サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 夏の日差しの中で、眠った第3新東京市。

 だが、眠らない街の微睡みは極々短い時間だけであった。

 防災スピーカーから独特の波長をした、国民保護サイレンとも違う甲高く人の不安を掻き立てる警報音が鳴り響き、街は本来の姿を取り戻す。

 対使徒迎撃要塞都市としての姿を。

 

 

「警報!?」

 

 惣流アスカ・ラングレーは、教室の窓から身を乗り出して聞く。

 その勢いの良さは、隣に居た碇シンジが咄嗟にアスカのほっそりとした腰に抱き着かせる程であった。

 翻ったスカートに顔をツッコむような形となったシンジ。

 だが、アスカにせよ表情は真剣であった。

 

「シンジ」

 

「見えた?」

 

Nein(見えない)

 

 使徒、との言葉は発しない。

 一応は機密であると言う躾の結果であった。

 

「取り敢えず本部?」

 

「ん」

 

 目と目で会話する様な2人。

 そこからの行動も素早いの一言だった。

 

「トウジ! すんもはんどん(御免だけど片付けてて)

 

「ヒカリ! ゴメン」

 

 2人は、異口同音に(授業用具)の片づけを頼みながら貴重品を引っ掴む。

 持って行くのは携帯電話に財布、その程度だ。

 

「気を付けてな!」

 

「アスカ、頑張ってね!」

 

 それぞれの深い友人(ダチ)の言葉を背に、アスカはもう1人の仲間へと振り返る。

 

「レイ!」

 

 綾波レイ。

 此方は携帯電話を手に立ち上がっていた。

 

「アスカ。迎え。裏口に車を用意したって」

 

Danke(ご苦労様)!」

 

 教室の入口へと歩き出す2人。

 と、綾波レイの隣の席の女子生徒が慌てて呼び止める。

 

「綾波さん、コレ」

 

 そばかすの可愛い(チャーミング)女の子が差し出したのは、まだ新しい猫の絵柄がプリントされたポーチだった。

 伊吹マヤがプレゼントとして買ってくれた、綾波レイの貴重品入れだ。

 机の上に忘れていたのだ。

 

「ありがとう」

 

「頑張ってね!!」

 

「判った」

 

 大事そうにポーチを両手で持つ綾波レイ。

 それをアスカは流し目で、少しだけ口元で笑って見ていた。

 それは少しづつ綾波レイの事をアスカが理解しだした結果の笑みであった。

 冷血冷静と思っていた同僚(ライヴァル)がそうでない事を知り、そしてそこから育とうとしていると理解した結果であった。

 

「なに?」

 

「何でも無いわよ、それより急ぐわよレイ」

 

「判ったアスカ」

 

 アスカは、綾波レイが何でもない事でも面白いと思えるのではないかと思えるのだった。

 

 

 対してシンジは教師に対して手短に状況を報告(伝達)していた。

 

すんもはんどん(すいません先生)家んこっでかえいもす(家族の事情で帰ります)

 

 100%の嘘ではないが、事実の全てを現している訳でもないシンジの言葉。

 だが教師も事前に状況は教えられている。

 だからシンジの言葉を否定も肯定もせず、達観した顔で送り出す。

 

「気を付けて行ってください」

 

 それは、或いは万感の思いが籠った言葉だったのかもしれなかった。

 

 教室から出かけ(出征し)ていく3人。

 教室の誰もが状況は理解している。

 頑張れと声を掛ける人間もいる。

 手を振ってる奴もいる。

 そんな中に埋もれながら相田ケンスケは、シンジを羨んでいた。

 映画の中の1シーンの様に、凛々しく格好良く出撃する姿。

 美少女(アスカ)との距離の近さ ―― ガン見していた、捲れたアスカのスカートから見えた白い太もも。

 自分もエヴァンゲリオンパイロットだったら。

 そう思ってしまうのが思春期らしさとも言えた。

 同時にそれは、自分が何者であるかを示したいとの男らしい欲望とも言えた。

 エヴァンゲリオンのパイロットになりたい。

 ビックになりたい。

 大望と言えるだろう。

 だが、今の相田ケンスケは群衆に埋没する1人の個人でしかなった。

 

 

 

 

 

 電気の戻ったNERV本部第1発令所。

 だが全てと言う訳では無い。

 常ならば煌々としている照明も半分以上が消され、それはディスプレイも同じであった。

 空調設備も、弱くヌルい風を送り出してくるだけに留まっていた。

 電力が不足していたのだ。

 逆に言えば、電力の不足で留まって居た。

 それは非常用電源供給システムのお陰、では無かった。

 通常であればNERV本部施設の需要、その1割からは賄える筈のディーゼル発電設備があったのだが、起動する事が出来ずにいた。

 否。

 1度は起動できたのだ。

 停電が発生した際(最初の電圧低下時)に全自動で起動まではしたのだが、何故か、その瞬間にディーゼル発電機群が全台停止してしまったのだ。

 原因不明の異常事態であった。

 だが、その代わりをするモノがNERV本部にはあった。

 エヴァンゲリオン支援機。

 日本重化学工業共同体(J.H.C.I.C)製の反応炉(ニュークリア・リアクター)を搭載した技術実証試験機だ。

 一般的な商用炉(原子力発電施設)に比べれば弱いが、それでもエヴァンゲリオンを運用を支えるだけの発電出力は持っていたのだ。

 今、それがNERV本部施設の機能の一部を支える事に使われていた。

 

 

「ジェットアローン様々ね」

 

 そう言うのは葛城ミサトだ。

 手にはヌルい珈琲のマグカップがある。

 淹れてから時間の経過した珈琲であるが、砂糖とミルクをタップリと放り込んだソレはこの様な状況では値万金の甘露であった。

 

「来週なら、換装用の新型炉まで来てたわよ」

 

 合いの手を入れるのは赤木リツコだ。

 此方はトレードマークめいた白衣を埃などで黒く汚している。

 顔にも疲れがある。

 NERV本部の移動システムの類は、ほぼ全てが停止状態である為、広大な施設内を動くのは大変な労力を必要とするのだ。

 研究屋(デスクワーク主体)の赤木リツコには、特に大きい負担であった。

 

「あ、リツコ。お疲れ」

 

「ええ」

 

 空いていたオペレーター席に、座り込む勢いで腰を下ろす。

 溜息をついく。

 汗まみれになっている。

 

「原因、と言うか復旧は出来そう?」

 

「難しいわね。機械的なトラブルは見られないもの」

 

「何者かの破壊工作?」

 

「或いは、使徒ね」

 

 襲来してくる使徒。

 既に第3新東京市から20㎞圏内にまで侵攻していた。

 国連極東軍(Far East-Aemy)第3特命任務部隊(FEA.TF-03)が迎撃を行い、時間稼ぎを行っているが、戦闘領域での一般市民の避難が十分ではない為に苦戦を強いられていた。

 攻撃精度の問題から榴弾砲の投入が認められず、精密兵器に攻撃手段が絞られているが、使徒側が険しい山を侵攻ルートに選んでいた為に戦車砲などが重火器が持ち込めない状況であったのだ。

 手持ちの火器や誘導弾では十分な打撃を与えるのは難しかった。

 航空部隊に関しては、大急ぎで爆装を行わせているのだが準備にまだ時間を必要としていた。

 通常は即応体制にある第3新東京市(NERV本部)に付随する空港(航空基地)も、NERV本部同様に謎の停電状態に陥っており、作業が遅れていたのだ。

 そしてそれ以外の航空基地の場合、距離的な遠さが時間を必要とする理由となっていた。

 

「使徒にそんな能力があるのかしら」

 

 使徒だからにしても、何でもアリにも過ぎると葛城ミサトが苦笑すれば、真面目くさった顔で冬月コウゾウが笑った。

 

「なら人間による破壊工作とでも言うかね?」

 

 戯言に反応が出るとは思っていなかった葛城ミサトは、慌てて背筋を伸ばしていた。

 だが、そんな事に冬月コウゾウは構う事は無かった。

 それなりの冗談の積りだったからだ。

 

「偶然にも使徒侵攻時を狙って破壊工作が行われた、とするのは余りにも恣意的に過ぎるだろう。推理小説などでその様なトリックを考案したら、作者はファンに叱られる前に、出版させてはもらえまいよ」

 

「………ですよね」

 

 出版の下りで、叱責では無く冗談であると理解した葛城ミサトは苦笑いをしていた。

 対して赤木リツコは楽し気に返す。

 

「使徒が空を飛ぶだけではなく電気まで喰うとなれば、下手な架空(フィクション)よりも現実感がありませんわね」

 

「何、現実というモノは常に創作者の上を往くものだと聞く。ならば使徒が現実離れするのも当たり前だと言えるだろう」

 

「そんな、使徒が子供向けの絵本(おとぎ話)でなら、使徒は最後まで無敵の怪物でしょうね」

 

 珍しく世間話めいたモノを続けた赤木リツコ。

 その意図を図り兼ねていた冬月コウゾウであったが、誘う話の着地点を理解するや、それまでの訝し気な表情を一変させた。

 そして赤木リツコに共犯者めいた目配せをして、言葉の先を変えた。

 

「だが、そんな怪物も人間の手で討たれる。そうだね葛城中佐?」

 

「はっ! 必ずや」

 

 要するに赤木リツコが狙ったのは、微妙な気分になった葛城ミサトの気分転換であった。

 指揮官が戦闘を前にして気分が乗ってないのは困る。

 そう言った所であった。

 

「宜しい。ではその言葉が果たされる事を期待するとしよう」

 

 

 

 安全係数ギリギリの速度で奔るNERV本部館内トラム。

 何故なら、そこにはシンジ達3人のチルドレンが乗っているからであった。

 

『使徒は本第3新東京市からみて南西、距離は約10㎞よ。現在の侵攻速度なら会敵まで約30分と言った所ね。状況は理解出来たわね?』

 

 通信パネルに映された葛城ミサトがシンジ達に状況を伝えていく。

 だが、誰も見てはいない。

 当然だろう。

 シンジ達は今現在、トラムの中で急いで学生服から搭乗服(プラグスーツ)に着替えているのだがら。

 護衛班がどこかで調達したカーテンで即席の垣根を作っては居るが、正直、心もとない薄さしかない。

 影が体のラインを丸ごとに映している。

 そもそも、外からも窓ガラス越しに丸見えだ。

 普通の()少年であれば辛抱堪らんとなりそうな、或いは普通の少女であれば羞恥心に足がすくむ様な状況だが、生憎とここには普通の少年少女は居なかった。

 目的が定まればわき目もふらぬのがシンジであり、アスカは軍隊で(国連欧州軍時代に)非常時に羞恥心を殺す訓練を積んでいた。

 そして綾波レイ。

 この少女、その生まれと育ちの結果、羞恥心がまだ備わって居なかった。

 護衛班が即席の垣根を作る前に脱ぎ出す程であったのだから。

 

 全くの余談だが、この際の報告書を見た天木ミツキは、綾波レイに対する情操教育の重要性を確信し、更なる教育を行っ(碇ゲンドウの頭痛のタネを増やし)ていくのだった。

 

 

そいでどげんすっとな(それで僕たちはどうすれば良いんですか)?」

 

 一番早く着替え終わったシンジが通信機の横に付いていた監視カメラに縛り付けていたタオルを取りながら葛城ミサトに問いかける。

 シンジは、自分自身が見られる分には別にどうでも良いが、女の子2人は別だろうと気を回していたのだ。

 そんなシンジに葛城ミサトはニコリともせずに、いつも以上に厳しい顔で()()を出す。

 

『シンジ君とアスカだけで出撃。悪いけど通信状態が無線だと不安定だからいつも以上に任せる事になるわ』

 

 トラムの通信は電源と同様に有線回路で行われている。

 だから通信が出来ているが無線による情報ネットワークの再構築は上手く出来ていなかった。

 使徒の妨害と考えられていた。

 そしてジェットアローンの電力供給であるが、エヴァンゲリオン3機を動かす量は流石に無理であった。

 そもそも、ジェットアローンを地上に出す手段が今は無いのだ。

 エヴァンゲリオンの発進だけであれば、常のリニアカタパルトを非常手段 ―― ロケット出撃システムでのリフトごとの射出と言う手段が取れるのだが、流石にこのような乱暴な手段をジェットアローンに用いる事は不可能なのだ。

 機体構造が射出時の衝撃に耐えられるのか不明だし、そもそも動力源(反応炉)の問題がある。

 如何に葛城ミサト(使徒ブッコロスウーマン)であっても、その様な選択肢を選ぶほどに血迷ってはいなかった。

 

 兎も角。

 通信は無く、支援も無く、いつも以上に時間制限の厳しい状況での戦い。

 しかも投入するのはエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機のみだ。

 これは、エヴァンゲリオン4号機の主装備が電力を喰う射撃系であると言うのと同時に、万が一に地表から侵攻してくる使徒が囮だった場合に備えての事であった。

 使徒が地中を自由に動ける可能性と言うものは第8使徒によって実証されている。

 であれば、通信が繋がりにくく、地上にエヴァンゲリオンを展開させれば再配置(地下本部施設への回収)が困難な現状で全てのカードを切る(エヴァンゲリオンを出撃させる)事は不可能な事であった。

 葛城ミサトが厳しい顔(自罰的な表情)をする理由としては十分であったと言える。

 

「はん! その程度の問題、何でもないわよ」

 

 カーテンを開いてアスカが顔を出す。

 まるで道は自らの手で開いて見せると言わんばかりの、威風堂々とした仕草だ。

 綾波レイも続いている。

 

「格闘戦なんて、指示も支援も要請なんて出来ないじゃない。()()()()()()

 

『………御免ね、アスカ』

 

「しおらしい声を出すんじゃないわよ。それともアタシ達を信用できない?」

 

『信じてるわ、アスカを。シンジ君だって』

 

「なら、今日もそうだって事。何時もと同じよ。少しだけ違うけど、殆ど同じよ!」

 

『ありがとう、アスカ』

 

「どういたしましてって、シンジもそうでしょ?」

 

 相方はどうかと振り返れば、シンジも又、アスカの期待通りの顔をしていた。

 不満不安などの一切が混じって居ない、只ひたすらに()意のみで組みあがった顔だ。

 この顔が隣にある限り自分に、自分たちに失敗はあり得ない。

 そんな自信がアスカに湧いてくるのだった。

 

「大丈夫。不安は無いよ」

 

「それでこそ、よ。そう言う事でミサト、出撃準備はそのまま続行よ!」

 

おねがいしもんで(宜しくお願いします)

 

『オッケー。2人とも、信じてるわ。レイ、悪いけど聞いての通り。貴方はお留守番』

 

「判りました」

 

 方針は決まり、後は走るだけとなったその時、葛城ミサトの側で動きがあった。

 葛城ミサトがマイクを握ったらしく、無音となった画面の向こう側で誰かとやり取りをする姿が写る。

 そして画面が変わった。

 葛城ミサトではなく、碇ゲンドウが顔を見せた。

 

『初号機パイロット及び2号機パイロット』

 

 シンジ達が返事などの何かのリアクションを取る間もなく、前置きも無く話し始める碇ゲンドウ。

 薄暗いディスプレイの向こう側であっても、表情が険しいのは見て取れた。

 

『すまないが作戦会議の時間を少しだけ貰う。先ずは不明の事態を総司令官として詫びる。君たち2人だけに我々NERVと第3新東京市。そして人類の存亡を掛ける事となった。我々の失態だ。償いはしよう。だが必ずや勝利を収めてきてくれ。それだけだ』

 

 シンジと碇ゲンドウの視線が交差する。

 そこに意思疎通は無い。

 交流などあり得ない。

 ただの睨み合いとしか言いようが無い。

 

 だがシンジは碇ゲンドウが詫びたと言う事実のみを受け取った。

 シンジは漢として立とうとする男の子であるのだから。

 

よか(やるよ)

 

 シンジの短い了承。

 碇ゲンドウも頷くだけで受け取った。

 そしてアスカを見る。

 チンピラの類とは違う、サングラス越しでも判る険しい目にアスカの背筋は自然と伸びた

 だが、掛けられた言葉は願い(希望)であった。

 

『2号機パイロット。君もだ。任せる』

 

Jawohl! Herr Kaleun!(はい、判りました)

 

 言葉の内容よりも、その迫力(雰囲気)故にか、アスカは思わずお国言葉を話(敬礼を)していた。

 碇ゲンドウは鷹揚に受け入れた。

 

Anvertrauen(任せる)

 

 通信は終わった。

 何気に初めて会話したのではないかと思ったアスカ。

 厳つい顔の割に、大きな組織のトップなのに素直に頭を下げて来るとは凄い人間だと思っていた。

 対してシンジは、別にコレを理由に殴らせろと言うのは、冗談でも良くないなと思っていた。

 にぎにぎっとシンジが右手を動かすと、黒い服の護衛班は面白いように顔色を悪くした。

 その気持ちを代弁する様に、綾波レイが口を挟んだ。

 

「碇君。殴るのは駄目」

 

せんど(しないよ、そんな事)

 

 緊張感の無い顔で否定するシンジ。

 だがシンジと言う少年は、笑顔のままに殴る事の出来る男でもあるのだ。

 故に、その言葉が真実である事を綾波レイも護衛班も祈るのだった。

 

 

『到着します』

 

 電子合成された声。

 トラムがNERV本部地下施設へと到着する。

 

 

 

 

 

 前進を続ける使徒。

 第3新東京市の要塞都市部にまで達するが、国連軍部隊による応戦は低調であった。

 住人の避難こそは出来ていたが、電源不足によって非戦闘区画の収納や戦闘区画の運用が行えないからである。

 大威力兵器など使える筈も無かった。

 だが戦う将兵の顔に焦燥も不安も無かった。

 不満すらない。

 何故なら、彼らは自分の果たすべき役割を成し遂げたのだと知って居るからだ。

 時間を稼ぐ事が出来たのだと知らされているのだ。

 警報が鳴る。

 その瞬間、動きが変わった。

 真打の登場だからだ。

 

「総員後退! 後退しろ」

 

「装備は捨てても構わん! だが負傷者を忘れるな!!」

 

 そう、エヴァンゲリオンの出撃だ。

 

 

 

『使徒、設定された目標戦闘エリアに侵入を確認!』

 

『住人の避難、再確認終了! 異常見られず!!』

 

第3特命任務部隊(FEA.TF-03)、後退の通達あり』

 

 積みあがっていくエヴァンゲリオンの戦闘態勢。

 既にエヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機は、発射位置にまで移動済みだ。

 エヴァンゲリオン4号機が固定機構(ロック)を解除させたドーリーを押して移動させたのだ。

 そのエヴァンゲリオン4号機は、射出ロケットの影響 ―― 最悪の場合に発生するロケットの爆発と誘爆とを考えて避難していた。

 無論、操作員も居ない。

 この場に居るのは 共に全身に、増加装甲と見紛うばかりに非常電源バッテリー(高エネルギー危険物)を搭載した2機のエヴァンゲリオンとパイロットのみである。

 

 怒鳴り合いめいた報告の他は、実に静かな空間。

 誘爆すれば骨も残らないだろう。

 そんな事を考えながら、アスカは相方(シンジ)を呼ぶ。

 

「シンジ、緊張してる?」

 

『不思議だけど、してないよ』

 

 言葉通りに平坦な、余計な感情の混じって居ない声。

 その前まで目を瞑ってい居た事から、それってゼン()って奴なのか等と考えながら、アスカは言葉を連ねる。

 

「いいわ。なら出たらする事は1つ。最大戦速で一気に行くわよ」

 

『判った』

 

 いつも通りのシンジ。

 だからアスカもいつも通りに居られていた。

 

 シンジが居るから。

 だがそれはシンジも同じだった。

 

 1人であれば迷いもする。

 だが、アスカが居る。

 自分が判らない事であってもアスカは判る。

 判った事を伝えてくれる。

 それが有難かった。

 碇ゲンドウの言葉ではないが、今、シンジ達は世界を背負う事となった。

 傷つく事は怖くない。

 戦いに倒れる事も仕方がない。

 だが、切り込んで失敗したらサパッと死ぬだけ ―― そんな無責任が許されないと言うのは重いのだ。

 だからこそ、アスカの存在はシンジにとって救いであった。

 

 

 

「使徒! 目標地点に到着!! 全作戦準備完了です!!!」

 

 日向マコトの報告。

 戦いの歯車は全て揃った。

 後は葛城ミサトが命令を発するだけであった。

 第1発令所の耳目が集まる。

 その事を意識しながら、努めて優しい声を絞り出す。

 

「2人とも、準備は良い?」

 

よか(大丈夫です)

 

Jawohl(大丈夫よ)

 

 異口同音。

 正にシンジとアスカの為にある言葉であった。

 共に落ち着いた表情だ。

 だからこそ葛城ミサトは、自らの目の届かぬ、手の届かぬ場所へと征く子どもたちに、精一杯に 声が震えぬ様に注意して祈る(命令する)

 

「勝ってきて。信じてるわ」

 

 祈り。

 だから返事は待たない。

 葛城ミサトは声を張り上げる。

 裂帛の気合。

 

「エヴァンゲリオン出撃! カウントダウンは5より省略!! 復唱不要!!!」

 

 戦が始まる。

 

 

 

 最初はゆっくりと、だがそこから一気に加速する2機のエヴァンゲリオン。

 常のリニアカタパルト式とは違うロケットの加速。

 それは正に打ち出される勢いであった。

 

 

 数秒で地上に達し、その勢いのままに空へと飛び出す。

 リフトへの固定装置を爆破撤去し、エヴァンゲリオンに取り付けられていたブースターに点火する2人。

 空を往く為? 違う。

 降りる為だ。

 空にあると言う事は見える程に自由ではないのだから。

 

 轟音と共に着地。

 その時点で邪魔になる装備を排除。

 ビルの陰に飛び込む。

 2機の動きに狂いはない。

 

『使徒視認!』

 

 アスカが声を挙げた。

 電子的な意味で結合(エンゲージ)されているエヴァンゲリオン初号機にも、エヴァンゲリオン弐号機が捉えた情報が表示される。

 多脚の、クモにも似た姿をしていた。

 

『事前情報通りね』

 

「攻撃が無い。第5使徒並みの攻撃手段は持ってないみたいだ。なら小手調べ、行くよ」

 

『任せるわ』

 

 時間が勿体ないとばかりに動くエヴァンゲリオン初号機。

 遮蔽物(ビル)身を乗り出してEW-22B(バヨネット付きパレットガン)を発砲する。

 A.Tフィールドに阻まれる ―― 無い。

 だが同時に、弾丸が使徒に届く事も無かった。

 劣化ウランの弾丸は、使徒の放つ液体によって迎撃されたのだ。

 使徒の体にある目の様な模様から、如何なる原理によってか真横に打ち出された水滴によってだった。

 否、迎撃されただけではない。

 礫の如く、雨霰の如く、液体が投げつけられたのだ。

 液体は劣化ウランの弾丸同様に、遮蔽物となっているビルを溶かしていく。

 

 攻撃を仕掛けるシンジ。

 その反応を見るアスカ。

 2人とも冷静に自らの役目(行動)を続ける。

 と、シンジが声を挙げた。

 

「アスカ!」

 

『了解』

 

 攻撃を受けたビルを離れて別のビルを盾にする様に動く。

 液体による攻撃は、その回避の動きに追随している。

 

『状況分析力もあり、A.Tフィールドが弱い代わりに、攻防一体の武器を持つって事ね』

 

「あの液体、A.Tフィールドを抜けて来る?」

 

『来たわ。フィールド圏内の筈のビルも溶けてたもの』

 

 実に厄介な敵であった。

 類似する使徒としては第5使徒が居るが、その暴力的な火力と防御力に比して弱いと言えるが、だがそれは決して弱いと言う意味では無い。

 火力(威力)が小さい分、常に放ち続ける事が可能であるのだ。

 当然、A.Tフィールドを抜けて来る。

 

 言うならば、同じ水量としても集中している滝は避ければ被害は少ない。

 だが、土砂降りを避ける事は出来ない。

 そういう事だ。

 ビルが溶解した速度を見れば、液体は、エヴァンゲリオンの持つ1万2千層にも及ぶ特殊装甲であっても余裕があるとは言えなかった。

 そして液体の射撃速度と精度は、EW-22B(バヨネット付きパレットガン)の弾幕並なのだ。

 間違っても侮れる相手では無かった。

 だが、攻略法を悠長に考える時間は無かった。

 バッテリーの残量だ。

 増設された分の半分以上を使っており、残されている時間は少ない。

 

「行こう、アスカ」

 

『シンジ』

 

 だがアスカが止める様に手を上げている。

 その意図をシンジは誤解しない。

 

「ん」

 

 同じように手を上げる。

 ジャンケンだ。

 2度3度とあいこを繰り返し、最後にシンジが勝った。

 

『じゃ、先鋒(前衛)はアタシって事で』

 

 腹を決めている同士だ。

 そこに無駄な言い争いは発生しない。

 だが、相手の無事を願う気持ちはあるのだ。

 

「気を付けてアスカ」

 

『ふん、バカシンジ。アンタはアタシを信用できない?』

 

「………信じている」

 

『なら、アタシのお尻だけを見ながらついてきなさい。行くわよ』

 

「うん」

 

Gehen(行くわよ)!』

 

 

 アスカの合図に2機のエヴァンゲリオンは吶喊を始める。

 前を往くのはエヴァンゲリオン弐号機。

 EW-22B(バヨネット付きパレットガン)を、両腕を盾にして真横へと降り注ぐ溶解液を受け止める。

 みるみる溶けていくEW-22B(バヨネット付きパレットガン)

 そして腕。

 腕を抜けて顔や体までが溶けていく。

 機体との接続(シンクロ)によって、それはアスカの痛みともなる。

 だがアスカは、一言たりと悲鳴を漏らす事無く前を睨み、進む。

 進む。

 頭部が溶け、視野が狭まる。

 だが止まらない。

 

「ウゥゥゥゥゥゥオォォォォ!!」

 

 それは悲鳴では無い。

 勝利への渇望、咆哮だ。

 そのアスカの意思に応える様に、エヴァンゲリオン弐号機は瞳を開く。

 4つの目が、戦意を宿して輝く。

 歯を食いしばって進む。

 開かれた視野は直ぐに閉ざされていく。

 だが止まらない。

 機体(エヴァンゲリオン弐号機)がアスカに応えようとしている。

 それが判るからだ。

 だから前に進む。

 使徒を視認する事すら難しくなっても止まらない。

 続くシンジを、赤子が親を信じるが如く無心に前へと進む。

 使徒との距離すら測れなくなっても進む。

 

『アスカッ!!!』

 

 待っていた合図が届く。

 その瞬間、アスカは機体を横っ飛びに跳ねさせた。

 小さく残された視野には、エヴァンゲリオン初号機が正に鬼神の如き勢いで打ち込む姿が見えた。

 使徒は真っ二つとなる。

 当然だろう。

 只の1撃でEW-12⁻(試製マゴロックス)が折れた程なのだから。

 

「してやったり、ね」

 

 満足感と共に目を閉じたアスカ。

 機体が倒れていくのが判るが仕方がない。

 もう足が言う事を効かなかった。

 溶解液による被害(ダメージ)は、エヴァンゲリオン弐号機の機能に深刻な影響を与えていたのだから。

 

 が、待てども衝撃がアスカを襲う事は無かった。

 エヴァンゲリオン弐号機をそっとエヴァンゲリオン初号機が支えたからだ。

 EW-12⁻(試製マゴロックス)を投げ捨てて、両手で抱き上げる様にしていた。

 それはさながら、お姫様抱っこの様であった。

 

「お見事」

 

『アスカもね』

 

 回収班を待つ間、2人はゆっくりと笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 


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