兎のごとく逃げ去った。

 パンツに顔を突っ込んだシンジは自分がやった事に凹んでいた。

 共に思春期(14歳の子ども)らしい反応と言えた。

 

 そして葛城ミサトは、神に感謝していた。

 怪我は勿論、後に問題を残しそうな暴力沙汰にもならなかった。

 取り合えず、現時点で世界に3人しか居ない適格者(チルドレン)が決定的対立へと陥りそうな事態を避けられたのだから、そう思うのも当然であった。

 無論、ある種のセクハラめいた状況(ラッキースケベ)であった点は、後に対処(ケア)する必要があるが、想定し得る最悪の事態に比べれば軽い話であった。 

 尤も、首からゴッツい十字架を下げてはいても葛城ミサトは自覚的な不可知論者であり、同時に無自覚な(骨の髄からの)日本教徒であってキリスト教徒と言う訳では無かったので、祈る神は唯一神(ゴッド)では無く神々(ヤオヨロズ)であったが。

 

「シンジ君、大丈夫?」

 

 呆然としていたシンジも、葛城ミサトの声掛けを受けて再起動がかかる。

 常日頃の所作からは想像も出来ない、よろよろとした仕草で立つ。

 少し、顔が赤い。

 当然だろう、シンジとて思春期真っ盛りの14歳の純情少年なのだ。

 それがコーカソイド系の頗る付きの美少女のパンツに顔を突っ込んだのだ。

 それはもう精神的に一発喰らった感(100MegaShock)なのも当然であった。

 奇しくも、アスカが狙っていたシンジに対し印象付ける(衝撃を与える)事には大成功していた。

 尤も、それがアスカの格の誇示(マウント)に繋がるかと聞かれれば、否としか言えない。

 パンツなのだから。

 

ちょ、まっくいやんせ(少しだけ待ってください)

 

 頭の中を占めている白い布切れを追い出す為、立ち上がったシンジは大きく深呼吸をする。

 2度、3度とする。

 と、花めいた香り(アスカの残り香)を感じた気分になって、慌てて首を横に振る。

 それから気合を入れる為に頬を自ら叩いた。

 甲板に、中々に良い音が響く。

 目力が戻る。

 

よかど(も、問題ありませんよ)

 

「良いわシンジ君、なら艦隊司令官と艦長の所に挨拶に行くわよ!」

 

わかいもした(分かりました)

 

 

 

 

 

 挨拶の為、連絡将校に案内されて入り組んだ空母の艦内を歩くシンジと葛城ミサト。

 乗員が5000人にも達しようかと言う、1つの都市めいた洋上構造物である空母はその船内も、相応に入り組んでいた。

 目的地は空母で一番の場所、司令官公室だった。

 尚、公務の一環である為、流石に鈴原トウジと相田ケンスケは居残りだ。

 話の分かる将校が売店(PX)へとお土産でも買いにと、連れて行ってくれていた。

 後で、食堂で合流する話となっている。

 

 船体に入ってしばらく歩く。

 

「ここです」

 

 示された部屋の入口には、木目調の不燃樹脂で飾られた司令官公室のプレートがある。

 ノック、そして形式的なやり取りの後に、部屋へと入る。

 と、その前にシンジは自分の格好を確認する。

 襟元や袖、裾などに指を這わせる。

 相手はお偉いさんなのだ、礼儀として身だしなみをチェックするのも当然と言うものであった。

 

 部屋に居たのは、国連軍の誇る最大の海洋戦力集団である第7艦隊、その主力である空母や戦艦群を抽出して編成されている第1特別輸送任務部隊(Task Force-7.1)の指揮官であった。

 ノーラ・ポリャンスキー少将。

 スラブ系らしい透明さと厳しさを両立させた、若い頃はさぞやモテただろうと思わせる女性提督だ。

 だが、シンジを見る目は少しだけ優しい。

 敬礼と答礼。

 動きが少しばかりぎこちない。

 見様見真似、横目で葛城ミサトの動きを見て真似ているのだから当然だ。

 シンジはNERVに入ってから様々な訓練を重ねてはいたが、そこに敬礼の練習などは含まれていなかったのだから仕方がない。

 NERVが礼節を軽視しているのでもなければ、虚礼廃止などを考えている訳でも無い。

 只、使徒との闘いの為の各種訓練が最優先されていたのだ。

 その事をノーラ・ポリャンスキーは資料で知っていた。

 だからこそ、シンジを労わる。

 

「楽にしてください。君の身の上は聞いています。だから、私は敬意(敬礼)よりも勇気を評価します」

 

 ハスキーな声の英語を、ノーラ・ポリャンスキーの脇に立った通訳が訳して伝えて来る。

 友好的と言うよりも敬意めいた評価にシンジは面映ゆげに小さく笑う。

 礼を失しない範囲での笑いと共に、背筋を伸ばしたままに感謝の言葉を告げる。

 

あいがとさげもした(ありがとうございます)

 

 通訳は、凄い複雑そうな顔で少し硬直し、それから小さな声でノーラ・ポリャンスキーの耳元に寄せて言う。

 ()()()()()()()()()()()、と。

 通訳官とて、専門で通訳の教育を受けていた意地はあったが、それでも地方言語(さつまことば)を理解するのは簡単ではなかったのだった。

 その様を見た葛城ミサト、同病相憐れむと言った風に生温かい顔をしていた。

 

 通訳の困惑を聞かなかった様に、ノーラ・ポリャンスキーは言葉を紡ぐ。

 

「碇シンジ()()。君は十分な訓練を受ける事も無いにも拘らず勇気と献身を果たして見せた。名誉(シルバースター)に相応しい」

 

 誰が、攻撃を使徒に当てる為とは言え使徒に密着できると言うのか。

 鋼鉄の雨、一撃で使徒を屠る ―― エヴァンゲリオンすらも倒しえる大威力兵器(EW-23 パレットキャノン)の先に立てると言うのか。

 故に、ノーラ・ポリャンスキーはシンジを中尉待遇官では無く中尉と呼んだのだ。

 誤訳では無い。

 

 その言葉に、自然とシンジは頭を下げていた。

 

 

 

 一種の表敬訪問を終えたシンジと葛城ミサト。

 だが葛城ミサトの本題はこれからであった。

 艦隊の近くを遊弋している正体不明の水中目標、使徒と推測される相手への対応である。

 この水中目標、今だハッキリと(センサー等で)相手を認識した訳では無かったが為、使徒と断定しかねていたのだ。

 

「NERVとしては使徒である、と?」

 

「はっ! 此方に来る際、ヘリのセンサーが微弱ですが、使徒のパターンに近いものは拾えています」

 

 CMV-22Nに試験的に取り付けていた、対使徒の情報収集センサーが飛行中に捉えた情報であった。

 問題は、専任のオペレーターも乗って居なかったが為に詳細を掴む前に、反応は消失(ロスト)していたと言う事だろう。

 

「ノイズの可能性は?」

 

 参謀の1人が厳しい顔で問いかける。

 通常兵器でも使徒に対抗する事は可能、それが第5使徒との闘いで実証されていた。

 だが、対抗する為には使徒の防壁(A.Tフィールド)を中和する必要があり、そう簡単に出来る話では無い。

 特に、今回探知した目標が来るとなれば戦場は海となる。

 困難な条件が積み増される事となる。

 葛城ミサトも厳しい顔を崩さないままに口を開く。

 

「その可能性はゼロではないと思われます。探知した機材(機載センサー)は今回が初の実戦投入ですので。ですが………」

 

「最悪を想定して動くべき、そういう事だな」

 

「おっしゃる通りです。水中での使徒がどれ程の脅威なのか、我々NERVでも把握しきれておりませんから」

 

「そもそも、使徒が此方に向かってくるのか? NERVの本部を狙って動くと聞いているが?」

 

 別の参謀も声を上げる。

 詳細は公表されていないものの、使徒が狙うべきモノ、或いは場所が第3東京市に存在している。

 NERVは、ソレを守る為に存在している ―― そう伝えられているのだ。

 参謀の疑問も至極真っ当な話であった。

 

「それに関しては正直判りかねます。只、最初に検知された海域と、今回、センサーが探知した海域を比べますと」

 

 テーブルに広げられている海図に、赤鉛筆で2つの情報を加える。

 確かに、接近していた。

 NERV本部を狙うのであれば、離れている筈なのに逆となっていた。

 

「………部隊に近づいているな」

 

「はい。或いはエバー弐号機を狙っている可能性も否定できません」

 

「自らの脅威対象を先に潰そうと言うのか? 使徒はそれ程の知能を持つと言うのか!?」

 

「正直な所、判らないとしか申し上げられません。使徒の能力、或いは知性と言うモノも含めて、我々は使徒を調べ始めたばかりですので」

 

 判ったのは、判らない相手であると言う事。

 それをストレートに口にする。

 人類が、使徒と言う存在を実際に相対したのはまだ4例なのだ。

 この状況下で何かが判ると思う程に葛城ミサトにせよNERVにせよ、傲慢では無かった。

 

「厄介だな」

 

「だが最悪を想定して動く、葛城中佐の提言は正しいだろうな」

 

「ご理解頂ければ幸いです」

 

 参謀団と葛城ミサトとの対話を聞きながら、使徒に関するレポートを確認していたノーラ・ポリャンスキーは、話が煮詰まった事を察知し、口を開く。

 方針は1つ、使徒は来ると想定しての迎撃準備だ。

 

「葛城中佐、君たちが持ってきたエヴァンゲリオンの換装にはどれだけの時間が必要なのか?」

 

海洋戦(S型)装備への換装は、最短で1時間と報告を受けています」

 

 S(SEA)型は水中で使用可能な非常用通信設備の増設と、姿勢制御用を兼ねた推進器の取り付けが主と成るからだ。

 又、エヴァンゲリオン弐号機は、基本設計と各部品の製造を日本で行っているお陰で詳細が判っている ―― 設計図に記載されていない、細かな設計変更が無い事も換装を手助けしている。

 この辺りは、地味に重要なのだ。

 今、NERV本部に来たエヴァンゲリオン4号機などは、その点で問題児の塊であった。

 想定外の配線の引き方などが為されており、技術開発局第1課は局長兼課長である赤木リツコまで出張っての総出で整備用の設計図を作っていた。

 事実上の設計図の引き直しである。

 エヴァンゲリオン初号機の完成をもって、エヴァンゲリオンの建造技術は確立した。

 それを基に設計図が引かれた量産型のエヴァンゲリオン弐号機と、それ以降の機体は、本来は同一の図面から生み出された機体である筈なのだが、現実はそうではないのだ。

 エヴァンゲリオンの建造を担う各国は、その国々の都合 ―― 細かい部品の発注先の技術力その他もあって、設計を変更して建造しているのだから。

 発揮できる性能は同じでも、整備性などは全くの別物であった。

 今後は、日本国内での建造も検討して欲しいと言うのが、技術開発局の本音であった。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン弐号機の準備は順調に出来る予定であった。

 

「宜しい、ならば現時刻をもってエヴァンゲリオン弐号機の指揮権はNERVへと移管。以後は君たちの判断で適当に(最適を判断し)進めてくれたまえ」

 

 副官が時刻を確認し、書類の作成を命じている。

 葛城ミサトは背筋を伸ばして敬礼した。

 

「はっ!」

 

「ああ、作戦行動までの指揮権は、使徒の確認が出来てからだ、良いな?」

 

「有難くあります!」

 

 快活な声を張り上げながらも、葛城ミサトの表情は微妙であった。

 悪いと言う意味では無い。

 只、釈然としなかったのだ。

 正直な話として、葛城ミサトは状況がここまで簡単に動くと言うのは想定外であった。

 権限の問題(ナワバリ意識)から、ギリギリまでNERVへの権限移譲を拒否されると思っていたからだ。

 そんな感情を読み取ったのか、ノーラ・ポリャンスキーは陽性の笑みを浮かべた。

 

「気にする必要は無い葛城中佐。N²兵器、その直撃に耐える相手に油断する奴は我が部隊には居ないというだけだ」

 

 現代兵器として最強クラスの威力を持ったN²兵器(ノー・ニュークリア・ウェポン)、それが通用しない以上は片意地を張る意味も無いと言うものであった。

 A.Tフィールドは戦場を変えた、そう言うべきかもしれない。

 

「その代わり、君たちNERVの手腕を見せてもらうぞ?」

 

「全力を尽くします」

 

 

 

 

 

 シンジの前から走り去ったアスカ。

 だがそれは、羞恥による逃亡などでは無かった。

 戦略的撤退であり、状況を変える為の行動であった。

 

 自分の部屋に戻ったアスカは先ずは洗顔して気合を入れると、クローゼットから滅多に着なかったNERVの適格者(チルドレン)用の制服を取り出す。

 デザインはシンジと同じ。

 違いは、襟元のパイピングが赤色となっている事だろう。

 アスカが専属パイロットを務めるエヴァンゲリオン弐号機の機体色に合わせてあるのだ。

 豪快な勢いで黄色いワンピースを脱ぎ捨てると、カッターシャツを着こむ。

 下は薄い黒のパンストに、膝上のタイトスカートだ。

 鍛えられ、引き締まったアスカの下半身が綺麗に出る格好となる。

 とは言え、これで蹴り(必殺)技が封じられた様なものであるが、アスカにとって次なる戦い(マウンティング)は肉体を以って行う事では無いのだから問題にはならない。

 ()()()()()()()

 日頃は重いし面倒だからと外している飾緒(モール)を取り付けて行く。

 右肩に、NERVドイツ支部で戦闘訓練の一環として受けた歩兵課程修了者用の飾緒を付けて、更には飾緒付射撃優等徽章を取り付ける。

 青と金の紐が、黒を基調とする制服に映える。

 更には、空挺降下徽章を取り付ける。

 歩兵課程はNERVドイツ支部の命令であったが、射撃優等徽章や空挺降下徽章の習得はアスカ自身の努力の賜物であった。

 中尉の階級章にずれが無いのを確認し、後は善行章の略綬(リボン)まで確認する。

 確認を終えたアスカは袖を通し、ベレー帽をかぶって鏡を見る。

 平時に於いては、誠に以って立派と言える飾りを纏った将校がそこには居た。

 笑い、そして最終チェックをする。

 

「サードチルドレン、舐めるんじゃないわよ」

 

 鏡越しの宣戦布告であった。

 さて、後はどうやって飾緒その他を見せつけてやろうかと考えた所で、ノックがされた。

 

「アスカ、居るかい?」

 

「加持さん!!」

 

 慌てて扉を開けたアスカ。

 加持リョウジだ。

 アスカの格好を見て、目を開いて、それから相好を崩した。

 

「久しぶりに見たな、その凛々しい恰好は」

 

「でしょー♪」

 

 褒められた喜びから、その場で一回りして見せる。

 アスカは、自分が特別である(ルールの上位に居る)と言うアピールの為もあって、NERVドイツ支部内部でも式典以外では私服で居る事を好んでいた。

 アピールの相手はNERVドイツ支部の適格者(チルドレン)候補生、目的は勿論ながらも威嚇(マウンティング)である。

 アスカの胸中に同期(仲間)などと言う言葉は無い。

 全ての人間が(ライヴァル)であるのだから。

 お仕着せの制服を着て、上に選ばれたがる人間とは違う位置(ステージ)にいると言うアピールなのだ。

 

「似合ってる?」

 

「ああ、アスカをとびっきりに魅力的に飾ってるよ」

 

「加持さん、わかってるー♪」

 

「これなら碇シンジ君も()()()()だな」

 

 シンジ相手に格を見せる(ドヤァする)為の格好を、魅力的に見せる為と言われて、内心でかなり微妙な気分になるアスカ。

 先に実戦を経験し撃破までした(キルスコアを稼いだ)シンジは、やはり()であるのだから。

 と言うか、常にアスカは加持リョウジにアピールしてきたと言うのに、別の奴(ポッと出て来た奴)にアピールする様な軽い人間の如くに見られていると言うのは、中々に腹立たしい話であった。

 アピールが真剣に採られていなかったと言う訳なのだから。

 

「フンッ あんなのを相手にしている訳ないじゃない」

 

「おや、違ったか。それは残念。アスカがボーイフレンドを作る折角の機会だと思ってたんだがな」

 

「バカで……バカでスケベな男なんてお断りよ!」

 

 バカで間抜けっと言おうとした所で、先ほどの事を思い出したアスカは言い直した。

 スケベ。

 とは言え、パンツに顔を突っ込んできたことがスケベ心からだと断じる訳では無い ―― その程度には攻防戦でシンジの心根のありようは理解したアスカであった。

 だがそれでも、乙女の大事な所に突っ込んできたのだ。

 当座はバカでスケベと言っても良いだろう。

 そうアスカは考えていた。

 

 尤も、それをシンジに対する格付け(見下し)に使おうとしない時点で、アスカはシンジを評価していたとも言えた。

 単独での使徒2体の撃破、及び1体の共同撃破を()()()()に評価していたのだ。

 

「ははははっ、手厳しいなアスカは。とは言え葛城から頼まれてな、改めて顔合わせをしたいって事だ」

 

「………奴、ね」

 

「そう言う事だ。来てもらえますかお嬢さま?」

 

 丁度よい機会が来たモノだ。

 天祐と言うものをアスカは感じ、ニヤリと笑った。

 それから太々しい仕草で、しおらしい声を上げる。

 それはゲームであった。

 

「エスコートをお願い出来るなら」

 

「喜んで」

 

 

 

 

 

 改めて食堂での顔合わせとなるシンジとアスカ。

 共に制帽(赤いベレー帽)まで含めてカッチリと制服を着こんで居る姿からは、先ほど甲板上で繰り広げた激しい攻防戦の残滓など漂っていなかった。

 2人とも真面目な顔を崩してはいない。

 

「改めてシンジ君、此方は貴方の先任、2番目の適格者(2nd チルドレン)である惣流アスカ・ラングレー中尉よ」

 

「惣流アスカ・ラングレーよ、よろしく」

 

「そしてアスカ、この子が貴方に次ぐ3人目の適格者(3rd チルドレン)、碇シンジ中尉待遇官よ」

 

碇シンジじゃ(碇シンジです)よろしくたのんもんで(よろしくお願いいたします、惣流さん)

 

 間に立った葛城ミサトの紹介は、TVで見たお見合いめいている。

 全くの気楽い立場でそんな風に思いながらソレを眺めていた鈴原トウジは、隣に立った相田ケンスケが静かに震えているのに気付いた。

 ツンツンっと肘で小突いて聞く。

 

「大丈夫か」

 

「凄い、凄い、凄い、凄い、凄いよトウジ!」

 

 声を抑えつつも興奮すると言う何とも離れ業めいた事をしながら、相田ケンスケは鈴原トウジの服を掴んで揺さぶる。

 

「なんや?」

 

「今気づいたけどシンジってすっげー勲章を付けてるし、あの娘はあの娘で凄い紐を下げるし!」

 

「うん。ワシ、説明してくれんとわからんで?」

 

「えっとな__ 」

 

 頭に血の昇ったマニアに説明を頼むと大変な事になる。

 その日、鈴原トウジは、その事を魂に刻まれる事となった。

 

 

 部外者を全く意識せぬままに、アスカとシンジは取り合えず握手を交わした。

 共に柔らかさの無い、鍛えられた手のひらをしていた。

 小さな傷も多い。

 共に、相手が努力を重ねている人間であると理解した。

 理解した上でアスカは力を込めて握る。

 国連軍の歩兵課程で鍛えられた握力は、14歳と言う年齢不相応な握力をアスカに与えていた。

 だが、シンジも笑顔のままで応戦する。

 暇があれば1日に千回は横木打ちを繰り返した結果、シンジの握力も14歳男子の平均値を遥かに上回る数字になっていたのだから。

 拮抗。

 2人は笑顔を顔に張り付けながら力を籠め合う。

 

「シンジ君、アスカ? あんまりそんなに本気でやると体に悪いとお姉さんは思うんだけど、どうかな?」

 

 葛城ミサトの言葉であるが、全く聞いていない。

 互いに相手だけを見ている。

 最早それは睨みあい(ガンつけ)めいていた。

 

「やるわね」

 

おはんもな(君もね)

 

「……ソレさ、止めてくれる?」

 

ソレっちぁなんな(ソレって言われても判らないよ、何の話)?」

 

「…………ソレ、その訛り言葉(さつまことば)よ。アンタ、日本語で話しなさいよね」

 

なんち(何を言ってるんだよ)おいは日本語を話しちょっが(僕は正しく日本語を話しているよ)

 

「………うっさい! 一々、意味を考える(翻訳する)のが面倒くさいのよ!!」

 

 アスカはシンジの言葉(鹿児島弁)を簡単に理解出来た訳では無かった。

 堪能な語学力と、天才的と言える知性から翻訳していたのだ。

 だが、流石に天才とは言え日常的に使っていなかった日本語で、更には強い訛りがあるとなると、それを理解(脳内で翻訳)するまでに少しばかり時間が掛かるのだ。

 有体に言って面倒くさかったのだ。

 だからシンジに注文(クレーム)を付けるのだ。

 尤も、シンジはその要求を突っぱねる。

 

おいには関係なか話じゃっが(僕には関係ないね)

 

「……ハン! 何を言っても関係ないわ!! アタシは日本語に言葉を変えて言ってるわよ、ドイツ語の分からないアンタの為に!!!」

 

そいは(それは)……ん、じゃんな(その通りだね)

 

「………だったら、アンタも同じ面倒をしろっちゅーの! この()()()()()()()()()()!!」

 

 予想外の角度から来た、切れ味の良いHENTAI(パンツ顔ツッコムマン)と言う声。

 その、あんまりと言えばあんまりな罵声に、シンジの頭が真っ白になる。

 事実無根の類では無く、事実であったが故の破壊力であった。

 性少年の純情と言うべきか。

 だが、その瞬間の空白が、握手のバランスを崩した。

 

たっ(痛っ)!?」

 

 情け容赦なく握られた結果、シンジの右手は、シンジが声を漏らす程度には酷い事になる。

 勝負あったとばかりに、握ってた手を腰に当てて勝利の笑み(ドヤ顔)を浮かべたアスカ。

 

「アタシの勝ちね♪」

 

「………」

 

 文句をシンジは口にしない。

 盤外戦(精神攻撃)の結果と言うのはシンジにせよアスカにせよ、その他、観客一同と、衆目の一致する所であったが、どの様な形であれ決着のついた事に文句を付ける(議を言う)のは見苦しい事だとシンジが思うが故であった。

 只、少しばかり恨めしい目でアスカを見てはいたが。

 

「じゃ、勝者の特権として改めて言うわ。サードチルドレン、()()()()()()

 

 ニッコリ、そう笑顔のままにのたまうアスカ。

 自分が美少女であると自覚した、計算された笑顔だ。

 残念ながらも勝負用の(準闘争モードな)精神状態であったシンジには通用しなかったが。

 アスカの要求を鼻で笑って聞き流す。

 

そげんこっを約束はしとらんがな(そんな話は、最初っからしてなかったよね?)

 

 翻訳するまでもなく、拒否されたと判ったアスカは笑顔のままシンジに顔を近づける。

 笑顔と言うものを実に巧みに、攻撃的に使いこなしている。

 

「ああん? 勝負にも負けて、アタシみたいな美少女のお願いも聞かない、しかも乙女のパンツに顔を突っ込んだのよ、詫びも無いのかつーのっ!」

 

 巻き舌である。

 その勢い(パワー)、流石のシンジもタジタジとなる。

 難癖めいているが、同時に正論めいている部分もあるのだ。

 流石のアスカ。

 何とも力任せな知的攻撃、そう評するべきであった。

 とは言えシンジも退かない。

 寄ってきたアスカの顔に、此方も頭突きをする様な勢いで顔を寄せる。

 共に、笑顔のままだ。

 

 

 ぶつかり合う2人

 その脇で、葛城ミサトはあわあわとして無力であった。

 戦場であれば如何ほどにも肝を据わらせて戦い抜く女傑ではあったが、まだ20代の若い身空なのだ。

 思春期な少年少女のぶつかり合いに出来る様な能力を持っている筈も無かった。

 

「こりゃ凄いな」

 

 だから、無神経と言うか、まるっきり部外者めいた風に感想を漏らした相手をキッとばかりに睨んだのは、ある種の逃避行動であった。

 視線の先に居るのは加持リョウジだ。

 言葉通りに、面白がっている顔をしている。

 

「加持! アンタ、何を他人事っぽく見てるのよ!!」

 

「いや、俺部外者だし? 監査部は不正や腐敗を相手にするのが仕事なんだぜ」

 

「臨時でアスカの護衛だって聞いているわよ!」

 

「いやいや、ソッチはアルバイトみたいなものだしな。しかし、凄いな()()()()

 

「は?」

 

「いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、相当だよ」

 

 嘆息した加持リョウジ。

 NERVドイツ支部に居た頃、アスカは同世代(チルドレン候補生)相手に容赦が無かった。

 否、近づこうともし無かったのだ。

 儀礼として、仲よくしようとする事も無かった。

 群れる事が無かった。

 そんな事をする時間があれば自己研鑽に勤しむ人間であった。

 そのアスカから(ライヴァル)と認められたシンジは、アスカの全力に正面から張り合っていたのだ。

 

「流石、N()E()R()V()()()()()()()()

 

「何よ、ソレ?」

 

 意味が判らないと、顔を顰めた葛城ミサトに、加持リョウジは肩をすくめて見せる。

 

「オイオイ、俺も次は本部勤め、身内に戻るんだ。碇シンジ君の事だって教えてくれたって良いだろ?」

 

「いや、普通に意味が判らないんだけど?」

 

「秘密主義か? 勘弁してくれよ。流石の俺も哀しいぞ」

 

「いや、本当に」

 

 秘密主義でも何でもない。

 部門(セクト)主義ですらない。

 盛大なる誤解であった。

 或いは加持リョウジが情報部、諜報部門に在籍するが故の深読みによる誤読とも言えた。

 

 

 

 大人組の頓珍漢なやり取りを後ろに、シンジとアスカはやいのやいのと盛り上がっている。

 しろのせん(しない)のと、もう知性が揮発し完全に子ども同士の意地の張り合いになりつつあった。

 流石に声が大きくなりすぎて、食堂中から生温かい耳目が集まっている事に気付いた加持リョウジが仲裁に入る。

 葛城ミサトでない理由は、彼女が()()()()()()()()と言う概念に頭を捻っているからであった。

 貸し1つ、そう言う気分で口を挟む。

 

「おいおいアスカ、そんなに無理を言うもんじゃないさ」

 

「加持さん! って、私は無理は言ってないわよ……」

 

 加持リョウジの言葉に、現在地を思い出したアスカは、被っている猫を呼び戻すようにして声を抑え、でも、反論はする。

 だが残念、その努力を踏みにじってくる発言者が居た(エントリーだ)

 

「そやで。というかセンセが何で標準語が話せるって思ったんや?」

 

 シンジよりはやや緩い訛りの主、鈴原トウジだ。

 その発言をアスカは心底から馬鹿にした顔を見せる。

 

「ハァ? コイツはアンタやミサトと言葉を交わしてるじゃない。()()()()()()

 

「え?」

 

 誰もがシンジを見た。

 シンジは面倒くさげに頭をかいた(惚けた)

 だがアスカは追撃の手を緩めない。

 

「改めて言うわ、サードチルドレン。私は意思疎通の為に母国語(ドイツ語)から一般的な日本語に変換して喋っているわ。ならアンタも同じようにしなさいよ。()()()()()()()()()()()()()

 

んだ(うん)フェアちな(フェアって言われると)そげん言わるっと(そんな風に言われると)………これで良い、惣流さん?」

 

 それはとても綺麗な声だった。

 綺麗な日本語であり、澄んだ響きを持っていた。

 線の細い、碇シンジと言う少年に似つかわしい声であった。

 

「えー!?」

 

 誰もが声を上げた。

 葛城ミサトも、加持リョウジも、鈴原トウジも、相田ケンスケも、大きく驚いた。

 だが、アスカは驚かない。

 不敵に笑った。

 

「大変結構」

 

 

 

 

 

 




2022.10.31 文章修正

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