【本編完結】サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件 作:◆QgkJwfXtqk
14(Ⅰ)-1 Nightmare
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NERV本部戦術作戦部作戦局局長執務室に呼び出された惣流アスカ・ラングレー
既に第15使徒との戦いから1週間が経過していたが、まだ、その顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。
着ているのはアイロンをしっかりと掛けられたNERVの
呼び出した相手が葛城ミサトであるとは言え
「で、何の話なの」
敬礼と答礼と言う儀式を済ませたアスカは、開口一番に尋ねた。
口調が上位者を相手にするには余りにも険しいと言う自覚はあったが、正直な話として今のアスカに余裕が無かった。
そんな態度を前に、葛城ミサトは少しだけ笑った。
それが含意の無い柔らかな笑顔だった。
「こういう形で呼び出されてなんで、何と言うか、色々と思う所もあるかもしれないけど、悪い話じゃないわよ」
「なら、さっさと言ってよ」
「いや、チョッち落ち着いて聞いてほしいから前置きするのよ。話は最後まで聞いてくれる?」
「そういう前置きが不安を掻き立てるんだけど」
「いや私は要らないんじゃないかと思ってたけど、相談したらリツコが最初に言っとけって言うから」
「?」
「取り合えずアスカ、座って。珈琲を入れるから」
「………判った」
ソファに座るアスカ。
柔らかなソレが、その体を包み込まれる様な感覚を与える。
足元から這い上がって来る様な疲労感。
第15使徒戦から今日まで、眠れない日々が続いていたが故の事だった。
己を責める様な嘲笑う様な声が聞こえるのだ。
無能であると、無力であると、父に捨てられたと、母に捨てられたと、頼るべき相手のいない孤児であると。
知っている人間の声で笑われるのだ。
それが幻聴であると判る。
否、幻聴であり事実では無いと判らせてくれる相手、シンジが常にそばにいるから耐えられていた。
欲すれば常に抱きしめてくれるし、頭を撫でてくれる。
そうでない時、逆にシンジも又、自分を欲するかのように突発的に抱きしめてくれるのだ。
だからアスカは、そんな時、自分がされて嬉しい事を返していた。
力一杯に抱きしめ、或いはキスをした。
シンジの耳に大丈夫だからと何度も何度も言葉を注いでいた。
アスカとシンジは今、ある意味で相互に承認し合っている様なものであった。
だがそれが効果を発揮するのは起きている時だけであり、寝てしまえば同じベッドに居ても意味は無かった。
慌てて飛び起きて、隣にいるシンジに縋りつく。
そんな夜が続いていたのだ。
又、調子の悪さはエヴァンゲリオンの
第15使徒以前の半分にも満たない所にシンクロ率は下がっていた。
それがアスカの心に負担を与えていたのだった。
そんなアスカの前に置かれた珈琲セット。
鼻孔をくすぐる、温かさを持った香り。
「大丈夫よ。今、アスカがツラい状況だってのは判ってるから」
「………そう」
アスカの正面のソファに座る葛城ミサト。
その表情も優れない。
ドキツいとすら言える厚塗りの化粧によってすら誤魔化せない、疲労の色が浮かんでいた。
仕事による過労もだが、シンジやアスカ同様に己を責める幻聴が聞こえたりもするからだった。
シンジやアスカとの違いは、向精神薬による治療を受けられると言う事だった。
エヴァンゲリオンの操縦は、
向精神薬の類は、心に触る事だからだ。
エヴァンゲリオンの操縦に於ける難しさが出た事とも言えた。
葛城ミサトはいつも以上に意識して、笑顔を浮かべる。
楽しそうな声を作ろうとする。
「先ず、簡単な話から行くわよ? アスカ、貴女の階級を大尉に昇進させるわ。併せてNERVエヴァンゲリオン戦闘団に於ける
「大尉って、いや、そんな事より現場指揮官って何よ?」
「言葉通りよ。正直、使徒の能力が意味不明過ぎるし、戦闘の推移が速過ぎるから
あっけらかんと笑う葛城ミサト。
それから真顔になって真摯な姿勢で頭を下げた。
「なっ、何よ!」
「いや、コレね、今更の話なんだけどさ、アスカ達の現状を考えた時に、実質的な事は兎も角として、責任とか、責任を果たす対価とかがなおざりだったって反省があったのよ」
第15使徒による広域へのA.Tフィールドによる攻撃。
多くの人間が苦しみ、そして一部の人間は
悲惨な現実。
だが同時に、それが
多くの人間が救われた。
だが、その対価としてアスカもシンジも戦闘の
しかも、
まともな大人では、耐えられない現実であった。
だからこそ何かできないかと大人たちは考え、行動しているのだ。
アスカの昇進と現場指揮官就任はそれらの行動の結果、その1つであった。
責任を負わせるのは仕方が無い。
であればこそ、対価は正しく用意しよう。
そういう話であった。
「と言う訳でアスカ。現状の追認以外の何でもないけど、棒給は上がるわよ」
「………アリガト」
「後、勲章の授与。コッチはシンジ君と一緒で第15使徒戦での献身を称えると言う意味で
「使徒と闘うのは私の
だが、今のアスカは素直に受け入れきれずに居た。
それは何とも
だから葛城ミサトは自分のソファからアスカの隣に移り、そっと抱きしめた。
「待ちなさいアスカ」
「な、何よ!?」
「良いから少し黙ってみて」
突然の事に身を固くしているアスカ。
その緊張が途切れるまで葛城ミサトは黙って抱きしめ、そして緊張が解けたと思しき時になって漸く言葉を紡いだ。
「例え戦うのが義務であったとしても、その中でアスカやシンジ君が自ら傷つく事を厭わずに、他人の為に献身したと言う行動は決して輝きを鈍らせるモノでは無いわ」
「判ってるわよ、でも………」
「報告は見たわ。私だって酷い夢しかみてないもの。見てよ厚化粧」
「……確かに酷いわね」
至近距離だから判る、戦車の装甲板めいた厚化粧にアスカも少しだけ笑った。
その笑みに、葛城ミサトも笑う。
「でしょ? でもアスカ、だからこそ信じて欲しいのよ。私たちはアスカを信じているって事を。アスカは今、自分を信じられないかもしれない。だけど、アスカを信じてる私たちを信じて。直ぐ傍にいるシンジ君だけじゃない。私たちだってアスカを大事に思って居るって事を」
「………アリガト」
俯き、湿っぽい声で頷いたアスカ。
その顔が上がるまで葛城ミサトはそっとアスカを抱きしめていた。
「さて、で、話なんだけどね」
いくばくかの時間が過ぎ、俯いていたアスカが顔を上げ、冷めた珈琲を飲み干し、そして熱いお代わりを用意した後で葛城ミサトは、改めてと声を出す。
「アスカとシンジ君に傷病休暇と
「どういう事?」
「
薬物治療が出来ないのであれば、少しばかり空気の良い場所でせめての気分転換を図らせるべきだとの判断であった。
「エバーから離れて、少しのんびりしてリフレッシュしてきなさい」
「帰って来なくて良いなんて、言わないのね」
「悪いけどアスカ、それは無理。貴方とシンジ君のペアは戦果をバカみたいに積み上げているエースなんだから。降りたいって言っても降ろさないわよ」
逃がしやしないと笑う葛城ミサト。
その表情から冗談だと判ったアスカは、少し笑いながら返した。
「言う訳ないじゃない」
「でも、何で態々ここに呼んだの?」
「家だと、昇進とかの栄誉な話を言うにしても雰囲気が出ないんじゃないかって思ったのよ。チョッちアスカには悪い想像をさせちゃったけど」
「良いわよ、許す」
「有難うアスカ。愛しているわよ」
「要らない。ミサトは加持さんと宜しくやってれば良いのよ」
少しだけ気が楽になったアスカは、小さく笑みを浮かべた。
その顔をギュッと抱きしめる葛城ミサト。
「小娘がっ!」
そんな風に笑いながらであった。
NERV本部第2適格者休憩室。
少し前は騒がしくもあったその部屋は、今、静かになっていた。
「アスカ達、それで居ないのね」
鈴原トウジからアスカとシンジの療養を聞いた洞木ヒカリは納得すると共に、寂しそうな顔で頷いていた。
第15使徒戦での被害対応や、非戦闘員その他の避難などもあって第壱中学校は現在休校となっていた為、これ幸いとNERVに来ていたのだ。
小学生の妹を持つ身であったが、幸いと言うべきか今は家に大学生であった長女の洞木コダマが自宅待機中であったので、家事を
否、快く押し出されていた。
洞木ヒカリがNERVに行きたい理由など
とは言え夕方に洞木ヒカリが帰宅してきたら、微に入り細にわたってその日の出来事を妹である洞木ノゾミと一緒に聞き出そうとする辺り、少しばかり
兎も角。
状況は安穏とはしていないが、その最中であっても青春をしている洞木ヒカリと鈴原トウジであった。
「おお。療養ゆーて、空気が美味しくて緑豊かな、温泉の湧いとる所に行っとる訳や」
「? でも、碇君は家族の所って話よね?」
「そや」
「なら、アスカもドイツの温泉地?」
「それが残念ながらNERV本部からは遠すぎるさかいな__ 」
凄く楽しそうな顔をしている鈴原トウジ。
何と言うか、友人の陥っている状況が楽しくて仕方が無い。
そういう顔である。
「センセと一緒に鹿児島や」
「あっ、あらあらあらあらっ」
乙女の顔というか、乙女がしてはいけない様な楽しそうな顔になる洞木ヒカリ。
これは帰ってきたら色々と聞きださねばならぬ。
そういう顔であった。
シンジの実家の話を聞く洞木ヒカリ。
鹿児島は霧島市にあると言う、そんな鈴原トウジの話を楽しそうに聞いていた。
一通り、鈴原トウジが面白おかしく語り終わった時、又、第2適格者休憩室は静かになる。
別に2人しか居ない訳では無いにも拘わらずである。
綾波レイも渚カヲルも居るのだが、共にソファに座って呆っとしていた。
「
音楽を聴くでも無く、本を読むでも無く、第15使徒のA.Tフィールド攻撃を浴びてから2人はこんな調子だった。
会話もする。
日常生活も問題ない。
食事だって普通に食べている。
シンジやアスカの様に幻聴に悩まされたり、或いは不眠になっている訳では無い。
だが、確実に異常な状態になっていた。
そもそも、綾波レイは兎も角として
それを異常と言わずしてどうする、と言う話であった。
「大丈夫かしら」
「なるようにしかならん。そんな風にリツコさんもゆーとったで」
A.Tフィールドが第15使徒の攻撃によって薄くなったことで自我境界線が云々と言う説明を赤木リツコから受けた鈴原トウジであったが。
哀しいかな、普通の中学生。
学力優秀とは言い難い、ごく普通の子ども故に、言われた事の半分も理解出来て居なかった。
だから説明が雑になる。
だが、雑だからこそ他人に伝わりやすいとも言えた。
正確ではなくても、概ね、状況が伝わると言う意味でだ。
「………大丈夫なの?」
それは2人の状態に対するモノでは無かった。
それはエヴァンゲリオンに関してであった。
シンジとアスカと言う
洞木ヒカリが不安を覚えるのも当然であった。
次の使徒が来た場合、鈴原トウジの乗るエヴァンゲリオン3号機が矢面に立つ事になりかねない、と。
だが、そんな洞木ヒカリの心配を鈴原トウジは否定する。
「大丈夫やろ。アメリカから助っ人が来るゆーとったからな!」
それも近日中だと言う。
Bモジュール開発試験機であったエヴァンゲリオン8号機、そして
NERVアメリカ支部は、戦力の柱となる完成済みのエヴァンゲリオン8号機を手放す事を渋っていたが、NERV総司令官である碇ゲンドウが剛腕を発揮して国連安全保障理事会を動かしてまでして無理矢理に持って来させたのだ。
かつての超大国であったアメリカならいざしらず、
国連安全保障理事会は碇ゲンドウの説明、使徒との最前線である第3新東京市で開発を続行した方が良い ―― 早期の
そこには少しだけ
万が一にもアメリカ本土に使徒が来たとしても被害を受けるのはアメリカだ。
1999年以前には、超大国にして覇権国家として横暴な態度で世界を自由にしていた国家なのだ。
多少、痛い目を見るのも悪くはない。
そう言う気分であった。
碇ゲンドウは、その様な国々の気持ちを突く事でNERVアメリカ支部からエヴァンゲリオン8号機とその専属操縦者を巻き上げる事に成功していたのだった。
「とりあえず、ワイと組んで第3小隊ゆーことらしいで?」
「男の子なの、それとも女の子なの?」
何ともアレであるが、恋する乙女にとっては重大事である。
アスカや綾波レイを見れば、エヴァンゲリオンの
だが、鈴原トウジの反応は微妙なモノであった。
「判らん」
「え?」
「教えて貰えんかったんや」
「ミサトさんから?」
「ミサトさん
「…………何か、大変ね」
「ま、何とかなるやろ」
お気楽とも言える鈴原トウジの態度。
だが、NERVの大人たちは、そのお気楽な態度に大いに助けられているのだった。
「さて、今日の昼飯は何やろかな」
鈴原トウジの周辺だけは、少しだけ明るい空気が漂っているのだった。
2023.05.26 文章修正
2023.06.04 文章修正