あ、これ夢か。
いや夢って言ったけど少し違う。夢っていうのうは確か脳が記憶整理をしてるとか、体験した事の記憶を繋ぎ合わせたとかそういう感じのものだったと記憶してるし。それが夢の定義だとするとやっぱりちょっと違うと思う。だって今見ている光景は、この芦田陽里の体が体験したものでは無いから。芦田陽里のこの脳が記憶してる光景じゃ無い。
だからきっとこれは夢では無い。記録映像。
『佳織のヤツ、『辛子が切れたから買って来てくれ』って俺はお手伝いさんか何かかよ、ったく』
少しだけ寒くなってきた、秋も始まりの頃。時刻は夕暮れ。
定時での会社からの帰り。そう文句を言いつつも
その左手にはコンビニに買ったであろう辛子の入った袋。少し寒いその日はオデンにする予定だった。当然作るのは
浮かれ気分で佳織の家へと歩く
人だかりの真ん中には半径15メートル位の空間があって、そこには仰向けに倒れているスーツ姿の女性が1人、同じく仰向けに倒れている主婦らしき女の人が1人、それと学ランの男子学生が1人。男子学生は右太股を押さえて踞ってる……その太股からは赤い液体が流れ出ていて……主婦とスーツの女性からも赤い液体が……。
空間の中心には右手にゴツい牛刀を持った、ジャージ姿の眼鏡の小太りの男性。牛刀は真っ赤に染まっていて、どうやら彼の凶行だという事が分かる。
『マジかよ……』
呆気にとられている
『やべえな、警察……いや救急車が先か!?』
ジャケットの内ポケットに雑に突っ込んであったスマートフォンに手を伸ばそうとした所で、
ヤバいって思った瞬間、
凶行犯が振り上げた牛刀と、恐怖からなのか全くその場から動かず声すら出さない少女の間にどうにか滑り込んだ
崩れ落ちるようにその場に倒れた
ああ、痛みにのたうち回るのは後だ。せめてこの少女だけは逃がさないと。そう思って無理矢理引き攣った笑みを作った。……ホントにヤバい……視界がボヤけてこの少女の顔がよく見えない。
『俺は……大丈夫だから……逃げろ……』
停止していた少女は
こりゃ死んだかもなぁ、って思っていた
『ーーーー!ーーーーーー!!ーーー、おねえちゃん」
「……ん?おねえちゃん??」
と、疑問を口にしつつワタシは目を覚ました。そこはお兄ちゃん、百歩譲ってもおじちゃんとかじゃ無いの?何でおねえちゃん??
視界に入った天井は寮のワタシの部屋の見慣れた天井。あー、そうか。怪我と疲労で眠ってしまったワタシはあれから寮に送ってもらって。「明日は学校は休め。怪我はある程度治っても失った血が戻ったわけでは無いしな。学校へは私が風邪とか上手く言っておいてやる」って佳織に言われて。パジャマ着せられてベッドに寝かされたんだった。まだ少し痛む左肩には未だに包帯巻いてあるし。治り切らなかったみたいだけど、もう一度変身して第二形態になれば……ってそうだった。変身カードは『見てない間に無理しないように一時没収ぴょん』ってヘアピンと一緒にイプレが持ってったんだっけ。月ちゃんにも心配かけちゃった。
どのくらい眠ってたんだろ。ちょっと熱っぽいし体力落ちてるせいで風邪でもひいたのかな……それから今何時?なんか窓の外がオレンジ色に見えるんだけど。まさか夕方?あー、これバイトには行けないヤツかなぁ。
……んん?今なんか視界の右の端に誰か見えたぞ?
あ、
それにしても司彩ちゃん、なんで顔真っ赤にして下向いてプルプル震えてるんだろ?なんか羞恥心全開、みたいな……待てよ、これもしかして。
「司彩ちゃん?」
「……はい、先輩」
「おねえちゃん、ってもしかしてワタシの事?」
「………………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛やっぱり聞こえてたんですか!これは違うんです!ええっと、その」
あー、やっぱりかぁ。あの夢の最後の『おねえちゃん』って司彩ちゃんの声が聞こえてたんだね。それにしてもお姉ちゃん、か。懐かしいなぁ。施設のチビ達にはそう呼ばれてたもんね。
そういえば司彩ちゃんって考古学者の大地教授の養子、なんだっけ。もしかすると生き別れか死に別れかしたお姉さん?がいてワタシと重ねたのかも知れないね。
「そんな慌てなくても大丈夫だよ司彩ちゃん。何ならワタシの事はこれから『おねえちゃん』って呼んでくれても良いよ?」
「えっ!?いやでも先輩、あの、その」
ふっふーん、施設のチビ達の他に義弟妹が今更1人増えた所で変わらないのだ。きっと今まで寂しい思いもあったんだろうし、ワタシが少しでも力になれるといいけど。司彩ちゃんとはこれから少しずつ親交を深めてあげよう。司彩ちゃんは月ちゃんの親友だし、月ちゃんもきっと賛成して協力してくれるよね。
「いーから司彩ちゃん。遠慮しない遠慮しない。あっそうだ、敬語も禁止で」
「じゃ、じゃあ……芦田お姉ちゃん?」
「そこは『陽里お姉ちゃん』、でしょ」
恥ずかしいのか真っ赤になりながらも「……陽里お姉ちゃん」って呟くように呼ぶ司彩ちゃん。うんうん、子供は素直が一番だよね。
「良く出来ました。偉いね、司彩ちゃん」
「……うん」
ベッドに横になったままだけど右手で、恥ずかしそうに微笑む司彩ちゃんの頭を撫でる。うん、可愛いなぁ(歳の離れた妹的な意味で)。こうやって義弟妹の頭を撫でる、ってなんか凄く懐かしい感じ。怪我が完治したら久しぶりに施設に顔出しに行こうかな。
「あ……陽里お姉ちゃん、お粥作ったんだけど食べる?」
「勿論貰うよ」
ワタシがニコリと微笑むと、司彩ちゃんの笑顔が弾けた。
なんていうか。上手く言えないんだけど……司彩ちゃんがワタシの妹ポジションっていうの、何故かやけにシックリくるんだよね。何故か。
★☆★☆★☆
「陽里お姉ちゃん、調子はどう?肩は大丈夫?」
「ありがと。体調は問題無いかな。肩は……まだちょっと痛むけど平気だよ」
翌日。ワタシと司彩ちゃんは並んで一緒に登校していた。司彩ちゃんがどうにも病み上がりのワタシを心配してて離れてくれなくて、まあ仕方無く。っていっても心配してくれるのは有り難い事だよね。体もまだちょっとダルいし。ま、怪我の本当の理由は話せないけどさ。
「いやーワタシとした事がまさか刃物のある所で転ぶとは……我ながら間抜けっていうか何ていうか……お陰で肩にザクッと」
「うわ……想像しちゃった。痛そう」
「痛そうなんてモノじゃ無かったよ司彩ちゃん。あの時は死ぬかと思ったよ」
そういう事にした。肩が完治してれば問題は無かったんだけど、包帯巻いたままなのに何の怪我もしてないよって誤魔化すのは無理だからね。後で佳織と月ちゃんにも上手く口裏合わせてもらわないと。
「そんな事よりさ、司彩ちゃん明日小テストあるんでしょ?今日は予定無いから勉強見てあげようか?」
「いいの?ありがとう!」
義妹の勉強見てあげるのもお姉ちゃんの役目ですのことよ。施設に居た時は歳下の子達の勉強もよく見てあげてたからね。ほら、ワタシちょっと優秀?だからね。
「うん、だから今日は寮戻ったらワタシの部屋においで。あっそうだ、レアチーズケーキ作ってあげよう。焼かないレシピもあるから自分でも作れ……」
そう言いかけて何気なく右隣の司彩ちゃんの方へ顔を向けたワタシの視界の右端に、目が点になった状態でワタシ達の少し後をついて来ている月ちゃんの姿が映った。
「あれ、月ちゃん?居るなら声掛けてくれたらいいのに」
「え?月子?」って後ろを振り向いた司彩ちゃんとワタシの視線が向いた月ちゃん「………………ピェ」って声を漏らして何だか狼狽してる。んんっ?なんか月ちゃんらしくない反応だなぁ。
「…………ハッ!?いいいいいえ違うんです陽里先輩!ボクは別に尾行してたとかそういう事じゃ無くてですね!これはですね、えっと……そっ、そうそう!司彩と陽里先輩が楽しそうに話していたので邪魔しては悪いと思ったんですよ!」
月ちゃん、なんか早口で捲し立ててる。ハハーン、陽里分かっちゃった。いつも月ちゃんと仲の良いワタシや司彩ちゃんが月ちゃん無しで仲良くしてるからちょっと羨ましかったんだね?いやいや、別に月ちゃんを除け者にしようなんて考えてないからね?そうだ、月ちゃんも勉強会に誘ってあげよう。
「月ちゃんも勉強会来る?」
「是非!!お願いします!!」
ほらやっぱりね。司彩ちゃんもそんな月ちゃんを見て苦笑いしてるし。あ、そろそろ校門だね。
「ワタシはあっちだから。それじゃまたね、二人とも」
「うん、またね陽里お姉ちゃん」
「!!!!…………まっ、また放課後で陽里先輩」
ワタシは二年生用の昇降口へと歩いていく。月ちゃん達は一年生用の昇降口へ。
「何で司彩が陽里先輩とあんなに仲良くなってるんですか!?それと『お姉ちゃん』ってどういう事ですか!」
「つっ、つつ月子が気にする程の事じゃないよ?」
「気にしますよ!昨日1日で何がどうなってそうなったのか洗いざらい話してもらいますからね!ああ……ボクの陽里先輩が司彩に寝取られた……」
「ちょっ、月子!言い方ぁ!」
何話してるのかは聞こえないけど、やっぱり二人は仲良いなぁ。
月子、親友(ラスボス)に陽里を寝取られる、の回でした。