サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 国連人類補完委員会隷下の非公開特務機関NERV。

 その総司令官である碇ゲンドウは、NERVに対する絶対的な権限を持っている。

 機関発足当初は、世界中に設置されている各支部は設立国政府の影響を強く受けていたが、第3使徒の出現と撃破を機に碇ゲンドウが綱紀粛正(八つ当たり)を実施した結果、碇ゲンドウとNERV本部に対して至極従順となっていた。

 その状況を維持する為にも、碇ゲンドウは月に一度は各支部の巡察(ストレス発散活動)を行っていた。

 だが、そんな碇ゲンドウでも頭の上がらぬ相手は居る。

 SEELEである。

 碇ゲンドウは定期的に、SEELEの本部が置かれているドイツ某所を訪れていた。

 

 専用の飛行場から車でSEELE本部施設まで移動する。

 隙なくNERV高官用制服を着こんだ碇ゲンドウは広いリムジンの後部座席を独りで占拠している。

 付き人 ―― 秘書は、専用飛行場に来る事すらSEELEに認められていないのだ。

 秘密主義とも権威主義とも言えるだろう。

 案内人(ガイド)も付いては居るのだが、今は間仕切りされている運転席側、助手席に座っている。

 つかの間の孤独を楽しんでいる碇ゲンドウ。

 高位来訪者向けのリムジンは調度にせよ空調せよ完璧であり、乗る人間に不快感を与えないのだが、その視線の先 ―― 分厚い防弾ガラスの窓から覗く景色は沈鬱であった。

 雪は見えないものの、空は鈍色の厚い雲に覆われ、木々は青葉を忘れた姿をさらしている。

 常冬の国。

 それが今のドイツであり、欧州亜大陸の姿であるのだから。

 セカンドインパクトによる地軸の移動(ポールシフト)が生み出した情景であった。

 

「………」

 

 或いは終焉と言う題名が似つかわしいと思える外の景色を黙って眺めている碇ゲンドウ。

 SEELEの人間が常々口にする()()()()()()()()という言葉も、ここに端を発するのだろうとも思っていた。

 大上段な言葉が示す人類とは即ち、欧州亜大陸人(ヨーロッパ系コーカソイド)を示し、危機的状況とは世界に於ける落魄を意味しているのだと。

 セカンドインパクトという人類史上最大にして最悪の厄災と、その後の戦乱は、地球の何処を問わず手酷い被害を与えた。

 常冬に沈んだ欧州は経済的活性を失った。

 覇権国家アメリカは、経済的植民地群の混乱の余波と気候変動によって混乱の坩堝と化し続けている。

 東京都の機能喪失と海面上昇による手酷い被害を受けた日本は、国土の再開発に追われている。

 気候の温暖化と言う利益を得たロシアであったが、西側経済の混乱の余波によって国土が寸断され事実上の分裂状態に陥っている。

 次世代の経済強国と目されていた中国に至っては、その経済力の根幹となっていた沿岸地域が完全に失われた結果、五胡十六国時代か清朝末期もかくやという軍閥割拠の時代に突入していた。

 依るべき先進国と呼ばれた国々を失ったアジアアフリカ諸国の惨状など、言うに及ばないだろう。

 世界人口の半数以上が冥府の門をくぐったというのは伊達ではない惨状だ。

 世界の終わりという言葉を、有識者の誰もが浮かべる様な地獄であった。

 だが、人類は存外に不屈(タフ)であった。

 災害慣れしていた日本や、国土の広さを逆手にとって移住して新しい経済活動を始めたアメリカなど、2010年代に入ればGDPは前年比を上回る事が常態化しつつあった。

 1990年代(ビフォー・セカンドインパクト)にまで戻る事は簡単ではないだろうが、夢見る事は出来る様になりつつあった。

 だが、そこに欧州は含まれていない。

 常冬化によって都市インフラが機能不全を起こし市民生活と経済活動を混乱させ、そこに治安悪化が引き起こした戦乱が及んだのだ。

 結果、多くの人々が欧州亜大陸を離れた。

 特に知識層、及び知的労働階級の離脱は、低迷していた欧州経済にとって致命打となる。

 欧州の終焉(エウロペア・アフターデイズ)とすら呼ばれた欧州の状況は、そこに根を張っていたSEELEに痛打を与える事となる。

 今はまだ良い。

 1999年(セカンドインパクト)までの経済的政治的遺産のお陰で大きな顔をしていられる。

 だが、その遺産は年々目減りしていく。

 そもそも、再生産も拡大も出来ないのが遺産であり、対して世界は復興と言う拡大再生産の途にあるのだ。

 早晩に置いて行かれるのも明白であった。

 否、既にその兆候は出ている。

 先の、第8使徒との闘いに際して発生した出来事 ―― 日本政府が国連特務機関たるNERVの行動に激怒し、それを慮ってSEELEが動かざる得なかった事など、世界と欧州(SEELE)の力関係が変わりつつある証拠に他ならなかった。

 だからこその、()()()()()()となる。

 行き詰まりを解消し、人類を新しい段階(ステージ)へと昇らせ、そして再び欧州(コーカソイド系ヨーロッパ)が人類史の中央に返り咲こうと言うのだ。

 

 誠に以って滑稽な話だと言うのが碇ゲンドウの正直な感想であった。

 何故なら、欧州の復権を狙う人類補完計画、その発案者と根幹をなしているのが碇ゲンドウなのだ。

 対使徒迎撃は仕方がない。

 使徒が狙う第1使徒(祖たる使徒)Adam、その残骸を封印する事が可能な遺構(セントラルドグマ)が日本にあるのだ。

 治安や工業力などの面から第2次E計画(エヴァンゲリオンの研究開発)の中心地が日本であった事も含めて残念ながらも当然という話であった。

 だが、人類補完計画は違う。

 使徒とAdamとを研究分析し、人が人の儘に高位存在(ハイステージ)へと昇ろうという計画なのだ。

 Adamとエヴァンゲリオンは兎も角、使徒の研究と言う意味であればNERV本部(第3新東京市)が最先端に位置するとは言え、自らの復権すらも他人(他民族)任せとは何とも惨めな話だろうか、と。

 

 そして同時に、そこに寄生し、欲深き願望を果たさんとする自分も又、哀れな存在であると碇ゲンドウは認識していた。

 妻、碇ユイはE計画をもって人類を前に進める事を考えていた。

 使徒と戦い、生き残る事を。

 だが己たる碇ゲンドウは、E計画を歪め、人類補完計画を乗っ取り、全てを合一にして邂逅する事だけを願っている。

 実に後ろ向きで惨めな、妻に置いて行かれた夫である、と。

 碇ゲンドウは誰よりも自分自身を嫌っていた。

 だからこそ、自分を人間()とした碇ユイに再会したかったのだ。

 例えそれが永遠の一瞬であったとしても。

 

 陰鬱な空の影響か、物思いに耽っていた碇ゲンドウ。

 と、肘置きに内蔵されている通話機が鳴った。

 

「どうした?」

 

『NERV本部、冬月副司令かラの通信が入ったトの事でス。お繋ぎしますカ?』

 

 母国語としないが故の歪んだイントネーションが、確認をしてくる。

 繋ぐのであれば会話内容は全てSEELEが確認(盗聴)しますよとの事だ。

 隠す事はない(SEELEへの忠誠に曇りはない)とばかりに頷く碇ゲンドウ。

 

「構わん。繋いでくれ」

 

『判りまスた』

 

 碇ゲンドウ不在時に全権を預けられているのが冬月コウゾウであり、かの人物以外は誰も、このSEELE本部との通信回線を用いる事は出来ない。

 SEELEの存在は、NERVに対しても厳重に秘匿されているのだから。

 だが、だからこそ碇ゲンドウは通信が繋がる前に直感めいたモノを感じた。

 秘匿された回線で行わねばならない事。

 1つしかない。

 

「冬月、来たか」

 

『ああ。使徒だ。恐らくはな』

 

 

 

 

 

 それが出現した場所は衛星軌道上であった。

 否、衛星軌道上で発見したと言うのが正しいだろう。

 インドのアマチュア天文家が衛星軌道上に存在する謎の物体を発見したのだ。

 そこからNERVまで報告が上がるまで2時間を要しているが、そこは仕方のない事だろう。

 2時間で謎の宇宙物体はヒマラヤ山脈上空を越えて、おおよそと言う意味で南京上空に到達している。

 その軌道の直線上には第3新東京市があり、到達まで3時間も無いだろう。

 

 軌道コースが表示されている第1発令所正面モニター。

 概算で得られた情報が表示されている。

 ソレを睨みながら葛城ミサトは、分析も終わっていないソレを断じた。

 

「使徒でしょ」

 

 反論する者はいない。

 今現在の人類には、衛星軌道上に4桁tにも達しそうな質量を打ち上げる手段は無いのだ。

 その正体に関して迷う必要など無かった。

 

「光学2号衛星からの情報、入ります」

 

 国連軍連絡官である日永ナガミが声を上げた。

 第1発令所の耳目が集まる。

 貴重な情報 ―― 国連軍の管理下にある日本製地上監視用衛星を、寿命を縮める様な運用を敢行(ハイパーゴリック推進剤を大量に消費)してまで投入して得たモノであった。

 

「MAGIへのデータ転送、確認しました。デジタル補正実施、正面モニターに投影します!」

 

 MAGIオペレーターである鳥海アツシ技術少尉が声を上げた。

 若いと言うよりもあどけないという雰囲気を持った男性であるが、MAGIの運用と整備を担当する施設維持局第1課で課長代理まで昇進している若手のホープであった。

 MAGIの制御という意味では、NERV随一の才能を持っている。

 

「おぉぉっ!?」

 

 どよめきが第1発令所に上がった。

 第10使徒と仮定される、衛星軌道上の目標は、それまで見て来た使徒とは全く異なった存在であった。

 巨大な、目玉模様のカラフルなお化け。

 そうとしか表現できない存在だった。

 第5使徒を除けば、何となく生物的なイメージも持っていた使徒だが、此方も大きく逸脱した存在であった。

 間違っても生物ではあり得ないし、人類の生み出した存在には見えない。

 

「こりゃすごい」

 

 もはや言葉に出来ぬとばかりに漏らす日向マコト。

 葛城ミサトも深く頷いた。

 

「常識を疑うわね」

 

「正に常識外、使徒ね」

 

 もう何でもアリと題名(ラベリング)された心の棚に、科学の徒としての彼是を放り込んだ赤木リツコが冷静に呟いた。

 親友(マブ)が、判らないモノが来たら取り敢えず使徒って決めつけているのではないかと深刻な疑念を抱きつつ、葛城ミサトは指示を出す。

 

「作戦局スタッフは、外見から想()可能な攻撃手段をリストアップ! 技術局は、何でもいいわ、その能力を可能な限り探って。それから、一応、パターン解析を急いで」

 

「とは言え、この距離ですから」

 

 反論と言うか、苦笑したのは青葉シゲルだ。

 物怖じしない何でも屋が、分析部隊の声を代表していた。

 衛星軌道上、正確には静止軌道(高度約36,000㎞)に目標は居るのだ。

 如何な最新鋭のパターン収集システムであっても、その範疇外と言うものであった。

 そのツッコミに、苦笑して同意する葛城ミサト。

 

「そうね。後、どれくらいで可能になりそう?」

 

「目標の軌道、恐ろしい速度で降下しつつある所から見て、1時間後には出ると思います」

 

 物理学その他、特に宇宙開発関係者が見ればフザケるなと絶叫したくなる速度を叩き出しているのだ。

 1時間後には高度を低軌道(高度約200㎞)にまで合わせて来る勢いであった。

 

「A-17はそれまで待ちって事ね。とは言え準備は進めるわよ! 子ども達は?」

 

「既にゲートは抜けているわ。本部地下施設までは後、30分程ね」

 

 葛城ミサトの問いかけには、天木ミツキが声を上げた。

 支援第1課の業務には子ども(適格者)たちの行動把握も含まれているのだ。

 護衛部隊を管理する保衛部とも綿密な連携を行っている。

 少しだけ、その端正で温和さを漂わせた顔が歪んでいるのは、そこに子ども達の私的な非干渉権(プライバシー)など皆無な現実があるからだった。

 その本質は、NERVの人間にあって極めて善良だからと言えた。

 

 とは言え子どもの側はそこまで考えてはいなかったが。

 第1の適格者(ファースト・チルドレン)たる綾波レイは超然として一切気にしていなかった。

 第2の適格者(セカンド・チルドレン)たる惣流アスカ・ラングレーは誇りと共に受けいれていた。

 第3の適格者(サード・チルドレン)たる碇シンジは先任の2人を見て、そう言うモノかと納得していた。

 大人が慮る子どもと言う奴は、あけすけに言えば、大人が思うよりも合理的(ドライ)であるのだった。

 

「結構。では各員はそのまま準備を進めて。子ども達には、悪いけど第二種戦闘配置で待機させておいて」

 

「了解!」

 

 第1発令所の総員が声を揃えた。

 一糸乱れぬようなその姿は、戦意の高さと練度とを示すものであった。

 そこに葛城ミサトは指揮官として深い満足を覚えながら頷くと、今現在のNERV本部最高責任者である冬月コウゾウの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 


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