その日の放課後。
ヘアピンの向こうから、イプレの声だけが聞こえる。
『隠さなきゃ!と言いつつ自分から魔法少女の存在をバラしていくスタイルぴょん?ぷーくすくす』
イラッ。
ワタシがちょーっと失敗したからって!元はといえばイプレ達妖精が鏡面世界作り過ぎたせいなのに!あーもー、ワタシは普通の生活したかっただけなのに!自分は安全地帯(佳織の家)に居るからって言い過ぎじゃないかな!?
「撮られてるなんて思ってなかったんだよ!そりゃあ無用心だったのは認めるけどさ」
『あれだけ佳織に注意されたのに一人で動くのが悪いぴょん』
ムッ……イプレがいつの間にか佳織を名前で呼び捨てにしてる。他意は無いんだろうけどイライラするなぁ。ワタシも名前で呼びたい……でもだからといってワタシが佳織を呼び捨てにするのはもっとおかしいし。いっそのこと『ワタシの前世は佳織の幼馴染みなんだ』って言ってみる?いやでも信じてくれないよね、ワタシが佳織の立場だったら絶対信じないし。ウムムムム、ワタシもどうにかして佳織を名前呼び出来る仲まで持っていきたい。
「だってさ、すぐ終わるし平気だと思ったんだよ……てかもういいでしょ、先生にも散々怒られたんだから」
『仕方ないぴょん。寛大な心を持つボクも許すぴょん。だから夕飯はまた唐揚げが食べたいぴょん』
「え?ワタシ今日はそっちに行かないよ?寮の手伝いもあるし」
『なん……だと……』
今は放課後で寮に帰るところ。明日はバイトだから……今日の夕飯は寮の食事でいっか。今日は寮の食事手伝う日だし買い出しは明後日にしよっと。
そうそう、ワタシ時々寮の食事手伝わせてもらってるんだよね。食事の手伝いなら施設に居た時からやってるし、いくら狭くても一人で部屋使わせてもらってるのに月々の家賃も安いからせめてその位はね。
『困るぴょん!たまにならいいけど毎回カップ麺は嫌ぴょん!』
「我慢しなよ。それにほら、今日の夕飯は先生のお酒のツマミかも知れないでしょ?」
『もっと嫌ぴょん!ボクはちゃんとしたご飯が食べたいぴょん!』
イプレは我が儘だなぁ。居候なんだから文句言わないで欲しいよね。佳織と一つ屋根の下とか羨ましくてワタシが代わって欲しいくらいなのに贅沢だよ。
「そーゆーわけだから。今日は緊急時以外は話し掛けて来ないでよ?じゃないとこのヘアピン何処かに投げ捨てるからね?」
『鬼!悪魔!ち●ろ!陽里!ぴょん』
「はいはい、じゃあまたね」
全く、人を鬼だの悪魔呼ばわりなんて心外だよ。これでも他人(イプレ除く)には優しいんだからね。前世じゃお人好しとか優男とか言われて……まあだから彼女出来なかったんだよね。きっと佳織から見ても善い人止まりだったんだろうなぁ。
さーて、早く帰って寮の夕飯の手伝いしよっと。
そういえばワタシが手伝い入った日って寮で夕飯食べる子の比率がいつもより多いらしいんだよね、何でだろ?
★☆★☆★☆
「はー終わった終わった。月子、今日ってこの後予定ある?」
さて、今日の授業も終わりましたね。既に家庭教師に教わってる範囲でしたし復習程度に聞いてただけですけど。
「おーい月子、聞いてるー?」
先輩は明日バイトだから恐らく今日は寮で大人しくしてる筈……陽里先輩だって本分は学生ですし流石に今日は監視しなくても大丈夫でしょうか?でも恋は盲目という言葉もありますし今日も出掛ける可能性も……でもボクがずっと寮に張り付いてるわけにも……。
「月子ー?おーい、月子ってばー」
なら今日は瀬場さんに頼んで陽里先輩を見張ってもらいますか。祖父に紹介してもらった興信所の瀬場さん(通称セバスチャン、瀬場
「むぅ…………あっ、そうだ…………あっ!あそこに芦田先輩が!」
「陽里先輩!?どこですかっ!?」
芦田先輩、という言葉が聞こえてボクは我に返って椅子に座ったままガバッ、と体を乗り出して周りをキョロキョロと見回しました。……何処に陽里先輩が……あれ?居ない?
「嘘言わないで下さいよ!居ないじゃないですか!」
「月子が人の話聞いてないからでしょ」
右隣の席でそう言ってボクに呆れたような表情を向けるのは友人の
……あっ、ちっ、ちちち違いますよ?決して陽里先輩の胸が小さいとかそういう事では無くてですね、いや陽里先輩の場合はその美貌やスタイルの良さとベストマッチした程よい控えめで形の良い胸で掌で包み込めるような大きさだから興奮すゲフンゲフン良いんですよ別に小さいからどうとかいうわけじゃ無いんです(早口)。
「……月子ってほんっと芦田先輩の事大好き過ぎだよね?」
「勿論ですよ!」
エッヘンと胸を張ったボクに、更に呆れの表情の司彩。なんですか?ボクが陽里先輩を好きなのは当然の事ですしね!全て陽里先輩が魅力的過ぎるのがいけないんです。
「で、放課後って予定ある?」
「すみません、暫くはどうしても外せない急用がありまして」
司彩とは友達として良く一緒に遊びに行くんですよ。だからきっと今日もそういうお誘いだったんだと思います。ですが今は陽里先輩の一大事。ここは涙を飲んで断るしかありません。ボクの場合実家が実家なので司彩みたいにそういうのを気にせず同じ目線で居てくれる友達は貴重なんです。……なんですか、ボクだって友達くらい居ますよ失礼ですね!
「そっか、なら仕方ないか。……そういえば月子、例の動画って見た?」
動画……?なんでしょうか?ここの所陽里先輩に掛かりっきりでSNSとか動画サイトとか見て無かったんですよね。
「なんですそれ?」
「何か凄い再生数みたいだよ?ほら」
司彩がスマートフォンを開いてその動画を見せてくれました。なんですかコレ。特撮ですか?魔法……少女?なんかコメントが所謂『大きなお友達』っぽい人達で溢れ返ってますね。でも素人にしてはなかなか良く出来てる動画ですね、この再生数も分からなくも……んん?この魔法少女?役の子、陽里先輩?なんでこんな事してるんでしょうか?たとえ背中を向けていようが遠目だろうが、ボクが陽里先輩を誰かと間違う筈ありません。この動画の少女、確かに陽里先輩です。撮られた日付は……あれ?昨日?昨日って確かボクが尾行して糞野郎の家を特定した日……こんなの準備してる暇、陽里先輩にありましたかね?
ムムム、何だか良く分からなくなってきましたね。もう少し探りを入れる必要があるかも知れませんね。もしかしたら陽里先輩は単にこの動画を撮る為に手伝ってただけの可能性もありますし。いや、でもあの時の陽里先輩の顔は確かに……。
「まあ、良くは出来てるよね」
「そう……ですね」
「あー、やっぱりあんまり興味無い感じ?まーそーだよね、私も再生数が多いから見た、って感じだし」
司彩には感謝ですね。ここのところ陽里先輩が謎の行動を取ってる原因がこの動画にあるかも知れない事が分かったのは幸いです。
「じゃーそろそろ帰りますか。あ、そうだ。今日は芦田先輩が寮の夕飯手伝う日だ。芦田先輩の手料理とかちょっと優越感だよね♪」
「……は?陽里先輩の手料理?なん……だと……」
なんですかそれ初めて聞きましたよ!?え?寮生って定期的に陽里先輩の手料理食べられるんですか!?ボクだって片手で数える程しか食べてない(弁当のおかず等)のに!ていうかどうしてこのタイミングでそれ言ったんですか!
「これあげるので今日だけボクと代わってもらえませんか!?」
「ゴールドバー!?月子アンタなんでこんなの持ち歩いてんの!?いやいや貰えないよ!」
「大丈夫ですよ贈与税掛かるのは110万円以上ですから!」
「そーゆー問題じゃ無いし!」と一喝した司彩はゴールドバー(10万円相当)をボクに押し返し、再度渡されないようにとそそくさと逃げるように教室を出て行きました。コレは財布やカードを失くした時用の保険みたいな物なんですけど……別に変じゃないですよね?
それにしても失敗でした。陽里先輩の手料理を定期的に食べられるならボクも寮に入るべきでしたね。空き部屋が無いかとか今から入れるかとか後で問い合わせてみましょう。
その日の夕刻。自宅の部屋で例の陽里先輩?の動画を再生しつつ片手間で宿題をしていたボクに瀬場さんからRINEのメッセージが。
『お嬢、ターゲットが動き始めました』
寮の夕飯作り終えたんでしょう。何か買い忘れた物でもあったんでしょうか?
それから暫くした後に来た瀬場さんからのメッセージ。ボクはその意味を直ぐには理解出来ませんでした。
『ターゲットが消えました』
まさか撒かれたんですか?プロの瀬場さんが?陽里先輩に?まさか?
『撒かれた、とかじゃなく忽然と消えました』というメッセージと共に動画が添付されています。再生してみると……周りをキョロキョロと見回して細い路地へと陽里先輩が走っていくのが映ってます。
その直後に路地の先がうっすらと紫に光って。動画の視点も路地へ。路地の先は行き止まり、しかも全方位を高い壁に囲まれていてとても女子中学生が乗り越えられる高さではありません。確かに陽里先輩が忽然と消えてる。まさか、まさか、何か良からぬ事に巻き込まれてるんじゃ……有り得ますよね陽里先輩は中学生とはいえ美少女です。誰かに誘拐されたとしても何もおかしくない。少なくともボクが犯人なら間違いなく拘束して手籠めにしますし。失敗でした、やはり今日もボクが尾行していれば……!ボクの護身術で先輩を守れたかも知れないのに!
『今からボクもそこへ行きます』とメッセージを返してスマートフォンを閉じました。後は母や護衛に見つからないよう家を出るだけ。まあその程度なら慣れたものですよ。
陽里先輩、待っていてください。ボクが誘拐犯からも糞野郎からも助けてあげますからね!
★☆★☆★☆
「イプレ!」
『上だぴょん!陽里、早く変身するぴょん!』
だーっ、よりによってこんな時に!料理の手伝いも済んだしこれから宿題しようと思ってたのに!
イプレが鏡面世界を展開したのはスライムが現れた場所のすぐ側。昨日のスライムは多分
「トランスフォールマ!」
右手に持ったカードを天に掲げ宣言。光に包まれ第1形態へ変身したワタシが睨んだ先のモノクロの空に居たのは……体長2m程度の大きさの、背中の羽根を広げて飛んでいるカマキリだった。しかも体つきは虫型ではなく人型に近い。両手のカマを広げワタシ達を威嚇してるのが分かる。
『気をつけるぴょん!あのタイプのデーモンはヤバいぴょん!』
そっかそっか。あの時の熊モドキみたいに特撮の怪人みたいな人型のヤツは強いって事ね。それなら気を張らないといけないね!
「イプレは安全な所まで離れてて!デフォルマーレ!」
陽里、連日の戦闘。
月子はやっぱり(陽里にとって)危険人物。
……鬼や悪魔と並び称される緑のあの人。