神喚ぶ鈴に慈しみの雨を   作:夢臥水

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 零れ、融けていく心。

【※設定の濃いオリジナルキャラが登場します。お手数ですが、作品をご覧頂く前に、シリーズ全体のあらすじをご確認下さい。】


肆ノ章 追憶
馨る雨


 宵の頃。輝利哉の使いから運ばれた手製の弁当を、居間に戻したちゃぶ台を挟み、二人は向かい合いながら夕餉にして食べていた。(使いの者達は、彼らの様子が気になって仕方ない、という素振りを見せながら帰って行った。)

 白米やおかずを少しずつ頬張りながら、相変わらず、心底嬉しそうな、ほわほわ、とした空気を醸し出している彼女を見ているうち、義勇はずっと思っていたことを、また吐露した。

「…また聞くが、何故、そんなに楽しそうなんだ?」

 一時は呼吸困難を起こし、あんなに不安定になって苦しんでいた姿からは想像出来ない様子に、困惑と不可解さを隠せない。

「…変ですか?」

「あの店の蕎麦やこの弁当が、そんなに美味いのかと。」

「…田舎育ちなので、都会のご飯は新鮮ですが、それだけじゃないです……」

 まごつきながら、すずなは苦しい言い訳をなんとか絞り出した。一番の理由は、義勇と食事ができること自体が嬉しくて、何でも美味しく食べられるからだなんて、とても言えるはずがない。

 

 そんなすずなの気持ちなど知らない義勇には、彼女が何を考えているのかが、とても興味深かった。

「…今日一日、退屈しなかったか?」

 女というのは話すことが楽しみで、話術の高い男を好むものだと、今までの経験や宇髄の入れ知恵で信じてきた為、ここまで沈黙の続く男は、さすがに嫌なのではないかと気にしていた。

「そんなこと、無いです。元々、静かな時間が好きですし、沢山喋るのも苦手で……冨岡さんの様子は、“気”で伝わってくるので大丈夫です。」

『“気”だと?』

 義勇は、また初めて聞く類いの話に興味を惹かれた。久世すずなという人間の、根本的な部分に触れたような気がする。

「人は、其々身に纏っている、独特の空間のようなものがあって、それを感じ取ることで、相手の人柄や精神状態が、漠然と判るんです。」

 炭治郎の鼻による匂いでの判別のようなものだろうかと、義勇は思った。

 あの夜桜の宴の時、初対面の伊之助達にも、全く動じなかった姿を思い出す。巫女にしては、やけに無防備で変わった娘だと思ったが、そもそも、先入観という概念が欠如しているからなのか……

「冨岡さんからは、とても澄んでいる清涼な“気”が、いつも滲み出るように流れてくるので、少し話せば安心します。勿論、具体的な思考までは判りませんが……」

「…そうか。」

 会話の流れと勢いで、思わず称賛するような本音を言ってしまったすずなに、義勇は、何と返したら良いかわからず、気恥ずかしさのあまり、頬を薄紅に染め口ごもってしまった。既に、食事の味など判らなくなっている。

 

 そんな彼を見て、自分まで居たたまれなくなったすずなは、話題を変えようと思った。

「…ところで、明日の夕餉は、どうしましょうか? 好きな物を言って下さい。」

「夕餉……?」

「今回のお礼のことですよ……忘れちゃったんですか?」

 呆気にとられながらも、見返りに執着しない彼らしいと、すずなは微笑ましく思った。

「ああ…気にするなと言いたいが……本当に注文付けて良いのか?」

「はい。何でもとは言えませんけど、なるべくご希望に添えるよう頑張ります。」

「…鮭大根……できるか?」

 義勇の一番の好物である。近くの飯屋でも食べられるから恋しい訳ではないが、何故か、すずなの手製が食べてみたいと思い、少し遠慮がちに伺う。

「鮭大根…ですか? 鰤大根なら作った事ありますし、やってみます!」

 意気込みを見せて張り切ったのは良かったが、今、屋敷には、鮭も大根もなかった。片腕の義勇が調理するのは無理があるので、使いの者は持って来なかったのだ。

「明日、買いに行こう。少々歩くが、小さい商店街がある。鮮魚店もあった。」

「では、そうしましょう。」

 明日は、二人で買い物に行けると、すずなは内心とても高揚し、嬉しく思った。

 

 今夜は、初めて風呂場で体を洗い、同じように客間で眠りについた。こんな日々が、毎日当たり前のように死ぬまで続いたら、どんなに幸せだろうと願ってしまうが、それは叶わぬ望みだと解っている。

 せめて、どうか、この時間が、最後まで幸せに過ごせますようにと、すずなは天に祈った。

 

 

 翌日の昼過ぎ。元水柱邸から徒歩で数十分後、商店の並ぶ町に着き、まずは、石鹸など屋敷に足りない物と、八百屋で大根を買った。途中で、花売りの荷台に立ち止まり、菜の花や菫、桜草など、美しい春の花を二人で眺めたりもした。

 まるで、夫婦の買い物や逢瀬のようだと、すずなは束の間の至福の時を楽しんでいた。

 

 夕刻に近づき、最後は一番嵩張る鮭だと、鮮魚店に向かおうとした時、さっきまで晴れていた空から、ポツリ、ポツリと、僅かな水滴が落ちてきた。

 頭部に冷たい水の感触を感じ、二人が上を向くと、空はあっという間に灰色の雲に被われ、曇天に染まっていた。落下して来る水滴が次第に増えていき、段々と勢いを増していく。

「夕立か? 一雨来るな。どこか軒下に行こう。」

 買い物籠を手にしたまま、義勇はすずなを振り返り、目線で合図した。

 「はい。」と頷き、急ぎ足になった義勇の後を、すずなは、小走りで必死について行く。

 

 ようやく、立派な瓦屋根の民家に着いた頃には、景色はすっかり雨模様になっていた。足元にどんどん水溜まりが増えていき、地面に落ちて跳ね返った水滴が、二人の着物の裾を濡らしていく。

「…当分、止みそうにないな。」

「春の嵐ですねぇ……」

 さっきまでの晴天が嘘のように、どしゃ降りと化した光景に、義勇はひどく困った様子を見せ、恨めしそうに呟く。当然、傘は持っていない。これからどうするべきか……

 すずなの方は、この状況に他に思うことがあるかのようだった。当然、同じく困惑していたが、違うことが脳裏に過っていた。

 バタバタ、と地面に落ちた雨水がはね上がり、次々に立ち上がる雨飛沫から、湿度を帯びた水の匂いを感じる。“あの夜の夢”に見た、美しい水流を思い出していたのだ。

 

 そんな心許ない様子の彼女を、不思議そうに見返した瞬間だった。

「…………っ!!」

 義勇の右腕に、突如、鈍い痛みが強く走った。思わず形の良い眉をしかめる。

「どうかしましたか?」

 義勇は、彼女に余計な気を遣わせないよう、なるべく平静を装おったが、失った右腕の後遺症が、思った以上に酷く発症し、思わず左手で患部を押さえる。

「…痛みますか?」

 昨夜話していた通り、すずなは、今の彼の状況を、大体察しているようだった。

「…雨の日は、少しな。大したことは無い。直に治まる。」

 

 なんとか堪えようと、辛そうに耐える様子を見て、すずなは、ひどく迷ったような素振りを見せた後、何かを決意したような面持ちで、真っ直ぐに義勇を見据えた。

「…冨岡さん、すみません。少しばかり失礼します。」

 そう言うな否や、そっと、義勇の右腕の辺りに、小さな両手を優しくあてた。目を閉じて精神統一し、意識を集中させながら、袖口から右手を差し入れ、白いシャツ越しに、肩の付け根辺りから、ゆっくりと労るように撫でていく。

 

 突然の思いがけない行動に、義勇は激しく動揺し、止めさせようと思ったが、すずなの至極真剣な様子に息を飲み、そのまま動けずにいた。

 細い指先で、痛みの元を探るように、優しく筋肉をほぐしていくような仕草が、患部にとても心地よく感じる。気づけば驚いたことに、傷口の痛みは、幾分か和らいでいた。

 まだ僅かに違和感はある上、右腕の傷が治った訳ではないのは分かるが、痛みがかなり楽になったことで、義勇は安堵した。

 しかし、代わりに、すずなは少し疲れたような表情で、自身の心身を整えているように見えた。額に少量の汗が滲んでいる。

「…これは、お前の力か?」

 深呼吸を繰り返す、憔悴気味の自分を見つめながら、真剣に問いかける義勇に、すずなは、こくん、と小さく頷く。

「これで、蝶屋敷の患者を診ていたのか?」

 こんな風に治癒する度に、毎回疲弊していては、彼女の方が参ってしまうのではないかと、義勇は心配になった。

「いえ。これは家族と親類、実家の神社の関係者など、ごく一部の方しか知りません。頻繁に使う事は、許されていないので……」

「なら、何故、俺になど……」

と、思わず義勇が問いかけた瞬間、すずなは、とても困ったような、しかし、どこか熱のある、思い詰めた眼差しで、彼を見返した。

 

「…………。」

 

 義勇は、彼女から“特別な”何かを感じ取った。人のことに鈍いと言われる自分でも、人間には、他者が迂闊に触れてはいけない、いくつかの情念があるということを知っているつもりではいた。

 しかし、そんな中でも特に、このような熱い好意に満ちた情を、ここまで真っ直ぐに向けられたのは、生まれて初めてのことだ。

 

 

 そんな最中、彼方からゴロゴロと、雷鳴が鳴り響く音が聞こえてきた。雨脚はますます強まり、バシャビシャという、水の蠢く音が激しさを増す。

 軒下を出れば、たちまち滝に打たれたように、水浸しになりそうな勢いだ。とはいえ、いつまでもここに居る訳にはいかない。

 見上げた灰色の空が、段々、夕闇に包まれてきたことに気づき、

「…まずいな。」

と、様々な念を混じながら、義勇は呟いた。

 

 少し考え、着ていた水色の羽織を脱ぎ、すずなの頭に被せた。突然、視界が明るい晴天のようになり、“彼”の香りに包まれ、心が強く揺さぶられる。

 この辺りに馬車は無い。屋敷までは、歩いてだいぶかかる。まだ体が回復しきっていないすずなと、右腕に後遺症を抱える自分が、この大雨の中を濡れて帰るのは気が引けた。

「仕方ない。どこか近くの宿を探そう。」

「…はい。」

 白地のシャツ姿のまま振り向き、すずなに提案し、義勇は軒下を出たが、予想通り、あっという間に雨に打たれた。湿り気を帯びた空気が、体中にまとわりつく。

 全身を濡らしながらも寄り添うように、二人は、町の奥の方へ、駆けた。




【おまけ噺(登場した花の花言葉)】

●菜の花→(全般)明るさ、快活、小さな幸せ
●菫→(全般)謙虚、誠実、小さな幸せ(紫)愛、貞節(白)あどけない恋、無邪気な恋、純潔
●桜草→青春の喜びと悲しみ、初恋、憧れ、自然美

 花がとても好きなので、作品にちょいちょい登場させて、物語の彩りに使わせて頂いております。鬼滅には、モチーフで沢山出てくるので、一つ一つ調べて楽しんでいました。
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