私コレ絶対主人公の相棒ポジションだよね?   作:アイリスさん

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029 昔話前編だぴょん

青空の下。葡萄畑の一角。

尖筆を持つ右手を止めてハァ、と溜息を吐いて。テーブル代わりの岩に乗せた蝋板ろうばんに名前を刻むのを止める。因みに蝋板は木製の板に蝋を塗ったもので、金属製の尖筆で蝋を刻みつける事で書いたり削ったり。今でいう所のノートと鉛筆……タブレットとタッチペンでも良いかも。

 

いつもと少しだけ違う私の様子に「おやルネルお嬢様。どうかしましたか?」って聞いてきた先生に、私は「何でもないです」って作り笑いを返す。

 

「そうですか。それでは続きを」

 

そう言う先生の言葉に「居た居た」っていう聞き慣れた声が被って聞こえて。

 

「お姉ちゃん!」

 

そう声をあげて顔を向けた視線の先には、大好きなルテルお姉ちゃん。「お勉強頑張ってるね」って微笑むお姉ちゃんに、私は「うん」ってぎこちない笑み。

 

視界の外で、先生がお姉ちゃんに向けて苦笑いをしている。

 

「……あー、先生?今日はここまででも良い?ルネルもあんまり調子良くないみたいだし」

 

「お言葉ですがルテルお嬢様。ルネルお嬢様には今日の最低限のノルマくらいはこなして頂かないと」

 

そんな、肩を竦めた様子の先生に向けて。お姉ちゃんが来い来いって感じに手招き。私に聞こえないように内緒話?をし始めたみたい。

 

 「まぁまぁ今日くらい大目に見てよ」

 

「ですがそれでは私が旦那様や奥様に何と言われるか」

 

「じゃあ昨日の夜に寝室で先生とママが情熱的にシてた事、今日帰ってくるパパにバラしちゃうけど良いよね?」

 

「はははははは……ホント勘弁して下さいお願いします」

 

ここからだと二人の会話は聞こえないけど、話は纏まったみたい。

 

「ゴホンっ。ルネルお嬢様。今日はこのくらいにしておきましょう。ですがその分明日は長くなりますので、そのつもりで」

 

「分かりました」

 

私の返事を聞いた先生は踵を返してこの場から去っていく。っていっても帰る先は私の……正確にはパパの邸宅内の奴隷の部屋だけど。

奴隷っていってもある程度自由は保障されてるし使用人って感覚の方が多分近い。先生は読み書きその他教養もある男の人で、所謂ローマ人じゃ無い人。お姉ちゃんも先生に読み書きを教わった。

 

私の家族はパパ、ママ、ルテルお姉ちゃん、私の4人。それと奴隷という名の召使いがそれなりの人数。

パパもママもローマ人。

私の住んでいる村……うん、村はワイン用の葡萄を育てている葡萄農家の集落で、パパは村一番の有力者。

私もお姉ちゃんも女性だからローマ市民権は無いけど、両親のお陰でそれなりに不自由なく生活してきた。

 

「それで?ルネルは何を悩んでるのかな?」

 

テーブル代わりの岩の直ぐ側にあった小さめの岩に座ったままの私の顔を、お姉ちゃんが覗き込んでくる。言っても良いのかな……良いんだよね?

 

「お姉ちゃん、結婚しちゃうって本当なの?」

 

お姉ちゃんは「あー……」ってバツが悪そうに私から視線を逸らせる。

現代と違って、当時のローマ時代のある程度の身分の女性に恋愛結婚なんて有り得ない話だった。いや、ゼロでは無かっただろうけど、大抵は嫁ぎ先は決められたもので。村の有力者を父に持つウチも例に漏れず。お姉ちゃんは15歳。女性は12〜14歳で結婚する当時では、もういつ嫁いでもおかしくはなかった。

お姉ちゃんがまだ結婚してなかったのは、ひとえに。パパのコネクション作りの為だ。

 

「えーっと…………ルネル、ちょっと場所変えよっか?」

 

「……うん」

 

お姉ちゃんが私の手を引いて向かったのは、ウチの裏手側にある山だった。山菜や木の実、薪なんかを入手するのに村の人達も使っていて、私達も奴隷(という名の使用人)と入ったりもしていたから勝手知ったる、という感じで進んでいく。

 

本当に最低限人が歩ける程度に草が刈られただけの道を進んで森の中を行く。現代日本のように整備され歩きやすくなっているのとは違う、木々に覆われた完全な山道。けれど幼い私でも迷わず歩けるような一本道。

 

その側を流れている小川が徐々に細くなっていき、岩から水がチョロチョロと湧き出している源泉まで来る。現代で言えば体感で山に入ってから多分10分程度の距離。お姉ちゃんが源泉の側にある大きな岩に腰掛けて、私はそのすぐ隣に座る。

 

お姉ちゃんは、私に諭すように、それでいて出来る限り優しい口調で語り掛けて。

 

「今日パパが帰ってくるでしょ?パパと一緒にさ、執政官様の側近の御方がいらっしゃるの。それでもしその方がワタシの事を気に入ったら……」

 

「………………ヤダ。ヤダよ、お姉ちゃん」

 

私だって我儘を言ってるのは分かってる。お姉ちゃんがその人に見初められれば、それで婚姻は決まり。私の意見なんて意に介してもらえる余地なんか無い。でもお姉ちゃんが遠くへ行っちゃったら、きっともう会えない。現代と違って、ちょっと実家に里帰りとか離れた都市に旅行、なんて事が気軽に出来る時代じゃない。だからお姉ちゃんが結婚するって事は、実質今生の別れのようなもの。当時まだ10歳程度だった私には受け入れ難いものだった。

 

「気に入られたら、だからまだ決まったわけじゃないよ?」

 

私が「でも!ママだってもう決まりだって言ってたもん!だからお姉ちゃ……」って反論を言い切る前に、村の方から爆発音___現代と違って爆発音なんて聞く機会は無いから『大きな恐ろしい音』って事しか分からない___が何度も聴こえて、それに合わせて地面が大きく揺れて。当時の私は咄嗟にお姉ちゃんに抱き着いて目を瞑って震える事しか出来なかった。

 

「大丈夫、大丈夫だよルネル」

 

口ではそう言ってるお姉ちゃんだけど、恐怖でガタガタと震えてるのが伝わってくる。お姉ちゃんの胸に顔を埋めてる私と違って、お姉ちゃんは村で何が起こってるのかその両目でハッキリと目撃していた。

 

お姉ちゃんは岩陰へと移動してしゃがみ込んで、状況を全く理解出来ていない私を抱き締めたまま何かから隠れるように身を潜めた。その間もお姉ちゃんはずっと震えたままで、爆発音と揺れは何度もあって、私にも凄く悪い事が起きてるのだけは分かった。

 

どのくらい経ったか。音と揺れが収まって暫くして、お姉ちゃんは岩陰に身を隠しながら村の方を何度も何度も窺って。

深呼吸をしたお姉ちゃんは、意を決した様子で「村へ戻ろう」って私に言って。

さっきの音と揺れで村がとてつもなく良くない状況になっているであろう事は、私にも何となく分かった。

 

手を確り繋いで村に戻る道中でお姉ちゃんが話してくれたのは。

銀色の何かに身を包んでいて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()人間達。それと家くらいある四角く銀色の胴体に家よりも長い両足があって、その四角い胴体の上には先端に赤黒い球の付いた長い棒が横になって乗っている怪物達。その怪物の球が光ったと思ったら家や畑があっという間に破壊されて。()()()()()人間達も同じような光る物を使って村の人達を襲っていたらしい。

 

不安になった私の「みんな大丈夫かな……」という呟きに、お姉ちゃんは答えない。肩を震わせて泣くのを我慢しているように見える。

 

山を下りた私達の視界に映ったのは、無惨に壊滅した村の姿だった。家々は瓦礫になっていたり抉れた地面ごと無くなっていたり。葡萄畑も再起不能なくらい滅茶苦茶になっていた。それに人が居る気配が全く無い。ついさっきまでいつも通りの村だったのに。

 

「…………ルネル、ワタシが良いって言うまで目を瞑ってて」

 

お姉ちゃんが何でそんな事を言ったのか理解出来なかったけど、私は言われた通りに目を瞑る。お姉ちゃんは右手で私の左手を確り握って、そのまま歩き始めた。時々お姉ちゃんの「ひっ」とか「ゔっ」とかいう声が聞こえて来たけど、歩みは止まらなかった。今にして思えば、お姉ちゃんはアチコチに転がっていた村の人達の死体を私に見せないようにしてたんだと思う。

 

そうして暫く歩いて立ち止まる。「ルネル、いいよ」って言われて私はやっと目を開けた。目の前には大きく抉れた地面があるだけで何も無かった。何も無かったんだ。そこに在る筈の私達の家が、跡形も無かった。

 

「え………………」

 

私はそれしか言葉に出来なかった。奴隷のみんなも、ママも、誰も居なくて。何も無くて。呆然としてその場にへたり込んだ。

 

今まさに声をあげて泣こう、という所で私の口をお姉ちゃんの両手が押さえる。

 

「ルネル、大声は、出しちゃ駄目」

 

「グスッ、でも……」

 

「いい、ルネル。あそこの岩の影で待ってて。少し村の様子を見てくるから」

 

お姉ちゃんも居なくなっちゃうって思って、慌ててお姉ちゃんの服の裾を掴んだ。けど「大丈夫。絶対、絶対戻るから。少しだけ静かに待ってて」って言ってお姉ちゃんは走って行ってしまった。

私は仕方なく岩陰で小さく蹲って、静かにお姉ちゃんを待った。もしも戻って来なかったらって考えて、でも絶対戻るって言ったから戻って来てくれるって思いなおす。それを何度も繰り返しながら。

 

暫くしてお姉ちゃんは約束通りに戻って来た。でもその表情は暗くて。

お姉ちゃんは「誰も居なかった」って言って。それはつまり村の人達はみんな怪物達に殺されたって事で…………。

 

私は遂に我慢出来なくなって泣き始めた。必死に声を押し殺しながら。

 

「食べ物……探そう?ね?ルネル」

 

そんな状況でもお姉ちゃんは次の事を考えてくれて。『食べ物を確保してパパ達が戻って来るまで頑張る』って私達が出来る事を示してくれる。

 

私は泣きながらも頷いて、またお姉ちゃんに手を引かれて村の方へ。勿論道中は目を瞑って。目指すはレヌちゃんの家。レヌちゃんはお姉ちゃんの2歳下で、私達の家の次に裕福な家庭で。私とお姉ちゃん、レヌちゃんの3人でよく一緒に遊んだ仲。そのレヌちゃんの家には自然の洞穴を利用した地下倉庫があった。レヌちゃんの家自体は瓦礫の山になってたけど、だからこそ地下倉庫は無事で食料が残ってるんじゃないかって。ごめんねレヌちゃん。泥棒みたいな事しちゃうけど、許してね。

 

目的の瓦礫の山の前に着いた私とお姉ちゃんは、比較的瓦礫の少ない場所から少しずつその瓦礫を退けていく。だんだん両手が痺れてきて、そろそろ限界って所で、やっと地下倉庫の蓋が現れた。

 

「開けるよ」

 

「うん、お姉ちゃん」

 

お姉ちゃんが蓋をゆっくり開ける。どうやら中は無事みたい。食料も相応に保管してあって。

これなら暫くはって思った所で、奥に両膝を抱えて小さくなってる人影を見つけた。

私達に気付いて「ルテル……?それにルネルちゃん……?」って口にしたその子は、紛れもなくレヌちゃんだった。

 




おふざけなしシリアス回ぴょん

次回に続くぴょん
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