【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 作:◆QgkJwfXtqk
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碇シンジが日本を離れ、遠くドイツまで来た理由。
それはSEELEの手による心身の検査、そして直接の問答の為であった。
それだけ、第12使徒と接触したと言う事は大きかったのだ。
使徒が人に興味を持った。
Adamの子である
Lilithの子である
相容れないとされた2つの存在。
それが繋がろうと言う事は、SEELEの行動指針となる裏死海文書に記載の無い事態なのだ。
慎重にもなるというものであった。
NERVドイツ支部でのシンジに対する心身の調査は厳重に行われていた。
当然、その情報は日本のNERV本部にも報告されていた。
「シンジ君の調査、やっぱり何も無しって感じ?」
軽い調子で述べたのは、葛城ミサトであった。
片手には珈琲。
もう片手で、印刷されたシンジの調査報告を読んでいた。
場所は何時もの上級者用歓談休憩室たる
「当たり前よ。此方での検査でも異常所見は無かったのに、違うのが出たら驚くわよ」
対して憤懣を含ませて言うのは赤木リツコだ。
NERV本部技術開発部開発局局長 ―― NERV本部の技術部門の統括責任者としては、その調査能力や見識が疑われた様なモノなのだ。
面白い筈が無かった。
「お詫びに、ドイツ支部はシンジ君たちにお土産タップリにしてくれると良いんじゃない?」
「バームクーヘン? 残念ながらドイツ支部ってドイツ西部域だから無理ね」
日本でドイツのお菓子として有名なバームクーヘンであるが、本場はドイツ東部なのだ。
日本で例えれば、北海道のお土産に
とは言え、葛城ミサトにしてみれば反論はあった。
自分は
「いや、
「ミサト、太るわよ?」
「お菓子よりはカロリーは低いわよ、きっと」
「呆れた」
何とも呑気な会話であったが、それだけ、NERV本部の雰囲気は落ち着いているのだった。
残っている
鈴原トウジは訓練に対しても積極的であり、エヴァンゲリオンの操縦も、それなりの向上を見せていた。
比較対象がシンジや惣流アスカ・ラングレーと比べれば厳しいが、綾波レイと比較するのであれば極端に劣っている訳では無いのだ。
実戦での心構えと言う意味では、シンジ達先任の3人が
自分の
そんな鈴原トウジと綾波レイの乗騎、エヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機の状況も良好だ。
特に大きな故障などは無い。
又、エヴァンゲリオンの運用支援機として設計を修正して開発された
「後は
「そう聞いてるわ。今日を予定してた筈よ」
微妙な顔を見せる葛城ミサト。
赤木リツコも同じだ。
国連の
強面の老人による圧迫面接めいた事となる事への同情、では無かった。
2人して思い浮かべ居るのは1つ。
シンジが語った、エヴァンゲリオン初号機が第12使徒に取り込まれていた時の話だ。
「自分たちでやるって言ってたんだものね」
「ええ」
聞き取り調査の資料は上げていない。
自分たちですると、人類補完委員会が言ったのだ。
であれば、直に味わえ。
そういう事であった。
NERVドイツ支部に設けられた特別室。
入り口には
しかも扉の両脇には保衛部ドイツ局に属する警備員が、
何とも威圧的だと内心で呆れるシンジ。
事前説明でも、人類補完委員会の
警備員とは別に立っていた背広の男性がシンジの名前と
やり取り。
それを待ちつつシンジは
「
だが同行者はそれを見咎める。
「
コーカソイド系らしい彫りの深い顔を不快気に歪めている。
語学力もあってシンジの案内役として選ばれたNERVドイツ支部の男性スタッフであったが、如何せんにもシンジの
若い、能力への自負と上昇志向を併せ持った人間らしい高いプライドを傷つけられての態度と言えた。
「
だからこそシンジは笑顔で返すのだ。
内心で中指を立てつつ。
「………日本人は謙虚だと聞いていたがね」
「
皮肉げに言われれば、他人を喰ったが如く返す。
NERVドイツ支部はNERV本部とは違うとシンジは深く了解していた。
「日本語を使いたまえ」
「
理解出来ないのが悪い。
そう言外に漂わせるシンジ。
意図的に標準語に似た言葉を避けると言う嫌がらせをしつつ、だ。
露骨な態度をシンジが見せる理由は、このNERVドイツ支部のスタッフが初顔合わせ時に、シンジとアスカに付いてきた本部スタッフ ―― 支援第1課の人を馬鹿にした事が理由であった。
子どものお守りで観光が出来て羨ましい、等とだ。
笑顔のままに、早口のドイツ語でまくしたてたのだ。
NERVの公式言語である英語でもなく、非公式主要言語である日本語でも無い辺り、確信犯であった。
実際、支援第1課からの
だが、アスカが居た。
笑顔のままでアスカはシンジの耳に口を寄せ、翻訳して伝えたのだ。
信用しない方が良いと言い添えて。
碇ゲンドウによる2度の仕置きを喰らったNERVドイツ支部。
悪い人間ばかりでは無いのだが、先代と先々代の悪い意味での薫陶を受けた人間はまだまだ居たというべきであった。
シンジは、使徒との生存戦争の最中に呑気なモノだと呆れるだけであった。
一寸した
中へ入れ、と。
だがそれはシンジだけであった。
NERVドイツ支部の案内役は止められた。
「
「……
「
日本語を使えるのはお前だけでは無いと、笑う背広の男性。
何も言えなくなり、立ち尽くすNERVドイツ支部スタッフ。
それを無視して、背広の男はシンジに手を伸ばした。
「では
「
SEELEによる、事実上の査問会。
その舞台となる部屋は、白いペンキで塗りつぶされた100㎡程の部屋であった。
半円形に配置された席に10人もの壮年から初老の男たちが据わっている。
特徴は全員がサングラスを付けていると言う事だろうか。
無論、その目的は顔を隠す為である。
その職務の重要性ゆえに、名も顔を伏せられている人類補完委員会 ―― そう事前に説明されていたシンジは驚く事はなかったが。
案内役の背広の男に促され、半円に配置された席、その真ん中とも言える場所に立つシンジ。
椅子は無い。
只、場所を示す様に小さなテーブルがあり、その上には水差しとコップが用意されていた。
背筋を伸ばして立つシンジ。
「初めまして、だな碇シンジ中尉待遇官」
半円に配置された席、その中央に座る太り気味の初老の男性が声を上げた。
流ちょうな日本語である。
シンジは知る事は無いが、男性の名はSEELEの首魁とも言えるキール・ローレンツであった。
「
「そう緊張せずとも良い。場は厳しいものであるが、非公式なモノである」
「左様。君の発言内容は記録されるが、外に出る事は無い」
「
鯱張った風に声を上げるシンジ。
礼節と言うモノも躾けられていた身ゆえの事であった。
尚、SEELEメンバーがシンジの言葉に迷わない理由は、その耳に差しているイヤホンの力が大きかった。
NERVドイツ支部に置かれているMAGI-Germanを介して、日本の
同時に、SEELEの日本語に堪能な人間も翻訳をしていた。
碇ゲンドウによる情報操作を警戒しての事であった。
だが、そこまでせずともSEELEメンバーの古参はある程度はシンジの言葉が理解出来ていた。
シンジの母たる碇ユイとの交流の経験があったからである。
SEELEと深い関係を作っていた碇ユイ。
その関係は碇ユイ個人の才覚に因るものだけではなく、碇家と言うモノがそもそも、SEELEと関係を持っていたのだ。
碇家は薩摩の家であり、その薩摩は明治維新の前より
碇家は貿易と外交で江戸時代から欧州に出る事もあった一族であった。
その頃に、SEELEと関わり合う様になっていたのだ。
尚、シンジが育った碇家の家は、その様な話は知らない。
長女であった碇ユイが本家であり、今はその夫である碇ゲンドウが全てを握っているからであった。
例え姉弟であっても知らされていなかったのだ。
当主と関わる人間だけが知らされていた。
SEELEと言う世界の裏側との関係は、それ程に厳重に秘匿されていた為、シンジの
とは言えその
兎も角。
シンジの
「さて、時間は有限だ。碇シンジ、君が第12番目の使徒に吸収された時の事を説明してもらおう」
シンジは自分の見聞きした事を素直に口にした。
第12使徒に吸収された際の事。
吸収されて以降の事。
とは言え、いうべき事は殆どなかった。
短くはない時間を第12使徒の中で過ごしたとは言え、そのほとんどは待機するだけであったのだから。
「では、使徒は何もしてこなかったというのかね?」
「
そしていつの間にかアスカに呼ばれ、そして気付いたら
そうシンジは締めていた。
少しだけ恥ずかしそうなのは、外でアスカ達が必死だったのに自分は中で寝て過ごしていたからであった。
「………だが碇シンジ。君は夢を見たのだな?」
「
余りにも馬鹿馬鹿しい、正に夢であったとシンジは思って居た。
だが、それこそがSEELEメンバーが欲した情報であった。
「構わぬ。言って見たまえ」
少しだけ身を乗り出したキール・ローレンツが命令する。
その言葉に促される形でシンジはゆっくりと口を開いた。
気が付いたら、古い電車っぽい場所に居た。
座っていた。
気が付いたら正面にも自分が座っていた、と。
「
「碇シンジ」
「
「僕は君だよ。人は自分の中にもう一人の自分を持っている。自分と言うのは常に2人でできているものさ」
「
「………実際に見られる自分とそれを見つめている自分だよ。碇シンジと言う人物だって何人もいるんだ。君の心の中にいるもう一人の碇シンジ、葛城ミサトの心の中にいる碇シンジ、惣流アスカの中のシンジ、綾波レイの中のシンジ、碇ゲンドウの中のシンジ」
「
「………………みんなそれぞれ違う碇シンジだけど、どれも本物の碇シンジさ」
「
「………君はその他人の中の碇シンジが恐いんだ」
シンジの説明 ―― もう一人のシンジとやらの会話を聞いたSEELEメンバーはヒソヒソと言葉を交わす。
もう1人のシンジとやらが使徒である、と。
それ以外の理解は無い。
使徒の人間への干渉、接触、人を知ろうとしている。
恐るべき事態であった。
少なくともSEELEのメンバーにとっては。
「それで、碇シンジ。君はどう返したのかね」
「
「あ”っ?」
「え”!?」
正に絶句であった。
SEELEメンバーも、案内していた背広の男性も誰もが口をポカンと開けてシンジを見ていた。
だがシンジは気にする事も無く続けた。
取り敢えず蹴った、殴った、その上で首元を掴んで尋ねた、と。
自分だと主張するにも関わらず、質問に答えない。
そんな戯け、礼儀知らずは自分では無い。
だから先ず教育をしてやったとシンジは言った。
「……いや……………碇シンジ。何故、手を出した?」
「
卑しくもシンジだと名乗るなら、最低限度の礼節は守るべきだとシンジは断言していた。
だから教育したと言う。
とは言え、シンジ以外の人間からすれば手が早過ぎていた。
唖然としたSEELEメンバー。
その中で、キール・ローレンツは必死になって自分を再構築してシンジに尋ねる。
「…………………それで、そのもう1人の碇シンジは何と返したのだ?」
「
「言ったので?」
SEELEメンバーの1人が恐る恐るといった塩梅で先を促した。
シンジは莞爾と笑った。
「
シンジであると、碇シンジであると言うならば、そして薩摩
そして、そうであるが故に自分では無い。
シンジは断言するのだ。
だから殴ったと言う。
使徒に喰われて、情けない事を思う自分が出て来たのかと思ったのだとも。
自分の癖に情けない事を言うな。
そう言う話であった。
「………碇シンジ。君の気持ちは判った」
「
朗らかなシンジに対し、SEELEメンバーや他の室内の人間は誰もが絶句状態であった。
どう反応すれば良いのか。
戦意を褒めるべきか、そもそも対話をしなかった事をどう評価すれば良いのか。
そんな表情であった。
ただ1つ言える事は、碇ゲンドウの顎を砕いたのは伊達では無いと言う事であった。
SEELEメンバーの1人が、ナニカを振り絞って質問を加えた。
「使徒、その、もう1人のシンジとやらは、他に何も言わなかったかね?」
「………
情けない事を言うなと怒鳴っていたので、聞いてなかった。
その解答に脱力したSEELEメンバー。
シンジに対話する力がない訳では無い。
只、敵と見た時、或いは不要と断じた時には
「………あい判った。ご苦労だった碇シンジ中尉待遇官」
面談の終了を告げるキール・ローレンツの声には、隠しきれない疲労が含まれていた。
2023.5.26 文章修正