菊花賞をテーマにした短編です。

史実やシンデレラグレイと違い、オグリキャップが出走できてます。


興味を持っていただけた方は、感想を頂けると悦びます。


Pixvにも投稿してます。

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マ魔王の産まれた日

 『我々の予想を覆し!クラシック三冠を占う最後のレース、栄光ある菊花賞を制したのは、スーパークリークです!!!』

 

 

 万雷のブーイングの中。

 

 彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「クリーク。おなかが減ってしまった・・・」

 

 くぅくぅと。かわいらしくお腹を鳴らす友人に、スーパークリークは微笑む。

 

 「任せてください、オグリちゃん。

 

 おいしいパンケーキを作ってあげますからね。」

 

 スーパークリーク。どことなく母性を感じさせる鹿毛のウマ娘は、腕まくりをしてキッチンに向かう。

 

 おなかをぺこぺこにした、友人を放ってはおけない。

 

 材料はあまりないが、小麦粉とバター、卵、牛乳、バニラエッセンス、ベーキングパウダー。

 

 そして愛情をひとつまみ。

 

 これだけあればパンケーキは作れる。

 

 「助かる・・・!カフェテラスを追い出されてしまって・・・

 

 今日は、材料があまり無いらしい・・・」

 

 仕方ない子だ。また学園の備蓄を食い尽くしてしまったのだろう。

 

 だが、手のかかる子ほどかわいいもの。

 

 同行するタマモクロスが、呆れた顔をしながらも友人を続けているのは、彼女が愛されている確たる証拠だ。

 

 「オグリ・・・クリークだから許してくれるけど、あんまたかるのはよくないで?

 

 そもそもあんたら、ライバル関係やろ。」

 

 そう。彼女とオグリキャップは、クラシック三冠を奪い合う、ライバルだ。

 

 笠松から飛び出した希望の星。

 

 クラシック登録の存在を知らず、その出走は絶望的かと思われた。

 

 しかし、尊敬すべき会長と、おせっかいな記者。

 

 そして、スーパークリークをはじめとする、ウマ娘たちの懸命な活動により。

 

 その蹄跡を、クラシック三冠の歴史に刻むことを許されたのだ。

 

 ウマ娘が走る事を妨げることなど、誰もしてはならない。

 

 その実績が認める限り。

 

 その信念を共有する、トレセン学園が一丸となった結果だ。

 

 

 

 フライパンを温め、バターを溶かす。

 

 芳しい香りにオグリキャップのお腹が鳴った。

 

 「そうか・・・クリークも菊花賞に出走するんだったな・・・」

 

 「せやで?ライバルにメシたかるヤツがどこにおるっちゅーねん。」

 

 「ここに。」

 

 スパァン!ハリセンの快音。

 

 微笑ましいやりとりに頬が緩む。

 

 ボウルの中から生地をひとすくい。

 

 よく温めたフライパンに投入。

 

 お玉で成形し、ふたを閉める。

 

 「大丈夫ですよ?レースと私生活は別ですからー。」

 

 「そうか・・・!ありがとうクリーク!」

 

 「こんなんが栄光ある二冠バ様とは・・・世の中わからんもんやな・・・」

 

 そう。彼女はオグリキャップに、今のところ負け越している。

 

 脚部不安がぬぐい切れず、実力が出し切れなかったというのは言い訳である。

 

 ウマ娘が語るのは、いつだってその脚で。

 

 それもまた、トレセン学園が共有する信念である。

 

 「次こそは、勝っちゃいますから。覚悟してくださいね?オグリちゃん。」

 

 「ああ・・・!負けないぞ、クリーク!」

 

 ぐぅ。

 

 スパァン!

 

 「タマ!何故叩くんだ!」

 

 「オグリがいい場面で腹鳴らすからや!走りたいのか食いたいのかどっちかにせぇ!」

 

 「食べる!」

 

 スパァン!

 

 リビングから聞こえる声にあらあらと思いながら、焼きあがったパンケーキにバターを乗せる。

 

 蕩けて流れるバター。

 

 メイプルシロップを掛ければ完成だ。

 

 「はい、どうぞ。おかわりはたくさん焼きますからね。」

 

 「ありがとうクリーク!んぐんぐ・・・うまい!」

 

 ひとくちで消えるパンケーキ。

 

 スパン!スパパン!スパパパパン!

 

 「味わえ!クリーク!コイツ一口で食いおったで!コイツにメシたかられとったら、たまらんぞ!

 

 たまには拒否れや!甘やかすからこうなんねん!」

 

 「好きでやってることですから。うふふ、いっぱい食べる子、好きですよ?」

 

 いたいいたいと身体をよじりつつも、咀嚼を止めないオグリキャップ。

 

 どこか楽し気にツッコミを入れるタマモクロス。

 

 彼女の愛しい友人たち。

 

 幸せな時間は、優しく過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 「クリーク。話がある。」

 

 トレーニング後、深刻な顔をして彼女を呼び止める彼。

 

 愛しい彼女のトレーナー。

 

 脚部不安を抱える彼女に寄り添い、夢を追うための添え木となってくれたヒト。

 

 「URAから打診があってな・・・今度の菊花賞。

 

 オグリキャップが三冠を取れば。

 

 クリーク。君の担当を外れ、オグリキャップを担当することとなる。

 

 六平トレーナーももう年だ。彼女の地元のトレーナーはまだ中央の資格を取っていない。

 

 オレに、白羽の矢が立った。

 

 ・・・すまない。組織の要求には逆らえない。」

 

 頭を下げる彼。

 

 有能なトレーナーである彼を、遊ばせておく余裕はない。

 

 彼は口にしなかったが、成果の出せない彼女よりも、未来を担うスターを優先しろ。

 

 URAが言いたいのはこういうことだろう。

 

 「・・・私が、勝てば?私が勝てば、トレーナーさんは私の担当でいてくれますか?」

 

 「・・・ああ。成果を出せば、URAも認めるだろう。

 

 だがクリーク、脚部不安がなくなったとは言え、相手はオグリキャップだ。

 

 笠松の星。葦毛の怪物たる化け物だ。

 

 領域に目覚めたという噂もある。

 

 正直なところ、勝算は・・・んぐっ!?」

 

 彼の口におしゃぶりを突っ込み黙らせる。

 

 それ以上は聞きたくない。語らせるべきではない。

 

 「はい。それで十分です。それだけで、十分なんです。」

 

 それだけを告げ、彼を抱きかかえてチームルームへ。

 

 今日のでちゅね遊びは。

 

 きっと、凄惨な物になるだろう。

 

 この愛情を、全てぶつける。今まで秘めていたもの全て。

 

 愛したくてたまらない。彼女だけの愛しいヒト。

 

 チームルームの扉を閉める彼女の口元は三日月を描き。

 

 むずがる赤ちゃんを抱きかかえ、微笑む姿は。

 

 きっとこの世界の誰よりも、愛に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 『さぁ始まります菊花賞!勝利の栄冠を得るのはどの娘か!』

 

 『笠松の期待を背負った二冠バ、オグリキャップがやはり有力候補でしょう。

 

 仕上がりも良い。番狂わせは、難しいかもしれません。』

 

 『栄光ある三冠バの誕生への期待に、会場は揺れています!さぁ、いよいよ出走です!』

 

 ごぉごぉと風の鳴る音。

 

 首を傾げる他のウマ娘。

 

 彼女は息を吸う。

 

 脚部不安はもうない。彼女のトレーナーがガラスの靴を脱がしてくれた。

 

 後は脚で語るのみ。

 

 息を吸いながらゲートが開くのを待つ。

 

 ごぉごぉと風が鳴る。

 

 

 

 

 

 『さぁ!スタート!ここで飛び出したのは・・・スーパークリーク!?これは掛かってしまったか!

 

 ヤエノムテキが後に続きます!』

 

 『彼女の脚質に合っていませんね・・・冷静さを取り戻せるといいのですが。』

 

 (・・・クリーク?)

 

 オグリキャップは心中で首を傾げつつ中団の後方に着く。

 

 先行型。好位追走を得意とする友人が、逃げの位置に着くというのは予想外だ。

 

 掛かってしまったのか。

 

 良い勝負ができると思っていたのだが。

 

 少しばかりの残念さと、ライバルが暴走したことによる勝利の予感。

 

 それを胸に抱き、最初の坂を超え、最初のコーナーを回る。

 

 友人は相変わらず先頭。

 

 続くヤエノムテキとの差は目測では10バ身。

 

 もはや逃げではなく、大逃げである。

 

 これは、着いていけば息が保たない。

 

 冷静に今の位置をキープし・・・

 

 

 

 (・・・違う!)

 

 本能が告げる。このままではマズい。

 

 直感に従い、中団の先頭へ。

 

 サクラチヨノオーを追い越し、さらに前へ。

 

 『おっとここで二冠バ、オグリキャップが前に出た!これは、スーパークリークに釣られたか!?』

 

 『差しを得意とする彼女がここで前に出るというのは失策でしょう。これは番狂わせがあり得ますよ。』

 

 ざわざわと会場が困惑に包まれる。

 

 余計なことを。

 

 スーパークリークのトレーナーは何を指導していたんだ。

 

 これで三冠バの誕生が阻まれたらどうしてくれるのだ。

 

 観衆はスーパークリークに罵声を浴びせ始める。

 

 だが彼女は相変わらず先頭に。

 

 失速することなく、先頭で鹿毛を揺らしている。

 

 

 

 

 

 

 第2コーナーを回る。

 

 息が苦しい。

 

 明らかにオーバーペース。尋常のレースではない。

 

 『4回目のコーナーを回り、先頭は相変わらずスーパークリーク!これは最後まで保つのか!?』

 

 『難しいでしょう。息が続きません。

 

 ここまで保たせたのも、正直奇跡的です。これが最後まで続けば、レコードタイムを大きく更新します。

 

 でも、それはあり得ない。淀の坂を舐めてはいけません。そこで順位が入れ替わるのは明らかでしょう。

 

 オグリキャップも少しペースを落とすべきですね。冷静さを失えば、三冠バは夢と消えます。』

 

 ブーイングと歓声のオーケストラ。怒りと期待。

 

 会場を揺らす声を聞きつつ、さらに前へ。

 

 何もわかっていない。

 

 誰も理解していない。

 

 だって、スーパークリーク。彼女の背は。

 

 息が上がった様子を見せていない。

 

 息が続いている。不気味なまでのいつものクリーク。

 

 そういえば、彼女の息が上がった所を見た事があっただろうか・・・?

 

 

 

 

 

 

 第3コーナー手前。2回目の淀の坂。

 

 息も絶え絶えのヤエノムテキを抜かす。

 

 もはや息が続かない。大きく息を吸い込みつつ、坂に挑む。

 

 ヒュウゥ。自分が息を吸う音に気づく。

 

 そういえば、出走前のゲートで聞いた、ごうごうと風の鳴る音。

 

 風が無い絶好のレース日和。あんな音が聞こえるはずはないと、周囲のウマ娘たちも困惑していた。

 

 

 

 あれはもしや・・・息を吸う音では?

 

 スーパークリークが坂を駆け上る。失速の様子を見せない。

 

 必死にその背を追う。

 

 差は10バ身。

 

 響く自分の蹄鉄と、彼女の蹄鉄の音。

 

 自分の苦しげな息遣い。

 

 違和感は加速する。

 

 淀の坂を駆け降りる。

 

 息もつかせぬ直滑降。

 

 栄光へと続く直線が見えた時。

 

 彼女はやっと違和感の正体に気づく。

 

 (クリークは・・・!息をしていない・・・!)

 

 

 

 『最終コーナーを回り、最後の直線に入る!先頭は相変わらずスーパークリーク!続くオグリキャップとの差は10バ身を保っています!・・・これは!?』

 

 『あり得ません・・・!こんなことがあっていいはずがない!息が保つはずがない!ウマ娘の限界を超えている!医療班!医療班!準備を!栄光を汚してはならない!死者を出してはいけない!』

 

 悲鳴のような実況と解説。

 

 状況を理解できぬ観衆のブーイングは続いている。

 

 最後の直線。

 

 溜められなかった脚。

 

 日本ダービーで聞こえた勝利の鼓動が、今は聞こえてこない。

 

 そのまま、ゴールへ。

 

 ゴールラインを超え、必死にひゅうひゅうと息を整える。

 

 見慣れた鹿毛の背中。ごうごうと風が鳴る。

 

 息がやっと収まり、掲示板を見る。

 

 電光掲示板にはレコードの文字。

 

 一着と二着の間には、大差の表示。

 

 友人が振り返る。

 

 その笑顔を彼女は、一生忘れることはないだろう。

 

 「なんて・・・なんて顔をしているんだ、クリーク・・・」

 

 「オグリちゃん。ありがとう。私、あなたのお陰で気づいたんです。

 

 愛って、手を放すと逃げていくんです。

 

 この脚で追いかけて、しっかりと握りしめて、閉じ込めておかないと。」

 

 呆然と立ち尽くす医療班。近寄ることもままならぬ。

 

 悲鳴を上げる報道陣。

 

 カメラを止めろ!アレを夢見る彼女たちに見せてはならない!早く!

 

 

 

 

 

 

 魔王が微笑んでいた。

 

 その笑顔は。

 

 どうしようもなく、淫らで官能的な、母の顔をしていた。

 

 




 蛇足のかいせつ

 本作のスーパークリーク:生まれつき肺活量がウマ娘の限界をとっくに超越してたやべーやつ。
 3000m無呼吸で走り切った。


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