サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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過去という井戸は深い
底なしの井戸と呼んでいいのではなかろうか

――旧約聖書     









捌) ANGEL-10  SAHAQUIEL
08-1 Star Blazers


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「どうした、碇?」

 

 夕暮れの日差しに沈んだ巨大なNERV本部の総司令官執務室に、水面に零れた水滴の如く響いた冬月コウゾウの声。

 対象は勿論、部屋の主である碇ゲンドウである。

 

「………いや、何でも無い」

 

 応接セットのソファに座り、茶をすすりながら報告を行っていた所、碇ゲンドウが生返事をする様になったのだ。

 何事かと思うのも当然であった。

 

「何に気を取られていたんだ?」

 

「………」

 

 尋ねられ、口ごもる碇ゲンドウ。

 瞼を揉んで、何かの現実が誤認であったと願う様に手元の報告書、そこに添付されている写真を見なおした。

 だが、現実は非情だった。

 

「………ふぅっ」

 

 大きなため息を漏らした碇ゲンドウ。

 何でも無いと言いつつも、この態度である。

 その言葉自体が生返事だったのだと思わせる態度であった。

 とは言えここで声を上げても意味はない、と考えた冬月コウゾウは報告書の束をテーブルに置くと、湯呑に手を伸ばすのだった。

 

 

 沈黙。

 幾ばくかの時間の後、熟考から帰ってきた碇ゲンドウが顔を上げた。

 

「すまんな冬月」

 

「問題は無い。だが興味はある。何があった?」

 

 問いかけられた先の碇ゲンドウは、夕暮れを映したメガネによって表情の見えない顔の儘に手に持っていた報告書を冬月コウゾウへと渡す。

 

「レイの、支援第1課からの学校生活のレポートだ」

 

「ああ。お前が一本取られた話だったな」

 

 少しだけ喉を震わせる冬月コウゾウ。

 傲岸不遜な交渉者(タフ ネゴシエーター)として知られ、時には冬月コウゾウとて面倒な目にあわせてくる碇ゲンドウが凹んだのだ。

 愉快な思い出とも言えた。

 

「それが?」

 

「………見ろ。そちらの方が早い」

 

 碇ゲンドウが見せた書類。

 それは綾波レイの学校生活、最近になって行われたと言う文化祭の一幕に関するものであった。

 情緒の育成、その他の内容を斜め読みしていく冬月コウゾウ。

 綾波レイの人間性が育っていると言う吉報(悲報)であった。

 身の回りの小物なども買いあさる様になり、戦友である碇シンジや惣流アスカ・ラングレーとの関係も良好になり、更には休日に出歩く学友(ともだち)まで出来たのだと言う。

 将来的な問題、碇ゲンドウの人類補完計画にとって面倒くさい問題となる部分があったが、碇ゲンドウ程の男が絶句するのは理解出来ない。

 或いはリセット(3人目の起動)に思いを馳せてであれば、人間らしい感情の発露か。

 そんな事をつらつらと考えながら紙をめくって行った冬月コウゾウであったが、その彼もまた最後の1枚に添付されていた写真に絶句する事となる。

 ()()()()()()姿()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

「…………」

 

 冬月コウゾウも瞼を揉んで、改めて写真を見る。

 変化は無い。

 現実は非情であった。

 

「碇………」

 

「……ああ」

 

 どこかから響いてくる蝉しぐれ。

 暫しの沈黙。

 

 だが、冬月コウゾウはフト気付いた。

 ()()が綾波レイの写真であると思えば絶句するが、果たして碇ユイであればどうだろうか、と。

 碇ユイ。

 そういう所のある学生であったと思い出す。

 

「……くっ」

 

 小さく喉を震わせた冬月コウゾウ。

 

「何だ?」

 

 過去の情景を思い出していた冬月コウゾウを見とがめた碇ゲンドウ。

 だが冬月コウゾウは笑いを納めない。

 そんな不機嫌な碇ゲンドウも、その時の情景には居たのだから。

 

「いや、すまん。懐かしくてな。ユイ君もそうだったと思い出してな」

 

「………そうかな。いや、ユイは__ 」

 

 碇ゲンドウも思い出す。

 そう言えば碇ユイは、そのたおやかな雰囲気とは真逆な、手の速さがあった事を。

 

「この写真の様に蹴っ飛ばした事があったが忘れたかね? アレは誰かの歓迎会で……そうだマリ君だ。真希波マリ君の歓迎会で___ 」

 

「乱入してきた酔客が狼藉しようとして、ああ。ユイに蹴飛ばされたな」

 

 飛び級で大学入学し、冬月ゼミに入ってきた天才真希波マリ。

 その歓迎会として居酒屋で行われた飲み会。

 個室では無かった為に、酔っぱらった大学生らしき(ガタいが良くオラついた)若い男性が絡んで来たのだ。

 真希波マリが狙われたのは、高校生(ティーンエージャー)であり、その場で一番幼いが、身長以外の面で成長著しかった(豊満であった)事が原因であった。

 男性の手が真希波マリの胸に触れた瞬間、血の気の多い男衆(碇ゲンドウや冬月コウゾウ)が動く前に、碇ユイが文字通り一蹴したのだ。

 酔って赤らめた顔を、楽し気に、だが容赦の欠片も無く蹴っ飛ばしたのだ。

 排除して、それから追い打ちまで掛けていた。

 ある意味で碇シンジとそっくりだった。

 少なくとも、相手が反撃の気も無くなるまで追撃をした辺りは。

 ソレをさして()()()()()()等と言うのは、聊かばかり表現過小と言うものだろう。

 

 そこまで思い出した辺りで、碇ゲンドウは更に顔色を悪くした。

 冬月コウゾウもそうである。

 綾波レイの中に眠っている碇ユイの因子が目覚めつつある、その可能性が出て来たからである。

 

「どうする碇」

 

「………問題、ない」

 

 リセット(3人目の起動)さえすれば、人類補完計画に於ける不確定要素は消える。

 だが、碇ユイの匂いを纏う様になった綾波レイに、その様な事が出来るのか。

 そもそも、碇ゲンドウの人類補完計画とは碇ユイとの再会の為の手段だ。

 再会する為に、再誕しつつある碇ユイを否定する事は果たして正しいのかと言う事となる。

 更に言えば、再会の方策は予測によって組み立てられている。

 それが成功するのかと言えば、確実と言い切る事は出来ない。

 では、綾波レイが人間性を増す事が碇ユイと成る事を意味するかと言えば、そちらも難しい。

 碇ユイの因子を引き継ぐ事はあっても、碇ユイの魂はエヴァンゲリオン初号機の中にある筈なのだ。

 綾波レイが碇ユイになる事はありえない。

 その()であった。

 だが、もしそうでなかったとしたら? と言う疑問を全て消す事は不可能なのだ。

 碇ゲンドウは勿論、冬月コウゾウも頭を抱えるのも当然の話であった。

 

 

 

 

 

 NERV本部施設の技術開発局研究棟。

 特にエヴァンゲリオン用の装備開発を担当する第1課の管理する一帯は、巨大と言って良い施設規模を誇っている。

 全高40m級と言う、人類の生み出した兵器として規格外と言える汎用人型決戦兵器の装備の為の施設なのだ。

 当然と言えるだろう。

 

 巨大過ぎる寸法で作られた諸々の中を歩む赤木リツコ。

 ブーツめいたゴツい安全靴が、濡れてもきゅもきゅっと可愛らしい音を立てているが、ヘルメットから覗くその表情には疲れと共に満足感があった。

 

「漸く完成したのよ」

 

 そう言って胸を張る赤木リツコの相手はシンジであり、アスカであった。

 綾波レイも葛城ミサトも居る。

 皆、ヘルメットに安全靴を装備している。

 装備開発棟は様々な機材がある、危険な場所だからだ。

 そんな場所にシンジ達が来ている理由は、技術開発局第1課の労作の()()()()だからだった。

 

 赤木リツコの足が止まる。

 巨大な、エヴァンゲリオン用の装備。

 それを見せつける様に手を振るう。

 

「シンジ君、不便を掛けたわね。コレが完成した以上、もう問題は無いわ」

 

 聊かばかり演出めいているのは、第9使徒の処理問題が連日連夜に及んだ影響であった。

 有り体に言えば、疲労から気分高揚(疲労性のハイテンション)が出ていたのだ。

 それを親友である葛城ミサトは勿論、付き合いの長い綾波レイも軽く流していた。

 そういう姿を見慣れていないシンジとアスカは若干、引いていた。

 目配せ(アイコンタクト)をし合う。

 御指名よと顎で示す(言う)アスカに、シンジは凄く微妙(嫌そう)な顔をする。

 とは言え、返事をしないのも悪いものだと思って、口を開く。

 

そいゎよかこっじゃ(それは良い事、です……ね?)

 

 疑問形めいているのは仕方がない。

 だが、その事を意にも介せず赤木リツコは拳を突き上げた。

 

全力発揮(一撃必殺)だろうが打ち合いだろうが、コレならば耐えられるわ。コレで、折れた切っ先がビルに刺さったとか、そういうクレームとはおさらばよ!!」

 

 赤木リツコの疲弊の一端が伺える咆哮であった。

 NERV本部の高官(実質№4)とは言え、否、責任者の側であればこそ、クレームと言うものは届くものなのだから。

 特に、開発した武器の余波などと言うモノであれば、製造者責任とばかりに、技術開発局に話が持ち込まれるのだから。

 

EW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)、その完成版よ」

 

 赤木リツコの声と共に演出好きの第1課スタッフが照明設備を操って、出来上がったばかりの真新しいEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)に照明を当てた。

 それは正しく刀であった。

 大剣(グレートソード)と呼ぶにしても余りにも巨大で厚いEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)とは違う、それは正に日本刀(打刀)であった。

 鞘に収納する為の機構が、鍔を兼ねて存在しているが、それ以外ではごく普通の形であった。

 余計なモノは存在し無い。

 これまでの試作品めいたEW-12⁻が、少しばかり機械的な機能を付けようとしていたのとは全く異なっている。

 只々、振りぬく為の武器であった。

 

「どう?」

 

よか(とても良いと思います)

 

 即答するシンジ。

 目がキラキラしている。

 速く振るってみたい、そういう顔だ。

 そんなシンジの反応に気を良くした赤木リツコは胸を張ってみせる。

 正に自慢(ドヤァ)顔だ。

 それを面白く無さそうな顔で見ながらアスカは、ゴツい安全靴の踵で床を叩く。

 ゴム製のソレは、アスカが思った程に音は立てない。

 だから、気付かなかった。

 シンジ以外は。

 とは言えその反応は、アスカが深層で思ったようなモノでは無かったが。

 

「出来が良いよ」

 

 これならどこまでも振り抜けれそうだと言う。

 欲しい玩具を買い与えて貰った子どもめいた顔だった。

 チョコッとだけカチンと来たアスカはボソっと呟いた。

 

「ガキか」

 

「そう言わないで。アスカにも新装備があるわ。EW-16(スマッシュバルディッシュ)、ドイツからようやく届いたわ」

 

 新しく光りに照らし出されたソレは、アスカがドイツ時代にエヴァンゲリオン初号機のEW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)に対抗して欲した大威力白兵戦装備であった。

 その名の通り、巨大な刃を持った竿状武器(ポールウェポン)だ。

 EW-14(ドウタヌキ・ブレードⅩⅢ)と同様に、重い殺意の塊めいた武装であった。

 

「ふーん、漸くね」

 

 とは言え、ソレを見るアスカの目に熱量は無い。

 今のアスカにとっては、文字通り()()な武器であったからだ。

 シンジとの連携戦闘が主となって来ている為、威力は大きくとも連携のし辛いEW-16(スマッシュバルディッシュ)よりも、コンパクトで使い勝手の良いEW-17(スマッシュトマホーク)の方がやりやすいのだ。

 大威力武器で使徒を叩き斬る事も面白いだろう。

 だが、連携を取ってシンジと共に戦うのはもっと面白いのだから。

 

「アレま、アスカあんまりやる気出ない?」

 

「出ないと言うか、シンジとの連携戦(フォーメーション)だと使いづらいかなって感想」

 

「ふーん」

 

 と、ニマっと笑った葛城ミサトはアスカの耳元に口を寄せて囁く。

 一人で戦うより連携するって良いでしょ、と。

 

「悪くは無いわね」

 

 それはアスカにとって、ある種の最上の表現であった。

 

 と、綾波レイが手を挙げた。

 エヴァンゲリオン4号機には無いのですか、と。

 その声に思わず顔を見合わせる葛城ミサトと赤木リツコ。

 

(嘘でしょ)

 

(ホントなの)

 

 他人の事も、装備の事も特に興味を持つ事も無かった綾波レイの自己主張だ。

 驚くのも当然であった。

 それは積極性の表れであり、綾波レイと言う少女の成長を意味していたのだから。

 

「無いのですか?」

 

 その声には少しだけしょんぼりとした響きがあった。

 だからこそ、赤木リツコは慌てて答える。

 

「あるわ」

 

「とっておきね、リツコ」

 

「ええ、そうよ」

 

 綾波レイを勇気づける様に言う2人。

 その寸劇めいた会話は、シンジとアスカを置き去りにしていた。

 

「どうしたの?」

 

「わかんないよ」

 

 2人を置き去りにしたままに、赤木リツコは手を叩いた。

 本命である、と。

 エヴァンゲリオン初号機とエヴァンゲリオン弐号機向けの新装備も凄いのだが、コレが一番にNERVの技術、その総力を挙げて開発したのだと声を上げる。

 

EW-25(ポジトロンキャノン)、55口径560mm陽電子衝撃砲よ」

 

 それは余りにも巨大で、凶悪な大威力砲であった。

 近くにあるEW-12(マゴロク・エクスターミネート・ソード)が小物に見える様な、そんな巨大で凶悪な火力兵器であった。

 

「第5使徒を解体研究した事で得られた知見を基に、防衛装備庁(戦略自衛隊)とも技術協力を行って開発した人類史上最凶の火力よ。現時点でコレ以上のモノは存在しないと言い切れるわ」

 

 戦略自衛隊が独自に開発を進めていた自走460mm陽電子砲の開発データも加わって完成した文字通りの化け物であった。

 陽電子を加速させる為、55口径 ―― 30mを超える砲身を持つに至っており、その運用性は重量と相まって最悪になるだろう。

 だが、その威力は極上であった。

 山1つすらも軽く打ち抜けるだろうと推測される第5使徒の主砲(加粒子砲)にも匹敵する、そう赤木リツコや技術開発局第1課の人間は考えていた。

 葛城ミサトも興奮した面持ちで、ソレを見ていた。

 指揮官であれば誰もが夢見る火砲なのだから仕方がないと言えた。

 相手よりも先に、遠距離から一方的に相手をブチ殺せる装備なのだ。

 興奮するのも当然であった。

 とは言え、現場の人間(シンジとアスカ)の反応は違っていたが。

 

「地上に撃てるのかしら?」

 

「街が粉々になりそうだよね」

 

 夢の無い話を口にする2人。

 だが最後の現場組、綾波レイの反応は違っていた。

 

「良い」

 

 誰の耳にも届かない小さな呟き。

 口元を少しだけ歪め、満足げな顔でEW-25(ポジトロンキャノン)を見上げていた。

 

 

 

 

 

 


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