【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 作:◆QgkJwfXtqk
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NERVドイツ支部に近い大都市であり、その運用基盤ともなっているハンブルク市。
その中央にある繁華街の一角、高級ブティックにベルタ・ランギーと惣流アスカ・ラングレーの姿はあった。
楽しそうにアスカの服を選んでいる。
選んでいるのは明るい色が用いられた夏服 ―― ワンピースだ。
常冬のドイツでは滅多に着れない服がブティックに並んでいる理由は、この店に来る様な富裕層は割と頻繁に温かい地方へと旅行に行くからであった。
そして、当然ながらもアスカにと選んでいる理由も、日本で着る為であった。
「
アスカが試着したワンピースを見て、ベルタ・ランギーが満足げに頷く。
モード系の、デザイン性が優先されてデザインされたドレスめいたワンピース。
少しばかり生地が薄い為、日常使い用と言うよりも
だからこそ、選んでいると言えた。
「
鏡の前で身をひるがえして見る。
アスカも納得する可愛らしさがあった。
「
胸に向日葵の社員証を下げた妙齢の
その言葉が耳に入らない様にアスカは鏡に映る、赤を纏った自分の姿を見ていた。
赤色は好きだった。
エヴァンゲリオン弐号機を塗る色を赤と指定したのはアスカだった。
プラグスーツの色も合わせている。
だが、私服で赤色を纏う事は無かった。
選べなかったのだ。
それは惣流キョウコ・ツェッペリンとの思い出が深すぎた色だからだ。
自分が判らなくなった母親に、思い出して貰おうとした時に着ていた赤い服。
エヴァンゲリオン弐号機のパイロットに選ばれた時に、自分に気付いてほしいと思った時に着ていた服。
だが、惣流キョウコ・ツェッペリンと言葉を交わす事は出来なかった。
白い服で宙づりとなって果てた、惣流キョウコ・ツェッペリン。
その時を思い出せば、何時もアスカの動悸は早くなってしまう。
好きだ。
好きだけど選べない。
だから黄色や緑色のワンピースを着ていた。
そんな立ち止まっていたアスカの背中をそっと推したのが碇シンジだった。
ランギー家での雑談で、アスカって赤い私服は持ってないよねと言った。
似合いそうなのに、とも。
自然と漏らした言葉だったが故に、アスカへの影響力は絶大だった。
照れて顔をほんのりと染めたアスカに、ベルタ・ランギーが気付き、今日の買い物に繋がったのだった。
何より、シンジが似合いそうだと言ったのだから。
「
「
微笑まし気にアスカを見ているベルタ・ランギー。
義母である彼女にとって、アスカと買い物に行く事は夢であった。
仲良くなりたいと思って居たし、しかも娘なのだ。
可愛いアスカ。
色々な経緯から隔意があるのは仕方ないと受け入れていたが、それでも惣流キョウコ・ツェッペリンの忘れ形見としてアスカを大事にしたかったのだ。
その夢が叶ったベルタ・ランギーは今日は浮かれていた。
その浮かれ具合は、靴だのバックだのの小物店から店を梯子している所にも出ていた。
尚、荷物は全部、付き添いに来ていた碇シンジが、付き添い2号であるハーラルト・ランギーとも協力してせっせと車に運んでいた。
既に荷物は大きな車のトランクを一杯にする勢いとなっていた。
「シンジ!」
ベルタ・ランギーと店員二人掛りの褒め言葉に満面の笑みとなったアスカが
そこまでであった。
「シンジ!?」
護衛役のNERVドイツ支部の人間が、シンジの耳元に口を寄せて囁いている。
そしてシンジは真剣な顔で頷いている。
アスカも察した。
「
使徒襲来。
疑問ではない。
確認だ。
「
シンジも静かに同意する。
2人の雰囲気が一変した事に、ハーラルト・ランギーが目を白黒とする。
否、ハーラルト・ランギーだけでは無い。
ベルタ・ランギーも、ショックを受けていた。
何時までも続いて欲しかった平穏が、突然に断ち切られたのだから。
止めたい。
だが、止められない。
声が出せない。
アスカの、シンジや他の
そんなベルタ・ランギーを尻目に、2人は己の為すべき事に動き出す。
「NERVの車を回すって」
「ん、了解__
ドレスめいたワンピースでする事では無いが、アスカは背筋を伸ばし、踵を合わせて母親であるベルタ・ランギーに礼をするのだった。
そして最後に、支払いをお願いっと笑った。
出世払いで、とも続けた。
まだ買っていないワンピースであるが故の散文的な言葉であり、実際、着替えている時間は無いというのもあった。
だがそれ以上に、必ず帰ってくると言う意思表示だった。
シンジとアスカが漂わせる空気を察したのか、不安げな顔をしたハーラルト・ランギーをベルタ・ランギーはそっと抱きしめながら出来る限りの笑顔を作った。
「
「
そしてシンジを見る。
「アスカ、オネガイシマス」
拙くも心のこもった言葉に、シンジもまた背筋を伸ばし、そして頭を下げた。
「
NERV本部第1発令所。
そこで葛城ミサトは厳しい顔で立っていた。
正面の大画面には、第2東京の近郊にある
映し出されている筈だが、そこには今、
大至急の復旧作業が行われているが、NERV本部とNERV松代支部の情報ネットワークは寸断されていた。
今日は本来、第2次E計画に基づいた
だが、その全てを
それも物理的に。
NERV松代支部のセンサーが警報を発した瞬間、原因不明の爆発が発生したのだ。
現地に派遣されているNERV本部のスタッフとも連絡不能。
NERV本部管理下にあるエヴァンゲリオン3号機と専属搭乗員である鈴原トウジの消息不明と言うのが重大であった。
又、
取り敢えずNERVドイツ支部に連絡し、大至急にシンジとアスカ、それにエヴァンゲリオン弐号機の帰還を命令していた。
ロケットを増設して成層圏まで一気に昇らせて、空気密度の薄い空間を飛ばす事で超音速を発揮させて日本列島上空まで一気に2時間で到着させ、そのまま深い角度で大気圏突入させる予定であった。
最悪、
対してシンジは
此方は極超音速を発揮可能である為、その航路を飛ぶ民間機の全てを下すと言う条件下では1時間での帰還が可能であった。
否、1時間でシンジを戻す積りであった。
NERVの特権はこの為にある、そういう事である。
この調整に、NERVの副司令官である冬月コウゾウは掛かりっきりとなっていた。
険しい顔をした葛城ミサトに歩み寄って来た日向マコト。
報告と口を開く前に葛城ミサトが問いかけた。
「偵察機は?」
「小松からUNの機体が出てます。5分で現地を確認できますが……」
「現地との通信はまだって事ね………青葉君、日本政府から連絡は?」
「あちらも相当に混乱しているみたいです。何の連絡も上がってきません!」
「ジャパンNERVなんて御大層な看板を掲げてる癖に。戦自は?」
戦自、戦略自衛隊。
陸海空の3自衛隊が国連軍に供出されているが故に生み出された、日本が保有する4番目の自衛隊であった。
国連軍は、
日本政府の意志だけで抜ける力である。
日本で言えば、ロシアとの北方4島や韓国との竹島。
そして中国との尖閣諸島である。
攻守と言う意味では攻める側の北方4島や、もはや伝統めいている竹島に関わる政治的問題は、ある程度は日本政府としても
だが、中国と尖閣諸島は別だった。
戦乱などによって政情不安定な中国は、
国連安全保障理事会で日本が度々、問題として提示してはいたが中国やロシアの拒否権行使によって対話による解決の道筋は存在していないのが実状であった。
だからこそ、の戦略自衛隊であった。
戦略自衛隊は他の3自衛隊に比べれば戦闘職種と後方も含めて5万人規模と、極めて小規模であったが、ふんだんな予算による十分な装備と訓練によって世界第1級の戦力に数えられていた。
その戦略自衛隊の1個連隊、戦略自衛隊第1装甲連隊が日本の首都たる第2東京の近郊に駐屯していたのだ。
既に
だが指揮権があっても、情報が無ければ手の打ちようがないのだ。
「葛城中佐!」
パウル・フォン・ギースラーが声を上げた。
その手元のディスプレイにオレンジで描かれたLiveの文字が入っている。
現場部隊との通信が通ったのだ。
「良くやった!」
回復した通信によって改めて
爆発によって披露目会として集まって来ていた来賓や一般市民など死屍累々であり、施設設備も半壊と言う惨状であった。
NERV松代支部の救急部隊だけでは手に負えず、第2東京の市救急隊も出動する騒ぎとなっていた。
下を見ても3桁からの重体重傷者が発生しているのだ。
当然の話であった。
問題は、
使徒は突然に襲ってきたのではなかったのだ。
デモンストレーションとして行われる予定であった
即ち、使徒は
「MAGIの誤報では無かった訳ね」
忌々し気に言う葛城ミサト。
最初の一報の時点で、
だが、詳細確認が終わる前に通信が途絶していた為、確証が無かったのだ。
「目標はどうなった」
冷静に確認するパウル・フォン・ギースラーへの返答は、中々に想定の上を行くものであった。
『現在、
「っ!?」
第1発令所の誰もが、その報告に息を飲んだ。
だが、エヴァンゲリオンの随伴機としての役割を追求した結果、初代に比べて極めて頑強な構造を与えられていたのだ。
光学兵器などによる攻撃を受けない限り、そうそうにダウンしないだけの装甲も持っていたのだ。
とは言え絵面は酷いものだった。
しがみついている
その足元で懸命な、本当に命がけの救命活動が行われているのが見えた。
一切の躊躇も見せずに救急車やトラックが使徒の足元にまで突進し、死傷者の救助に当たっているのだ。
その様に人として感に堪えぬとの感情を抱き、だが指揮官であると言う立場故に歯を噛みしめて耐えた葛城ミサトは、背筋を伸ばして声を発した。
「結構! 松代支部と時田技官達、救急隊、現場の全ての人間の献身に感謝するわ」
『只、時田技官が言うには__ 時田さん! 本部に繋がりました!!』
画面の外に呼び掛けたNERV松代支部スタッフ。
その声に、包帯の下からもまだ血を流していた時田シロウが顔を出した。
乾いた血と泥にまみれた顔であったが、実に生気に溢れていた。
だが言葉はケチる様に単刀直入だった。
『葛城さん悪い話です。
度重なる打撃によって、関節部の負荷が尋常では無いのだと言う。
しかも主機たる
最悪、
『最悪。そう言って宜しいかと』
「………いえ、最悪では無いわ。貴方たちと
『ですが、途中の市民の避難は…………』
長野県松代地方にあるNERV松代支部。
そこからNERV本部までの距離は直線で100㎞以上。
開けた道路を使えば300㎞近い距離があり、その間には幾つもの市や村があるのだ。
時田シロウの苦悶は当然の話であった。
「………それは私たち作戦局が考える事よ。貴方たちは自分の役割を全うしたの。それだけを考えて後は退避して下さい」
責任は指揮官に帰する、だから心配し過ぎては駄目だと言う葛城ミサト。
正論ではあった。
現場にいる人間で全てを解決できる、解決せねばならない。
そんな風に思う程、時田シロウとて子どもではないのだから。
『判りました』
悄然として頷いた時田シロウ。
根底に人を守りたいと言う思いがあり、その思いに突き動かされる儘に手を尽くして政府を動かし、計画を立案し、企業と技術者をまとめ上げ、40m級の人型ロボットジェットアローンを生み出した鬼才科学者であるが、それでも出来ない事はあると理解する理性は残っていた。
祈りと共に現実を受け入れようとする大人たち。
だが、この場には子どもが、現実を拒否すると言う強い意志を持った人間が居た。
鈴原トウジだ。
『待ってくださいっ!!』
敢然と声を上げ、通信画面に時田シロウを押しのけて出て来る鈴原トウジ。
その姿は酷いモノだった。
着ているNERVの
時田シロウと同じく、最初の爆発に巻き込まれていたのだ。
だが、目は死んでいなかった。
その無事を喜ぶ声を葛城ミサトが発する前に、畳みかける様に言葉を連ねる。
『ワイが3号機で時間を稼ぎます! 使徒ん奴は動かん3号機に見向きもせんから、倒れとる以外は無傷なんでっせ!!』
「…………直ぐに支援は回せないわ。貴方1人で使徒に立ち向かうのよ」
NERV本部にて待機中の綾波レイとエヴァンゲリオン4号機。
だがその即時投入は出来ないでいた。
NERV本部を手薄にする訳には行かない為であった。
以前の浅間山の戦訓によって、遠隔地に投入したエヴァンゲリオンの回収には尋常では無い時間を必要とすると言う事が判明した結果であった。
今回の第13使徒の能力、その詳細が判明していない段階でいたずらにエヴァンゲリオン4号機を投入した結果、第13使徒がエヴァンゲリオン3号機とエヴァンゲリオン4号機を無視して一気にNERV本部を強襲した場合、対応が出来ないのだからだ。
「シンジ君とエヴァンゲリオン初号機は早くても後___ 」
日向マコトがさっと指を4本立てた。
あと40分。
そう言う事であった。
既にシンジの乗る
ドイツからNERV本部までの征く道、その半分を越えようとしている。
NERV本部の空港に到着する迄に後20分。
そこから、間髪入れずにエヴァンゲリオン初号機を乗せた
長い、長過ぎる時間と言えるだろう。
独りで使徒と対峙した事のない鈴原トウジにとっては永遠と言える時間になる可能性が高かった。
だが、それを鈴原トウジは快活に笑い飛ばす。
『センセも第5使徒ん時にやった事やと聞いとります。なら男鈴原トウジ、同じ男や。やってみせるってなモノですわ』
但し、その顔は真っ青だった。
シンジとの技量の差を理解していない訳では無い。
只、担うべき務めがあるのであれば、逃げたくはない。
そういう事であった。
そんな鈴原トウジの腹の底までも見抜く様に、厳しい顔をする葛城ミサト。
誰も声を挟めない寸毫にして永劫めいた時間。
折れたのは葛城ミサトであった。
溜息を1つ。
そしてNERV松代支部の人間に確認する。
「エバー3号機の状態は」
『損傷は軽微です。重装甲の
「電力状態は?」
『そちらも問題ありません。基地の供給システムは死んでいますが__ 』
NERV松代支部スタッフの言葉を引き継ぐ様に時田シロウが胸を張って断言する。
『
心なしか
否、時田シロウだけではなく、鈴原トウジも他の通信画面に映るスタッフの誰もが強く笑っていた。
その笑みが感染したかのように葛城ミサトも笑う。
「結構! なら反撃を始めるわよ」
NERVは決して使徒を相手に退かぬ、背中に居る人々を守る。
そういう顔であった。
手早く、機付き班とチェックをしていく。
フト、気付いた。
鈴原トウジとそれなりに仲の良かったアメリカ人の機付き長が居ない事に。
鈴原トウジは納得し、これが戦場なのだと実感した。
今まではシンジが居たしアスカが居た。
綾波レイの背中を前に見ていた。
だが、今は独り。
正しく初陣と言うべきかもしれない。
深呼吸する。
予備電源で点灯しているエントリープラグのシステム。
外の映像が見える。
四肢が半壊しても尚、使徒にしがみついている。
それは、すぐ先のエヴァンゲリオン3号機の姿かもしれない。
だがそれでも、鈴原トウジは乗ると、戦うと決めたのだ。
時計を確認する。
シンジの到着まで後30分。
するしかない。
するのだ。
そう決めた事に後悔はきっとしない。
しないだろう。
鈴原トウジはシンジの様に、アスカの様に笑う。
笑って自分を鼓舞する。
「待っとれよケンスケ。助けてやるさかいな!」
エヴァンゲリオン3号機が起動する。
2023.1.9 文章修正