【※設定の濃いオリジナルキャラが登場します。お手数ですが、作品をご覧頂く前に、シリーズ全体のあらすじ概要をご確認下さい。】
其々の想いを伝えることに夢中になっていた二人は、時が経つのを忘れていた。
始終、眼前が晴天のような色に被われていた、すずなより先に、義勇の方が夕闇に気がつき、慌てて体を離して辺りを見回す。
「すまん。一刻も早くと思ったが、遅くなった……」
急に、心地好い感触が消えたことに戸惑う彼女に、申し訳なさそうに詫びた。もう夕餉の頃合いだ。
「屋敷に向かうとしても、腹が減っただろうし、荷造りもあるな……」
そんな義勇を見て、すずなは思い切ったように、遠慮がちに提案する。
「…ちょうど、夕餉の支度の途中でした…… 狭いですけど、家《うち》に泊まっていかれますか…?」
「いや。今日は、まずい……」
このまま一夜を共にしたら、また、彼女の気持ちなどお構い無しで、情欲に負けそうな自身を危惧した義勇は、心の中で距離を取った。
「……そう…で…すか。」
彼なりの男の葛藤がわからないすずなは、何故そんなにまずいのだろうと、少し寂しそうに呟く。そんな彼女の様子を見て、決意が鈍らぬよう目を反らしながら、義勇ははっきりと示した。
「近くに宿が無ければ、栗花落の医院の施設を頼る。明朝、此方に迎えに来る。荷造りも手伝おう。」
そう言い残し、少し名残惜し気に立ち去ろうとした時、くんっ、と右側を引かれる感覚が走った。驚いて振り向くと、紅色に染め上がった顔で俯きながら、すずなが、右袖の羽織の裾を握りしめている。
「…ぃ、かな…いで、ください…… 今度こそ、二度とお会い出来ないと思ってました…… 我が儘と承知ですが…お願い、です……」
花束を抱えながら、決死の覚悟のように震える声で懇願するすずなに、義勇は驚いた。こんな甘えるような意思表示を、彼女が見せたのは初めての事だ。
先日、自身の未熟な言動で、突き放すような別れ方になり、至極辛い思いをさせてしまったと、未だ自責していた義勇は、きつく目を瞑り、全身全霊で己を制し、覚悟を決めた。
「…わかった。だが、何もしない。安心しろ。」
内実、すずなの真意は違っていた。一晩中、一緒にいてくれるなら、今日が初夜になっても構わないと覚悟していた為、少し拍子抜けしたが、嬉しく思った。
「大丈夫です…有難うございます。未だ心が追いつかなくて…… 少し落ち着かさせて下さい。」
「構わない。」
そう言って、互いの様子を気にしながら、二人は歩き始めた。花束を抱えたまま頬を薄紅に染め、自分の少し後ろに付いて来る彼女を、時々振り返りながら、また、共に帰路につける喜びを、義勇は噛みしめていた。
長屋に戻るなり、すずなは急いで炊事場に駆け込んだが、
「すみません。先に、これを……」
と、伺いを立て、抱えていた花束の包みを解いた。新聞紙の上で、茎の根元を手早く鋏で切り、水を注いだ硝子の花瓶に形良く生ける。
「…随分、手慣れているな。」
「礼儀作法の稽古として、お花と日舞は、子供の頃から、祖母に仕込まれましたので……」
そんな幼い頃から、自分の責務と向き合う生活をしていたのかと、義勇は少し驚く。彼女がどんな幼少期を過ごしたのか、改めて気になった。
料理の続きを始めるすずなに、義勇は自分も手伝おう、と気遣い、薪をくべて火を興し始める。襷掛けをして割烹着を纏い、隣で懸命に包丁を動かす彼女からは、何故か郷愁めいた趣を感じた。
記憶の中に朧気に存在する、遥か遠い昔の、懐かしい風景や像が呼び起こされる。
夕餉の時間帯を少し過ぎた頃、麦入り白飯、根菜と油揚げの味噌汁、カレイの煮付けが、二人の膳に並んだ。
「今ある材料で作ったので、簡素ですみません。」
「そんなことはない。旨そうだ。」
涼やかな瞳を輝かせ、まず、カレイに箸を差し入れ、義勇は嬉しそうに口へ運ぶ。小ぶりの口を開き、白飯を頬張る彼に安堵すると共に、すずなは、ふわふわした感覚でいた。これから毎日、こんな風に過ごせるという事に、未だ実感が湧かない。明日になれば消えてしまう、一晩の幸福な夢のように思う。
食事が終わり、義勇の突然の心境の変化に、まだ疑問が消えないでいたすずなは、向かいで緑茶を飲んでいる彼に、恐る恐る問いかけた。
「あの、義…勇さん……」
「何だ?」
まだ慣れないのであろう、たどたどしい口調で自分の名を口にするすずなに、愛しさと同時に、擽るようなもどかしさを覚える。
「…あの、どうして、私を娶ると、決めて頂けたのでしょうか……?」
ごふっ、と軽く噎せ、動揺を隠せず、義勇は目を泳がせた。彼女本人に向かって口にするのは羞恥を伴う話ばかりだ。軽く咳払いをした後、頬を薄紅に染め言い淀みながら、なるべく簡潔に告白する。
「…自分から告げたが、思った以上に、堪えてしまってな…… 師匠にまで相談した。」
「…君の事を話したら、その娘は今、お前の力を必要としているから、側にいたいのだろう、と言われた。」
「…そうだったんですか。」
そんなに想ってくれていたことが嬉しくもあるし、その通りであるが、自分の事をどんな風に師に話したのかが気になった。しかし、冷静沈着な義勇が、目を白黒させ、激しく狼狽えているので、これ以上は聞きづらい。
「そうだ。指輪を……」
「あ…それは、明日、貴方の屋敷でお願いしたいです……」
詳しく話せない罪を償いたく、義勇は頬を薄紅に染めたまま提案したが、正式に彼の屋敷に嫁ぐという形で身につけたいすずなは、同じ色味の頬で遠慮がちに頼んだ。
「…わかった。そうしよう。」
そんな彼女に、せめて隣に、というように、自身の左側の床を、とん、と静かに鳴らし、じっと見つめる。戸惑いながらも、すずなは嬉しそうにはにかんで正座した。
彼女の膝上に重ねられた、皹などで少々荒れてはいるが、透き通るように白い手の甲や、細く伸びた指先にある、桜貝のような爪に見入る。所謂白魚の云々とは、このような手を差すのだろうと、義勇は思った。
まじまじと観察するように、自分の手を凝視している彼に対し、すずなは照れときまり悪さを感じ、義勇の左手を、そっと右手で取る。
「義勇さ…んの手は、良いですね。」
「きめ細やかなのに、大きくて、指も長くて、骨ばってしっかりしていて…… 綺麗。」
自分の手と比較するように、珍しそうな眼差しを向ける彼女が、義勇には不思議だった。
「…………? 剣胝や傷跡だらけだろう。」
「貴方が、血の滲む努力を積んできた証……勲章です。」
そのまま優しく左手の指で、いとおしそうに撫でているすずなを見ているうちに、義勇はざわめきを感じた。至極心地良いけれど、止めて欲しいようなもどかしさと共に、妙に後ろめたい思いが湧き出す。
「…そんな立派なものじゃない。」
自分の手を一瞥し、肘から先を無くした右腕に目をやり、軽く動かしながら、自嘲気味に冷めた口調で言う。
「怒りだけで剣を振るってきた手だ…… 憎悪と血の臭いしか染みついていない。姉と友を殺した鬼と…弱い自分への嫌悪で闘った。それだけだ。」
急に辛辣な物言いになった彼に驚き、すずなの心に、ひやり、とした悲しみが過った。
「沢山の人を助けられてきたのでしょう……? 命懸けで。」
「買いかぶり過ぎだ。守れなかった者、傷つけた遺族も多い。」
「…私が、何度も救われた手でもあります。」
今までの出来事を振り返りながら呟き、影の差した紺碧の瞳を見つめた。一回りも大きな義勇の左手を、自分の両手で包み、祈るように、すずなは更に強く握る。
「貴方がどういう思いだとしても、私は、この手が好きです。そんな風に侮辱する人は、貴方本人でも、嫌です。」
少し怒ったように言い放った彼女の言葉に、冷暗な色になった眼を見開き、顔を背け、義勇は、ふはっ、と小さく吹き出した。
「何故、笑うのですか?」
初めて笑い声を溢した彼に驚き、少し戸惑ったが、不思議な胸の高鳴りを、すずなは感じた。
そんな彼女を尻目に、義勇はまだ可笑しそうに、くっ、くっ、と喉を静かに鳴らしている。大真面目な顔で、珍しく膨れ面をしている彼女の方に向き直る。
「悪かった。少々、意地悪を言った。」
「…本心なのでしょう?」
「…………。時々、思う。」
本心だと言い当てられ、内心動揺しながら遠い目をしている義勇に、すずなは、一つの話を始めた。
「ある地方に伝わる、龍神様の逸話をご存知ですか?」
「龍神?」
唐突な彼女の言葉に、お前は水の力を宿す柱だ、と言い残した、錆兎の言葉を思い出す。
「神々と繋がる、地上の巫女が后になることで、龍神様は、代わりに天から雨を降らせるんです。地上の穢れを浄め、大地を潤し、人々の望みを叶える。」
「その后の役目を、贄と呼びますが……」
暗い声色と表情に変わったすずなに、自分の過去を思い出したのだろうと、義勇は思った。
「龍神様が、この世の穢れを全て請け負い、再生させているなら、私には、鬼も人間も関係無く思えます。一方的に神と呼ばれて、万物の業を、一人背負わされるのは哀しいことです……」
「人に奉仕する巫女として失格ですけど…… もし、龍神様が、義…勇さんのような方で、私の力を必要としておられるのなら、后でも贄にでもなりたいと、今は本気で思います。」
何かが宿ったような瞳をしているすずなに、義勇は少しおののきを感じた。自らの存在意義を失った彼女は、自分を龍神のように見ているのだろうか。
「…俺は、神じゃない。」
「勿論です…が、自他の痛みを濁流のように背負って、天に召されようとしている貴方が、高潔で優しい、水の神様に思えてならないのです……」
気恥ずかしさと居たたまれなさ、そして、相変わらず慈愛に満ちた優しさと、健気な好意をぶつけて来る彼女が、愛しくも心配になった。もっと自身を守って欲しいと思うが、彼女から見た自分も、もしかしたら同じなのかもしれない。
「貴方と同じように、穢れにまみれた自分の手を蔑んでおられるなら、尚更……」
それ以上、言わせるのが心苦しくなり、思わず彼女の背中を掴み、ぐい、と強引に抱き寄せた。刹那、びくっ、と体を強く震わせ、すずなは硬直した。彼女の予想以上の拒絶反応に、義勇は少し驚き、体を離す。
「…すまない。」
「違……! 人に触れるのは大丈夫ですが、突然、触れられるのに慣れてないだけです。すみません。」
慌てて弁解し、申し訳なさそうに俯くすずなに、義勇は、胸が締め付けられるような情が募った。早くに両親を亡くし、鬼殺に身を投じた自分でも、姉や錆兎、炭治郎達と楽しくじゃれ合った記憶はある。
しかし、情を許した相手であるはずの自分にでも、彼女はこんなに萎縮している。実は、他者からの温もりを知らずにいたのか。常に優しさに溢れ、家族がいたのなら、当然満たされていると思っていた。
「そうか… 以前は、本当に嫌な思いをさせたな……」
「いえ! 大丈夫です。驚きましたけど、貴方なら……」
誤解して欲しくない、という思いが急き立てるように湧き出す。本当は、今も触れて欲しい。もっと近くで……という、ふわふわした高鳴りが瞳に集まり、自然と熱のある眼差しで、すずなは義勇を見つめた。
「どうした?」
彼女の艶やかな視線を感じ取った義勇は、自身の奥底に、躊躇いと情欲の混じった熱い渦を感じる。
「……いいの…か?」
すずなは、こくり、と頷く。しかし、ありったけの力で、義勇は目を反らした。
「いや、やはり駄目だ。君も憔悴しているし・・・抑える自信が無い。」
「この間のようなことなら……」
構わないのに、と言いた気な、すずなの寂しそうな珊瑚色の瞳に、決意が揺れそうになったが、屋敷に迎えるまでは手を出さないと、改めて強く誓い、向き直る。
「只でさえ、祝言前から共に暮らすのだ。せめて、きちんと…俺の家に迎えて、それ…から……」
後半は、紅色の顔を左手で隠し、消え入りそうな声になっていた。どこまでも律儀で誠実な彼を、改めて、すずなはいとおしく思う。こういうところに惹かれ、惚れたのだから仕方ないと、自身の情を封じた。
「…そう、ですね……すみません。夜更けですし、休みましょうか。」
「…ああ。」
二人で二組の布団を敷き、義勇は内側に着ていた襦袢、すずなは生成りの浴衣に、風呂場で交代で着替える。
「…腕、痛みますか?」
「平気だ。」
安堵したすずなは、ふっ、と息を吹きかけ、ランプの灯りを消した。暗がりの中、煩悩を打ち消すように、其々布団に潜り込む。
「お休みなさい。」
「…ああ。また、明日。」
「はい。また、明日……」
『また明日』という言葉が、何故か、至極温かく、妙にこそばゆい想いを生み出す。明日も当たり前のように共に過ごすという、不透明なようで確固たる、指輪や契りのような誓い。
それが赦される関係になれたことに、この上無い幸福を噛み締めながら、其々、久方ぶりの深い眠りについた。
【おまけ噺・前章で渡した花束の花言葉】
まず、白百合は、当時のプロポーズアイテムの鉄板だったらしいです。現代の薔薇にあたるようです。
*花言葉→清浄、純潔、尊厳、堂々たる美(山百合だと飾らない愛)
●風信子(青)→変わらぬ愛、(紫)→悲しみを乗り越えた愛、(黄)→あなたとなら幸せ
●雛菊(白)→無邪気(全般的→希望、平和)
●桜草→青春の喜びと悲しみ、憧れ、初恋、自然美
●千日紅→色褪せぬ愛、不滅、不死、不朽
●カスミソウ→幸福、感謝、清らかな心、親切
ちなみに、求婚した川原の周りに咲いていたツツジですが、全般的→慎み、節度、自制心。
濃い桃色→恋の喜び。白→初恋。赤→燃え上がる想い。紫→美しい人、です。
何ですか、この清廉潔白な純愛100%感……(爆)
勿論、義勇さんは、花言葉の意味は知りません(笑) 花売りの人に求婚向けの花を聞いたり、すずなに似合いそうなのを頑張って選んだ(作者が持たせた)結果、こうなりました。調べるのは少し大変でしたが、楽しかったです。
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本編は…ようやくくっついたものの、なかなか次に進展しない、相変わらず焦れ焦れな二人です。(既に1ステージ経験してしまったからかもしれないですが(汗))
義勇さんならこんな風に考えるかな、すずなはこう言うだろうな、と考えながら書いていると、それぞれが自由に動き出してしまって、なかなか此方の思う展開になってくれません……
今回は、お互いの闇を少し吐露しています。気を許したからこそできることではありますが、二人の世界に入ってしまいました。
鬼がきっかけで、自責に駆られて自分を卑下する、元水柱の義勇さんと、自身の存在意義を見失った、元巫女のすずな。
自分を愛し愛される、普通の人間らしい幸せを知らない二人の物語に、もう暫くお付き合い下さい。