時を超えて新参者   作:栗竹17号

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 今年中にあと二話投下できると言ったな。

 あれは、無理でした(ホントごめんなさい)。


 仕事終わりにアニメとシングレ一気読みして、
 アプリでタマモクロス来てチャンミでホアァアアアアとした後で、
 書き途中だった二話以降の仮文章を見直して思ったんです。
 (あ、書き直しだこれ)って。すらすら書ける文章力を……ください。
 それであれこれ添削していたらいつの間にか年末来てましたァ!!
 計画的にやりましょう、私みたいにはならないでください。


第二話 ー "そこにいる" ー

 トキノミノル。

 今やそのウマ娘を知る者も少なくなった。トレセン学園がまだトレセン学園でなかった頃、伝説のウマ娘というのはシンザンではなく、彼女のことであった。

 デビューしてから一年にして無敗の十戦十勝。内二戦は皐月賞と日本ダービーをレコード勝ちを叩き出す。圧倒的なスピードに現実離れの脚質、その強さは影すら踏めぬと言い伝えられるほどに凄まじいものであった。またこれほどの結果を残しながら片膝に不安を抱えていた、常に万全でなかったというのだから驚きだ。まさに神が与え給うた天賦(てんぶ)の才は、彼女の脚に宿ると誰しもが信じて疑わなかった。その余りの強さに――輝きに人々は魅せられた。

 時代を一瞬で巻き込んだ光跡(こうせき)は、後々に長く深く突き刺す。

 "彼女が生きていたら"その言葉に全ては集約されて。

 破傷風(はっしょうふう)。ほんの少しの傷口から(かか)るその病は、不活性化ワクチンによる予防接種や初期治療の方法すらなかった時代において、最も身近にある不治の病。当時における発症届出件数は毎年一千から二千件、人口八千万人の人口比と考えて罹患者数(りかんしゃすう)は多くはないが罹ったら最期、その悪魔の手は問答無用にあの世へと引きずり込む。神から最幸の才能を授けられた彼女は、皮肉にも最悪のくじ引きを当ててしまったのである。

 余りにも早すぎる死に、新聞記者は(はや)し立てた。

 ――悲劇のウマ娘、日本ダービーを勝つために生まれた"幻のウマ娘"。

 全国紙の一面をも飾り、彼女の記事は瞬く間に日本中に知れ渡った。良くも悪くもそれは、世間がウマ娘の考え方を改めさせた一大ニュースとなって波紋を呼んだ。とある写真とともに。

 それは大勢の人々に囲まれて勝利を祝福されていたときの一枚写真。中心にはあどけなさを残しながらも、優勝トロフィーと満面の笑顔で喜ぶ少女がいた。

 彼女が生きて大きくなっていたらきっと、素晴らしい淑女(しゅくじょ)になっていたに違いない。

 (たお)やかで、笑顔が素敵な女性に。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「あの……そろそろ訊いてもよろしいですか?」

 

 

「何をですか?」

 

 

「…………どうして土下座されているんでしょう?」

 

 

 トレセン学園の応接室、そこは今、何とも言い難い空気になっていた。

 

 

「なんとなく……でも、謝罪はまず誠意からとか言いません?」

 

 

 栗毛の少女が突拍子もなくソファの横に下りては両の手をついて、深々と頭を下げてたのだから。

 緑制服のタイトスカートの女性は眉を(くも)らせている。謝罪、というのはおそらく例のことについてだろうが、これはどうすればいいのだろう。

 

 

「いきなり理由もわからないままそうなされると、かえって反応に困るんですけれど……」 

 

 

 それはそうだ。初めて顔合わせて二言目の会話せずにいきなり土下座、これでは返す言葉が見つからない。彼女はただ話を聞きにきただけで、騒動の件で詰問(きつもん)しにきたわけではないのだ。

 なので、少しは肩の力を抜いて欲しくて優しく声を掛けてみたが、

 

 

「……ではこれは御校(おんこう)の生徒に対する非礼と、自分の発言で微妙な空気にしてしまったことに対する謝罪ということで何卒(なにとぞ)よろしくおねがいいたします」

 

 

 この態度は中々変えられるものではないらしい。妙に緊張されているようだ。

 とりあえず機転を利かせて警戒を解かねば、と困り顔で考えながら彼女は話を切り出す。

 

 

「え、ええっと……その、わかりましたのでそろそろ顔をあげてください。それなら一度仕切り直しをしませんか。お茶を用意しますので、ソファに腰を落ち着かせてからゆっくりお話ししましょう」

 

 

 ピクッと耳が動く。少し逡巡(しゅんじゅん)しているかのように尻尾が揺れている。

 そして倒していた体を持ち上げては気まずそうに短い耳は少し傾けながら、その提案にコクリと首肯させた。

 よかった、とホッと胸を()で下ろす。会ってすぐに意識されているのは警戒されているからなのだろうか。これで少し警戒を解いて話を聞いてくれるだろうと、考えては行動に移す。 

 ドアノブを再度触れると「それではまた、すみませんがもう少しだけお待ちください」と言っては彼女は一旦部屋を出て行く。その背中をシンザンは見送った。

 彼女は少し考えながら、脚の(しび)れを感じたので胡座(こざ)に変えて後ろ髪に手を伸ばす。

 

 

(今日は何かと、予想外のことが起こる日だ……)

 

 

 鹿毛(かげ)にしては少し黒の濃い髪を()くように何度もしながら一日を振り返る。

 今日は、学園にいる最後の一日になる予定だった。

 シンザンはこの日、肌寒さが和らいできた春の明け方頃に山登りをしていた。府中のある山の頂からこの町を――変わりゆく様相に未来に想いを()せながら――第二の育ちの故郷の地の景色を、この目に焼き付けていきたいと考えていたからである。間もなくお別れとなるからこそ、この情景を忘れられない記憶とするために全体を見渡していた。

 この日、北の生まれ故郷に帰る前に一つの我儘(わがまま)を叶えてもらっていた。一月の京都競バ場のセレモニーに、三月末での学園での卒業演説。やること成すこと盛り沢山の日々を乗り越え、最後の日だけはと頼み込んでは説得して、なんとか門出前に少しだけの暇をもらうことができたのだ。それが、この明朝の時刻だった。

 陽の光が町を照らしている町と、六年間の思い出を嚙み締めていたらふと言葉が漏れる。

 それはトレーナーだった人の真似事。時折茶碗の日本酒を片手にちびりながらボソリと呟く、腰を曲げていた背中姿を思い出しながら、朝日に向かって率直な気持ちを詠んでいた。

 

"過ぎ去りし五冠の山に春一番"

 

 クスリと、小さく笑う。良い句が()めたかはわからないけど、これはこれで気分が良い。次に会えるとき覚えていたら感想をもらってみるのもいいかもしれない。頭を軽く小突かれて説法させられそうだが。

 水筒の蓋に、麦茶を一口分注ぎ込む。飲み干してから、さてと一息ついて腕時計を見る。

 六時を過ぎていた。そろそろ刻限(こくげん)だ。戻らないといけない。

 登った道を(しばら)く歩く。パキっと枝を時々折りながら下っていると、突然道中で奇妙な霧に包まれた。

 発生した霧は、十メートル先の見通しがつかなくなる濃霧。いつの間にか周囲をぼやかし、足元の道以外は不鮮明さ。これほどの霧なんて今まで経験したことなかったが、とりあえず登った道をそのまま下っていけば大丈夫だろうと、山道を注意しながらしっかりとした足取りをしながら歩み進める。

 一時間は経っただろうか、出口が見えた。再度腕の時計を覗いてみる。良かった、思ったより時間は経ってない。まだ間に合う時間だ。少し滑る道を下りながら出口に近づくと、不思議と周囲の霧のもやも晴れていく。

 ようやく外に出てみたら、そこは町並みが一変していた。一目で違和感を感じるほど、なんか雰囲気が異なる世界。目をぱちくりさせながら「うん?」と辺りを見渡す。心なしか、日の高さも違う気がする。

 ここで一回目の疑問符がシンザンの頭に浮かび上がる。やけに暖かいうえに、道路が綺麗に舗設(ほせつ)されていることにまず目が留まる。さらに学園に向かう道を辿ってみれば、ウマ娘用の道路表記がなされているのを見つけては、疑問が足す一。自動車もバイクもこんな流線形の車体の車種は見たことがない。通りすがる人々の服装も髪型も色も皆ハイカラになっていて疑問がさらに足す二された。道中キョロキョロとあたりを目配らせしながら歩く姿はさぞや不審な挙動をしていただろう。記憶のままに学園に着いてみれば、そこは違う服装を(まと)った学園生徒たちと賑やかな声が行き交う『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』の文字の表記。……あれ? 帰る道を間違えたのかな、と考えた。それにこの時間にしては人が多すぎないかと首を傾げ、さらにはその爽やかに着こなしているその制服はなんなんだ、と疑問が足す三に……省略でと積み重なり、いい加減脳の許容を超えてきた。

 腕時計を見る。この人混みと喧騒(けんそう)、どう考えても指針の示す時間にしては(にぎ)やかすぎではないか。

 とりあえず門は開かれている。ほんの少し立ち止まってみたものの、まあ中に入って確認すればわかるだろうと歩みを進めた。そうやって見覚えのある中庭まで歩いていたところ、一人の学生に捕まってしまった。

 

 

「――そこのウマ娘さん、脚に自信はありませんかっ!?」

 

 

 ザッと二足先のところで立ち止まりハキハキと声を張り上げながら、デコ頭が印象的な少女がこちらに手を伸ばす。

 ……自分に声を掛けているのだろうか、とそいつの顔を見て言った。

 

 

「え? まあ、そりゃあ自信はありますけど」

 

 

「バクシン、してみませんか!?」一歩踏み込んで、桜瞳(さくらひとみ)がグイっと近づく。

 

 

驀進(ばくしん)って何? 今日なんかあったかな?」

 

 

 見送られること以外思い至らないのだが、とにかくそれ以外で心当たりを探ってみる。いつもと変わらぬの姿勢で、それとなく表情を(つくろ)いながら。

 

 

「ハイ! だから挑戦しましょう!運動服も靴も無くても大丈夫っ! 貸出をしていますので! さあ是非バクシンチャレンジです!」

 

 

「待って、話がわからな――」

 

 

遠慮(えんりょ)は無用っ! これも委員長の仕事ですね! いきましょうっ! レッツバクシィィィィイイイイン!!」

 

 

「なんで腕を掴むの?! 話を聞いておわぁっ!?――」

 

 

 (いくらなんでも強引すぎじゃなかったかホント……?)改めてもう一度あの桜瞳のデコッパチの委員長の頭にチョップを叩き込んでおきたくなる衝動(しょうどう)に駆られたが、それは過ぎた話だ。あのあとシンザンは引っ張られたまま、グラウンド内の入口の案内係の腕章の生徒の前にまで連れてこられた。そこでシンザンは一発、反省を(うなが)すチョップをたたき込んでは(しか)りつけていた。「あいたっ!?」と悲鳴を上げてから涙目になりながらと「何するんですか!?」とぷんすか訴えてくる驀進頭(ばくしんあたま)。傍目に見ていたその腕章の生徒が、苦笑いをしていたのを覚えている。

 ひとしきり理詰めで説教をしているとそこにもう一人、間に入ってきた人物がいた。

 鹿毛の長い後ろ髪に、前髪の中心に杭のような一本線が決まっていた彼女はこう呼ばれていた。

 ミナガワマンナ、と。

 

 

(……あの人はあの人で、なんで急に人が変わったんだろう……)

 

 

 彼女は悪い人間ではなかった。むしろ、気さくな人柄だったというのが第一印象だった。「この娘、思い込みが激しくてさ、猪突猛進(ちょとつもうしん)気味なところがあって悪いヤツじゃないんだ」と言葉の端々に人の好さが(にじ)んでいたこともある。その脇に首根っこ抱え込まれながら、むむむと膨れっ面のデコッパチの委員長を(なだ)めているのを見ながら考える。ようやくこの辺で麻痺していた勘と思考回路が働きだしていた。怒ることよりもなによりも、この状況の異常ぶりに自覚が芽生え、焦りを覚える。もしかしてこの状況は相当不味(まず)いのでは、と。この時から頬に伝う汗にも現実味を帯びてくきた。今だってこの嫌な予感は拭えていないけど。

 それはともかく彼女は割り切りのいい、さばさばしている人柄でもあった。シンザンが気にしてない旨を伝えると、折角だから併走をしてみないかと誘ってくるあたり、勝負好きでもあったのだろう。この提案にのる意味は実のところ余りないように思えたが、ここで思考が変に一回転して魔が差した。

 ウマ娘について一つ。彼女たちのストレス発散といえば一番いい方法は何か。

 思いっ切り走ることである。

 頭の思考も、記憶も整理するにも、風を切って熱を感じながら脳に酸素を送り込んでカッ飛ばすのが良い。走ることでウマ娘というのは細胞が何倍にも活発化し、ストレスの発散効果が非常に高いことは実証されている。シンザンの頃からもよく言われていたことだ。だから、走りながら一旦状況を整理して、一度頭の中を立て直したほうがいいのではと(ひらめ)いてしまった。

 それに、目立つことは悪いことじゃない。自分が変なところにただ迷いこんでいるだけなら、早く知り合いに見つけてもらったほうが状況の改善が見こめる可能性もある。一石二鳥ではないか。

 だから、その誘いに乗ることにした。決してむしゃくしゃしていたからではない。決して。

 ――だからといって、あのような事態になるとは思いもしなかったが。

 勝ち負けはともかく、大粒の涙を溜めながら拳を握りしめながら叫ぶあの顔を忘れられない。言動と行動が全てが裏目に出ていた気がする。なぜいつの間に自分は地雷原を歩かされていたんだ、踏んだり蹴ったり爆弾だらけだったと溜息(ためいき)をつく。なんとも言い難い罪悪感を胸に渦巻かせながら、天井を見上げている。

 

 

(結局私は、どうなってしまっているんだ?)

 

 

 ガチャリ、とドアが開かれたのはちょうどそのタイミングだった。

 呆然(ぼうぜん)としすぎたかな、と視線を流し見るとそこにいるのは緑制服のタイトスカートの女性ではなかった。

 黒鹿毛(くろかげ)に黄色の瞳、どこか獰猛(どうもう)な獣の気配がする女子生徒がそこにいた。

 

 

「お前が……そうか」

 

 

「……どちら様?」

 

 

「トレセン学園、副会長のナリタブライアンだ。……確認したいことがあってきた」

 

 

 そうして部屋に入って扉を閉めると、腕を組んでこちらを睨む。

 (副会長?)ピクンと耳が立つ。そんな人物が一人でに、なぜ確かめたいことがあるとわざわざ来るのだろうか。それに――

 

 

「……あの人は? 緑制服の」

 

 

「ん? あの人……? ああ、秘書官のことか。知らん」

 

 

 妙な感じがする、この娘は。

 

 

「それより聞かせろ。お前は、シンザン――()()()()()()()()()()()()()()()()()()を名乗っているそうだな」

 

 

 茫洋(ぼうよう)とした目が見開かれる。

 今なんと言ったか。

 半世紀以上もの間、()()()()()? 私がか? だが、ここにいるじゃないか。それはつまり――

 全身に電流が走る。頭の中の隅々にまで血が巡り、あらゆることがフラッシュバックした。ブワっと一瞬毛が逆立つ感覚がして心臓が早まる。

 ようやく、脳内の可能性と結びつく。合点がいった。なんということだろうか。

 

 

(……成程。そういうことなのか、参ったな)

 

 

 信じたくはない。が、今生きている現実は絵空物語(えそらものがたり)よりも奇怪なことが我が身に起きているらしい。シンザンは少し目を逸らして彼女の傍のカレンダーをみた。年号が――ああなんということだろう。今日で何度目の溜息をついたことか。誰か嘘だと言ってほしい。

 

 

「どうした?答えろ、間違いないのか否か」

 

 

 まあ、嘘をついている様子はない。

 機嫌を損ねる前に、顎に手を添えて冷静に考え直す。

 証明、私がシンザン()であるということを示すもの。

 今持っているもので、その中にシンザン()を証明できるもの――

 

 

「残念ながらそれを証明できるものはないですね」

 

 

 そうだ、なにもない。全ては置いてきていた。持っているのは登山するための必要最低限の荷物だけ。そこにある鞄とその中身と水筒だけ。シンザン()だという、確定づけられるものはなにもない。残念ながら今ここにいるのはただのウマ娘となんら変わりないのだから。それこそ優勝トロフィーもなければ優勝レイも、勝負服も蹄鉄も何も、ない。

 虚勢(きょせい)を張る意味もない、それこそ無駄な問答だ。

 確認したいことは、それだけか? ……いや違う気がする。

 

 

「何を言っているんだお前、あるだろう」

 

 

 ナリタブライアン、彼女が求めていること。

 よくよくその目を合わせてみれば、その意図がわかってしまった。

 そうか、君は名前なんてどうでもいいのか。

 端から君の目的は、

 

 

「"黄金の脚"、伝説とまで謳われた――その脚が」

 

 

 ――"私"自身だったか。

 

 

「勝負にのれ。そして、証明してみせれば話は早い」

 

 

 影をも食らうその獣は、ただ一人を見据えていた。

 渇いた喉が、視覚が、嗅覚がその本質を見抜いている。

 獲物がそこにいる。とんでもない奴がそこにいる。

 

 

「お前が只者でないのは、既にわかっているんだ。逃げるなよ――"シンザン"」

 

 

 時を超えて、そこにいる。




 次の更新は一月中頃を目指して書きます。
 今年も残り二四時間、よいお年をお迎えください。
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