Rise Up to the Dawn 作:Yama@0083
「へえ、フォールド中に私の歌が・・・それ、確かなの?聞き間違いとかじゃなくて?」
「ああ、確かに君の声だった。あの独特な歌声は、忘れようがない。曲は『破滅の純情』だったんだが、心当たりはないか?」
コウマがそう尋ねると、ヴィアナは腑に落ちたような表情を浮かべ、そして笑った。
「確かに...さっきまで、収録の為に歌ってたわね。そっか・・・じゃあ、やっぱり貴方だったんだ。あの時私が感じたのは」
「感じた?一体何を感じたのだ。」
「んー、上手く説明出来ないんだけど...こう、何かドクッときたの、私のルンに。ね、もっとよく顔を見せてよ。」
彼女は親しげに、彼の顔を覗き込む。それにより彼はもっと鮮明に、彼女がどのような顔をしているのかを理解できた。
全体的なクリーム色に、所々明るいオレンジや薄い紫が含まれた、長くふわふわとした髪。それを後ろで大きく二つに括って束ねたことで、いかにも少女らしい可愛らしさをかもし出している。更に彼を見つめるその双眸には、まるで吸い込まれる様な美しさがある。気恥ずかしさを感じた彼は、すぐに視線を彼女から逸らしてしまった。
「ふふっ、こんな小娘にドキドキしてちゃダメじゃない。そんなんじゃ、お付き合いなんてできないよ?」
「く...仕方ないだろ。女性に言い寄られることは何度かあったけど、俺自身は未だそこまで慣れちゃいないんだ。」
「初々しい人ねぇ。見た感じそれなりに男前なのに、もったいな...」
彼女はころころと笑いながら彼を弄んでいたが、ふっとその顔から笑顔が消え、一転して真剣な眼差しで彼を見つめた。
「・・・ねえ。なんでそんなに辛そうな顔をしているの?」
「...辛そう?俺が?」
「ええ、何かを押し殺してる顔。行きたくもない道を、ただがむしゃらに走ってるみたいな顔。満足...ううん、納得いってないんじゃない?貴方が今していることに。」
「・・・・・・。」
彼女のその発言は、どこか核心を突いているように思われ、彼は押し黙った。
「教えて、貴方は何がしたい?本当は何を望んでるの?」
「...そりゃあ、俺は・・・」
彼は当然の如く『自由に飛ぶこと』と答えようとした。しかし今までに自分の身に起こったこと、そして自分の心が引き起こしたことを考え、口をつぐんでしまった。
「俺、は・・・なんなんだろうな」
「・・・そう。もう大人なんだね、貴方」
彼の答えを聞いた彼女は、悲しそうにふいと顔を背け、彼から離れてしまった。
「お、もういいのか?」
「うん、もう大丈夫。私の歌が聞こえたっていうのも・・・ただの偶然じゃないかな。じゃあ、皆の手伝いに戻るわね。」
「おう、時間取らせて悪かったな」
ぶっきらぼうにハヤテにそう告げ、彼らに背を向け畑へ戻っていく彼女の姿に、彼はずしりと胸にのしかかる何かを感じずにはいられなかった。
「我慢している...俺が。いや、そんな筈は・・・」
彼女の言葉を反芻し、その意味を一人考える彼を、ハヤテはポンとその肩を叩き励ます。
「そうガッカリするなよ。あいつ、少し気分屋な所あるからな。」
「そうだ。それにこの問題は、今日一日で解決する物ではないだろう。後日また時間を設けてやる、その時に再び話をしてみるといい。」
「はい・・・ありがとうございます」
その弱々しい返事を聞いたボーグは、畑に背を向け元来た道を歩き始めた。
「さて、では早急に王都へ...と、いきたいが。その前に行かねばならん所があるな。」
「そうだな。コウマ、色々連れ回して悪ぃが、もうちょっと付き合ってくれ。」
「・・・ああ」
彼の心はここにあらずであったが、二つ返事で二人の後ろを着いていき、村を後にした。
※※※※※※※※
日が傾き、夕暮れが大地を朱色に染め上げる頃。彼らはハヤテの運転する乗用車に揺られ、ある場所へ向かっていた。
「あの・・・一体どこに向かってるんだ?村から随分離れたとこに来たが...」
「これから行くとこはな、地球人がウィンダミアを訪れた時は、必ず見せることになってる場所だ。気分の良いもんじゃないから、そこは覚悟しといてくれ」
彼は小高い丘の近くに車を停め、その丘の頂上へと向かっていった。彼の後を追い、見晴らしの良さそうなその頂点へと辿り着いたコウマだったが、目の前に広がっていた衝撃的な景色に思わず絶句した。
「こ、れは...!?」
そこには彼が先ほど飛び出してきた、あの恐ろしい場所があった。遠くから俯瞰するそれは、黒が禍々しく蠢き、毒々しい色の稲妻が轟く、巨大なクレーターとでもいうべき物だった。まるで地獄への扉が大口を開け待ち構えているかの様なその光景に、彼は言葉を失った。
「ここにはずっと昔、カーライルって街があったんだ。多くの人たちが生まれて、生きて、そして風に召された街が・・・」
「しかし第一次独立戦争の際、統合軍の謀略に巻き込まれ、投下された次元兵器によって街は消し飛んだ。民や家々、彼らの日々の営み、全てを呑み込んでな。...そこには、私の姉もいたのだ」
横に並ぶ二人はそう説明し、目を閉じて腕を胸の前に当て、哀悼の意を表する。その所作を見て、彼は初めてその場所がどういう場所かを理解した。
「そうか...これが、『カーライルの黒い嵐』。統合軍の、地球人の、ウィンダミアに対する罪の象徴・・・」
彼も続いて、敬礼を捧げて死者たちへの追悼を行った。そんな中、姿勢を戻したボーグが静かに語り始める。
「勘違いするな。何も貴様らの罪を噛み締めよと言いたいが為に、この地を見せた訳ではない。だが、よく覚えておけ。今の我らが掴み取った平穏の裏には、確かにウィンダミア人と地球人が憎しみ合い、殺し合った過去があるのだ。」
「今のこの平和は、ハインツ様や地球側の上の人たちが努力を重ねて、ようやく手に入れたものなんだ・・・いや、それだけじゃないな。ウィンダミアの人たちや俺たち地球人も、必死こいてお互いに歩み寄って、やっと最後に手を取り合うことができた、その結果だ。ボーグなんか、昔はもっと苛烈に地球人を憎んでたんだぜ。」
彼のその言葉に、コウマは驚いて隣に立つボーグを見る。
「えっ...そうなんですか?確かに厳しそうな雰囲気はありますけど、そんな感じは・・・」
「フン、かつての私も若かったのだ。戦争で家族を亡くした怒りと哀しみから、全ての地球人を憎んでいた。あのような所業ができる奴らは悪魔だと、心からそう思っていたからな。だが...」
彼はそこで表情を和らげ、美しく照らされる地平線に目を向けた。
「私もあれから多くの地球人に出会った。屑の様な者もやはり多かったが、それに負けず気のいい者たちもいた。特に、音楽の趣味で意気投合した奴らがいてな。歌やライブのことを語り明かしたあの夜の事は、昨日のことの様に覚えている。」
彼はその時を懐かしむ様に、穏やかな笑みを浮かべる。そんな彼を、隣にいるハヤテも優しい目でみつめていた。
「私は悟った。陛下は勿論、最も深く傷付いたであろうウィンダミアの民たちが、必死で地球人と寄り添って歩こうと模索している中、私は何をやっているのか...とな。」
「そっからは凄かったよなぁ。地球人の文化、特に歌をより自由に享受できるようにって、色んな所に働きかけてたっけ」
「無論、今でも地球人たちが犯した愚行を許すつもりはない。だがいつまでも地球人全てに恨みをぶつけていては、陛下が望まれる平和の妨げになる。それを理解してからは騎士として、個人的な感情はなるべく潜め、あの方に少しでも貢献できるように行動してきたのだ。あれも、民たちが地球人を受け入れやすくするための土壌作りに過ぎんよ」
あくまで使命に準じたまで、と語ってみせる彼を、ハヤテはニヤニヤと笑って茶化す。
「おっと?ハインツ様たちに自前のCDを持ちながら力説してたのは、どこの騎士様だったっけなぁ。」
「未だ地球人を完全には好かん理由の一つは貴様だ、ハヤテ・インメルマン!!!全く貴様はいつもいつも、俺のルンをこそばすような真似を・・・!」
「ハハハ、気にすんなって!俺とお前の仲じゃねぇか。」
「そんな仲になれと頼んだ覚えはないわ!!」
(・・・なんだかんだ仲が良いんだな、この人たち。ボーグさん、一人称変わってるし...ルン、めちゃくちゃ光ってら)
二人の喧嘩をぼんやりと見ていた彼は、自分の知らない彼らの若き頃の姿を垣間見た気がした。そして、ありのままの自分を出せる二人のその関係に、少しの羨望を抱いていた。
──なんでそんなに、辛そうな顔をしているの?
──もう大人なんだね、貴方・・・
先ほど聞いた彼女の言葉たちが、いつまでも彼の頭から離れない。それらは彼にとって、安定した思考を妨げるインクの染みのような物だったが、同時に錆び付いた頭の歯車にさされた潤滑油のようにも感じられた。未だ確かな答えは出ないまま、彼はぽつりと茜色の空に呟く。
「本当の、俺・・・か。ガキの頃、俺はなんであの人と同じ道を選んだんだっけな・・・こうなっちまうって、分かってた筈なのに」
彼は自然と空に向けて伸ばしていた手のひらを、目の前でぎゅっと握り締めた。