「陽里、そのプリント何?」
「あーこれ?高校の資料だよ。特待制度のあるトコの」
左隣の席のクラスメートの、ショートヘアの女友達が席に座るワタシの手元の紙の束を覗き込む。言葉の通り、特待制度のある高校の偏差値とその特待の内容が一覧になっている。さっき佳織に『体調は大丈夫か?無理そうなら直ぐに言うんだぞ?』という有り難い言葉と共に渡されたもの。
「高校かぁ。受験とかまだ考えらんないよ。私も陽里くらい頭良ければなぁ」
そんな愚痴を溢す彼女だって、この中学校に入学出来ている時点でそれなり以上に勉強出来るのだ。ワタシは単に前世のアドバンテージがある……あ、いや、それを差し引いてもこの芦田陽里の
「ワタシは単に予習と復習やってるからだと思うよ?」
「それを毎日やるんでしょ?流石は学年1位様、私には無理だわ。私飽き性だし」
彼女は毎日コツコツじゃ無くてテスト期間中に集中して詰め込む一夜漬けタイプ。それだけで学年20位以内をキープしてるんだから充分優秀だと思うけどなぁ。前世のワタシなんて比較にならないくらいには。
「それより陽里、風邪はどうよ?治ったの?」
「いやぁ、まだちょっとダルいかな」
「早く治しなさいよ?もうすぐ体育祭もあるんだし」
近頃の気温上昇のせいか、前世では秋の始め頃にやっていた体育祭はこの中学校でも5月に変更されている。あ、勿論体操服は女子も短パンです。創作物じゃあるまいしブルマーはとっくに絶滅しました。というかそもそも、お嬢様も通うウチの中学がブルマーなわけ無いよ。って教えたらイプレが『なんでだぴょん!JCって言ったらブルマーって決まってるぴょん!!』って両膝ついて血涙を流して悔しがってたよ。ホンットあいつ、どっかでシメないと駄目だね。
「だねー」って抜けた返事をしつつプリントの三枚目を捲った所で、ワタシの指が止まる。ん?何だこれ?
「ん?陽里、どした?」
「いや、なんか課題?が挟まってて」
高校一覧のプリントの間に、課題の書かれた一枚の紙が。なんだろコレ?ナニナニ……えっと、『中東、及びヨーロッパの神話について二週間以内に纏めてレポートを提出する事』?ホントに何だコレ?え?佳織はワタシに何をさせたいの?
覗き込んだ彼女は「うわっ、面倒そう……それ神谷先生に渡されたんだっけ?」っていかにも嫌そうな表情してる。
「神谷先生はコレが無きゃ良い先生なのに」っていう彼女の言葉に「アハハ……」ってワタシが苦笑いしたタイミングで一時限目の予鈴が鳴って、彼女はワタシから視線を戻した。
そういえばこの紙、よく見てみると課題の下の方に小さく『伊集院と共同でやるように。詳細は後で連絡する』って書いてある。これひょっとして魔法少女に関連する事だったりするのかな?
…………つまり。
「つまりですね、おかしいんです。妖精界に伝わってる話が正しいなら陽里先輩……いえ、ソアレルイはもっと強くなきゃいけないんですよ。現に陽里先輩はカマキリモドキ単騎にやられそうになったわけですし」
「いやでもホラ、そこはワタシが第二形態になってなかったわけだし」
昼休み。ワタシは月ちゃんと一緒に図書室に居た。二人で神話の並んだ棚から手当たり次第に本を引っ張り出している最中。
「でもですよ?それだと第二形態が時間制限付きな以上は上位のデーモンと戦える数にも時間にも限りがあるって事になりません?」
「あーそうか。それだと魔王と対峙するのも難しいもんね。ワタシ……ソアレルイが本当に単騎で魔王を相手にできるくらいの力があるならカマキリモドキ一体程度に後れを取るような事にはならないか」
佳織の課題に関連しそうな本を粗方引っ張り出したワタシ達は、それを重ねて両手で抱えるようにして読書スペースにあるテーブルへと運んでいく。いや、重いよ。ちょっと取りすぎたかも。1、2、3……全部で20冊くらいあるし。
「そうです。一人で戦い抜いた、って割には強さが足りてないんですよ。陽里先輩……いえ、ソアレルイの強さだとカマキリモドキクラスが何体も襲ってきたらひとたまりもないですよ?そもそも漫画や特撮じゃ無いんですから、ご丁寧に一体ずつ襲って来てくれる保証も無いんです」
強さが足りてない……つまりワタシは弱い……グサッ。
いやまぁ月ちゃんの言う通りなんだけどさ。でもそれだとつまり妖精界に伝わってる昔話が間違ってる、って事になるんじゃ?
「ですから先生はこう考えたわけです。『妖精界の昔話に残ってないだけで本来はソアレルイはもっと色々と魔法が使えたんじゃないか?魔法少女っていうくらいだからな』って」
「それでこっちに神話として残ってる可能性を考えた、って事か。そうだよね、戦いの全部が全部鏡面世界内で済んだわけじゃないだろうし」
そんな会話をしながら、ワタシ達は本をテーブルへと下ろした。ドサッ、とね。いやぁ、だからってコレ全部調べて纏めるの?2週間で終わる気がしないんだけどなぁ。
「でもコレ期間内に終わる?」
「ボク達だけじゃ無理ですね」
やれやれ、といった様子で月ちゃんが肩を竦める。それに合わせて年齢に見合わない月ちゃんの胸が揺れ……ん?え?ちょっと待って、え?嘘でしょう?
「月ちゃん……もしかしてまた大きくなった?まさかF?」
「いえ、まだギリギリEですよ。そろそろブラも新しいの買わないと……」
『陽里の恥部タイラーな芦田陽里平原じゃ月子の大玉西瓜に対抗するのは無理ぴょんww月子の爪の垢でも煎じて飲ませてもらえぴょんww』
格差という現実を突き付けられたワタシの心を抉るイプレからの通信。
イプレっ……お前コノヤロウ……誰が恥部タイラーかっ!平原言うな!これでもどうにかギリギリBって言い張れない事もないくらいにはあるんだからね!今度会ったら憶えてなさいよ!くっそー、絶対月ちゃんみたいなバインバインになってやるんだから!
あ、ヘアピンと変身カードはさっき月ちゃんから受け取りました。『間違っても今日はデーモン討伐には出るなよ?』っていう佳織からの伝言と共に。
「陽里先輩?どうかしましたか?」
「いや、別に。それでどうしよっか、この量」
テーブルを挟んでワタシの向かいの椅子に腰掛け、唇に右手の人差し指を当てて視線を上に向け少しだけ考える素振りを見せた月ちゃんは「ウチの使用人にやらせましょうか」って割とアッサリ結論を出した。えぇ?いいの?先生からの課題なのにワタシ達だけでやらなくて。
「問題ありませんよ。陽里先輩が
「それもそうだね」
使用人の皆さんに手伝ってもらえるなら2週間あればいけそうだね。それにしてもなんで2週間後……ってそうか、その後だと体育祭の準備で佳織が忙しくなっちゃうからか。ま、ワタシも調べられるだけ調べますか。
★☆★☆★☆
やっと帰宅。今は部屋には私一人。女の子の部屋……にしては多分殺風景なんだと思う。全体的に白で纏められた、必要最低限の物が置かれているだけの私用のスペース。ルームメイトの方はピンク色を基調とした随分メルヘンチックな事になってるけど。因みにルームメイトは今日も部活だから帰りは遅い。
陽里お姉ちゃんは今日は5時限で終了の日だから、6時限目まであった私や月子よりも先に帰って寮の部屋でレアチーズケーキを作って待っててくれてる筈。用があって開けていた窓は締めて、と。
「
〈御答えします。15分、です〉
私の質問に間髪入れずに応えてくれた、機械的な女性の音声。
「ありがと。ちょっと早いけど陽里お姉ちゃんの部屋へ行く準備しないとだね」
〈危険です、と警告します。マスターの正体に気付かれる可能性があります〉
「大丈夫、
陽里お姉ちゃんが
〈
「問題無いよ。コレに結界魔法を張ったのは
だから、たとえソアレルイが張った魔法であっても気付かない筈。こうやってずっと傍に居るのに私に何も疑問を抱いて無いのがその証拠。
「それにさ、
〈肯定します。ソアレルイから受けた封印結界の影響で時間が停止していた我々と違い、1900年以上営働状態だった二機はナビゲーションシステムの燃料である反物質ケイ素が全消費されています。現在の人類文明では反物質の大量生成及び維持は不可能です〉
なら何の問題も無い。固有魔法の使えない
「なら私は陽里お姉ちゃんに甘えてくるから。ナビは私がいいって言うまで休止してて」
〈了承しました。
さーてそれじゃ行こうかな。月子が来ないうちに陽里お姉ちゃんにいっぱい甘えちゃお。…………やっと。やっとお姉ちゃんに逢えたんだ。今はせめて。
足早に陽里お姉ちゃんの部屋の前まで歩いて来た。後はノックをして入れてもらって。月子が来るまで……。
コンコン、と。
扉がゆっくり開く。
「司彩ちゃんいらっしゃい」
「うん、陽里お姉ちゃん」
お姉ちゃんの笑顔に思わず笑みが溢れた私の耳に「遅いですよ、司彩」って無慈悲な月子の声が聞こえた。何でよ月子。何で私より早く来てるの?おかしくない?
次は多分来月。
司彩さん、ガチのラスボスだった。