サツマンゲリオン ~ 碇シンジが預けられた先が少しだけ特殊だった県/件   作:◆QgkJwfXtqk

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 布団から飛び出した足が感じる冷たさ ―― 冷房によって冷やされた(イグサ)の肌触りに目が醒めた惣流アスカ・ラングレー。

 頬に張り付いた自らの髪から逃れる様に顔をふり、そっと目を開いた。

 

「ん?」

 

 言うまでも無く隼人碇家、アスカが寝起きしている部屋であった。

 畳に敷かれた布団に広がる赤い髪。

 薄く開いた眼で周りを確認する。

 ()()()()()()()()()

 差し込んだ手が汗からジッとりとしていたが、それに不快感を覚える事無くそっと、だが強く抱き着いた。

 

「ん…」

 

 碇シンジである。

 相方(彼ピ)の家に行く。

 泊まる。

 同じ部屋で寝る。

 同じ布団で寝る。

 この場に洞木ヒカリが居れば不潔(役満だ!)と叫んだであろう状況であった。

 無論、健全である(服は乱れていない)

 

 これ程の無茶が通った背景は、シンジとアスカに随伴したNERV支援第1課のスタッフが2人の状態を懇切丁寧に隼人碇家の親御さんに説明したからであった。

 第15使徒との戦闘で心に絶大な負担を負っている為であると言う説明を、隼人碇家の人達は受け入れたのだった。

 使徒と闘うNERVの総司令官である碇ゲンドウが、使徒との戦いが始まる前にシンジを呼んだと言う事からある程度は察していた秘匿情報、シンジとアスカが適格者(チルドレン)である事を明かし、その上で専門的な説明を行った結果だった。

 又、帰宅したシンジの様子が常日頃と違っていたと言うのも大きい。

 少なくとも、第3新東京市に行く前のシンジは、女の子の隣に座って手を握ったりするような人間では無かったのだ。

 碇アンジェリカは(思春期)かとも思ったが、それは年頃(思春期通過中)の兄である碇ケンジが否定した。

 思春(煩悩)期であればこそ女性の傍にいる事の恥ずかしさ、そしてそれを家族に知られる事を恐れる筈である、と。

 訳知り顔な碇ケンジの言葉に、隼人碇家の人間は皆が納得したのだった。

 

 この様に説明した理由は、シンジとアスカが隼人碇家に逗留する事となった為であった。

 当初は、日本国管理下の保養施設を借り切って療養する予定であったシンジとアスカであったが、実家に居る事でシンジのメンタルが目に見えて回復に向かった事、そしてアスカも碇アンジェリカや碇アイリとの触れ合いでストレスを感じていなかった事から、方針を変更したのだった。

 尚、情報保全や安全性と言う意味での問題に関しては、無問題であるとされていた。

 そもそも、この隼人碇家を統括する(カカァ天下たる)碇アンジェリカが元はSEELEに連なるエンストレーム家の人間であり、そして隼人碇家の家長にしてシンジの義父でもある碇ケイジは、霧島市に根を下ろした(ヨーロッパから移住してきた)SEELE-ノルウェー系の企業群(碇グループ)代表職(会長)を担っているのだ。

 そんな人間の家が、情報保全や安全性に問題を抱えている筈も無かった。

 碇ケイジは碇ゲンドウの碇主家筋と違って、SEELEの後ろ暗い所には全く関与していなかった。

 只、江戸時代ごろから縁のあるヨーロッパ財閥名家群としてだけ、SEELEを認識していた。

 或いは、ヨーロッパに留学した際に出来た縁で結婚した(碇アンジェリカ)の実家筋と言うだけの認識であった。

 だからこそ、大災害(セカンドインパクト)の荒廃から立ち直る為の霧島市国分平野の再開発事業に関わり、ノルウェーSEELEの企業群が入植しやすい様に世話を焼いたのだ。

 その結果、企業群の代表となっていた。

 ノルウェーSEELEの企業群からすれば、地方自治体や地元住人との交渉その他で地元の有力者を立てると言うのは大事であったし、そもそもエンストレーム家はノルウェーSEELEにとって主家であったのだから話は簡単であった。

 碇ケイジは、エンストレーム家の婿(身内)なのだから。

 

 隼人碇家の敷地はその家格、或いは役職その他から見れば小さくも見える。

 又、家も普通に見える。

 だが周囲にある家は碇家古参の一族や、ノルウェーSEELEに関わる家々が軒を連ねており、一種の城下町(ゲーテッドコミュニティ)を形成していた。

 当然ながらも警備体制は厳重であった。

 であればこそ、シンジとアスカの逗留も許されたと言えるだろう。

 主家の次男としてのシンジ。

 そしてアスカ。

 一般には公開出来ない身分 ―― NERVの適格者(チルドレン)としてでは無く、ドイツの名家(ランギー家)の長女であると言う()()が大きかった。

 ()

 或いは伝統と言うモノは、時には絶大な信用に繋がる時があるのだ。

 

 かくして隼人碇家に逗留する事になったアスカ。

 寝起きをするのは、シンジの部屋であった。

 とは言え元からあったベッドで2人が眠るには狭かった為、それを撤去して、セミダブルなサイズの布団を敷いているのだ。

 他にも客間、或いは空いている部屋もあったが、出来れば、と前置きをしてシンジの部屋で眠りたいとアスカが言った結果であった。

 シンジにせよ、隼人碇家一同にせよ誰も否定しなかった。

 余りにも小さくも可愛らしい我儘であったからだ。

 否、1人だけ反論を口にした猛者が居た。

 碇アイリだ。

 折角、シンジが帰って来たのだから私も一緒に寝ると言い出したのだ。

 隼人碇家の長女、姉を自称する碇アイリであるが、生理年齢(数え年で12歳)相応の幼さであった。

 最初は難色を示したりもしたアスカであったが、此方も、上目遣いに願ってくる碇アイリの可愛らしさに負けた形であった。

 他人への恐れめいた感情(自身を否定される幻聴への恐怖)はまだ強いが、それでも子どもらしい素直な感情の表明 ―― あけすけな好意的な表情をする碇アイリの、含意の無いお願いなのだ。

 アスカに拒否という選択肢が取れる筈も無かった。

 かくして、シンジを起点に前後にアスカと碇アイリが眠る形となっていたのだ。

 

 朝。

 まだ薄暗い時間、眠ってるシンジを起こさない様にそっと仕草で腕の中から、そして布団から出たアスカ。

 穏かな顔をしているシンジと、あどけない顔をしている碇アイリを見て、小さく微笑む。

 穏かな時間がアスカを癒していた。

 と、その静寂を破る()が響いた。

 言うまでもなく猿叫である。

 

 窓から外を望め、敷地の一角に用意された修練場で木刀を振るっている人影が見えた。

 元は自衛官であったと言う前歴を感じさせる体格、シンジの義父たる碇ケイジだ。

 仕事がある為、ストレス発散(横木打ち)が出来るのは朝しかないからと言って自宅に修練場を作った豪のモノ(ぼっけもん)であった。

 1次産業主体だった鹿児島で、大災害(セカンドインパクト)以後の景気低迷の時代に非民族系とは言え大規模な工業系の企業連合として誕生したのが碇グループであり、その代表職なのだから忙しくない筈が無い。

 グループ内の各企業、グループ外の企業群との折衝その他によって実に多忙であり、であるが故にその忙しさが齎すストレスを発散する為、横木打ちは必要な日課であった。

 少なくとも、当人にとっては。

 

「父さんも元気だね」

 

 朝ごはんも食べていないのに、そう笑うのはいつの間にか起きて来ていたシンジだった。

 寝巻として藍色の甚平を着ている。

 少し眠たそうな顔で、壁の時計を見ている。

 二度寝をするには遅いが、起きるには速い時間だった。

 基準としては朝ごはんだろう。

 

「シンジも混ざりに行きたい?」

 

「………朝ごはんの後だったらね」

 

 少しだけ情けない顔で笑うシンジに、アスカも笑って返した。

 健全な14歳と言う体が元気の素を欲しているのを自覚していたからだ。

 と、そんな2人に反応したと言う訳では無いが、まだ寝ている碇アイリの腹の虫が鳴った。

 声を挙げずに笑う。

 やれやれと言う風に笑うシンジ。

 可愛いと笑うアスカ。

 

 と、そこでアスカが前日に聞けなかった事をシンジに尋ねた。

 

「そう言えばアイリって実年齢はシンジやケンジさんの年下よね? どうしてお姉さんなの?」

 

 シンジは勿論14歳。

 兄である碇ケンジは16歳。

 そして、碇アイリは12歳なのだ。

 なのに本人は2人のお姉さんだと胸を張り、シンジ達も受け入れている。

 謎。

 とは言えアスカも、それは碇家の割と繊細な問題かとの思いから聞けなかった疑問であった。

 対してシンジは笑って答えた。

 何でもない事なのだ、と。

 

「この家に一番長く居るからって事だよ」

 

「?」

 

 要するにはシンジは勿論の事、碇ケンジも実子ではないのだと言う。

 その内容は、シンジの笑いながら言うと言う態度とは相反する、かなり重い話であった。

 

 シンジが鹿児島に来た時と同じ年に起きていた、中国から非合法的にやってきた()()()()()による暴動騒ぎ。

 それは毎年頻発する騒ぎであった。

 そもそも、武装避難民とされているが実態は、日本が大災害(セカンドインパクト)で国力が混乱した隙を狙った、ある意味で強盗()であった。

 日本以上に中国は混乱しており、そうであるが故に()()()()()()()()()()()()()()であった。

 最悪なのは、時の政府が国連の要求に従って自衛隊を国連軍に供出していたと言う事 ―― そして世界中の紛争地帯に派遣されている状況であったと言う事だ。

 もう一つの、日本の海の守り手である海上保安庁は、大災害(セカンドインパクト)時の被害から回復しきれていなかった。

 それ故、武装避難民は度々、九州に上陸する事に成功していたのだ。

 正しく生存戦争(サヴァイヴァル)

 日本側にも余裕があれば、或いは彼彼女らが武装していなければ温厚な解決もありえたかもしれない。

 だが、そうでは無かった。

 そうでは無かったが故に、武力衝突が頻発する事となったのだ。

 その場に碇ケイジは派遣されていた。

 自衛官を辞め、鹿児島県が非常時であるとして組織した自警団(第2警察隊)に身を投じ、故郷を護る為に働いていたのだ。

 その時に、拾ったのが碇ケンジであった。

 戦災孤児であったのだ。

 この時代であればありふれた、珍しくも無い哀しい身の上であった。

 それが隼人碇家に貰われる理由は、幼いながらも大人に混じって戦っていた姿が碇ケイジの目に留まり、そして名前が1文字違いだからと仲良くなった結果だと言えた。

 他にも色々な話はあった。

 だが、取り合えず言えるのは、碇ケイジは碇ケンジを救いたいと思い、子供として迎え入れたと言う事だった。

 そして隼人碇家に来た碇ケンジ。

 実の親たちが死に、そして武装避難民との過酷な戦闘も経験したが為に、荒んでいた。

 否。

 心が死んでいたのだ。

 それを、幼かった碇アイリが面倒を見ていたのだ。

 先に居たのは私であり、であれば私はお姉さんであり、お姉さんは弟の面倒を見るモノだと胸を張ったのだ。

 幼いながらも、碇アイリは女傑であった。

 そしてシンジ。

 碇ケンジの後から来たが為、同じように碇アイリに2番目の弟として判断(カウント)されたのだった。

 その頃のシンジも又、碇ケンジ程では無いにせよ心がボロボロであった。

 親に死なれたと言う事とある意味で近いのだ、親に捨てられたと思う気持ちは。

 そんなシンジの尻も、碇アイリは容赦なくたたき、姉だからと甘えろと強要した(甘えて来た)のだ。

 地元を連れまわし、社会勉強だからとか言って母親の縁者な仕事場に連れて行ったりもしていた。

 取り敢えず、気分転換させようとしていた。

 その様は、大型犬を2匹連れて散歩する様にも見えており、見る人間に好意的な笑みを齎していた。

 そんな3人の関係を決めてしまうトドメは、薬丸自顕流の稽古であった。

 父親の背中を見ていた碇アイリは、自分が木剣を振るう事に疑問を持たなかった。

 そして、悩んだ時に横木を叩き続ければ、嫌な事を忘れられると言う碇ケイジの言葉を覚えていた。

 だからシンジと碇ケンジを鍛錬に連れて行ったのだ。

 

 そんな日々が1ヵ月。

 2ヵ月。

 3ヵ月。

 そして半年もした頃には立派な碇家3姉弟となっていた。

 

「だから、お姉ちゃんかな」

 

「ふーん。色々とあったのね」

 

「うん、色々とあったよ。色々とあって今の僕が居る。そう思うんだ」

 

 だからこそ、隼人碇家に帰って来たシンジの心は回復基調に乗ったとも言えた。

 哀しい思いから抜け出れた場所。

 ある意味でシンジの中で、そう分類されているのかもしれない。

 それがアスカには少しだけ羨ましかった。

 

「そう言うアンタの顔、悪く無いわよ」

 

 穏かに笑うアスカ。

 その笑顔が余りにも魅力的であった為、シンジはそっとキスをするのだった。

 

 

 

 

 

 シンジ(エヴァンゲリオン初号機)アスカ(エヴァンゲリオン弐号機)第1小隊(エースチーム)の帰還未定な離脱による戦力低下を補う為、NERV総司令官である碇ゲンドウは総司令官としての権限を行使した。

 具体的には、NERVアメリカ支部から建造中のエヴァンゲリオン8号機と、その専属パイロットの徴発である。

 異論は許さなかった。

 そしてSEELEも、その行動を支持していた。

 使徒と言う存在の厄介さを、SEELEのトップ(議長)であるキール・ローレンツが直接感じたと言うのも大きかった。

 人類補完計画の続行乃至は中止に関する事は未だ決定されてはいなかったが、それはさておきとして人類存続の為には使徒の撃滅は優先度の高い事項であるのだから当然の話であった。

 

 搬入されるエヴァンゲリオン8号機。

 その外観は、同じくNERVアメリカ支部で建造されていたエヴァンゲリオン3号機やエヴァンゲリオン4号機と全く変わる所は無かった。

 エヴァンゲリオンと言う兵器が余りにも巨大であるが故に、小規模な追加装備と言ったモノは内側に装備出来るが故であった。

 

「103と並ぶ、正規Bモジュールの搭載機って訳ね」

 

 エヴァンゲリオンの格納庫(ケイジ)に収められた7体目のエヴァンゲリオン。

 それを少しだけ呆れた様な目で見ているのは赤木リツコであった。

 さもありなん。

 エヴァンゲリオン8号機、その塗装は基本色を灰褐系迷彩(ロービジリティ)としているにも拘わらず、刺し色として蛍光ピンク(ショッキングピンク)を採用していたのだ。

 選んだであろう搭乗員の正気を疑うのも当然の話であった。

 

「真希波博士の遺産、と言うべきかもですね」

 

 そう合いの手を入れるのは珍しく葛城ミサトでは無い。

 優男風のディートリッヒ高原、NERV本部の技術開発部でBモジュール開発特務班班長を担う鋭才であった。

 エヴァンゲリオン8号機の特殊性もあって、受け入れに際する全確認(フルチェック)に協力させる為、赤木リツコが呼んだのだ。

 

「葉月博士と貴方でも、不明瞭な要素があるのよね」

 

「ええ。残念ながら私では彼女が目指していた到達点は見えませんでしたよ」

 

「………そう。傍にいた貴方から見ての話、感想で良いわ。真希波博士が作ろうとしてたBモジュール、どう見る?」

 

 安全に使えるのか? と言う言葉が喉元迄出かかって、そして止めた赤木リツコ。

 安全とか、そもそも理解出来たと言う言葉程にエヴァンゲリオンから遠い存在であると自覚すればの事だった。

 拾った。

 使えるから使う。

 否。

 使わなければ使徒を倒せないから使っている。

 余りにも合理的と言うか、死に物狂いの結果がエヴァンゲリオンであるからだ。

 にも拘らず、Bモジュールにだけに安全性を問うのは馬鹿臭い(ナンセンス)と思ったのだ。

 

 赤木リツコの内心を推測できるが故に、ディートリッヒ高原は触れぬ様に答えを選んだ。

 優しさであった。

 

「目的地が何か判らないけども、その技術自体は公開されています。3号機と8号機のオリジナルには特殊性がありますけど、本質的には他のBモジュールとの差はありませんから」

 

「………それ、あの娘も含めて言えるの?」

 

「ええ。アメリカ支部で私も葉月博士にも教えられてはいませんでしたが、今の、公開されている情報を見る限り、ええ()()()()()()()に類されるモノですけどね」

 

人造適格者(デザイン・チルドレン)計画、その唯一の成功例。只の人間を適格者(チルドレン)としてエヴァンゲリオンに乗せない為の、ね」

 

 遺伝子レベルでエヴァンゲリオンに適切な存在として先行する1人目(1st チルドレン)である綾波レイと2人目(2nd チルドレン)であるアスカの遺伝子情報を参考に作られた子ども(ビメイダー)、それがエヴァンゲリオン8号機を駆る適格者(チルドレン)であった。

 マリ・イラストリアス。

 成功例故に傑出せし者(イラストリアス)の名を与えられたマリ。

 

「ま、悪い子では無いようですし」

 

「そうである事を祈るわ」

 

 

 

 赤木リツコの懸念とは別にして、綾波レイら3人とマリ・イラストリアスの初顔合わせは実に普通であった。

 正確に言うならば、静かであった。

 未だに超常モード(ポーっとしている)綾波レイと、似た様な状態の渚カヲル。

 唯一、元気のある鈴原トウジであったが、自分は新参者と言う自意識から前に出ようとしないのだ。

 である以上、初顔合わせが物静かなモノになるのも当然であった。

 当事者であるマリ・イラストリアスが来るまでは。

 

「始めまして! マリです!!」

 

 マリ・イラストリアス。

 その姿は実にお子様だった。

 鈴原トウジは、その姿に一瞬だけ妹の鈴原サクラを想像した。

 ()()()()()()()()()

 

 腰まで伸びた栗毛の髪。

 身長は140cmも無いだろう小柄さ。

 目元などはまだ丸みを帯びている。

 誰が見ても、その姿は子ども(小学生)であった。

 

「これからよろしくお願いします!」

 

 元気の良い声も又、マリ・イラストリアスと言う少女が子どもである事を感じさせていた。

 その勢いを正面から受け止める形で、葛城ミサトも声を上げる。

 

「ようこそNERV本部へ! マリ・イラストリアス、マリって呼んでいい?」

 

「大丈夫! ならお姉さんは__ 」

 

 天衣無縫と言う言葉が似つかわしい態度であるマリに、NERVアメリカ支部からの随員が慌てているが、葛城ミサトは気にせずに笑顔を返す。

 

「ミサトで良いわよ。葛城ミサト、NERV本部の、貴女を含めた子ども達(チルドレン)を預かってるわ」

 

 とは言え、内心は嵐が吹き荒れていたが。

 子どもであった。

 どう見ても子どもであった。

 シンジ達も子どもであるが、今までの5人とは比べ物にならない程にマリ・イラストリアスは子どもであった。

 マリ・イラストリアスは、NERVアメリカ支部が文字通りに1から作り出したと言う情報は知っていたが、そんな事はどうでも良い事であった。

 只ただ人間の、大人の()と言うモノを実感しての事だった。

 

 だが、同時に今更の事でもあった。

 アスカや綾波レイが適格者(チルドレン)として選抜され、そしてNERVとエヴァンゲリオンに拘束されてきた期間を思えば、馬鹿馬鹿しい義憤だと自戒していた。

 何も知らぬまま、戦場に放り込まれたシンジや鈴原トウジも居るのだ。

 情報が抹消されている渚カヲルは別にして、葛城ミサトが知るどの子どもを考えても、救いが無かった。

 呪詛(ファッキン・ジーザス)を喉の下でかき混ぜながら、それをおくびにも出さずに、葛城ミサトは笑いながら、この場の3人を紹介しようとした。

 

「じゃ、先任になる3人を紹介するわね___ 」

 

 だがその前にマリ・イラストリアスは動く。

 文字通りの子どもであるが故の奔放さであった。

 

「どこかで見た事がある!?」

 

 好奇心の赴くままにタタッと走った先は(ポ~)っと立つ綾波レイであった。

 

「初めまして!」

 

「初めまして?」

 

 見てるようで見ていない、そんな表情の綾波レイ。

 それがマリ・イラストリアスのカンに触った。

 

「んっ!!」

 

 だから突撃した。

 飛びあがった。

 正確に言うならば、頭突きをしたのだ。

 ジャンプして、綾波レイの額に自分の額を叩きつけたのだ。

 誰も止める暇の無い早業であった。

 

「何しているのよマリ!?」

 

Oh,What(ナニをしたの)!?」

 

 葛城ミサトが悲鳴めいた罵声を上げ、NERVアメリカ支部からの随員は目を回した様な顔で悲鳴を上げた。

 だが大人が反応をする前に、頭突きを喰らった綾波レイは後ろに倒れる事になった。

 床に強かに後頭部をぶつける勢いだ。

 鈍い、痛い音がする。

 そんな綾波レイに対し、突撃したマリ・イラストリアスは、その勢いのままに綾波レイのお腹の上に座る事に成った。

 

「どや、勢いのええやっちゃなぁ!?」

 

「だ、大丈夫かい、レイ!?」

 

 流石の渚カヲルも慌てる事態と言えば、良いだろうか。

 悲鳴を上げたのは一瞬だけで、直ぐに自分を取り戻した葛城ミサトは、部屋付きのスタッフに対して医療スタッフを呼べと命令を出しつつマリ・イラストリアスを綾波レイから遠ざけようと駆ける。

 だがその指先よりも先に、ガシっとばかりにマリ・イラストリアスの頭を掴んだ人間が居た。

 綾波レイである。

 

「痛いわ」

 

 仰向けにひっくり返ったまま、綾波レイは下目にマリ・イラストリアスを見ている。

 言葉は荒れていない。

 だが、先ほどまでの(ポ~)っとした表情とは全く異なる目つきでマリ・イラストリアスを見ている。

 睨んでいる。

 掴み続けている。

 

()()()()()?」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()

 

 捕まれている事を意にも介さず、悪意も無く笑うマリ・イラストリアス。

 仰向けに倒れたまま、静かに頷く綾波レイ。

 周りが理解出来ない会話であったが、綾波レイとマリ・イラストリアスで意思の疎通は取れていた。

 周囲からすれば、正に意味不明。

 だからこそ、次の展開についていけなかった。

 腹筋の力で上体を起こした綾波レイが、その勢いのまま、その白磁の様な額をマリ・イラストリアスに叩きつけたのだから。

 

「痛ったーい!!」

 

「お礼。感謝の気持ち」

 

「こんなに痛いのはお礼じゃないよ!!!」

 

「アスカに聞いた。お礼参り」

 

 本気の顔をした綾波レイは実に恐ろしかった。

 マリ・イラストリアスは泣き出していた。

 あわわっと慌てているNERVアメリカ支部からの随員。

 そして葛城ミサトは、更なる適格者(チルドレン)同士の衝突を抑えようと綾波レイに抱き着くのであった。

 

 実に混沌(カオス)であった。

 尚、この混沌の渦に沈んだ操縦者待機室で、その地獄から離れていた鈴原トウジは自分が巻き込まれない様にと抜き足差し足で壁際に逃げていた。

 と、隣に渚カヲルも来ているのに気づく。

 

「ええんか、ほっとって? 綾波はツレ(相方)やろ」

 

 その質問に、渚カヲルは少しばかり真剣な顔をして否定する。

 

「あんな状態のレイに近づいたら、どんな目に遭うか」

 

 物静かな様に見えていて、その実、魂は根っからの武闘派なのだ。

 綾波レイと言う少女は。

 

 等と真顔で言う渚カヲル。

 そこには茶目っ気(ユーモア)があった。

 第15使徒戦からのこの数日で漂っていた、漂白された様な何かは無かった。

 

「おっ、自分、戻ったんか」

 

「うん。()()()が来たからね。目が醒めたよ」

 

「衝撃波?」

 

 日常では余り使わない言葉に首を傾げる鈴原トウジ。

 鈴原トウジの知る由も無いが、綾波レイとマリ・イラストリアスの衝突は気付く者の殆ど居ないA.Tフィールドの衝撃波、波紋とでも言うべきモノを産んでいたのだ。

 その直撃が、第15使徒によるA.Tフィールド干渉によって自分と言うモノが薄くなっていた渚カヲルに衝撃を与え、立ち直らせていたのだった。

 頭を掻く渚カヲル。

 自分を取り戻せた、とも言う。

 そして、小さく笑う。

 口元は笑いながらも、目は誰も気づく事のない鋭利さを宿していた。

 

「でもコレ、どうするんだろうね?」

 

 SEELEの御老人たちは、と言う言葉は誰の耳にも届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 


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