Rise Up to the Dawn   作:Yama@0083

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5. ワルキューレはあきらめない

夢を、見ていた。

 

 

道を歩いていると、すれ違う人々が皆足を止め、彼を見る。そして、彼らは次々と口にする。

 

 

『あれがイサムの息子か』

『あの歳で中々良い腕をしてるが、イサム程じゃない』

『イサムの再来、とはいかんな』

『イサムがまだまだ現役なんじゃ、世話ねぇな』

 

 

彼の評価に、まるで枕詞の様に必ずつけられる、父の名前。彼はそれらの声に耳を塞ぎ、なりふり構わず走って逃げようとする。しかし、それらの声はいくら逃げようとも後ろについて回り、指の隙間から彼の耳へと届く。どこまでも、どこまでも──

 

 

 

イサム。

 

 

イサム。

 

 

 

イサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサムイサム・・・・

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

「ハッ・・・また、夢か。畜生...」

 

コウマは重い体を動かし、のそのそとベッドから立ち上がる。そこで今いるのがいつもとは違う部屋だと気付き、一瞬体を緊張させた彼だったが、頭が冴えるに連れ自分の置かれた状況を思い出した。

 

「そうだ...ウィンダミアにいたんだった、俺」

 

彼はブラインドを開け、外からの光を全身に浴びる。それに向かって大きく背伸びをしたところで、初めて自分の空腹感を認識した。

 

「とりあえず・・・飯、食うか」

 

 

 

 

 

ケイオス・ウィンダミア支部は、ウィンダミアに十年前に設立されたものであり、その規模は他所と比べるとかなり小さい。それは彼らの主な業務が空中騎士団のアシスト的なもので、彼らと様々な施設を共有して生活していることによる。そして、それは食堂も同じだった。

コウマがそこに足を踏み入れると、そこでは多くの空中騎士団のメンバーと、ケイオスの構成員が食事をしていた。彼とすれ違う度に、一部のウィンダミア人がちらと横目で彼を見る。しかしそれは地球人への訝しみや、彼がイサムの息子であるということへの好奇の視線というよりも、単純に『見慣れない顔がいるな』というごく普通のものであった。

 

 

(ここじゃ、俺がどんな人間かを知る人は少ない・・・正直、ありがたいな。あの夢を見た後じゃ...)

 

 

一人そんな事を思いながら、彼はトレーを持ち列に並ぶ。すると、配膳係らしきウィンダミア人の男性が、並んでいる彼に話しかけてきた。

 

「聞いたよ。あんた、トラブルでここに来ちまったんだって?」

「え?ああ、はい・・・よくご存知でしたね。」

「碧騎士様が気にかけてたもんでね。まあそのうち迎えが来るさ、これでも食って元気出しな。」

 

そう言って彼がトレーに置いたものを、コウマはまじまじと見つめた。

 

「これって...アップルパイ?」

「ああ。兄ちゃん、いい時に流れ着いたねぇ。今日のは特別上手く焼けたんだ。皆に内緒で、一番美味しくできた奴を置いとくよ。」

 

その純粋な善意に、彼は思わず頬を緩ませた。

 

「はは...ありがとうございます。それじゃ、いただきます。」

 

小さな幸福感に包まれながら残りの料理を選んだ後、適当な席に座ろうとしたその時、彼をある声が呼び止めた。

 

「おーいコウマ、こっちだこっち!」

 

彼が声の方向を見ると、ハヤテが席に座り手を振っていた。

 

「おはようさん。流石はS.M.S、こんな状況でも寝起きはきっちりしてるな。」

「まあな。そういうあんたも、朝から元気そうで何よりだ。」

「俺は朝早めから起きて、そこら辺を走ったり散歩したりしてるからな。ここの朝はいいぞー、澄んだ空気がひんやりしてて、気分をさっぱりさせてくれるんだ。冬はちと寒いけどさ」

「へえ、そりゃあいい...あれ、そっちのは普通のりんごなんだな。てっきり皆、アップルパイを貰ってるもんかと思ってた。」

「おう。りんご料理も大好きだが、ここのりんごは生で丸かじりが一番、ってね。」

 

いい笑顔でそう答えながら、ハヤテはりんごを一口かじる。

 

「うーん、やっぱこの時期のりんごは最高だな。ごりあま、ごりうまだ。」

 

幸せそうにりんごを頬張る彼を横目に、コウマも自分のアップルパイに手をつけた。

 

「ん・・・美味い。アップルパイってのもあるだろうけど、すげぇ濃厚な甘みをしてる。流石、この国の特産品なだけはあるな...」

「あとでりんごミルクも試してみろよ。後味がすっきりしてて、これまた美味いんだぜ。」

 

そうして彼らが朝の時間を過ごしていると、食堂にボーグが姿を現した。彼を見て、全ての人々が雑談を止めて姿勢を正すが、彼は皆を収めて二人の下にやって来た。

 

「珍しいなぁ。いつもは皆に余計な気を使わせないよう、もっと早くに食ってなかったか?」

「ああ、そこの男に用があってな。完了したら、すぐにでも出ていくつもりだ。」

 

彼はそう答えると、コウマの方に目線を向けた。

 

「朝からすまんが、朝食を済ませて一息ついた後、パイロットスーツに着替えてデッキに上がれ。貴様の腕を私が見てやろう」

「えっ・・・良いんですか?ていうか、俺に機体なんて貸し与えて大丈夫なんです?」

「何、今の私はただの訓練教官だ。そう遠慮することはない。そして勿論、貴様の機体に弾薬は一切詰め込ません。あくまで模擬戦ともいかん単純なレースだ、肩の力を抜いていけ」

「分かりました。では、よろしくお願いします。」

 

(これは・・・いいチャンスだ。まさかウィンダミアの『騎士』の手ほどきを受けられるなんて、滅多にない。勝てるかどうかは分かんねぇけど、ここで俺は・・・!!)

 

 

そう決心し、闘志を燃やす彼であった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「よく来たな。では改めて、ルールを説明しておく。今回我々が使用するのは、この訓練用のSv-262だ。あらかじめ機体に登録されたコースに沿い、ダーウェント周辺を三周する。そしてゴール地点に早く到達した方が勝者となる...理解はできたな?」

「はい、了解しました。」

「よし。管制塔、こちらの準備はできている。発進タイミングの指定を頼みたい」

 

『了解しました。それでは、両機発進用意。カウントダウンを開始...5、4、3、2、1・・・ゴー!』

 

オペレーターのアナウンスと共に、両機は勢いよく空へと飛び出した。初めは互いの距離に差はなく、横並びになって航行する。

 

 

(この勝負・・・きっと一度でも遅れをとったら、そのままズルズル負けちまう。いつもの出撃じゃありえないが、ずっとケツを追っかけさせてやる!)

 

 

彼はそう判断し、速度をぐんと上げて距離を離しにかかった。しかし、向こうもそれを見抜いていたのか、ぴったりと速度を合わせて彼の機体に張り付く。

 

「くっ、そう簡単にはいかねぇか。でも!」

 

彼は更にスピードを上げて、一度はボーグの先を行くことに成功する。しかし、彼の機体が加速しきったところに、突如としてボーグの機体が瞬発的な急加速をかけ、彼の前方に躍り出た。それはまるで、一陣の風のように一瞬の出来事だった。

 

「嘘だろ!?ぐ・・・まだまだぁ!!」

 

彼はその後もあきらめずに挑戦し続けたが、最後まで巻き返すことはできなかった。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

レースが終わり、二人は基地へと帰還した。機体から降りたボーグは、同じく既に降りていたコウマに近づく。

 

「貴様の風、中々どうして悪くはない。恐らく才能はあるのだろう・・・だが、より強大な風に吹かれ、それに己の風がかき消される事を恐れているようにも感じられた。地球人の言葉で言う、『臆病風に吹かれる』という奴か」

 

そのコウマに対する評価は、見事に彼の現状そのものを言い当てており、彼はピクリと肩を震わせた。

 

「・・・そうかも、しれません」

「では、これだけは言っておく。風というものは、いつも予告無しに吹き始めるものだ。今貴様が乗っているそれに固執し、脇から突如吹いてきた真の大いなる風を逃す、などということはあってはならん。機を見極めろ、尻込みはするな・・・飛べば、飛べるのだ。」

 

そう言い残すと、彼はデッキの向こう側へと歩いていった。すると、それとバトンタッチをするように、ハヤテがコウマの下にやってきた。

 

「お疲れさん。良かったぜ、2人のレース。」

「...やめてくれよ。結局、最後まであの人に追い付けなかった・・・」

「いやあ。慣れない機体で、アイツにあそこまで食らいついただけでも大したもんだ。」

 

彼は賞賛の言葉を送りつつ、コウマの隣に並んだ。

 

「お前の親父さんって・・・あのイサム・ダイソンだろ?名前を聞いた時は、あえて突っ込まなかったけどさ。」

「...ああ、そうだ。もしかして、と思ってたが・・・やっぱ知らないわけねぇか」

「お前がどんな気持ちをしてるのかは、大体分かる。偉大な親、しかも同じ分野で活躍してるとくりゃ、デカいプレッシャーにもなるだろうな。」

「...そう簡単に分かるはずねえさ。ハヤテ、あんたの両親を馬鹿にするわけじゃないが・・・あの人は、規格外過ぎるんだ。飛行機乗りでその名前を知らない奴はいないって位、あの人の名は知れ渡っちまってる。どこに行っても、どこに行っても・・・!」

 

彼は昨晩の夢を思い出し、顔を歪めて頭を抱えた。それでも、ハヤテは少し間を置きつつ、優しく彼に語りかける。

 

「分かるよ。といっても、俺自身の経験じゃなくて、知り合いの話なんだけどな。俺が前に所属してた部隊に、ミラージュって奴がいたんだ。アイツのじいちゃんは、とある超有名なパイロットだった・・・天才マックス、知らないわけないだろ?」

 

その名を聞いたコウマは当然驚きを露わにし、慌ただしく彼に聞き返す。

 

「マックスって...あのマクシミリアン・ジーナスか!?80代も後半だってのに、未だ飛行機を乗り回してるっていう・・・」

「ああ、まさにその人さ。アイツも少なからず、天才のあの人に引け目を感じてた。でも、最後にはアイツだからこそできる飛び方...アイツだけの空を、見つけたんだ」

「自分だけの、空・・・」

 

彼はゆっくりと、噛み締める様にその言葉を復唱する。ハヤテは最後に、次の言葉でこう締め括った。

 

「親父さんと全く同じ道を走って、頑張って追い越そうとする必要はねぇさ。全然違うことをしろって訳じゃないぞ?ただちょっと脇道に逸れて、そこで横を走る親父さんを追い抜けばいい。ま、何をするかってのはお前次第だけどな。」

 

彼がそう言ったところで、唐突に彼の端末が鳴り響く。

 

「もしもし?・・・ああ、分かった。じゃ、後は頼んだぜ」

 

彼は端末をポケットにしまい、静かに笑みを浮かべた。

 

「ヴィアナだ、もう一度会って話をしたいってさ。ほら、もうそこで待ってる。」

 

コウマは彼が指さす方向を向いた。するとその言葉通り、彼女はそこにいた。吹く風に髪と服を揺らしながら、強い意志がこもった笑顔で、再び彼に問いかける。

 

「結局、昨日は聞けずじまいだったけど・・・やっぱり、諦められなくて。だから今日こそは、絶対に聞かせてもらう。」

 

 

 

「コウマ・ダイソン。貴方のしたいことは何?」

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

二人はヴィアナの運転する乗用車で、再びレイヴングラス村に向かった。彼女は手馴れた様子で車を操り、彼女の自宅の横にそれを停めた。

 

「お待たせ。さ、入るわよ。」

「凄いな・・・その歳で、あそこまで車を乗り回せるって」

「ウィンダミア人の寿命は短めだからね、仕事に必要なことは早めから覚えるのよ。運転だって、元々りんごを運ぶために勉強したの。」

 

ま、そんなに乗る機会はないんだけど...と呟きながら、彼女は自宅の扉を開けた。彼女に続いて彼が中へ入ると、そこには整然と整頓された間取りが広がっていた。

 

「へぇ、意外と物は少ないんだな。てっきり、女の子の家は物が多いもんとばかり...」

「まあね。あ、でも私の部屋は凄いわよ。・・・見てみたい?」

「えっ?...ま、まあ・・・君さえいいのなら」

 

女性にあまり慣れていない彼は、それだけのことにも少し赤面し、抵抗感を示した。そんなウブな反応を見せる彼に、彼女はクスリと笑みを零す。

 

「もう、部屋に入るくらいで恥ずかしがらないの・・・ほんと、かわいい人」

 

彼女は楽しそうに部屋の前に進み、扉を開けた。入って入ってとその目で促す彼女に従い、彼は恐る恐るその部屋に足を踏み入れる。

 

「ほら、そんな怖いものじゃないでしょ?」

「あ、ああ・・・そうだな。」

 

そこには、所狭しと色々な物が置かれていた。部屋の作業用の机を筆頭として、衣装タンス・姿見・本棚等が部屋に並んでいる。しかし、それでも乱雑とした様子は微塵も感じられないところからは、彼女のしっかりとした面が伺えた。

 

「あの机・・・特に物が多いな。なんなんだ、あれ?」

「あそこにあるのは収録用の機材。モニター端末はレイナに譲ってもらって、他のは全部自分で揃えたの。昨日も丁度、そこで歌ってたのよ。」

「成程・・・そういうことか。じゃあ、あの馬鹿でかいぬいぐるみは?」

「あれはマキナからの贈り物ね。昔はもっと沢山あったんだけど、流石に部屋に入り切らなくなっちゃって。一番気に入ってるやつだけ、貰っておくことにしたの。」

「えらくワルキューレの知り合いが多いんだな...しっかし、デフォルメされたガウォークのぬいぐるみって、面白い趣味してるなあ」

「ふふ、でしょ?マキナの『きゃわわ』って、王道な物から変わった物まで色々あって、飽きないのよね。」

 

その後、彼女の部屋を見て回った二人は、最後にCDがずらっと綺麗に並べられた棚に目を向けた。

 

「おお...すげぇなこりゃ。これ、全部君が?」

「勿論。ワルキューレ、シェリル・ノームにランカ・リー、Fire Bomber、そしてリン・ミンメイも。有名どころのアルバム、シングルは全部聞いてるの。」

 

彼女のコレクションを眺めながら、彼は感嘆の声を上げる。

 

「へえ、まさに歌好きって感じだな。お、シャロンもあるじゃねえか。俺、シャロンの歌は結構好きなんだ。知り合いによく音源を貸してもらってたっけ・・・」

「シャロンね...私も好き。昔はちょっと、複雑な気持ちもあったけど。」

「ん?そりゃどういう...」

「・・・そうね。貴方についてあれこれ聞いていくんだから、まずは私からじゃないと、ね。」

 

彼女はそう言うと、タンスの上に飾ってある写真立ての中から一つを選び、彼に差し出す。そこにはパンクな衣装に身を包んでいる彼女と、ワルキューレのメンバーの姿があった。長い袖をだらんとぶら下げ、元気に両手を上げている幼い頃の彼女を中心に、それぞれのメンバーが笑顔でWのサインを掲げている。

 

「これ・・・もしかして、ワルキューレか?めちゃくちゃ派手な格好だな。てか、レイナ・プラウラーはなんで一人だけ角を付けてんだ。」

「これはね、ワルキューレの皆と一緒にコスプレした時の写真。私にとっては、ある意味自分オリジナルの衣装と言うべきだけど・・・Yami_Q_ray(ヤミキューレ)って、聞いたことはある?」

「名前は知ってる。15年前のヘイムダルが起こした動乱で、奴らが兵器として使ってたっていう・・・」

「そう。『星の歌い手』の細胞をパクったあいつらが、それをコアにして作ったシャロン・アップル型ヴァーチャロイドシステム。それがワルキューレを学習して、対抗馬として生み出したのが、そのYami_Q_rayってわけ。」

「...待てよ。今そんな話をするってことは、君は・・・まさか」

「あら、もう気付いたの?流石、察しがいいわね。」

「風の噂で聞いた事がある。あの動乱の時、一人の赤ん坊が敵の旗艦から救出されたって。...そうか、それが・・・」

 

彼がヴィアナを見ると、彼女は彼の考えていることを肯定するように頷いた。

 

 

 

 

 

「そう。私はヴィアナ、ヴィアナ・インメルマン。元は音響兵器として、この世に産み落とされた存在・・・生まれながらの『闇の歌い手』よ。」

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