サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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友のために自分の命を捨てることよりも大きな愛はない

――新約聖書     









陸) ANGEL-08  SANDALPHON
06-1 GUSION REBAKE


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 第3新東京市は大規模な要塞機能構築の為に、表向き(一般向けのカバー)として次期首都としての整備が謳われていた。

 その額面に騙されてでも政府による勧誘(強制)と言う訳ではなかったが、様々な企業が支店を第3新東京市に出していた。

 民間企業から見て第3新東京市は箱根カルデラの中と言う聊かばかり特殊な立地ではあったが、海の玄関口として旧小田原市街を再開発した第3新東京市小田原港を擁していた為、東日本の物流拠点としての価値が高かったのだ。

 又、セカンドインパクトからの復興の中で、最優先で整備された通信や物流、そして生活インフラも大きな理由であった。

 それは、NERVの都合 ―― エヴァンゲリオンの運用や、国連軍の展開などを運用する為の事であったが、それが功を奏した形であった。

 無論、要塞都市としての機能が集中している場所を民間と共用している訳ではない。

 流石にそれは危険であると判断されているが、その藩屏である箱根カルデラの周囲 ―― 特に使徒の侵攻経路に選ばれにくい第3新東京市北部域、旧御殿場市地域が1999年以前の面影が消える程の再開発が行われていた。

 小田原港が整備された理由も、海抜の上昇と東京の壊滅で東日本の軍港群が消滅した事が理由であった。

 その際に日本政府が一計を案じて(国土交通省と通産省が共謀して)、国連予算として行われた軍港整備に民間港湾の整備も含ませたのだ。

 沿岸域の埋め立てのみならず、巨大な防波堤を作った上で大型浮遊式海洋構造体(メガフロート)による人工大地を造成し、極東最大規模の港湾を作り上げたのだ。

 

 そして今、惣流アスカ・ラングレーは買い物の為に第3新東京市御殿場繁華街に来ていた。

 洞木ヒカリたちクラスメートから聞いた、小洒落た小物や服を扱うデパート巡りだ。

 勿論、高級デパートの類では無い。

 普通の中学生でも物怖じせずに来れる様な、デパートだ。

 傍には、お供めいて加持リョウジを連れていた。

 上機嫌でお店を見て回る。

 黄色いサマードレス(ワンピース)の裾を躍らせながら、軽やかに歩いている。

 

「久しぶりに加持さんとデート♪」

 

「いやいや。お姫さまと、良くてその冴えない従者って役回りだよ」

 

 誰に言う訳でも無く抗弁する加持リョウジ。

 ただしその声色には割と焦りがあった。

 当然であろう、影で護衛しているチームに対する釈明でもあったのだから。

 そもそも、13歳の美少女とおじさん(アラサー)である。

 護衛班(NERV護衛班)は兎も角、一般の聞いた人間が変な誤解をしてしまえば事案(警察沙汰)に成りかねない。

 社会人としての危機なのだから。

 それな自衛的発言(釈明的抗弁)は兎も角として、実際、白い半そでのワイシャツと黒いスラックスと言う加持リョウジの姿は、お嬢さまめいた(バカンススタイルな)アスカの格好と全くつり合いはとれていなかった。

 仕事着と言っても過言では無いだろう。

 唯一、銀と青とのストライプなネクタイだけが仕事では無いとアピールしていたが。

 

「………もっとお洒落をして来れば良かったのに」

 

「いや、そうしたいのも山々なんだがこの後も仕事でね」

 

「部下に任せられなかったの? 昇進したんでしょ」

 

「今の俺は課長代理って言っても特命配置でね。仕事は来るけど部下は回して貰えないのさ」

 

 心の底から嘆息する。

 当初は危険な任務(SEELEからAdamの奪取)を達成した事へのご褒美として、碇ゲンドウから無任所 ―― 自由な立場を得た加持リョウジであったは、その個人的好奇心の赴くままに仕事をしていた。

 いろいろな場所に出没していた。

 だが、万年人手不足のNERV本部で、何時までもそんな優雅な仕事が許される筈が無かった。

 特に、無任所で、尚且つ高位機密へのアクセス権を持つ人材なのだから。

 最初は特殊監査局の仕事が、次には戦略調査部の仕事が。

 それらの面倒事を加持リョウジは持ち前の調整力と調査力で解決して見せたのだ。

 称賛と感謝、そして少しばかりの自尊心の充足。

 だが、それが更なる仕事を呼び込む切っ掛けとなっていった。

 そして何時しか、NERV本部全体の組織横断型の面倒くさい事は加持リョウジの元へと持ち込まれる様になったのだ。

 NERV本部の何でも屋。

 加持リョウジにとって誠にありがたくも無い話であった。

 例えそれが、影の本業(SEELE/日本のスパイ活動)に大きく資するものであったとしても。

 実に面倒くさい話であった。

 

「ま、だからこうやってアスカのお供って仕事が舞い込むのがいい気分転換になって有難いのさ。モグラだって偶にはお日様を浴びたくなるものだからな」

 

「加持さん!」

 

 男臭い笑みでフォローの言葉を回す加持リョウジ。

 これが加持リョウジであり、アスカが大人だと思う男の姿だった。

 少なくとも淑女(レディ)への遇し方を知っている、と。

 そこでフト、信じてよい同僚でありお隣さんである碇シンジを思い出す。

 アイツにはこういう配慮が足りないのだ、と。

 選ばれた人間(エリート)として年上の人間たちの中で生きて来た、NERVドイツ支部でも大学でも、ある種の腫れ物に触れるような扱いをされてきたアスカにとって、シンジの特別扱いしない(同僚であり女の子と見る)態度と言うのが心地よかったが、同時に物足りなかったのだ。

 が、アスカはその原因を深く考える前に頭を振って、シンジの影を頭から追い出す。

 新しく気の良い同僚であるが、今はどうでも良い。

 今は憧れる加持リョウジとのデートなのだから。

 今、シンジの事を考えるのは、失礼(不義理)だって思えたのだから。

 

「どうした?」

 

「何でも無いわ! それより次よ次!! 次に行くわよ!!!」

 

「おいおい、元気だな」

 

「勿論♪ 加持さんと一緒なんだもの!」

 

「お手柔らかに頼むよ、お姫様」

 

 

 

 一通り、冷やかして歩いたアスカは休憩の為にと、加持リョウジと共にデパート屋上の開放的なカフェに寄っていた。

 重工業の類が無いお陰で空はどこまでも青く、高かった。

 常夏の日差しは強いが、張られているシェードが程よく遮ってくれている。

 加持リョウジはホットコーヒーを。

 アスカはアイスコーヒーを頼んでいた。

 手元には幾つかの紙袋(包装紙)がある。

 今日の戦利品だ。

 

 

「珈琲を冷やすって、最初に聞いた時は正気を疑ったけど、飲み馴れると美味しいって感じるから人間って不思議」

 

 アイスコーヒーを上品な仕草で飲みながらアスカは感想を漏らす。

 ドイツ系アメリカ人と言う国籍的な理由からでは無いが、アスカは嗜好品としては珈琲が好きであった。

 だが珈琲ブラック党からすれば冒涜的とすら言える、ガムシロップとクリープを存分に入れた()()は味も香りも台無しになるのではないだろうか? そんな事を考えながら加持リョウジの口は適当に相槌をうつ。

 

「不思議だろ? そういう風に人生は、色々な驚きに満ちているのさ」

 

 外面(口に出す事と)内面(腹の中)が全く別に動くのは、情報に携わる人間の平常運行であった。

 それこそ素人(アスカ)が気づけないレベルでの隠蔽であった。

 蘊蓄めいた言葉に、素直に目を輝かせるアスカ。

 それは年相応の姿と言えた。

 

「ま、それは兎も角。アスカ達はもう直ぐ修学旅行じゃなかったか? その準備(買い物)は良かったのかい?」

 

「水着とか?」

 

「アレは流石に中学生にはちと早すぎるんじゃないかな、って思ったがね」

 

 アスカが冗談めかして持ってきた赤白のストライプ柄の水着は、ハイレグ気味のセパレートタイプであった。

 後、10年は未来でないとアスカには過激すぎると言うのが加持リョウジの見立てであった。

 それをアスカは笑う。

 

「加持さんおっくれてるぅ 今時あれくらい、あったりまえよ」

 

 尤も、そう言うアスカの情報は、クラスメイトから聞いた話(ティーン雑誌の受け売り)でしかなかったが。

 

「ほぉ、そうなんだ。確か、行先は沖縄だったか?」

 

「らしいわよ。メニューにはね、スキューバーダイビングも入ってるって」

 

 修学旅行のしおりと一緒に渡されたパンフレット、そこには高い透明度の美しい海があった。

 アスカの瞳の様な、蒼い海。

 それを少しだけ思い出し、小さくため息をつく。

 その事に気付いた加持リョウジは、訝し気に首をかしげる。

 

「なんだ、他人事みたいだな?」

 

「だって………行けないでしょ、私たち」

 

 寂しさすら感じさせながら断言するアスカに、加持リョウジは何も言えずにいた。

 

 

 

 

 

 シンジの家の食事時は姦しい。

 別にシンジがTVを点けっぱなしで食べている訳では無い。

 只、元気の良いお隣さんがやってくる(突撃、隣の晩御飯。実食もあるよ!)からであった。

 更にはいつの間にか、その反対側のお隣さんも笑顔でやってくる様になっていたのだ。

 それをシンジは、縁と言うのは面白いものだと受け入れていた。

 尤も、流石に食費に関しては徴収していたが。

 

 手慣れた仕草で味噌汁を炊きながら、今日の料理を用意していく。

 メインディッシュとなるのはお隣さん1号(アスカ)のリクエストで肉料理、ドイツ系だ。

 とは言えドイツ料理をする訳ではない、と言うか出来ない。

 ()である。

 スーパーにあったフランクフルトを焼いて、ケチャップとガラムマサラ(カレー粉)を振りかけただけのお手軽(インスタント)カリーブルストだ。

 1人前で2本焼いて、付け合わせに粉吹きいもチョイス。

 此方もドイツ風と言う事で仕上げに刻んだパセリとバターとを乗せてある。

 シンジからすれば正直、これでご飯を食べるのは如何なモノかと言う話であったが、NERVでのエヴァンゲリオン訓練後の限られた時間で手軽く用意出来るのがこの程度なのだから仕方がない。

 本当は日曜日なので、手遊びも兼ねて平素(平日)では出来ない手の込んだ料理でも作りたいのだがコレばかりは仕方がない。

 尚、年上のお隣さん2号(葛城ミサト)向けには、主食()のあてとしてタコワサやらイカの塩辛などを用意しておく。

 ご飯よりもビール党なので、此方の方が喜ぶのだ。

 

 後は味噌汁を注いでご飯をよそえば終わる。

 そこまでしてからエプロンを外して首を回す。

 疲れた訳でも無いのだが、何となくの癖だ。

 エプロンは冷蔵庫付けて置いたフックに掛けておく。

 しみじみと見た。

 ベージュ色のエプロンは、昔に養母の食事の支度を手伝おうとした時に養父からお下がりとして貰ったモノだった。

 年季が入り、染みもあって古ぼけた感じのするエプロンだが、何となく手放し辛くてシンジは使い続けていた。

 エプロンの裾が床に付くようだった頃。

 着られる様に見えた頃。

 そして普通に着られる今。

 そろそろ洗おうかな、そんな事を考えながらお茶の支度をする。

 急須に茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 湯呑替わりのマグカップに注いでからリビングに移動、ソファに座る。

 喧しいTVは趣味で無いので、何かのラジオでも点けようかと考えた時、チャイムが鳴った。

 インターホンを見れば、家主よりも偉そうな隣りさん1号の赤毛が映っていた。

 

間がよかとかわりかとか(間が良いんだか悪いんだか)わからんがねぇ(どっちなんだろう)

 

 そう言って立ち上がったシンジの口元は、少しだけ優し気に歪んでいた。

 

 

 色気の無いラフな格好 ―― シャワーを浴びた風呂上りを感じさせる湿気を帯びた髪を纏め、モスグリーンな(ミリ色の強い)Tシャツとハーフパンツ、それに素足でサンダルを履いている姿からは、昼の余所行きな格好(サマードレス)など想像も出来ない。

 だが同時にそれは、家に帰ってきたと言う安堵の表れとも言えた。

 余所行きとは、即ち()を被る事と同義なのだから。

 

 笑顔のアスカにシンジも自然と相好を崩す。

 

「やぁお疲れ。楽しかった?」

 

「サイコーよ。加持さんとのデートだもの♪」

 

 実に楽しかったのだろう、シンジの問いに答えるアスカの声は踊っていた。

 憧れていた男性とのデートであれば、めくるめく時間だったのだろうとシンジも納得していた。

 異性と居る事による陶酔、或いは異性への憧れと言うモノが今一つ理解出来ないでいるシンジは、アスカの気持ちが判らない。

 判らないが、この性根の入ったお隣さんが楽しかったのは良い事だと理解していた。

 と、そんなシンジの鼻先に、アスカが紙袋を突き付けた。

 

「なに?」

 

「幸せのおすそ分け、何時もの御礼って奴ね」

 

 問いかけに澄まして返したアスカ。

 要領を得ないままに紙袋を預かり、そして開けるシンジ。

 

「何?」

 

 中からは、厚手のジーンズ生地で出来た新品のエプロンが出て来た。

 広げて見るシンジ。

 胸の所に入っている、ひよこの絵柄がユーモラスさを与えている。

 取り敢えず、出来は良い。

 

「あ、ありがとう。嬉しいよ」

 

「あったりまえ、このアタシが選んだんだもの!」

 

 褒められて胸を張るアスカ。

 鼻高々と言った塩梅だ。

 

「でも、何でひよこ?」

 

「だってシンジ、まだまだオコチャマじゃない。だからヒヨコがお似合いよ!」

 

「何だよそれ」

 

 ベロっと可愛らしく舌を見せたアスカに、毒気を抜かれたシンジは苦笑と共に肩をすくめた。

 

「アスカだって、料理が出来ないお子様だろ?」

 

「アンタバカァ? アタシは出来ないんじゃなくてしないだけ。そこにはルビコンよりも深く、大きな川があるの、Verstehen(判るかしら)?」

 

 すきっ腹を抱えて、シンジの家に我が物顔でやってきた略奪者(晩御飯強盗)は、何とも偉そうな態度で言い放った。

 只、そこに嫌味ではなく茶目っ気があった為、シンジは笑って流していた。

 

 

 アスカが来て少しばかりして、葛城ミサトもシンジ宅に突撃してくる。

 当然、手にはビール缶が、それも冷蔵庫から出したばかりでキンキンに冷えた6本パック(シックスパック)がある。

 アルコールだけ持ち込みなのは、シンジ(未成年)に買わせるはどうかと言う良識が勝った ―― 訳ではなく、たまに来るご近所さん(赤木リツコ)のツッコミの成果であった。

 兎も角、日曜日の夜()姦しくなっていく。

 人一倍に元気なアスカと、アルコールが入れば呑気陽気適当になる葛城ミサトが居るのだ。

 静かになる筈も無かった。

 それをシンジは楽し気に見る。

 大家族めいたところのあった故郷の家を思い出すからだ。

 

 夕食会。

 それが終わり、シンジが洗い物を終えた時に、葛城ミサトは2人を呼んだ。

 真顔だ。

 キッチンのテーブルで2人と相対した葛城ミサトは天井を見上げる様に大きく息を吸って、それから頭を下げた。

 

「ゴミン、2人とも修学旅行は駄目になった」

 

 葛城ミサト個人は、子供の頃の思い出は大事であるとシンジとアスカ、それに綾波レイまで修学旅行に行かせたいと考えていた。

 これには作戦局支援第1課(チルドレン担当班)も、情操教育の面で重要であると賛同していた。

 第3新東京市を離れるとは言え、高速(音速)機を用意しておけば無問題と言う事もあった。

 だがそれを碇ゲンドウが止めたのだ。

 如何に高速機であっても、搭乗までの時間も含めれば沖縄から第3新東京市までの移動は2時間以上は必要とする。

 その2時間で破壊的な活動が可能な使徒が現れたらどうするのか、と言う考えであった。

 誠に正論であり、そうであるが故に反論できる人間は居なかった。

 

「私としては行かせてあげたかったんだけど、その、ね?」

 

 直属と言う訳では無いが、それでも階級上で言えば碇ゲンドウと冬月コウゾウに次いだ葛城ミサトであったが、決定権と言う意味では2人には天と地ほどの差があった。

 そんな葛城ミサトを見たシンジとアスカは、肩を竦め、それから頷き合った。

 

よかど(良いんですよ)葛城サァ、こいも仕事じゃっでよ(葛城さん。コレも仕事って事ですよ)

 

「シンジ君」

 

「ま、元から期待してなかったしね。こういう時にババを引くのもエリートの務めってね」

 

「アスカ………2人とも、本当にありがとう」

 

「良いって事。その代わりと言っちゃなんだけど、ミサト、チョッとお願いがあるんだけど?」

 

「出来る事ならなんだってするわよ?」

 

「プールに行きたい」

 

「それ位ならお安い御用よ! 本部内にあるから貴方たち皆で楽しんできて!!」

 

 ゴネる事も無く2つ返事で受け入れたシンジとアスカに、心底から安堵した表情で葛城ミサトは笑っていた。

 

 

 

 

 

 


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