サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、
錬達は希望を生み出すことを知っているからである

――旧約聖書     









拾壱) ANGEL-13  BARDIEL
11(Ⅰ)-1 BASTARD!!


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 肌寒い。

 碇シンジにとって、手足が冷たいと言う感覚が朝の目覚めに伴うのは生まれて初めての経験であった。

 エアコン等による人工的な涼しさとは違う、体の芯から冷え込む寒さ。

 

「んん……っ」

 

 こちらも初めて触れたフカフカの、羽毛掛け布団を巻き込む様に身を動かす。

 まだ寝ていたい(微睡みたい)との思いであった。

 だが悪手となる。

 その挙動でつま先が掛け布団から出てしまったからだ。

 寒い。

 それがシンジの脳みそを活性化させる。

 諦めて目を開く。

 目に飛び込んで来たのは、普段とは全く違う部屋の様子。

 自宅(コンフォート17)でも無ければ、NERVの仮眠室でも無い豪華な壁紙、そして調度類。

 日頃と全く違う感じに、流石のシンジも落ち着かない。

 壁際には干しておいたよそ行きの服(NERV適格者制服)が見えた。

 

ドイツじゃっでやな(ドイツだものね)

 

 枕元に置いていた携帯電話を確認する。

 NERVに来てから支給された愛想の欠片も無い実用本位の頑丈な携帯電話に付けられた小さな液晶画面には6:04の文字が表示されている。

 何時もの起床する時間だ。

 習慣化した着信履歴の確認も行う。

 NERV ―― NERV本部からの着信は無い。

 悠々と寝て居られたのだからそう言う事だろうとはシンジも思っていたが、それでも確認は大事なのだ。 

 大きなあくびをして体を起こす。

 そしてベッドからも降りる。

 カーペットからひんやりとした冷気が足裏を介して上がってくる。

 それが目覚めたばかりのシンジには心地よかった。

 体をほぐす様に動かしながら、窓辺へと赴く。

 日本からはるばるやってきたドイツ。

 直線距離で約9000km。

 窓から見える外の光景は、鈍色の朝とは思えぬ曇り空。

 葉の茂って居ない木々。

 色彩が、黒を基調とするような、写真で見ただけだった冬の景色だ。

 たった半年ばかり前に、九州は鹿児島の片田舎で木刀で横木打ちをしていた日々からは思いもつかない事になったとシンジは嘆息していた。

 重厚で、年季の入った木製サッシの窓を開ける。

 第3新東京市は勿論、鹿児島の実家とも違う空気がシンジの肺を満たす。

 湿度を伴った冷い空気。

 心地よい感じだ。

 深呼吸をする。

 

「シンジ!!」

 

 と名前を呼ばれた。

 誰、と言うのは確認するまでもない。

 耳に馴染む相方の声なのだ。

 間違う筈がない。

 探せば窓の外、2階にある部屋から見下ろした庭に、灰色めいた景色に鮮やかな赤を与えるが如く立つ惣流アスカ・ラングレーが居た。

 灰白色のトレーニングジャケットを着こんでいる。

 

「アスカ、おはよう!」

 

「おはよう! 眠れた?」

 

「うん、グッスリだよ!」

 

「そうみたいね。夕べは時差ボケが顔に出てボケボケってしたけど、今はシャキッとしてるわね!」

 

「仕方ないじゃないか、初めてなんだから!」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 少しばかり含みを持って笑うアスカ。

 シンジは肩をすくめた。

 

「なれる程に来る事になるかな」

 

 そもそもシンジがドイツに、NERVドイツ支部に来た理由は先の第12使徒戦で使徒に取り込まれた事での調査、碇ゲンドウが言う所の査問であるのだ。

 1回で十分だと言うのがシンジの気分であった。

 だから話題転換とばかりにアスカに話を振る。

 

「所でアスカは?」

 

「朝のジョギング(トレーニング)よ」

 

「じゃ、今はガードの人(護衛役)待ち?」

 

「馬鹿ね、要らないわよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「………そうだね」

 

 視線を動かせば、見渡す限りは林といった塩梅の庭が広がっている。

 2階にあるシンジの部屋から見ても敷地の外、塀も門も見えない。

 場所が市街地では無いと言うのも大きいにせよ、何とも豪勢なお屋敷であった。

 

 ドイツの名家の1つであり、かつては爵位を持った地主貴族(ユンカー)でもあったランギー家に相応しい邸宅(別邸)と言えた。

 アスカは、そのランギー家の娘であった。

 惣流アスカ・ラングレーと言う名、正式には(ドイツ風に読めば)アスカ・S・ランギーであった。

 何故、Langleyの家名をドイツ語では無く英語で呼ぶのか。

 そもそも、何故にアスカはアメリカ国籍なのか。

 その理由はアスカの母である惣流キョウコ・ツェッペリンと、その(アスカの父)たるヨアヒム・ランギーの結婚にさかのぼる事となる。

 ユンカーの格を誇っていた戦前(World WarⅡ前)程ではないにせよ、1990年代でも名家に数えられていたランギー家の跡取りであったヨアヒム・ランギーが惣流キョウコ・ツェッペリンが知り合ったのは、大学での事であった。

 家の古さからくる因習に息苦しさを感じていたヨアヒム・ランギーは、惣流キョウコ・ツェッペリンの才覚の輝きとミステリアス(オリエンタル)な美貌、そして研究に対する奔放とも言える態度に魅かれたのだ。

 対して惣流キョウコ・ツェッペリンは当時、日独混血(ハーフ)と言う事でアレコレとした妨害(エスニックハラスメント)を受けていた。

 純血主義とまでは言わないが、ドイツは国粋主義の強いお国柄であるのだ。

 だからこそ、名家の嫡子たるヨアヒム・ランギーが自分に興味を示した事を奇禍と捉えたのだ。

 味方(パトロン)に出来れば良い、と。

 打算まみれの惣流キョウコ・ツェッペリンであったが、その関係の果てにアスカが生まれたのだから面白い。

 ある意味、男女関係は先が判らないと言うのを良く表していると言えた。

 兎も角として、アスカの生まれる前に愛を育んだヨアヒム・ランギーと惣流キョウコ・ツェッペリン。

 だが、その関係が結婚と言う段階に踏み込もうとした時、ランギー家が異議を申し立てたのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と言い出したのだ。

 交渉が図られたが、ヨアヒム・ランギーの祖父たるランギー家当主が頑なであった。

 ヨアヒム・ランギーの父と母も口添えをしたが、一切通じなかった。

 日中戦争に中国側の立場で従軍経験(日本帝国陸軍との実戦経験)を持っていた陸軍将校であったが為、日本を蛇蝎の如く嫌っていたのだ。

 さもありなん。

 日中戦争に於いて、散々に自分たちを打ち破ってきた相手の血を半分とは言え引いているのだ。

 気に入る筈も無かった。

 見るのも嫌だし、話題にするのも嫌。

 ヨアヒム・ランギーの選んだ惣流キョウコ・ツェッペリンを全否定したのだ。

 余りにも大人げないその態度に、若きヨアヒム・ランギーが激怒し、家と縁を切ると宣言して家を出たのだ。

 ドイツからアメリカへと国籍を移すと言う徹底ぶりであった。

 その日からヨアヒム・ランギーはジョアシャン・ラングレーとなったのだ。

 国を捨てる大恋愛と言えるだろう。

 

 

『ま、そうやってアタシが、惣流アスカ・ラングレーが生まれたのよ』

 

 ドイツに来る長きのフライトの最中、手すさびとなった機内での会話で、ふとした事で宿泊先予定とアスカが言った家の名とアスカの家の名に気付いたシンジの質問への回答、その最後にアスカはドヤ顔めいて言うのだった。

 

『………凄いね』

 

 恋愛と言うモノへの実感に乏しいシンジにとって、家族を捨ててまで恋を選ぶと言う事が判らなかった。

 自分が、鹿児島の家と縁を切れるかと尋ねられれば即答出来ないからだ。

 泣いてた自分を立ち直らせてくれた大事な家族。

 義父も義母も、義兄も義姉も大事な人たちなのだから。

 

『うん、本当に凄い』

 

 ただただ感嘆するように言うシンジ。

 そんな捨てたはずのランギー家を()とアスカがするのは、複雑な事情があった。

 アスカの今と、母、そして義母。

 母の縊死。

 父の再婚。

 複雑に絡み合ったアスカと父との関係、ジョアシャン・ラングレーからヨアヒム・ランギーへと名を変えた事。

 色々と複雑な事があったが、それを口にするにはまだアスカにとって()()()()()()

 だから、その点はアスカは言葉を濁すのであった。

 シンジはアスカが語らない何かがある事を理解したが、必要があれば語るだろうと判断し、深く尋ねる事は無かった。

 傷ついた様な顔をしているのだ、アスカが。

 何でもないと言う顔をしていても、シンジにはアスカが辛い気持ちを思い出しているのが判ったのだ。

 だから、口を噤むのだった。

 

 

 

「じゃ、そろそろアタシは走ってくるから__ 」

 

「僕も行って良い?」

 

「呆れた。アンタ寝起きでしょう。体調だって……」

 

 言外に、時差ボケで体が辛いのではないかと、シンジを気遣うアスカ。

 だがシンジは快活に笑う。

 こんな空気が澄んで美味しいのに、体を動かさないのは勿体ないと返した。

 そして続ける。

 

「朝ごはん前に体を動かすのは良いと思うよ」

 

「ハン! 途中でバテて悲鳴を上げても知らないからね」

 

 悪態をつく様に言うアスカ。

 だが表情の明るさが、アスカの内面を教えてくれるのだ。

 故にシンジは、アスカの意図を誤って受け取らない。

 

「じゃ、直ぐに準備するから待ってて!」

 

 

 

 

 

 市街地から少しばかり離れた静かな場所での朝であったが故、2階と1階とに別れて大声を出しあっていたシンジとアスカ。

 だから、それを聞いていたのは2人だけでは無かった。

 

「仲が良さそうなのだな」

 

 素肌の上にナイトガウンを引っ掛けた姿の成人男性が、窓際からアスカの様子を見ながら少しだけ安堵したように呟いていた。

 ガッシリとした体格をしたこの男がアスカの父、ヨアヒム・ランギーであった。

 無論、2人の会話も理解している。

 素の頭の良さもあったが、そもそも惣流キョウコ・ツェッペリンを妻としていたのだ。

 堪能とまでは言わないまでも日本語に不自由は無かった。

 

 最初、第3の適格者(3rd チルドレン)を家に招くと聞いたヨアヒム・ランギーの内心は複雑であった。

 アスカが仕事としてドイツに帰ってくる。

 その仕事場(NERVドイツ支部)ではヨアヒム・ランギーも仕事をしている。

 家も比較的近い。

 なので折角だから宿泊先として実家を使いたい。

 ヨアヒム・ランギーはNERVドイツ支部に於いて重鎮の1人であり護衛班が付いているので、VIPである適格者(チルドレン)が泊まるのに問題は無い。

 良い話であった。

 仕方のない経緯があったとはいえアレコレとした結果、関係の拗れてしまった愛娘が帰ってくるのだ。

 問題など無かった。

 只、初めて連れて来るボーイフレンド、それが()()()()()()()()()()と言う点を除けば。

 

 2度の総司令官監査(碇ゲンドウの仕置き)によって、NERVドイツ支部の人間には碇ゲンドウへの拭い難い恐怖を抱いていた。

 その碇ゲンドウの息子である。

 何らかの狙いがあるのかとの疑念、そしてアスカが好ましからざる関係を強いられているのではないかとの疑念を抱いていたのだ。

 比率としては後者が重い。

 実に父親であった。

 だが疑念は、昨日の初顔合わせや、誰も見て(聞いて)いないと思っている状況での会話から晴れる事となった。

 どちらかと言えばアスカが主導権を握っている(カカァ天下で尻に敷いている)関係であると、一目瞭然であるからだ。

 と言うかシンジ、ヨアヒム・ランギーに対して家族の時間にお邪魔して申し訳ないと恐縮する事しきりであったのだ。

 あの碇ゲンドウの息子だとは思えぬ謙虚さであった。

 エヴァンゲリオンでの戦いぶりから想像していた、狂犬(ベルセルク)めいた性格など欠片も感じない穏やかさだった。

 取り敢えず、友人関係は認めても良い。

 そう思える程度には、ヨアヒム・ランギーはシンジを認める事になっていた。

 かつては適格者(チルドレン)としての多忙さを理由に家に寄りつく事すら厭ったアスカが、自分から家に来たのだ。

 その変化 ―― 影響を与えたのがシンジでは無いかと思えたのだ。

 無論、お付き合いとなれば話は別であったが。

 

 と、ヨアヒム・ランギーの背後で衣擦れ音がした。

 ヨアヒム・ランギーの今の妻であるベルタ・ランギーが目覚めたのだ。

 元はヨアヒム・ランギーの秘書を務めていた、知が先にある顔立ちをした女性であったが、寝起きの今はおだやかな表情となっていた。

 

「おはよう」

 

「おはよう。寒いわね」

 

 細い瞳も、トロンとした感じでヨアヒム・ランギーを見ているベルタ・ランギー。

 そのサラサラとした髪にキスを落とすヨアヒム・ランギー。

 惣流キョウコ・ツェッペリンを忘れた訳では無い。

 ないがしろにする積りも無い。

 だが、今のヨアヒム・ランギーにとっての大事な妻、それがベルタ・ランギーであった。

 

「ああ。寒いな」

 

 ベッドに座り、そっとベルタ・ランギーを抱きしめるヨアヒム・ランギー。

 何かがあったのだろうと察して、抱き返したベルタ・ランギー。

 それが何かと言う事を聞き返す事は無い。

 そういう時が必要なのだろうと思えばこそだった。

 

 ベルタ・ランギーはヨアヒム・ランギーを愛していた。

 惣流キョウコ・ツェッペリンを尊敬もしていた。

 だからこそ、アスカも愛していた。

 そんなヨアヒム・ランギーとベルタ・ランギーの抱擁は、女中(メイド)が起こしに来るまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 


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