サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

4 / 113
01-04

+

 敵である使徒は、水中は兎も角として、地上での進行速度は比較的遅かった。

 そのお陰で碇シンジは、出撃するに際して様々なレクチャーを受ける事が出来ていた。

 エヴァンゲリオンを操縦(シンクロ)する事を補助する、真っ白(プレーン)な男性用第1世代型プラグスーツを着込んでシンジは説明を受ける。

 とは言え、理解できるとは言わない。

 シンクロ率だの何だのとの専門用語過多で、情報を詰め込もうとしているのだから簡単に理解を超える(オーバーフロー)するというモノだ。

 故にシンジは、説明する赤木リツコを止めて要点だけを確認する。

 

思えば動くでよかな(思考制御と考えれば良い訳ですよね)?」

 

「それで間違っていないわ」

 

わかいもした(判りました)あとぁ武器じゃ、ないがあっとな(では、得物は何がありますか)?」

 

「今、準備できているのは内蔵している小型ナイフ(プログレッシブナイフ)だけね。それ以外はまだ鋭意開発中よ」

 

なんち(なんてことだ)………」

 

 頭を抱えるシンジ。

 冗談だよね? と縋る気分で赤木リツコを見るが、反応は、本当に申し訳ないと言う感じで首を横に振るだけであった。

 喉元まで汚い言葉(Four-letter word)が出て来るが、それをのみ込む。

 感情で罵声を飛ばすのは格好が悪い。

 そう素直に思っている、少年らしい矜持であった。

 代わりに溜息を1つ。

 

おはんさぁたぁ勝つ気があっとな(貴方たち、勝つ気あるんですか)?」

 

「ごめんなさいシンジ君。このエヴァンゲリオン初号機自体、ようやく完成させる事が出来た、まだそんな段階なのよ」

 

 戦えと言う。

 だが、武器はナイフ一本と言う。

 胆の据わっているシンジであるが、流石に乾いた笑いが出て来る。

 が、それ以上は口にしない。

 大人が素直に詫びて来たのだ。

 であれば、とそれ以上を言うのは野暮天だと思うからだ。

 乗ると言ったのだ。

 であれば何とかするしか無い、そう腹を決めるのだった。

 

 

 

 

 

 第1発令所の中央に位置する第1指揮区画。

 そこへ戻ってきた赤木リツコは、急いでシンジとエヴァンゲリオン初号機とのマッチングを確認させる。

 

「状況報告」

 

 とは言え彼女の優秀な部下たち ―― エヴァンゲリオンを預かる開発局第1課の技官たちは、手早く作業を進めていた。

 

「赤木局長、機体各部の最終チェック、及びエントリープラグ(エヴァンゲリオン操縦槽)の最終チェック終了しました、34項目、全てに異常ありません」

 

 技術開発局第1課、その課長補佐に任じられた伊吹マヤ技術少尉がハキハキと報告する。

 まだ若いボーイッシュな雰囲気に似つかわしいキレの良さだ。

 

冷却水(L.C.L)排出準備に問題は?」

 

「今朝報告の合った第3ポンプですが、まだ不調のまま(コンディション・イエロー)です。予備機の使用で対処します」

 

「良いわよマヤ。その調子で頼むわ」

 

 肩を叩いて褒める。

 褒めて伸ばす。

 育ってもらわねばならぬのだ、伊吹マヤには。

 技術開発部技術開発局第1課とは、E計画担当部署 ―― 正確に言うならばエヴァンゲリオンの運用管理を担う部門()である。

 その管理者(課長)は、技術開発局自体を統括する赤木リツコが兼任していた。

 局長と言う立場故に、作戦中であっても局自体を管理し指示を出さねばならず、或いは作戦局第1課(実務部隊)へのアドバイザーを担う赤木リツコは極めて多忙な立場であった。

 であるからこそ、エヴァンゲリオンの運用管理に関しては、権限の譲渡が出来る程には伊吹マヤには育ってもらわねば困るのだ。

 故にスパルタ式に教育している赤木リツコ。

 伊吹マヤは、その教育に食いついてきている女傑の卵であった。

 

「ミサト、良いわね?」

 

 最終確認を、作戦局第1課課長である葛城ミサトに行う。

 汎用ヒト型決戦兵器、そう仰々しい冠の付いたエヴァンゲリオンと言う兵器は、完成したばかりであり、その運用は手探り状態であった。

 連続稼働はどれだけであるのか。

 適格者(パイロット)が何時まで搭乗していられるのか。

 そんな事も、まだ判っていない兵器なのだ。

 だからこそ慎重を期して、その起動シーケンスの開始タイミングは作戦的要求に合わせる事とされていたのだった。

 

 尋ねられた葛城ミサトは、使徒の位置を確認する。

 第3新東京市の外苑、強羅防衛ラインにまで迫っていた。

 正体不明の光学兵器を、仮面の如き部位から盛んに発射して来ている。

 遅滞戦闘に当たっている国連統合軍は、その高い練度から蹴散らされる事は無かったが、遅滞させる事に成功しているとはとても言えなかった。

 最早、一刻の猶予も無い。

 深呼吸を1つすると、命令を発する。

 

「進めて頂戴」

 

「了解、マヤ、エヴァンゲリオン出撃準備開始」

 

「はい。出撃準備、開始します!」

 

 打てば響くとばかりに、伊吹マヤは号令を出す。

 出撃準備始め! と。

 

01(エヴァンゲリオン初号機)、各部正常位置にある事を確認』

 

『停止信号プラグ排出終了』

 

「機体状況は?」

 

『異常なし。トレンドグラフ、待機状態と変化見られず』

 

「宜しい、エントリープラグ挿入シーケンス開始せよ」

 

『了解。エントリープラグ挿入シーケンス開始します』

 

 初めての実戦という事で技術開発局第1課は慎重を期し、敢て準備速度よりも確実性を重視して普段通りの指さし確認と復唱を繰り返していく。

 迂遠かもしれない。

 だがしかし、急がば回れと言うのが正しい ―― 葛城ミサトもそれに同意していた。

 内心の焦燥は別にして。

 その気分を紛らわせる為に、隣に立つ赤木リツコに話しかける。

 

「シンジ君、良く乗ってくれたわね」

 

「そうね。彼、落ち着いているわ」

 

 感慨深く言う赤木リツコ。

 初めて見る事ばかりの筈なのに、全て、よか(構いません)! と言ってシンジは受け入れていたのだ。

 それが、他人の顔色を窺うなどの類でない事は彼女も理解していた。

 その直前の()()()()で、誰が何と言おうとも理屈が通らぬと思えば頑として受け入れない、そんな姿を見ていたのだから。

 胆力がある、そう評価していた。

 

「後はシンクロして、動かしてくれて、勝ってくれれば万々歳ね」

 

「気楽な上に欲深いわね」

 

「良いじゃない、人類には希望が必要よ?」

 

「そうね。なら、その時に備えて準備しておきなさいよ?」

 

「ナニを、よ」

 

()()

 

「う”………判ってるわよ」

 

 シンジがエヴァンゲリオン初号機に乗る対価として求めた事の片割れ、それが葛城ミサトによる謝罪であった。

 その事を理解はしている。

 拒否する気も無い。

 だが同時に、世界の危機であるのだから四の五の言わずに遣るべきだとも思っていた。

 要するに、頭を下げたくないと言う気分があったのだ。

 

 葛城ミサトの内心を、その付き合いの長さから容易に把握できた赤木リツコは、呆れたと嘆息する。

 それから、釘を刺す。

 

「シンジ君は鋭いわよ? 中途半端な謝罪だと逆効果になるわね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 深く深く深く、葛城ミサトはため息をつくのだった。

 

 

 

 責任者の無駄話は他所にして、NERV本部スタッフは誠心誠意、全力でエヴァンゲリオン初号機の発進準備を進めた。

 その最終段階、機体に挿入固定されたエントリープラグにL.C.Lが満たされ、そして始まるシンジとエヴァンゲリオン初号機の接続(コンタクト)

 

「第2次コンタクトに入ります………3、2、1、接続確認。A-10神経接続異常なし」

 

 伊吹マヤの宣言と共に始まった作業は、驚くほどにあっけなく成功する。

 

「L.C.L電荷率は正常」

 

「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクトすべて問題なし」

 

「双方向回線開きます。シンクロ率46.3%」

 

 エヴァンゲリオンを運用する上で重要なシンクロ率も、起動(ライン)を易々と越えており、理論上での安定的な運用が可能な数値となっていた。

 

『初号機、起動します(目覚めます)!』

 

 ケイジのライブ映像で、鬼か或いは武者の兜を思わせるエヴァンゲリオン初号機の頭部、その人の目にも似たメインカメラに灯が点ったのが判った。

 エヴァンゲリオン初号機が自律的に情報収集を開始した事を示す。

 第1発令所の何処其処から歓声が上がった。

 起動確率0.000000001%、O-9(オー・ナイン)システム等とも揶揄されていた問題児が起動したのだ。

 感動もひとしおと言うものである。

 

「ハーモニクス、確認!」

 

 だが、だからこそ赤木リツコは油断しない。

 起動の先、運用に重要となってくる機体(エヴァンゲリオン初号機)とシンジの接続状況(ハーモニクス)を確認させる。

 伊吹マヤは満面の笑みを浮かべて答えた。

 

「ハーモニクスすべて正常値、暴走ありません」

 

「行けるわよ、ミサト」

 

 自信を持って断言する赤木リツコ。

 その声に葛城ミサトは慌てて頷いた。

 愚にもつかぬ事を考えていたので、反応が少しだけ遅れた。

 それを誤魔化す様に、裂帛の気合を込めて発令する。

 

「発進準備始め!」

 

 その凛々しさに誰も気づかなかったが、葛城ミサトの脳内は、先のパイロットの思考形態に関する事で占められていた。

 シンジ君のアレ(方言)って日本語で良いんだ、と。

 人として図太いとも言えた。

 

 兎も角、エヴァンゲリオン初号機が格納庫から出撃位置への移動を開始する。

 機体固定のロックボルトを解除し、機体を固定する拘束装置を除去。

 そして安全装置を解除していく。

 全ての作業に人が加わり、安全に、素早く、確実に行っていく。

 巨大なエヴァンゲリオン初号機の周りで走り回る人々。

 システムによる確認も大事であるが、人間による目視確認も極めて重要であるからだ。

 全高40mを超える、スーパーロボット然としたエヴァンゲリオンだが、その運用は人の力があればこそであった。

 

「EVA初号機、射出位置へ。固定確認。進路クリアー。射出システムオールグリーン」

 

「発進準備完了」

 

 伊吹マヤの報告を受け、自身でも確認(ダブルチェック)した赤木リツコが技術局第1課(エヴァンゲリオン管理部門)としての責任を負った最終的な報告を行う。

 ある種、儀式めいた行為であるが、これこそが大規模かつ複雑な物事を進める上で重要なのだ。

 

「了解」

 

 葛城ミサトは目を瞑り、深呼吸を1つ。

 それで、これから始まる、人類の存亡が掛かった大戦の重圧を逃す。

 

「かまいませんね?」

 

 目力を込めて振り返り、NERV総司令官たる碇ゲンドウに最終確認を行う葛城ミサト。

 厳しい顔で口を挟む事無く、エヴァンゲリオン初号機の発進準備を見ていた碇ゲンドウは、その目力と同等以上の気迫ある表情で、一切の躊躇なく許可を出す。

 

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない。始めたまえ」

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 L.C.Lと言う液体に浸かると言う初めての体験に、興味深げにしているシンジ。

 実質、水の中ではあるのだが声を出す事も体を動かす事にも問題が無いと言う不思議技術の塊に、好奇心がかきたてられていたのだ。

 これより戦闘、戦うと言う事への恐怖は無い。

 否、無い訳では無い。

 だが、いやしくも(薩摩兵子)やる(ひっ飛ぶ)と決めたのだ。

 であれば突貫すれば良いと開き直っていたのだ。

 

泣こよかひっとべじゃ(進むべきは前だけだ)

 

 エントリープラグに浮かんだ操縦席(インテリア)、その操縦桿(グリップ)を握りしめる。

 刀も無ければ銃も無い。

 決戦兵器なんて御大層な名前に負ける、徒手空拳ではあったが、力はあると言う。

 ならば殴り倒そう。

 使い方の判らないナイフは使わない。

 なにがしの咄嗟の時に失敗する可能性が高いからだ。

 エヴァンゲリオンは考えれば動くと言う。

 であれば、喧嘩と一緒だとシンジは考えていた。

 違うのは命を奪うという事。

 そして、奪われる可能性があると言う事。

 

 だからシンジは笑う。

 口元を笑う形へと歪めるのだ。

 歯を食いしばって緊張していては余計な力が入ってしまう。

 笑って、笑いながら、全力を振るうのだ。

 

『シンジ君、準備は良い?』

 

 と、エントリープラグ内に通信ウィンドが開いた。

 相手は葛城ミサトだ。

 どういう原理か、シンジには理解出来ないが、通信画面が浮いている。

 しかも、アニメなどではお馴染みだが、現実には見た事のないTV電話の様に相手の顔が見える。

 素直に凄い技術だと思いながら、返事をする。

 

何時でんよかど(何時でも大丈夫です)

 

『緊張してない?』

 

なか(ありませんよ)

 

 平常心、その言葉通りの表情をしたシンジに、葛城ミサトは画面越しに頭を下げる。

 改めて見て思ったのだ。

 子どもだ。

 子どもなのだ。

 自分の命令で死地に放り込む相手は子どもなのだと言う事を。

 

『………乗ってくれてありがとう。心から感謝するわ』

 

よか(構わないですよ)自分できめたこいじゃ(自分で決めたんです)きにせんでくいやい(気にしないで下さい)

 

『それでも、よ』

 

 シンジは自分で決めたとは言う。

 だが乗れと頼み込んだのは自分だ、自分たち大人なのだ。

 その事を忘れられる程に葛城ミサトと言う女性は恥知らずでは無かった。

 深呼吸を1つ。

 そしてシンジに命令を出す。

 

『シンジ君、私の合図から10カウント(10秒後)、エバー初号機を射出します。覚悟は良いわね?』

 

よか(何時でもどうぞ)

 

『宜しい。ではエヴァンゲリオン初号機、発進はじめ!!』

 

 

 

 

 

 使徒迎撃を目的とした要塞都市として生み出された第3新東京市。

 莫大な予算と資材、そして科学技術の粋を集めて生み出された本来の役割を、今、十分に発揮していた。

 ビルに偽装した兵装システム。

 都市周辺に、丁寧に隠蔽された火点群。

 だが一番に重要なのは、箱根山観測所を中心に直径20㎞の円状に構築されている地上設置の情報収集システム群である。

 戦場の霧など許さぬとばかりに徹底して構築されたソレは、NERV本部第1発令所に鎮座する第七世代有機スーパーコンピュータMAGIによって管制管理されている。

 最大の戦力倍増要素と言えた。

 

 その情報を元に、第3新東京市近郊に展開していた国連統合軍(UN-JF)極東軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)は効果的に戦闘を行っていた。

 主力となるのは機械化された野砲部隊だ。

 MAGIによる演算支援とネットワーク下で運用されるが為、反撃を警戒しながら好き放題に展開/撤収し射撃を繰り返すのだ。

 その様は、行っている極東軍将兵ですら呆れ、そして恐れるレベルとなっていた。

 MAGIが派遣されてきた各部隊の砲が持つ情報を収集している為、展開場所から即座に、試射も無しに効力射が可能な諸元を送ってくるから出来る早業だった。

 山々を盾にして、目視出来ない場所から叩き込まれる155㎜砲弾群に、使徒は手を焼いていた。

 痛打を受ける訳では無い。

 だが、反撃が届かないのだ。

 ウロウロと周りを見て、砲弾の来る方向へと反撃とばかりに光線砲 ―― MAGIによれば荷電粒子砲と思われる大威力兵器を発砲する。

 だが山に阻まれて砲兵部隊には届かない。

 着弾点の地形が変わる勢いの大威力だが、幾つもの山と、その山々に作られた防護構造体(べトン・コンプレックス)が被害が出る事を許していなかった。

 

 そんな野砲部隊の目的は、無論、使徒撃滅では無い。

 可能であれば行いたいと思ってはいたが、155㎜砲弾では使徒に痛打を与える事が出来ない事も理解はしていた。

 故に砲撃は、かく乱と足止めが目的であった。

 撃ち込んでいる砲弾の約半分は、この使徒との戦いに備えて開発された各種の()()()であった。

 使徒がどの様な手段で周囲を把握しているのか判らぬ為に光学電波熱探知その他、様々な情報を遮断できそうなモノを詰め込んだモノであった。

 採算度外視どころでは無い高額弾を、砲兵部隊はバカスカと気持ちよく叩き込んでいた。

 そこに、府中作戦指揮所を介してNERV本部発令所から指示が来る。

 ネットワークによる通達も行われるが、昔ながらの通信 ―― 音声でも伝達が行われるのだ。

 

「NERVより通達! 作戦は現時刻を以て第2段階へと移行するとの事です」

 

 通信機にかじりついていた兵が声を上げた。

 その声に触発され、この場に居る将兵が感嘆の声を上げた。

 

「噂の秘密兵器(プリマドンナ)のお出ましか」

 

「N²弾にすらケロッと耐えた化け物だ、どんなモンかは知らんが大丈夫かね?」

 

「期待するしかあるまいよ」

 

 雑談めいた会話も起こる。

 だが、指揮官だけはそれに乗らない。

 冷静に仕事を命じる。

 

「宜しい。各隊へ砲撃中止、及び迎撃作戦フェーズ3への移行を伝達せよ!」

 

 慌てて止まっていた所から再動する将兵たち。

 尤も、その気持ちも分かる為、口やかましい所のある指揮官も何を言わない(叱責を口にしない)

 

「指揮所を動かしますか?」

 

 参謀の1人が確認する。

 だが指揮官はそれを、首をふって否定する。

 

「今はまだ良かろう。状況の展開速度が読めないからな」

 

 指揮所を動かしている途中で砲支援が要求されては困る。

 そう言う話であった。

 

「それに、動く事自体は簡単だからな。その時に行えば良かろう」

 

 余裕を持っていう指揮官。

 その態度もある意味で、当然であった。

 砲兵部隊の指揮所は、天幕などではなく、改造された指揮用装輪装甲車(WAPC)でもなく、専用の大型装輪指揮車であった。

 機動運用が前提の砲兵部隊、それ故の装備だ。

 弾片防護程度しか想定していない軽装甲のソレは、無骨な箱型をしたソレは窓の無いバスの様な車両であった。

 特別にそこまでしている理由は、展開速度の為であった。

 

「観測部隊から連絡! 秘密兵器視認!!」

 

 ネットワーク化された先の部隊が得た情報が、指揮所の壁に掛けられたディスプレイに表示される。

 望遠である為、小さく見える人型の決戦兵器エヴァンゲリオン。

 連携する相手として情報は渡されていたが、実際にその姿を見るのは初めてなのだ。

 指揮所の誰もが目を奪われた。

 

「NERVのお手並み、拝見だな」

 

 指揮官がひとりごちた。

 

 

 

 

 ガツンと来た衝撃に、シンジは自分の乗った機体が地表に出た事を知った。

 

「っ!」

 

 地下(ジオフロント)にあるNERV本部から地上までの行程は、リニアカタパルトによる射出的出撃と言う無茶苦茶な手段で行われており、その猛烈なG(重力加速度)は、さすがのシンジにも驚きを味わせていた。

 車などとはけた違いの、先ほどに乗ったヘリコプターとも違う、その衝撃は何とも凄いものであった。

 とは言え、ここは戦場。

 驚いてばかりは居られない。

 敵、使徒を睨む。

 彼我の距離、約1000m。

 距離があるようであるが、共に40m近い巨躯である為に指呼の距離と言えた。

 

 黒い、首の無い人型。

 そう評すべきデザインをした使徒は、エヴァンゲリオンの出撃に、動きを止めている。

 発砲すら止まっている。

 確認 ―― 此方を窺っているのだろう。

 

『いいわね、シンジ君?』

 

よか(何時でもどうぞ)!」

 

『最終安全装置、解除! エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』

 

 最後までエヴァンゲリオン初号機を固定していた拘束ユニットが解除される。

 自律して大地に立つエヴァンゲリオン初号機。

 

『シンジ君、今は歩くことだけ考えて!』

 

 赤木リツコの声。

 だがシンジは答えない。

 それどころではない。

 相手の、使徒の意識が此方に向いている事を感じるからだ。

 チリチリとした、針で刺される様な感触。

 殺意だ、殺意を感じるのだ。

 シンジは口元に深く笑みを刻む。

 敵。

 ならば行くのみ、そう腹を決める。

 

チェストじゃ(行く、行くぞ)

 

 滾るシンジの意志に呼応して奔り出すエヴァンゲリオン初号機。

 対応する様に使徒も動き出す。

 突進してくる。

 

『シンジ君、慌てないで!? 今は_ 』

 

『__ 』

 

『____ 』

 

 葛城ミサトや赤木リツコ、外野が何かを言っているが、意識から追い出す。

 不純物を抱えたままに戦える程、シンジは自分が出来ているとは思っていないからだ。

 意識を眼前の敵にのみ集約する。

 何も聞こえない世界。

 

「キィィィィィィィィィッ エィッ!!」

 

 猿叫。

 自然と喉から迸った叫びが、無音の世界でシンジ自身を鼓舞する。

 怖いと言う意識すら霧散する。

 

 踏み込み、殴る。

 当たらない。

 シンジは見た、拳の先に光るオレンジの壁を。

 岩にでもぶつかったかのように、勢いが止められたエヴァンゲリオン初号機。

 押し込もうとするシンジ。

 押し込めない。

 更に力を籠めようとした瞬間、突然に光の壁が消える。

 

「っ!?」

 

 バランスを崩したエヴァンゲリオン初号機。

 そこに、使徒の腕が襲ってくる。

 殴り掛かっていた右腕を、握りつぶさんばかりの力で摘ままれる。

 だが、シンジが対応しようとする前に、使徒は自らの右腕でエヴァンゲリオン初号機の頭部を掴んだ。

 掴んだままに持ち上げる。

 恐ろしいまでの力。

 シンジの眼前、エントリープラグの内壁一杯に、頭部を掴んだ使徒の腕が映っている。

 初めて味わう腕と頭の痛み。

 悲鳴を、歯を食いしばって耐えて、脱出を図る。

 が、それよりも先に使徒が攻撃を重ねて来る。

 光る(パイル)だ。

 3連撃。

 今までに味わった事の無い痛みにシンジの反応が低下した機を得て、一気に打ちぬかれた。

 吹き飛ぶエヴァンゲリオン初号機。

 

 

 

「シンジ君!」

 

 悲鳴の様にシンジの名前を呼ぶ葛城ミサト。

 だがそれが目立つことはない。

 第1発令所の誰もが声を上げて戦況画面を見ていたのだから。

 或いは呆然と見ていた。

 そうでないのは赤木リツコ、そして彼女の支配する技術局第一課、特にエヴァンゲリオンを担当するE計画担当班であった。

 出来る事があるのに、呆然としている暇はないのだ。

 

「EVAの自律防御システムは?」

 

「駄目です、作動しません」

 

 打てば響くとばかりに、赤木リツコに応える伊吹マヤ。

 ネットワークエラーの文字が、伊吹マヤの制御ディスプレイに表示されている。

 他のシンジのバイタル確認やエヴァンゲリオン初号機の状態表示も一部、おかしくなっている。

 機器故障、こんな時にと歯を噛みしめる赤木リツコ。

 どれ程に綿密に整備しても、機械的故障は発生する。

 起きて欲しくない、最悪の(タイミング)を狙ってくる。

 

「支援射撃はっ!?」

 

「無理です、初号機と使徒との距離が近すぎます!!」

 

「ミサイルは?」

 

「現在射耗分の再装填中、はやくても20分は必要との事です」

 

「ちっ、緊急回収は!?」

 

 緊急回収とは戦闘時を想定したエヴァンゲリオン回収手段であった。

 無人作業車両による牽引で大型エレベーターへとエヴァンゲリオンを移送し、回収しようと言うシステムだ。

 だが残念、今は出来ない。

 

「無理です、使徒の攻撃で回収車両庫が大破しています!」

 

 葛城ミサトの副官を務める日向マコト少尉が、確認して声を上げる。

 不運な事に、先の使徒の攻撃で吹き飛んでいたのだ。

 格納庫に用意された監視カメラも、情報が途絶している。

 

「くっ」

 

 歯を噛みしめる葛城ミサト。

 この手づまりの状況でどうするべきか。

 どうやって使徒を倒すか、そう考える葛城ミサトの表情は、いっそ般若の如き狂貌となっている。

 

 まだエヴァンゲリオンは残っている。

 エヴァンゲリオン零号機。

 とは言え戦闘用では無く、技術試験と実験用の機体だ。

 しかも、1月以上も前に事故を起こして凍結中だ。

 シンジを回収し、これを復帰させ迎撃する。

 それまでの時間を稼ぐ為、第3新東京市の地表を焼き払ってでも使徒を止める。

 腹をくくったミサトが意見具申をしようとした時、大地を揺るがす咆哮があがる。

 

-フォオォォォォォォォォォォォォオオオオオン!!-

 

「初号機です! 顎部ジョイント破損!!」

 

「まさか、暴走!?」

 

 第1発令所の主状況表示ディスプレイに大写しになるエヴァンゲリオン初号機。

 立ち上がり、天に向かって吠えている。

 一通り吠えると、使徒を睨みだす。

 睨みつけながら体をゆっくりと前かがみにする。

 走りだす。

 重心を落とした獣のような疾駆。

 使徒が光線砲で迎撃するが、その全てを掻い潜る。

 否、跳ねもする。

 低く狙われた一撃を、大地を蹴り、そしてビルを蹴って横っ飛びをする。

 そして前へ。

 まるで獣の様だ。

 赤木リツコの言った()()と言う言葉が実に似合う動きをしている。

 

 

「勝ったな」

 

「ああ」

 

 混乱のるつぼと化した第1発令所にあって、冷静さを残しているのは2人だけだった。

 NERV総司令官の碇ゲンドウ、そして副司令である冬月コウゾウだ。

 2人は太々しい表情でエヴァンゲリオン初号機を見守る。

 

「彼女の目覚め、か」

 

「ああ。全ての始まりだ」

 

 

 獣めいたエヴァンゲリオン初号機に、距離を取っての光線砲では埒が明かぬと思ってか、使徒が前に出てくる。

 両腕を突き出して前に出る。

 先ほどの様に掴んでの光槍(パイル)攻撃をしようというのか。

 

「リツコ状況はっ!?」

 

「今、機体とのリンクを回復させているから」

 

 正副の回線が共に途絶している為、緊急時用の短距離通信システムによる予備リンクを立ち上げさせる。

 第3新東京市の情報収集ネットワークに乗る形で繋がる為、非常時以外では出来るだけ使用しない様にとされている回線であった。

 

「急いで!」

 

 必死になる葛城ミサト。

 エヴァンゲリオン初号機は、伸びて来た腕を掴んで押し倒す。

 馬乗りになる。

 

-オォォォォォォォンッ-

 

 再度の咆哮。

 馬乗りに跨って(マウントを取ってから)は、手ひどい暴力が吹き荒れる。

 ただひたすらに、上から拳を叩き込むエヴァンゲリオン初号機。

 それは単純な暴力であり、凄惨さすら漂わせている。

 使徒が両手で抵抗しようとするが、それを折り、もぎ取り、投げ捨てる。

 光線砲を打てば、その発射口 ―― 仮面のような、顔のような場所を叩き割って止める。

 暴力。

 正に暴行と言うべき惨状だ。

 

「来ました! リンク回復、01(エヴァンゲリオン初号機)………あっ」

 

 絶句した伊吹マヤ。

 同じ画面をのぞき込んでいた赤木リツコも言葉を出せないでいる。

 どれ程にヤヴァイ状況なのかと葛城ミサトは冷や汗を感じざる。

 

「シンジ君は、機体は大丈夫なの!?」

 

 だが、返答は無常だった。

 無情でもある。

 

「あ、はい。あの、葛城中佐、()()()()です」

 

「ゑ?」

 

「正常なんですっ!」

 

 念を押すように報告する伊吹マヤ。

 と、日向マコトがエヴァンゲリオン初号機 ―― エントリープラグとの通信回復を報告してくる。

 

「リンク回復! モニターに表示します」

 

「シンジ君!!」

 

 伊吹マヤは、狂ったように暴れるエヴァンゲリオン初号機が正常であると言う。

 それを信じきれない葛城ミサトは、自分の目で見るのが一番であると信じ、表示されたエントリープラグを見た。

 

『キェッ! キェェッ!! キェッ!!!』

 

 シンジが居た。

 狂ったように高機動モードへ変更した操縦桿(グリップ)を振り回し、奇声を挙げている。

 狂相と言う言葉では生ぬるい程に狂気めいた顔であり、行動であった。

 

「えっと、正常?」

 

「はい。ハーモニクス、バイタル、全てが正常の範囲内です………すいません」

 

 何ともいたたまれないと言った風に肩を小さくして報告する伊吹マヤ。

 それまでの悲痛な雰囲気とは違う、微妙な雰囲気が第1発令所を支配した。

 葛城ミサトは、小さく言葉を漏らした。

 

「アッハイ」

 

 

 

 

 

 尚、この使徒は、このリンク回復から3分後に、エヴァンゲリオン初号機の暴力によって沈黙する(撃破される)事となる。

 

 

 

 

 

 




暴走だと思った?
残念!
只の暴力でした!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。