Rise Up to the Dawn 作:Yama@0083
気が付くと、彼は白い空間の中にふわふわと漂っていた。そこは上下左右の概念も存在しない、宇宙空間のような場所だった。
──あ、れ...アイツは?あの人力車は、一体・・・
ぼんやりとした意識の中、彼はゆっくりと周りを見る。パッと見るだけでも気が遠くなる程広く、まるでどこまでも続いている様にも思える。
──なんだ...?夢でも見てるのか、俺は・・・
すると突然、周囲の空間に光が灯り、徐々に色付いていく。彼はその様子をぼうっと眺めていたが、それがある光景を形作っていることに気がつくと、信じられないものを見た様な顔で、その身をぐっと乗り出した。
──この間取りは...!間違いない、こりゃエデンにいた時の家だ。懐かしいな・・・あ、あれ。親父と遊んでた時に、うっかりぶっ壊しちまった母さんの...まだあったんだな、この時。
彼は懐かしさに駆られ、感傷に浸りつつかつての実家を見て回る。すると、玄関の扉が勢いよく開き、彼のよく知る人物が姿を現した。
『よう!不肖イサム・ダイソン少佐、ただ今帰還しましたぁ!』
──親父!?なんでこんなとこに・・・
突如として現れた父に彼は大きく動揺したが、そこへ大きな声と共に小さな男の子が走って来て、勢いよく父に飛びついた。
『ぱぱぁぁぁ!!』
『うおっとぉ!元気でやってたみてえだな、コウマぁ!』
その子供を笑いながら受け止める父の姿を見て、彼は今の状況を概ね理解した。
──こいつは...俺だ。てことは、これは俺の過去・・・いや、記憶か?
彼が目の前の光景を見ていると、奥の方から母もやって来た。彼女は彼と対照的に、落ち着いた様子でイサムを出迎える。
『おかえりなさい。出先でのいきなりの事件だったし、結構ハードだったんじゃない?』
『バカ言え、あの程度屁でもねぇよ。あん時のヤツといいギャラクシーのヤツといい、ハイテク頼りはつまらん飛び方のダボばっかだ。』
『こっちはあのゴーストたちが出てきた時は、驚いたなんてもんじゃなかったのよ?まあ、無事に帰ってきて何よりね。』
『身内に心配されてちゃ、俺もまだまだだな...おいおい、どうしたよコウマ?今日はいつもよりお迎えが激しいじゃねぇの。』
『あのとき中継を見てたら、一瞬貴方が映ってたのよ。そしたらこの子、パパが飛んでるーって大騒ぎしちゃって・・・』
『ねーパパ、かぁいこ!!かぁいこのる!!』
『おっ!乗りてえってのかい、俺のカワイコちゃんに!ったく、ガキの頃から親父のカノジョに唾つけようたぁ、将来が楽しみだな、ハハハ!』
『何言ってるの、もう・・・コウマ、あなたはお父さんみたいなだらしない人になっちゃダメよ?』
『え?パパかっこいいよー?』
『さっすが、お前はよーく分かってるなあ。けど、すまん。また今度乗っけてやるから、な?』
──これって...親父が、出張から帰って来た時の?今思い出したってのか・・・でも何で今更、こんな記憶が
ええー!と不満そうにする我が子を、イサムは彼の頭を撫でながら宥める。
『そう言うなって。その代わりと言っちゃなんだが、ちょいと面白ぇトコに連れてってやる。もしかしたら、俺のカワイコちゃんよりイカしてるかもしれねぇぞ?』
そこでその空間は再び淡く光って、別の場面を映し出す。そこは風がよく吹いている小高い丘で、彼らはその頂上から、遠くに見える景色を見下ろしていた。
『良〜い風だなぁ。あの時みてぇにギュンギュン吹いてやがる。コウマ!あそこの崖、見えるか?』
『きれーなうみ!ランカ?がでてたやつみたい!』
『ああ。今から俺たちゃ、コイツに乗ってあそこから飛ぶんだ。ここをダッシュで走って、ビューンってな。どうだい、アガるだろ?』
『うんっ!!!』
彼はその目をきらきらと輝かせ、眼下に広がる丘と海を見つめる。その様子にイサムは満足そうに笑い、横に控えた人力車の翼に手をかける。
『うっし、そんじゃ行くか!ヤン、タイミングは任せたぜ!』
『了解!ええと・・・次の風は、約20秒後!』
『よぉし、行くぜぇコウマ!そぉらぁぁぁぁ!!!』
『むむむむ...わあっ!?』
二人は全力で走りながら、人力車を目一杯押した。幼きコウマは何度も転びそうになるも、その度にイサムが手を伸ばして彼を支える。その影響で坂を下る勢いがぐんと増したそれに、ここぞとばかりにイサムはコウマを抱えて飛び乗った。そして──
『イィィィヤッホォォォォォウ!!!!』
『わぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
二人の雄叫びが大きくなると共に、その全身を突き抜ける風の感覚が、彼の体に蘇る。刹那、彼はその記憶の全てを思い出した。
──そうだ、この日だったんだ。この時に、俺は・・・!
そして二人が崖から飛び立ったその瞬間、彼の意識は遠のいた。
※※※※※※※※
......ウマ、コ ....マ、コウマ。
どこからか聞こえる彼を呼ぶ声に、コウマはゆっくりと目を覚ました。彼の目の前には、じいっと自身を見つめるヴィアナの顔があった。彼はゆっくりと起き上がり、体についた草をはらいながら彼女に話しかける。
「あ・・・寝てたのか、俺」
「うん、ほんの少しね。いい夢見れた?」
「夢...そうか、夢だったんだな。でも・・・久々に、懐かしい夢を見た。いや、思い出したっていうのかな・・・」
彼は、起きがけに眩しく照りつける青空の光に目を細めつつ、先ほど見た幻影に思いを馳せるように、その手を空にかざした。
「見えたんだ・・・お前の歌に乗せて、あの人力車が。親父と一緒に飛んだ、あの思い出が...」
「そっか...どうだったの?」
「...思い出せたよ。何で俺が、この道を選んだのか」
彼が彼女をちらと見ると、彼女は一つ頷き、続きを話すよう促した。それを確認した彼は、ぽつりぽつりと語り始める。
「あの日・・・親父と一緒に、エデンの丘で人力車を飛ばした。母さんとヤンさんも一緒に、ここみたいに風がよく吹く所でさ。ヤンさんが持ってきてくれたあの人力車を丘の上にセットして、俺たちは駆け下りる時を待ってた。」
「そのあと、風が吹くタイミングを見計らって、坂をダッシュで下ったんだ。めいっぱい人力車を坂の上で転がして・・・で、最後は一気に崖からテイクオフ、ってな」
彼は右手で飛行機を形作り、宙でふらふらとそれを遊ばせた。
「俺は親父に抱き抱えられながら、初めての空ってのを全力で楽しんでた。そしたらさ・・・あの
彼は思い出したその時を懐かしむように、笑いながら話を続ける。
「親父はその時・・・笑ってたんだ。墜落したことを気にもしてない...むしろそれすら楽しくて仕方ねぇって感じで、口をおっ広げて大きな声でさ。」
「素敵な人じゃない。素直に心の奥底から笑える大人って、中々いないわよ。」
「ああ。子供ながら思ったね、『なんてガキみたいに笑う人なんだろう』って。あん時はそれが不思議でたまらなくてなあ、鬱陶しく思った時もあったけど・・・それ以上に、憧れた。そんな親父の姿を見て、『この人みたいに生きたい』って思ったんだ。」
「あの人の生き方の象徴は、空を飛ぶことだった...だから俺は自然と、パイロットになりたいって思うようになった。親父は、飛ぶことが本当に好きでな。空がありゃ飛ばずにいられない、周りの目とか環境なんざクソ喰らえで、自分の心にいつも正直で・・・俺はあんな風になりたくて、同じ道を選んだはずだったんだ。それを・・・」
彼は胸元をぎゅっと押さえて、苦しそうに嗚咽を漏らし始めた。その表情を彼女に見られることを避ける為か、彼はその場で俯き顔を隠す。
「それを・・・結局、周りの目に流されて、勝手に嫉妬して...いつの間にか、あの人を超えることばかり考えるようになっちまった。俺ときたら、あのフワッとした感覚も、坂を下る時の重力も...吹き飛ぶくらい強かった風も、全部忘れて・・・あの頃の純粋な気持ちを、劣等感で無茶苦茶に上塗りしやがった。そうだ。結局俺を縛ってたのは親父でも、誰でもない。俺自身だったんだ...!!」
隠した顔から、涙が一つ、二つとこぼれ落ちる。それに対して彼女は、正面からそっと右手を彼の目元に添え、優しくその涙を拭った。
「貴方がこれまで進んで来た道は、間違いじゃなかった・・・迷い道の果てで、私たちはこうして出会えたんだから。これから先もきっと大丈夫...私が、約束してあげる。」
彼女の発する声、そしてそれが紡ぎ出す言葉。彼にはそれらが、まるで福音のように優しさに満ちているように感じられた。その暖かさの一端に触れた彼は、とめどなく溢れ出す涙で頬を濡らした。
しばらくして落ち着きを取り戻した彼は、その目を涙で赤く腫らしていたものの、どこかスッキリとした表情をしていた。
「あー、泣いた泣いた・・・悪いな、カッコ悪りぃ姿見せちまって。年下の子に慰められるなんて、情けないったらありゃしない。」
「あら、私はこの星ではもう大人と変わりないのよ?多分地球人換算で言えば、3・40代は堅いんじゃないかしら。そういう意味では、むしろ私は貴方よりお姉さんなんだからね。」
「ハハッ、言ってくれるなぁ。まだまだ子供、なんじゃなかったのか?」
彼が笑いながらそう言うと、彼女はいたずらっぽく舌を出した。その年相応の可愛らしい姿に、彼はまた心を奪われる。
するとそこへ、上空で二機のバルキリーが旋回し、ガウォークへと変形して着陸した。キャノピーが開き、ハヤテが出てきたその内の一機に、彼は見覚えがあった。
「あれ・・・俺のナイトメアプラス!もう直ったのか!?」
「おう、うちのメカニックにかかればこんなもんだ!さ、乗れよ。こんな絶好の日に飛ばねぇなんて、もったいねえぞ?」
「・・・!サンキュー、ハヤテ!んじゃ早速...!」
彼は素早く、ハヤテが彼に明け渡した操縦席に乗り込む。そして機体の再確認をしていると、ヴィアナがガウォークの腕を伝って、後部座席に滑り込んできた。
「悪くない乗り心地ね、空を飛ぶのは久しぶり。よろしくね、パイロットさん?」
「ヴィアナ!?お前・・・なあ、これって大丈夫なのか?」
彼は同乗する気満々でいる彼女に困り果て、ハヤテに意見を仰ぐ。
「俺は全然いいぞ!ボーグは...聞くまでもねぇよな!」
「おい貴様。・・・・我らの所有する機体でない以上、乗り方を厳しく取り締まることはせん。せいぜい安全運転を心がけろ。」
「マジかよ・・・仕方ない、じゃあここをこうして...よし」
彼は一度立ち上がり、後部座席に座る彼女の安全確認を行なった。それを完了させた後、再び操縦席に腰掛ける。そして脚部のスラスターの出力を上げ、ゆっくりと飛び立った。
「わあ、綺麗・・・見慣れた風景だけど、空から見るとやっぱり違うわね。」
機体が上昇するにつれ小さくなっていく景色に、彼女は感嘆の声を上げる。
「分かるぜ、その気持ち。しっかし・・・いざこうして二人で飛んでみると、俺もあの頃よりでかくなったもんだな。」
「それって...さっきの人力車の話?」
「ああ。あの頃は、基本親父が操縦してたんだ。それが今じゃ、俺がこの席にいる・・・あの時は、想像もつかなかったな」
彼は感慨深そうにして、ふいに鼻歌を口ずさみ始めた。歌と聞いては黙っていられないヴィアナは、それに素早く反応する。
「・・・歌?そういえば、貴方は歌ったりするの?ねえ、せっかくだし何か歌ってみせてよ。」
「え?いや・・・正直、歌にはあんま自信ないんだが...」
「小さいコト気にしないの、別に評価しようなんてつもりはないし。ただ、貴方の歌も聞いてみたいの。」
「うーん・・・じゃあ、俺の思い出の曲でも歌うかな。悪いがシャロンのは勘弁してくれ、あれは俺が歌えるもんじゃない」
彼女の頼みを受け、彼はしぶしぶといった様子で、すぅと息を吸う。そして、ある曲の一節を口ずさみ始めた。それは昔、母がよく彼に歌ってくれた曲だった。
『ひとつめの言葉は夢 眠りの中から』
そのフレーズを聞いた瞬間、ヴィアナはその目をはっと見開いた。
「むーねーの奥の暗闇を、そっと連れーだーす...あれ、どうした?」
彼女の異変を感じた彼が、一旦歌を中断し声をかける。
「・・・あ、ごめんなさい。この歌を聴いてると、何だか不思議な気持ちになるのよ。聞いた事のない筈なのに、何故か知っているような・・・でも、綺麗な歌。きっと凄い人だったのね、これを作った人は。」
「そこまで大それた人じゃないさ...けど、ありがとな。今度本人に伝えとくよ、きっと喜ぶ。よし・・・なら、二人で歌ってみるか?」
「...ええ、喜んで。」
彼女は目を閉じ、息を一つ吐く。そして魂へ降りてきた言葉のままに、彼女は彼に続けて歌い始めた。
【ふたつめの言葉は風 行くてを教えて】
【神様の腕の中へ 翼をあおるの──】
一方地上に残ったハヤテは、空を飛ぶ彼らを見上げつつ、同行していたボーグに話しかける。
「うーん、いい飛びっぷりだ。やっぱ持ってきといて正解だったな、ボーグ?」
「全く、面倒な手続きをしたのは誰だと思っている...が、今回ばかりは認めてやる。あれは実に・・・尊く、美しい風だ」
彼らは遠くから聞こえる二人の歌声に耳を預け、その流れるような旋律に聞き入っていた。
「奴ら二人を見ていると・・・かつての貴様と、フレイア・ヴィオンを思い出す。貴様等二人が生み出す風は、あれと同じく小気味よいものだったな。」
「へへ、ありがとな。お前にそこまで言わしめたんだ、アイツもきっとニヤついてるよ。」
「ルンをまばゆく光らせて、か。目に浮かぶようだな・・・奴は、いつもルンを輝かせていた。...それにしても、あの男だけがヴィアナの歌を感知できたというのは、なんとも珍妙な話だ。フォールドクォーツのかけらでも持っていれば、話は別だが・・・」
一人そんな疑問を呈する彼に、ハヤテは軽く笑ってそれに答える。
「フォールドクォーツだとか、生体フォールド波の共鳴だとか、小難しいことは分かんねぇけどさ・・・結局、あいつらは会うべくして会ったんだよ。コウマはヴィアナと出会ったことで、しがらみから解放された。きっとヴィアナにとっても、いつかあいつは大切な存在になる。だから出会った...それでいいじゃねえか。 」
「...フ。まあ、貴様の戯事もたまには良いだろう・・・風の導きに、わざわざ理屈をこねくり回すのも野暮というものだ」
「やっぱり・・・歌はあああるべきだよな。どんな形であれ、戦いに利用するもんじゃない。そんなの無くたって、歌は誰かを救うことができるんだ...あんな風にさ。」
そう呟いたハヤテは、滑空する彼らのバルキリーに、自らの手で形作った飛行機を重ね合わせた。
「見てるか、フレイア?全銀河からはまだまだ遠いけど...作ってみせたぞ、俺たち。お前らが優しい歌を歌って、それに合わせて俺たちが飛ぶ、そんな世界・・・」
【見たこともない風景 そこが帰る場所】
【たった一つのいのちに たどりつく場所】
きらきらと光を反射させるその機体に目を細めながら、彼は柔らかな微笑みで二人を見つめていた。
二人が歌い終わると、そこへコクピットに一つの通信が届く。その送り主を確認した彼は、驚きをあらわにした。
「通信・・・ヤンさんから!?まずい、心配してるだろうな・・・」
彼は機体が安定していることを確認し、モニター上に通信を表示させた。
『コウマ!?コウマなのかい!?』
「はい、俺です!すみません、俺がしくじったばかりにご迷惑かけて・・・」
『君が謝ることじゃないよ!幾ら機能を大幅に制限していても、危険と分かっていたものを搭載したのはこの僕だ。本当にすまない...怪我はしてない?』
「大丈夫です、現地の人たちに助けてもらいました。俺自身はピンピンしてますよ。」
『ああ、よかった・・・とにかく 「繋がったのか!?おいヤン、テメェ早くそこ代われ!!」 ちょ、ちょっとイサム!?まだ説明することが...うわあ!?』
どこからか響く怒号と共にヤンは画面外へと引きずり出され、それと入れ変わるようにある男が姿を現した。
『ようコウマ、久々だな。話は聞いたぜ?ヤンのバカが付けやがったもんで、面倒なことになったらしいな。』
「・・・親父」
画面上にいたのは、まさに彼の父である、イサム・アルヴァ・ダイソンその人だった。記憶の中の姿よりもその姿は老いていたが、その若々しさは今でも健在であった。
「貴方のお父さん?結構カッコいい人じゃない。」
コウマの横から興味深げに顔を出す彼女を見て、彼はヒュウとわざとらしく口笛を鳴らす。
『中々のカワイコちゃんじゃねぇの。まさかお前、迷った先で引っかけたってか?』
「んな訳ねぇだろ?俺が女にあんま耐性ないの、親父も知ってるだろ。」
『ったく、情けねぇなあ。嬢ちゃん、どうよソイツは?ピヨっ子も度が過ぎて笑っちまうだろ?』
「ふふ、そうね。こんな小娘の一挙一投足に、面白いくらい振り回されちゃって・・・でも、貴方の息子はきっといい男になる。そう思わない、お父様?」
『ほーお、えれぇ高く買ってくれやがる。お前も早いとこ、カノジョに釣り合うような男にならなきゃなあ?』
「だーから、違うっての・・・」
『さて...んじゃ嬢ちゃん、悪いが少しの間引っ込んでてくんな。今から俺は、このアホにちとご高説を垂れなきゃなんねぇんだ。』
先ほどまでのおちゃらけた雰囲気から一変し、真剣な表情になったイサムを見て、彼女は素直に奥に引っ込んだ。
『お前・・・エンジンをお気軽に全開でブッ放せるだけじゃあ、飛行機乗りは到底名乗れねえぞ。パイロットは一度空に出たら、途中で何をしでかそうと、最後にはちゃんと帰らなきゃなんねえ。帰って自分のオイタのケツまで拭けて、初めて一人前なんだ。それを最後の最後でトチりやがったから、ガルドのタコはおっ死んだんだよ。』
「・・・ああ、分かってる。今回のことでよく身に染みたよ。」
『そうかい。ならいい・・・心配かけさせやがって、バカが。』
口調こそぶっきらぼうだが、父のその表情からは、息子に対する大きな愛情が感じて取れた。そんな不器用な父の愛を感じた彼は、ふっと肩の力を抜き表情を和らげた。
「ごめん・・・ちょっと、熱くなり過ぎてさ。次からは気を付ける。」
『ま、ブレーキなんざ踏まずにどこまでも飛んでいきたいって気持ちも分かるがよ。ミュンの奴にも、あとで連絡しとけよ?あいつ、心配で今にもぶっ倒れそうになってら。俺が宥めるのも一苦労だったんだからな...今度、時間空いたら顔見せに来い。そんときゃ3人揃って乾杯だ・・・お前の奢りで』
最後にちょろっと付け加えられた一言に、コウマはぎょっとして噛みつく。
「ちょっ...おい、なんでだよ!?なんで俺が・・・」
『口答えすんじゃねぇ、これもテメェのポカの尻拭いだよ!オラ、高ぇ酒頼んでやるから金貯めとけよ!!』
「うるせえ!アンタそんなだから、ガルドさんにいつまでも奢らした回数を覚えられんだよ!!てめぇのガキに率先して奢らせにいくとか、親の威厳無いんじゃねぇのか、ええ!?」
『何ィ!?』
そこから繰り広げられるまるで品のない罵り合いに、後ろからそれを見ていたヴィアナはくすりと笑う。
「なあんだ、やっぱり仲がいいんじゃない。ふふっ...二人とも子供みたい」
やがて「超」がつく程下らない親子喧嘩が終わると、コウマの方から再び口火を切った。
「・・・なあ、親父」
『なんだよ。言っとくが、奢りの件はぜっってえ譲らねえからな』
「違えよ。そうじゃなくてやっぱ...楽しいよな、空を飛ぶのはさ」
『・・・ったりめーだろ?どんな時でも、どんな形でも、空ってのは最高さ。』
彼は静かに機体を航行させながら、全身をリラックスさせ、その体に当たる穏やかな風を感じていた。彼がふとそこで外を見ると、さわさわと揺れる髪に見え隠れして、ウィンダミアの村々がその目に映った。
「...なんだ。そんな速く飛ばさなくたって、見える景色はダンチで綺麗じゃねえか・・・」
彼が見たその景色は、この星に迷い込んだ時のものとなんら変わりはなかったが、彼にはそれがより鮮明な色付きを持っているように感じられた。
※※※※※※※※
そして、翌日。コウマは王都の飛行場に来ていた。理由は一つ、彼が帰る方法が確立されたからだ。修理が完了された彼の機体の上部には、ケイオス・ウィンダミア支部が所有している、フォールド断層を越えた航行が可能な次世代型フォールド・ブースターが備え付けられていた。これを使用してフォールド断層を越え、元々の目的地であるアル・シャハルに向かうという寸法だった。
(まさか、S.M.S所属の俺の機体を修理するどころか、まだ数が出揃ってない新型のブースターを貸してくれるなんて・・・これも、連携強化の賜物なのかね)
彼がケイオス側の手厚い待遇に驚いていると、そこへヴィアナがひょっこりと現れた。
「あ、いたいた。もうすぐそれに乗って帰るんでしょ?最後だし、お別れの挨拶でもって。」
「ヴィアナ?あれ、ハヤテとかボーグさんはいないんだな。」
「今日は二人とも忙しいみたいで、碧騎士様は言わずもがな。だから私が一人で来たの。」
「あー・・・悪いな、気ぃ使わせて」
ヴィアナは彼と話しながら、その隣に立って彼の機体をしみじみと眺める。そんな彼女の哀愁が含まれた横顔に、彼はしばし魅せられた。
「ホント、突然ね。出会うのも別れるのも...」
「俺が来たのもつい二日前だったし・・・まさか、ここまで早く帰れるなんてな。」
「あーあ。折角、お互いを知り始めていいところだったのに。名残惜しいけど・・・でも、ありがとう。楽しかったわ、昨日の貴方とのデュエット。またできたらいいな」
「俺も...楽しかったよ、お前と飛ぶ空はさ。スピードも、テクニックもクソもなかったけど・・・あの時と同じくらい、良い時間だった。」
すると彼女は、先日のことを振り返る中であることを思い出す。
「そういえば・・・あのゲーム、結局貴方の負けで終わったわよね。覚えてる?」
「あー...確かに、俺のターンで止まってたな。」
「じゃ、負けた方には罰ゲーム、受けてもらおうかしら。何にしよっかな〜...」
「おい、聞いてねぇぞそんなの。くそぉ、やっぱ受けるんじゃなかったかな・・・」
彼の不満の声もどこ吹く風で、彼女は楽しそうに敗者への処遇を考える。そして、いよいよ最終的な決定が彼女の口から告げられた。
「決めた。貴方は次会う時までに、また自分だけの道を見つけること。もし見つけれてなかったら、またしつこく言い寄っちゃうんだから。」
「うっ、これ以上お前が口説き方を覚えたらどうなっちまうんだ・・・?ま、お前の毒牙にやられないよう、精一杯やるさ。」
「ふふふっ・・・覚悟するんよ?」
ヴィアナは彼の鼻先を人差し指でちょんと差し、白い歯を見せ満面の笑みを浮かべた。奇しくもそれは、かつてのフレイア・ヴィオンの笑い方と同じものであった。その仕草と、満開の花びらのような笑顔を見た彼は、自身の鼓動がドクン、と波打ったのを感じた。
「っ・・・お前を見てると、俺の心臓がもたねえよ。」
「あら、ごめんなさい。貴方の反応が面白くてつい、ね。」
「ったく、毎度ハラハラさせられる俺の身にもなってくれ...」
彼らはそんな取り止めのない話をして、互いに笑い合った。そしてみるみる内に、彼が出発する時間が迫る。
「やべっ、もうこんな時間だ・・・じゃあ、そろそろ」
「待って。最後に...笑わないで聞いてくれる?私がここまで、歌にこだわるもう一つの理由・・・」
「ん?おう、よかったら話してくれよ。どんな理由だって、お前の夢は立派なもんさ」
「・・・天使になりたい、から」
「...天使?ハハッ、随分大きく出たなぁ。」
そのスケールの大きな告白に、彼は不覚にも笑ってしまった。そんな彼を、彼女はやっぱり、と小憎らしげに見つめる。
「もう、笑わないって言ったのに・・・勿論、そのままの意味じゃないわよ?私の歌で、みんなに色んなことを感じて欲しい・・・勇気、希望、安らぎ、救い。きっとそんなことができるのは、天使や女神様でしょ?だから『天使みたいな』子じゃない、そのものになりたいの。だから...」
彼女は言葉を詰まらせ、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「貴方が私の事を、『天使』って言った時。びっくりしたけど、嬉しかった・・・・まあ、デリカシーの欠片もなかったけど。」
「う、あれは悪かったって・・・けどまあ、絶対なれるさ、お前なら。なんたってお前は、俺にとっての『天使』だからな?」
「じゃあ貴方は、私の迷える子羊ちゃん第一号ってトコね。どうだった?私のお導き。」
「ああ、しっかり響いたよ。いつかきっと見つけ出してやる、俺が飛ぶ空、俺の生み出す風ってヤツを・・・!」
彼はまっすぐな瞳で頭上に広がる空を見つめ、両手を空に掲げる。そしてそれを掴もうとするように、手のひらをぐぐっと大きく広げてみせた。
「そんじゃ・・・またな、ヴィアナ。」
「うん。きっとまたいつか、コウマ。」
しばし見つめ合ったのち、二人は別れの挨拶を交わし、それぞれ背を向け歩き出した。コウマは目の前のバルキリーへ、ヴィアナはデッキを出て、自分の村へ。彼らはもう振り返ることもなく、その場で別れることとなった。
「...最後まで可愛かったな、アイツ・・・俺も、もうちょい女に慣れるようにするか。逆にアイツを口説き返してやれるくらいには」
彼は自身のバルキリーに乗り込み、滑走路を走り出す。そして満を持して飛び立つと、すぐさまフォールドのカウントダウンを開始した。
「ありがとな、相棒。俺をここに連れてきてくれて・・・おかげで、何かが変わりそうだ。」
機体前面にフォールドゲートが開かれ、とうとうウィンダミアを離れる時が訪れた。彼は自身のバルキリーに語りかけ、迷いなくその中へと突き進む。フォールドの色鮮やかな空間の中に突入すると、彼がかの星に迷い込んだ時と同じように、ある歌声がどこからともなく響いてくる。それはヴィアナの歌だった。しかし、彼が今まで聞いた彼女の歌とは、少し毛色が違っていた。
【──地平線の向こうに キラリ光った おまえの姿は夢じゃなかった】
「アイツ・・・!ハハハッ、まさか見送りがFire Bomberとはなぁ。そこはワルキューレじゃねえのかよ」
その歌声の奥には、それまでの彼女の声には見られなかった、確かな情熱が込められていた。それは彼女の別れを惜しむ気持ちか、自分の世界へと戻っていく彼への激励か、本心は分からない。
【流れ流れていこう いつかまた会おうぜ】
「
そう誓った彼は、操縦桿を持つ指を強く握り直す。そして自らの手で出口に向けて、機体の速度を上昇させた。
【瞳閉じれば いつも心の中に響く ANGEL VOICE】
リアルでの用事が立て込んでいたので、かなり遅めの更新となってしまいました。申し訳ありません。
さて、およそ一ヶ月ほどお付き合い頂いたこの物語ですが、次回で最終回となります。ぜひ最後までお楽しみください。