時を超えて新参者   作:栗竹17号

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よろしくおねがいします。
12/22 少し修正いれました。


ー プロローグ ー

 伝説とは、見た者と語った者が揃って語り伝えられるものである。

 シンザンというウマ娘を、ご存知だろうか。

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞――クラシック三冠を勝ち取った史上二人目のウマ娘にして、秋の天皇賞をも獲得し四冠を手に入れた覇者として君臨していた者を。

 力強い差し脚と、冷静沈着なレース運びで勝利してきた。

 そして今、最後の栄冠を手にすべく、この中山のターフに立つ。

 地面と直角に背筋を伸ばす乱れぬ歩様。

 戦士のような堂々たる赤と黒の出陣姿。

 無名の一人から、駆けあがってきた彼女の姿に夢想する。

 さあ、その白く輝く菱形の一等星に願いを賭けよう――。

 五冠制勝、夢見た歴史の第一歩に。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

十二月の中山レース場。

天候は肌寒さ感じる曇空模様(くもりそらもよう)。芝の状態は黄黒く染まり、また霜が溶けてゆるんでいる。特に内側、バ蹄で荒らされた「稍重(ややおも)」のバ場の状態はとても良いコンディションとは言い難かった。

 

「シンザン」

 

 ふと、ゲートへと歩みを進めていると後ろから呼び止められる。

 声の方向に顔を向けると、そこには真っ直ぐ睨むように見つめる一人のウマ娘がいた。

 ミハルカス――今年になって本格化し、前年の天皇賞、有馬記念を制覇したヤマトキョウダイに勝利した彼女は、秋の天皇賞の時から人一倍強くシンザンという三冠ウマ娘に対し、闘争心を持っていた。

 

 

「今回こそアンタに勝つ、そして――」

 

 

 衰えることなく轟々と熱く燃える瞳が、彼女を捉える。そして人差し指を構えては強く言い放った。

 

 

「その腑抜(ふぬ)けた顔を土に踏みつけてやる、覚悟しな!」

 

 

 しっかりと鼻柱へ捉えた指を向けたまま、居丈高(いたげだか)に宣言する。

 言いたいことを一方的に言い終えた彼女は「フンっ」と鼻を鳴らして横を通り過ぎると、ゲートへと向かっていった。本当に嫌だなと内心思う。明確に示してくる喧嘩腰の態度が、ではない。彼女の負けず嫌いっぷりを知っているからである。それこそこちらも負ける気こそしないが、バ場を確認していたあたり、間違いなく何かしてくる予感がこの時からあった。

 その背中を見送った後、自分もゲートインしてから瞳を閉じて集中する。

 耳を澄ませば聞こえてくる人々の歓声。ファンや大衆の期待は今までにない程に大きく寄せられていたのに関わらず、自身の心は至って平静で波打たぬ湖面のように穏やかであった。

 

 

(このレースを終えたとき、どんな顔しているんだろうなあ)

 

 

 誰に訊くわけでもないその答えは、ゴールを駆け抜けた後でしかわからない。

 最後の一人がゲートイン完了したようだ。目を開けて、眼前を見据えて構えた。

 間もなくレースは始まる。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

『先頭はミハルカス、先頭はミハルカス!』

 

 

 

 レース展開が大きく揺らいだのは第四コーナー終盤、先頭が直線に差し掛かるときのこと。

 

 

(――ここだ!)

 

 

 コーナーを抜ける直前、先頭を走るミハルカスは、突如やや逸走気味に外側へ膨んだ。そのまま3番ブルタカチホの前をスッとよぎる様に、素早く足運びを変えたのである。

 そのタイミングは、荒れたバ場のコースを避けるギリギリのところであった。

 

 

『そのミハルカスの外側にヤマトキョウダイ回った!』

 

 

 

 そこにはかつての敵――ヤマトキョウダイがいた。勝負どころと前に位置を上げていた彼女は、ミハルカスの急な転身に動揺しながらも追いにかかる。だが、距離差は縮まらない。半ば不意に外側に追いやられたことで、足さばきに乱れが生じていた。加速するための勢いを削がれていたのだ。さらに、ヤマトキョウダイのその位置はもう一つの状況を作る。

 ――それはシンザンの道を一瞬塞ぐということ。ミハルカスの姿を捉えていた彼女は、この時既に術中に嵌っていたとは思わないだろう。

 本命は、シンザンを芝が剥げてぬかるんでいる道へ導くことだ。力のいる内側に誘導し、あのシンザンの差し脚の切れ味を鈍らせれば、追いつかれる寸前で逃げ切れるはずという自信から作り上げた策略。

 これを意図して作り上げることこそが狙い。そして、彼女に勝利するために導き出せた最高のシナリオ。

 ミハルカスは必死だ。このレースに勝ったあ(・)い(・)つ(・)が成し遂げる偉業がどうのこうのと期待と好奇の世間の声なんて知ったことかと突き出していく。

 アタシはウマ娘だ――ウマ娘なんだ。そう、全身で表しているかのように。

 持てるもの、考えられる全ての戦略を出し尽くしても、なんとしても絶対に勝ちたい。乾坤一擲の意気で、一回一回の勝負にミハルカスは挑んでいる。今回のこれも、端から見れば斜走ギリギリのコース取りも卑怯と捉えかねないだろう。

 

 

(そんなこと、後で勝手になんとでも言え!!)

 

 

 勝負は反則でなければ問題ない。勝てればいいのだ。

 先頭を駆けるミハルカスは、外側に膨らんで貯めに貯めた脚を解き放つ。その瞬間ぐっと首を低く落としこんだ。

 ――ギシリと脚が軋み、シイと奥歯を嚙み締めた口から空気が漏れる。捨て身のような走法。一歩、一歩踏みしめる毎に全身が悲鳴をあげた。僅かにぬかるむ坂の上を、少しでもハナ差でも大きく前に出るために全身全霊の蹴り出しをしていた。体力の貯金も3ハロンを登りきるためのギリギリの調整で、ひたすらにがむしゃらである。

 ふと頭の中を過ぎる。この一戦がきっかけで、後々まで身体に支障をきたすかもしれない――

 

 ――何を考えているんだ、

 

 

(一戦でも、勝(・)て(・)れ(・)ば(・)最(・)高(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)か(・))

 

 

 耐えて攻めて、休むことなく全力で勝利を目指す。ミハルカスの執念はこのレースでのただ一勝を掴み獲るために、展開もバ場状態もライバルも全て巻き込んで力に変えた。

 この瞬間こそが最頂、最強の強敵を倒すための全盛の走りへと至った瞬間でもあった。

 勝てる、今度こそ――自分の勝利が確信に変わる境目になった時、

 

 

 

 ――ゾクリッ

 

 

 

 背筋がーー世界が凍りつく。

 

 バカな。

 そんな、はずがない。

 だが、この重圧(プレッシャー)は、

 重厚な刃物をつきつけられたかのような錯覚(つめたさ)は!

 目線が無意識に後ろに引っ張られてしまう。

 右側内側ではなく、左(・)側(・)外(・)側(・)を。

 そこには、

 そこには!

 

 

『一番外側をシンザンが回った。シンザンが、大(・)外(・)を通りました。一番大外を回ります、シンザンです!』

 

 

(な、にィッ…!?)

 

 

 なんで、そこから。

 外側のさらに"大外"、そこから突き抜けてくるウマ娘がいる。

 なんでそこに、お前がいる?

 ――――シンザン。

 

 

(捲し上げられるッ?!)

 

 

 完璧だったはずだ。

 タイミングも、状況の演出も出来上がっていたはずだ。

 なのに今、外(・)側(・)に(・)い(・)る(・)。

 より外側から飛び込むには体力も脚力も消耗があったはずだ。

 だが、脚(・)色(・)は(・)衰(・)え(・)な(・)い(・)。

 やはり、あの悪寒は気のせいではない。

 それはウマ娘の本能が告げる、射程圏内に捉えられたという警告。

 あの無慈悲な切れ味の末脚が、今まさに自身に迫らんとする恐怖。

 

 

(逃(の)がさない――絶対に)

 

 

 今、喉元に刃筋が届こうとしている。

 ヤマトキョウダイに前を一瞬塞(ふさ)がれた時、即座に外側に躱(かわ)していた。

 迷うまでもない、何故ならそれが最適解だと見(・)え(・)て(・)い(・)た(・)から。

 この判断に疑いはない。だからこそ、この一瞬の行動に迷いなかった。

 その結果が、この瞬間だ。

 

 

『まだ、シンザンが出ない。まだシンザンが出ない』

 

 

 観客席は騒然(そうぜん)となる。

 二人の姿が競り合ったまま、客席から見えない位置に潜り込んだからだ。思わず人々は口々に騒ぎ出す。

 どうなった?

 勝負の行方は?

 ――最後に先頭を駆け抜けるのは誰か。

 観客が次々に立ち上がってはレース場を見つめる。

 誰もかれもが皆、食い入るようにバ場を見つめる。

 

 

『シンザン出たか、シンザン出たか、シンザン出たか?』

 

 

 終いには実況者までもが立ち上がり、前のめりで倒れ込みそうな姿勢になっていた。

 

 

(クソッ、クソクソクソクソッ!!)

 

 

 これ以上速度が上げられない、体力も肉体もこれで目一杯だ。妥協なんてしていない。むしろ限界すら突破して引き出している。

 なのに――それすら超えていく。

 力強く、近いようで遥かに高く感じるその背中。

 一バ身以上の距離の差がつけられた。

 決着だ。

 

 

 

「クソぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 

 

 悲鳴のような咆哮が場内に響き渡る。

 最終直線、ゴール間際に先頭にいたのは誰か。

 

 

 

「強かったよ、ミハルカス」

 

 

 ――シンザンだ。

 

 

「……今までで相手した中で一番、強かったよ」

 

 

 ゴール直前、叫ぶ彼女を尻目に呟いた。

 その声は、聞こえていないかもしれないけども。

 

 

『シンザン出た、シンザン出た、シンザン出た!!』

 

 

 

『ゴールインッ!! シンザン五冠バ達成!日本一は、シンザンです!!』

 

 

 

 

 その日、一人のウマ娘の伝説が歴史に名を刻む。

 前人未踏の領域――八大競走、五冠の制覇。領域に確かな足跡――否、史上初の蹄跡を残した。

 多くの人々の心に刻んだ彼女は、レースを終えた直後にも関わらず、涼しげに少し陽の光に照らされた髪を靡かせている。

 ゴール坂を越えたらいつものようにすぐ失速した。意味もないのに無駄に走るつもりはないとは、彼女の口癖でもあった。

 少し長く深く吸い、ふぅっと息をつく。

 この勝利の余韻に少し名残惜しさも感じていたが、サッと身を翻(ひるがえ)して歩みだした。

 通り越す風は頂から吹き下す山風のように、

 押し寄る声は世界を飲み込む雪崩のように、

 惜しみない賞賛がレース場に響き渡っていた。

 観客席の前で立ち止まる。

 彼女は多くを語らない。語る必要もない。

 韋駄天立のような風格が、雄々しいまでの偉容が時代の勝者を物語る。

 ゆっくりと、ただ真っ直ぐに振り上げた。その動作が示すことは一つ。

 

 

 ――たった一本の天差す指(唯一抜きん出て並ぶ者なし)。

 

 

 ただそれだけを全員に見せつけた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 ――プツンッ。

 

 

「はあ……」

 

 

 長方形の物体をその辺に置いては息をついた。

 ここは応接室。とある事情からここで待機するようにと申し付けられたため、暇を持て余していた。そして、色々と興味本位であれこれと触っていたら、少々可笑しなことになった。

 先程握っていた長方形のモノに触れていた時に、何かのスイッチを入れてしまったらしく、薄い板に貼り付けられている画面が突然前触れなく勝手に点いてしまったのだ。派手やかな映像が表示されては、いきなり画面から笑い声が飛んでくるものだから、思わず尻尾の毛がファサッと波立つほど驚いたものである。色のついた画面はそれはそれは興味深いものでしばし眺めていたわけであったが、待ち人がテレビ?を見たまま待つのはどうなんだろうかと我に立ち返り、耳障りだし五月蝿いしなんとか消さねばと奮闘した。

 結果、よくわからないことがよくわかった。ワケがわからない。どうなっているのこれは。電源のスイッチはどこにある。

 ああでもない、こうでもない。本体のどこかにあるのかと探したが見つからない。諦めず粘り強く探ったところ、電源らしいコードがあった。それをひっこ抜いてようやく解決したというところである。

 動かしてしまった物をそそくさと元の位置にもどして、改めてそのテレビ?をじっくりと観察する。

 

 

(こんな画面が薄いのに、色彩鮮やかな綺麗な情景が映るのってどういう仕組みなんだろう……不思議だ)

 

 

 ふとボウルに入っていた『ウマい棒 にんじんハンバーグ味』と書いてある包装袋を割いて、中身を出してみた。美味しそうな黄色色の棒状の筒状の形がでた。

 ……麩菓子? キョトンと小首を傾げるも芳しい香りに食欲がそそられたので、興味本位で一口齧ってみる。

 

 ――サクッ。

 

 意外と口に入れたら溶けるような食感に、やはり麩菓子(ふがし)か?と小首を傾げてた。が、食感こそ本来の人参ハンバーグらしさはないが、意外と食べごたえある上に、形容しがたいテイストが美味しい。自分が思ってた麩菓子と違うことに驚きを感じながらも、また口に運んで咀嚼(そしゃく)する。

 

 

(意外と好みかもしれない)

 

 

 そういえば鞄の中に水筒があったことを思い出した。折角だからと水筒の麦茶を蓋に注いで、ずずずっと口に含んで飲んでみると、意外な相性の良さにまた感動する。今度この麩菓子について誰かに教えてもらおう。頭の片隅で決意し、菓子を片手に腕組みして椅子に反り返る。

 さて、冷静に改めて現状を省みることにしよう。

 

 

(なんでこんなことになったかな……)

 

 

 麩菓子を咥えて咀嚼しながら、自身に起こったことを整理する。

 自分は、シンザンである。生まれ変わりとかでもなく、正真正銘本人であると、第一に自己確認から始める。

 記憶を辿る。ここに至るまでの経緯と道中を。

 見覚えのないオモチャに、知らない景色と街並みに駄菓子、そして――

 にわかに信じがたい。

 信じがたいことなのだが、

 

 

(どういうわけか、『(・)日(・)本(・)ウ(・)マ(・)娘(・)ト(・)レ(・)ー(・)ニ(・)ン(・)グ(・)セ(・)ン(・)タ(・)ー(・)学(・)園(・)』(・)な(・)る(・)と(・)こ(・)ろ(・)に(・)い(・)る(・))

 

 

 その現実に彼女は戸惑いを隠せなかった。

 瞼を閉じて思い出してみる。その裏に写る景色は、ハッキリと浮かび上がる。

 ……山を下りた後からの町並みの違和感がすごかったなあ、と思いながら当時の状況を思い出す。

 

 

(この学園のあれら施設はまだ存在していないはず(建設中)だったんだけど……)

 

 

 あの日あの時、山頂から見た景色。

 ここまでの見慣れないセーラー服を着て歩く、同じウマ娘達の姿。

 あらゆるところで違う。

 知っていることと違う。

 故に、一つの可能性を考えた。

 それが事実なら、とんでもない事態に巻き込まれたことを意味していると理解しながら。

 

 

 コンコンコンッ。

 

 

 そこに応接室のドアが叩かれた。

 

 

「あっはい、大丈夫です」

 

 

「失礼します」

 

 

 部屋に入ってきたのは緑色のタイトスカートの制服で、優しげな顔が印象的な美人さんだった。

 中に入ると両手を重ねて一礼をし、目を細めて微笑む。

 ……その顔に見覚えがあった。

 直接会ったことがあるわけではない。だが、彼女達にとっては有名人だった。

 雰囲気こそ違うものの、その佇まいと立様からある人物と結びつく。

 今までの出来事の連続で、そのはずはないのにと混乱しながらもつい口が滑る。

 

 

「まさか、ト(・)キ(・)ノ(・)ミ(・)ノ(・)ル(・)?」

 

 

「――え?」

 

 

 今この瞬間、時計の針の音だけが刻んでいた。

 偶然か必然か、幻と伝説が邂逅(かいこう)する。

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