サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 碇シンジが喧嘩した。

 相手は同級生(素人)である。

 その一報に接した時の葛城ミサトの表情は、何とも劇的であった。

 何があった、遂にやったか、何故にやったか、相手に謝罪はどうするべきか。

 雑多な事が瞬時に流れ、そして全てを投げて相方である赤木リツコに煙草を無心した。

 

「大丈夫?」

 

 細い、メンソール煙草をライターごと差し出しながら、心配げに言う赤木リツコ。

 心底心配げな表情をしている時点で、葛城ミサトは自分の表情が果てしなく酷いのだろうと理解した。

 取り合えず煙草を咥える。

 ニコチンの作用で、脳みそを鈍らせて、物事に向かい合わねばならぬ。

 本音を言えばビールが欲しいが仕事中だ。

 そこは我慢した。

 

「大丈夫に見える?」

 

 八つ当たりめいた言葉を漏らしながら、煙草に火を点けようとする。

 点かない。

 ライターを上手く扱えない。

 ただの100円ライターが2度、3度と葛城ミサトを拒否する。

 腹を立て、投げ捨てようかとまで思った所で、赤木リツコが手を差し伸べる。

 

「慌てるからよ」

 

 ライターを葛城ミサトから取り上げて、自分が咥えている煙草に着火。

 深呼吸。

 燃え上がった煙草の先を、咥えたままに火口とばかりにそっと差し出す。

 以心伝心。

 赤木リツコ(マブ)の仕草に全てを察して、自分も煙草を咥えたままに頭を寄せた。

 着火。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 スッと口の中から鼻へと抜けて行く冷たさ(cool感)が、葛城ミサトに冷静さを取り戻させていく。

 2口、3口と吸って、大きく紫煙を吐き出す。

 

「効くわね」

 

 

 

 シンジに付けられていた護衛(ガード)の報告書に改めて目を通す葛城ミサト。

 そこには、第1報の題名から得られる情報よりも少しばかりショッキングでは()()内容が書かれていた。

 同級生に殴られての反撃。

 但し、反撃は限定されたものであり、相手の被害は顔の打撲にのみ留まっている。

 シンジ自身の被害も、顔の打撲にのみ留まっている。

 学校としては、学生同士の諍いであり、血気盛んな中学生としては儘ある事である為、厳重注意及び反省文をもって処分とする。

 そう書かれていた。

 当初、脳裏に浮かんだ事よりは遥かに軽い話であった。

 深く深く深く、溜息をついた葛城ミサト。

 

「どうやら大丈夫みたいね?」

 

「ええ、ホントに」

 

 シンジの監督責任者(上官)として、葛城ミサトが学校に呼び出されていると言う点を除けば、全くもって面倒の無い話であった。

 

「鈴原トウジ君?」

 

 鈴原と言う名前に、赤木リツコは覚えがあった。

 技術開発部の下にある第3新東京市のインフラ整備を担当する施設維持局、その第2課の人間だ。

 割と実直な人間であると言う印象を抱いている。

 とは言え才気あふれると言う訳でも無い。

 只、所属する第2課がエヴァンゲリオンの出撃システムに関わる部門であった為、会議などで顔を良く合わせていたので覚えていたのだ。

 

「あら」

 

 個人情報を確認する。

 確かに鈴原トウジの父はNERVの人間であった。

 対して葛城ミサトは別の意味で、鈴原トウジの名に見覚えがあった。

 第1次使徒迎撃戦で発生した数少ない周辺被害者、その身内として記憶していたのだ。

 使徒迎撃を主任務とする作戦局は、同時に、人類の保護も担っている ―― そう自負していた。

 だからこそ、戦闘の影響で被害者などが出れば、その情報を精査分析して、出来る限り再発しない様に努力しようとしていたのだ。

 

 兎も角。

 被害者である鈴原サクラを良く見舞いに来る家族として、鈴原トウジの名前を覚えていた葛城ミサトは、突発的にシンジを殴ったと言う理由を察した。

 

「コレ、チョッち厄介ね」

 

 鈴原トウジの感情を理解する事は出来る。

 同時に、シンジに責任が無い事も当然なのだ。

 ある意味、戦争などでよくある、どうにもならない、誰が悪い訳でも無い不幸な出来事なのだ。

 簡単な対処法としては、2人を引き離せばよい。

 だが、そうすると事はより拗れるだろう。

 そもそも、シンジにせよ鈴原トウジ ―― 鈴原家にせよ、NERVとの兼ね合いから第3新東京市から離れる事は簡単では無い。

 どうやれば解決するのか。

 頭を掻きむしりたくなった葛城ミサトであったが、それをやんわりと赤木リツコが止めた。

 

「取り合えず、今日はどうするの?」

 

「今日? ああ、レイとシンジ君の顔合わせか」

 

 漸く病院を退院した綾波レイ。

 今日はシンジとの顔合わせの日だったのだ。

 可愛い子だからよろしくしてあげてね、何て下世話な事の1つでも言って空気を和ませて、そんな事を葛城ミサトは考えていたのだが、全てがご破算(パー)である。

 世の中そんなモノであるとは言え、中々に無情だと頭をかいた。

 

「延期する?」

 

「…………いや、やっちゃいましょ。レイも来ているし、シンジ君もコッチ(NERV)に向かってるらしいから」

 

 

 

 

 

 シンジにとって今日は途轍もない面倒くさい日であった。

 今日、初めて顔を合わせた同級生から、訳の分からぬ形で殴られた。

 殴り返した。

 そこは良い。

 殴られた分殴り返したのでスッキリはしたのだから。

 頬が少しばかり腫れ、唇が切れていたが、逆に言えば被害はその程度だからだ。

 だから鷹揚な気分で居られた。

 なのでシンジは相手が殴ってきた理由が知りたかった。

 聞きたいとは思ったけども、喧嘩相手とは先生につかまって叱られて、それっきりになった。

 事情聴取された時も治療を受ける時も別の部屋だったのだ。

 当然かもしれない。

 一緒に居たメガネがクラスメイトなので、明日にでも学校に行ったら聞けばいい。

 そう割り切っていた。

 

 取り合えず、殴ってきた理由が判らない。

 だが、ムカつく理由であれば再度殴って〆れば良い。

 なんと言うか、思いつめた様な顔をしてたから手加減したけど、下らない理由なら手加減抜きで潰せばいい。

 父親、碇ゲンドウの時の様に、或いは嘗ての学校で虐めをしてたような奴の時の様に、歯の数本も折ってしまえば心は簡単に折れる。

 折ってしまえる。

 そうシンジは気楽に考えていたのだ。

 シンジは、正直な話として暴力は好んではいなかった。

 だが、暴力でしか解決できない事もあると理解していたのだ。

 

 そんなシンジが面倒くさいと思う事。

 それは、NERVの応接室で互いに自己紹介をしたばかりの同僚、初めて顔を会わせた先輩(1st チルドレン)、綾波レイが自分の頬を叩こうとしてきた事であった。

 

 

碇シンジじゃ(碇シンジです)よろしゅうおねがいしもんでな(今後、よろしくお願いいたします)

 

「そう、貴方が碇司令を叩いたの?」

 

じゃっど(そうだけど?)

 

「そう……」

 

 そして叩かれそうになる。

 白い、ほっそりとした綾波レイの手。

 それをシンジは掴んで止める。

 掴まれた手を必死になって抜こうとするが、握力と膂力の差で出来ない。

 綾波レイは、不満げな、或いは泣きそうな顔でシンジを睨む。

 

ないごてか(なんでさ)

 

 

 

 立ち会っていた葛城ミサトや赤木リツコが慌てて止める。

 半分は綾波レイを落ち着かせようとして。

 もう半分は、シンジが暴力を振るわない様にと動いていた。

 それがシンジには不満だった。

 シンジには矜持がある。

 女性を殴る様な女々しい事が出来るものか、と言う矜持が。

 

 兎も角。

 冷静な赤木リツコによる説得で、手を挙げる事を止めた綾波レイはソファに悄然と座った。

 少し脱力している。

 手には葛城ミサトが用意したホットココアがある。

 横に座っている赤木リツコが、色々と耳元へと話しかけ、会話をしている。

 

 その様を、シンジは少し離れた席から見ている。

 直衛(ガード)と言う訳では無いが、此方には葛城ミサトが来ていた。

 

「吃驚したわよね、シンジ君」

 

じゃっでよ(本当に。意味が判りませんよ)

 

「ゴミン、コレは少し考えておくべき事態だったわ」

 

 頭を下げて謝罪する葛城ミサト。

 その頭頂部を見ながら、シンジは首を傾げた。

 何故、葛城ミサトが謝るのかと。

 訳の分からぬ激発をしたのは綾波レイであり、如何に葛城ミサトがエヴァンゲリオンパイロット(チルドレン)を管理するのが仕事であるとは言え、そこまでする必要があるのかと思ったのだ。

 シンジは、この10日ばかりの付き合いで、上官(上位者)である葛城ミサトに対しては相応の敬意、或いは能力への信用をする様になっていたので、特に不思議を感じたのだ。

 だが、そうであるが(能力を持っているが)故に葛城ミサトは頭を下げているのだ。

 

「あの子、レイは碇司令と仲が良くてね」

 

 綾波レイは碇ゲンドウに対して強い信頼を抱いている。

 そして碇ゲンドウも、その信頼を裏切らず、綾波レイを大事にしている。

 最近まで綾波レイが入院をしていた理由、エヴァンゲリオン零号機の事故の際に碇ゲンドウは火傷を負ってまでして綾波レイを助けたのだ。

 余人を以ては解らぬ、謂わば絆があると葛城ミサトは説明する。

 

そはよかどんからん(そこはどうでも良いけど)

 

 微妙な顔をするシンジ。

 碇ゲンドウの後妻話が、その脳裏に蘇って来ていたのだ。

 余程に親しく無ければ出会い頭に他人を叩こうとする人は居ない。

 かと言って、血縁と言うか親子と言うのはあり得ない。

 綾波レイはシンジと同じ年齢なのだから、シンジの母親である碇ユイが存命の頃に不倫をした相手の子、と言う訳では無いだろう。

 鹿児島の、碇ユイの親戚な養父母によれば、仲睦まじかったと言っていたのだから。

 となれば答えは1つになってくる。

 後妻だ。

 頭を抱えたくなるシンジ。

 死別しているのだし誰と結婚するのも自由ではあるのだが、同級生が法律上の母親になるというのは勘弁して欲しいと心底から思っていた。

 と言うか、自分の子どもと同じ年の子を嫁にしようなど、変態趣味にも程がある。

 もう2~3発は、何らかの理屈を付けて殴って、正気の所在を確認すべきかとシンジは悩む事となる。

 

 そんなシンジに気づかず、葛城ミサトは必死になって綾波レイの紹介(フォロー)を行う。

 

「素直な、良い子なのよ」

 

じゃひとな(そうなんですか)じゃっどん、そいが問題やったろな(でも、それが問題になったんでしょうね)

 

 素直であるが故に変態(碇ゲンドウ)に騙されたのだろう、と。

 シンジは深刻な顔で綾波レイを見るのだった。

 

 

 いくばくかの時間。

 赤木リツコによる声掛けの結果、気を取り直して再度の御挨拶となった。

 

よろしくおねがいしもんでな(宜しくお願いします)

 

 後輩(新参者)と言う事で頭を下げたシンジ。

 が、綾波レイはプイっと横を向いて受け入れなかった。

 

「命令があればそうするわ」

 

 その表情。

 その声色。

 副声音があるとするならば、命令が無いと仲良くしませんと言う辺りだろう。

 ここに居た誰もが、その意図を誤解しなかった。

 

 この場で一番に感情を素直に出せる葛城ミサトは、思わず天を仰いで(アッチャー と呟いて)いた。

 赤木リツコはコメカミに右の指先を当てた。

 そしてシンジは、何とも言い難い顔をして呟いていた。

 

ユニークなおごじょじゃんな(個性的な女の子だ)

 

 綾波レイは、神経が太目なシンジを唖然とさせると言う戦果を挙げたのだった。

 

 

 

 

 

 




綾波フラグ だーい
ここまで美事に折れるとは、このリハクの目をもってしても(何時もの盆暗(アンボン

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