サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 暗闇に閉ざされた空間。

 角のある鬼めいたエヴァンゲリオン初号機の双の瞳に光が灯る。

 起動したのだ。

 だが鋼の巨躯は動く事無く、機体各部に設置されている各種センサーだけが情報を集める。

 何もない(ネガティブ)

 

喰われっせいに(喰われた途端に)スパッーけしんかちおもえば(直ぐに死ぬかと思ってたら)じゃいなかち(そういう訳じゃない)使徒もないをしとっとかねぇ(使徒は何がしたいんだろうか)

 

 嘆息する碇シンジ。

 流れるような仕草で機体を生命維持モード(アクティブからスリープ)へと切り替える。

 エントリープラグの内壁が素材色の灰色に戻り、室内灯がオレンジの非常灯に切り替わる。

 何もする事が出来ない。

 死ぬか、救助か、どちらにせよ待つだけの身だ。

 幸いにして、エヴァンゲリオン初号機より先に喰われていたエヴァンゲリオン3号機装備の配置盾を回収できており、その電源ユニット(バッテリー)を接続できたお陰で電力的に数日は問題は無い。

 体感温度を下げるようにすれば更に持つ。

 酸素の供給だけであれば、1週間は持つだろう。

 排泄も、常には使わない機能であるプラグスーツの非常用弁にインテリア(パイロット・シート)にある排泄用ホースを繋いで対応できている。

 不快感は仕方がないが、排泄物が口に入る様な恐ろしい事は当分は想定しなくて良い。

 問題は空腹だ。

 こればかりは耐えるほかない。

 最低限度の栄養は、L.C.Lに浸かったままでも使用可能な無針注射器(ジェット・インジェクター)で補えるが、脳みそが栄養失調にならない最低限度の補給しか出来ない為、お世話になっても、と言うのが正直な感想であった。

 嘆息する。

 

面倒臭かもんじゃっが(面倒くさいし、暇だ)

 

 シンジ。

 割と呑気であった。

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン初号機、使徒に捕獲される。

 その一報に接した碇ゲンドウの内心は、嵐であった。

 鉄風雷火の限りを尽くす様な地獄の様な大嵐であった。

 NERVドイツ支部の監査(第2回ドイツ仕置き)を、ドイツ支部所長の首1つで治めてドイツ支部序列2位(ナンバー2)には、次は無いとドイツ支部の解体すら仄めかして(反逆に対する巨大な釘を刺し)、急いで単段式宇宙輸送機(SSTO)に飛び乗ってNERV本部に戻った。

 その慌てて帰還する姿を見た多くのNERVスタッフが、様々なうわさをした。

 情の面から見た人々は、あの碇ゲンドウも人の親であり、前線に立つ息子を心配していたとか、とも。

 理屈の面から見た人々は、NERV最大戦力であるエヴァンゲリオン初号機とシンジの喪失を恐れた、とも。

 様々なうわさをした。

 だが、現実の碇ゲンドウの内心にあったのはエヴァンゲリオン初号機だけであった。

 エヴァンゲリオン初号機は人類補完計画の鍵となる存在であり、その中には碇ゲンドウにとっての唯一と言って良い妻たる碇ユイが眠っているのだからだ。

 

 

 

「厄介な事になったな」

 

 NERV本部総司令官執務室で碇ゲンドウを出迎えた冬月コウゾウも、常日頃に漂わせている余裕ある雰囲気を作りえず、誰でも判る様な焦りを表情に浮かべていた。

 だからこそ、この総司令官執務室に居たとも言えた。

 この様な表情をしていては下の人間が動揺してしまうからである。

 

「ああ。だが好機でもある。初号機が危機的状況に陥れば、或いは__ 」

 

「……そうか! 彼女が目覚める可能性がある訳か」

 

「ああ。如何にシンジとは言え電力を失った初号機で出来る事などあるまい。その状況下で適切な負荷を与えればユイが目覚めるだろう」

 

 エヴァンゲリオン初号機のコアで眠っている碇ユイ。

 その眠りは果てしなく深い。

 人と言う枷を無くし、有限にして無限のエヴァンゲリオンのコアに宿っているのだ。

 それを目覚めさせるというのは簡単な事では無かった。

 当初は、エヴァンゲリオン初号機が危機に陥れば簡単に覚醒すると思っていた。

 特に、シンジが専任搭乗員となったならば、息子の危機には目覚めてくれると思っていた。

 だがその期待を嘲笑う様に、シンジの駆るエヴァンゲリオン初号機は危機に陥る事が今までなかったのだ。

 危機的な状況は幾多もあった。

 だが、その全てをシンジは実力で乗り切ってきたのだ。

 想定外も良い所であった。

 だが今回は使徒に取り込まれたのだ。

 シンジの(物理系)では対処不能な筈なのだった。

 

「これで漸く、お前の人類補完計画も階段を1つ登れるな」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 我欲に目を曇らせているお歴々(NERVの頂点)はさておき、現場の人間は本気で第12使徒の撃滅とエヴァンゲリオン初号機の回収、そして何よりシンジを生還させる事を願っていた。

 その為に努力していた。

 

「使徒の正体が判ったの?」

 

「ええ。第12使徒が何らかの理由で行動を停止してくれたお陰で十分な観測が出来た、そういう事よ」

 

()()()()()()()

 

 恐らくは取り込んだエヴァンゲリオン初号機に何らかの干渉をしているのだろう。

 そう言う推測であった。

 そして、そうであるが故にか細い希望が残るのだ。

 動けないのは干渉が終わらぬから。

 であればこそ、エヴァンゲリオン初号機とシンジは第12使徒の中にあって健在である、との希望となるのだ。

 

「後でアスカ達にも教えてあげなさい」

 

「…そうね、そうよ。シンジ君が戦っているなら、私たち大人も最後まで諦めては駄目ね」

 

 疲労が色濃く出ていた葛城ミサトの目に輝きが戻る。

 否、葛城ミサトだけではない。

 絶対の柱(エースオブエース)を失い、戦意の折れかかっていたNERV本部の人間の戦意を維持する効果があった。

 

 

 

「アスカ! シンジ君を助けるわよ!!」

 

 それまで操縦者待機室の片隅で悄然とした表情で床に座り込み、壁を睨んでいた惣流アスカ・ラングレーが、葛城ミサトの言葉に漸く振り向いた。

 操縦者待機室には他に誰も居ない。

 綾波レイも鈴原トウジも、葛城ミサトの指示に従い、それぞれに宛がわれた仮眠室で眠っていた。

 横になっていた。

 眠れる訳では無いのだが、処方された睡眠薬を飲んで眠っていた。

 鈴原トウジは、自責から休む事に抵抗を感じてはいたのだが、休む事も仕事の内だと諭されて、従っていた。

 アスカは、緊急対応で誰かが起きている(即応できる)必要があると強弁し、起きているのだった。

 とは言え、その理由など問うまでもないだろう。

 その姿を見れば、その顔を見れば一目瞭然であった。

 

「………シンジが…シンジがまだ生きて……生きて…るの?」

 

 日頃の活気が悉く消え去ったか細い声。

 その声色には信じたいと言う気持ちと、信じられないと言う気持ちの両方の色が混然一体となっていた。

 輝いていた瞳は曇り、目元にはクマが出来ていた。

 既に、第12使徒との1回目の交戦から10時間以上が経過していたが、アスカは休憩どころかまだプラグスーツすら脱いでいなかった。

 常在戦場(臨戦態勢)と言う訳では無い。

 その魂の抜け落ちた様な表情から判る様に、気力が根こそぎに奪われていたのだ。

 エヴァンゲリオン弐号機の機付き長であるヨハンナ・シュトライト大尉(大尉待遇准尉)が、太目なドイツ淑女(肝っ玉お母さん)と言った風の見た目通りの力を発揮して無理矢理にでも連れて来なければ、エントリープラグから出た所で動けなかったかもしれない。

 それ程の()()であった。

 綾波レイが気づかわし気にタオルを頭から掛け、顔を拭い髪を乾かし、傍に寄り添っていたが、一顧だにする気配は無かった。

 

 そんなアスカの、呆けた目を見た葛城ミサトは、内側に湧き上がる憐憫の情を押しつぶす。

 自分はそんな女じゃない、と。

 子どもを戦地に送らねばならぬ指揮官(外道)なのだ。

 恨まれ、憎まれ、最後には石を投げられるべき非道の徒(使徒ブッコロスウーマン)なのだ。

 だからこそ、傷ついたアスカに寄り添うのではなく、炊き付ける事を選ぶ。

 石をもって糾弾される未来には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 誰一人として欠けない、子ども達(チルドレン)が必要なのだから。

 

 だから笑う。

 笑って見せるのだった。

 そう、獣の様に。

 

「ええ。きっと、シンジ君は使徒の内側で抵抗しているのよ」

 

 そう言って葛城ミサトが重ねた言葉、説明。

 聡明なアスカは、それらの状況証拠からの推測が願望めいた類の言葉である事が簡単に理解出来た。

 信じられない。

 信じられるモノじゃない。

 そう断言する声が聞こえた気がした。

 自分の声で、感情的(ヒステリック)に叫ぶ声が聞こえた気がした。

 それに心から同意するアスカ。

 だが同時に、それでも、それでも信じたいと言う思いが湧き上がるのだった。

 或いは、希望にすがりつきたいとの、願いであった。

 

「助け……れるの?」

 

「助けるのよ、アスカ」

 

 力のこもった目でアスカを射抜きながら断言する葛城ミサト。

 その力はある種の狂気めいていた。

 NERV実戦部隊の頂点にいるが故の職責。

 使徒に親を殺された子どもとしての復讐心。

 戦地に追いやる子どもに対する自責。

 それらが綯交ぜになって、葛城ミサトと言う女の(溶鉱炉)でグツグツと煮え滾っているのだ。

 どれか1つが葛城ミサトではない。

 全てが1つとなって葛城ミサトなのだ。

 

「でもどうやって……」

 

「そんなモン、今から考える! リツコに考えて貰う!!」

 

 堂々と、ある種の情けない事を言う。

 それが情けないと感じさせないのは1つの才能と言えた。

 戦場で人を奔らせる為の才能。

 そういう教育も受けて来たアスカは、そうである事を理解しつつ、だが己の気分が乗って行くのが感じられた。

 そうだ。

 その通りなのだ。

 ウジウジと悲嘆にくれるよりも、1%でも救える確率があるなら、取り戻せる可能性があるならば、ソレに全力で当たるべきなのだから。

 

「ハッ……ハハ、ミサトらしいわね」

 

「だって私が葛城ミサトよ? 私よりも葛城ミサトらしい奴が居てたまるものですか」

 

 胸を張る葛城ミサト。

 そして、だからと続ける。

 

「アスカ、シャワーを浴びてスッキリしたら仮眠を取りなさい。これは命令じゃないわ。でも、そんな顔でシンジ君にあったら、あの子、卒倒しちゃうかもよ」

 

「そんなに酷い顔になってる?」

 

「何時もの魅力が15割減ね」

 

「割って確か10%に換算よね? 150%も減ったってミサト、アンタねぇ」

 

 アスカの声に張りが戻った。

 力強さも戻った。

 バカな会話こそ心の栄養剤であった。

 

「何時もの元気が消えて100%減少に、目の下のクマとかぼさぼさの髪とかで更に-50%の魅力マイナスって事ね」

 

 泣いて充血していた目に関しては言わない。

 それを指摘しないだけのデリカシーは葛城ミサトにも備わっていた。

 

「さ、だからリフレッシュに行ってらっしゃい」

 

 

 心なしか、背筋も伸びてシャワーを浴びる為に歩き出したアスカ。

 その背を見送った葛城ミサトは、後は救う作戦を立てるのが大人の仕事だと気合を入れなおすのだった。

 

 

 

 

 

 対使徒戦闘中と言う事で、第1発令所第1指揮区画にて行われる作戦会議(ブリーフィング)

 第2指揮区画から国連軍第3特命任務部隊(FEA.TF-03)の連絡員と幕僚(参謀)も参加していた。

 そこで得られた情報を基に、対策を組み上げていく。

 

「コレが、現時点で判明している使徒の情報よ」

 

 赤木リツコが画面に表示した情報を基に説明する。

 どよめきが広がった。

 だが、否定する声は上がらない。

 突飛極まりない情報ではあったが、それを否定できないのが、それが使徒なのだと、この第12使徒で改めて認識させられたからである。

 

「アノ影の部分が使徒の本体なわけ?」

 

 葛城ミサトが、()()()()()と言わんばかりの表情で確認の声を上げた。

 対する赤木リツコは、人を食い殺しそうな眼付きでディスプレイを見ながら説明する。

 否、殺されたのだろう。

 常識とか、そう言うモノを。

 怨嗟の目であった(科学は死んだ! この人でなし)

 都合10回目(10回目の使徒襲来)ではあるが、慣れるものでは無いと言う事だろう。

 

「そう考えているわ。直径680m、厚さ約3nmのね。その極薄の空間を、内向きA.T.フィールドで支え、内部はディラックの海と呼ばれる虚数空間にしているのよ」

 

 だからこそ、エヴァンゲリオン初号機やビルその他が、地下では無い場所に送られているのだと言う。

 昔で言う所の亜空間と言った所だと断言する赤木リツコ。

 別の宇宙に繋がっている可能性すらあるとまで言う。

 

「荷物の収納には便利そうね」

 

「ミサトの部屋の荷物も全部入るわよ」

 

「そりゃ有難い! で、ならあの球体は? あそこにコアがあるというの?」

 

「影、と言うのが結論ね」

 

「影?」

 

「そう。エヴァンゲリオン4号機の攻撃が無効化された理由もそう。本体の在る虚数空間との回路が閉じれば消えてしまう筈よ」

 

 理論に想定と想像を重ね挙げた技術局の結論ではあったが、否定するべき部分は無かった。

 エヴァンゲリオン初号機を捕らえた際にも、上空の球体は何の動きも見せなかったのだ。

 攻撃も、そして避難の邪魔も。

 只ひたすらに、そこに在るだけであったのだから。

 

 葛城ミサトは傍に居る日向マコトとパウル・フォン・ギースラーを見る。

 自分に似てだが少し違う日向マコトも、ドイツで将校教育を受け実戦を経験しているパウル・フォン・ギースラーも、両名は共に同意する様に頷いていた。

 頷き返す葛城ミサト。

 それだけで作戦局の意思統一は出来た。

 次に国連軍からの連絡将校である日永ナガミと第3特命任務部隊(FEA.TF-03)幕僚(参謀)を見るが、2人とも頷いていた。

 NERVと国連軍とも意思統一に乱れはない。

 そういう事であった。

 

「なら狙うべきは影」

 

「ええ。第12使徒は内側へのA.Tフィールドに因って存在しているわ。逆に言えばA.Tフィールドを無効化さえしてしまえば__ 」

 

「俎板の鯉、といった所ね」

 

「そうね」

 

 断じる葛城ミサトと同意する赤木リツコ。

 為すべき事は定まった。

 その手段は未だ確たるモノとはなって居ないが、希望があると言う事は人に活力を与える。

 

「オッケー 流石はリツコと技術局。時間内に解決方法を有難う。後は潰し方を考えるわよ!」

 

 号令に従い、NERV戦闘団の頭脳たちが動き出す。

 その様を満足げに見ながら、葛城ミサトは呟いた。

 

「しかし、A.Tフィールドを中和したら案外、シンジ君が飛び出して来るかもね」

 

 小さな声。

 拾ったのは隣の赤木リツコだけであった。

 そっと混ぜっ返す。

 

「無い、と言えないのがあの子の怖い所よね」

 

「モチっとばかしアスカが尻に敷いてくれれば助かるんだけどね」

 

「アラ、日常だと完全に尻に敷かれてる感じだと思ったわ?」

 

「うん、マァ、噂に聞くサツマ式処世術(一番重要な事以外は相方に全委任)よね、アレって」

 

「………要するには()()()()()訳ね」

 

「シンジ君、ソッチ方面は本当に鈍いから」

 

「とは言え、下手な事をするとアスカに睨まれるわよ、きっと」

 

「なのよね」

 

 気楽な会話。

 息抜きだ。

 希望的未来予想(楽観的な願望)であろうとも、未来への展望が見えたのだ。

 その事が2人の口を少しだけ饒舌にさせていた。

 

 

 

 

 

 第12使徒のA.Tフィールドを中和する手段として考案されたのは、エヴァンゲリオン2機による対A.Tフィールド中和攻撃に合わせたEW-25(ポジトロンキャノン)による射撃であった。

 中和で弱体化させた所に、大威力兵器を撃ち込み、飽和させると言う単純極まりない作戦(シンプルイズベスト)であった。

 EW-25(ポジトロンキャノン)は、成功率を上げる為に本作戦時に関東圏向けの発電量を全て流用させると言う無茶が予定されていた。

 最大で1時間、全ての電力を第3新東京市に回そうと言うのだ。

 日本政府は極めて渋い顔をしつつも、それを受け入れていた。

 このお陰でEW-25(ポジトロンキャノン)は、第3新東京市向けの全電力と支援機(ジェットアーロン)だけの時よりも高威力攻撃が可能になるのだ。

 具体的には最大出力の30.8%。

 照射時間は1度に5秒、そう見られていた。

 攻防一帯の要塞使徒であった第5使徒ですら、A.Tフィールドを無力化(飽和)させて一撃で沈められるだろうと言う大威力と言うのが技術局の計算であった。

 

 だが、それを止める人間が出た。

 NERV総司令官たる碇ゲンドウであった。

 

 

 

「ハァ、どういう事よっ!?」

 

 激昂したアスカは獣めいた目つきで葛城ミサトを睨む。

 睨まれた葛城ミサトも、厳しい表情で淡々と言葉を紡ぐ。

 

「繰り返すわ。エバー3機によるA.Tフィールドによる中和を実施、タイミングを合わせて戦術級のN²弾頭ミサイル108発を第12使徒に同時着弾を図り、これを撃滅せよ、と」

 

 3人の適格者(チルドレン)責任者2人(葛城ミサトと赤木リツコ)しか居ない静かな搭乗員待機室で、葛城ミサトの言葉は吐き捨てる様に響いていた。

 赤木リツコも沈痛な表情で俯いている。

 唖然としているのは鈴原トウジだ。

 唯一、顔色を変えていないのは綾波レイだ。

 否、よく見ればただでさえ白い顔色が更に血の気を無くしていた。

 

「それで、シンジが助けられるの?」

 

「初号機の回収は可能になるわ。最優先事項は機体の回収、例え大破状態に陥っても問題は無い。そう言う命令よ」

 

 他人事の様に淡々と言う赤木リツコ。

 只、その感情は冷静とは遠い所にあると、手に持った第12使徒攻略作戦要綱のファイルが握りしめられてクシャクシャになっている事が示していた。

 

「命令、ね」

 

「ねぇ、どうして原案では駄目だったの?」

 

EW-25(ポジトロンキャノン)大火力(最大出力の30.8%)を地表に向けて発射すると言うのが問題視された、と言っていたわ」

 

「誰が?」

 

 淡々と言葉を連ねていくアスカ。

 だがその様は詰問するかの如きであった。

 葛城ミサトの言葉で火が点いていたアスカの感情は、シンジを見殺しにせよと言わんばかりの命令を受けて燃え盛っていた。

 轟炎ではない。

 白い、全てを焼き尽くさんばかりのプラズマめいた焔だ。

 

「日本政府、では無いわね」

 

「そもそも、関東圏の電力網の徴発には同意が為されているもの。今更に反対する理由は無い筈よ」

 

 葛城ミサトにせよ赤木リツコにせよ、碇ゲンドウの命令を唯々諾々と受け入れた訳では無かった。

 抗弁し、現在の第12使徒攻略作戦の安全性を強く訴えもしたのだ。

 そもそも戦術級N²弾頭ミサイルが第12使徒に直撃する前に炸裂した場合、直近に配置された3機のエヴァンゲリオンも危機に晒す事になるのだ。

 起爆装置がタイマー制御で行われる以上、無くならないリスクであった。

 又、第12使徒を撃滅した際に、N²弾頭がさく裂していたエネルギーの残滓がエヴァンゲリオン初号機と共に地表に出現した場合のリスクも訴えた。

 108発の、戦術級とは言えN²弾頭弾だ。

 例え、そのエネルギー総量の1%だけが戻ってきたとしても、第3新東京市の地表は全て粉砕される事が予想される。

 咄嗟に計算した赤木リツコの計算、だが却下されてしまったのだ。

 推測にしか過ぎない、と。

 碇ゲンドウは揺るぐ事無く冷徹に断言したのだ。

 

 碇ゲンドウは、この108発のN²弾頭弾によってシンジが死ぬ可能性は見ていない。

 エヴァンゲリオン初号機の秘められた能力を知るが故の事であった。

 そして同時に不仲であるとは言え、シンジの胆力に関しても評価はしていた。

 土壇場まで戦う(抵抗する)人間である、と。

 第12使徒にエヴァンゲリオン初号機が取り込まれて10時間以上が経過している今、第12使徒に異常が見られない。

 それが、エヴァンゲリオン初号機の主導権を碇ユイでは無くシンジが握っている証拠である。

 そう碇ゲンドウは判断していた。

 だからこそ、なのだ。

 EW-25(ポジトロンキャノン)ではなく、108発のN²弾頭弾を撃ち込むのは。

 そう、シンジを追い詰めてエヴァンゲリオン初号機(碇ユイ)の覚醒を促す積りであった。

 

 最終的に、NERV総司令権限による()()と言う形で指示されたのだった。

 である以上は抵抗できる筈も無かった。

 そして正規の軍人として中尉の階級章を帯びているアスカも、そこまで言われてしまえばと言う部分があった。

 アスカの冷静な部分はそう受け止めていた。

 だが感情は別であった。

 全てを焼き斬るプラズマトーチめいた輝きを瞳に載せて、聞く。

 

「その場合、シンジはどうなるの?」

 

「判らないわ。パイロットの生死は問わない。そう言われているわ」

 

「待ってくださいな!? シンジはまだ生きとるんやろ!!」

 

 堪らずに声を上げた鈴原トウジ。

 それをアスカが手で制する。

 

「………そっ、作戦は判ったわ」

 

「惣流はそれでええんかっ!?」

 

Ruhe(黙れ)!」

 

 燃えるようなアスカの青い瞳が鈴原トウジを射抜く。

 私の前に立つな(立ち塞がって邪魔をするな)、そう言う目であった。

 戦場でのアスカ ―― 学校で欠片として見せた事も無い、見た事も無かった気迫(戦意)に鈴原トウジは呑まれ、気付いたら座り込んでいた。

 だがアスカは鈴原トウジを見ていない。

 只、その頭で考えるのだ。

 使徒を殺す方法を、使徒を殺して碇ゲンドウの計画をご破算にして、シンジを助ける方法を。

 ひたすらに考えた。

 

 黙ったアスカを置いて、葛城ミサトは新しい作戦要綱を説明していく。

 配置。

 時間。

 その他、細かい事をだ。

 説明が終わりを迎えつつある時に、アスカが手を挙げた。

 

「リツコ、確認するわ。第12使徒はA.Tフィールドによってのみ存在を維持しているのよね?」

 

「現時点ではそう考えるほか無いわ」

 

Okay(判ったわ)。なら、そうね………」

 

 場の耳目がアスカに集まる。

 何を考え付いたのか。何をしようと言うのか。

 だがアスカはソレらを気にせずに、1つ頷くと葛城ミサトを見た。

 滾った瞳。

 だがそこには知性の輝きもあった。

 だから、だろう。

 聞いてみる気になったのは。

 そっと隣の赤木リツコを見る。

 目と目が合い、頷き返してきた。

 それで覚悟が決まった。

 

「ミサト、提案するわ。第12使徒のA.Tフィールド中和作戦だけど、ねぇ、先に試験的にやってみては駄目?」

 

 例えそれが、碇ゲンドウの命令から逸脱したと捉えられかねない、悪魔のささやきめいた言葉であったとしても。

 

 

 

 

 

 第12使徒への攻撃のカウントダウンが進んでいく。

 

「EVA3機、作戦位置に配置確認」

 

「機体状況に異常なし。電源供給に問題見られません」

 

「緊急避難経路の確認、伝達、良好。全Evaのエントリープラグ内に表示(マーカー表示)確認」

 

「エヴァンゲリオン最終チェック始め」

 

「国連軍航空部隊、N²弾頭ミサイル発射位置まで後30分。全機に遅れは見られず」

 

 着々と進められていく作戦準備。

 その様を第1発令所第1指揮区画内のNERV総司令官席に座りながら、眺めている碇ゲンドウ。

 対使徒戦に於いてこの場に居るのはどれくらいぶりだろうか。

 そんな事を考えながら眺めていた。

 

「A.Tフィールド、発生準備、()()()()以外の手順を残して終了しました」

 

「結構!」

 

 第1発令所第1指揮区画の中央に仁王立ちする葛城ミサトは、隣に立つ赤木リツコに最終確認とばかりに顔を向けた。

 頷く。

 頷かれる。

 

「全ての状況は想定通りよ」

 

「第12使徒に動きは?」

 

「確認されていないわ」

 

「結構。碇司令!」

 

「何だ?」

 

「作戦開始前の最終工程に移ります。宜しいですね」

 

 作戦開始前の最終工程の確認。

 その、何時もには無い葛城ミサトの動きに、碇ゲンドウはシンジを切り捨てる事になる最終確認を行おうというのだと理解した。

 エヴァンゲリオン初号機の操縦者(パイロット)、碇シンジを失う事に繋がるであろう危険な作戦を行う事への最終確認であると。

 フト、誰もが碇ゲンドウを見ていた。

 まるで碇ゲンドウに圧力を掛けるが如き静寂。

 だがそれを碇ゲンドウは嗤う。

 笑い飛ばして簡単に頷くのであった。

 

「これより先は葛城中佐、君に任す」

 

「ハッ!」

 

 踵を打ち付けての、鯱張った敬礼。

 だから碇ゲンドウは気づかなかった。

 己の腹心(情人)たる赤木リツコが他所を向いている事に。

 そして、うっすらとした笑みを浮かべている事に。

 

 そして、異変に気付くのは少しばかり遅かった。

 

02(エヴァンゲリオン弐号機)、試験位置に入ります」

 

「電力供給状況に異常なし。過負荷運転(オーバーロード)、何時でも行けます!」

 

 第12使徒となる影。

 そのギリギリの淵に立つエヴァンゲリオン弐号機。

 攻撃する為では無いのは、組まれた腕が示していた。

 仁王立ちしている。

 

「結構。聞いてたわね、アスカ」

 

『有難う、ミサト』

 

「後はあなた次第よ。シンジ君を取り戻しちゃいなさい!」

 

 

「待て、葛城中佐、君は何をするつもりだ!?」

 

「はっ! 作戦前の最終工程です」

 

「聞いてはおらんぞ」

 

「先ほど、申し上げた最終工程であり、許可は頂いたと認識しておりましたが?」

 

「その最終工程が何か、と尋ねている」

 

「最終工程は確認事項としての最終工程ですが?」

 

 慌てる碇ゲンドウに、全力で韜晦する葛城ミサト。

 その背でエヴァンゲリオン弐号機がA.Tフィールドを最大出力で発しようとしていた。

 

 

 

『02。A.Tフィールド全開です! いえ、フィールド空間係数がまだまだ上がっていきます!!』

 

 伊吹マヤの叫びめいた報告。

 だが集中しているアスカの耳には届かない。

 A.Tフィールドの強度を意味する、最近になって赤木リツコが作ったフィールド空間係数と言う測り(スケール)が読み上げられるが、アスカにとって関係の無い話だからだ。

 

「ウゥゥゥゥゥゥアアァァァァァァァ!!」

 

 鬼めいた表情で影を睨み、吠えるアスカ。

 己を鼓舞するのだ。

 鼓舞するのだ。

 第12使徒を潰し、自分の(シンジ)を取り戻そうと言うのだ。

 それ以外の全てが見えなくなっていく。

 だが、アスカは気にしない。

 気にする事無く、只、集中する。

 

 A.Tフィールドに。

 

 心の壁等と感傷的(センチメンタル)にも言われるソレは、だが同時に武器でもあった。

 多種多様と言う言葉を通り越した使徒の形や能力もA.Tフィールドが具現化させているのだという。

 ならば、使徒に出来てエヴァンゲリオンに出来ない筈がない。

 そう己を奮い立たせて、アスカはA.Tフィールドに強く強く強く願う。

 その想いに、エヴァンゲリオン弐号機が答える様に震えていく。

 2対4つ瞳が開き、輝きを放ちだす。

 

 

「02のA.Tフィールド、空間係数理論値を越えます!!」

 

 その伊吹マヤの叫びに呼応するかの如く、空間が鳴り響きだす。

 それは太鼓にも似た重い、重低音の連続であった。

 

「何が起こっているの!? エバー弐号機の状態は!!」

 

 異常があれば即、中止させる積りで声を上げる葛城ミサト。

 チラリと時計も確認する。

 作戦開始まで後19分。

 まだやり直す余裕はあった。

 

「い、異常はありません! 過負荷運転(オーバーロード)状態は継続中ですが、ハーモニクス他、全ての数値は正常です」

 

「じゃぁこの音は何!? 太鼓みたいにドンドコドンドコって鳴ってるコレ!!」

 

「判りません。02だけではなくエヴァでここまでA.Tフィールド空間係数を上昇させたのは初めてなんです!?」

 

 泣きそうな顔で怒鳴る伊吹マヤ。

 空間が上げる音が、酷くて、そうしないと意思疎通が難しいのだ。

 

「エバー弐号機に問題無いのよね」

 

「はい。全てがフラットなんです」

 

 

 

「止めろ、葛城中佐!!」

 

 碇ゲンドウの声。

 だが空間を叩く音が酷過ぎて、その声が届く事は無かった。

 否、届いていたとしても韜晦していたかもしれない。

 

 

 

『アアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

 

 只々、アスカの声だけが空間を叩く音に負けずに第1発令所に響いていた。

 と、誰かが声を上げた。

 エヴァンゲリオン弐号機の背中が、と。

 

「アレは!?」

 

 それは、2対4枚の羽めいた光の柱であった。

 それがエヴァンゲリオン弐号機の背中から出ているのだ。

 否、光が噴出しているのだ。

 

「リツコ、アレなに!?」

 

 既に空間測定機器に取り付いていた赤木リツコは、その数値の意味を読み取っていく。

 驚愕めいた顔。

 

「これはっ!?」

 

「何よ、何なのよ!?」

 

「アレは、物質へと変換されたA.Tフィールドよ」

 

「物質化って、出来るモノなのアレって!?」

 

「目の前にあるモノを否定は出来ないわ。マヤ、記録採ってるわよね?」

 

「はい、センパイ!! とんでもない情報です」

 

「弐号機のデーターと後で突き合わせるのよ? 時計に差は無いわね?」

 

「はい、確認済みです」

 

 興奮した顔になっている赤木リツコ。

 実に科学者(マッド)であった。

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!」

 

 喉よ裂けよと言わんばかりに声を上げるアスカ。

 だがその心は果てしなく凪いでいた。

 判るのだ。

 いろいろな事が見えたのだ。

 A.Tフィールドの意味が。

 感じたのだ、エヴァンゲリオン弐号機からの声を。

 助けてくれる。

 アスカの為に力を振るってくれるのを。

 だからこそ、不安なく力を籠めるのだ。

 

 と、見えた。

 掴まえた。

 第12使徒を捉えたのだ。

 亜空間を生み出す程のA.Tフィールドを持つ第12使徒。

 だが、今のエヴァンゲリオン弐号機のA.Tフィールドも負けてはいない。

 アスカの気持ちに応える様に、エヴァンゲリオン弐号機はA.Tフィールドの出力を果てしなくあげていくのだ。

 超える。

 超えるのだ。

 

 組まれていたエヴァンゲリオン弐号機の両腕が、解かれて前に差し出される。

 掴む様に。

 裂く様に。

 

「オォォォォォォッ!!」

 

 第12使徒が、第12使徒とされる影が沸騰しだす。

 エヴァンゲリオン弐号機に抵抗しているのだ。

 だがアスカは許さない。

 反撃も許さない。

 逃げる事も許さない。

 

 と、唐突に影から生まれた。

 人型の何か。

 エヴァンゲリオンにも似た何か。

 

『エバー初号機!?』

 

 通信機の向こう側で誰かが叫んだ。

 だがアスカは鼻で笑う。

 A.Tフィールドを掴んだアスカには、ソレが何であるかなど簡単に判るからだ。

 

lächerlich(笑わせるな)!!」

 

 両腕を振るうエヴァンゲリオン弐号機。

 空間が裂ける。

 飛ぶ斬撃めいた攻撃。

 それが、影で組まれたエヴァンゲリオンを襲い、真っ二つ(唐竹割り)となる。

 偽物だ。

 A.Tフィールドでエヴァンゲリオン初号機でない事が判るのだ。

 故に、その攻撃が鈍る事は無かった。

 

『アスカ!?』

 

 誰かの悲鳴。

 だがアスカは躊躇しない。

 只、吠える。

 

「さっさと帰って来なさいよ、バカシンジィィィィィィィィィ!!!」

 

 空間が裂けた。

 第12使徒が裂けた。

 影めいたものが真っ二つとなる。

 宙に浮いていた球体は四分五裂に真っ赤な体液と共に炸裂した。

 

 そして、エヴァンゲリオン初号機が帰ってくる。

 アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)の腕の中に帰ってきた。

 

『あ、アレ? アスカ?』

 

「お目覚め、バカシンジ?」

 

『その呼び方は酷いと思うよ?』

 

「使徒に取っ捉まったIdiot(マヌケ)だもの」

 

『………ゴメン』

 

「……特別に許す! お帰り、シンジ」

 

『ただいま、で良いのかな? アスカ』

 

 

 

 

 

 空間が叩かれた振動によって書類だの何だのの小物が散乱した第1発令所にあって、葛城ミサトはやれやれといった顔で肩をすくめていた。

 

「愛は地球を救うって事かしらね?」

 

 大激怒で降りて来るであろう碇ゲンドウの事を頭から追い出して、葛城ミサトは取り敢えず第12使徒撃破を喜ぶのであった。

 

 

 

 

 

 


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