Rise Up to the Dawn   作:Yama@0083

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8. Rise Up to the Dawn

「体中をよびーさーまして、ふかーくていせいコズミック・ムーブメント、フレーズの波を君と越えて──」

 

 

暗い宇宙で、一機の黒いバルキリーが悠然と飛行している。その機体は、宇宙の闇の中でも判別できるほどギラリと光を反射させており、コクピットの中ではある一人の男が気分よく歌っていた。そんなご機嫌な様子の彼だったが、不審なものを進行方向にて発見し、一時歌を中断する。

 

 

「・・・ん?ありゃあ...バルキリーの編隊? 三機か...迷い込んじまったか、それとも・・・」

 

彼は訝しげにしながら、オープンの通信回線を開き、遭遇した三機に退避を呼びかける。

 

「こちらS.M.S所属、M01。現在当機は試験飛行中であり、この宙域は関係者以外の侵入は禁じられている。即刻退去されたし」

 

しかし、件の機体たちはその警告に耳を貸さず、散開して彼の下に向かってくる。相手の敵対的な行動に、彼は意識を臨戦態勢へと移行させた。

 

「チッ...アブないお客さんか。まあいい、そっちがやる気だってんなら・・・買ってやるよ、その喧嘩!」

 

彼はぐんと速度を上げ、中央の一機と猛スピードですれ違う。その際見えた、刻印されていたあるエンブレムに、彼は覚えがあった。

 

「あのマーク・・・ヘイムダルか!一生眠ってりゃいいもんを、また何かやらかそうってかあ!?」

 

軽口を叩きながら、彼は脚部を展開して前面にスラスターをゴオッと吹かし、機体を急停止させた。そしてすぐさま脚部を収納すると共に、向きをくるりと変えて敵の背後をとる。

 

「アンタらはここ十数年、気味が悪い位姿をくらましてやがったからな。お上の人は、今のヘイムダルの情報を少しでも多く欲しがってる...だからさぁ!」

 

彼は機銃をばらまいて相手の動きを牽制しつつ、まずは一機と敵の主翼にガンポッドを狙い撃つ。しかし、出力が弱めの機銃をピンポイントバリアで防いだ相手は、そのまま本命のビームを旋回して回避した。

 

「流石に、この程度でやられるタマじゃねぇか・・・ならよっ!」

 

続けて彼はミサイルを一斉射し、狙いを定めた敵機を追い立てる。敵はフレアを使用しつつ回避行動に移るも、それを見越していた彼は相手の移動先を読み、機体をバトロイドに変形させガンポッドでの偏差撃ちを行った。発射されたビームは見事に敵の主翼のエンジン部を撃ち抜き、爆発と共に隊列から脱落させた。

 

「一丁上がり...残りは二機だ、手早く済ませる!」

 

彼は続けて敵を追うが、彼らはお返しとばかりに同時にミサイルを発射する。彼はバトロイドに変形し、機銃を用いて向かってくる弾を一つでも多く撃ち落とした後、再びファイター形態に戻ってフレアを焚き一気に離脱した。それを逃すまじと、敵は追い討ちをかける様に更に多くのミサイルを放つ。

 

「く...流石にテロリスト、簡単にはやらせてくれねぇか。出し惜しみしてたら、しっぺ返し喰らうかもな・・・仕方ねぇ」

 

彼はそう呟くと、意を決した表情でコンソールを操作する。すると主翼全体が変形し、まるで四枚羽根の様な姿に形を変えた。そして、目を引く主翼の巨大なエンジンは分離し、4つの翼の先端それぞれに小・中型のエンジンが展開された。

 

「本当は、全員生かして捕虜にしたいところだが...こうなっちまったら、手加減する余裕はねぇぞ!」

 

瞬間、彼の機体はエンジンを吹かして、自分からミサイルの雨の中に突っ込んだ。一見無謀な突撃にも見えるが、彼は機銃とピンポイントバリアの集中展開で的確にボディを守りつつ、4基のエンジンを自在に操って急上昇・急旋回を繰り返し、ミサイルの合間をかいくぐって一気に敵に近づいていく。

 

「ぐうっ、お・・・やるじゃねえか、カワイコちゃん!!」

 

その曲芸の如き超機動に、機体を操作する彼自身が翻弄されそうになる。しかし彼はそれをぐっと抑え、眼前の状況に目線を集中させた。

 

「よぉし・・・あと、一歩おッ!!」

 

あと少しで攻撃の手が届く、というところまで来た彼は、機体のエネルギーを全身のバリアに集中させ、残りのミサイル群を無理矢理突破した。爆発の中からそのまま敵の頭上に躍り出た彼は、バトロイドに変形し得物を向ける。

 

Yami_Q_ray(ヤミキューレ)でも持ってくりゃ、話は別だったかもなあ!?」

 

巨大な一つ目の如き頭部が妖しく赤い光を発し、二機を狙うガンポッドが光を放った。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

『こちらM01、ヘイムダル残党と思しき集団と交戦後、二機の無力化に成功。』

「ありがとうございます。回収班を向かわせていますので、到着まで待機してください。」

『了解。身柄の引き渡し後、帰投します。』

 

通信室にて彼との交信を担当した女性は、驚いた様子で隣のオペレーターに話しかけた。

 

「凄いですね、彼・・・元は新型の飛行試験が目的だったのに、偶然遭遇した敵を単独で制圧してしまうなんて」

「ん?ああ、アイツか。少し前に頭角を現してなあ、今じゃ一つの隊を率いてる、うちの新進気鋭のパイロットさ。」

 

 

 

 

 

 

 

「ふう・・・全く、骨が折れる...」

 

ドックにて機体のキャノピーを開き、ヘルメットを外して汗を拭う彼の下に、二人の男がやってくる。

 

「お疲れさん、隊長!災難だったなあ、まさかドンパチする羽目になるなんてよ。 」

「隊長、ご無事で。我々が側におれず、申し訳ありませんでした。」

「仕方ないさ。皆は哨戒任務で、俺は今回新型機のテストだったんだから。そっちに何か異常は?」

「幸い、会敵はなかったものの...別部隊からは、奴らと思しき機影を確認した、との報告が。あまり楽観視はできないかと・・・」

「そうか・・・だいぶきな臭くなってきたな、アイツらも。気を引き締めねぇと...」

「ったく。アイツら前の動乱で、旗艦も切り札も全部失くしちまったんだろ?しまいにゃ、主力機すら敵側にぶんどられてるときた・・・どうするつもりなんだろなぁ、実際」

 

その隊員の言葉に、三人は彼が乗っていた黒く光を反射させるバルキリーに目を向ける。

 

「これが新型...なんとも柄の悪い機体ですね」

「Sv-307『サーヴァルナ』。ヘイムダルが昔使ってたゴーストを、人間向けに再調整したんだと。」

「へーえ・・・にしても、今更Sv系の機体かよ。あの系列って、ウィンダミアがお得意様の斜陽機体じゃなかったか?」

「実際お上も、まともに量産するつもりはないだろうな。コイツ、乗って分かったがとんだじゃじゃ馬娘だ。生身の人間が乗れるったって、実際乗りこなせるのはエース級の奴らだけだろうよ。」

「成程なあ。んで、コイツを操り見事あの連中を撃墜してみせたのが、我らがミルヴァス隊の隊長ってわけだ。」

 

その茶化すような軽口を、彼は笑って受け流す。

 

「ハハ、よせよ。上の人達に比べりゃ、俺はまだまだひよっこさ。聞いたか?あの天才マックス、これを渡すかどうかを真面目に検討されてるらしいぜ。」

「彼はもう90代を超えていますが・・・それでも全く不安を感じさせないのが、彼の天才たる所以ですね」

「かーっ、やっぱマジもんは違うなぁ...そういや、隊長の親父さんも有名なパイロットなんだろ?もしかしたらこれ、乗るんじゃねえの?」

「いやあ、そりゃ絶対にないな。意外と一途なとこあるんだよ、うちの親父は」

 

三人が雑談に興じていると、彼の下に一つの通信が入る。彼は素早くそれに応対し、丁寧な口調で話し始めた。

 

「はい、こちらダイソン中尉。如何なるご用でしょうか、司令?」

『中尉、ご苦労だった。奴らの襲撃についての当時の状況を聞きたい、至急司令室まで頼む』

「は、了解しました。早急にそちらへ伺います。」

 

彼は通信を切ると、困った様子で二人を見た。

 

「・・・てなわけで、司令がお呼びだ。すまない、哨戒の報告書はそっちに任せてもいいか?」

「了解しました、我々にお任せ下さい。よし、行くぞ」

「へいへい、しょうがねえなあ。んじゃ隊長、また後でな!」

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「はあ・・・結局、テスト結果とヘイムダルの件と合わせて、随分長引いちまったなぁ。あー疲れた...」

 

 

その男...コウマ・ダイソンは、疲労から自室のベッドにドスンと飛び込んだ。反動で全身が飛び跳ねる感覚と共に、彼の目線は天井に向けられる。

西暦2086年。彼は現在、S.M.Sマクロス18船団支部に戻り、そこで勤めていた。彼にとっての運命の日である、三年前のあの日──ウィンダミア星に流れ着き、そこでヴィアナという少女と出会った日から、彼は心機一転してめきめきと実力を伸ばしていき、遂には小規模ではあるものの、一部隊の隊長を任される程となっていた。

 

 

「あ〜...ダメだ、飯食う気力も出ねぇ・・・今夜は栄養食で済ませて、さっさとシャワー浴びて寝よう...」

 

彼はのっそりとベッドから起き上がり、棚に常備してある補給食を手に取って、もそもそと口に運ぶ。それをすぐに飲み込むと、シャワールームへと向かった。

 

「フフフフフン、フフフン、フフフー...」

 

彼は鼻歌を歌いながら、ぱぱっと全身を洗う。そうして手早くシャワーを済ませた後、肩にタオルをかけてリビングに戻った。次にデスクの前の椅子に腰掛け、備え付けの端末を立ち上げる。そこでまず行ったのが、今日一日のメールの確認だった。

 

「連絡は・・・ああ、これはもう確認済みで、こっちは...よし。さてと、なんだかんだ時間も余っちまったし・・・」

 

彼はメールフォルダを閉じ、続けて銀河ネットワークのブラウザを開いた。そして、最もメジャーな動画投稿サイトにアクセスする。

 

「お...ヴィアナのチャンネル、少し見ない間にだいぶ更新されてら。この頃忙しくて見れてなかったからなぁ・・・再生、っと」

 

彼は手始めに、一番最新の動画に手を伸ばした。彼女のチャンネルは楽曲のカバーを専門としているため、それ一つで完結する動画がほとんどである。よって、新旧どれから見ても楽しめるという点は、多忙な日々を送っている彼にとってありがたいものだった。

 

 

『君は君のヒーローなのさ 誰かから自分を切り離そう Get it on Get it on──』

 

 

「ほんと・・・アイツの歌声は不思議だな。同じ声の筈なのに、歌う曲ごとに雰囲気がコロッと変わりやがる。まさに百八変化ってか?」

 

彼が彼女の歌声に聞き入っているうちに、その動画はあっという間に終わってしまった。続けて別のものに手を伸ばそうとした彼だっが、動画の最後に流されたとある宣伝を見て、その手をピタリと止める。

 

「え・・・完全オリジナルの新曲!?しかも、ファーストアルバム発売記念ライブを開催だって!?日付は...月末ゥ!?やべぇ、今すぐチケット取って有給の申請を・・・!」

 

彼は慌てて端末を操作し、チケットの販売ページに飛ぶ。しかしそこで彼を待ち受けていたのは、見る者に無慈悲な現実を突きつける『SOLD OUT』の文字だった。

 

「嘘だろ!?クソォ...見に行きたかった・・・!」

 

彼は机の上に突っ伏し、日頃からの情報収集を怠っていた自分を呪った。しかし、そこからある事実を自ずと導き出し、その顔をふいと上げる。

 

「待てよ、全部売れちまったってことは・・・それだけたくさんの人が、アイツの歌を楽しみにしてるってことじゃねえか!ハハハッ...すげぇ、すげぇよ!」

 

彼は自分事のようにはしゃぎ、彼女の夢の成就を心から祝福した。あまりの驚きと喜びに、思わず自分の目が潤んでいたことに気付くと、彼は乱雑に涙を袖で拭う。

 

「ヴィアナ、お前・・・ホントにやったんだな!やっぱ大したヤツだ、お前は...!」

 

しかし喜びも束の間、彼の頭にある考えがよぎる。

 

「...そういや、俺・・・叶えられたのかな、夢」

 

そう呟いた彼は、少しの間物思いにふける。父・イサムの操縦技術には、今でも遠く及ばない。しかし、彼はもう父を超えることに固執しておらず、周囲からの評価も彼個人を評する声が目立つようにもなった。現在の一隊の隊長という立場や、新型機のテストパイロットという役目は、ダイソンのネームバリューだけで得られる物ではない。これらは間違いなく、彼の能力と努力で勝ち取ったものであった。

だがその一方で、彼はどこか『ズレ』を感じていた。今の仕事は気に入っているが、未だに何かが違うという感覚を拭えずにいたのだった。

 

「俺は・・・まだまだ、か。...いや、あれからまだたった3年しか経ってねえんだ、焦らずいこう。今回アイツのライブのチケットを取れなかったのも、まだ会うには早すぎるから・・・アイツと、約束したもんな」

 

 

 

──次会う時までに、また自分だけの道を見つけるのよ。さもなくちゃ、またしつこく言い寄っちゃうんだから。

 

 

 

「フ...ああ。待ってろ、ヴィアナ。俺も必ず・・・!」

 

彼は見事夢を掴んでみせた彼女に思いを馳せつつ、ベッドの上で静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

それから一週間ほど経ったある日。彼は基地司令に呼び出され、司令室の前に来ていた。ドアがスライドし、部屋の中へ入った彼を、司令と彼の部下二人が出迎えた。

 

「お呼びですか、司令・・・ってあれ、お前らもか?」

「よっ、隊長。」

「おはようございます、隊長。お先に失礼しています」

 

彼らはコウマと挨拶を交わすと、司令官の前からそそくさと離れる。二人が空けた場所にコウマが立つと、司令は毅然とした表情で話を始めた。

 

「ご苦労。それでは任務の通達だ、ダイソン中尉。貴様に依頼が来ている。場所はブリージンガルのアル・シャハル、歌手のライブ会場の護衛を頼みたいそうだ」

「アル・シャハル...また懐かしい場所ですね。ちょうどあの時も・・・」

「ああ、貴様がウィンダミアに迷いこんだ時もそうだったな。」

「それで、誰のライブの護衛を務めるんですか?最近は流行りの曲も聴いているので、もしかしたら知ってるかも・・・」

「すまんがその歌手が誰なのかは、現地について初めて伝えられるそうだ。これも向こうからの依頼でな」

「え?そんなことがあるのか...まあ、向こうの希望なら仕方ありませんね。了解しました。その任務、務めさせて頂きます。」

「うむ。では以上だ、下がっていいぞ。」

「は。お前らはまだ帰らないのか?」

 

彼が敬礼をしつつ部下たちに問いかけると、二人はお気になさらずといった様子で笑い返す。

 

「我々はまだ、司令とのお話がありますので・・・」

「つーわけさ。隊長はせいぜい、つかの間の平穏を楽しめって。」

「縁起でもねえなオイ。まあでも、それなら・・・では司令、失礼しました。」

 

そうして司令室を後にした彼を、彼ら三人は含み笑いで見送った。

 

「...隊長、驚くでしょうか」

「クライアントから事情は聞いているな?あんな依頼をするんだ、おそらく奴と相当良い関係にある人物なんだろう。」

「確か、最近銀河ネットワークを中心に有名になってきた子でしょう?まさかそんな子と面識があるたぁ...ヒュウ、隊長も隅に置けねえなあ」

「・・・もしやすると、奴にとって重要な選択をする時が来るかもしれん。その時は、隊員のお前たちが奴のケツを引っぱたいてやれ。」

「おっ、いいんですか司令?俺たちゃ隊長が大好きだからなぁ、きっと容赦なく追い出しちまいますよ?」

「S.M.Sはあくまで企業だ。奴のような人材は惜しいが、本人の意思で去っていくのを引き止めはせんよ」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

かくして、彼は任務先であるアル・シャハルへと降り立った。機体を降りた瞬間から感じる、肌をジリジリと焦がす熱に懐かしさを覚えた彼は、自然とその顔に笑顔を浮かべる。

 

「アル・シャハル...!久しぶりだなぁ、この熱気。支部の奴ら、元気にしてっかな・・・時間があったら顔出すか」

 

彼は大きく息を吸い、胸を現地の空気でいっぱいに満たした。そうして気を引き締めた彼は、次に会場に足を踏み入れ、顔合わせの為に指定された部屋へと向かう。

 

「ここか...失礼します、S.M.Sより派遣されました、コウマ・ダイソン中尉です。本番前に一度ご挨拶をと・・・」

 

彼は楽屋のドアをノックするが、いくら待てども返答がない。彼が怪訝そうにしていると、一人でにドアがスッと開いた。

 

「おっ、開いた・・・あれ、誰もいないのか?一体どこ行っちまったんだ、クライアントは」

 

困惑する彼の後ろから、何やら妖しい黒い影がスススッと彼に近づく。そして・・・

 

「だーれだ?」

「うおぁッッッ!!!??」

 

突然何者かの手によって視界を塞がれ、彼の目の前は真っ暗になった。彼はいきなりのことに驚愕し、年甲斐もなく大きな叫び声を上げてしまう。

 

「ふふっ、久しぶり。面白い声出しちゃって、そんなにびっくりした?」

「え・・・誰だ!?もしかして、今回のクライアントですか!?な、何故こんな・・・」

「もう、ニブい人ね...こっちを見て、コウマ。」

 

同時に、彼の視界が一気に解放される。彼が慌てて後ろを振り向くと、そこにいたのは──

 

 

「あ・・・ヴィ、アナ?」

「ご名答。声を聞いた時点で気付いて欲しかったな?」

 

 

そこに立っていた目の前の彼女──ヴィアナ・インメルマンは、そう言ってにこりと笑った。三年の月日を経て、彼女はすっかり成長していたが、向けられたその笑顔を彼が忘れるはずがない。彼は少しの間目をぱちくりとさせるも、やがてその顔を俯かせ、無言で手を伸ばし彼女の両肩を掴んだ。

 

「え...どうしたの、急に」

「...ああ、マジで久しぶりだ。聞きてえことも、話してえことも山ほどある・・・けど、けど・・・!」

 

彼は小刻みに手を震わせながら、顔を上げる。その目は再会を喜ぶ涙でいっぱいになっており、彼の体が震える度に一滴、一滴と流れ落ちた。

 

「おめでとう...!本当に、本当に・・・!!」

「ちょっと・・・感極まり過ぎよぉ。ほんと、仕方ないんだから...」

 

彼のその表情に、彼女もつられてその目に涙をにじませ、肩を掴む彼の手にそっと自らの手を重ねた。

 

 

 

 

 

「にしても・・・えらく成長したなあ、お前。」

 

彼は改めて彼女を見る。身長は三年前に出会った時よりも伸び、高身長な彼と並ぶ程になっていた。更に容姿はより端麗となり、長い髪をサイドテールにして結っている点は、以前にも増して美雲・ギンヌメールの様な──有り体に言えば、大人の女性の雰囲気を醸し出している。

 

「ありがと。私ももう18だしね、色々と大きくもなるわよ。」

「あん時は、子供っぽさが結構残ってたが・・・今や完全に美人の姉ちゃんだな。ったく、時間の流れってのは恐ろしいね」

「そういう貴方は、あんまり変わりないみたいで何よりね。後ろ姿だけでもすぐに分かったもの。でも、少しだけたくましく...ううん、頼もしくなった?」

「かもな・・・あの時、お前と出会ったおかげだよ。お前がいたから、俺はここまで来れたんだ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。でも私だって、貴方と出会えたから...っていうのも、あながち嘘じゃないのよ?」

「やめろって、照れ臭い...俺は別に何もしてねぇよ」

「ふふふっ・・・ねえ、久しぶりにまた話しましょ。お互いについて、これまでのこと。あれからどんなことがあったのかを、ね?」

 

 

 

彼女の発案の下、二人はこれまでの三年間について、すっぽりと抜けていた時間を埋める様に、お互いに事細かく伝え合った。時に驚き、時に笑いつつ、互いの歩いてきた旅路を称え合った。

 

「そう・・・まだ見つけられてないのね、貴方だけの道」

「う...ああ、その通りだ。あんだけ大口叩いといて、情けねえよ」

 

コウマは肩身が狭そうにするが、対するヴィアナは獲物を狙うような目つきで彼を見つめる。

 

「ふぅん。任務達成ならず、ってこと・・・忘れてないわよね、あの約束」

「口説くんだろ、俺を?ああ、ドンと来いよ。俺だってあれから、色んな女と交流してきたんだ。お前の誘惑くらい今更・・・」

 

冷や汗をかきながら精一杯の強がりをしてみせる彼に、彼女はいじらしそうに笑う。だが一方でその笑顔は、どこか期待感に満ちていた。

 

「ちゃんと覚えてるじゃない。それじゃ...覚悟はいい?」

 

彼女もまた少し緊張しているのか、呼吸を整えるように、すぅと息を吸う。その仕草に、彼は固唾を飲んで身構えた。

 

「・・・コウマ、私と一緒に来て。私と、一緒に歩いて欲しいの」

 

彼は彼女の言葉を受け流してやろうと息巻いていたが、それはかなわなかった。その言葉を発した彼女の声は、どこか熱を持っていたからだ。更に、普段はあまり光らない彼女のルンが、柔らかな光を放っていた。思ってもみなかったその状況に、彼は動揺を隠せない。

 

 

(な、んだ・・・?コイツ、様子が)

 

 

出鼻を挫かれ何も言えなくなっている彼に、彼女は真剣な眼差しで右の掌を差し出す。その目に見つめられた彼は、蛇に睨まれた蛙の様に彼女から目を離せなくなった。

 

「...あ、あ」

 

彼はその手を取ってしまいたくなる強い衝動を、腕をむんずと掴み必死に鎮める。

 

「・・・すまん、ヴィアナ。それは...できない」

 

彼はぐっと拳を握り締めながら、苦しそうにその言葉を紡ぎ出した。

 

「ヘイムダル・・・昔、お前を良いように使ってた奴らが、この頃おかしな動きを見せるようになってる。この調子じゃ、いつまた大規模な戦闘が始まるかも分からない。だから俺は・・・俺たちは、奴らから皆を守らなきゃなんねぇんだ。」

 

彼は初めて会った日の彼女の反応から、キツい言葉が来るだろうと予想し、目をぎゅっと瞑りながら覚悟を決める。しかし彼の想像とは裏腹に、彼女はいつもの調子で彼に話しかけてきた。

 

「顔、上げて?貴方が悪く思う必要なんてないわ。」

「お前・・・でも」

「昔の私なら...失望して、怒ってたかも。でも、少し歳をとった今なら分かるの。人がそれぞれ、背負わなきゃいけない責任ってヤツ。それが貴方の責任なら、私がそれを押しのける権利なんてない・・・けど」

 

彼女はすうっと彼の耳元に顔を近づけ、囁くように呟く。

 

「大人であることと、子供の夢を追い求めるのは相反しない・・・待ってるから、貴方のこと」

 

突然、机に置いてあった彼女の端末が、激しいアラーム音を鳴らす。二人が部屋の時計を見ると、本番の時間まであと少しという段階にまで迫っていた。

 

「あっ、もうこんな時間!ごめんなさいね、わがまま言っちゃって。じゃあ警備は任せるから・・・よかったら楽しんでいって、仕事のついでに。」

 

彼女はいつもの笑顔に戻って彼にウインクを送り、楽屋を後にした。しかし、それに哀しみの色が含まれていたことに、彼は気が付いていた。

 

「これで・・・よかったのか、俺は」

 

彼は少しの間、何もできずにその場で立ち尽くしていた。するとそこへ、見知った者たちが楽屋に現れる。

 

「おーっす隊長。うお、ひっでえ面してやがるな。」

「おい、失礼なことを言うな...隊長、少しよろしいでしょうか。」

「お前ら・・・」

 

彼は呆然とした表情で、隊員の二人を見る。

 

「何シケた面してんだよ。行きてぇんだろ、あの子と一緒に?だったら行けば良いじゃねえか。」

「そんな事・・・許されねえだろ、俺には」

「ですが、ご自身はそれを望まれているのでは?ならば迷う必要などないでしょう」

「ダメなんだよ・・・!俺はもう、唯のペーペーじゃないんだ。それにこんな状況だ、好き勝手する訳には...」

 

中々首を縦に振らない彼に、部下の一人がふるふると肩を震わせる。そして──

 

 

「隊長・・・ご無礼をお許しくださいッッ!!!」

 

 

パアァァァン!と部屋中に乾いた音が鳴り響く。気が付くと、彼は部下の一人からフルスイングの平手打ちを受けていた。少し遅れてもう一人が口笛を鳴らすと同時に、彼の頬がジンジンと熱を発する。

 

「・・・・・え?」

 

その痛みに思わず唖然とする彼を、その隊員は勢いよく叱責する。

 

「俺たちはミルヴァス隊・・・新人の中でも能力が高い者を集めた部隊の一員です!元より自分の能力は自負しておりますし、貴方にしごかれた今では、それ相応の実力があると確信しています!貴方の代わりなど、すぐにでも勤めてみせましょうとも!それに、現在人材が豊富なS.M.Sから貴方一人が抜けた程度で、大局が変わると本気でお思いですか!?S.M.Sを、俺たちを見くびらないで頂きたい!!」

 

普段は冷静沈着な彼のその変わりように、コウマは面食らった。一方でもう一人の隊員は、いつもの軽い調子で彼に語りかける。

 

「あー...うん。そうだよ、どっちみちアンタがいようといまいと、S.M.Sは問題なく回り続けるんだ。ひひ、丁度いいや。俺も一度はなってみたかったんだよなぁ、隊長ってさ。」

 

唐突に憎まれ口を叩く二人に彼は困惑するも、自ずと彼らのその態度の真意に辿り着いた。

 

 

(ああ・・・背中押してくれてんだな、コイツらは。それに、この仕事を俺に寄越した司令(オッサン)も、きっと・・・ったく、どうして俺の周りには、こうも不器用な奴らが多いかね...類友って奴か、ハハ)

 

 

二人の気遣いを察した彼は、腫れた頬を吊り上げて笑みを零す。そんな中、不意にある言葉が彼の中で蘇る。

 

 

 

──乗るべき真の風を見極めろ、尻込みはするな。

 

──親父さんと同じ道を走って、頑張って追い抜こうとする事はねえよ。

 

 

 

(そうか...今がその時なんだよな?ボーグさん、ハヤテ!)

 

 

かつて彼らから貰った言葉を思い出し、心を奮い立たせる彼に、二人がダメ押しとばかりに笑って告げる。

 

「ほら、どうすんだよ隊長。俺たちゃアンタの新しい門出を応援するぜ」

「まあ、その後しかるべき処分と、手続きは受けて頂きますが・・・あの司令のことです、きっと便宜を図ってくれますよ。」

「・・・ありがとう。俺は...ホント、良い仲間を持ったよ。最ッ高に生意気で、頼りになるな」

 

そう言い残し、彼はニッと笑って勢いよく楽屋から飛び出した。周りには一切目もくれず、ただひたすらにある一点を目指して、彼は走る。

 

 

(俺って奴は、色んな人に助けられて・・・!でも、俺はそれでいいんだ。風はキレイに花びらを散らせて、雪を吹雪かせ銀色の景色を作る。そうだ、俺の風は・・・!)

 

 

会場の外に出ると、ヴィアナのライブは既に始まっていた。離れた場所にあるステージから聞こえる彼女の歌声を聞き、彼の心はそれに応じて燃え上がる。その心の赴くままに、彼は会場外に停めていた自身のバルキリーへと全力で駆けた。

 

「俺の風は、誰かと呼応する為の風なんだ!親父が他人なんて関係なく、自由気ままに空を飛ぶなら...俺は、誰かと一緒に空を飛ぶ!足並み揃えて、お互いに引き立て合って、同じ風を感じて・・・っ、俺はッ!」

 

バクバクと高鳴る心臓に胸を圧迫され、息を切らしながらも、彼はなりふり構わず走り続ける。その顔は、若々しい活気に満ち溢れていた。

 

「俺は...アイツと、ヴィアナと飛びたい!!この気持ちは、俺だけの物だ!!」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

(やっぱり・・・来ない、か)

 

 

今日の日を楽しみに来てくれた愛すべき観客たちの手前、ヴィアナは爽やかな笑顔を崩さないが、その心には一つの暗い影が落ちていた。

 

 

(私...あの時からずっと待ってた。大勢の皆の前で歌える日を・・・確かに、あの夢はこうして叶った。...でももう一つは、私一人じゃ意味がないのよ)

 

 

彼女が思い返すのは、あの時の記憶。二人で空を飛び、優しい歌を歌って、心地よい風に吹かれた、彼女にとってもまた、かけがえの無い時間。

その気持ちが、今の彼に迷惑をかけてしまうことは分かっている。しかしそれでも、彼女は願わずにはいられなかった。全ては、あの時密かに彼女の中に生まれた、もう一つの夢のため。

 

 

(...来てよ、お願いだから。私をこんな強欲な子にしたのはコウマなのに)

 

 

しかし彼女の思いとは関係なく、時間はどんどん進んでいく。彼女は後ろ髪を引かれながらも、切り替えて次に移ろうとした。

 

「皆、ありがとう!じゃあそろそろ、今回の本命・・・」

 

するとそこで、彼女の声は観客たちのどよめきにかき消される。彼女が何事かと空を見ると、一機の黒いバルキリーが飛来してきていた。突如として会場上空に現れたそれは、その体を真っ白な色に変えていく。まるで、純白の羽毛に覆われた天使の翼の様に。

 

 

(あれって・・・!)

 

 

彼女はその名を呼びそうになるのを必死でこらえる。そしてマイクを口から少し離すと、目元をキラリと光らせ、人知れず小さな声で呟いた。

 

「遅いじゃない、もう」

 

 

 

「ヴィアナ!お前が天使になるなら...俺は、お前の翼になる!!お前はどこまでも・・・銀河の果てまで飛んでいくんだ!!」

 

彼はライブの邪魔にならないようスピーカーを切っていたが、それでも彼女に声を届けんと大声で言い放ち、コクピットの中で眼下に見える彼女に手を伸ばした。本来は予定外のバルキリーの乱入であったが、観客たちは大きな歓声でそれを演出として受け入れていた。

 

「このライブの主役はヴィアナだ、俺はどうやってアイツを際立たせるかを・・・」

 

彼が注意深く会場の動向を見守っていると、彼女が目をきらきらと輝かせながら、ハヤテの様に...そしてコウマの様に、片手で飛行機を形作り、目の前に浮かぶ己の機体に重ね合わせたのを見た。

 

「! そうか・・・よし!!」

 

コウマは彼女の意図を瞬時に汲み、その手の動きに合わせて機体を移動させる。その後彼女の腕が伸び切ったのを確認して、一気にステージの上空に舞い戻った。そしてバトロイドに機体を変形させると、舞台裏で拝借した大型のステージライトを手に持ち、真下の彼女に──ヴィアナに向け光らせる。ライトに照らされた彼女の天使の如き様相に、人々はハッと息を飲む。

 

彼女は不敵な笑みを浮かべ、スキップをする様な身軽さでステージの端へと飛び移った。するとそれを皮切りに、会場の照明が暗転し、ステージに一定の感覚を開けて明かりが灯される。彼女が走り始め、その光の帯の中に入る度に、身を包む衣装が次々と変化していった。その魔法の様な光景に、観客たちは大いに盛り上がりを見せる。

 

やがて最後の明かりに身を投じ、そこで彼女は『闇フレイア』の姿に変身した。身長はそのままに、衣装や髪型・目の色がパンクなものに変わる。蠱惑的な笑顔と仕草を携え、長い振袖を振りかざしながらステージを横断し、最後に一気にセンターへと跳躍した。皆の注目を最も集めるその場所で、彼女は片膝を立ててそっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

──歌は、慈愛

 

 

彼女は技術面でこれまで最も助けられた、レイナを想う。彼女の飄々としていながらもユーモアのある性格には、よく笑顔をもらった。

 

 

 

──歌は、鼓動

 

 

幼い頃から最も交流が盛んだった、マキナを想う。彼女の「きゃわわ」に対する姿勢、そして万人を包み込む様なその包容力には、いつも救われていた。

 

 

 

──歌は、息吹

 

 

大人として様々なアドバイスをくれた、カナメを想う。自分のアイデンティティについて苦悩していた頃、共に悩み、メンタルケアも含めた相談によく乗ってくれた。

 

 

 

 

──歌は、安らぎ

 

 

生き方を決める際の手本となった、美雲を想う。話した回数自体は少ないが、生まれが複雑な自分でも暖かな場所に行けるのだということを、身をもって示してくれた。

 

 

 

そして・・・

 

 

──歌は・・・・煌めき!

 

 

 

瞬間、彼女はそこでパッと目を開き、思いっきり飛び上がった。黒い衣装が光の粒となって弾け、白く短い可憐なドレスへと姿を変える。

 

 

(ありがとう、フレイア・・・歌うことの楽しさ、誰かと生きることの尊さ...全部全部、貴方に教えてもらった。今ここで・・・貴方からもらった物を、全て!!)

 

 

彼女はステージの床を踏みしめ、力強い目で観客たちを見据える。ルンはこれ以上にない程にまばゆく輝き、ピンク色の粒子を振りまいている。そして、彼女は声を張り上げ、堂々と宣言した。

 

「聴かせてあげる、『私』の歌を!!!!!」

 

 

 

 

 

それは、彼女が再び自分の手で生み出した歌。

 

闇の中より生まれし彼女が、光の下で高らかに歌ってやるという決意を、全銀河へと突きつける歌。

 

その歌の名は──

 

 

 

 

 

Rise Up to the Dawn!!!(「夜明けに向かって這い上がれ」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

「・・・そう。これが貴方の歌なのね、ヴィアナ」

 

どこかの惑星で、大きな帽子とサングラスを身につけた女性が口元を綻ばせ、端末に入っている彼女の歌に聞き入っていた。すると彼女の端末が鳴り響き、通話が始まる。その相手は彼女の人生における永遠の友人たちであり、仲間たちであった。

 

『ねえねえ聞いた、アナアナの曲!!?もうすっっごくきゃわわで、ハートにビリビリ来て...うー、今にも泣けてきちゃいそう・・・』

『マキナ、相変わらずヴィアナにベタベタ・・・あと、ライブの動画も見るべし。実は一部演出、私担当。予想外の乱入もあったけど。』

『ぐずっ...あのナイプラちゃんかぁ。結構良い線いってたよねー、訓練したらハヤハヤたちみたいになれるんじゃない?』

『そうねぇ・・・あっ。じゃあ久しぶりに、今度みんなでウィンダミアに行ってみない?もう少ししたら、仕事も落ち着くだろうし。』

『さんせーい!!久々のアナアナ、楽しみだな〜・・・』

 

賑やかに進められる会話に耳を傾けながら、彼女はくすりと笑う。そして付けていたサングラスを外し、天に高く広がる空を見上げた。

 

 

 

 

「飛んでいきなさい、遙か高みへ。私たち(ワルキューレ)も、フレイアをも超えるスピードで」

 

 

指で形作られたWのサインが、広い銀河の中で4つ、高々と掲げられた。




以上で、本短編は終了となります。元は劇場版を初めて見た日の帰りに思いついたしがない妄想でしたが、こうして完成させて皆様と共有できたこと、大変嬉しく思います。

最後となりますが、もしよろしければ評価・感想を送っていただけると幸いです。約1ヶ月、この作品にお付き合い頂きありがとうございました。


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