Rise Up to the Dawn 作:Yama@0083
これは...どういうことだ!?
一体、何がどうなってる!?
黒いバルキリーに搭乗し、今まさに大空を駆けているその男の脳内は、疑問符で溢れかえっていた。
彼が驚くのも無理はない。彼は先ほどまで、任務のため宇宙空間を航行していた。しかし突然、キャノピーの向こうに見える景色が、全面大空の青で満たされていたのだ。
彼が如何にして、この様な事態に陥ったのか。時は数時間前に遡る。
※※※※※※※※※
とある船団のS.M.S支部にて、一人の男が物憂げな表情で廊下を歩いていた。
「はぁ...司令から急に呼び出しなんて、今日はついてないな」
彼の名はコウマ・ダイソン。天才マクシミリアン・ジーナスにも並ぶ、あるいは彼以上の腕とも評された、イサム・ダイソンの息子にあたる人物である。彼はちょうど司令官からの召集を受け、司令室への道のりを進んでいた。
「ダイソン准尉、入ります。」
『ああ、入れ』
「は、失礼します。」
司令室のドアの前にたどり着いた彼は、中にいる司令からの返答を確認し、ドアを開け入室する。
「ご苦労。唐突な召集、すまなかったな。」
「いえ、問題ありません。」
「よし。では、話に移るとしよう。ダイソン准尉、貴様に出向命令だ。場所はブリージンガル球状星団のS.M.Sアル・シャハル支部。補充要員として、少しの間現地に駐留させることとなった。」
ブリージンガル。司令の口から出たその場所に、彼は思わず目を丸くした。
「どうした?何か不明な点があれば、遠慮はするな。」
「ありがとうございます。では...ブリージンガルというと、あの辺境の銀河、という認識でよろしいでしょうか。」
「ああ、それで間違いはない。なんだ、田舎への出向が不満か?」
「いえ、そういう訳では。ただブリージンガルというと、既にケイオスが常駐しているのでは?」
その質問に司令は納得した様子を見せ、椅子に深く座り直した。
「その疑問はもっともだな。あそこは長年の問題であったウィンダミア王国との関係も、恒久的な解決へと向かっている。確かに、これで表立った争いの種は無くなったと言っていいだろう。しかし今でもあそこを中心として、いずれ銀河中に大混乱を招きかねん不穏分子たちが潜伏している。『ヘイムダル』、貴様も聞いたことはあるだろう?」
「はい。現在でも正確な行方は分かっていない『メガロード01』からの情報提供者・通称レディM。彼女を銀河を裏で操る支配者であると断じ、抹殺しようとした組織ですね?」
「ああ。15年前のかの銀河での事案から、目立った動きこそまだ見られないが・・・メンバーやシンパは、今も多く身を潜めている。来るべき脅威に本腰を入れて備える為、政府はS.M.Sやケイオスといった民間軍事企業との連携をより強化すると発表した。そしてその一環として、企業同士でも足並みを揃えよとの通達が来てな。それで我々S.M.Sも、小規模ながらあそこに展開することになった。」
「しかしそれでは、仕事の取り合いになりそうなものですが?彼らケイオスは、言うなれば我々の商売敵ではないですか。」
「そうだな。だがそれは互いの上層部が協議することだ、我々が気にする問題ではない。質問は以上か?」
「は、ありがとうございました。」
「うむ。それでは準備が整い次第、バルキリーで発進しろ。貴様が今回搭乗する機体は、ノイマン技術顧問に任せてある。」
「う、ヤンさんですか・・・あの人の腕は信頼していますが...その、変な改造とかされていないでしょうか」
「かつて奴がYF-19を手がけていた頃ならともかく、今はそう無茶なことはすまい。まあ、開発者は死ぬまで浪漫を持ち続けるともいうがね。」
そう言って笑う司令に、彼は内心で頭を抱える。
「だといいですけど・・・ではダイソン准尉、これより任務に当たります。」
「ああ、現地での健闘を祈る。」
「は、失礼しました。」
司令室を後にした彼は、自室に戻って部屋を片付けにかかった。
「まさか入社して一年も経たない内に、ここを出ることになるなんてなぁ・・・ま、クビになった訳じゃないんだけどさ」
彼が一人ごちりながら荷詰めを進めていると、ベッドの下の小物入れに、伏せられた写真立てを発見した。
「ん?これって・・・」
彼がそれをひっくり返してみると、そこには一枚の写真が入っていた。少し色あせたその写真には、笑顔の父と母と、二人に持ち上げられて楽しそうにしている、幼き日の自分がいた。その手に、大きな竜鳥の羽を掲げて。
「・・・・・・」
何やら複雑な表情でそれを眺めた彼は、少しして再びそれを伏せ、荷物の奥にしまい込んだ。それ以降、彼は一言も言葉を発することはなかった。
その後荷物を送る手続きを済ませ、満を持して彼はハンガーに足を踏み入れた。そこの一角には黒いバルキリーが鎮座しており、足下に一人の男が立っていた。彼は黒縁のメガネをかけており、白衣の下に私服というかなりフランクな格好をしている。彼はコウマに気付くと、笑顔で彼を出迎えた。
「来たね。いやぁ、すっかり待ちくたびれたよ。思えば昔もこんなことがあったなあ・・・」
「ヤンさん、ご無沙汰してます。前会った時より顔色が良くなってますね?特にクマとか、前はもっと濃かったのに」
「はは、不本意ながらね。ホントはもっと
ヤン・ノイマン。かつて齢17歳にして「YF-19」の設計主任になったという経緯を持つ、これまた天才の技術者である。当時は少し気性に難があったが、そこから40年超の年月を経て、今ではすっかり落ち着きのある初老の男性となった。2人はコウマが小さい頃からの顔見知りであり、それなりに親しい関係を築いている。
「それはそうと、今回はブリージンガルに行くんだったよね?」
「はい。そうですけど、何かあるんですか?」
「以前仕事の関係で、あるお嬢さんと会う機会があってね。なんとその子が、あの中島雷蔵の家系の娘さんだったんだよ。彼女自身も知識量が凄くて、思わず盛り上がっちゃって・・・確かその子が、あそこを中心に活動していた音楽ユニットの一員だったような...えぇと、なんだったか」
「中島...てことは、マキナ・中島ですか?ワルキューレの。」
「そう、ワルキューレ!いい機会だったから彼女、ひいては彼女たちの曲をいくつか聞かせてもらったんだけど・・・中々悪くなかったな。シャロン以外の曲を聞いたのは久々だったけど、結構気に入ったよ。」
「ああ、なんか分かります。中毒性ありますもんね、彼女たちの歌」
「うんうん。だから今度、アルバムを買いに行こうかと思ってて。コウマも一緒にどうだい?」
「あー...俺は大丈夫です。実家にワルキューレ含めて、色々ありますんで。すみません、せっかく誘ってくれたのに・・・」
「いやいや、いいんだよ。お母さんは歌が好きだもんね、そりゃあ彼女たちの曲もあるか。」
そこまで彼との雑談を楽しんでいたヤンは、襟を正して本題に入る。
「じゃあ改めて、今回の君の相棒を紹介しよう。VF-171 ナイトメアプラス、ここでも未だ多く採用されてるお馴染みのヤツだ。武装は従来の物と変わりはないけど、説明は必要?」
「いえ、変更がないなら大丈夫です。訓練や何度かの出撃を通して、そこら辺は大体把握してますんで。」
「話が早くて助かるね。で、今回は長旅だから、追加でファストパックとフォールド・ブースターを付けてある。正直パックは付ける程じゃあないんだけど...ま、いざって時の保険ってことで。・・・それで、だ」
そのもったいぶった言い方に、コウマは怪訝そうな顔をする。
「・・・まだあるんですか、やっぱり」
彼が諦観を含んだ声色でそう聞くと、ヤンは眼鏡を怪しく光らせ答えた。
「更に僕のお節介半分・個人的興味半分で、別のものも取り付けてある。『BDIシステム』、分かるかい?」
「えっと・・・確か、VF-22についてる、操縦補助システムのことじゃ」
「今の認識じゃそうだろうね。あとはギャラクシーのVF-27が、その発展型を採用してたらしいけど・・・あれは生身の人間には扱えない代物だから、置いておくとして。でもそれからも分かる通り、このシステムは本来、そんなちゃちな物じゃなかったのさ。」
BDIシステム。
それはかつて、若き日のヤンが手掛けた「YF-19」と制式採用を争った「YF-21」に搭載されていたものだ。パイロットの思考をダイレクトに機体の操縦に反映できるという優れた技術だったが、その特性故、操縦者の精神状態に強く影響されやすいという難点が存在した。トライアル段階でその欠点と危険性が明らかになった結果、正式な採用は後継機である「VF-22」に大幅な簡略化を施されたものが搭載されるに留まった、という経緯を持つ。
以上の情報を説明されたコウマは、腑に落ちないといった表情で彼に疑問を呈した。
「なるほど・・・で、なんでそんなもんを付けたんです?自分で言うのもアレですけど、俺って少し感情の起伏が激しいですよ」
「いやね。せっかくの単体飛行なんだし、いつもよりのびのびと飛んでみたいんじゃないかと思って。それと大丈夫、流石に完全再現はしてないよ。思考制御できるのは、今のところエンジンの出力だけ。それ以外は普通の操縦だし、いつだって手動操作に切り替えられるから、安心してくれていい。」
「ああ、それならまだ・・・でもそれならそれで、そんな中途半端な調整でいいんですか?正直ヤンさんは、この程度の性能じゃ満足できないと思うんですけど」
それを聞いたヤンは、少し寂しそうに笑った。
「僕ももう60だからね・・・流石に、弁えの一つ位は覚える。組織に属している以上、何でも好き勝手って訳にはいかない。自由であることは、無責任であれということではないからね。ま、今でもギリギリのラインを攻めることはあるけど。」
彼のその言葉からは、長い年月を経た精神的な成長と、かつての日々への追憶が感じられた。彼は天井を仰ぎ見て、また普段の笑顔に戻る。
「そう考えると、やっぱりイサムは凄いなあ。あいつ、ロイ・フォッカー勲章を貰っては剥奪されての繰り返しだっただろ?あれってある意味、あいつなりの自分の行動に対する責任の取り方だったのかなってさ。」
「それは・・・どうなんでしょうか」
「まあ、ただの僕の想像だから。話半分で聞いてくれればいいよ。でもそれが9回目になった時は、流石のお偉いさんも本気で頭を抱えてたなぁ。彼らがイサム専用の賞を新しく作るか否かで大モメしてる、なーんてことを聞いた日には、もう皆が大爆笑したもんさ。」
「はは・・・父はそういう人間ですから。誰よりも自由で、銀河一危険な男...」
口では軽くそう答えながらも、彼は人知れず拳をきつく握り締めていた。
ヤンから諸々の説明を受けた後、彼の機体はカタパルトに移され、いよいよ発進という段階になった。機体の最終チェックを済ませた彼は、管制室へと通信を繋ぐ。
「こちらダイソン准尉、スタンバイ完了しました。いつでも発進できます。」
『確認しました、発進タイミングをそちらに譲渡します。』
「了解。コウマ・ダイソン准尉、発進します!」
掛け声と共に機体はマクロス級より離れ、宇宙空間へと飛び出した。彼は予定進行ルートに機体を合わせ、続けて報告をする。
「予定ルートに入りました。その後予定ポイントに到着後、フォールド・ブースターを起動します。」
『了解。ではお気をつけて』
オペレーターとの通信を終えた彼は一息つき、腕を前にぐぐっと伸ばす。
「ふぅ、1人で飛ぶのはいつぶりかな・・・にしても、エンジンの思考制御か。さて、どんなもんか」
僅かながらの不安はあったが、彼は物は試しとBDIシステムを起動させた。頭が研ぎ澄まされる感覚と共に、神経とシステムの同調がなされる。
「うわっ、なんか変な感じだな・・・えーと、あとはやりたい動作を強く念じるんだったか?」
彼は集中し、少しスピードを上げるイメージを強く思い描く。するとそれに合わせて、機体の速度が僅かに速くなった。
「おおっ...ハハッ、すげぇな。確かに俺の思う通りに動く・・・自由に飛ぶって、こんな感じなのか」
彼は速度を上げたり下げたりして、少しの間それに興じていた。しかしふと、ある疑問が彼の頭によぎる。
(でも・・・俺がやりたかったことって、こんなんだったか?俺が思ってた『自由』って、これでよかったっけ・・・)
だが、その言葉に否応なしについて回る父の影が、彼を曇らせる。それを振り払うが為か、彼は更に速度を上げ始めた。
(考えるな。俺があの人から自由になる方法はただ一つ、あの人より速く飛ぶだけなんだ!!)
彼の思いに呼応するように、機体のスピードはぐんぐん上がっていく。宇宙の闇を切り裂く程の速さで航行するその中で、彼は襲いかかるGに苦悶の表情を見せた。しかしそれでも、彼は止まろうとしない。
(っぐ・・・まだだ。もっと、もっと速く!更に遠くへ!!じゃなきゃ俺は、ずっと...!)
彼が強くそう念じた瞬間、ある異変が起きた。機体上部に取り付けられたフォールド・ブースターが、突如起動し始めたのだ。その異常に彼はハッと我に帰り、モニターを確かめる。
「機体がフォールドを始めるってぇ!?んな馬鹿な、まだ予定ポイントにも着いてないってのに!!」
彼は慌ててコンソールを操作するが、それを中断することはできなかった。しかし彼は諦めずに、歯噛みしながらも次の行動に出る。
「くっ・・・なら急停止だ!ゲートにさえ入らなきゃ、フォールドはしない筈...」
彼はいつもの癖でエンジンを手動で操作しようとしたが、それはかなわなかった。それもそのはず、今の彼はBDIシステムでエンジンを操作しており、手動操縦に切り替わっていなかったからだ。
「エンジンの操作が効かない!?...そうだ、システム!これを切ってなかったから・・・!」
異常事態の連続ですっかり忘れていたそれを切った彼だったが、その頃にはもう遅かった。機体の前面にフォールドを行うゲートが開かれ、為す術もなく彼はそこに吸い込まれる。
「クソッ!!一体どこに向かうってんだ、コイツは!?」
フォールド中特有の極彩色の歪んだ景色の中、その身に起こった予想外の出来事の数々に、彼は悪態をつく。すると唐突に、その空間の中に一つの歌声が響き渡った。
【ギリギリまで Love Forever 悶えるほど 歌えば 魂は 蜷局を巻き yeah】
「歌!?この曲は...確か、ワルキューレの曲?誰だ、どこから流れてる!?」
彼は周囲を見回すが、もちろん発信源など見つかるはずもない。そんな彼の困惑などどこふくかぜで、その歌声の主は歌い続ける。
【それでもまだ 叫べば 生きることに 滾れば】
「この声、ワルキューレ・・・いや違う。美雲ってエースボーカルの声に聞こえるし、若くして亡くなったっていうフレイアってメンバーの声にも...どうなってんだ、これ」
彼がその歌声に違和感を覚えたのも束の間、はるか向こうから彼の下に光が差し込んでくる。それすなわち、出口が近いことを示していた。
【その先は 破滅の純情!】
「デフォールド・・・鬼が出るか蛇が出るか、ええい!」
彼が光の中に飛び込むと共に、ゲートは静かにその大口を閉じた。
ということで、第一話でした。
本作の主人公は、イサムの実の息子であるという設定のオリジナルキャラ、コウマ・ダイソンです。おそらく、イサムが誰かと結婚するような人物なのか否かは、個々人の解釈が分かれる点かと思います。あの男は、果たして一つの鞘に収まるような男なのか・・・ただ、今回はこの解釈の上で、話を進めさせて頂きます。