【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 作:◆QgkJwfXtqk
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時間は少しだけ巻き戻る。
碇シンジは家具の質は判らぬ。
だが、それでもランギー家の応接室に置いてある適度なクッションが体を支えてくれる布張りのソファが、値段は想像できなくとも良いモノである事だけは判った。
彫刻も細かいし、肌触りも良いし。
凄く良い家具なのだろうな。
そんな現実逃避めいた事を考えているシンジの正面に座っているのはヨアヒム・ランギーとベルタ・ランギー、惣流アスカ・ラングレーの両親である。
そしてシンジの隣にはアスカが座っている。
白磁のカップは不快な音を立てる事も無く、珈琲の匂いを漂わせている。
だが、今のシンジに匂いの良し悪しなど判らなかった。
緊張からくる胃の痛み、シクシクとした辛みを抱いていたからだ。
どうしてこうなった、そんな事を考えながら。
その原因は言うまでも無く、隣に座っているアスカだ。
体温が感じれる様な距離に座っているアスカ。
好きと言い、好きと言われた ―― そんな欲目無しに
素晴らしく
少しだけ恨めしい。
誰のせいでこうなったと言うのか。
少しだけ不満を感じるシンジ。
だが、理由に関しては問題は無い。
全くない。
ある筈が無かった。
だが、フト、シンジの意識は
アスカの
シンジから見ても、自負する程には強かったギード・ユルゲンス。
だが続けざまに放たれたシンジの打ち込みを喰らい続けた結果、最後は一目散に逃げて行った。
勝敗を決するルールに定められていない行為であったが、事実上の試合
言うまでも無くシンジの勝利であり、審判であるアーリィ・ブラストも呆れた様に笑いながらシンジに向けて手を挙げていた。
「
英語はまだ十分に理解し使えるとは言えないシンジだが、その言葉に含まれている賛意だけは理解した。
だから礼をとばかりに頭を下げる。
「
軍組織的な上下関係の下にあっては些かばかり
発音も少しばかり怪しかったが、
精一杯の礼を尽くしていると言うのが判るからである。
「……
小さく笑うアーリィ・ブラスト。
シンジがアスカを支えていると言うのは、NERVドイツ支部に来て以来の2人の姿 ―― 距離感や会話を見れば判った。
だが、だからこそ知りたかったのだ、シンジの
エヴァンゲリオンでの戦いを見ていれば、その
だが、それ以外はどうなのかと言う部分だ。
アーリィ・ブラストから見たアスカは、自分は1人で生きるしかないと腹を決め、そして周りの全てを腹の底で拒否しながら全力で生きようとした子どもだった。
だからこそ強くなれたと、正規の
ギード・ユルゲンスなどの
その痛々しさ、哀しさからアーリィ・ブラストはアスカの事を目に掛けていた。
幼くとも胸を張って生きようとする矜持を尊重し、過度な干渉はしなかったし、そもそも出来なかったが、それでもアスカが
無論、アーリィ・ブラストの甘やかすとは、普通の性根しかない子どもは勿論として大人ですら泣いて逃げ出す様な厳しい訓練の事であったが。
兎も角。
だからこそ、そんなアスカが選んだ
だがシンジは見事だった。
アスカとは似て非なる、だが、違うようでいてよく似た、真っすぐな性根をしていた。
少なくとも、
強く真っすぐな子ども。
だからこそ、安堵したとも言えた。
「
「はい?」
満面の笑みを浮かべたアーリィ・ブラストの言葉が理解出来なかったシンジ。
だが、尋ねる事は出来なかった。
「シンジ!」
アスカがやって来たからだ。
ギュッと抱きしめられたからだ。
アーリィ・ブラストは優しく笑って、そっと離れていく。
「格好良かったわよ」
「そ、そうかな?」
少しだけ疑問を感じるシンジ。
偉ぶってた相手が最後は泣いて逃げる様な事になったのだ。
やり過ぎたかな? 等と思って居た。
少しは。
「そうよ。敵は圧倒的に叩きのめしてこそよ!」
「あ、うん」
タオルを持った手をグッと握りしめて主張するアスカ。
スカっとした、そう顔に書いてあった。
その勢いの良さに面映ゆさを感じ、何とも照れくさいと頭を掻こうとしたシンジであったが、叶わなかった。
脱ごうにも、紐で緩まぬ様にしっかり固定してあり、それを解くには両手のミトンめいた
故に、脱ごうかとした所でアスカが止めた。
「外してあげるから、アッチを向いて」
「あ、ありがとう」
シンジのヘルメットの紐を解きながら周りを見るアスカ。
2階の観覧席から
分析しているっぽい者。
シンジの様に剣を持った様にして見せた者。
隣と
男女を問わずに色々だ。
だが等しく言えるのは
ニヤッとばかりに昏く笑うアスカ。
実に良い
「取れたわよ」
「ありがとう」
感謝の言葉と共に振り向いたシンジ。
その首をアスカはヘルメット片手にガッチリと
「なっ!?」
戸惑いの声を上げるシンジ。
その瞳にはアスカの顔だけが映っていた。
そっと額と額とが触れる。
真剣な顔でアスカは宣言する。
「シンジ、アタシはアンタが好き。アンタはアタシの事をどう思ってる?」
問い掛け。
だがそこに疑問は含まれていない。
とは言え、それは別にアスカがシンジからの愛を確信しているからではない。
自分にシンジが必要だと確信したが故に、アスカはシンジがまだ自分を好きになっていなかった場合、好きになるようにする。
そう決意したが故の顔だった。
「え、ちょっと待ってよアスカ!?」
今までとは段違いの距離にまで近づいたアスカに、シンジは
立ち上るアスカの体臭。
暖かい儘に届く吐息迄もが甘やかしく響き、その脳髄を惑わせた。
好きと言う言葉が耳朶をとろかしたのだ。
アスカが自分を好きだと言った。
そんな自分に都合がよすぎる程に想定外の言葉に、シンジは顔を真っ赤にしてちょっと待ってと叫んだ。
出来れば、落ち着く為にアスカから距離を取りたいシンジ。
だが、アスカはそれを許さない。
シンジの首に回した両腕は、離れる事を許さない。
「………不満でもあるの?」
「違う!! そんな訳ないっ!!!」
「なら……」
「でも、チョッと待って!!!! せめて深呼吸させてよっ!!!!!」
まさか拒否かと心が冷えたアスカであったが、シンジが顔を真っ赤にして慌てる仕草を見れば違うと言う事は判った。
だから腕を解いてシンジが深呼吸するのを待った。
目を瞑り、何度も何度も大きく深呼吸するシンジ。
試合会場から切り離された様な、静かなアスカとシンジだけの空間。
何も聞こえない中で、シンジの深呼吸音だけが響いていた。
心を落ち着けるが
最初は勢いがあった。
だが、次第にゆっくりとなっていった。
アスカはじっと待っていた。
シンジの瞳がそっと開いた。
それまでの慌てた色はすべて消え、静謐さがあった。
アスカが好きと言う事は自覚していた。
自覚して、
その余りのスピード感に眩暈めいたものを感じてはいたが、シンジは逃げなかった。
勢いと言うものがあるなら、それに乗るだけと腹を決めたのだ。
そもそも、自分が好きな
であれば逃げるのは恥だとばかりにシンジは覚悟を決めた。
そして、心を言葉に載せて放つ。
「アスカ、僕はアスカが好きです。お付き合いして下さい」
シンジが自分を好きだと言った。
お付き合いをして下さいと言った。
洞木ヒカリや対馬ユカリの言う所であれば、お付き合いをして下さいと言う奴は
アスカの顔が今度は真っ赤になった。
アスカにとってソレは、100点満点の200点めいた回答であったのだから当然だろう。
思わず思考停止するアスカ。
「あ、あれ、アスカ?」
「えっと、その、シンジ………」
潤んだ蒼い瞳に吸い寄せられるようになるシンジ。
近づくシンジに、照れて下がろうとするアスカ。
今度はシンジがアスカを逃さない。
好きだと言ったし、好きだと言って貰ったのだ。
ならば、とばかりに竹刀を持たない手をアスカの腰に回して捉えた。
「アスカ………」
シンジの囁き。
それがアスカの心に閥値を超える力を与えた。
有り体に言えば
再度、シンジの首を両手でガッチリ固定する。
「バカシンジ、言っとくけど先に告白したのはアタシだからね」
アンタは二番だと言うアスカ。
何に対する勝利だか敗北だか判らない。
只、とほうもなく楽しそうに笑っていた。
「僕だって先に言おうとしてたんだよ!?」
「残念。アンタはもう敗者。未来永劫、この結果は残るんだっちゅーの」
「ズルいよ!?」
「もう全て、確定したから何を言っても無駄」
可愛らしく舌を出して笑うアスカ。
憤懣やるかた無いとばかりに顔を歪めるシンジ。
だが何時しか2人は笑った。
笑い合った。
「アスカ、好きだ」
「アンタバカァ アタシの方がアンタの倍は好きよ。アンタのずっと前から」
「好きになってくれて有難う」
「そう言う返し方って悪く無いわよ」
そして2人は静かに距離を詰め、そしてキスをした。
1度のキス。
はにかみながら、頷き合う2人。
「鼻息がこそばゆいから、息しないで」
「ん」
深い深いキスをした。
そして今。
シンジはアスカの両親に、その事を報告する事となったのだ。
昼も、気付いたら2階の候補生に大歓声と共に囃し立てられ、随員としてNERV本部から一緒に来ていた支援第1課の人からは感動したなんて声を掛けられたのだ。
シンジは羞恥心で死にそうな勢いであった。
だが逃げない。
逃げられない。
いつの間にか、
満を持してとばかりにヨアヒム・ランギーが口を開く。
「話があると言う。教えてもらいたい」
満面の笑みだった。
隣のベルタ・ランギーも笑顔だった。
だが、その笑顔が一番
どこかしら義母の笑みを思い出しながら、シンジは固唾をのみ込んでから口を開くのだった。
シンジが胃の痛みと戦いつつある時、同時に、その血縁上の父親も
『碇君。その、この事態なんだが、どうする?』
覇気のない声。
いつもならば下位者である碇ゲンドウを叱責する形で進行するのだが、今回ばかりは違っていた。
誰もが
NERVの存在目的にしてSEELEの悲願、人類補完計画が完全に頓挫状態だからである。
贄となるエヴァンゲリオンと、それを
10体のエヴァンゲリオンのA.Tフィールドの共鳴があって始めて人類補完計画は可能となるのだ。
E計画とは別口で用意しなければならない9体のエヴァンゲリオン。
その建造の為、国連人類補完委員会の予算を
SEELEが帳簿上の彼是をしたとは言え、公式にはNERVドイツ支部で備蓄されていた予備部品であり、その転用は罰せられるべき部類の話ではない。
そもそもの話として碇ゲンドウも
それを後から問題行動をしたと罰を与えるなど出来る筈も無かった。
しかも相手は、NERVの技術部門トップとして名の知られている赤木リツコであるのだ。
無名の人間であれば
そもそも、対使徒戦に於いて赤木リツコによって束ねられたNERV本部技術開発部は重要な役割を担っている。
エヴァンゲリオンの運用支援、整備、そして新機材の開発だ。
失踪どころか、ケガや病気もしてくれるなと言うのが人類補完委員会としての本音であるのだ。
である以上、赤木リツコに何かできる筈も無かった。
「………どうしましょうか」
問われた碇ゲンドウも、悄然とした声で答えにならぬ言葉で答えるだけであった。
搾り取られ続けていると言うのもあるが、そもそも、代案が思いつかないのだ。
そもそも、儀式用のエヴァンゲリオン建造が行われていなかった理由は、儀式の核となる
本来はNERVアメリカ支部で解析と研究、そして再現が行われていたのだが、突然に降って湧いた第2次E計画 ――
ある意味で、
いかな辣腕で知られる碇ゲンドウとて、出来る事は無かった。
が、とは言え哀しいかな宮仕え。
碇ゲンドウは、
「第2期6体分で消費したのは総量の7割と言った所です。現在の予算規模でコレを補うのは簡単ではありません」
そもそも、だ。
SEELEが人類補完計画を諦めてしまえば、それを利用して行う碇ゲンドウの
諦める訳にはいかなかった。
気合を入れる為、深呼吸を1つ。
そして俯き加減であった顔を上げる。
「ですが、不可能ではありません」
『おぉ』
『本当かね、碇ゲンドウ』
「はい。幸い、転用された資材の多くは
『それはまさか!?』
『アメリカ支部のBモジュールか………』
「はい。そのBモジュールです」
覇気の無かったSEELEメンバーの声に、少しだけ感情が籠る。
それは憎悪、否、嫌悪であった。
NERVアメリカ支部技術開発局局長の葉月コウタロウ博士が提唱し、実用試験段階にあるBモジュールは人の力では無く、その名の通り
SEELEメンバーは本質的には人間性、或いは人間賛歌と言うべき人類至上主義者であったが為、そこに拒否感を抱いていたのだ。
或いは警戒感とも言えた。
人によって制御されるべきエヴァンゲリオンを、制御不能の獣に委ねる事への警戒感。
だが、碇ゲンドウは指摘をする。
「極力人を介さないシステム作り、人道主義に基づいた新規制御システムの開発と言う態であれば予算請求は安全保障理事会を通りやすくなります」
子どもを戦場に送らない為の努力。
そういう万人が否定し辛い主張を建前に使おうと言うのだ。
実に碇ゲンドウらしいやり口であった。
『良かろう。もはや手段を選んでいる余裕はない』
『然り。ならば試すのも一興かと』
『碇、君の努力を期待する』
「はい。全てはSEELEの人類補完計画の為に」
NERV総司令執務室。
SEELEとの会議、そのネットワークが終了した碇ゲンドウが疲れた顔で椅子に背を預ける。
軋み音の1つも立てない。
静寂に満ちたNERV総司令執務室。
だが、傍のソファに座っていた冬月コウゾウが声を上げた。
「何とかなりそうなのか、碇」
「するしかあるまい。幸い、Bモジュールに要求されるモノは揃っている」
「だが
儀式用のエヴァンゲリオン。
その問題点は、制御システムだけではないのだから。
「………使徒の遺骸に関する情報、各支部を締め上げて研究成果を余すところまで供出させよう。予算はSEELEが何とかしてくれる筈だ」
仕事をするのが
「そう、願うしかないか」
仕事が増える未来を想像した冬月コウゾウは、聊かばかりゲンナリした顔で嘆息するのであった。
2023.1.4 題名修正